人は問い、石は答える2023年05月25日 06時30分58秒

島津さゆり(時計荘)さんの作品展が、一昨日から始まっています。


■島津さゆり(時計荘)個展  「石はすべて答えのかたちをしている」
○会期 5月23日(火)~28日(日) 11:00-19:00(最終日17:00まで)
○会場 アートコンプレックスセンター
     東京都新宿区大京町12-9-2F
     (最寄駅はJR信濃町、または丸の内線「四谷三丁目」)
     会場公式サイト→ 
 
その巧緻で幻想的な作品については言うもさらなり、今回、私の心にひときわ強く響いたのは、その個展タイトルです。


「石はすべて答えのかたちをしている」

この謎めいたフレーズは、いろいろな連想を誘うし、いろいろな解釈が可能だと思いますが、素朴に捉えると、人は折に触れて石に問いをかけ、石は惜しみなくそれに答えてくれる…という意味ではなかろうかと思います。

人には人のドラマが、石には石のドラマがあり、さらに両者が交わるところには第3のドラマが生まれ、それは美しかったり、恐ろしかったり、平凡だったりするでしょうが、いずれも我々の人生になにがしかの意味を与え、それを豊かにしてくれるものでしょう。

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人間と石の関わりをぼんやり考えているうちに、シュティフター(Adalbert Stifter、1805-1868)の滋味ゆたかな短編集、『石さまざま』を思い出して、この機会に再読しています。


夢の中のパサージュにて2023年04月04日 19時19分57秒

名古屋のantique Salonさんを中心に継続開催されているヴンダー系の博物イベント、「博物蒐集家の応接間」のご案内をいただきました。


■第9回 博物蒐集家の応接間~Passage de Rêve 夢の中のパサージュ
○会期 2023年4月14日(金)~4月16日(日)
      11:00~18:00 (最終日は17:00終了)
○会場 アイルしながわ 東京都品川区東品川 2-3-2
      東京モノレール天王洲アイル駅南口より 徒歩0分
      りんかい線天王洲アイル駅より 徒歩5分

ご案内を手にして、私は大層驚きました。
その奇想ぶりや、そこに登場する不思議な品々に驚いたのはもちろんです。
しかし、今回驚いた理由はもうひとつあります。


いただいたのが立派な冊子体のもので、しかも今回のイベントコンセプトを作品化した、まくらくらまさんのイラストストーリーが、その冒頭を飾っていたからです。


初期の頃は、たしか尋常なポストカード式のご案内だったと記憶します。
それが徐々に手の込んだものとなり、進化を遂げ、遂にここまでトランスフォームしたのです。もちろんこれは単に広報媒体の変化にとどまりません。それは間違いなくantique Salonさんとお仲間たちの情熱の現れであり、ひるがえってイベントそのものの充実ぶりも、有無を言わさず直覚されるのです。

そういえば、antique Salonさんのお店にもしばらくお邪魔していませんが、その店内も、今や恐るべきものになっているようです。


まことヴンダーに果てなし―。

今回、個人的な興味に引き付けていえば、信州小諸のメルキュール骨董店さんが、「天空堂」という仮りそめの屋号で、天文アンティーク系の品々を中心に出品されるらしいのが大層気になります。

残念ながら、この時期東京に赴くのは難しそうですが、私は夢の中で不思議なパサージュを訪ね、店から店へと存分に徘徊しようと思います。そして、夢の中でもう一度自分だけの夢を見つけようと思います。


天文アンティークの夕べ2023年02月26日 08時44分06秒

(今日は2連投です)

それまで「鉱物Bar」をイベント開催されてきたフジイキョウコさん(Instagram 、Twitter )が、東京・吉祥寺に鉱物Barの実店舗を構えられたのは、2020年夏のことです。しかし、遠くから憧れつつ、まだお店をお訪ねしたことはありません。


でも、そこで行われる最新のイベントが「天体嗜好症展」であり、さらにスペシャルイベントとして、「ofugutan」さん)こと今井麻裕美さんによる天文アンティークのトークショーが2月25日にあると知って、「うーむ、これは…」と、心のうちで大いに期するものがありました。

何とかスケジューリングできないものかと悩んでいたところ、フジイさんから「当日、インスタライブを行いますよ」という吉報がもたらされ、昨日ディスプレイごしに無事参加がかなったのでした。

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今井麻裕美さんはライター・編集者として活躍される一方、博物蒐集家であり、空を愛する「星のソムリエ」であり、そこから天文アンティークの収集もされている方です。

古い日時計の話に始まり、星たちがくるくる回るメカニカル・マジックランタンの上演、スペースエイジの息吹を伝える、当時の月球儀やスプートニク形のウェザーステーション、天体モチーフのジュエリーの紹介、そしてアンティーク望遠鏡の登場―。

素敵な品に目を喜ばせ、今井さんの愉しいトークに耳を傾けながら、ふと気づいたことがあります。「そういえば、自分以外の誰かが天文アンティークの魅力を語っているのを、こうして生で見聞きするのは、生まれて初めてだなあ…」と。

あまたの天文アンティークを前に、「ああ綺麗だね、ああ興味深いね」という人は少なくありませんが、実際それを蒐めようと思う人はごくわずかでしょう。ですから私の潜在意識において、何となく自分のやっていることに孤絶感がありました。それだけに、こうして熱心にその魅力を語る人の姿を目の当たりにして、嬉しくもあり、大いに感動もしたのです。本当に参加できてよかったです。

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貴重な機会と、心豊かなひとときを与えていただいたフジイさんと今井さんに、改めてお礼を申し上げます。

扉の向こう側2023年02月14日 09時55分47秒

中川ユウヰチさんのスライドビュアーは、こうして素敵な世界への扉を開いてくれましたが、そんな折に「Open The Door ― 扉の向こう側にある世界」と書かれたお便りが届き、少なからず不思議な思いがしました。


届いたのは、東京京橋のスパンアートギャラリーで、今月25日から始まる同名の展覧会のご案内です。お便りをくださった島津さゆりさん(どうもありがとうございました)をはじめ、桑原弘明さん、建石修志さん等々、11名の幻想的な作家さんが、「扉」をテーマにした作品を発表される場のようです。

■スパンアートギャラリー公式ページ

ここでいう「扉」は抽象的な意味のそれではありません。文字通りの「扉・ドア」です。

「ドアを開けると広がる幻想の世界。
それが自分の描く未来なのか、今の自分の投影なのか。
何かの期待を込めてドアを開ける日々は、先行きの見えない状況が続く中で毎日目にするアートの力に助けられるかもしれません。
この世界に実在する扉という存在と、その先の想像を表現するオブジェや絵画を中心に、立体、平面作品を交えて展示します。」 
(上記ページ「開催概要」より)

とはいえ、確固たる形をそなえた「扉」が象徴するものの、なんと豊かなことか。
試みに『イメージシンボル事典』で「door」の項を引くと、それは物事の始まりであると同時に死への戸口でもあり、転じて永遠の未来・神の王国にも通じています。キリストは自らを「私は門である」とも言いました。あるいは、扉は外敵を防ぎ、秘密を守るものでもあります。その防御力を高めるため、ときに護符を貼ったり、生贄の血を塗られたりもしました。

生と死内在と超越日常と非日常うつし世と異界平安と危難、そうしたものを仕切るのが扉です。はたして11名の作家さんは、扉の向こうに何を見るのか? そしてその作品を見た人は、自らの内のどんな扉を開けるのか? 

深夜、心のうちに扉を思い浮かべ、その向こうをそっと覗いてみる…。
その上で展覧会場を訪れると、いっそう味わい深い体験になるかもしれませんね。

天体観測展へ2023年02月08日 19時17分00秒

仕事がひと山越えて、一応ノーマルな状態に復したのでホッとしています。でも、これから2月3月の年度末は、いつ仕事が突沸してもおかしくない状態が続くので、心底ホッとできるのはもうしばらく先でしょう。

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そういうわけで少し時間ができたので、名古屋の東急ハンズで開催中の天体雑貨イベント「天体観測展」を覗いてきました。大阪のギニョールさんとJAM POTさんの共催で、47名の作家さんの天体モチーフ雑貨が並ぶイベントです(会期:1月25日~2月15日、会場:ジェイアール名古屋タカシマヤ内・ハンズ名古屋店11階)

■天体観測展(ギニョールさん公式ページにリンク)

季節柄、バレンタイン客でごったがえす中を抜けて会場にたどり着くと、あたりにはキラキラしい雰囲気が漂っています。“ここにあるのは、「星ナビ」の購読者や、熱心なプラネタリウムファンとはまた違った天文趣味の在り様なのかなあ、いや、でも一皮むくと結構かぶっているかもしれんぞ…”と思いながら、会場内をキョロキョロしていました。いずれにしても、これが現代の「星ごころ」の一断面であることは間違いないでしょう。

そうした無数の「星ごころ」がキラキラと光を放つ中で、今の自分の心の琴線に触れるものとして、以下の品にすっと手が伸びました。


グラフィックデザイナー/コラージュアーティストである中川ユウヰチさん作「オリオンの一等星」。中川さんが制作した同名のコラージュ作品(それも会場内で販売されていました)をフィルムスライド化して、それをビュアーとセットにした品です。

元のコラージュももちろん素敵なのですが、「オリオンの一等星」を含む連作「一千一駒物語」シリーズの成り立ちを考えると、このフィルムスライドの持つ人工性が、いっそうタルホチックな魅力をたたえているような気がしました。

ビンテージ感のあるビュアーにスライドをセットして覗くと…


小さなスライドが視野いっぱいに広がって、無音のドラマが始まります。

上で「人工性」と書きましたけれど、このフィルムスライドは、元のコラージュ作品を単にスライド化したものではありません。そこには網目製版のプロセスが介在しており、それを改めて撮影して、スライド化したもののようです。そうしてできたフィルム片をプラスチックレンズ越しに眺めることで、作品世界はどんどん抽象度を高め、いっそ観念の世界へと誘われるような感覚をおぼえます。

まあ、これは私の個人的な感想で、中川ユウヰチさんの制作意図とはズレるかもしれないんですが、でも私としてはそんなことを思いながら、3枚のスライドを取っ替え引っ替え、飽かず眺めていました。

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そしてもう一つ手にしたのが、radiostarさんの月光倶楽部天文倶楽部のピンバッジ。


これはもう解説不要ですね。
以前ネットで拝見したとき、「あ、いいな」と思った記憶がよみがえり、よい機会なので購入させていただきました。私もこれで晴れて月と星の倶楽部員です。(鉱物倶楽部のバッジにも惹かれますが、それはまた別の機会に…。)

(全員揃って記念撮影)

記憶の果てに2022年10月26日 06時50分53秒



前回の記事を書いた直後に、舞い込んだ1枚のはがき。
そこには「記憶の果てに」と書かれていました。


八本脚の蝶、遠い呼び声、そして記憶の果てに――。
これは私一人の感傷に過ぎないとはいえ、こうした一連の表象が全体として新たな意味を生じ、私の心に少なからずさざ波を立てたのでした。


差出人は、「秩父こぐま座α」さん。
秩父はまだ訪れたことがなく、まったく聞き覚えのないお名前です。そこに謎めいた興味を覚え、しげしげ眺めると、はがきの隅に時計荘さんのお名前を見出し、ようやく合点がいきました。


時計荘の島津さゆりさんによる、ツイッター上での告知()を下に転記しておきます。

■時計荘展 「記憶の果てに」
 秩父・こぐま座α @cogumazaa にて
 11/11(金)~11/21(月)の金土日月曜のみ営業 11~17時 ※ワンオーダー制
 画像のような新作のほか、人形作家の近未来さん @pygmalion39 のギャラリーカフェにちなんで、人形作品を入れて遊べるジオラマ作品もお持ちします。
 いつでもお立ち寄りください。そして気軽にお声がけいただければ嬉しいです。

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私から見ると遠い秩父の町。
しかし秩父の名に、私はある親しみを感じます。秩父は稲垣足穂の少年時代の思い出と連なっているからです。足穂少年が手元に置いて、日々愛読した鉱物入門書には、鉱物採集の心得として、「東京近郊には先ず秩父がある」の文句があり、足穂はなぜかこのフレーズが脳裏を離れず、皇族「秩父宮」の名を新聞で見ただけで、即座にその鉱物書を連想した…と、彼は『水晶物語』で述懐しています。

秩父は鉱物の郷であり、水晶の郷です。
そこに分け入って、時計荘さんの鉱物作品と出会う場面を想像するだけでも、私にとっては至極興の深いことです。

(遠い記憶の果ての、さらにその向こうに…)

ハーシェル展 続報2022年09月18日 19時09分25秒

名古屋市科学館の「ウィリアム・ハーシェル没後200年記念展」が昨日から始まりました。

科学館公式ページ:ウィリアム・ハーシェル没後200年記念展
それにしても、亡くなってから200年経っても、こうして記念展が開かれるってすごいことですよね。存命中は盛名隠れなき人でも、死後はまったく忘れ去られてしまい、「え、○○って誰?」となってしまう人の方が圧倒的に多いことを思えば、200年後に、しかも遠い異国の地で追悼されるというのは、彼が偉人なればこそです。

会期の方は10月20日(木)までありますので、興味を覚えた方は、ぜひ会場に足をお運びいただければと思います。

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名古屋市科学館は、地元の人にはなじみだと思いますが、その天文館の5階が展覧会の会場です。


フロアには、引退したツァイスIV型機がそびえ、


天井を見上げれば、プラネタリウムの元祖、18世紀の「エイシンガ・プラネタリウム」【LINK】のレプリカが設置され、人々の星界への憧れを表現しています。


上は今回の展示前から常設されている、ハーシェルの40フィート大望遠鏡の縮小模型。

さて、こうした星ごころあふれるフロアの一角にある特設コーナーが、今回のハーシェル展の会場です。といっても、私はオープン前日の展示設営に、日本ハーシェル協会員として立ち会っただけで、まだ実際の展覧会には行ってないのですが、その雰囲気を一寸お伝えしておきます。



まず全体のイメージは↑こんな感じです。


展示は、パネルと同時代のものを含む各種資料から成り、小規模な展示ながら、並んでいる品にはなかなか貴重なものも含まれます。


左上はハーシェルが暮らした町、イングランド西部のバースの絵地図。ここでハーシェルは売れっ子の音楽家として生計を立てながら、一方で天文学書を読みふけり、ついには自作の望遠鏡で天王星を発見し…というドラマがありました。右側に写っているのが、彼の愛読した天文書です。


ハーシェルの自筆手稿を中心とした資料群。右端で見切れているのは、ハーシェルの死を伝える故国ドイツ(ハーシェルは元々ドイツの人です)の新聞という珍しい資料。


会場でひときわ目を引く古星図。ボーデの『ウラノグラフィア』(1801)の一葉で、今は使われてない星座、「ハーシェルの望遠鏡座」が描かれています(右端、ふたご座の上)。この貴重な星図は、今回このブログを通じてtoshiさんから特別にお借りすることができました。


ハーシェルが天王星を発見する際に使った望遠鏡の1/2スケールモデル。サンシャインプラネタリウム(現:コニカミノルタプラネタリウム)の元館長、藤井常義氏が手ずから作られたものと知れば、一層興味を持って眺めることができるでしょう。

以下、その説明は現地でご確認いただければと思いますが、こうしたモノたちを前にして、会場に流れるハーシェルのオルガン曲に耳を傾ければ、職業音楽家から大天文家へと転身したその劇的な生涯がしのばれ、彼によって代表される200年前の星ごころが、身にしみて感じられる気がします。




ハーシェル去って200年・改2022年09月02日 17時24分58秒


(画像再掲。元記事はこちら

4月にも同じ話題で記事を書きましたが、会期等が決定したので、改めてのご案内です。(以下、日本ハーシェル協会のサイトより全文引用します。)

----------------- 引用ここから -----------------

ウィリアム・ハーシェル(1738-1822)が没してから、今年でちょうど200年になります。イギリスを中心に、各地で関連イベントも盛んに行われていることから、日本ハーシェル協会も、この節目を祝うイベントを、下記により開催する運びとなりました。

■名称 ウィリアム・ハーシェル没後200年記念展
■会場 名古屋市科学館
      (〒460-0008 愛知県名古屋市中区栄2丁目17-1白川公園内)
■会期 2022年9月17日(土)~10月20日(木)
      月曜休館(9月19日、10月10日は開館、翌火曜日休館)
       9:30~17:00(入場は16:30まで)
■主催 名古屋市科学館 (協力:日本ハーシェル協会)
■内容 同時代の品を含む各種の資料とパネルでハーシェルの略歴と業績を
      紹介し、併せて日本人とハーシェルとの関りについても説明します。

今回、展示される品は、

 ・天王星発見や銀河の構造論に関するウィリアムの論文
 ・ウィリアムの自筆手稿
 ・「ハーシェルの望遠鏡座」を描いた古星図類
 ・ウィリアム作曲の音楽楽譜(複製)
 ・ウィリアムを天文学の世界に導いた天文学書

…等々に加え、「7フィート望遠鏡の金属鏡レプリカ(大金要次郎氏作)」、「同望遠鏡の2分の1模型 (藤井常義氏作)」、「カロラインを描いた七宝絵皿(飯沢能布子氏作)」等、会員諸氏による研究の成果も含まれます。

会場の名古屋市科学館は、東西からのアクセスに便利なロケーションにあり、また世界最大級のプラネタリウムを擁する科学館です。ぜひ皆様お誘いあわせの上、ご参観ください。

(巨大なプラネタリウムを誇る名古屋市科学館。出典:wikipedia)

----------------- 引用ここまで -----------------

ちょっと煽り気味の文章ですが、より客観的に叙述すれば、天文フロアの一角に「ハーシェル・コーナー」を設けるだけの、わりとこじんまりとした展示なので、「大ハーシェル展」みたいなものを想像されると、ちょっと肩透かしを食らうかもしれません。それでも一人の天文学者に光を当てたテーマ展は珍しいと思うので、関心のある方はぜひご覧いただきますよう、私からもお願いいたします。

ハーシェル去って200年2022年04月16日 07時52分04秒

天王星の発見者として有名なウィリアム・ハーシェル卿(1738-1822)

でも、天王星の発見はハーシェルの業績のほんの一部で、彼自身あまりそれを高く評価していませんでした。それよりも、赤外線を発見したこと、思弁ではなく実観測によって「宇宙の構造」――現代の目から見れば「銀河系の形状」――を決定しようとしたこと、星雲や星団の膨大な目録作りに挑戦したこと…etc.、時代を画する研究を、彼は次々と行い、世に問いました。

そして、彼はもともとプロの音楽家・作曲家でもあったのです。
彼は実に唖然とするほど多才でエネルギッシュな人でした。

(ハーシェルの肖像画額。背景が一寸ハーシェルに申し訳ないです)

そのハーシェルが世を去って、今年でちょうど200年になります。
現在、その記念行事が世界各地で行われていますが、日本でも日本ハーシェル協会が中心となって、記念展の開催が予定されています。

■「(仮)ウィリアム・ハーシェル没後200年記念展」について
開催は今秋、場所は名古屋。
天文学史を回顧し、偉大な「天界の冒険者」を偲ぶ催しです。
皆様お誘いあわせの上、ぜひご参観いただければと思います。
(詳細な日程等は、決定後に改めてお知らせします。)

なお、私も協会員として企画に関わっている関係で、準備作業のためにブログの方はしばらく記事が間遠になります。

「ハリー・ポッターと魔法の歴史」展によせて(5)…薬草学(下)2021年09月24日 17時53分17秒

書いていてちょっと疲れてきました。
思うに、ハリー・ポッター展にかこつけて手元の品を紹介しても、それで何か新しい事実が明らかになるわけでもないし、ポッター展の見方が深まるわけでもないので、そろそろ羊頭狗肉的な記事は終わりにしなければなりません。

ただ、ポッター展に触発されて、身辺に堆積したモノを眺めるとき、「はるけくも来たものかな…」と、個人的には感慨深いものがあります。(そして本の虫干しもできたわけです。)

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感慨といえば、「薬草学」の章の冒頭に登場した、ニコラス・カルペパー『英語で書かれた療法と薬草大全(English Physician and Complete Herbal)』、あれも個人的には思い出深い本です。手元の一冊は、7年前の冬にペンシルバニアの古書店から購入したものですが、その店主氏の困苦を思いやって以下の記事を書いたのでした。

何とてかかる憂き目をば見るべき

彼は今どうしているのだろう…と思って、(余計なお世話かもしれませんが)検索したら、お店は無事に存続しているようで、大いにホッとしました。良かったです。

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虫干しついでに、本の中身も見ておきます。
手元にある本は第1巻の標題ページが欠けており、正確な刊年は不明ですが、1794年ごろの版のようです。

(第1巻といっしょに綴じられた第2巻の標題ページ)


内容は上のような解説編と、さらに図版編からなり、解説編の方はイギリス国内向けに、植物名がラテン語ではなく、すべて平易な英語名になっているのが特徴です。その名称も「犬の舌」とか「聖ヨハネの麦芽汁」とか、いかにも民俗的な面白さがあります。和名を当てれば、それぞれ「オオルリソウ」と「セイヨウオトギリソウ」で、特に後者は非常にポピュラーな薬草です。



図版編の方は、上のような小さな植物図を収めたプレートが全部で29枚含まれていて、なかなか見ごたえがあります。


さらにその後ろに、朱刷りで解剖学の知識を伝える図が全11枚つづきます。


この本は、いわば当時の『家庭の医学』であり、18世紀の一般人の医学知識がどんなものだったかを知る意味でも、興味深いものがあります。


そして最後の1枚は、12星座と身体各部の対応関係を示す、古風な「獣帯人間」の図。19世紀を前にしても、まだまだミスティックな疾病観は健在で、本書がハリー・ポッター展に登場する資格は十分にあります。

そういえば、著者のカルペパーは薬剤師免許を持たなかったので、ロンドンの医師会と衝突し、1642年に魔術を使った廉で裁判にかけられた…というエピソードが、展覧会の図録に書かれていました。(結局無罪になったそうです。)

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以下、補足のメモ。昨日の文章に、「ヨハン・シェーンスペルガー(Johann Schönsperger the Elder、1455頃-1521) が手がけた、『健康の庭(Gart der Gesundheit)』」という本が出てきました。記事を書いてから気づきましたが、ハリー・ポッター展では、この本は「魔法薬学」のコーナーに登場しています。

(チラシより)

ただし、チラシにはヤコブ・マイデンバッハという名前が挙がっており、また図録には『Hortus Sanitatis』というタイトル――同じく「健康の庭」という意味のラテン語です――が記されています。

書誌がややこしいですが、シェーンスペルガー(別名 ハンス・シェーンスバーガー)は、1485年に出たアウグスブルク版(ドイツ語版)の版元であり、マイデンバッハは、1491年に出たマインツ版(ラテン語版)の版元です。

そして、この二つの『健康の庭』は内容がちょっと違っていて、ラテン語版はドイツ語版をタネ本にしつつも、そこに動物や鉱物由来の薬物を大幅に増補したものです(ドイツ語版は薬草専門)。まあ著作権のない時代ですから、そういう図太いパクリ本も横行したのでしょう。

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まだまだ関連して触れたい本はありますが、冒頭で書いたように、強いてハリー・ポッター展と絡める必然性は薄いので、それらは折を見て、また単品で扱いたいと思います。(錬金術や、魔法生物の話題もちょっと手が回りかねるので、今回は割愛します。例によって例のごとく竜頭蛇尾也。)

(この項おわり)