色あせた標本、台湾幻想(その2)2007年10月24日 19時47分32秒

(朽ち果てた台湾の蝶。出典は下記)

ところで、急いで付け加えますが、一昨日の標本は戦前のものではありません。Fujimotoさんがコメントで書いてらしたのと似たりよったりの、たぶん、3、40年ぐらい前のものでしょう。

中央で大きな羽を広げているのが蛇頭蛾、和名・ヨナクニサン(与那国蚕)です。本来の体色は濃い茶色なのですが、手元の標本はすっかり色がさめて、幽霊じみた姿になっています。「世界最大蛾」という傍らの説明書きが、いかにもお土産めいた感じですが、戦前の昆虫図鑑にも、「世界最大蛾トシテ著名ナリ」とあるので、これは一種の枕詞でしょう。

そして、その脇に控えているのは、キンモンウスキチョウ(銀紋淡黄蝶)、マダラシロチョウ(黄斑粉蝶)、アオスジアゲハ(青線鳳蝶)、オナシアゲハ(無尾鳳蝶)といった面々。

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さて、上の写真は、芹澤明子さんの『木造校舎の思い出・関東編』(情報センター出版局、1996)より、埼玉県の上中尾小学校の光景です。撮影当時、既に廃校でした。

廊下と職員室との境に、窓代わりに両面硝子の標本箱がはめ込まれています。非常に凝った細工ですが、標本はご覧の通りボロボロ。よく見ると、達筆な文字で、

 台湾産の蝶類 蝶寄贈者 井田恵美子氏 〔右〕
 郷土の蝶類 採集 当校理科研究部 〔左〕

と書かれています。

そう、この感じ。私が古ぼけた標本の向こうに幻視するのは、こうした風情なのです。この原型を留めぬほど朽ちた標本と、力強い筆文字を見ると、私は思わず胸が詰まります。

当時の台湾は「郷土」と対立する、はるかなる「異郷」であり、これら蝶のエトランジェたちは、秩父山中の小学生の目にキラキラと宝石のように映ったにちがいありません。落魄した姿が、その美しい思い出をいっそう輝かしいものにしています。あまりにも美しい思い出のかけら。

(この項つづく)