石田五郎(著) 『星の歳時記』2007年10月13日 22時14分46秒

(左:扉、右:外箱)

岡山天文台というと、どうしても話は石田五郎氏に戻ってしまいます。
氏は同天文台の開設時からその運営に関わり、後に副所長を務めた方です。(以下の記事も参照)

http://mononoke.asablo.jp/blog/2006/10/31/581998
 http://mononoke.asablo.jp/blog/2006/11/01/583075

さて、写真は天文随筆家としての氏の出発点となった、『星の歳時記』(昭和33年、文芸春秋新社)。後に筑摩から文庫化もされています。挿画は氏の友人でもあった吉田漱氏。

これはいい本ですね。
昭和31年から朝日新聞に連載していた同名の記事をまとめたもので、著者は当時まだ30代前半。東大の助手時代の仕事です。

当時はちょうど岡山天文台の建設が急がれていた時期で、この本が出た昭和33年の暮れに現地で起工式が行われました。そして2年後の昭和35年に、石田氏は一家を挙げて岡山に移り住みます。したがって、所収の文章はみな岡山天文台の開設準備と並行して書き継がれた文章ということになります。

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 蔵王山腹の峨々(ガガ)温泉に泊ったのは数年前の秋で、谷に沿って横にのびた一軒きりの宿はとり入れ前の農家の自炊客でにぎわっていたが、古びた檜の湯ぶねのまわりに腹ばいで湯を浴びる人々の口誦むひなびた盆踊唄にも山深い湯宿の静けさが感じられた。

 夜になって帳場の下駄をつっかけて戸外に出ると、谷をふきぬける風は思わずよろけるほどの激しさであったが、両側から細長くせばめられた空にそってのびる青白い銀河は濃淡屈伸の妙をみせてすばらしい眺めであった。

 射手座、蠍座など夏の輝かしい部分は西南に沈み、天頂の白鳥座のあたりから、ケフェウス、カシオペヤ、ペルセウスへと一気に北東に流れ落ちる。

 近年、他の渦巻小宇宙にみるような渦巻の腕がわが銀河系宇宙にも存在することは、青色星の研究や電波観測によって確認されたが、その腕の一本はこの秋空の領域にものびて、さまざまのガス星雲、散開星団、あるいは年若い星々のつくる星組合をちりばめている。

 山の秋風は冷たくて、すぐに戻って湯つぼにとびこんだが、夜おそくなると帳場のわきから二階の客室に上る階段が、古風な揚げ板で下からぴったりふさがれてしまうのは何とも不思議な気持ちであった。

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「秋空の銀河」という節の全文です。秋冷の気の迫る、昭和20年代の東北の温泉場の雰囲気と、そこから見上げた星空の景が涼やかに、そして滋味豊かに描かれています。抑えた筆致が好ましい。

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今年で没後15年。1992年はジョン・ハーシェル生誕200年ということで、日本ハーシェル協会の会長として、南アフリカやロンドンへと忙しく飛び回っておられた直後の訃音でした。私自身は、まだハーシェル協会に関係する前でしたので、直接お目にかかれなかったのが、何とも残念です。