Glass Insects2012年08月02日 19時19分09秒

夏深し。
先日、玻璃の森に、ガラスの昆虫を採集に行きました。



写真はミヤマクワガタの完全脱色個体(亜種)で、通常の個体は主にクヌギなどの樹液に寄ってきますが、この亜種は○○に特異的に集まることで知られます。
…という書き出しで文章の想を練りましたが、○○に入るものがうまく思い浮かばず断念。透明で冷ややかで蜜状のものって、何かないでしょうか?

   ★

さて、このおそろしく精確に作られたガラスのクワガタは、先日、東急ハンズ名古屋店の「地球科学研究室」(http://mononoke.asablo.jp/blog/2010/11/18/5520228)をのぞいた際、一目見るなり「ああ…!」と思って、即座に購入しました。標本箱に入れてラベルを添えたのは、私の思いつきですが、そうしたくなるぐらい、造形がしっかりとしています。

作者は、ガラス工芸作家の穂坂英樹さんhttp://www.f-w.jp/top.html)で、素材はパイレックスガラスです。(硼珪酸ガラスの一種で、耐熱ガラスとして理化学機器にも用いられます。)


芯から透明で、しかも表面のうるんだ感じが、まるで氷の彫刻のようです。
本当にこんな虫たちがいたら、夏休みの宿題作りも涼しくなるのでしょうが…

Glass Insects 22012年08月04日 09時15分08秒

“Insects”と複数形にしたので、ほかの虫たちにも登場してもらいましょう。

(小さなガラスの昆虫園)

いずれも直径3センチ(500円玉よりちょっと大きいサイズ)で、平凸レンズ型をしています。虫の姿はその平側に陰刻されていて、凸側から見ると、ちょうどフロスティ・ホワイトの昆虫が、ガラスの中に封じ込められているように見えます。

(ガラスのカミキリ。微妙な翅脈の凹凸など、細部もなかなかよく出来ています。)

(このハチも悪くはないんですが、後足の2本しか表現していないのは、文字通り手抜きかも。)

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さて、これらの愛すべきガラス昆虫は、見た目の涼やかさに加えて、その来歴にもヒヤリとするものがあります。
以前、ナチス・ドイツの「冬季救貧運動(WHW ヴェーハーヴェー)」について書いたことがありますが、これらのガラスバッジは、当時行われた募金運動の募金章として配布されたものなのです。

素焼きの星座、あるいは冬の記憶
 http://mononoke.asablo.jp/blog/2011/05/14/5862243



ガラスの空間をすいすいと翔ぶ、愛らしいトンボ。
しかしその背後には、「自由」とは相容れない、暗い歴史もひそんでいます。

『夏帽子』 の季節2012年08月05日 17時15分50秒

この時期になると読みたくなるのが、長野まゆみさんの『夏帽子(作品社)。


代替教員として、あちこちの学校を回りながら理科を教えている紺野先生と、生徒たちのみずみずしい交流を、端正な言葉づかいで描写した佳作です。

   白い夏帽子。
   旅行鞄。
   ひと夏限りの 理科教師、
   紺野先生が現れたとき ぼくらの 夏の扉は開かれた―。
                                  (本の帯より)

この作品に筋らしい筋はありませんし、特に深い話が展開するわけでもありません。
一所不住の紺野先生と、行く先々での教え子たちが、涼しげな言葉を交わし、美しい理科的イメージを共有し、一抹の寂しさを残して別れていく…その繰り返しです。

(『夏帽子』のラストシーン。紺野先生の「旅」はまだまだ続くようです。)

後から加筆された章には、「人間に化けた子狐」が登場したりして、ファンタジーの体裁を整えようとした形跡がありますが、これはどちらかといえば無用の工夫でしょう。そんなものがなくても、紺野先生の存在自体が、十分にファンタジーだと言えるからです。

この作品は、<理科教師の姿をした風の又三郎>と呼ぶのがいちばんふさわしいと思います。そしておそらくは、賢治作品や、理科教師だった賢治その人へのリスペクトも込められていると思います。

紺野先生の授業は大体がこんな風です。

 登校日の朝礼で、紺野先生のことが知れた。その朝も、すでに鉄棒の妙技を披露していた先生は、生徒たちの少し気恥ずかしいような笑いに迎えられる。さっそく理科室へ落ちついた紺野先生は、通りがかりの生徒たちを集めて観察会をはじめ、ルーペで水入りの水晶を見せてくれた。透徹った鉱物のなかを気泡が移動する。次に、食べられる石があるよ、と云って紺野先生が皆に配ったのは、実は鉱物ではなくて水晶石榴だった。

 石榴といえは紅玉(るびい)色の果しか知らなかった生徒もいて、その後で紺野先生が見つけたという野生の水晶石榴を見にでかけた。学校の裏山だ。先生はこの町に来たばかりなのに、生徒たちよりよほど詳しい。夏の林はヤマモモの果実の盛りで、生徒たちはてんでに摘んでほおばりながら、紺野先生の後をついて行った。
「ほら、玉虫の翅が落ちてる。箪笥にいれておこう。」
 紺野先生はそういって拾った玉虫の翅をポケットへしまった。
                                   (『夏帽子』第2章より)

現役の理科の先生からすると、あるいは紺野先生の授業は、博物学の授業であって、決して理科の授業ではない…と思われるかもしれません。それぐらい先生の授業は系統だっていないし、単なる雑学の披露にとどまっている部分が多いのです。

しかし、こんな授業を受けてみたかったなあ…と多くの人は思うのではないでしょうか。私も心底そう思います。そしてまた、けだるい夏の午後には、これぐらいの授業でないと、頭に入りそうにありません。

   ★

この本には、黒田武志さんのオブジェ作品がところどころに挿入され、理科的興趣を添えています。


とても美しい体裁の本です。
(装丁は松田行正氏。鉱物好きの方には、米澤敬氏による、 『TERRA Sakurai Collection』 や 『MINERALIUM INDEX』 の造本を手がけた方、と言ったほうが分かりやすいかも。というよりも、両書の発行元、牛若丸出版の主宰者その人です。)


【付記】
一応、「新本」のカテゴリーに入れましたが、奥付を見たら、この本が出たのはもう18年も前のことです。最初、雑誌「MOE」に連載され(1993~94年)、その後書き下ろしの章を加えて、94年8月に単行本化されました。

「アルビレオ」 という雑誌があった2012年08月07日 21時34分01秒

『夏帽子』 が出た1994年。宮沢賢治だけをテーマにした「アルビレオ」という、ちょっと変わった雑誌が創刊されました。副題は「賢治といっしょに森羅万象を楽しむ」。

(雑誌保護用のカバーがかけてあります。)

賢治の地元の岩手放送がお金を出して始めた雑誌です。
当時はまだ山一証券が破たんする前で、バブルの残照が世の中をほのかに照らしており、企業にも、まだこういう趣味的な雑誌を出すだけの余裕があったのでしょう。

(創刊特集は「メモ・フローラ 賢治の夢見た花々」)

(1993年にCD「宮澤賢治―メンタル・サウンド・スケッチ―星めぐりの歌」を出した細野晴臣氏へのインタビュー。)

(細野氏も、中沢新一氏も、今見るとずいぶん若いですね。否応なく時の流れを感じます。)

しかし、そうした余裕も長くは続かず、この雑誌はわずか3号で姿を消しました。文字通りの「3号雑誌」です。残念といえば残念。

   ★

賢治受容史のあだ花ともいうべき、この雑誌の主要記事を、後のために表紙から書き抜いておきます。

創刊号…<創刊特集 メモ・フローラ 賢治の夢みた花々>、<ロングインタビュー 細野晴臣「星めぐりの歌」>、<ますむらひろし・小岩井農場でアルビレオを観測する「みかん色の宝石が回る夜」>

第2号…<新連載 イーハトーブ幻想図鑑 細川剛=撮影>、<特集 シルクロード幻想 金子民雄他>、<インタビュー 中沢新一「はじまりの宮沢賢治」>、<ますむらひろし「胡桃化石の中は賢治の向う岸」>

第3号…<ロングインタビュー 武田鉄也(賢治を語る)>、<特集 賢治TOKIOを行く 宮沢賢治「東京歌集」 賢治の上京 ルポ・鶯谷から菊坂へ 福島泰樹他>、<アルビレオ探検隊 ますむらひろし>、<イーハトーブ幻語図鑑 細川剛=写真>

   ★

さて、この雑誌のことを突然思い出したのは他でもありません。その最終号には「幻の第4号」として、次のような予告が載っているからです。


当時の長野まゆみさんが、賢治のことをどう評価し、何を語ろうとしていたのか。
とても気になりますが、その内容は幻とともに消え去り、今や知る由もありません。
…でもやっぱり気になります。

お知らせ2012年08月08日 22時16分08秒

今、ちょっと心にかかることがあるので、記事の更新を一時お休みします。
一段落ついたら、またゆるりと話を続けます。

ハイボール片手に不思議な夜を… Black Comet Club2012年08月11日 11時07分38秒

こころの霧もはれ、ぼちぼち再開です。
(ちなみに、こころの霧というのは家族のことでした。さいわい何事もなくてよかったですが、天文古玩趣味などというのは、平凡な日常があってこそのものだなあ…と、つくづく感じました。まあ、何が起ころうと自分の世界を堅持できる強い人もいると思いますが、私は全然ダメです。)

   ★

最近の記事の中に、サロン・ド・六甲昆虫館Lagado研究所鉱物BAR といった、一連の素敵スポット・素敵イベントがいくつか登場しました。
こういう素敵な場が、最近あちこちに増えているのは大いに喜ばしいことです。
そして、今日もまたとびきり素敵なお店のオープンをお伝えすることができます。


HIGHBALL BAR  Black Comet Club
 http://blackcometclub.com/
 福島市陣場町 8-11 茂木ビル 1F
 TEL 024-573-1325
 営業時間 18:00-24:00 (日曜・祝日定休 )

お店のロケーションが、関東でも関西でもなくて、ちょっと伏兵的な場所・福島だというのが、「ここではない何処か」への憧れを誘います。

   ★

Black Comet Club との出会いは、けっこう以前にさかのぼります。
きっかけは、鴨沢祐仁氏の「クシー君」について検索していて、店主・サイトウヒツジさんによる同名のブログに行き会ったのが最初だと記憶しています。その後、しばらく更新がないな…と思っていたら、突如こんな素敵なお店が誕生していました。本当に魔法を見るようです。

(クシー君とイオタ君の待ち合わせ場所は、高台にあるコメット・クラブ。今夜の合言葉は「ネオン!」「アルゴン!」。鴨沢祐仁、「流れ星整備工場」(1976)より。)

以下、同店トップページの自己紹介文より。

  月と星と押し入れの中の秘密。
  稲垣足穂・澁澤龍彦。
  QUEEN・The Beatles・David Sylvian・The Books。
  鉱物。クシー君。
  あがた森魚・矢野顕子・谷山浩子。
  土星の輪。すべての音楽。猫。
  髑髏。
  サーカス。
  夏祭り。
  化石。夕暮れの外灯の影に佇むヒト。蝙蝠。
  なんだかわからないけれど、懐かしいナニカ。
  
  僕の大好きなそんなものたちとともに飲むお酒はなんだろう?と考えたときに、
  やっぱり大好きなハイボールを選びました。
 
  落とした照明と、ほんのり灯油の香りがするランプ。
  出来たてのポップコーン。
  博物趣味を感じさせるモノたち。
  楽器たち。
  そんなモノたちの中で、お客様それぞれがいろいろな想いの中でお酒を
  楽しんでいただければ幸いです。

ああ!「なんだかわからないけれど、懐かしいナニカ」。
なんだかわからないけれど、本当によくわかる気がします。
この感覚、一言でいえば、やはり「郷愁」でしょうか。見たはずがないものへの郷愁。
…いや、やっぱりどこかで見たのかもしれません。自分が、かつて自分以外のものであった頃に見た記憶。

(稲垣足穂、「THE BLACK COMET CLUB」全文。『一千一秒物語』(1923)所収。)

空をゆく彗星を思いつつ、グラスの向こうに、その微かな記憶を追ってみたいです。
そしてふと気がつけば、隣でクシー君が咳払いをしている…とか。

(サイトウヒツジさんからのメールによると、右側に写っている土星のガラス模型は、拙ブログ経由でお知りになったそうで、ちょっと鼻が高いです。)

少年流星観測隊2012年08月12日 17時28分36秒

今宵はペルセウス座流星群の極大日。


上の画像は、パリの老舗百貨店「ラ・ベル・ジャルディニエール」(1824年創業)が宣伝用に作った、オリジナル絵葉書です。美しいカラーリトグラフ印刷で、時代的には1910~20年代のものでしょう。
「Astrnomie enfentine(子供の天文学)」というシリーズ物の1枚で、この葉書は「No.5 流れ星」と題されています。


全体は往復葉書のように、2枚で1セットになっています。下の葉書には色がついていませんが、これは上の絵を見ながら、自分で色を塗って楽しむためのものです。つまり、この絵葉書は「天文カード」、「塗り絵」、そして「はがき」の一石三鳥の役割を果たす優れもの。


「おい、早く、早く!」
「あ、あそこ!」 「こっちも!」
「!!」

涼しげな水辺の館で流星を観測する子どもたち。
身を乗り出し、食い入るよう空を見上げるポーズが、とてもリアルです。

もちろん実景ではないでしょうが、カード左下の説明文には、11月14日(しし座)と、8月10日(ペルセウス座)の流星群が特に言及されているので、あるいは後者をイメージした絵かもしれません。(服装も夏向きですし。)

さて、天気もまずまず、今夜は美しい流れ星の尾がいくつ見られるでしょうか?


付記

以下、蛇足ながら「ぬり絵」の話。
児童書の1ジャンルである、ぬり絵本(painting book、coloring book)」は、美術教育の民主化が叫ばれる中、1880年代のアメリカで生まれ、その後、商売向きの広告媒体や販促グッズとしての役割も果たすようになった…ということが、英語版ウィキペディアの「Coloring book」の項には書かれていました。

下はイギリスの某古書店のサイトから寸借した、1891年にロンドンで出たぬり絵本。


ごらんのように、日本のぬり絵とちょっと違うのは、子どもが自由に色を塗るのではなくて、カラー図版と線描図版を並べて、お手本を見ながら色を塗るという形式をとっていたことです。上のフランスの絵葉書もこういう文脈で作られたのでしょう。

流れ星の句と歌2012年08月13日 10時40分42秒

昨日の流星はどうでしたか?
私は酔眼だったので、まあ何でしたが、今日あたりもまだまだチャンスはありそうです。

   ★

今日の朝日俳壇・歌壇より。

○流星の先に猫ゐる異郷かな   (ドイツ)ハルツォーク洋子

金子兜太氏、大串章氏の共選句。
流星、猫、異郷の取り合わせが、凛としたイメージです。

異郷(ドイツでしょうか)の建物が描くスカイライン。
その上空をスッと飛んだ流星。
視線を地上に戻せば、闇に佇む猫の瞳がふとキラリと輝いた…という情景でしょうか。

硬質な情緒をただよわせた佳句。
個人的に、この猫はターコイズの瞳を持った黒猫であってほしい。
(でも、実際の黒猫はゴールドの瞳のものが圧倒的に多いそうですね。)

(ドレスデンの夜景) 

○しんしんと流れ星ゆく蜩のひとしきり鳴きしあとのしじまへ 
(東京都)吉竹 純

永田和宏氏選。
先ほどまで鳴いていた蜩も声をひそめ、暮色のいよいよ濃くなった刻限。
空はオレンジから藍色へと変わり、星が静かに姿を見せ始める頃合いです。
そんな夏の宵空を、流れ星がかすめたのですが、作者はそれを「しんしんと」飛んだと感じ、またそれが周囲の「しじま」をいっそう深めたと言うのです。

美しいと同時に、哀切な印象も受ける歌です。
季節柄、盆の行事と故人への思いが背景にあるような気もします。

残暑見舞2012年08月15日 20時59分21秒

今日は夏から秋への序曲、ツクツクボウシの初鳴きを耳にしました。
残暑お見舞い申し上げます。
ここにきて暑さがゆるみ、その分疲れがどっと出ている方もいらっしゃるのでは?
どうぞご自愛ください。

私自身もなんとなく物憂いので、ブログも盆休みです。

ミルウォーキーは天文学の本場2012年08月18日 07時50分14秒

いったん収まった暑さが、前以上の勢いで盛り返し、ひたすら暑いです。
今週は、仕事の方でもすっかり消耗して、記事も書けませんでした。
こうなると、もう「ミルウォーキー流天文学」を実践するしかないのですが、ミルウォーキー流天文学とは、過去記事で取り上げた下の画像のごときもの。

夏のおすすめは<泡立つ天文学>
 http://mononoke.asablo.jp/blog/2010/07/07/5203948

(画像再掲)

で、最近、ミルウォーキー流天文学を実践している別の絵葉書を見かけました。

(裏面には1911年の消印があります。)

今度の絵葉書も、ひょっとして望遠鏡のオーナーは同じおじさん?
しかし、今度は仲間を引き入れ、架台も大型化して、おじさんはますます意気盛んです。月の女神も、いつの間にかポップな姿に変わって、おじさんの気をいっそう惹いています。

ちなみ、下の絵葉書は52ドルで落札されました(私はずっと手前で脱落)。上の絵葉書が即落価格35ドルで売られているのを見て、「高いな」と思っていたら、どうもミルウォーキー流天文学のディープな愛好家はあちこちにいるようですね。