フォルタン気圧計2017年09月26日 06時58分39秒

地球大気の振舞いに親しもうと思えば、戸外に一歩出て、大空を見上げさえすれば良いのです。そこには風が吹き、雲が湧き、水滴が走り、虹がかかり…。器具を補助手段として、五感を働かせれば、この惑星が生きていることを、存分に実感できます。

それなのに、わざわざ部屋にこもって、古書や古道具を眺めて満足げに目を細めるなんて、まことに不健康な話です。そして、気象趣味の本道から、これほど遠い振る舞いもないでしょう。

…でも、野に咲く花よりも、花の絵に魅かれる人がいるように、そういう偏った嗜好の持ち主も一方にはいます。いや、むしろ気象趣味の一端には、歴史性に裏打ちされた雅味が確かにあって、それはそれで味わうに足ることなんだ…と、ここでは敢えて主張したいと思います。「天文界に天文古玩趣味あれば、気象界にも気象古玩趣味あり」というわけです。

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そんな言い訳をしつつ、部屋の隅に置かれた大きな気圧計を登場させます。


フランスの科学機器製作者、ジャン・二コラ・フォルタン(Jean Nicolas Fortin 、1750–1831)が、1800年頃に考案した「フォルタン気圧計(Fortin Barometer)」。これぞ、17世紀に大気圧の存在を示したトリチェリに始まる、水銀式気圧計の19世紀における直系の子孫です。


手元の品は、英ニューカッスルの科学機器メーカー「Brady and Martin社」が、19世紀末頃に販売したもの。安定した測定を行うために、気圧計全体がオーク製のガラスケースに収められているのも魅力的ですし、ケースの高さは110cmと、部屋の中で相当な存在感を発揮しています。

(気圧計下端の水銀槽)

しかし、そのサイズゆえに、これを故国イギリスから送ってもらうには、かなりの苦労を伴いました。荷造りと送料の交渉も面倒でしたが、最大の障壁は、装置の内部を満たす水銀の扱いでした。

それまで私はあまり意識していなかったのですが、水銀は今や有害物質として、輸出入が厳しく制限されており、税関を通すためには、イギリス側でいったん水銀を抜いて、日本に輸入後、再注入しないといけない…という話が出て、先方と何度もメールでやりとりを重ねました(さっき数えたら、メールは全部で22通に及んでいました)。

結論からいうと、今手元にある気圧計は、水銀が抜かれたままの状態です。気圧を測るためには水銀の再注入を依頼しなければなりませんが、最初から実用を目的としていないので、その必要は当面ないでしょう。


気圧計とその上の風速計。
そよとも風の吹かないこの部屋で、気象趣味のかすかな余香が、微気象に乗ってゆっくり漂っています。(やっぱり偏った趣味かもしれません。)