アールデコの彗星2024年08月11日 13時50分08秒

アールデコの時代は、高度な工業化の時代でもあります。
昨日のクライスラービルに代表される「摩天楼」も、巨大な工場が生み出す大量の鉄筋とセメント、そして平面ガラスがなければ、実現不可能だったでしょう。

そして身近な品も、合成樹脂製品が幅を利かせるようになります。
その代表が、非石油系樹脂であるセルロイドです。

セルロイドは1920~30年代、アールデコの時代を象徴する素材で、今でこそ「なつかしい」と言われるセルロイド製品ですが、当時はモダンな新時代の空気を身に帯びていました。(まあ、当時は当時で「安っぽいまがい物」と、眉をひそめる人もいたでしょうが)。

   ★

彗星モチーフのブローチ。



セルロイドにガラスの模造宝石を散りばめてあります。
米・バーモント州の人から購入しました。


元々安価な品ではあったでしょうが、ところどころ塗装が剥げてしまって、今では文字通り一山いくらの品です。それでもコメット・ブローチをいろいろ探している中で、アールデコの時代を強く感じさせる品として、興味をそそられました。

このブローチは、当時の女性の装いを教えてくれると同時に、彗星にアールデコの装いをさせると、どんな姿形になるのかをも教えてくれます。


元のデザイナー氏が、どこまで彗星の知識を持っていたかは分かりません。
でも、1744年のシェゾ―彗星や、1861年の大彗星(テバット彗星)は、複数の尾を派手に広げた姿が盛んに描かれましたから、このブローチもたぶんその辺が発想源ではないかと思います。そこにアールデコのデザイン感覚を重ねると、こんな姿になるというわけです。

(左上・シェゾ―彗星、右上・1861年の大彗星。William Peck(著)『A Popular Handbook and Atlas of Astronomy』(1890)より)

1910年のハレー彗星以降、20世紀前半は目立つ彗星の少ない時期だったと思いますが、それでも1927年のシェレルプ・マリスタニー彗星(C/1927 X1)のように、日中でも観測できる明るい彗星があったり、彗星は年々地球の近くを訪れましたから、人々の念頭を去ることはなかったでしょう。

   ★

星々の間を縫って進む宇宙の放浪者。
一所不住の気まぐれ者。
颯爽としたダンディな服装と身のこなし。

彗星は、西洋流の粋を身上とする伊達者に、理想のイメージを提供したかもしれませんね。



コメント

_ S.U ― 2024年08月12日 14時51分49秒

様々な形の彗星の尾を見て、そこにはどんな性質の物質があるのだろう、彗星から放出されているのなら、その形からその謎が解けるのではないか、と考えた一般人や芸術家がいたかもしれませんね。そういう人の一部は、「宝石だといいなあ」と思ったかもしれません。

_ 玉青 ― 2024年08月12日 19時26分19秒

或る晩、某市の酒房でこんな会話が交わされました。

   +

A: 彗星を見てて思ったんだけど、あの彗星の尾っぽが宝石の粒だったら素敵だよね。
B: へえ、君もなかなかロマンチストだね。
A: 学者先生は彗星の核を「汚れた雪玉」に譬えるけど、その汚れの一部は炭素だろ?だったら、そのさらに一部がダイヤモンド化しててもいいじゃないか。
B: まあ、ダイヤモンドが形成される条件が揃ってればそうだけど…。彗星にそれを求めるのは土台無理だろ。
A: そうか、残念。
B: それより、こんな話を知ってるかい?
A: え、なんだい?
B: 彗星の核の主成分は氷、すなわちエイチツーオーだ。そして太陽の熱で気化した氷は、あっというまに雲散霧消して、我々の目には見えない。だから彗星の尾として観測されるのは、あくまでも核の夾雑物、「汚れ」の方だ。
A: ふむ。
B: でもね、宇宙空間に放たれた水蒸気は、彗星本体の影に入った瞬間に再凝結して、氷の微晶になるんだ。地上でも極寒の地にいくと、水蒸気が凍って、一面の「ダイヤモンドダスト」が見られるだろう?あれと同じことが宇宙でも起こるんだよ。
A: へえ。彗星が振りまく宇宙のダイヤモンドダストか…。でも、太陽の光が届かないからこその再凝結だろ?だったら、そのキラキラ光る姿を、我々が観測することもできないじゃないか。
B: そう思うだろ?しかし宇宙を照らすのは太陽の光ばかりじゃない。彗星と地球の位置関係によっては、月の冷光で、彗星生まれのダイヤモンドダストがキラキラ光るのを観測できる場合があるんだ。もちろん肉眼では見えないほどの、ほんのかすかな光だけどね。でも月の光を浴びて輝くダイヤモンドダストを黙って想像してごらんよ。
A: ああ、実に美しいイメージだね。…あれ?君は僕のことをロマンチストと言ったけど、どうやら君の方がよっぽどロマンチストのようだね。
B: そうさ、こんな出まかせがスラスラ口をついて出るぐらい、筋金入りのロマンチストさ(笑)。
A: なーんだ嘘っぱちか。こいつはかつがれたな。
B: でも、宇宙のダイヤモンドダストを想像して、いっとき涼しくなったろう?さあ、冷たいのをもう一杯いこうじゃないか。

_ S.U ― 2024年08月15日 04時40分02秒

(笑)こういう会話が、伊達や酔狂人の酒の上のみで有効な話なのか、それとも天文学の最先端の科学の真実を多少なりとも含む可能性のある話なのか、ただちには区別のつかないところが、天文学ならではの有り難みですね。

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