天文古書とアールデコ2024年08月10日 14時44分53秒

最近、人に問われて魅力的な装丁の天文古書について考える機会がありました。
自分なりにいろいろ考えてお答えしたのですが、そういえば下の本はまだ話題にしてなかったのを思い出しました。


■Mary Proctor
 Evenings with the Stars
 Cassell (London), 1924. 8vo. 212p.


厚みのある本なので、背表紙も表紙絵と同じデザインで小粋に彩られています。

著者は、父リチャード(Richard Proctor、1837-1888)とともに天文啓発家として名をはせた、メアリー・プロクター(1862-1957)。ふたりは多くの一般向け天文解説書を書き、英米両国で好評を博しました(プロクター家は1881年にイギリスからアメリカに移住しました)。

(本書は亡父に捧げられています)

(タイトルページ)

まあ装丁の美しさイコール中身の美しさではないので、本書も21 枚の図表と8 枚の写真(オフセット印刷)を含むものの、ビジュアル面では特に目を引かない、中身はごくふつうの星座ガイド本です。

(内容の一部)

   ★

しかし、この表紙はどうでしょう。1920~30年代に一世を風靡した「アールデコ」のブックデザインが洒落ています。


美しい装丁の天文古書というと、いかにもヴィクトリアンな、ときに装飾過多と思えるようなブックデザインがパッと思い浮かびますが、本書の造本感覚はそれとはちょっと趣が異なります。

アールデコとは何ぞや?…というのは、なかなか言葉で明確に述べ難いところですが、ざっくり言えば「装飾的モダニズム」であり、幾何学的・平面的・直線的デザインを多用し、オリエンタルなモチーフを、オリジナルの文脈を無視して盛んに引用するあたりが特徴かと思います。アールデコの例として真っ先に挙げられる、ニューヨークのクライスラービル(1930年竣工)の外観や内部はまさにそうですね(以下はウィキペディアから引っ張って来た写真)。



ただし、そういう外形的なものにとどまらず、アールデコというのは一種の時代精神でもあって、大戦間期の享楽的な大衆文化、いわゆる「ジャズエイジ」と切り離すことはできません。そうした軽躁的なムードは、ヴィクトリア時代を特徴づけた謹厳さとは、鋭く対立するものです。

   ★

時代を超越しているかのような天文書でも、やっぱりそのブックデザインには時代相が如実に表れる…というのが、興味深い点で、書物もやっぱり時代の子ですね。

そして、時代精神は本のデザインばかりではなく、著者のライフスタイルにも知らず知らず影響を及ぼすのでしょう。

(Mary Proctor(1862-1957)、1932年撮影。英語版wikipediaより

ヴィクトリアンな青春を送ったはずのメアリーも、時が経てばアールデコのファッションに身を包み、その精神生活の基調音も、すっかりアメリカ風にモダナイズされていたのかなあ…と、これは純粋な想像ですが、そんなふうに思います。