1896年、アマースト大学日食観測隊の思い出(7)…北へ2025年07月16日 05時23分54秒

横浜から北海道の枝幸までどうやって荷物と隊員を運ぶか?

最初に思いつくのは、コロネット号でそのまま枝幸まで行くことですが、この案は不可能ということになりました(その理由が素人には分かりませんが、とにかく航海のプロが不可能と判断したわけです)。

ここで一行は二手に分かれ、”花より団子”の「非科学者チーム」はコロネット号で西に向かい観光三昧、一方「科学者チーム」は、鉄道で青森まで行き、そこから汽船を乗り継いで枝幸に向かうことになりました。観測用機材等は、別途汽船をチャーターして運ぶ計画です。

ここで「科学者チーム」を確認しておくと、

●遠征隊長 アマースト大学教授 デイビッド・P・トッド
●海軍機関長補 ジョン・ペンバートン
●ハーバード大学天文台 ウィラード・P・ゲリッシュ
●アマースト大学機械技師 E・A・トンプソン

の4名が主要メンバーで、これに助手、コック、写真師等が随行します。
このうちトンプソンは、汽船「さくら丸(佐倉丸?)」で機材を函館まで運ぶ役なので途中は別行動、またトッド隊長夫人のメイベルは、最初「非科学者チーム」と一緒に観光を楽しんだ後、途中で観光組と別れて単身北海道にわたり、科学者チームに合流することとなりました。

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資料を見る限り、こうした日本国内の旅の計画は、すべて来日後に決めたもののように読めます。現地に行ってみないと分からないことが、あまりにも多かったので、まあ当然といえば当然です。しかし観測隊にとって幸運だったのは、日本政府がこの遠征計画に全面的に協力し、あらゆる便宜を与えてくれたことです。その結果、鉄道会社と汽船会社は、隊員全員と装備品を目的地まで無料で輸送することを約束してくれました。

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その結果として、鉄道会社から明治29年6月30日付けで交付されたのが、下の「日本鉄道株式会社常乗車券」です。

(「ゲリシ」とは、もちろんゲリッシュのこと)

通用期間は明治29年7月1日から8月31日まで、期間内であれば鉄道全線の上等車に乗り放題という太っ腹な切符です。


切符の裏面は路線図になっています。鉄道全線といっても、それは当時民営だった「日本鉄道株式会社」が所有する区画のみで、現在の東北本線、高崎線に限られるのですが、今回の旅の目的にはそれで十分です。

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このあと枝幸につくまでの出来事は、『コロネット号航海録』に収められた、ペンバートンの書簡(コロネット号船長夫人、ハリエット・ジェイムズに宛てたもの)が唯一の資料なので、以下それを参照しながら旅の流れを追ってみます。

科学者一行は7月1日に上野駅を出発しました。

一等車とはいえ、エアコンもありませんから、車内は夜になるまで非常に暑かったそうです。幸い車両に他の客はいなかったので、一行はベストもネクタイも脱ぎ捨てて、気楽な格好で涼むことができました。ただ困ったのは食べ物です。持参の食料を別の荷物車両に積み込んでしまったため、それを取り出すことが出来なかったからです。ペンバートンは食料調達の苦労を面白おかしく(?)書き残しています。

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一行はそのまま車中泊をして、青森駅に到着したのは、翌7月2日のことです。この日は涼しく快適。

 「ここでは、駅から汽船まで荷物を運ぶための荷馬車やサンパンを探すなど、面倒な仕事が山ほどありました。私たちは皆、前衛か後衛として行動し、何も失われないようにしなければなりませんでした。汽船に乗っていると、どんな食べ物も手に入らないことがわかったので、町に戻って茶屋で夕食をとることにしました。ここではとても楽しい時間を過ごしました。誰もが現地の言葉を話そうとし、給仕の女性たちも社交的でした。アンドリューと彼女たちの一人が、一人はロシア語、もう一人は日本語で会話しているのを見て、とても面白かったです。」

二等航海士のアンドリューは片言の日本語、給仕の女性は片言のロシア語で、頓珍漢なやり取りをしたのでしょう。青森あたりだと、函館経由で来るロシアの船員さんも多かったのかもしれません。

このときの「茶屋」と思えるのが、下のラゲッジラベルに出てくる「中島」です。


HOTELとありますが、まあ普通に旅館でしょう。ネットで探すと下の中島(中嶋)旅館がそれっぽいです。

(出典:青森市民図書館歴史資料室による2024年7月10日付Facebook投稿記事

ここで食事を済ませた一行は、そのまま同日午後10時、函館行きの汽船に乗り込みました。ゲリッシュ資料には中島旅館とは別に、「旅館 鹽谷彦太郎」というのも出てきます。ここは港の桟橋前にあって、函館行きのチケットを取り扱っていたので、おそらくここで切符を入手して、乗船したのでしょう。


(上のカードの裏面)

(この項続く。次回はいよいよ北海道上陸)