LIVE!太陽系 ― 2012年03月29日 21時09分23秒
桜のつぼみがふくらみ、宵に入ってもなお、春の気配が辺りに濃く漂っているのを感じます。
仕事の帰り道、西の空がからっと開けた場所があって、ここしばらくは金星、木星、月の競演が続いています。それらを結んだ先には、まだ沈んだばかりの太陽の存在もしっかりと感じ取れます。
巨大な太陽、内惑星、外惑星、そして我らが地球。さらにその周りを回る白銀の衛星。
「ああ、自分は今、CGでもプラネタリウムソフトでもない、『生の太陽系』を見ているのだなあ…」と、空を見上げるたびに心がかすかにふるえます。
きっと、コペルニクスやケプラーの時代の人々だったら、もっと劇しい、灼けつくような昂奮を眼前の光景に覚えたのではないでしょうか。
仕事の帰り道、西の空がからっと開けた場所があって、ここしばらくは金星、木星、月の競演が続いています。それらを結んだ先には、まだ沈んだばかりの太陽の存在もしっかりと感じ取れます。
巨大な太陽、内惑星、外惑星、そして我らが地球。さらにその周りを回る白銀の衛星。
「ああ、自分は今、CGでもプラネタリウムソフトでもない、『生の太陽系』を見ているのだなあ…」と、空を見上げるたびに心がかすかにふるえます。
きっと、コペルニクスやケプラーの時代の人々だったら、もっと劇しい、灼けつくような昂奮を眼前の光景に覚えたのではないでしょうか。
ケプラーの多面体宇宙モデル ― 2011年07月08日 22時08分10秒
『ケプラーの憂鬱』 も残すところあと30ページ。
いよいよケプラーの人生が幕を下ろす間際まで来ました。
いよいよケプラーの人生が幕を下ろす間際まで来ました。
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天王星が発見されたのは1781年で、これは周知のように ― と、ハーシェル協会員としてあえて書きますが ― ウィリアム・ハーシェルが成し遂げた偉業です。
それ以前は、誰もが水・金・地・火・木・土の6個しか惑星はないものと思っており、当然ケプラーの時代もそうでした(もっとも、地球は惑星ではないと考える人も大勢いましたが)。
ふつうの人であれば、それを自明の前提として受け入れるだけでしょうが、ケプラーは妙な問いの立て方を好む人だったのか、「惑星の数はなぜ6個しかないのか? そして、なぜ今あるような軌道間隔を描いて回っているのか?」という点にこだわりました。
ケプラーの第1法則~第3法則は、彼の天才的な思索の結晶であり、科学史における偉大な事件と言ってよいのでしょうが、直接上の問いに答えるものではありません(問いの後段については、部分的に答えているかもしれません)。彼としては、それ以前に世に問うた『宇宙の神秘』で開陳した、多面体宇宙モデルこそがその答でした。
(↑『ケプラーの憂鬱』より)

(↑上図中央部拡大。出典=ウィキメディア・コモンズ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Kepler-solar-system-2.png)
「惑星はなぜ6個しかないのか?」
それはこの宇宙に正多面体が5個しかないことに対応しているのだ。
「惑星はなぜ今あるような軌道間隔を描いて回っているのか?」
入れ子になった正多面体に内接する円を描いてみよ。まさに惑星の軌道がそこに浮かび上がるではないか!
これは単なる思い付き以上のものではなく、言ってみれば一種の奇説に過ぎませんから、彼の三法則と同列には論じられないでしょうが、しかし彼はこの考えがいたく気に入っていたようです。(少なくとも小説の中ではそうです。そして著者のバンヴィルは、この説を受けて、小説全体の結構に、ある巧妙な仕掛けを潜ませているのですが、それはまた次回。)
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そういえば、以前、ペーパー・オーラリーを紹介したときに、この宇宙モデルのペーパークラフトが、チラリと顔を出しました[商品情報]。なんだかペラペラしていて、もうちょっと重厚さが欲しい気もしますが、ケプラーを身近に感じるには手ごろな品かもしれません。
(正多面体の話題に移りながら、この項つづく)
天文古玩・再考(9)…オーラリーと天球儀(3) ― 2011年05月06日 17時08分08秒
このシリーズはけっこうしんどいです。
というのも、かなり無理をして書いているからです。
というのも、かなり無理をして書いているからです。
たしか望遠鏡の記事を書いたときに、「鶏口牛後」とか「本物志向」とか、強く出たわりに、オーラリーと天球儀については、本物の古玩が登場する可能性は限りなくゼロに近いです。それぐらい、壁の厚い世界です。再三お金のことを言って恐縮ですが、「古いものは高い」という、非常にシンプルな世界なので、その中でいったい何をどう再考すればいいのか、若干戸惑いがあります。
しかし、落ち着いて考えてみれば、私が直面している問題は、我が国の(←なんだか話が大きいですね)平均的趣味人が等しく抱えている問題であり、そうした限られた資力の中で可能なことは何か?を書くことには、それなりに意味があるかもしれません。
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ところでお金のからむ話として、1つの情報をお伝えします。
以前記事にしたデアゴスティーニのオーラリー(http://mononoke.asablo.jp/blog/2009/01/16/4061703)、あれが新品として叩き売りされているという、購入をためらっていた方には朗報ですが、正規の価格で購入された方にとっては、かなり衝撃的なニュース。
それはeBayでのことで、問題のページは以下。
http://cgi.ebay.com/Planetarium-Brass-Orrery-Solar-System-Model-Trippensee-/170634995174?pt=LH_DefaultDomain_0&hash=item27baa365e6
まさにデアゴのオーラリーそのものです。それが今なら399ドル。送料が109ドルと大分かさみますが、それでも合計約500ドルですから、ちょうどデアゴの半額です。電圧はちゃんと日本向けに調整してくれるそうで、その組み立て済みの新品が上記の価格。
いったい何が起こっているのが一瞬分かりませんでした。
でも、売り手の所在地を見て納得しました。この品は中国の深セン市(センは土偏に川)が発送元になっています。要は、デアゴのオーラリーの製造を請け負った中国メーカーが、そのまま独自に製造を続けて(権利関係がどうなっているかは不明)、安売り攻勢をかけている…のではないかと思います。
なんとも商魂たくましいというか、でもこれで利益が出るのですから、デアゴも結構マージンを取っていたんだなあ…と思わなくもありません。
私自身は購入の予定はありませんが、発売当時、「半額なら買う」と言っていた人が結構いた記憶があるので、とりあえず判断の材料に供したいと思います。
ちなみに、その後デアゴから出た「三球儀タイプ」も、439ドル+送料109ドルで販売しているそうです(これもちょっと気になりますね)。

(↑売主さんによる写真を寸借。商品のページは以下。http://cgi.ebay.com/Planetarium-Orrery-Solar-System-Model-Sun-Earth-Moon-/170635031292?pt=LH_DefaultDomain_0&hash=item27baa3f2fc)
それにしても、いずれこの会社から買った人が、中古で再出品したら、それこそ価格破壊でしょうね。。。
【付記】
スチームパンク大百科(by 麻理様)の記事を読むと、元々イギリスでの売価は日本の半額だったそうで、そうなると「叩き売り」というほどでもないですね。
正規版がドル建てでいくらだったか不明ですが、イギリスの例だと、正規版は307ポンド(約4万円)、そして上の中国版は、イギリスのeBayにも出品していて、そちらは現在243ポンド(約3万2千円)、つまり正規版の2割引きです。
もともと日本の価格が高過ぎたのかも…。
PLANETICA…プラスチックの太陽系 ― 2011年05月04日 20時21分31秒
連休も中盤ですね。
さて、今日も番外編。オーラリーの話のついでに、ちょっと便利な品を載せます。
さて、今日も番外編。オーラリーの話のついでに、ちょっと便利な品を載せます。
任意の時点の惑星の位置を手軽に調べることができる小道具、「プラネティカ」。
フランスで生まれた、現代の手動式オーラリーです。直径は14cm。
この品、いざ写真を撮ろうと思うと、光が映り込んで、撮影が難しいです。
というのも、どら焼きというか、シンバルというか、表面の形状が独特のカーブを描いているからです。
↑裏側もどら焼き状態。据わりが悪いことこの上ないですが、これがフランスの造形感覚なんでしょうか。
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使い方は簡単です。
まず外枠(透明カバー)を回して、年月日をセットします。すると、それに連動して惑星がその日のポジションに移動します。内部では沢山歯車が回っているのでしょうが、それはすべてブラックボックス化していて、外からは見えません(スケルトン版がほしい…)。
残念ながら、実際に動くのは天王星までです。海王星と冥王星(発売当時はまだ惑星でした)は、あらかじめプリントされたドットを見て、その位置を判断します。
次に地球をはめ込んだ円盤を回して、時刻をセットします。それによって、同時に東西南北の方向も定まります。自分の体の向きをそれに合わせれば、今惑星がどちらの方向に見えるかが分かる仕組みです。
ためしに、今日の惑星の位置を表示してみました↓
太陽を間において、お行儀よく列を作っています。
念のため、先日の「電脳惑星儀」と比べてみると(向きを揃えるため180度回転)↓
いちばん外側の海王星が列を乱しているので、「惑星直列」とはいきませんが、確かに同じ配置(当り前か…)。
底部のボタンを押すと、中央の太陽(LED)が点灯します。
全体にとてもよく出来ていますが、構造的限界のため、表示できるのが1970年~2049年に限定されるのが玉に瑕。
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この品、今でもいろんなところで通販していますが、結構店によって値段が違うようです。購入される場合は、買う店を選んだほうが良いですね。
かつて人々は肉眼と脳髄だけを武器に宇宙の構造に挑んだ ― 2011年04月18日 21時13分27秒
桜も散りはて、今日は雨。
柔らかい雨だれの音がずっと聞こえています。
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前の記事で、「コペルニクスの太陽中心モデル」と「ティコ・ブラーエの地球中心モデル」というのが出てきました。単純に「地動説」と「天動説」と言っても同じことですが、天動説には、いろいろなヴァリエーションがあるので、こういう細かい言い分けが必要になるわけです。
柔らかい雨だれの音がずっと聞こえています。
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前の記事で、「コペルニクスの太陽中心モデル」と「ティコ・ブラーエの地球中心モデル」というのが出てきました。単純に「地動説」と「天動説」と言っても同じことですが、天動説には、いろいろなヴァリエーションがあるので、こういう細かい言い分けが必要になるわけです。
↓は1719年にパリで出た地図帳(Jacques Chiquet, Le Nouveau et Curieux Atlas Geographique et Historique)から取った一葉。アーミラリー・スフィアを中心に、宇宙体系をめぐる諸説が図示されています。
まずは、おなじみのコペルニクスの体系。
そして、ティコ・ブラーエの体系。
こちらは天動説の「本家」、プトレマイオスの体系です。
ゴチャゴチャして分かりにくいので、さらにアップ。
中心には土と水からなる地球があり、周囲を空気と火が取り巻いています。その上には月天(月の巡る世界)、水星天、金星天…が重なり、最後は恒星天、原動天を経て、至高天にいたります。『神曲・天国篇』で、主人公が辿るのはこの道です(と言っても、読んだことはありませんが)。
さらにもう1つ、「複合体系(System Composé)」というのが出てきます。
5世紀の学者、Martianus Capella によるモデルで、これも天動説のヴァリエーションの1つ。「プトレマイオスとティコの折衷」という意味で「複合体系」と呼ぶのでしょうが、もちろん歴史的には、ティコよりもはるかに先行するものです。
太陽を中心に水星と金星が回る、このカペラの説を、コペルニクスも大いに賞賛したとか。
望遠鏡が発明される以前、天文学者たちは知性と想像力の翼に乗って、「神のみが眺めうる世界」に近づこうとしました。これらの体系図は、その紙碑と言えるかもしれません。
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この銅版画が刷られたのは1719年。
このブログに登場するのは、19世紀以降のものが多く、18世紀の品はややアウェイ気味ですが、でもこういうのを本来の天文骨董というのかもしれません。
そんなことを踏まえながら、「天文古玩・再考編」に入る予定。。。
電脳惑星儀 ― 2011年04月16日 11時15分01秒
窓から外を眺めていたら、どこからか盛んに桜の花びらが舞ってくるのが見えます。
「落花枝にかえらず」というのは、どうも男女の仲について云う、情に絡んだ表現らしいですが、「覆水盆にかえらず」という即物的な言い回しよりも、ずっと優しい感じがします。
生きていく中で、時計の針を逆転させたいと願うことは多々ありますが、そういうときに「落花枝にかえらず」と静かに呟くのが、人生の知恵というものかもしれません。
「落花枝にかえらず」というのは、どうも男女の仲について云う、情に絡んだ表現らしいですが、「覆水盆にかえらず」という即物的な言い回しよりも、ずっと優しい感じがします。
生きていく中で、時計の針を逆転させたいと願うことは多々ありますが、そういうときに「落花枝にかえらず」と静かに呟くのが、人生の知恵というものかもしれません。
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さて、前の記事はあまり内容がなかったので、「モノ」ではありませんが、美しいイメージだけでも載せておきます。

つい先日、人から教えてもらったページ。
http://dd.dynamicdiagrams.com/wp-content/uploads/2011/01/orrery_2006.swf
http://dd.dynamicdiagrams.com/wp-content/uploads/2011/01/orrery_2006.swf
漆黒の宇宙を静かに回る惑星たち。PC上で動作する現代のオーラリーです。
惑星ばかりでなく、小惑星もザラザラと流れるように回る姿が美しい。
右下に、Copernican と Tychonian の切り替えボタンがあって、コペルニクスの太陽中心モデルと、ティコ・ブラーエの地球中心モデルが比較できるようになっています。その他、年月日の指定や回転速度の変更も自由にできるので、いろいろな使い方ができそうです。
物憂い春の宵にぼんやりと眺めて、時の移ろいに思いを馳せるのもいいですね。
回る!惑星儀 ― 2010年11月14日 15時13分42秒
磁石の力で空中を浮揚する地球儀でおなじみのステラノバ社。
その製品は、このブログにも以前登場しました(http://mononoke.asablo.jp/blog/2009/11/25/4720913)。
その製品は、このブログにも以前登場しました(http://mononoke.asablo.jp/blog/2009/11/25/4720913)。
最近、同社から同じコンセプトで、惑星儀シリーズというのが出ているのを知りました。
(以下の画像は↓のページから勝手拝借しました。製品仕様についてもこちらを参照してください。http://www.ultimateglobes.com/Stellanova-Globes-s/237.htm)

探査機ジュノーに乗り込む(?)ガリレオの骨よりも一足先に、木星遊覧としゃれこむか!…とも思ったのですが、このシリーズは日本にはまだ入ってきていない模様。
まあ、探せば日本に発送してくれる業者も見つかるでしょうけれど、ただ、惑星探査機を模した架台パーツが、個人的に今一つ垢抜けない感じがして、注文に踏み切れずにいます。できれば惑星だけが静かに浮んでいて欲しかった。

この土星もなかなかカワイイんですが、うーん、ちょっとデフォルメがきついかな…
というわけで、この惑星儀はもうちょっと様子見です。
もし一足先に購入される(された)方がいらっしゃれば、どんな塩梅かご教示いただければ幸いです。
【付記】 電源の問題もありますが、アメリカ向け仕様だったら、たぶんそのまま動作するのではないかと踏んでいます。
空の青、本の青(4) ― 2010年09月05日 20時12分19秒
(昨日のつづき)
「では、太陽系の果てを超えた場所から、彗星号に乗りこむことにしよう。」
この彗星の旅は完璧な空想旅行なので、著者はいきなりいちばん遠い場所からスタートします(そこまで自由に行けるなら、そもそも彗星に乗る必要はないような気もしますが、著者はあまり気にせず旅の案内を続けます)。
まず訪れるのは海王星です。当時はここが太陽系の果てでした。
著者は、海王星の物理的性質を説明した後で、適当な大気と惑星自身の熱のおかげで、この酷寒の地でも海王星人は生きのびることができるし、彼らは暗闇の中でも活動できるよう、おそらく大きな瞳を持ち、網膜も鋭敏なのだろうと推測します。
彗星号は、次いで天王星、土星、木星、小惑星帯へと順番に進みます。
天王星の衛星の話、大きな図体のくせにコルクのように軽い土星の話…旅の話題は尽きません。
小惑星が密集する危険なエリアを抜け、太陽が近づくにつれ、彗星はジェットの尾を伸ばし、その壮麗な姿を天空に現します。
「我々の乗り物は、今や非常に速力を増し、停車駅の間隔もごく狭いので、各惑星にほんの一瞥を投げかけただけで次に向わねばならない。」
火星や地球の脇を過ぎ、「さらに我々は金星、水星、そしてバルカンへと、次から次へと通過していく。ただしバルカンは、水星と太陽の間の小惑星帯を構成する、無数の小惑星の1つに過ぎないことが分かるだろう。」
バルカンの名が、郷愁を誘います。
バルカンは、海王星の軌道予測者、ユルバン・ルヴェリエ(1811‐1877)が1859年に提案した幻の惑星。1881年には、すでに存在が疑問視されていましたが、この記述こそ、まぎれもない時代の刻印でしょう。
そして彗星号は最終目的地の太陽に到達します。
視界いっぱいに広がる光。ダイヤモンドでさえも一瞬で燃え、どんなに硬い金属でもとろけてしまう熱。目の前に、あまたの観測者を悩ませた、あのバラ色のプロミネンスが燃えています…。
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こんな風に書いていると、話が終りそうにないので、あとは挿絵を適当に貼って、本の紹介に代えることにします。(版画ばかりで写真がないのは、さすがに19世紀。)
立派な館の庭から眺める真夜中の空。
海上に浮かぶ蜃気楼
むつまじく虹を眺める親子
「霜と雪」の章題ページ
雪の結晶と美しい雪化粧
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今日も全国で猛暑日。一体いつになったら、現実世界に涼が訪れるのでしょうか。
いささかバテてきました。。。
地球は廻る ― 2010年08月07日 19時50分53秒
夕有風立秋。(You are foolish .)
ひたすら暑い立秋。まことに人々の願いをあざ笑うかのようなお天気です。
ひたすら暑い立秋。まことに人々の願いをあざ笑うかのようなお天気です。
それでも、今週はふっと季節の移ろいを感じることがありました。
朝の出勤時、いつものように家を出たら、見慣れた景色がどこか微妙に違う。何となく澄んだような、静かなくっきりした感じが四囲にあって、なぜかな?と思ったのですが、その原因は太陽でした。太陽の高度が低くなったために、木々や、建物や、自分の服のしわが作る影が微妙に伸びて、風景の立体感が増したことにより、そう感じたのでした。
地球の運行は確かなもので、太陽との位置関係はじりじりと本物の秋に向いつつあるようです。
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さて、下は明治末~大正初めに出た絵葉書。
当時の葉書で、天文を主題にしたものは珍しい。地球・月・太陽の関係を描いた、たぶん元絵は、その頃の教育用掛図ではないかと思います。
しかし、裏面↓を見ても、まったく説明がないので、誰がどういう目的で作ったかは不明。この絵葉書を出す人も、受け取る人も、何をどんなニュアンスでやりとりしたのか、考えるとちょっとシュールな感じがします。(ひょっとしたら、1908年に創設された日本天文学会と関係があるのでは…という想像もしています。)





























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