ウソかマコトか2018年04月01日 10時18分49秒

エイプリールにちなんで、何か出まかせを言おうかと思いましたが、特に気の利いた嘘も思いつかないので、嘘にちなんで、こんな品を載せます。


『錯視(Optical Illusions)』と題されたシガレットカードのシリーズ、全25枚。
1923年に、イギリスの煙草メーカー、オグデンズ社が発行したものです。


適当に抜いた4枚のカード。左から順に、

*No.6「欺瞞的な形」 …5切れのバウムクーヘンのような形は、全て同形同大ですが、下の方が細長く見えます。
No.2「長短の線」 …有名な「ミュラー・リヤーの錯視」。矢印中央の線分は同長ですが、右のほうが長く見えます。
*No.11「本と筒」 …子供のころ、紙筒を掌の脇にくっつけて、両目を開けたまま覗くと、手のひらに穴が開いて見えるという遊びをやりましたが、あれと同じもの。
*No.9「遠近法に置かれた柱」 …3本の柱は同長ですが、奥の方が長く見えます。

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この品を載せるにあたって、演出として、眼球模型と並べようかと最初は思いました。


でも、よく考えたら、下の方が一層適切だと気づきました。


そう、錯視とは目で見るものではなくて、脳で認識するものですね。

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ところで、錯視って本当なんでしょうか、嘘なんでしょうか?

物理的実体こそマコトと考えれば、それと異なる知覚経験である錯視はウソです。
でも、ヒトの知覚システムは、一定の条件下で錯視を見るように構成されているので、ヒトの主観的経験としては、何のウソ偽りもなく、錯視こそマコトです。「たしかにこの2本の線分は、物差しで測れば同じ長さだが、私の目にはこっちの方が長く見える」という陳述の正しさを疑うことはできません。

モノの世界と心の世界の絡み合いは中々ややこしくて、うっかりすると直ぐ迷路にはまってしまいます。錯視現象はそれを考える恰好の手掛かりであり、このシガレットカードなんかは、さしずめ迷妄界にある人を導く、有り難い御札かもしれませんね。


驚異の象牙人形(2)2018年02月28日 18時57分29秒

(昨日のつづき)

象牙の解剖模型に関連して特筆すべきこと。
それは他でもありません、わが家にもそれが一体眠っていることです。


頭のてっぺんからつま先まで、およそ16cm。この種のものとしては、標準的な大きさです。そして、これまたスタンダードな妊婦像。

ちょっと失礼して、おなかの中を見せてもらうと、


デフォルメされた腸やら何やらが造形されていて、順々に取り外すことができます。




右下のちっちゃいのが、子宮の中で眠る胎児。

昨日引用したラッセル氏の論文を参照すると、その特徴は「グループⅢ」と一致し、額の中央部でとがった髪の生え際や、微笑みを浮かべた面相は、論文中の図6に示された人形とよく似ています。

(左はラッセル氏の論文の図6(部分))

ラッセル氏は、先行研究を元に、このグループⅢはイタリア起源である可能性が高いと述べています。

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どうです、スゴイでしょう?
ただし、スゴイと言えるのは、これが本物であるとすれば…の話です。
もちろん、わが家にウン十万も、ウン百万もする本物があるわけはなくて、これはプラスチック製のレプリカです。

(枕に残るプラスチックの成型痕)

下は同封されていた説明書。


“SEX EDUCATION”― 16th Century”…と、ことさらに大文字で強調しているところが、何だか隠微な感じです。
(この16世紀云々はちょっと誇大で、たぶんオリジナルは17世紀のものでしょう。)

下の説明文を読むと、「ヴェサリウスは、解剖の重要性を実証したことによって、一般に近代解剖学の父と見なされている」…云々と、もっともらしいことが書かれていますが、全体の雰囲気からして、この品がどこかの観光地で、ヌード写真の飛び出すボールペンとか、エロティックなトランプなんかと並んで、「いかがわしいお土産品」として売られていたのではないか?という疑念を、捨て去ることができません。


そう思ってみると、この食い倒れ太郎の服のような薄汚れた紙箱も、


寝台の裏の「MADE IN HONG KONG」の文字も、すべてが怪しげです。そして、かつてヴンダーカンマーに秘蔵された象牙人形と同様――この部分だけはオリジナルと同じです――この品も、メーカー名の記載がどこにもありません。

この品に少なからぬお金(ええ、決して少なくありませんでした)を投じた私としては、こうした事実をどう受け止めればよいのか?

もちろん、これはレプリカと明記されていたし、私はそれを納得ずくで買ったのですから、そこに何の問題もありません(届くまで香港製とは知りませんでしたが)。だが、しかし…。

まあ、その正体不明のいかがわしさには、ちょっと乱歩チックな味わいがあるし、これこそ私のささやかな「驚異の小部屋」にはお似合いだ…というふうに興がるのが、この場合一等スマートかもしれませんね。

驚異の象牙人形(1)2018年02月27日 07時00分42秒

昨夕、机の上を片付けて早々と職場を出たら、空はまだほんのりと明るく、西の方は薄紅色に染まっていました。寒い寒いと言っているうちに、日脚がいつの間にか伸びて、確かな春がそこに来ているのを感じました。

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さて、さらにヴンダーな話題に分け入ります。まずは下の写真をご覧ください。


実際のところは分かりませんが、イメージ的には、ヴンダーカンマーを名乗るなら、是非あってほしいのが、こうした象牙製のミニチュア解剖模型です。

以前、子羊舎のまちださんに、その存在を教えていただき、見た瞬間、「いったいこれは何だ!」という驚異の念と、「うーむ、これはちょっと欲しいかも…」という欲心が、同時に動いたのでした。

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しかし、調べてみるとこれがなかなか大変なもので、その価格たるや、ボーナム社(ロンドン)のオークション・プライスが4,000ポンド(約60万円)…というのは、まだかわいい方で、ドロテウム社(ウィーン)のオークションでは、実に41,500ユーロ(約546万円)で落札されています。まさにお値段もヴンダー。象牙製品の取引規制の問題を脇に置いても、これを個人で手元に置くのは、相当大変です。

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でも、今回いろいろ調べて、この手の人形のことに少し詳しくなりました。
例えば、以下の記事。

K. F. Russell、「IVORY ANATOMICAL MANIKINS」
 Medical History. 1972 Apr; 16(2): 131–142.
 
ラッセル氏によると、こうした象牙人形は、いずれも作者の銘がなく、時代や国を特定する手がかりが至極乏しいのだそうです。ただし、各種の情報を総合すると、制作年代は17世紀から18世紀、主産地はドイツで、次いでイタリアとフランス。この3国以外は、イギリスも含めて、おそらく作られなかったろうと推測されています。

現時点における推定残存数は、約100体。その主な所蔵先は、ロンドンのウェルカム医学史研究所や、米ノースカロライナのデューク大学、あるいはオハイオ州クリーブランドのディットリック医学史博物館などで、まあお値段もお値段ですし、基本的には貴重なミュージアム・ピースという位置づけでしょう。

ラッセル氏は、それらの人形を丁寧に比較検討して、髪型とか、枕の形とか、内臓表現といった外形的な特徴に基づいて、8つの系統に分類しています。当然、それは作者や工房の違いによるものと考えられます。

(上記論文より。下からラッセル氏の分類によるグループⅢ、グループⅣ、グループⅤに該当する各種の人形)

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では、そもそもこうした解剖模型は、何のために作られたのか?

残された人形には、男性像も女性像もありますが、圧倒的に多いのは女性、しかも妊婦の像です。ラッセル氏によれば、これらの妊婦像は、一般の人に生理学の基礎――特に妊娠にまつわる事実を教えることを目的としたもので、1865年頃になっても、なお象牙人形で花嫁教育を受ける女性がいたエピソードを紹介しています。

一方下のリンク先(上述のディットリック博物館のブログ)には、また別の見解が示されています。



筆者のカリ・バックレイ氏は、上のような通説に対して、これらの妊婦像は、男性医師が自らの部屋に飾ることで、訪れた患者たちに、自分が産科に熟達していることを、問わず語りにアピールするためのものだ…と述べています。

まあ、正解は不明ですが、いずれにしても、こんな簡略なモデルでは、解剖学の実用レベルの知識を伝えることはできないので、むしろそれっぽいイメージや雰囲気を伝えることに主眼があったのだ…というバックレイ氏の主張には、説得力があります。

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さて、この珍奇な品をめぐっては、まだ書くべきことがあります。

(この項つづく)


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▼閑語(ブログ内ブログ)

現在進行中の「裁量労働制」をめぐる論戦。
制度の導入を待望しているのが、労働者側ではなく、経営者側だ…という時点で、その意味するところは明白で、別に悪意のこもったレッテル貼りでも何でもなしに、あれは「働かせ放題、残業代ゼロ」のための法案だということは、誰の目にも明らかでしょう。(何となく「滅私奉公」という言葉を連想します。)

まあ、非常に分かりやすい話ではあるのですが、企業家にせよ、政権周辺にせよ、そうやって労働力の収奪に血眼になる人たちは、現代の日本社会が、戦前のように人的資源を安易に浪費しうる状況だと思っている時点で、相当イカレテいるし、まさに亡国の徒という気がします。

子どもの貧困、奨学金破産、そして過労死。これらは一連のものとして、私の目には映っています。この人口減少社会において、子供たち・若者たちは、「金の卵」どころか「プラチナの卵」「レアメタルの卵」のはずなのに、なぜこうも若い世代を虐げるようなことばかり続けるのか。いいかげん弱い者いじめはやめろと、私は何度でも机を叩きたいです。

個人の権利をないがしろにする人が、同時に「自己責任」論者でもあるというのは、まことにたちの悪い冗談だと思います。

明治の動・植物実習図を眺める(後編)2017年10月08日 08時36分58秒

19世紀最後の年、1900年。そして20世紀最初の年、1901年。
世紀をまたいで講じられた、動・植物実習の講義用図譜の中身とは?

それを昨日に続けて見てみたいのですが、その前に訂正です。
昨日は、第1図をツユクサと書きましたが、ツユクサの前に「サルスベリ」の図があるのを見落としていました。結局、図譜の総枚数は31枚で、彩色図は27枚です。

(こちらが本当の第1図、サルスベリ(部分))

   ★

さて、この実習で目に付くのは、かなり植物重視の教程になっていることです。
まず、冒頭のサルスベリから始まって、ツユクサ、シュウカイドウ、クサギ、ソバ…と身近な植物(昔風にいえば「顕花植物」)の構造と分類の講義が続きます。

(クサギ)

(サンシチソウ)

その後、顕微鏡の構造と取り扱いの学習があって、そこからはノキシノブ、サンショウモ、キノコ類、ヒジキ…といった「隠花植物」の講義と、各種植物細胞(でんぷんや根・茎・葉の組織)の観察が続きます。

(顕微鏡の図)

(カビと根粒菌の観察)

(ネギを素材にした、各種染色法による細胞の観察)

ここまでで全31枚中、23枚の図版が費やされています。
そして、残りの8枚が「動物篇」ということになるのですが、そこに登場するのはヒルとカエルのみです。この図譜が前回推測したように、上野英三郎氏による農科大学の講義ノートとすれば、以上の教程も納得がいきます。(ヒルとカエルの選択も、無脊椎動物と脊椎動物の代表ということでしょうが、いかにも農の営みを感じさせます。)

(ヒルとその解剖)

カエルについては、全部で7図を費やして、内臓から筋肉の構造、神経系や循環系、そして最後に骨格の観察に至ります。

(前回の写真は色が濃く出過ぎています。今日の方が見た目に近いです。)




おそらく仕上げとして、カエルの骨格標本を作って、学生たちは1年間の実習の思い出として各自持ち帰ったのでしょう。

東大のインターメディアテクには、今も古いカエルの骨格標本がたくさん並んでいて、あれは理学部・動物学教室に由来する明治10年代のものだそうですが、その頃から、学生たちはせっせとカエルの解剖に励んでいたんじゃないでしょうか。

(西野嘉章編、「インターメディアテク―東京大学学術標本コレクション」、2013より)

科学の真骨頂2017年08月29日 22時11分36秒

昨日のスライドと一緒に並んでいたスライドをついでに載せます。
動物を写した古いレントゲン写真という、ちょっと変わった題材の品です。


種名は不明ですが、それぞれサンショウウオとヘビの一種。


手書きのラベルには、「フレデリック・ヨークによる歴史的写真。X線を用いた放射線写真」と書かれています。(反対側の面に貼られたオリジナル・ラベルには、「Radiographs by X-ray」と印刷されています)。

ここに出てくるフレデリック・ヨーク(Frederick York、1823-1903)というのは、息子とともにロンドンで写真販売会社を興し、19世紀後半から20世紀初めにかけて、大いに繁盛させた人物です。

彼はロンドン名所や、ロンドン動物園で暮らす動物の姿などをカメラに収め、それをキャビネ版や、大判写真、あるいはステレオ写真の形で売りさばきました。さらに、それらにまして売れたのが、写真を元にした幻灯スライドです。

1890年以降のヨーク社のスライドには、「Y字に蛇」のマークがあしらわれ、今回取り上げた2枚のスライドにも、やっぱりそのシールが貼られています。(余談ですが、以前登場した、美しい望遠鏡のスライド↓に貼られた「Cobra Series」のシールも、ヨーク社の製品であることを示すものでした。)


X線の発見は1895年。その後、X線撮影装置が開発されたのは1898年。
したがって、今回の写真も、それ以降のものということになります。
ヨーク社が、自前でX線撮影装置まで持っていたのか、あるいは装置は他所で借りたのかは不明ですが、撮影自体は、きっとヨーク社が行ったのでしょう。

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サンショウウオ(両生類)とトカゲ(爬虫類)は、一寸シルエットが似ています。
でも、その骨格はずいぶん違います。前者には、肋骨で籠状に覆われた「胸郭」が存在せず、その形状は魚の骨と大差ありません。これは、両生類では胸郭を用いた肺呼吸が未発達なことと関連している由。

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それにしても、こうした写真が、当時の人に与えた衝撃はどれほどのものであったか。
人びとは、まさに新時代の魔法を見る思いだったでしょう。




この発見が、当時既に盛んだった心霊ブームに新ネタを提供し、日本でも明治の末頃、学者たちを巻き込んで、透視・千里眼・念写の実験が盛んに行なわれました(当時の学者たちは、現象の背後に「京大光線」「精神線」といった仮想光線を想定しました)。ホラー小説『リング』の元ネタとなったのもそれです。

更にその後、X線はいっとき「科学おもちゃ」のような扱いを受けた…というのは、以下で触れました。

■怪光線現る…理科室のX線


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【参考】

フレデリック・ヨークと彼の商売については、以下のページを参照しました。

■The Magic Lantern Society>The Lantern Alphabet>York and Son の項

■Historic Camera>History Librarium>Frederick York, Photographer の項

本邦解剖授業史(補遺2)2017年06月21日 07時13分08秒

今年は空梅雨の気配がありましたが、今朝は窓を叩く雨の音に起こされました。

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しつこいようですが、最後にもう1回だけカエルのことを書きます。
この連載の第2回で、「理科教育関係者は、ぜひカエル供養やフナ供養をせねばならんところです」…と書きました。

ところが、その後、荒俣宏さんの『世界大博物図鑑3(両生・爬虫類)』(平凡社、1990)を見たら、ちゃんと「蛙の供養塚」というものがあることを知りました。

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蛙の供養塚」

カエルは生物学、とくに発生、生理、遺伝の分野には欠かすことのできない教材や実験動物となっている。日本でも明治以降の近代科学の発達にともなって、多くのカエルが犠牲になった。そこで各地の大学や研究所で、供養のための慰霊祭が行なわれた。

鹿児島に残る蟇塚(がまづか)は、旧制第七高等学校の池田作太郎が創建した供養塔である。ヒキガエルだけを特別に祀り、犠牲1000匹ごとに供養が行なわれた。1910年(明治43)の第7回目の供養以来、3~4年に1度は供養されたことが記録に残る。なお、この供養塔は戦時中の空襲のために上半分が欠けている。

また慶応大学の生理学教室では、神経生理学の研究にガマを使用したので、1937年(昭和12)新宿塩町禅宗笹寺に蟇塚を建立した。

また東邦大学にも戦前は正門脇に高さ40cmほどの小さな蛙塚があったが、戦後の混乱で所在が行方不明になってしまったという。
 (上掲書p.58、改行は引用者)
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さすがに、小中学校でそういう例はないのかもしれませんが、やっぱり気持ちの上では手を合わせてほしいです。

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なお荒俣氏といえば、以前、氏がカエルの解剖について、下のような発言をされたのが気になっています。

ほぼ日刊イトイ新聞 - 目眩く愛書家の世界

荒俣   このカエルの解剖図も、ものすごい。なにしろ「ピン」まで描かれている。ここまでのものは、なかなか出ない。〔…〕しかも、この「カエルの解剖図」はキリストの磔を寓意してもいるんです。「科学の犠牲となった聖なるカエル様」、そのような意味が含まれている。」

上の発言は、ドイツのレーゼル・フォン・ローゼンホフという人が書いた、『Historia Natvralis Ranarvm Nostrativm(カエルの自然誌)』という、18世紀半ばの博物学書について触れたものです。(リンク先には、問題の図も掲載されています。)

カエルが大の字になってる解剖図が、キリスト磔刑図の寓意になっている…というのですが、これは何か典拠(ウラ)のあることなのかどうか?あるいはカイヨワあたりの引用なのか、それとも荒俣氏の創見なのか?いずれにしても、一匹のカエルといえど、こうなると、なかなか大したことになってきます。

その辺に含みを持たせつつ、そろそろ話題が解剖授業から遠くなってきたので、宴たけなわではありますが、この辺でいったんお開きにしましょう。


(この項終わり)

本邦解剖授業史(補遺)2017年06月19日 21時50分56秒

解剖授業の盛衰について、その輪郭を絶対年代に位置づけることができたので、今回はとりあえず良しとし、新事実が分かればまた付け加えることにします。

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ところで、日本では上のような次第として、海外ではどうなんでしょう?
海外と言っても広いですが、たとえばアメリカ。

アメリカでは日本以上に動物愛護の声が強いのかな…と思ったら、どうもアメリカの人の慈悲も、カエルにまでは届かないのか、今でもカエルの解剖は、全米の中学校でバンバン行われていることを、下の記事で知りました。


■Dissecting A Frog: A Middle School Rite Of Passage
 (カエルの解剖―中学校における通過儀礼)

そう長い記事でもないので、全文を訳出してみます(意味が通らないところがあるので、例によって適当訳です)。

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「カエルの解剖―中学校における通過儀礼」

<前書: このシリーズでは、私たちが小・中学校時代に―たとえごく短期間にせよ―慣れ親しんだ象徴的なツール、例えば計算尺と分度器とか、全国体力テストとか、積み木等について、集中的に取り上げる。>

<以下、本文>

ロブ・グロットフェルティの生物実験室には、ブンゼンバーナーやシャーレと並んで、奇妙なパッケージが積まれている。中身は死んだカエルだ。真空包装され、5個積みになっている。

袋を破ると、ヒョウガエル〔=トノサマガエルの近縁種〕からは、すぐに刺激的な臭いが漂いだし、もう死んでいるはずなのに、やけにヌルヌルしている。

ボルチモアにある、パターソン・パーク・パブリック・チャーター・スクールの7年生〔=中学1年生〕の中に、ゲンナリしている生徒がいる理由はそれだ。

「死んでる動物のお腹を切り割くなんて!」と、テイラー・スミス。彼女は黒いスモックにすっぽり身を包み、プラスチック製のゴーグルとゴム手袋を装着している。「こんなもの放り出したいわ」。

多くのクラスメートと同様、テイラーも、このホルマリン漬けのカエルに触るのは嫌だし、ましてやそれを解剖して、黒っぽいねばねばした内臓を取り出すなんて、真っ平ごめんだと思っている。

グロットフェルティ先生の目的は、生徒たちに嫌悪感を乗りこえさせることだ。

「でも、僕たちが真に関心を持っているのは、カエルの身体の仕組みなのかな?」と、先生はクラスのみんなに問いかける。「僕たちはカエルについて学んできたのだろうか?いや、違うよね。じゃあ、僕たちは何を学んできたんだろう?」

答は「人間について」だ。

カエルはそのためのステップに過ぎない。最初、クラスの生徒たちは、ミミズを解剖した。次はニワトリの羽だ。ハイスクールになれば、扱う動物はもっと大きくなる。ネズミ、ネコ、ブタの胎児。いずれも我々自身の身体の仕組みについて教えてくれる。

「リアルな対象には、腹にずしんと来るような、大切な何かがありますよ。」と、全米理科教師連盟の常任理事、デイビッド・エヴァンスは語る。「この特定の器官の手触りは?どれぐらい硬いのかな?押せばへこむかな?とか。」

好むと好まざるとにかかわらず、こうした仕組みを学ぶには、以前は死んだ動物を使うことが、生徒たちにとって唯一の選択肢だった。しかし、1987年に状況が変わった。この年、カリフォルニアのビクターヴィルに住む15歳のジェニファー・グレアムが、生物の授業でカエルの解剖をすることを、断固拒否したのだ。

グレアムの話題は、当時大きなニュースになった。彼女はそれを法廷に訴え、最終的に「生徒には生身の生物以外の選択肢も与えるべし」という州法が成立した。現在までに、少なくとも他に9つの州で、同様の州法が制定されている。

それ以来、コンピュータによるモデルが教室に進出を続けている。全米理科教師連盟は、教育手段としての解剖の重要性を依然として主張しているものの、現在では教員に対して、生徒に選択の機会を与えることを求めている。

グロットフェルティは、両方を併用している。彼によれば、コンピュータ・モデルは、生徒が解剖学の理論を理解するのに役立ついっぽう、実際の解剖は、めったにないやり方で生徒を引き付ける。

「生徒たちは解剖の授業をずっと楽しみにしてきたんですよ。これこそ生徒たちがやってみたいことなんです。」とグロットフェルティは言う。

たしかに、気の弱い生徒ですら、今や解剖トレイの周りでそわそわしながら、事が始まるのを待ち望んでいるようだ。

理科は好きじゃないと言っていたテイラーはどうだろう。彼女は今まさに小さなはさみを使って、カエルの鎖骨を切断しようとしている。

「もうちょっと力を入れて」とグロットフェルティが声をかける。「何かはじける音や割れる音が聞こえないかい。」

テイラーと彼女の班は、一つずつ、内臓をラミネートされた紙の上に並べていく。

「私はもう弱虫なんかじゃないわ」と、テイラーは言う。「解剖って面白い。」

解剖は、一部の人にとっては依然として議論のある実習だが、グロットフェルティ曰く、テイラーの豹変こそ、解剖が持つ力の例証なのだ。すなわち、いつもなら理科嫌いの生徒ですら、カエルの消化管には、大いに夢中になれるのだ。

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アメリカの解剖授業は、基本的に生体ではなく、死体の解剖のようです。
作業手順は似ていても、結局のところ死体は「もの」に過ぎませんから、その抵抗感において両者には大きな違いがあります。
そして、科学の名において生物を殺すことの倫理的問題(あるいは、素朴に命に手をかけることの怖さ)も、後者は生じにくいでしょう。

また、少なくとも一部の州で、リアルとバーチャルの2種類の解剖授業を選べるのは、なかなか良い工夫だと思います。でも、その主眼は、生命倫理の問題よりも、授業方法をめぐる生徒の自己決定権をどう保障するか…という点にあるようです。

本当に理想的な授業はどうあるべきなのか?
教育学畑の人や、現場の先生なら、ここで理科授業論を活発に展開できるでしょうし、そうでない人も、解剖授業を素材にした日米比較文化論には興味を持たれるかもしれません。

私自身、特に結論を持ち合わせているわけではありませんが、でも、素朴な感想として、アメリカのやり方は巧妙であり、対する日本は直にしてナイーブな感じがします。(もちろん直でナイーブだからダメと言うことはできません。)

本邦解剖授業史(7)2017年06月18日 09時18分04秒

(今日は長文2連投です)

上の読売の記事から更に10年余りが経過した、平成16年(2004)の状況を伝えるのが、以下の記事。

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朝日新聞(2004年10月3日 東京版朝刊)
減り続ける解剖実験 「毎年実施」6% 小学校、子どもの抵抗強く

 魚やカエルの解剖実験をする学校が減っている。小学校での実施率は約2割という調査結果が今年8月の日本理科教育学会で報告された。今の小中学生の親たちが学んだころに比べ、生命尊重の考えが広がり、教科書の扱いも小さい。流れは変わらない様子だが、本物の命にふれる絶好の機会になる、と新しい視点で解剖授業に取り組む教師もいる。(高橋庄太郎)

 小学生は6年の理科で、人や他の動物の体について学ぶ。解剖実験はその一環で、主に魚の内臓を見て、体のつくり、働きを確かめる。

 昨年末、鳩貝太郎・国立教育政策研究所総括研究官らのグループが全国の実態を調査し、理科教育学会で発表した。

 計575校の理科主任の回答によれば、過去3年間に「毎年解剖実験をした」学校は6%で、「したりしなかったり」と合わせても22%だった。解剖実験をしなかった理由で一番多いのは「教科書で扱っていないから」。「視聴覚教材で代替できる」「生命尊重の教育に反する」が続く

 魚の解剖は、1958年、学習指導要領の「指導書」に盛り込まれたのをきっかけに、教科書が詳しく記し、学校でも取り組み始めた。解剖の仕方を教師に伝える講習会が盛んに開かれた

 その後、指導要領の改訂が重なる中で、解剖の位置づけは低くなり、現行要領の「解説」(以前の指導書に相当)は「(体内観察には)魚の解剖や標本などの活用が考えられる」という表現になっている

 理科教科書は6社から出ているが、3社はフナなどの解剖を取り上げ、ハサミの使い方、解剖した状態の写真、図を載せている。しかし、他の3社は魚の消化管を図解しているものの、解剖にはふれていない。

 解剖実験は学習内容として最もインパクトが強いといわれるが、準備、後始末に手間がかかるなど教師の負担が大きい。「生きた魚を殺すのはかわいそう」「気持ち悪い」「こわい」など、子どもの抵抗感が強い。

○「命の授業」で取り組み

 最近は命の大切さを教えることが学校の重要課題になっている。現行の指導要領の「解説」でも、動物などの体の学習のねらいとして、「生命を尊重する態度を育てる」とうたっている。

 教科書会社の理科担当者は「教科書に解剖の仕方を載せても、やる必要はないと判断する学校が多いと思う。生きたフナ、コイを入手することも難しくなった」と話す。

 全国調査をした鳩貝・総括研究官は(1)60年代から70年代をピークに解剖実験は減り続けてきた(2)新採用教員の多くは自ら経験していないのでさらに減ると予測し、次のように言う。

 「動物の生命を実感し、その大切さを知る解剖実験は、生物愛護、生命尊重の態度を育てる理科の目標にかなう。ただし、解剖理由を十分説明するなど入念な準備や謙虚な姿勢が欠かせない」
 
 学校の中にも解剖実験の役割を評価する声はある。岐阜県飛騨市立古川西小の重山源隆先生は前任校で生きたコイを解剖させた際、子どもの気持ちを調べた。

 事前アンケートでは不快、恐怖、同情からの抵抗感が強かったが、終わった後、道徳の時間に話し合わせたら「命を奪うのは残酷だが、命の大切さがわかるような気がする」などの意見が目立つようになった。

 「生き物の死を真剣に受け止め、理性で考えるようになった。動物は死んでも生き返る、と信じる子がいる時代に、やりっ放しにしないなど教師側がしっかり取り組めば、解剖実験で得られるものは大きい」と重山先生は指摘する。

○中学校でも傾向は同じ

 中学校では60年代、人の体のつくりに近いカエルの解剖が理科に組み込まれた。学習指導要領で明記したのがきっかけだ。しかし、小学校の魚と同様、指導要領の扱いが小さくなった

 5種類ある現行の教科書を見ると、カエルはその呼吸法を見るなど観察の対象とされている。カエルにふれていない教科書もある。各教科書が解剖写真を載せていたのとは様変わりだ。

◆小学校での魚の解剖実験は必要?
 必要性は感じない  64.0%
 必要          28.3
 してはならない     1.6
 わからない          6.1
 (理科主任約570人の回答)

 【写真〔省略〕説明】
 東京都杉並区では、多くの区立小学校が設備のそろった区立科学館でコイの解剖をしている=杉並区立若杉小提供
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ここには興味深いデータがいろいろ紹介されています。

まず、わりと最近でも(といっても10年前ですが)、6%の小学校が、毎年解剖の授業を行っており、「したりしなかったり」という学校を含めると、2割強の学校で解剖が行われていたという事実―。これは結構多いような気もしますが、でも、これは家庭科で魚の下ろし方を習うのと兼用…という学校も含んでの数字でしょうから、やっぱり少ないは少ないです。

そして、この記事で知った重要な新事実。

それは、魚の解剖が普及したきっかけは、1958年(昭和33)の小学校の『学習指導要領』に付属する「指導書」に、該当事項が盛り込まれたことであり、同じくカエルの方も、同時期の(記事は正確な年代を挙げていませんが1960年代)中学校の『学習指導要領』に明記されたことが普及の原因となった…ということです。

したがって、この連載の第1回で、「これまで文科省が公式に「解剖をしろ」とも「するな」とも通達した形跡はなく、ある年を境として、全国一斉にパッと切り替わったわけではありません。」と書いたのは不正確で、廃止の方はともかく、その普及については、制度的な裏付けがあったことになります。(当時、先生を対象にした解剖講習会が盛んに開かれたというのも、興味深いです。)

こうして、国立教育政策研究所(当時)の鳩貝氏が総括したように、戦後の解剖授業のピークは1960年代~70年代(昭和35年~55年)であり、その後は減少傾向に歯止めがかからずに推移…という概況をたどったわけです。

   ★

ところで、上で引用した2つの記事の中間、平成10年(1998)には、以下のような珍妙な「事件」も報じられています。

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毎日新聞(1998年12月17日 大阪版夕刊)
東大阪市の男性教諭、児童の目の前でネコの死体解剖

 東大阪市立小学校3年担任の男性教諭(47)が理科の授業で、ネコの死体を解剖して見せ、児童が泣き出したり、気分が悪くなるなどのショックを受けていたことが17日、分かった。同校は「あってはならないこと」として教諭に注意。教諭も「軽率だった」と反省しているという。

 同校や市教委によると、11月12日、学校近くの通学路で車にひかれたとみられるネコの死体が見つかり、市の環境事業所が引き取りに来るまで、この教諭が保管することになった。

 教諭は翌日午前、動物の体のしくみを教える授業の一環として、理科室でカッターナイフでネコを解剖し、内臓を取り出して児童に見せたという。保護者の抗議で学校側が知った。

 教諭は生物を得意としており、「授業に役立てようと考えた」と話しているという。校長は「子供たちは残酷に感じたと思う。教諭を厳しく指導した」と言い、市教委指導室は「同様のことがないよう研修などで徹底したい」としている。
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この教諭は、別に猟奇な先生ではなく、むしろ地元の教育研究発表会なんかには率先して参加するタイプの先生だったんじゃないでしょうか。そして、1998年という年を考えると、当時好評を博していた、「ゲッチョ先生」こと盛口満氏の一連の著作に触発されて、「子どもたちに生物のリアルな姿を伝えたい」と考え、こういう挙に出た可能性もあります。

私は何となく憎めないものを感じますが、さすがに小学3年生の児童を相手に、ネコの解剖は、無理がありました。まあ、事の是非はさておき、解剖授業衰退期に起きた奇妙なエピソードとして、ここに紹介しておきます。


(次回、この話題をめぐる落穂拾いをして、この項完結予定)

本邦解剖授業史(6)2017年06月18日 09時11分50秒

こうして、大正の後半ぐらいから、戦争をはさんで昭和の後半にいたるまで、日本中の学校で解剖の授業が行われたように想像します。ただし、その実態が何となくボンヤリしています。

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生のデータを求めて、この連載の最初に返って、串間努氏『まぼろし小学校』(小学館)に採録された、解剖体験記を引用させていただきます。カッコ内は、アンケート回答者の生年と学校時代の居住地です。

●ミミズ、フナ、カエル、メダカ。カエルは解剖後、アルコールランプで調理し、いただきました。美味しかった。 (昭和35年生 東京都文京区)
●カエル、コイ(コイは後で煮て食べました。その匂いが廊下まで漂ってきて、いい匂いだったこと!) (昭和38年生 長野県飯田市)
●「解剖は可哀想」ということで、やらなかった。 (昭和37年生 石川県羽咋郡)
●たぶん、イワシ。 (昭和41年生 熊本市)
●カエル、フナ、メダカ。 (昭和45年生 岐阜県各務原市)
●金魚(250円の出目金)。 (昭和46年生 東京都足立区)
●解剖は残酷だと新聞で話題になり始めた頃なので、したことがありません。 (昭和46年生 奈良市)
●解剖は、教師がやって生徒は見てるだけでした。 (昭和47年生 岐阜県関市)
●何も殺しませんでした。一寸損したな、と思ってます。 (昭和48年生 群馬県勢多郡)
●解剖は、カエルを殺すならネコを殺すも同じだとされ、禁止されていました。 (昭和51年生 千葉県松戸市)

ごく少数の例ですが、どうやら昭和45年生まれの人が、小学校高学年から中学1~2年生を過ごしたあたり、すなわり昭和50年代後半に、解剖授業の有無の境目があるらしい…ということを、この連載の1回目で述べました。

ここでもうちょっと底堅い事実を求めて、過去の新聞記事に当ったら、いくつか興味深い記事を見出したので、該当記事を引用してみます。(以下、青字は引用者による強調)

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まず、今から四半世紀前、平成5年(1993)の記事です。

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読売新聞(1993.11.13 大阪版朝刊)
カエルの解剖 残酷さなく感動も 生命の尊さ学ぼう 大教大付属平野中が公開


 珍しくなったカエルの解剖が十二日、大阪教育大付属平野中学校(大阪市平野区)で開かれた教育研究発表会で、関西の公立中学教諭ら約五十人に初めて公開された。かつては、どこでも見られた授業風景だが、野生ガエルの激減による入手難に加え、残酷との声が出て多くの教室から姿を消している

 中二理科の授業で、田中啓夫教諭(45)が「生き物に触れて、直接、体の仕組みを学ぶだけでなく、生命の神秘や思いやりを知ってほしい」と十五年前から取り入れている。この日は、四十一人の生徒が、十一班に分かれ、業者から購入した体長約二十センチのウシガエルを各班一匹ずつ、解剖用のハサミとピンセットを使って真剣なまなざしで挑戦。「せき髄と脳」「消化器官のつくり」などテーマは生徒が決めた。
 
 麻酔はかけたものの、血が出て、時々動くカエルにたじろぐ女子生徒もいて、最初は気味悪がっていた様子だったが、「最後まで心臓が動いていた。生命力の強さに感動した」「かわいそうだったけど、命の大切さがよくわかった」など感想を話していた。

 カエルなどの解剖は、中学校理科の教師向け指導書の中にあるが、扱っていない教科書が多い。授業では話だけで終わり、取り入れている学校でも、実験用の十センチほどのアフリカツメガエルを教師だけが解剖したり、死んだ魚やビデオで代用したりしている

 見学した公立中の教諭は「十年以上前からやっていませんが、素晴らしい取り組みだと思う」などと評価。京都府大宮町立大宮中の古橋克彦教諭(39)は「女子生徒が嫌がらず、目を輝かせていたのが印象に残った。興味本位ではなく、解剖を通して何を学ぶかの意識付けが大切。そうでないと、残酷な実験に終わるだけ。授業で実施したいと思います」と話していた。
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当時、すでに解剖授業が珍しい存在だったことがよく分かります。

また、その要因として、「野生ガエルの激減による入手難」、「残酷との声」、そして「該当記述の教科書からの消退」が挙げられています。見学した先生の「10年以上前からやっていませんが…」という声から察するに、1980年代の初め、すなわち昭和50年代後半に解剖授業が行われなくなったとおぼしく、これは上の推測とよく符合します。


(引用が長文に及ぶので、ここで記事を割ります)

本邦解剖授業史(5)2017年06月17日 11時56分44秒

さて、余儀なく授業が中断していましたが、この辺で再開します。

いよいよカエルの身体にメスが入ります。
でも、いきなりお腹にブスリ…ということはしません。
内臓を観察するだけなら、それでも良いのですが、カエルの身体構造をつぶさに観察するには、まず後肢から手術を始めます。


後肢では、主に筋肉と骨格、それに神経を観察します。
あまり文字に書き起こすのもどうか…と思いますが、その描写がかなり具体的なので、記してみます。


 「蛙を蛙板に腹位に固定し、薬品にて麻酔せしめたる後、次の手術をする左手にピンセット、右に鋏を持ち、蛙の右後肢の大腿の中央部の皮膚をピンセットで撮〔つま〕み上げ、右の鋏でパチンと縦に切る。切れ目に鋏をいれて腿から足の尖端へ向って縦に長く皮膚を切る。膝関節のところでは皮膚が下の組織とくっついてゐるから少し注意して鋏で切るがよい。」(p.55)

そして、胴体に収まった内臓諸器官の観察。


これもまた描写がなかなか細かいです。

 「蛙を今度は仰臥位(背位)に固定する。
 胸を指で撫ると胸骨にふれる。骨に沿ふて下ると、その終り剣状突起に触れる。〔…〕で、これより少し下と思ふ所の皮膚をピンセットで摘みあげて、鋏でその下の筋肉も諸共に切断して、腹壁に小さい穴を開ける。茲〔ここ〕に鋏をいれて、腹壁を左と右の両側に切り開き、両側に達したら側腹を真直ぐ下方へ切り進んで、股まで行って止める。」
(p.101)

もちろん解剖の実技はこれにとどまるものではなく、他のページには、いっそう刺激的な記述が並んでいますが、それらは割愛します。

そもそも解剖はひとつの手段であって、その先にある目的は、生体構造を観察し、その働きを実験的に確かめることです。当然、この本でもその部分に多くのページを割いて、筋肉の疲労実験、神経の電気刺激実験、心拍動の実験、消化実験…等を紹介しています。

(本書口絵。「蛙心臓迷走神経並に後肢諸筋」。右側に見えるのは、先端にプラスマイナスの電極を仕込んだ「白金電導子」)

いずれにしても、先に紹介した小野田伊久馬(著)『小学校六箇年 理科教材解説』(明治40年=1907)の解説にあった、「蛙を解剖せんには〔…〕腹部の中央より、縦に切開すべし。」というような、単純素朴なものではないことは確かで、解剖実習をしっかり行うことは、相当の知識と経験を要することですから、そうしたものを小学校の先生が身に着けるようになった――少なくとも身に着けられる環境が整った――のは、やはり大正時代以降なのだと思います。


(そして時代は戦後へ。この項さらにつづく)

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▼閑語(ブログ内ブログ)

昨日の記事は、いささか感傷的に過ぎたようです。
国会が死んだままで良いはずはないので、おーいおーい!と声を限りに魂呼ばいし、それでも蘇生が叶わなければ、反魂の術を用いてでも…。

でも、原子の炎で焼かれた広島や長崎に緑が甦り、人々の暮らしが甦ったように、そこにまともな人がいて、まともな声を挙げ続ける限り、特に暗黒の秘術に頼らなくても、国会は自ずと甦るのではないかという気もします。

まずはまともな声を絶やさぬこと、それが大切だと思います。