ジョバンニがみた世界(番外編)…賢治の星座早見異聞(2) ― 2012年04月18日 20時42分36秒
最近目にしてちょっと驚いたのは以下のページです(青森県弘前市にある「ロマントピアそうま天文台」さんのサイトです)。
そこにやはり同じ三省堂版の古い星座早見が紹介されているのですが、なんとこれが「赤版」なのです。つまり、デザインは昨日のものと共通で、装丁用クロスの色だけが赤を使っているという、何とも目に鮮やかな品です。大正12年(1923)発行のものだとか。
こういう異版が存在することを知って、改めて昨日のページを見直すと、藤井旭さんが紹介されていた品、あれは青色が退色してああなったのではなく(私は最初そう思っていました)、元から灰色のクロスを使っていたのではないかと思えてきます。
で、こうして「青版」、「赤版」、「グレー版」が存在するのであれば(最後のはちょっと自信がありませんが)、「黒版」が存在してもおかしくはありません。賢治が書き、ジョバンニが見た「円い黒い星座早見」というのは、実は星図部分が黒いだけではなく、それを覆うカバーも黒い、本当にまっ黒くろの早見盤だったのではないか…というのが、最近ふと思ったことです。そして、銀河鉄道の旅の途中で(=すなわちジョバンニの夢の中で)登場する「黒曜石でできた銀河の地図」のイメージ源が、時計屋の店先で見た星座早見盤であるならば、黒ずくめの品のほうが、いっそうふさわしいように思います。
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実は「黒版」の存在は、まったく根も葉もない話ではありません。
いや、現実にそれは存在します。しかし、そこにはある保留がつきます。
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先日、草場修氏の件でお世話になった「いるか書房」の上門卓弘氏のブログで、次のような記事を拝見しました。
ここで紹介されている星座早見も三省堂の「青版」ですが、記事の中でさらに注目すべきは、「子供の科学」誌に載った広告への言及です。
そこには、これまで取り上げた各バージョンのいずれとも異なるデザインの品が載っており、氏は「上製と並製の違いか…?」と推測されています。
私もさっそく古雑誌をひっくり返して、問題の広告を見つけ出しました。
(↑科学知識普及会発行の科学雑誌、「科学知識」=昭和12年9月号=より)
早見盤の絵を拡大すると、たしかに「普及版」と書かれています。上門氏の推測通り、上製(クロス装)と並製(紙装)とで、デザインを変えていたのでしょう。戦前の三省堂版の星座早見は、なかなかバリエーションに富んでいたことが、いよいよはっきりしました。
そして、肝心の「黒版」についてですが、実はこの普及版には黒版が存在するのです。
というよりも、私が唯一見つけた普及版が黒版で、それ以外のカラーバリエーションはまだ見たことがないのですが、しかし上の広告の絵柄が真を表しているならば、上製同様、並製についても、薄い地色のカバーが標準で、黒版はあくまでも異版なのでしょう。
(↑昭和14年発行、普及版第63版)
この黒い普及版を最初見たときは、本当にドキンとしました。
そして、「賢治が見たのはこれだよ!これに違いない!!」と一途に思いましたが、よくよく見たら、この普及版は昭和4年(1929)が初版なので(↓)、賢治が少年~青年時代に見たものではあり得ませんし、『銀河鉄道の夜』の執筆が始まった大正13年(1924)にも、まだこの世になかったので、モデルとしての適格性には疑問符が付きます。上で述べた「ある保留」とはこのことです。
しかし、ここで以下の2つの可能性を考えれば、賢治が『銀河鉄道の夜』を書いた際、念頭に置いたのは「黒版」であったこともなくはない。
(ケース1) 上製の早見盤にも、実は早くから「黒版」が存在した。
(ケース2) 賢治が若いころ見たのは「黒版」ではなかったが、その後、『銀河鉄道の夜』を執筆する過程で、改めて「黒版」の存在を知った。
『銀河鉄道の夜』は、大正13年に執筆が始まり、最晩年の昭和8年(1933)まで改稿が続けられ、問題の「円い黒い星座早見」が登場するのは、比較的遅くに成立した第3次稿からです。第3次稿成立の絶対年代は今のところ不明ですが、賢治がその頃までに「黒版」を目にしたことも、物理的には有り得ます。
最後の方は、ちょっと自信がないので、もって回った言い方になりましたが、現時点では、とりあえずその可能性だけ指摘しておきたいと思います。
ジョバンニがみた世界(番外編)…賢治の星座早見異聞(1) ― 2012年04月17日 21時25分23秒
『銀河鉄道の夜』の話題が久しぶりに出たので、最近気づいたことを、ちょっとメモ書きしておきます。
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これまで何度か引用した、『銀河鉄道の夜』の冒頭近くのシーン。
ジョバンニが時計屋のショーウィンドウを覗きこんで、星の世界に憧れる場面に、星座早見が登場します。
「時計屋の店には明るくネオン燈がついて、一秒ごとに石でこさえたふくろうの赤い眼が、くるっくるっとうごいたり、いろいろな宝石が海のような色をした厚い硝子の盤に載って星のようにゆっくり循(めぐ)ったり、また向う側から、銅の人馬がゆっくりこっちへまわって来たりするのでした。そのまん中に円い黒い星座早見が青いアスパラガスの葉で飾ってありました。
ジョバンニはわれを忘れて、その星座の図に見入りました。
それはひる学校で見たあの図よりはずうっと小さかったのですがその日と時間に合せて盤をまわすと、そのとき出ているそらがそのまま楕円形のなかにめぐってあらわれるようになって居りやはりそのまん中には上から下へかけて銀河がぼうとけむったような帯になってその下の方ではかすかに爆発して湯気でもあげているように見えるのでした。」
そして、この星座早見の描写は、賢治自身が所有していた星座早見盤に基づくものであり、当時国内で市販されていた星座早見といえば、日本天文学会編/三省堂発行のものしかないので、賢治が持っていたのも、きっとそれであろう…ということは、これまでも識者によって、たびたび指摘されてきました(例えば、天体写真家の藤井旭さんなど)。
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私も全くその通りだと思うのですが、この三省堂の星座早見にも、実はいくつかバージョンがあり、ジョバンニが目にした星座早見も、ひょっとしてこれまでの定説とちょっと違う可能性もあるぞ…というのが今日の記事のテーマです。
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そのことを書く前に、まず、賢治が実際に星座早見盤を手にしていたことを示す資料を、改めて整理しておきます。
その1つ目は、明治末~大正初年(1911年前後)のエピソードで、賢治の実弟・宮澤清六氏が書かれた「虫と星と」という一文(草下英明・著『宮澤賢治と星』(学芸書林)所収)に、以下の記述があります。
「兄が星座に夢中になったのも其頃〔=盛岡中学時代〕のことと思いますが、夕方から屋根に登ったきりでいつまで経っても下りて来ないようなことが多くなって来ました。丸いボール紙で作られた星座図を兄はこの頃見ていたものですが、それはまっ黒い天空にいっぱいの白い星座が印刷されていて、ぐるぐる廻せばその晩の星の位置がわかるようになっているものでした。」
2つ目は、賢治の友人・佐藤隆房氏の『宮澤賢治』(冨山房、昭和17)に出てくる、大正10年(1921)7月末のエピソードです(草下氏上掲書から再引用)。
「星を眺めることの好きな花城小学校の樺木という先生は、当直のつれづれに校庭に出て天を仰いでおりました。
そこへ思いがけなく東京から帰って間もない賢治さんが帽子も被らずひょっこり訪ねてきました。〔…〕
次の日です。賢治さんは朝っぱらからわざわざその樺木先生を訪ねて、グルグル廻すとその月の天体が分る仕組みになっている星座図を差上げました。」
前者は、賢治が14~5歳頃、後者は24歳のエピソードです。
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さて、そのとき賢治が手にしていた星座早見として、以前このブログで取り上げたのは、以下の品です(画像再掲)。

関連記事は以下。
■賢治の星座早見
http://mononoke.asablo.jp/blog/2007/08/28/
■ジョバンニが見た世界「時計屋編」(11)…黒い星座早見盤(第1夜)
http://mononoke.asablo.jp/blog/2011/12/20/6252026
で、当然のことながら、これは藤井旭さんが『賢治の見た星空』(作品社)で紹介されているもの↓と同じデザインです。
ここまでは、何の目新しい情報もありません。
しかし…と書きかけたところで、メモというには長文になってしまったので、ここで記事を割ります。
(この項つづく)
ジョバンニが見た世界(番外編)…くるみの化石 ― 2012年04月15日 14時12分53秒
ちょっと表題と離れますが、一時休載されていた「スチームパンク大百科」 (http://steampunk.seesaa.net/)が、先月から再開されたことを、大変喜んでいます。
「古雅にして奇」である、そのコンテンツも素敵ですし、また管理人である麻理さんが「身辺日常を、お気に入りの世界に作り替えていく」姿勢を堅持され、日々たゆまず実践されているのを拝見するたびに、とても勇気づけられる思いです。
その最近の記事の中で、麻理さんは理科室趣味をテーマとして取り上げ、東京北区にある不思議なお店 Café SAYA と、そのオンライン店舗である「きらら舎」を紹介されています(手前味噌で言うと、「天文古玩」もチラリと言及されています)。
Café SAYA については、以前「URANOIA」というイベントをご紹介したことがありますが(http://mononoke.asablo.jp/blog/2010/10/28/5455091)、その後も気になりながら、いまだ訪問の機会を得られない、私にとっては依然夢幻的な場所です。
こういう風に、私の中で気になっている(でも、その色合いにおいて少なからず異なっている)2つのサイトが結び目を作っているのを知ると、「不思議さの自乗」で、不思議さがいっそう際立つ感じです。
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その不思議な気分にあやかって、私も連想で記事を書くことにします。
私自身のもとに「きらら舎」さんから届いたモノといえば、これまで何回か言及した、フジイキョウコさんの快著『鉱物アソビ(Ishi-Asobi)』、それに下のクルミの化石。
もちろん、これを買おうと思い立ったのは、『銀河鉄道の夜』の次のシーンからの連想であることは言うまでもありません(以下、引用は「青空文庫」より)。
◆ □ ◆
「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処の入口に、〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物のつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干も植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。
「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖ったくるみの実のようなものをひろいました。
「くるみの実だよ。そら、沢山ある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」
「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」
「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」
二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻のように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻でこさえたようなすすきの穂がゆれたのです。
◆ □ ◆
銀河旅行の途中で、二人の少年が立ち寄ったプリオシン海岸。
「プリオシン」とは、新生代第三紀の「鮮新世」を指す地質学上の用語です。ざっと500万年から260万年の昔。
このクルミも、ちょうどその時代にユーラシア大陸の西の端(付記参照)で実ったもの。
この品は東京サイエンス社から仕入れたものらしく、届いた時には同社標準の灰白色のプラスチックケースに入っていました。しかし、何といっても『銀河鉄道』ゆかりの品ですから、改めてガラスドームにうやうやしく収めることにしました。
このドームはウォッチコレクション用のもので、時計をぶら下げる金具が最初から付属します。そこに針金で吊るしてみたのですが、我ながら、なかなか良い風情(自画自賛)。
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ときに余談ながら、『銀河鉄道』の世界では、眼鏡をかけた大学士とその調査チームが、プリオシン海岸で盛んに化石の発掘を進めています。あの人たちはいったい何者なのでしょう? 銀河鉄道に乗って彼岸に達することを許されない、永遠に化石発掘の妄執にとらわれた、業の深い学者の幽魂なのでしょうか?
私はあのシーンを読むと、昔読んだ小松左京の「骨(こつ)」という作品を思い出して、ヒヤッとします。「骨」の舞台も、死の匂いが漂う不思議な世界です。そこで骨の発掘作業に取り組む学者と、その後を継いだ男が最後に知った真実とは…。もう少しで、もう少しで真実に達する…と、憑かれたように、男がつるはしを振るい続けるシーンが、子ども心に怖かったです。
【付記】 ラベルには「Bas-Rhin, France」の産地表示があります。しかし、Bas-Rhin(下ライン;ライン川下流域)が位置するのはドイツ~オランダ国内ですから、「フランス」というのは産地ではなくて、輸出元を示すのでしょう。
ジョバンニが見た世界「時計屋編」(13)…黒い星座早見盤(第3夜) ― 2011年12月23日 19時48分38秒
寒気が強まってきました。いよいよ明日は雪かもしれません。
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今日も変わりばえのしない写真で恐縮です。
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今日も変わりばえのしない写真で恐縮です。
フィリップス社の早見盤は、その後デザインを改め、よりスッキリした外観となりました。その変更の時期は不明ですが、造形感覚の移ろいからすると、第1次~第2次両大戦の合間、20世紀第2四半期のごく早い時期ではないか…と、個人的に想像しています。
そして、こちらも初代の早見盤と同様、新時代の天文ファンの心をしっかり捉え、少なくとも1950年代までは、くり返し版を重ねました。
フリル状の飾りを廃したプレーンなフォルム、そして配色も、黒と紺のスキッとしたものとなり、私自身は初代よりも、むしろこの2代目の方を気に入っています。そして、「銀河鉄道の夜」の世界には、こういうキリッとした味わいの方が一層ふさわしいとも思います。
ですから、正面から考証を進めると、ジョバンニが目にした品の候補としては、昨日紹介した初代に軍配が上がるものの、将来時計屋の店先を再現するとしたら、この2代目を採用するのも悪くないんじゃないかなあ…と考えています。
ジョバンニが見た世界「時計屋編」(12)…黒い星座早見盤(第2夜) ― 2011年12月22日 22時03分43秒
以下、同じセッティングの、似たような写真が続きます。
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今日はフィリップス社の、古いバージョンの早見盤です。
一昨日の三省堂版とちがって、この早見盤で「黒い」のは、星座盤を覆うカバーの方です。そして星座盤そのものは、深緑に近い色をしています。
漆黒のカバーを彩る金文字や金彩は実に繊細華麗で、まさに星座早見盤史に残る傑作といってよく、時代の嗜好にも大いに叶ったのでしょう、この早見盤はかなり大量に作られたようです。(1896年の時点で、既に25,000部も売れたことは、以前触れました。)
また、イギリスのみならず、ドイツやイタリアでも各国語版が売り出されており、「銀河鉄道の夜=1912年」説や、物語の舞台がイタリアっぽいという点からして、この早見盤こそ、ジョバンニが見たものの最有力候補に推したいと思います。
(↑以前、eBayで落札し損ねたイタリア語版。画像のみ借用しました。)
ところで、一昨日の記事の中で、この早見盤は既出(http://mononoke.asablo.jp/blog/2006/01/26/227011)だと書きました。しかし、厳密に言うと初登場です。というのは、前に紹介したのは北天用で、今日の品は南天用だからです。
ところで、一昨日の記事の中で、この早見盤は既出(http://mononoke.asablo.jp/blog/2006/01/26/227011)だと書きました。しかし、厳密に言うと初登場です。というのは、前に紹介したのは北天用で、今日の品は南天用だからです。
南半球の空を流れる銀河と南十字(Crux)。そのすぐ傍らに口を開けるコールサック(石炭袋)。ここがジョバンニの旅の終着点です。
(この項つづく)
ジョバンニが見た世界「時計屋編」(11)…黒い星座早見盤(第1夜) ― 2011年12月20日 20時53分59秒
「…そのまん中に円い黒い星座早見が 青いアスパラガスの葉で飾って
ありました。
ジョバンニはわれを忘れて、その星座の図に見入りました。
それはひる学校で見たあの図よりはずうっと小さかったのですが その日と時間に合せて盤をまわすと、そのとき出ているそらが そのまま楕円形のなかにめぐってあらわれるようになって居り やはりそのまん中には上から下へかけて銀河がぼうとけむったような帯になって その下の方ではかすかに爆発して湯気でもあげているように見えるのでした。」
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ありました。
ジョバンニはわれを忘れて、その星座の図に見入りました。
それはひる学校で見たあの図よりはずうっと小さかったのですが その日と時間に合せて盤をまわすと、そのとき出ているそらが そのまま楕円形のなかにめぐってあらわれるようになって居り やはりそのまん中には上から下へかけて銀河がぼうとけむったような帯になって その下の方ではかすかに爆発して湯気でもあげているように見えるのでした。」
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この「黒い星座早見」については、候補となりうる品を以前から心に決めていて、いずれも既出の品です。
候補は今のところ3つあります。
1つは賢治自身が所有していた、日本天文学会(編)/三省堂(発行)の古い星座早見(http://mononoke.asablo.jp/blog/2007/08/28/)。
あとの2つは、いずれもイギリスのフィリップス社の製品で、1つは19世紀後半~20世紀初め頃に販売されていた古いバージョン、もう1つは1920年代以降に出たとおぼしい新しいバージョンです(いずれも、http://mononoke.asablo.jp/blog/2006/01/26/ 参照)。
以上の3品がどんなものかは、リンク先の記事をご覧いただければお分かりだと思いますが、今回は一寸手を加え、大きな画像で再登場してもらうことにしました。
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まず第1夜は、日本のものから。
「銀河鉄道の夜」は、一応外国が舞台らしいので、日本製の早見はそぐわない感もありますが、賢治の脳裏にあったイメージを探る意味で、あえて取り上げることにします。
物語の情景に合わせて、アスパラガスの葉をあしらってみました(造花の葉っぱです。垢抜けない飾り方ですみません)。
この早見盤を見る限り、賢治が「黒い」と表現したのは星座盤のことで、それを覆うカバーの色ではなかったと推測されます(もちろん、その辺は読み手の自由な解釈に委ねられているわけですが)。
淡いブルーのカバーに古風な文字と装飾。
手元にあるのは昭和20年(1945)に出た品ですが、このデザインは明治40年(1907)の初版から変わってないので、いかにも「明治調」というか、アールヌーボー風の味わいがあります。(さすがに古色蒼然として、戦後日本には不似合いと思われたのでしょう、このあと昭和26年には、デザインを一新した新版が出ました。)
北十字(はくちょう座)から、遥か地平線下に流れ下る天の川。
ジョバンニたちは、この流れに沿って旅を続けました。
(この項つづく)
ジョバンニが見た世界「時計屋編」(10)…宝石を乗せて回る硝子盤(番外) ― 2011年12月09日 21時23分48秒
さて、「時計屋編」の残りのアイテムは、星座早見、望遠鏡、星座絵と、いよいよ天文趣味の本流に入っていきますが、その前に宝石に関連して、もう一つだけおまけアイテムを取り上げます。
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「銀河鉄道の夜」に出てくる宝石関連の記述として、「水晶の数珠」というのがあるということを、この前ちらりと書きました。それは旅が始まって間もない「北十字とプリオシン海岸」の章に出てきます。
銀河鉄道の旅は、白鳥座が形づくる「北十字」から、南十字星まで、2つの十字架を結ぶルートを走り抜けますが、この2つのポイントは旅の中でも荘厳華麗な、人々の信仰心を揺さぶるものとして描かれています。
北十字の描写はこうです。
「俄かに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石や草の露やあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床の上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射した一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架がたって、それはもう凍った北極の雲で鋳たといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。」
その荘厳さに打たれて、車中の人々が皆立ち上がり、敬虔な祈りを捧げるというシーンに、「水晶の数珠」は登場します。
そして物語の終盤の南十字では、
「見えない天の川のずうっと川下に 青や橙や もうあらゆる光でちりばめられた十字架がまるで一本の木という風に川の中から立ってかがやき その上には青じろい雲が まるい環になって 後光のようにかかっているのでした。汽車の中がまるでざわざわしました。みんなあの北の十字のときのように まっすぐに立ってお祈りをはじめました。」
以前、プラネタリウム番組の「銀河鉄道の夜」(http://mononoke.asablo.jp/blog/2009/11/26/4722590)を見たときも、この2つのシーンはとても印象的でした。
冷たい白光を放つ北十字と、色鮮やかな光に満ちた南十字。
ここに出てくるのは、キリスト教のシンボルとしての十字架ですが、そのいかにもキラキラしいイメージが、なんとなく華やかな時計屋の情景と結びついているようにも感じられて、たとえばあの店先には、水晶で刻んだ美しいロザリオが飾らており、ジョバンニの夢は、それに触発されたものではないか…と、そんな風に想像してみたりします。(実際の宝飾店の店先に、ロザリオが並ぶものかどうかは定かでありませんが。)
★
というわけで、単なる思い付きのようではありますが、銀と金のロザリオを探してみました。(我ながら、この企画には異様に力瘤が入っています。)
白銀の北十字。
きらめく水晶の珠。
「『ハルレヤ、ハルレヤ。』前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶の珠数をかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈っているのでした。」
ターコイズをちりばめた黄金の南十字。
「そしてその見えない天の川の水をわたって ひとりの神々しい白いきものの人が 手をのばしてこっちへ来るのを二人は見ました。」
「ふりかえって見ると さっきの十字架はすっかり小さくなってしまい ほんとうにもうそのまま胸にも吊されそうになり…」
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以上、「宝石を乗せて回る硝子盤」の番外編でした。
なお、「黄金の…」というのはもちろんイメージで、2番目の品は金製品ではありません。
ジョバンニが見た世界「時計屋編」(9)…宝石を乗せて回る硝子盤(第4夜) ― 2011年12月07日 22時39分24秒
前回のつづき。
「…いろいろな宝石が海のような色をした厚い硝子の盤に載って 星のようにゆっくり循(めぐ)ったり…」
この一節からオーラリーをイメージしたという話を書きます。
「…いろいろな宝石が海のような色をした厚い硝子の盤に載って 星のようにゆっくり循(めぐ)ったり…」
この一節からオーラリーをイメージしたという話を書きます。
まず、海のような色合いの盤上をゆっくりと星が回る…という部分から連想した品はこれです。
(出典:Bruce Stephenson et al, THE UNIVERSE UNVEILED. Cambridge University Press, 2000)
Pieter Isenbroek 作のグランド・オーラリー(18世紀)で、現在はシカゴのアドラー・プラネタリウムが所蔵しています。青と金の対比が実に美しい逸品。
この回転盤をガラスで作るのは、ちょっと難しい注文ですが、もしそんな品ができたら素敵ですね。
★
そして、宝石が星のように回る…という部分からの連想はこれ。
Science Art Company という、アメリカのメーカーが作った現代のオーラリーです。
木製の台座、歯車を覆うガラスのドーム、そこから生えている樹状の角。クラシック・モダンな雰囲気を漂わせる不思議な作品です。
木製の台座、歯車を覆うガラスのドーム、そこから生えている樹状の角。クラシック・モダンな雰囲気を漂わせる不思議な作品です。
このオーラリーは独自のメカニズムにより、太陽の周りを各惑星が、正確に公転周期の比に合わせて回ります。(動力は電池。1地球年は75秒に設定されています。)
太陽と惑星は、それぞれの色をイメージした貴石、半貴石を削り出して作られており、太陽はオレンジ方解石、水星は青めのう、金星はアベンチュリン、地球はラピス、火星はカーネリアン、木星は縞めのう.....という具合。
この角度からだと、各惑星はてんでバラバラの軌道を描いているように見えますが、実際には、ほぼ同じ平面(黄道面)を行儀よく回ります。
★
どうでしょうか、ジョバンニはこうして太陽系に一瞥を投げかけてから、星座絵や星座早見によって表現される恒星世界へと旅立った…というふうに考えてみては?
ジョバンニが見た世界「時計屋編」(8)…宝石を乗せて回る硝子盤(第3夜) ― 2011年12月05日 20時51分53秒
ふと思い立って記事のカテゴリーを新設しました。
またカテゴリーの並び順も整理して、天文に関連するものを上位にまとめました。(一応「天文を中心に…」とうたっているので。)
またカテゴリーの並び順も整理して、天文に関連するものを上位にまとめました。(一応「天文を中心に…」とうたっているので。)
今回増やしたのは、「天文余話」、「極地」、「驚異の部屋」、「長野まゆみ」、「ヴンダーショップ・イベント」、「博物館」の6種類です。(「天文余話」というのは、他のカテゴリーに入れづらい天文関連の記事を整理するためのものです。)
それにしてもバカバカしいほどカテゴリーが多い。ご当人は整理したつもりなのに、いっそう取り散らかった印象を生むという矛盾。なんだか自分の部屋や、頭の中を見せつけられるような気がします。
★
さて、ジョバンニの話。
「銀河鉄道の夜」には、いろいろな宝石名が登場します。
しかし改めて読み返すと、その多くは比喩表現として使われていて、実際に宝石そのものが登場する場面は少ないことに気付きました。
比喩表現というのは、次のようなものです。
「金剛石を、誰かがいきなりひっくりかえして、ばら撒いたという風に」
「月長石ででも刻まれたような、すばらしい紫のりんどうの花」
「金剛石や草の露やあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床」
「水晶細工のように見える銀杏の木」
「真珠のような実」
「日光を吸った金剛石のように露がいっぱいについて」
「ルビーよりも赤くすきとおりリチウムよりもうつくしく酔ったようになってその火は燃えている」
それに対して、宝石そのものが登場するのは、以下の2か所ないし3か所のみです。
「あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟ばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼もさめるような、青宝玉(サファイア)と黄玉(トパース)の大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。」
印象的な「アルビレオ観測所」の描写。
はくちょう座のくちばしに当たるのが二重星のアルビレオで、望遠鏡でのぞいた時のオレンジと青の美しい対比で知られます。
「河原の礫(こいし)は、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉(トパース)や、またくしゃくしゃの皺曲(しゅうきょく)をあらわしたのや、また稜(かど)から霧のような青白い光を出す鋼玉やらでした。」
透明で涼やかな、銀河のほとりの光景。
「鋼玉」(コランダム)というのは酸化アルミニウムを主とする鉱物で、鉱物学的にはルビーやサファイヤもコランダムの仲間です。ここでは「青白い光を出す」とあるので、明らかにサファイヤのこと。もちろん賢治もそのことは承知で、ただ文字と音の印象から、ここでは「鋼玉」を使いたかったのでしょう。
なお、上記の2か所以外で探すと、「水晶の数珠」という表現が出てきますが、これは天上世界の超現実的な美を表現しているわけではなくて、現実世界にも存在するモノなので、ちょっと性格が違うかもしれません。
★
結局、作品中に宝石として登場するのは、サファイヤ、トパーズ、水晶の3種類のみです。時計屋の店先には色々な宝石が並んでいたはずですが、ジョバンニに深く印象されたものとして、この3種の宝石は外せないところです。
そして、この3種をメインに、銀河鉄道の世界のイメージを喚起する存在として、比喩的に登場した他の宝石も取り混ぜて、これらを青いガラス盤に乗せてぐるぐる回してやれば、一応所期の目的は達成されたことになります。
ただ、それを実現するには相当な資金力が必要で、私にはそれが欠けています。
万やむを得ず、ここでは若き日の賢治さんの情熱に応えて、合成宝石を用意してみました。これならばぐっと経済的です。
ベルヌイ法や熱水法で作られた人工結晶の美。
サファイヤ、ルビー、トパーズ、エメラルド、そして金剛石を欺くジルコニア。あとは月長石とか水晶とか、これらは宝石というよりも「貴石」のたぐいかもしれませんが、そんなものを散りばめたら、まずは上出来。
★
さて、以上はある意味「公式見解」です。
作品に出てくる宝石のターンテーブルとして、私は現時点では上のようなものを思い浮かべますが、実は最初にこの文を読んだときには、まったく別のものを想像していました。それはオーラリーです。
青いガラスの上を、色とりどりの宝石でできた惑星がすべるように回るオーラリー。このイメージは今でも個人的に気に入っていて、時計屋の店先を再現するとしたら、むしろこの案を採用するかもしれません。
何といっても、そうすれば星関連のアイテムで場面に統一感が生まれますし、それにオーラリーの製作は、歴史的に時計職人の領分でしたから。
話を妙に引っ張りますが、これについてもう少し書いてみます。
(この項つづく)
ジョバンニが見た世界「時計屋編」(7)…宝石を乗せて回る硝子盤(第2夜) ― 2011年11月30日 21時13分20秒
賢治が宝石屋になりたいと考えたのは、大正7年(1918)の暮れから翌年にかけてのことです。彼はこの時22歳で、盛岡高等農林(現・岩手大学農学部)を卒業し、さらに研究生という身分で学生生活を続けていました。
この年の12月、東京で学ぶ妹・トシが病で倒れ、賢治は祖母とそもに、その看病のために上京します。このときの東京生活は、大正8年(1919)3月に、トシが退院するまで続きましたが、学校卒業後の進路選択で煩悶していた賢治にとって、東京で見聞きしたものは心を大いに揺さぶったらしく、その中で浮上したのが「人造宝石の製造販売業の立ち上げ」という、ちょっと怪しげな計画でした。
この件について、板谷栄城氏の『宮澤賢治 宝石の図誌』(平凡社、1994)から、孫引きと受け売りをさせていただきます。
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師走の街をブラブラする賢治の目を捉えたのは、神田小川町にあった水晶堂と金石舎の2軒でした(今も水晶堂ビル、金石舎ビルとして残っています)。
これらの店は、宝石や貴石の原石の販売・卸を手がける原石屋でしたが、賢治はここで「石を売る」というアイデアに魅了され、岩手産の蛋白石や瑪瑙をこれらの店に卸したら、商売として十分成り立つのではないかと夢想します(賢治自身は真剣で、郷里の父に石の手配を依頼する手紙を書いています)。
(金石舎の鉱物標本セットのラベル。昭和10年代?)
(同セット中で唯一岩手県産の標本。仙人鉱山の雲母鉄鉱)
(蛋白石は福島県・宝坂産)
さらにこのアイデアは、本格的な宝石商への夢として発展していきます。
大正8年1月に父親に宛てた手紙では、
「色々鉱物合成の事を調べ候処 殆んど工場と云ふものなく 実験室といふ大さにて仕事には充分なる事、設備は電気炉一箇位のものにて 別段の資本を要せぬこと、東京には場所は元より 場末にても間口一間半位の宝石の小店たくさんにありて いづれにせよ商売の立たぬ事はなきこと」
云々と、父親を説得するため、盛んに弁を振るっています。
その後も、賢治は頻々と手紙を書き送って、父親を口説きます。
「私の目的とする仕事は宝石の人造に御座候。〔…〕私は之を研究実験し営利的にも製造する様に相成度と存じ候。」
「人造の宝石を人造の名に於て(模造には非ず)売るもの故 同義上決して疾しからざるのみか 宝石の人造は有名の化学者も多く研究し、〔…〕鉱物の合成は実用的にも大なる意義あるものに候。」
そして商売としては一層手広く、「飾石宝石原鉱買入及探究」、「飾石宝石研磨小器具製造」、「金属部を買入れてネクタイピン、カフスボタン、髪飾等の製造」、「鍍金」、「飾石宝石改造」を手掛けたいと大風呂敷を広げます。
(繰り返しますが、賢治自身は真剣でした。ちなみに最後の「宝石改造」というのは、「黄水晶を黒水晶より造る。瑪瑙に縞を入る。真珠の光りを失へるを発せしむ、下等琥珀を良品に変ず」といった「まがい仕事」で、いささか賢治らしくないものです。)
結局、賢治のこの思いつきは父親の容れるところとならず、彼はしょんぼり花巻に帰ってきたのですが、私には、宝石屋の店先に憧れの視線を向けた若き日の賢治と、時計屋をじっとのぞき込むジョバンニの姿とが、ダブって感じられます。
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ところで「モノ」のレベルに返って、ここに並んでいる宝石の種類は何でしょう?
文中には何も書かれていませんが、それを解く手がかりが「夢仮説」です。つまり、「銀河鉄道の旅は、ジョバンニが見た一場の夢であり、そこに展開する光景は、彼が現実世界で経験したことの変形である」という考え方。
銀河鉄道そのものが、カンパネルラの家で遊んだアルコールで走るおもちゃの汽車のメタモルフォシスであることは、言うまでもありません(←ちょっと強引)。また車中で手にした「黒曜石でできた銀河の地図」が、時計屋の店先に飾ってあった黒い星座早見盤の変形であろうことも既に述べました(http://mononoke.asablo.jp/blog/2011/11/04/6187712)。
この夢仮説に従えば、銀河の旅に登場する宝石が、すなわち時計屋に飾られていた宝石だということになります(少なくともその一部は)。
そういう目で見ると、たしかに銀河旅行の記述には、たくさんの宝石が出てきます。
(長くなるので、ここで一息入れます。)


































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