18世紀の版画「天文学」を読む ― 2024年07月15日 15時51分07秒
昨日の「天文学(Astronomy)」と題された18世紀の版画を、天文風俗史の観点から眺めてみます。全体としてこの絵は実景ではないと思いますが、この絵には当時の天文学が帯びていた文化的コンテクストが象徴的に表現されていると想像します。
(正面像がガラス反射で撮れないので、オックスフォード科学史博物館の画像をお借りします。出典:https://mhs.web.ox.ac.uk/collections-online#/item/hsm-catalogue-7467)
これを見てまず気になるのは不思議な背景で、これは明らかに同時代のロマン主義的廃墟趣味の表れでしょう。18世紀から19世紀にかけて、廃墟にロマンを感じる感性が西欧を席巻し(いわばヨーロッパ版わびさびの感覚です)、果ては人工的に廃墟っぽいものをこしらえて、それを庭園の景物に据えて喜ぶなどということも富裕層の間で流行したと聞きます。この絵に描かれているのも、おそらくそれでしょう。
(オーストリアのマリア・エンツァースドルフに作られた人工廃墟、1810-11年。Wikipedia 「Artificial ruins」の項より。撮影 C.Stadler/Bwag)
人工廃墟というのは、見かけは古くても、それを楽しむこと自体はお洒落でファッショナブルな行為ですから、その前で繰り広げられる紳士淑女の天文趣味にも、同様にファッショナブルな意味合いがあった…という風に読めます。彼らの気取ったポーズ、あでやかな服装にもそのことは表れています。
★
この版画に登場する天文機器類は、まずアーミラリースフィアと天球儀、
そして、足元に散らばるディバイダ、物差し、バックスタッフ(背杖)といった航海用天測具類です。
これらは通時代的に天文学のシンボルですから、「天文学」というタイトルの絵に登場するのは、ある意味当然ですが、傍らで仲睦まじく語らう男女に対して、アーミラリーと天球儀を手にした男性二人は、何だか孤立していますね。
虫眼鏡片手の学者先生と、メランコリックな若者といったところでしょうか。とはいえ、虫眼鏡でアーミラリーを覗く必然性は全くないので、これはいくぶん戯画化された学者像だと感じます。
★
こちらも男女のペアです。天文学がロマンスを連想させる――つまり、星を語ることは、当時すでにロマンチックなことであったことを示すものでしょう。
と同時に、この男性が女性をやさしく教え諭す姿は、一つの時代の型みたいなもので、女性が質問し、男性が答えるという問答体の科学入門書が、当時盛んに出版されましたが、そうした趣向を絵画化すると、こんな絵面になるのでしょう。(問答体の科学入門書はその後も健在ですが、時代の変化に応じて、対話するのは<子供と親>へ、さらに<素人と専門家>へと変わっていきました)。
(1772年にロンドンで出た『The Young Gentlman and Lady’s Philosophy』口絵)
そして、このカップルが手にするのが、近代天文学のシンボル・望遠鏡ですが、ここでこの絵の最大の謎にぶつかります。なぜ彼らは望遠鏡を反対向きに覗いているのか?
最初は、近くのものを遠くに眺めて楽しむ、一種の視覚玩具として望遠鏡を使っているのかな?とも思いましたが、もう一人の男性もやっぱり反対向きに覗いているので、ここには明瞭な作画意図があるのだと思います。
当時、「望遠鏡を反対向きに覗く」というのが、何か一般的なアレゴリーとして成立していたのかどうか、そこがはっきりしませんが、そこに意図があるとすれば、おそらくは皮肉な意図でしょう。
★
私はこの絵を最初、18世紀の典雅な天文学の営みを描いたもの…と素朴に考えていましたが、何かもうちょっと複雑な背景――例えば上流階級の浮薄さを揶揄するような意図を持った絵なのかもしれません。
【2024.7.21付記】 この図は「逆さ覗き」ではなく、こういう形状の、すなわち太い方から覗く古式の望遠鏡を描いたものであろうと、コメント欄で「パリの暇人」さんにご教示いただきました。状況証拠に照らしてそれが妥当と考えます。したがって、記事の後段は誤解に基づく無意味な文章ということになりますが、記録的意味合いからそのままにしておきます。
コメント
_ S.U ― 2024年07月16日 05時36分17秒
_ S.U ― 2024年07月16日 05時47分16秒
すみません。別件の付記ですが、協会掲示板のほうに、質問のご投稿をいただいております。ご覧いただきご回答の支援をたまわれますればありがたく存じます。
_ 玉青 ― 2024年07月16日 19時13分25秒
>望遠鏡を逆さに覗くと景色が小さく見えると言うことが世の中の一般知識であるかどうか…それが絵を観る者に知られていないとどうにもなりません
まさに仰る通りで、私はこういう絵が存在すること自体、それが一般的な知識だったことを示すもの…というふうに逆向きの推測をします。そういう知識が一般化する上で、何か慣用表現が介在したのではないかという点も同意です。(日本でも、昔は本格的な船に乗ったことのない人が多かったでしょうが、それでも「板子一枚下は地獄」という慣用句をすっと理解できたように、海の向こうでも、何か望遠鏡について流行の言い回しがあったんじゃないでしょうかね。)
それと、望遠鏡そのものの流通状況ですが、天体望遠鏡はともかく、こうした手持ち式の簡易な望遠鏡は、18世紀後半にはすでに相当身近な品だったと思います。今パッとソースを挙げられないんですが、たとえば18世紀後半~19世紀前半の手持ち式望遠鏡(スパイグラス、航海用望遠鏡の類)は、今でも大量にマーケットに流通していて、価格も数千円~数万円の範囲のものが多いのは、それだけありふれた品であり、大量に作られた証拠でしょう。
ですから、自分では所有していなくても、識字層ともなれば一度はどこかで覗いたことがあったでしょうし、逆さ覗きもしたんじゃないか…というのが、根拠薄弱ですが、現時点での想像です。
+
別件について了解しました。ご回答の方、どうもありがとうございました。
私の方でもちょっと当たってみて、追記できることがあれば書き添えてみます。
まさに仰る通りで、私はこういう絵が存在すること自体、それが一般的な知識だったことを示すもの…というふうに逆向きの推測をします。そういう知識が一般化する上で、何か慣用表現が介在したのではないかという点も同意です。(日本でも、昔は本格的な船に乗ったことのない人が多かったでしょうが、それでも「板子一枚下は地獄」という慣用句をすっと理解できたように、海の向こうでも、何か望遠鏡について流行の言い回しがあったんじゃないでしょうかね。)
それと、望遠鏡そのものの流通状況ですが、天体望遠鏡はともかく、こうした手持ち式の簡易な望遠鏡は、18世紀後半にはすでに相当身近な品だったと思います。今パッとソースを挙げられないんですが、たとえば18世紀後半~19世紀前半の手持ち式望遠鏡(スパイグラス、航海用望遠鏡の類)は、今でも大量にマーケットに流通していて、価格も数千円~数万円の範囲のものが多いのは、それだけありふれた品であり、大量に作られた証拠でしょう。
ですから、自分では所有していなくても、識字層ともなれば一度はどこかで覗いたことがあったでしょうし、逆さ覗きもしたんじゃないか…というのが、根拠薄弱ですが、現時点での想像です。
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別件について了解しました。ご回答の方、どうもありがとうございました。
私の方でもちょっと当たってみて、追記できることがあれば書き添えてみます。
_ S.U ― 2024年07月17日 06時48分05秒
慣用句は強力そうですね。
「ヨシの随から天井覗く」に匹敵するような英語のことわざがあればいいのですが。こういうことわざを学んだとき、実際にストローを持ってきて天井を覗きたい気持ちになったものですが、それは私だけでしょうか?
また、確かに、望遠鏡や双眼鏡も、手にしたことがあれば、逆に覗くこともけっこうな確率でありそうですね。
「ヨシの随から天井覗く」に匹敵するような英語のことわざがあればいいのですが。こういうことわざを学んだとき、実際にストローを持ってきて天井を覗きたい気持ちになったものですが、それは私だけでしょうか?
また、確かに、望遠鏡や双眼鏡も、手にしたことがあれば、逆に覗くこともけっこうな確率でありそうですね。
_ パリの暇人 ― 2024年07月19日 02時32分55秒
古い望遠鏡には、接眼レンズ側の筒のほうが、対物レンズ側の筒よりも太いものがあります。ですから、必ずしも、反対向きに覗いているとはならないかもしれません。イギリスのJohn YarwellやJohn Marshallがこのような望遠鏡を沢山作っています。Yarwell作の望遠鏡の図はインターネット上で簡単に見ることができます。ご参考ください、
_ パリの暇人 ― 2024年07月19日 04時01分06秒
付記 : Yarwellの図
https://collection.sciencemuseumgroup.org.uk/objects/co8015861/john-yarwell-trade-cqrd
https://collection.sciencemuseumgroup.org.uk/objects/co8015861/john-yarwell-trade-cqrd
_ 玉青 ― 2024年07月19日 14時19分00秒
あ、これはありがとうございます!
その可能性はまったく意識にのぼってませんでした。となると一概に「逆さ覗き」と決めつけることもできませんね。
ご教示いただいたリンク先の画像を見て、既視感があったので、故Louwman氏の『A Certain Instrument for Seeing Far』を広げて、それを見出しました(p.72)。この手元(=接眼側)が太く、先っぽ(=対物側)が細い独特の形状を「reverse tapered」と呼ぶのだそうですね。
ひとつ気になったのは、この「先細り望遠鏡」の時代と国です。
国の方は主にイギリスで流行ったということですから問題ないとして、時代についてはLouwman氏の書きぶりからすると、Yarwellの時代、すなわち17世紀中葉~後半に特徴的な(A remarlkable feature in this period)形状のように読めるのですが、100年後の18世紀中葉~後半にあってはどうだったでしょうか。John Marshallの作例は、18世紀第1四半期に及んでおり、いったん作られた製品は、後代の人も手にしたでしょうから、可能性としては当然考慮すべきだと思う一方、絵師も含め当時の一般の人の認識としては、やはりこれは「逆さ覗き」を強くイメージさせるものではなかったか…ということも、考えておきたい気がします。(なかなかスカッと断言しがたい点ではありますが…)
その可能性はまったく意識にのぼってませんでした。となると一概に「逆さ覗き」と決めつけることもできませんね。
ご教示いただいたリンク先の画像を見て、既視感があったので、故Louwman氏の『A Certain Instrument for Seeing Far』を広げて、それを見出しました(p.72)。この手元(=接眼側)が太く、先っぽ(=対物側)が細い独特の形状を「reverse tapered」と呼ぶのだそうですね。
ひとつ気になったのは、この「先細り望遠鏡」の時代と国です。
国の方は主にイギリスで流行ったということですから問題ないとして、時代についてはLouwman氏の書きぶりからすると、Yarwellの時代、すなわち17世紀中葉~後半に特徴的な(A remarlkable feature in this period)形状のように読めるのですが、100年後の18世紀中葉~後半にあってはどうだったでしょうか。John Marshallの作例は、18世紀第1四半期に及んでおり、いったん作られた製品は、後代の人も手にしたでしょうから、可能性としては当然考慮すべきだと思う一方、絵師も含め当時の一般の人の認識としては、やはりこれは「逆さ覗き」を強くイメージさせるものではなかったか…ということも、考えておきたい気がします。(なかなかスカッと断言しがたい点ではありますが…)
_ パリの暇人 ― 2024年07月19日 18時09分30秒
科学器具に関しましては、例えば、1700年頃に作られた物が、その後、後継者や別の業者によって、場合によっては、何十年後まで売られていたというケースがわかっています。また、1700年当時は高価であった望遠鏡が、末永く使われ続けられていたとしても、あまり違和感はありません。
ちなみに、パリのJacquemart-André美術館にある、Jean-Baptiste Siméon CHARDINが18世紀中期に゙描いた静物画には、18世紀当時の顕微鏡や望遠鏡に混じって、17世紀初期に作られた地球儀が見られます。
かりに1700年前後に作られたらしい望遠鏡が、18世紀中後期の作品に出てきていても、決しておかしいことではないと感じるのですが...
ちなみに、パリのJacquemart-André美術館にある、Jean-Baptiste Siméon CHARDINが18世紀中期に゙描いた静物画には、18世紀当時の顕微鏡や望遠鏡に混じって、17世紀初期に作られた地球儀が見られます。
かりに1700年前後に作られたらしい望遠鏡が、18世紀中後期の作品に出てきていても、決しておかしいことではないと感じるのですが...
_ パリの暇人 ― 2024年07月20日 09時41分08秒
https://collection.sciencemuseumgroup.org.uk/objects/co65284に、玉青さん所蔵の版画と同じものがあります。拡大して見た結果,版画の下部、コンパスの下ある望遠鏡並びに、二人の人物が覗いている望遠鏡は間違いなく "reverse tapered" です。また、版画の質からみて、玉青さん所蔵の方がオリジナルで、オックスフォード科学史博物館の物はその写しであると思います。
_ 玉青 ― 2024年07月21日 08時24分00秒
おっとこれは!!
コンパスの下の望遠鏡の存在を忘れていました。なるほど、これを見ると明らかに太い方に覗き口がある「reverse tapered」ですね。同一作品中に明瞭に「reverse tapered」タイプが描き込まれている以上、カップルと男性が覗いている望遠鏡もそれではないか…と当然のごとく推測されますね。
ただ、コンパス下の望遠鏡には覗き口(接眼部の細工)が明瞭にあるのに対して、後2者にはそれがない…という点に一抹の疑問なしとしませんが(我ながらしつこいですね・笑)、まあこれは絵師が描くのをさぼっただけかもしれません。
それと、先に書いたコメントで、“18世紀後半には既に「reverse tapered」タイプは廃れていたのでは?”みたいなことを書きましたが、改めて思うに絵師が手元に置いて作画資料としたのが、たまたま「reverse tapered」タイプで、そのせいで画中の望遠鏡が全て「逆さ覗き」みたいな姿になってしまったのでは?…という可能性もありそうです。
+
順序が前後しましたが、Science Museum Group コレクション所蔵の品をお知らせいただき、ありがとうございました。やはり、お膝元にはありましたか。
リンク先では制作年代が「1790-1799」となっていて、これは記事中で書いたように、版元の住所表示と不整合ですが、イギリスの名のある博物館だからカタログもしっかりしているだろう…と一途に思い込むのも危険なようですね。
コンパスの下の望遠鏡の存在を忘れていました。なるほど、これを見ると明らかに太い方に覗き口がある「reverse tapered」ですね。同一作品中に明瞭に「reverse tapered」タイプが描き込まれている以上、カップルと男性が覗いている望遠鏡もそれではないか…と当然のごとく推測されますね。
ただ、コンパス下の望遠鏡には覗き口(接眼部の細工)が明瞭にあるのに対して、後2者にはそれがない…という点に一抹の疑問なしとしませんが(我ながらしつこいですね・笑)、まあこれは絵師が描くのをさぼっただけかもしれません。
それと、先に書いたコメントで、“18世紀後半には既に「reverse tapered」タイプは廃れていたのでは?”みたいなことを書きましたが、改めて思うに絵師が手元に置いて作画資料としたのが、たまたま「reverse tapered」タイプで、そのせいで画中の望遠鏡が全て「逆さ覗き」みたいな姿になってしまったのでは?…という可能性もありそうです。
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順序が前後しましたが、Science Museum Group コレクション所蔵の品をお知らせいただき、ありがとうございました。やはり、お膝元にはありましたか。
リンク先では制作年代が「1790-1799」となっていて、これは記事中で書いたように、版元の住所表示と不整合ですが、イギリスの名のある博物館だからカタログもしっかりしているだろう…と一途に思い込むのも危険なようですね。
_ S.U ― 2024年07月21日 09時08分21秒
玉青様、パリの暇人様、
私は、細部のあら探しの過程で、コンパスの下の筒の描写にも注目したのですが、何か分からず、「たぶんコンパスのケースだろう」ということで片付けていました(笑)。
望遠鏡を地面に転がすのは止めてほしいです。
私は、細部のあら探しの過程で、コンパスの下の筒の描写にも注目したのですが、何か分からず、「たぶんコンパスのケースだろう」ということで片付けていました(笑)。
望遠鏡を地面に転がすのは止めてほしいです。
_ パリの暇人 ― 2024年07月21日 17時39分27秒
玉青様
Yarwellの図を見ていただくと、図の右側に望遠鏡が6点並んでいますが、接眼部が尖っているのは一番上の1点だけで、残りの5点の接眼部は平らです。この平らな "キャップ"を取れば、玉青さん所有の版画の2人の人物が覗いている望遠鏡の接眼部と同じものになります。もし、この二人の人物が普通の望遠鏡を逆さ覗きしているのであれば、とくに、右側の男性の望遠鏡の右端の接眼部にあたるところが欠損していなければいけないような形状になっています。
それから、有名な博物館のカタログの説明書きを盲信するのはやめたほうがいいと思います。大英もルーブルも結構いい加減です(笑)。
S.U様
オックスフォードのほうの版画の望遠鏡の描き方は、ちょっと難ありかもしれませんね。左奥の建物の窓なども玉青さん所有の版画と比べるといまいちです。そういうわけで、なんの考察もせず、瞬時に、玉青版画オリジナル説を唱えてしまいました。
Yarwellの図を見ていただくと、図の右側に望遠鏡が6点並んでいますが、接眼部が尖っているのは一番上の1点だけで、残りの5点の接眼部は平らです。この平らな "キャップ"を取れば、玉青さん所有の版画の2人の人物が覗いている望遠鏡の接眼部と同じものになります。もし、この二人の人物が普通の望遠鏡を逆さ覗きしているのであれば、とくに、右側の男性の望遠鏡の右端の接眼部にあたるところが欠損していなければいけないような形状になっています。
それから、有名な博物館のカタログの説明書きを盲信するのはやめたほうがいいと思います。大英もルーブルも結構いい加減です(笑)。
S.U様
オックスフォードのほうの版画の望遠鏡の描き方は、ちょっと難ありかもしれませんね。左奥の建物の窓なども玉青さん所有の版画と比べるといまいちです。そういうわけで、なんの考察もせず、瞬時に、玉青版画オリジナル説を唱えてしまいました。
_ 玉青 ― 2024年07月21日 18時33分09秒
ありがとうございます。Yarwellの図、私は左側の人が覗いている望遠鏡にばかり注目していましたが、右側の一連の望遠鏡もすべて「reverse tapered」だったのですね。これですべての疑問が氷解しました(記事のほうにも断り書きを入れました)。
すでに何度目かの述懐ですが、此度も「先達はあらまほしきものかな」と、しみじみ感じました。今後とも何分よろしくお願いいたします。
すでに何度目かの述懐ですが、此度も「先達はあらまほしきものかな」と、しみじみ感じました。今後とも何分よろしくお願いいたします。
_ Linf ― 2024年07月22日 08時21分28秒
West Sea Company: 21. Telescopes & Optics, 21.07 17th Century telescope
http://www.westsea.com/21optix.html
の解説。この時代には大きな光学ガラスの製造と研磨ができかなったので対物レンズ側細りの形状になった。云々。
William Tobin, The Louwman Collection of Historic Telescopes
https://www.researchgate.net/publication/332793103_The_Louwman_Collection_of_Historic_Telescopes
Louwman氏がこの種の望遠鏡を両手で保持する画像が掲載。
Rolf Reikher: Fernrohre und ihre Meister 2., stark bearbeitete Auflage Verlag Technik GmbH Berlin 1990
3 Die nichtachromatischen Linsenfernrohre
3.1 Handfernrohre fur Beobachatung irdischer Objecte
望遠鏡断面図の解説。1675年頃の7段伸縮地上望遠鏡。倍率23倍
使用時全長1.17m。縮長56.5cm。対物レンズ焦点距離1.17m。口径23mm。正立レンズ系第1レンズ焦点距離85cm(前方に絞りがあります)。口径35mm。第2レンズ焦点距離105cm。口径38mm。両レンズ間の距離180mm。接眼レンズ焦点距離65cm。口径65mm(第2レンズとの中間に絞りがあります)。
主鏡筒に王室紋章。数学物理サロン ドレスデン 注(製作所。すべて単レンズです。第5章のDie ersten Achromateで現在の見慣れた外観形状になります)。
http://www.westsea.com/21optix.html
の解説。この時代には大きな光学ガラスの製造と研磨ができかなったので対物レンズ側細りの形状になった。云々。
William Tobin, The Louwman Collection of Historic Telescopes
https://www.researchgate.net/publication/332793103_The_Louwman_Collection_of_Historic_Telescopes
Louwman氏がこの種の望遠鏡を両手で保持する画像が掲載。
Rolf Reikher: Fernrohre und ihre Meister 2., stark bearbeitete Auflage Verlag Technik GmbH Berlin 1990
3 Die nichtachromatischen Linsenfernrohre
3.1 Handfernrohre fur Beobachatung irdischer Objecte
望遠鏡断面図の解説。1675年頃の7段伸縮地上望遠鏡。倍率23倍
使用時全長1.17m。縮長56.5cm。対物レンズ焦点距離1.17m。口径23mm。正立レンズ系第1レンズ焦点距離85cm(前方に絞りがあります)。口径35mm。第2レンズ焦点距離105cm。口径38mm。両レンズ間の距離180mm。接眼レンズ焦点距離65cm。口径65mm(第2レンズとの中間に絞りがあります)。
主鏡筒に王室紋章。数学物理サロン ドレスデン 注(製作所。すべて単レンズです。第5章のDie ersten Achromateで現在の見慣れた外観形状になります)。
_ S.U ― 2024年07月22日 09時49分29秒
Linf様、こんにちは。
単純に考えると、単レンズの場合は、焦点距離の長い対物レンズのほうが大口径まで研磨しやすく、より磨くのがたいへんと思われる焦点距離が短い接眼レンズが大口径であるというのは、すぐには理解しがたいように思います。
Accordingly lens makers reverted to small, thin glass lenses which could be enhanced by increasing their focal length.
には、だったら分厚く大きい接眼レンズのほうがたいへんじゃないかとツッコミたくなりますが、要求される研磨精度の問題もあり、時代ごとの要望も違うでしょうから、一応、素朴な疑問点として提起しておきます。
単純に考えると、単レンズの場合は、焦点距離の長い対物レンズのほうが大口径まで研磨しやすく、より磨くのがたいへんと思われる焦点距離が短い接眼レンズが大口径であるというのは、すぐには理解しがたいように思います。
Accordingly lens makers reverted to small, thin glass lenses which could be enhanced by increasing their focal length.
には、だったら分厚く大きい接眼レンズのほうがたいへんじゃないかとツッコミたくなりますが、要求される研磨精度の問題もあり、時代ごとの要望も違うでしょうから、一応、素朴な疑問点として提起しておきます。
_ 玉青 ― 2024年07月23日 17時46分13秒
Linfさま、S.Uさま
資料のご紹介ならびに論点をご提示いただき、どうもありがとうございました。
テクニカルなことになると、すぐに私の手には余ってしまうのですが、今回話題になった「先細り(reverse tapered)望遠鏡」について改めて思ったのは、我々はあの形状を見ると、無意識に「小さい対物レンズと大きな接眼レンズ」の組み合わせを連想しますが、実際には「小さい対物レンズと小さい接眼レンズ」の組み合わせだった…ということです。まさに往時の素朴なレンズ研磨技術のしからしむるところでしょう。
もちろん相対的な大小でいえば、対物レンズの方が大径と思いますが、それが多段式鏡筒の最細部径より小さければ(口径2~3cm?)、それを細い方に付けても、太い方につけても機能的には全く問題なく、一方接眼部は接眼部で、小なりといえども複数のレンズを一定の間隔で固定するには、それなりに入り組んだ木工細工が必要ですから、太い方に組み込むだけのメリットがあり、両者を勘案しての「先細り」ということじゃないでしょうか。
なお、初期の望遠鏡の接眼レンズについて、以下のような論文を見つけました。
■M. Eugene Rudd,
Chromatic Aberration of Eyepieces in Early Telescopes(2007)
https://core.ac.uk/download/pdf/17237851.pdf
それによると、「先細り望遠鏡」が流行した17世紀後半には、3枚構成で正立像を結ぶ「シルリアン式」アイピースが優勢で(※)、「先細り望遠鏡」に組み込まれたのもそれだと思います。
(※)上記論文では、1645 年にカプチン派修道士のアントニウス・マリア・シルリアン・デ・レイタ(Antonius M. Schyrleus de Rheita)が、自著『Oculus Enochet Eliae』の中でそのレンズ構成を説いて以来、シルリアン・アイピースはドイツ、フランス、イタリア、そしてイギリスへと急速に広まり、その後 100 年間、最も広く使用された地上用アイピースだった旨が書かれています。
資料のご紹介ならびに論点をご提示いただき、どうもありがとうございました。
テクニカルなことになると、すぐに私の手には余ってしまうのですが、今回話題になった「先細り(reverse tapered)望遠鏡」について改めて思ったのは、我々はあの形状を見ると、無意識に「小さい対物レンズと大きな接眼レンズ」の組み合わせを連想しますが、実際には「小さい対物レンズと小さい接眼レンズ」の組み合わせだった…ということです。まさに往時の素朴なレンズ研磨技術のしからしむるところでしょう。
もちろん相対的な大小でいえば、対物レンズの方が大径と思いますが、それが多段式鏡筒の最細部径より小さければ(口径2~3cm?)、それを細い方に付けても、太い方につけても機能的には全く問題なく、一方接眼部は接眼部で、小なりといえども複数のレンズを一定の間隔で固定するには、それなりに入り組んだ木工細工が必要ですから、太い方に組み込むだけのメリットがあり、両者を勘案しての「先細り」ということじゃないでしょうか。
なお、初期の望遠鏡の接眼レンズについて、以下のような論文を見つけました。
■M. Eugene Rudd,
Chromatic Aberration of Eyepieces in Early Telescopes(2007)
https://core.ac.uk/download/pdf/17237851.pdf
それによると、「先細り望遠鏡」が流行した17世紀後半には、3枚構成で正立像を結ぶ「シルリアン式」アイピースが優勢で(※)、「先細り望遠鏡」に組み込まれたのもそれだと思います。
(※)上記論文では、1645 年にカプチン派修道士のアントニウス・マリア・シルリアン・デ・レイタ(Antonius M. Schyrleus de Rheita)が、自著『Oculus Enochet Eliae』の中でそのレンズ構成を説いて以来、シルリアン・アイピースはドイツ、フランス、イタリア、そしてイギリスへと急速に広まり、その後 100 年間、最も広く使用された地上用アイピースだった旨が書かれています。
_ パリの暇人 ― 2024年07月23日 23時18分41秒
皆様
"先細り望遠鏡 "の対物レンズには、両凸の単レンズが1枚、接眼部には、両凸の単レンズが3枚使われていることがほとんどです。対物レンズの直径は3cm-4cmのケースが多く、接眼部の3枚のレンズの直径は普通、対物レンズの直径と同じくらいかやや小さめです。対物レンズの収差を減らす必要上、絞りを入れ、その有効径は直径の半分前後になります。
私の経験から申し上げますと、先細り望遠鏡にするメリットは、全長が1.5m以上あるような長い多段引き伸ばし式望遠鏡を使うときに顕著です。手前の筒が長く太く、対物レンズ側が軽いですから、手持ちで見る際、結構楽に対象物に向けて支えられます。また、三脚に固定して使うにしても、上下、水平に動かしやすく、三脚の固定部から接眼部までの長さは、固定部から対物レンズまでの長さより短いですから、高さのあまりないような低い三脚でも、割と楽な姿勢で覗くことが出来るのです。
"先細り望遠鏡 "の対物レンズには、両凸の単レンズが1枚、接眼部には、両凸の単レンズが3枚使われていることがほとんどです。対物レンズの直径は3cm-4cmのケースが多く、接眼部の3枚のレンズの直径は普通、対物レンズの直径と同じくらいかやや小さめです。対物レンズの収差を減らす必要上、絞りを入れ、その有効径は直径の半分前後になります。
私の経験から申し上げますと、先細り望遠鏡にするメリットは、全長が1.5m以上あるような長い多段引き伸ばし式望遠鏡を使うときに顕著です。手前の筒が長く太く、対物レンズ側が軽いですから、手持ちで見る際、結構楽に対象物に向けて支えられます。また、三脚に固定して使うにしても、上下、水平に動かしやすく、三脚の固定部から接眼部までの長さは、固定部から対物レンズまでの長さより短いですから、高さのあまりないような低い三脚でも、割と楽な姿勢で覗くことが出来るのです。
_ S.U ― 2024年07月24日 06時42分34秒
皆様
Linf様のテキストのデータ例では接眼レンズ型が比較最大になっています。私の直前のコメントは、これにツッコんだものでしたが、いささか時代錯誤な点があることに書いている途中で気がつきました。今日、光学レンズといえば、どこに使うにしても波長の何分の1かの面精度があることが前提ですが、そもそも波長が結像に関係するという定量的な理論が出来たのが19世紀前半(たぶんフレネルの理論が初め)で、それ以前は、おそらく経験と実験だけで精度を決めていたと思います。
それでも17~18世紀にもホイヘンスとかハーシェルとか直感に優れた天体観測者が初期の波動理論に従ってなにか本質をついたイメージを持っていた可能性はあると思います。ということで、ここは今後への問題提起としたいと思います。
Linf様のテキストのデータ例では接眼レンズ型が比較最大になっています。私の直前のコメントは、これにツッコんだものでしたが、いささか時代錯誤な点があることに書いている途中で気がつきました。今日、光学レンズといえば、どこに使うにしても波長の何分の1かの面精度があることが前提ですが、そもそも波長が結像に関係するという定量的な理論が出来たのが19世紀前半(たぶんフレネルの理論が初め)で、それ以前は、おそらく経験と実験だけで精度を決めていたと思います。
それでも17~18世紀にもホイヘンスとかハーシェルとか直感に優れた天体観測者が初期の波動理論に従ってなにか本質をついたイメージを持っていた可能性はあると思います。ということで、ここは今後への問題提起としたいと思います。
_ S.U ― 2024年07月24日 08時48分19秒
レンズ型→レンズ径です。すみません。
_ 玉青 ― 2024年07月25日 22時05分28秒
○パリの暇人さま
なるほど、「先細り」には取り回しの便という大きな理由があったのですね。これは実際手に取ってみないと分かりにくい点ですね。加うるに紙製鏡筒の場合、「先太り」だと長大化につれてたわみが出て、光路が確保できないというようなこともあったかもしれませんね。
○S.Uさま
むむ、S.Uさんの中で何かがチカッと光ったな…と思いつつ、その光を共有できないのを甚だ遺憾に思いますが、今後の論につながるということで、またレンズ製作史が話題にのぼった折には、どうぞよろしくお願いいたします。(私も吉田正太郎氏の本とかを、がっつり読めるといいのですが、なかなか難しさも感じています。)
なるほど、「先細り」には取り回しの便という大きな理由があったのですね。これは実際手に取ってみないと分かりにくい点ですね。加うるに紙製鏡筒の場合、「先太り」だと長大化につれてたわみが出て、光路が確保できないというようなこともあったかもしれませんね。
○S.Uさま
むむ、S.Uさんの中で何かがチカッと光ったな…と思いつつ、その光を共有できないのを甚だ遺憾に思いますが、今後の論につながるということで、またレンズ製作史が話題にのぼった折には、どうぞよろしくお願いいたします。(私も吉田正太郎氏の本とかを、がっつり読めるといいのですが、なかなか難しさも感じています。)
_ S.U ― 2024年07月26日 07時00分03秒
こちらこそ、よろしくお願いいたします。
吉田氏著の『望遠鏡光学・反射編』の反射鏡の収差(面精度によるもの)に関する解説を見ますと、「波面」の次が「レーリー・リミット」になっていて、理論家としてはホイヘンス(17世紀後半)からレイリー卿(19世紀後半)まで200年ほどぶっ飛んでいることになりそうです。この間、ハーシェルやナスミスなどの望遠鏡製作者がいたのですが、どういうイメージを考えていたかますます気になります。
吉田氏著の『望遠鏡光学・反射編』の反射鏡の収差(面精度によるもの)に関する解説を見ますと、「波面」の次が「レーリー・リミット」になっていて、理論家としてはホイヘンス(17世紀後半)からレイリー卿(19世紀後半)まで200年ほどぶっ飛んでいることになりそうです。この間、ハーシェルやナスミスなどの望遠鏡製作者がいたのですが、どういうイメージを考えていたかますます気になります。
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確かにこれ自身が何かのアレゴリーなのでしょうね。
ここで言えるのは、この絵の人たちを含め、望遠鏡を逆さに除く人たちは一般に低高度~地上風景~に対してこれを行うということだと思います。天は拡大しても、地上のことは小さく見るということなのでしょうか。地上のことを気にかけないことは良いことか悪いことか一概に言えませんが、善悪を超えてアイロニー的批評として成立するでしょう。
問題は、望遠鏡を逆さに覗くと景色が小さく見えると言うことが世の中の一般知識であるかどうかです。それが絵を観る者に知られていないとどうにもなりません。そこまで望遠鏡を逆に覗いた実体験者が多いとは思えませんが、西洋の一部の国には何らかの文学作品や慣用句があったのかもしれません。