ある古参アーミラリーの退役2025年03月02日 18時42分41秒

例によって片付け仕事をしていました。
神経痛を抱えてあまり無理はできませんが、年度末ということもあり、ごそごそやりながら、「素敵なアーミラリーがやってきたし、このアーミラリーもいよいよお役御免かなあ…」と思いました。


このアーミラリーは昔々、2006年に本ブログに初登場し、購入したのはさらに昔のことですから、思えば20年以上の付き合いになります。

アーミラリー・スフィア


まあ、安易なリプロ製品であることは否定しがたいのですが、今ではだいぶ古色もついて、風格さえ出てきました。よくぞ今まで付き合ってくれました。
安易なリプロならではの、こんなエピソード↓があったのも、懐かしい思い出です。

先生の目はごまかせない…あるアーミラリーの秘密


上のリンク先にも出てきますが、このアーミラリーは麗々しく「パリ、G・ゴビーユ製」と謳っているものの、実際にはカリフォルニアに事務所を置く Stanley London の取り扱い製品であり【LINK】、さらに底面を見れば、これがフランスでも、イギリスでも、さらにはアメリカ製でもなく、インドのボンベイ(ムンバイ)生まれであることが、正直に書かれています。


アンティーク調の望遠鏡、六分儀、コンパス…等々、「Stanley London」と刻印された同社の製品は実に多く、中には本当にイギリス製のアンティークだと信じている人もいるようですが、この「Stanley London」は。ラーメン丼の底に書いてある「大清乾隆年製」と同様、「なんちゃって」的ブランド名に過ぎません。でも、こういう誤解を招くブランド名は、やっぱり良くないと思います。

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ところで、ここに出てくる、パリの「G・ゴビーユ(G. Gobille)」って、いったい誰のことだろう?と気になりました(Gobilleの発音がはっきりしませんが、仮にゴビーユと読んでおきます)。

この名前で検索すると、クリスティーズの2001年のオークションにも類似のアーミラリーが出品されていて、587英ポンドで落札されたのが見つかります。



商品説明には、「17世紀半ばのアーミラリーの20世紀初めにおけるリプロダクション」と書かれています。クリスティーズがどこまで調査して、こう書いたかは不明ですが、何か根拠はあるのでしょう。たしかに真鍮の色合いもインド製とはまったく別物で、より本物に近いリプロという気はします。製作地は不明ですが、おそらくヨーロッパのどこかじゃないでしょうか。

注目すべきは、商品の標題「A PARIS Chez G. Gobille a P Ache[sic] Royalle」にある「sic(原文のまま)」の添書きです。この「a P Ache Royalle」は、このままだと意味の通らない表現で、何かの誤記だろうとクリスティーズの担当者は考えたわけです。そして、この表現がインド製のリプロにもそのまま見られるということは、結局、インド製はこの20世紀初頭のリプロを元にした、「リプロのリプロ」なんじゃないか…という想像が浮かぶのです。

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肝心の「ゴビーユ」の正体ですが、いろいろ探し回って、フランス国立図書館が運営する電子図書館 Gallicaに、その記載があるのを見つけました。

以下は「Inventaire du fonds français, graveurs du XVIIe siècle(フランス・コレクション目録-17世紀の彫版印刷家)」と題されたモノグラフの一節で、「G」で始まる人名をずーっとスクロールしていくと、「Gobille」の名前が出てきます。


それによると、ゴビーユ家は複数世代にわたって彫版印刷および印刷物の販売をなりわいとした家で、問題の「G. Gobille」とはジェデオンないしジデオン・ゴビーユ(Gédéon/Gideon Gobillé、1623/4-1670)のことで、彼はもっぱら販売の方を担っていたようです。

出版業者がアーミラリーを作るのは変な気もしますが、ゴビーユ家は地図類を出版していた関係で天球儀も手掛けており、実際、ジェデオン・ゴビーユ製だという天球儀がネット上に見つかりました。


 
球径わずか14cmという小さな天球儀ですが、そこでは問題の地名を含む記載が、カルトゥーシュ(出版事項等を記した装飾枠)の中に「A Paris Chez G. Gobille dans L'isle du Palais a Pache Royalle」と書かれており、これでもよくは分からないとはいえ、より正しい地名のように受け取れます。

そして、天球儀の製作販売から、さらにアーミラリーにも手を広げたのだろう…と一応推測はするのですが、球体に地図を貼りつけて作る天球儀と、金属製のアーミラリーとでは、製作工程がまるで違うので、本当にそこまで商売の手を広げたのかは、ちょっと疑問符が付きます。

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…というわけで、インドの人に先立ち、100年前にゴビーユのアーミラリーのリプロを作った人が、何をお手本にしたのか、そこまでは追いきれませんでしたが、とりあえずゴビーユの謎は解けました。

インド生まれのゴビーユよ、20年間、本当にありがとう。そして御苦労さまでした。どうぞこれからもお元気で!(といってもどこか遠くに行くわけではなく、家族の誰かの机の上に移動するだけですが。)

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