宇宙の謝肉祭(その1)2017年11月11日 16時33分19秒

最近、立て続けに妙な絵葉書を目にしました。

「妙な」といっても、同じ被写体を映した絵葉書は、以前も登場済みです。
それは、南仏・エクス(エクス=アン=プロヴァンス)の町のカーニヴァルで引き回された、星の形をかたどった不思議な山車を写したものです。

(画像再掲。元記事は以下)

天の星、地の星


エクスはマルセイユのすぐ北にあり、これぐらいの縮尺だと、その名も表示されないぐらいの小都市です。でも、その歴史はローマ時代に遡り、往時の執政官の名にちなみ、古くは「アクアエ・セクスティアエ(セクスティウスの水)」と呼ばれたのが転訛して「エクス」になった…というのを、さっきウィキペディアで知りました。

その名の通り、水の豊富な土地で、今も町のあちこちに噴水が湧き出ているそうです。そして、多くの高等教育機関を擁する学園都市にして、画家・セザンヌの出身地としても名高い、なかなか魅力的な町らしいです。

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今回まず見つけたのは、上と同じ山車を写した、別の絵葉書でした。


まだ芽吹きの時期には早いですが、いかにも陽の明るい早春の街をゆく山車行列。
道化姿の男たちと、馬に乗ったとんがり帽子の天文学者に先導されて、大きな星形の山車がしずしずと進んでいく様は、上の絵葉書と変わりません。こちらも「流れ星の天文学(L'astronomie sur l'étoile filante)」と題されていますから、これがこの山車の正式な呼び名なのでしょう。

(一部拡大)

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で、何が「妙」かといえば、この絵葉書に続けて、偶然こんな絵葉書も見つけたのでした。


こちらは、「Mars communiquant avec la Terre(火星と地球の交感)」と題された、これまた星形の山車です。そして、この絵葉書には「1912年」という年号が、欄外に明記されています。

(一部拡大)

これまで、他の町でも行われた同様の催しを手がかりに、冒頭に登場した山車は、1910年のハレー彗星接近をテーマにした、一種の時事ネタ的演目だろうと推測して、これまで疑うことがありませんでした。でも、この火星の絵葉書を見つけたことで、上の推測は再考を迫られることになったのです。

要するに、エクスの町のカーニヴァルには、天文モチーフの山車が複数登場しており、その登場時期もハレー彗星騒動があった1910年に限らない…ということが、この葉書から判明したわけです。

そういう視点で探してみたら、確かにエクスのカーニヴァルには、他にも天体を素材にした山車がたびたび登場していました。他の町はいざ知らず、少なくとも20世紀初頭のエクスの町では、天文モチーフの山車が毎年のように作られ、人気を博したようです。何だか不思議な町です。

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関連する他の絵葉書のこと、そして、この1912年に登場した火星の山車の時代背景について、次回以降考えてみます。

(この項つづく)

ハレー彗星の思い出とともに2017年09月23日 12時32分37秒



1910年から時を経て、再び1986年にハレー彗星がやってきたときも、いろいろ絵葉書が作られました。上の絵葉書もそんな1枚。


91歳のバーベナ・ウィグルスワースの思い出。
「ありゃ1910年、ハネムーンの晩のことだよ。新郎のウィルバーとあたしは灯りを消して、コトに取り掛かったのさ。すると急に空がネオンサインみたいに光り出して、風がうなりを上げてね。鶏が二羽、窓の外を飛んでくのが見えた。かと思うと、今度は地面が揺れ出したのさ。でも、そいつは始まったかと思うと、急に終わっちまった。今思えば、ありゃハレー彗星のせいだったんだね。おかしなもんさ、あたしゃずっとウィルバーのせいだと思ってたよ…」

思わずクスッとする話です。
でも、この話の可笑しみは一体どこから来るんでしょうね。
話にひねりを利かせた、そのひねった先にある、何か人生の真実みたいなものが伝わるからでしょうか。少なくとも、単なる艶笑ではないですね。

こういうのは若い頃と、齢が行ってからとでは、ちょっと受け止め方も変わるかもしれません。

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この絵葉書は、カリフォルニアに住む或る文筆家夫婦が、友人夫婦の家で歓待を受けた礼状として(一方の奥さんがもう一方の奥さん宛てに)出したものであることが、裏面の文面から読み取れます。

双方の夫婦は当時50歳前後。やっぱり男女の機微について、感じるところがあったのでしょう。書き手の女性は、「この絵葉書、気に入った?」と書き添えています。

迫りくる大怪星2017年09月17日 07時58分01秒

これもシュナイダー氏の蒐集と重なりますが、1910年のハレー彗星騒動の絵葉書を探していたら、こんな1枚が目に留まりました。


巨大な彗星を前に、地上は大混乱。


大火球のような彗星を目にして、逃げ出す者、銃で応戦する者、絶望的な表情で抱き合う者。街中が阿鼻叫喚の渦です。
(しかし中には、気球で後を追ったり、冷静にカメラを構える者も…)


慌てた旦那さんは、たらいに隠れて顔面蒼白。
奥さんや娘さんも、てんでに戸棚や樽に飛び込もうとしています。


寝所の夫婦は、何とか傘で災厄をしのごうという算段。


Weltuntergang ―― 「最後の審判の日」。
今まさに、恐るべき災厄が地球に迫っていました…

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というふうに一瞬思ったものの、ちょっと日付が合いません。
上のキャプションは「地球に向かう彗星。1899年11月14日」となっています。
あのハレー彗星騒動よりも10年以上前です。

日付けを見て、「ははーん」と思った方も多いでしょうが、これはハレー彗星ではなくて、もう一つの天体ショー、「しし座流星群」の場面を描いたものでした。

「しし群」は、ほぼ33年周期で出現し、76年周期のハレー彗星よりも、人々の生きた記憶に残りやすい出来事です (たいていの人は、生涯に2回ないし3回、それを目撃する機会を与えられています)。この1899年は、1833年の歴史的大流星雨のあと、1866年にも相当の流星群が見られたのを受けて訪れた、天文ファンにとっては、絶好の観測機会。

ただ、それを絵葉書作者が「彗星 Komet」と呼んだのは、市井の人々の意識において、流星と彗星が、いずれも空を飛ぶ星として常に混同されがちだった…という事実を裏付けるものとして、興味深いです。

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しかし、それにしても当夜のウィーン(版元はウィーンの会社です)は、実際こんな有り様だったのか?その答は、葉書の裏面にありました。


葉書の投函日は1899年11月11日。
そう、すべては実際に流星群が出現する前に想像で画かれた絵だったのです。
流星とは似ても似つかない怪星も、実景を見たことのない者が描いたからに他なりません。

それでも、11月14日という日付けを正確に予言できたのは、天文学者がそれを計算したからです。そして、学者たちは流星群の当日も、それが「天体ショー」以上のものではないことを、冷静に告げていたはずです。(既に1866年には、「しし群」の起源が、テンペル・タットル彗星であることも判明しており、絵葉書の「彗星」の呼称は、それに影響された可能性もあります。)

したがって、この絵葉書は、世紀の天体ショーを前にして、版元がジャーナリスティックな煽りを利かせて作ったものであり、きっと作り手も買い手も、それを大いに面白がっていたんじゃないでしょうか。

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1910年のハレー彗星のときも、人々の狼狽ぶりを面白おかしく描いた絵葉書が大量に作られましたが、そちらについても、かなり割り引いて解釈する必要があると思います。(本当に恐怖のどん底にあったら、絵葉書を作ったり、買ったりする余裕はないはずです。)

なお、1899年は「しし群」の外れ年で、ウィーンっ子たちはさぞガッカリしたことでしょう(逆の意味で狼狽したかもしれません)。

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台風の中、今日から小旅行に出るので、記事の方はしばらくお休みします。

彗星は空を飛び、ネットの海を超える2017年09月16日 11時35分28秒



1910年頃の彗星ブランドの煙草パッケージ。
これもハレー彗星を当て込んで売り出されたもののようです。


夜空を翔ぶ彗星と煙草―。
パッケージを見た瞬間、そこにタルホチックなものを感じました。

ただし、これはシガレット(紙巻き煙草)ではありません。
「plug cut」というのは、パイプに詰めて吸う刻み煙草のことです。


メーカーは米国ニュージャージー州のロリラード社で、調べてみると、ここは1760年創業のおそろしく古い会社で、その後も企業買収や合併を繰り返しながら、つい先年まで存続していた由。

下の注意書きには、「当社の製品は、法的許可を得て包装したものであり、このパッケージを再利用して、再び煙草を詰めることは、固く禁じられている」…といった趣旨が書かれています。現在もそうですが、当時も煙草の流通には、当局が厳しく目を光らせていました(その主たる動機は、健康面への配慮というよりも、徴税の関係でしょう)。


煙草を包んだ銀紙の風情や、貼られた証紙の表情が、また良い感じです。
驚くべきことに、このパッケージには100年前の煙草がそのまま入っていて、鼻を近づけると、今も煙草の薫りが強烈に漂ってきます。

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昨日のシュナイダー氏のサイトに出会ったのは、この彗星煙草がきっかけでした。

いろいろ検索しているうちに、氏のサイトの3ページ目に、缶入りの同じ煙草を見つけ、さらにそれ以外のコレクションも見て回りながら、「こりゃすごいページに行き会ったぞ!」と興奮しつつ、最初のページに戻ったら、その管理人こそあのシュナイダー氏だったのです。

まあ、狭い世界なので、いつかは出会う運命だったのかもしれません。
しかし、タルホ氏によれば、彗星は不思議な偶然を地上にもたらすそうで、その影響も十分考慮されねばなりません。

ペンネリ・コメタ2017年09月09日 08時13分31秒

昨夜は、太陽フレアのニュースを聞いて、「赤気」、すなわち低緯度オーロラの片鱗でも見えないかと、高台から北の空に目を凝らしましたが、その気配も感じられませんでした(まあ、見えなくて当然です)。

それにしても、風が頬に涼しい、気持ちの良い季節になりましたね。

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先日、こんな品を見つけました。


ご覧の通り、彗星をかたどった印刷ブロックです。
高さ16.5cm、幅12.5cmと、結構大きなものです。

(左右反転画像)

Pennelli はイタリア語で「筆」の意。
Cometa のブランド名は、筆の穂を彗星の尾に見立てたのでしょう。

(同上)

H.L. Sterkel 自体は、イタリアではなく、ドイツ・ラーベンスブルクの絵筆メーカーで、1823年創業の老舗。そして、この印刷ブロックは、同社の製品のラベルやチラシを刷るのに使われた原版というわけです。


側面に打たれた真鍮の銘板も、なかなか良い雰囲気を出しています。
昔の活版所には、こうした印刷ブロックがズラッと並んでいて、必要なものをすぐ取り出せるように、こんな工夫を凝らしたのかもしれません。


裏面のインクの染みの向うに、かつての活版所のにぎわいを感じます。

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この手の品は、真っ当な天文趣味というか、リアルな天体観測とは、ほとんど関係がないんですが、たとえそうだとしても、そこには様々な時代の、様々な人の「星に寄せる思い」がこもっていますし、少なくとも天文趣味の一端を物語るものではあります。

この世ならざる天体写真展2017年08月10日 06時06分05秒

人気のない小学校の校庭、誰かの家のホオズキの朱い実…そんなものに、そこはかとない詩情を感じる時期です。立秋も過ぎ、昨日は青い空に赤とんぼが一匹飛んでいるのを見ました。

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さて、前回、前々回の続きです。
遠い宇宙を極微の世界に眺める、不思議な天体写真展。


手元にあるのは、以前5枚セットで売っていたものです。


画題となっているのは、以前もご紹介した「満月」と「アンドロメダ銀河」のほか、「半月」、「モアハウス彗星」、そして「土星」という顔ぶれ。

月、彗星、土星、銀河…と来れば、ポピュラーな宇宙イメージは尽くされており、写真展の開催に不足はありません。でも、ラベルに振られたナンバーを見ると、1番のアンドロメダ銀河から、12番のモアハウス彗星まで、番号が飛び飛びです。ですから、本来はもっと充実したセットで(12番以降もあったかもしれません)、私が持っているのは、その一部に過ぎないのでしょう。

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オリジナルは1910年に、シカゴ近郊のヤーキス天文台で撮影された写真。
ごつごつした、良い面構えの月ですね。硬派な感じです。

それにしても、この小さな感光面に、顕微鏡でようやく見えるぐらいのクレーターまで鮮明に写し込むとは、写真術とは大したものだなあ…と改めて驚きます。

なお、この写真は、マイクロフォトグラフの創始者、J.B.ダンサーが1896年に店を閉じた後に撮影されたものですから、マイクロフォトグラフ化したのも、ダンサー以降の人ということになります。

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1908年に接近したモアハウス彗星。

この彗星は、世界中で競って写真に収められましたが、このマイクロフォトグラフの原版は、月と同じくヤーキス天文台で撮影されたものです。
その姿は身をくねらせる竜を思わせ、今にも「シュー」という飛翔音が聞こえてきそうです(上下反対にすると、花火っぽい感じもします)。

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むむ、これは…?

これも現実の写真を元にした画像だと思うのですが、露骨に補筆したせいで、まったくマンガチックな表情の土星になっています。

なんだか不真面目な気すらしますが、でも、足穂先生に言わせれば、「本当の星なんてありゃしない、あの天は実は黒いボール紙で、そこに月や星形のブリキが貼りつけてあるだけだ」そうですから、むしろこの方が真を写しているのかもしれません。

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首をひねりつつ接眼レンズを覗き、
レンズから目を離して、ふたたび首をひねり、
スライドグラスに載った粒状のフィルムを見て、みたび首をひねる。

―夏の夜の夢、不思議な写真展にようこそ。

彗星酒場に夜はふけて2017年07月21日 21時00分41秒

うん、こいつはいけるね。キリッと冷えてて…第一飲み口がいいよ。

ノドにもガツンと来るしな。

狭い了見かもしれないけど、こういうのを飲むと、やっぱり枝豆に合うビールこそビールだなあ…としみじみ思うね。でも、バルセロナにも枝豆はあるのかしら?

ふん、なければ輸出するまでさ。まあ枝豆も悪かないが、そろそろグラスの中身を替えないか?

いいね。

お前さん、ウィスキーはいける口だっけ?

うん、好きだよ。

よし、それならこれでいこう。


おや、これは?

「コメット・ウィスキー」。本場ケンタッキーのバーボンさ。しかも、こいつはただのバーボンじゃないぜ。

何だか気を持たせるね。

こないだ、こんな本を買ったのさ。

(Martin Beech, 『The Wayward Comet: A Descriptive History of Cometary Orbits, Kepler's Problem and the Cometarium (気まぐれな彗星 ― 彗星軌道・ケプラー問題・コメタリウム全史)』、2016)

へえ、なんか面白そうじゃない。

そのイントロダクションに、このウィスキーのことが出てくる。

え、じゃあ、これって何か現実の彗星と関係してるの?


そうらしい。そもそも、この「バーンハイム・ブラザース」っていうのは、1889年から1919年までバーボンを作ってたんだが、その後、禁酒法の時代になっても、医療用として特別にアルコール製造を認められていた数少ないメーカーの1つでね。そこらへんも、ちょっと一筋縄でいかない感じだろう?

へえ。

で、この1889年から1919年という年代で彗星といえば…

あ、1910年のハレー彗星か。

その通り。で、1910年のハレーといえば、例の彗星騒動で「世界最後の日」に便乗した悪乗り商品がいろいろ出た時期でね。最期の時を陽気に過ごそうと、呑み助は酒場に集って、「俺はハレー・ハイボール」、「僕は青酸フリップ」、「こっちはコメット・ウィスキーを頼む」と、大いに気炎を上げたのさ。


なるほどなあ、末期の酒ってわけか…。まあ、連中は理由を見つけちゃ呑むからね。

ははは、お前さんも他人のことは言えないよ。

確かに。じゃ、僕たちも大いに気炎を上げようか。でも、何に対して?

世界の復活のために―でいいさ。

よし、じゃあ世界の復活のために、乾杯!

乾杯。

   ★

こうして上の2人は勝手なことをしゃべりながら、バーボンを痛飲し、翌日は再びお酢ドリンクの世話になるのですが、まあ酔っぱらいは放っといて、ちょっと補足します。

文中に出てきたマーティン・ビーチの本は、コメット・ウィスキーを検索していたら、たまたまヒットしました(「The Wayward Comet」で検索すれば、Google ブックスでも読めます)。

上の青い人は多少話を盛っていますが、コメット・ウィスキーが彗星騒動の渦中で愛飲されたことは、たしかに事実らしいです。ただ、メーカーがそれを当て込んで、わざわざコメット・ウィスキーを売り出したのか、たまたまこのブランド名が同時代の酒徒に受けたのかは、イントロダクションを読んだだけでは、よく分かりませんでした。

なお、メーカーのバーンハイム・ブラザースについては、創業者「Isaac Wolfe Bernheim」の名前が、英語版Wikipediaの項目になっています。何でも、有名な「I. W. ハーパー」を作ったのも元は同じ人で、「I. W.」とは、バーンハイムのイニシャルから採ったのだそうです。(参照:https://en.wikipedia.org/wiki/Isaac_Wolfe_Bernheim

彗星酒場2017年07月20日 07時07分56秒

世間を見回すと、彗星を名乗るお酒はそこここにあるらしく、それだけで酒舗が開けそうです。手元にもそれらしいラベルがあるので、昨日からの勢いで話を続けます。

(右に並べたのはスコレス沸石)

今回はスペイン・バルセロナ生まれの「コメット」です。

醸造元のS.A. Damm (Sociedad Anónima Damm)は、1876年創業の老舗。
最近では「Estrella Damm (エストレージャ・ダム)」という銘柄で知られ、エストレージャとはスペイン語で「星」の意味ですから、昔も今も星とは縁のある蔵元です。


多色石版刷りの愛らしい「小芸術」。
時代的には、1900年前後のものと思います。

尾を曳く金色の星は、通俗的な彗星イメージですが、尾の表現はなかなか繊細でリアル。それによく見ると、背景の夜空の色が、下から上にかけて深みを増しており、この青のグラデーションだけでも、大いに賞賛に値します。

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さて、気になる彗星ビールの味わいは?
ラベルの「PILS」は、ピルスナー(ラガービールの一種)のことで、さらに「DOBLE」とありますから、ホップとモルトを増量し、度数も高めに仕上げた「ガツンと来る」タイプのビールなんじゃないかと思います。

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…と、知ったかぶりして書いていますが、上に記したことは、すべてネット情報を切り貼りした俄か仕込みの知識なので、明日になればビールの泡のごとく、記憶から消えてしまうでしょう。

でも、それを言い出したら、思い出も、人生も、全てうたかたのようなものですし、うたかただからこそ良いことだって、たくさんあるわけです。ここはひとつ、梅雨明け空を翔ぶ彗星のまぼろしを思い浮かべて、うたかたをガツンと干そうじゃありませんか。
(すみませーん、これと同じ奴をもう一杯、いや、二杯ください。)

彗星に乾杯2017年07月19日 06時59分40秒

一昨日の記事の結びは、自戒を込めて書きました。
しかし、いかに健康に気を遣っても、毎日お酢ドリンクだけ飲んで過ごすわけにもいきませんし(ええ、いかないんですよ)、時にはゴクリとジョッキを干したいのが人情。

…というわけで、今日は彗星のビールです。
下はパリの東方、マルヌ県シャロン・アン・シャンパーニュの町にあった、コメット酒造の「ラ・コメット」のラベル(1920年代か)。


コメット酒造については、ちょっと前に「スラヴィア」という銘柄のビールを取り上げたことがあります。

彗星酒造の青い灰皿

上のラベルは、単に「La Comète」とあるだけで、「スラヴィア」のような特定の銘柄を記していませんが、この場合は、会社名が即ち銘柄でもあるのでしょう。いわば「キリンビール」と「一番搾り」の関係みたいなものです(…と思うのですが、違うかもしれません)。

コメット酒造の創業は1882年。
シャンパン作りのシャトーだった建物を買い取り、そこに近代的な工場を建て増ししてビール製造に乗り出し、第1次大戦後のビール需要の伸びを追い風に(産業化が進むと、労働者が渇を癒やすためにビールが大いに売れるわけです)、一時はずいぶん栄えたものだそうですが、その後、より大資本のビールメーカーに押され、結局1980年代に入って商売をたたんだことは、以前の記事でも触れました(注)。


ビール党を導く、頼もしい女神。
これはもちろん、尾を曳いて飛ぶ彗星の形を、長い髪をなびかせた女性の姿になぞらえたものでしょう。

コメット酒造はなくなっても、麦酒信徒はまだまだ健在です。
さあ、今宵も女神の下に集って、乾杯!乾杯!

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(注) その在りし日の工場の様子は、以下のページで見ることができます。
■CHÂLONS-sur-MARNE - Brasserie de la Comète