天文古書に時は流れる(3)…天体写真と宇宙のイメージ2016年09月18日 15時14分00秒

何だか、ひさしぶりの休みのような気がします。

記事の方も、こう間延びすると何を書こうとしていたのか忘れてしまいがちです。
予定では、印刷技術の面から、1883年版に続いて、1900年版と1923年版の特徴を挙げようと思ったのですが、あまり上手く書けそうにないので、要点だけメモ書きしておきます。

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1883年版には石版の月写真が登場しました(前回の記事参照)。
それに続く印刷技術の大きな変革がハーフトーン(網点)の出現です。1900年版に載っている、この↑月面写真もハーフトーン印刷ですが、これによって天文古書は、我々が見慣れた表情にぐっと近づいてきます。


そして、1923年版↑となれば、天体写真の技術も大いに進歩し、星団や星雲など被写体にも事欠かず、印刷メディアを通して、宇宙の名所は多くの人にとって身近な存在になる…という変化をたどります。

このような天体写真の一般化と、印刷による複製技術の進歩は、我々の「宇宙」イメージを前代とは大いに異なるものとし、『銀河鉄道の夜』に出てくる次の一節も、そうした背景の中で生まれたのだ…ということは、以前も書きました。

 「けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙がいっぱいになりました。そうだ僕は知っていたのだ、勿論カムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎から巨きな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁いっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。」

このジョバンニの経験は、ある程度まで宮沢賢治(1896-1933)自身の経験でもあるのでしょう。彼が、もし「まっ黒な頁いっぱいに白い点々のある美しい」銀河の写真を、多感な時期に目にしなければ、あの作品は生まれなかったかもしれません。

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印刷技術という点で言うと、1900年版と1923年版には同じ原版に拠った、りょうけん座の子持ち銀河(M51)の写真が、共通して載っています。

(1900年版)

(1923年版)

しかし、両者を見比べると、1900年版のホワイトノイズが乗ったような、ザラザラした灰色っぽい写真に比べて、1923年版では漆黒といってよい宇宙空間が表現されており、印刷術の進歩による表現力の向上を、そこにはっきり見て取ることができます。

(この項、竜頭蛇尾気味に一応終わり)

孤愁の人2016年08月18日 16時38分45秒


(背景ははくちょう座の網状星雲(NGC6992)。1901年10月5日、シカゴのヤーキス天文台撮影)

星の世界をひとり歩む天文学者。
足下には微かに輝くガス星雲が、一本の道のように続いています。

(つま先から帽子のてっぺんまでは約75ミリ)

とんがり帽子、長いマント、星の縫取り模様…
19世紀にイメージされた「昔の天文学者」の姿を、そのままなぞって作られた、当時のブローチです。


光にかざすと、マントの部分は、あずき色の半透明の素材を使っていることが分かります。一見プラスチックのようですが、これは貝殻を削ったもので、そこに銀製パーツを留めてあります。


背後のピンが欠損しているため、このまますぐにブローチとして使うことはできませんが、アメリカの売り手は、ペンダントトップにすることを勧めていました。

この品、天文学者をかたどったブローチというだけでも珍しいのですが、それが愁いを帯びた後姿である点に、言い知れぬ魅力を感じました。

銀河は回る2015年10月10日 10時01分45秒



先日の「子持ち銀河」とセットで買った絵葉書。
デザインからして、もともと同じシリーズに属する2枚でしょう。発行元は、表裏どこにも記載がなく不明。


“キリン星座渦状星雲〔新ドレ―ヤー二四〇三番〕の内部運動(陰画写真)”
…と説明文にあります。

きりん座は天の北極近く、カシオペヤの隣にある星座です。
「新ドレーヤー○○番」というのは、ジョン・ドレーヤーが編纂したカタログに基づく、いわゆるNGCコードのことで、メシエ番号と並んで使われる、各銀河固有の番号。
「NGC2403」について、ウィキペディアには、「この銀河は1788年にウィリアム・ハーシェルによって発見された。M81銀河団の一員であり、地球からの距離は約800万光年」 云々とあります。


図中の矢印は、数年という時間間隔をおいて同じ銀河を撮影し、その構成要素たる星の位置変化、すなわち固有運動を検出し、その方向と運動量を矢印の形で書き込んだもの。すなわち、渦巻銀河を構成する星が、まさに渦を巻くように回転運動していることを証明したとする写真です。

確認はしていませんが、おそらくこの写真のオリジナルは、オランダ出身の天文学者、ファン・マーネン(Adriaan van Maanen、1884-1946)によるもので、1920年前後の「アストロフィジカル・ジャーナル」誌で発表されたものだと思います。

上記のとおり、絵葉書の発行者は不明ですが、おそらく日本天文学会あたりでしょう。
それにしてもこの絵葉書、いったい誰が誰に送ることを想定しているんでしょうか?
渋い、余りにも渋すぎる絵葉書です。

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そして、これは渋いばかりでなく、かなり重要な時代の証人です。

ちょっとひねって言うと、この写真は「正しくて間違っている」写真です。
「正しい」というのは、渦巻銀河はたしかに回転していることが確認されており、この写真もそのように主張しているからです。一方「間違っている」というのは、当時のファン・マーネンの方法では、これほど明瞭に回転が検出できないことが分かっているからです。

当時、銀河の回転は、天文学上の大問題でした。
渦巻銀河の回転が易々と検出可能ならば、対象までの距離は相対的に小さいはずで、系外銀河(古風な言い方をすれば「島宇宙」)の存在に対する強力な反証となるからです。

実際、ファン・マーネンの一連の研究はそのようなものと受け取られ、1920年代前半、「島宇宙説」は、かなり旗色が悪かったです。当時の「大宇宙」は、我々の銀河系とその周辺部だけから成る、非常にコンパクトなものと一般に理解されていました。

周知のとおり、その後1930年代に入ると、エドウィン・ハッブルの才気が宇宙論にビッグバンを引き起こし、系外銀河の存在が常識になると同時に、我々の銀河系は大宇宙の中でごく微小な存在へと転化していったのです。

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ファン・マーネンの過誤の原因が何であったかは、いろいろ検討されましたが、最も大きいのは心理的要因だと言われます。火星の運河論争もそうでしたが、知覚の限界付近で観測するとき、人はつい自分の見たいものを見てしまう…これは訓練を受けた科学者でも同じことです。

そこに教訓を読み取ることは簡単ですが、人間の本性に根ざすものだけに、同じような過ちはたぶん将来も繰り返されることでしょう。(得るべきものは教訓ではなく、人間に対する「洞察」かもしれません。)

救世主は2000万光年のかなたより2015年10月08日 07時03分41秒



メシア五十一番」と聞くと、何だか讃美歌の一曲みたいですが、その実体は夜空に優美な渦を描く星の雲です。

(1920年代と思われる古絵葉書)

北斗のひしゃくの柄(え)の脇に浮かぶのが猟犬座で、その隅っこでグルグル渦を巻いているのがM51、通称「子持ち銀河」。

「M51」は、フランスの天文家、シャルル・メシエ(Charles Messier、1730-1817)の頭文字にちなみ、「メシエ目録51番天体」の意味ですが、戦前の『天文学辞典』を見ても、メシエはやっぱりメシエなので、これを「メシア」と書くのは、当時としても一般的でなかったのではないでしょうか。(ちなみに救世主の方は「Messiah」)

(山本一清・村上忠敬(著)『天文学辞典』、恒星社、昭和8(1933)より)

「子持ち銀河」の名の由来は、もちろん傍らにお伴の銀河(NGC5195)を引き連れているからで、これを「主従」と見なすと息苦しいですが、仲の良い親子と見なせば、なかなかほほえましい光景です。

(仲良く手をつなぐ親子。二つの銀河は見かけだけでなく、距離的にも近接し、物理的相互作用を及ぼしていることが知られています。現実の親子と同じく、この宇宙の親子も、近くで見ればいろいろ葛藤があるのでしょう。)

M51は、天文学史上はじめて渦状構造が観測された銀河として知られ、それを成し遂げたのは、アイルランドのロス伯爵の有名な巨人望遠鏡でした。時代は19世紀半ばのことです。ロス伯爵によるスケッチ(の版画)は、以下の記事の真ん中ぐらいに出てきます。(→ http://mononoke.asablo.jp/blog/2015/02/13/7571445 )

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国が自壊しつつあるとき、地に救世主はありやなしや。
それとも救世主を期待する心が、そもそも危険をはらんでいるのか…

宇宙を眺める…カテゴリー縦覧:星雲・星団・系外銀河編2015年04月03日 21時29分17秒



黒い化粧箱に収まったガラスブロック。


ブロック本体は 6.5×8.5×6.5 cm の直方体で、豆腐半丁ぐらいの大きさです。
透明なガラスの中に見える、白い綿くずのようなものは、レーザー加工による造形で、拡大すれば、微小な点の集合体から成ることが分かります。


1つ1つの点が、独立した銀河系、昔風にいえば島宇宙。
このガラス塊が表現しているのは、差し渡しが1億パーセク=3億2,600万光年という巨大な空間です。宇宙全体から見れば、ごく局所的な領域に過ぎないとはいえ、それでもこれだけカメラを引けば、宇宙の大規模構造が見えてきます。


ひときわ銀河系が密集した「おとめ座銀河団」。


そこから紐状に銀河が連なり(我々の銀河系もそこに含まれます)、周辺の銀河群・銀河団と結びつき、1つ上位の階層である「おとめ座銀河団」を形成しています。
このガラスブロックが表現しているのは、この「おとめ座超銀河団」が、お隣の超銀河団と境を接する辺りぐらいまでの宇宙の有様です。

(そして、さらにカメラを引けば、おとめ座超銀河団は、他の超銀河団と共に面状に分布して、グレートウォール(銀河フィラメント)を構成し、それが広大な虚無の空間(ボイド)を包み込んで、泡状の構造体を作っているのが見えてくる…と考えられています。これが宇宙の大規模構造で、我々が知り得る宇宙は、そうした泡の集合体でできていると、天文学者は語っています。)

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…と、ここまでは何となく分かります。

「大きな望遠鏡で宇宙をよっく調べると宇宙は大体何でせう?」
ジョバンニの担任の先生なら、子供たちにそんな問いかけをしたでしょうが、実際に大きな望遠鏡で無数の銀河系を観測して、その位置をプロットしたら、こんなふうに並んでいることが分かった…というだけならば、「まあ、そういうものなんだね」で話は終わりです。

「では、その成因は?」となると、一段も二段も難しい話になりますが、それでも学者はいろいろな説を立てて、それを理解しようと、今も懸命に努力を続けていることでしょう。

いっそう基本的なことで、私がよく分からないのは、こうしたモデルに「時間」がどう織り込まれているかです。つまり、こういうものをパッと見せられると、私なんかは「今の宇宙」の空間構造を、神の視点から眺めたものと、ついつい思ってしまうんですが、でも本当は、そこには空間のみならず、「時間構造」も織り込まれているはずです。

このガラス模型で「今の宇宙」と言えるのは、我々の銀河系が位置するキューブの中心付近のみで、そこから遠ざかれば遠ざかるほど「昔の宇宙」になり、キューブの端っこにあるのは、1億5千万年とか2億年前の姿です。さらに大規模な構造については、当然もっと時間尺度は大きくなります。「今この瞬間」に、何億光年か先の宇宙がどうなっているかは、それこそ神のみぞ知るです。

そういう重層的な時間から成る観測結果をもとに組み立てた宇宙モデルとは、結局のところ何を表わしているのか? 宇宙スケールでものを考えるには、「今」という概念の方を変えないといけないのかもしれませんが、私はその辺で、すぐに頭がごちゃごちゃになってしまいます。

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話を地上に戻して、製品情報について。

この宇宙モデルは、カリフォルニアのBathsheba Sculpture の製品です。
同社は以前から「モノのかたち」にこだわっていて、数学的、科学的、あるいは純粋に審美的見地から、興味深い作品の数々を生み出してきました。

Bathsheba Sculpture https://www.bathsheba.com/

この超銀河団のガラス模型は、今から8年前に購入したものですが、先ほど確認したら、現在は廃番のようです。何といっても進歩の速い学問分野ですから、元データがすでに古くなってしまったせいかもしれません。となると、ここには早くも歴史的価値が備わっていると言えなくもなく、21世紀もなかなか時間構造に富んできたなあ…と感慨深いものがあります。


カテゴリー縦覧…天文古書編:ニコル著『宇宙の構造』(2)2015年02月13日 06時06分53秒

このニコルの本は、いろいろな意味で過渡期の産物です。

1つには、この時期、写真術は既に産声を上げていましたが、それが天文学に応用されるには、まだ間がありました。

(David H. Davison, Impressions of an Irish Countess, 1989より。上は1862年、下は1858年頃、いずれもロス伯爵夫人撮影)

そのことに関して象徴的なのは、前回も登場したロス伯爵夫人は、当時の物差しからすると、きわめて科学的な女性で、写真術を趣味にしていたことです。
彼女は、夫であるロス伯爵の建造した、鏡径1.8メートルの巨大望遠鏡(1847年運用開始)の姿を、鮮明な写真に収めていますが、しかし望遠鏡で見たものを、乾板上に結像させることはできませんでした(そもそもロス伯爵の望遠鏡は、星を追尾できないので、長時間露光できません)。

したがって、ニコルの本の挿絵は、すべて肉眼と手によるスケッチに基づくものです。

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2つめは、写真術と並んで天文学に革命をもたらした「分光学」も、まだ誕生前夜だったことです(それが呱々の声を上げたのは1860年代のことです)。

そして、この2つの時代的制約から、ニコルは星雲の性質について、ある予断を持って臨むことになりました。それは、星雲はすべて星の大集団であり、望遠鏡の性能がさらに向上すれば、それは疑問の余地なく立証されると考えたことです。

これはロス伯爵の大望遠鏡によって、それまで個々の星像に分離不能だった星雲・星団のいくつかが、実際に分離できたことに幻惑された結果です。そしてまた、分光学がガス星雲の正体を明らかにする以前だったので、ニコルがそう思いこんだのも、無理からぬことです。

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そして3つめは、写真術の製版術への応用も、まだまだ先の出来事だったことです。

ニコルの本の挿絵は当然すべて版画です。しかも、流行の石版画(リトグラフ)を使わず、技法的にはすべて鋼版画(steel engraving)に拠っています。

今回、このニコルの本を取り上げた最大の理由は、その驚くべき図版の表現力です。
鋼版画は主にイギリスで好まれた技法で、銅版画に比べ、ややもすると微妙なニュアンスに欠けると言われますが、ニコルの本を見ると、決してそんなことはありません。というよりも、本書の図版は、鋼版の表現力を最高度に引き出した例だと思います。

そして、上で述べたように、そこに描かれているのは、人間の目と手が捉えた像であり、客観性を重んじつつも、必然的に人の想像力が影響しているので、画面に一種の幻想味が漂っており、えもいわれぬ魅力を放っています。

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前置きが長くなりましたが、ニコルの本の挿絵を見てみます。


ロス伯爵が、その形状からかに星雲と命名した、おうし座のM1
今では超新星残骸と分かっていますが、ロス伯爵は、これを星の大集団と考えました。


図の拡大。天の川のように点綴する微光星のイメージが、挿絵にも影響しています。
当時の人は、ここに宇宙の深淵にひそむ、不気味な怪物めいた存在を感じ取ったことでしょう。
それにしても、このぼうっと煙るような星雲の表現のなんと繊細なことか。


りょうけん座の子持ち銀河、M51
これもロス伯爵の代表的業績である、星雲の渦状構造の発見を伝える図です。
見開きいっぱいに描かれた天界の驚異。
当時の人の驚きが、そのまま画面に固定された感があります。


Hollow nebula(空洞星雲)とは、うつろな球殻状の星雲ということで、現在で言うところの惑星状星雲です(もっとも、歴史的には惑星状星雲の方が昔からある呼び方で、ニコルは、対象の性質をより正しく表現するものとして、空洞星雲の名をあえて使っています)。




個々の星雲が何を指しているかは、本文中にも説明がないので不明ですが、不思議な生き物めいた画像が、人々の宇宙への好奇心を激しく掻きたてたことでしょう。


これぞ極め付けに繊細な図。表題は「天の川の一部のスケッチ
文句なしに美しい絵です。そして星空のロマンにあふれています。
そもそも、どうやってスケッチしたのか、そして、それをどうやって版に起こしたのか、人間の手わざの凄味を改めて感じる図です。

ニコルの本には、こうした珠玉の挿絵が、全部で22葉収められています。

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天体写真が、人々の宇宙イメージの形成にどれだけ寄与したかは、想像以上のものがありますが、19世紀の第2四半期には、すでにこうした一連の図像表現によって、新たな宇宙イメージが、人々の脳裏に萌していたことは、指摘しておいてよいと思います。

螺旋蒐集(5)…透明螺旋体2014年01月02日 10時48分20秒

先ほどまで黒雲が空を覆っていました。
北の地方では大雪に警戒するよう、ニュースは伝えています。
せめて三が日ぐらい…と思いますが、自然には自然のリズムがあるのでしょう。

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ふと、ガラスでできた巻貝があったらいいなと思いました。殻を打ち欠くような無粋な真似をしなくても、その螺旋全体を見通せる透き通った貝が。
この世のどこかにきっとあるはず…と思って探したら、ありました。



透明な貝と、海の記憶を宿したパープルの貝。
(最長の差し渡しは、それぞれ約8cmと5cm)

これらは単なるオブジェではなく、ある実用的な目的のために作られました。


それは飼育ヤドカリ用の「擬貝」です。
私は今回初めて知りましたが、数年前、こういう↑画像がネット上で話題になったことがあるそうです。その秘めた私生活が丸見えとなり、しかも普通の貝より重いという、ヤドカリにとってはいくぶん迷惑な話なのですが、趣向としては面白く、単に手元に置いて眺めるだけでも愉しいひと品。

(Double Spirals)

以前、宇宙を覆いつくす巨大な螺旋のイメージについて語りましたが、こんなふうに「2つの螺旋」を並べてみると、ちょっとそれらしく感じられます。(背景は、リック天文台が出した写真集『Publications of the Lick Observatory Vol.8: Nebulae and Clusters』(1908)より、しし座の渦巻き銀河M65)

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このガラスの貝は、米国バーモント州のRobert DuGrenier さんが手作りしています。

■Robert DuGrenier Associates, Inc.
 http://www.tafthill.com/

ハーシェルの天体を見よう2012、<第2期>がはじまります2012年07月01日 12時14分45秒

今年の初めにご案内した↓、日本ハーシェル協会主催の天文イベント、「ハーシェルの天体を見よう 2012」。

さあ、みんなでハーシェルの天体を見よう
 http://mononoke.asablo.jp/blog/2012/01/14/6291227

そのうち、今年の後半に見ごろを迎える3つの天体について、改めて特設ページが開設されました。

1. 天王星― うお座44番星との接近―(9月中旬~10月上旬 )
2. ハーシェルのガーネットスター(ケフェウス座μ星)(8 月~11月)
3. ハーシェル天体H V-1(ちょうこくしつ座 銀河 NGC253) (10月~11月)

ハーシェルの天体を見よう2012
 http://www.d1.dion.ne.jp/~ueharas/hsjsub/herschelwatch2012/

第2期のラインナップは、地球のよき隣人・天王星と、ハーシェルが深紅のガーネットにたとえた、3500光年かなたの美しい恒星、そして750万光年という遠方に悠然と横たわる系外銀河という顔ぶれです。

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3番目のNGC253は、偉大なウィリアム・ハーシェル(1738-1822)の妹、カロライン・ハーシェル(1750-1848)が発見した天体です。

(晩年のカロライン)

カロラインは兄ウィリアムの忠実な助手として、その研究を助けるかたわら、彼女自身も優秀な天文家として活躍し、女性に固く門戸を閉ざしていた英国王立天文学会も、さすがに彼女の功績を無視することはできず、彼女が85歳のときに「名誉会員」の称号を与えています。

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梅雨が明ければ夏も盛り。山や海で、暗い空を見上げる機会も増えることでしょう。そして涼しい風が吹いてくれば、空はいよいよ澄みわたり、星の光も静かにささやき始めます。

そうした折々に、遠近さまざまな宇宙の住人の姿を眺め、宇宙の大きさや、天文学の歩みを、改めて実感されてはいかがでしょうか。そして、その成果や感想を、日本ハーシェル協会の掲示板にお書き込みいただければ、協会員として嬉しく思います。

さあ、みんなでハーシェルの天体を見よう2012年01月14日 21時27分15秒

※この記事は、1週間トップ表示します※
【1月22日付記: トップ表示の期間が満了したので、本来の位置に戻します。】

今日は天文古玩には珍しく、リアル天文趣味の話題です。

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古来、人類の歴史を変えた天文家が幾人かいます。
プトレマイオス、コペルニクス、ケプラー、ガリレオ。あるいは天文家ではないですが、宇宙の理解を飛躍的に高めたニュートンやアインシュタインなど。

イギリスで活動したウィリアム・ハーシェル(1738-1822)も、間違いなくその一人です。

(Sir Frederick William Herschel,  1738-1822)

新惑星・天王星を発見し、赤外線の存在を実証し、太陽系が恒星宇宙の中を疾駆している事実を見出し、銀河系の形状を観測データから明らかにし、膨大な星雲星団の目録を超人的な努力でまとめた人。40歳を過ぎて天文家に転身する前は、優秀なプロの音楽家だったという、その経歴からして、とびきり異色の存在です。

そうした個々の業績も驚くべきものですが、その最大の功績は、この大宇宙(太陽系を超えた遥かな世界)の真の姿について、人類は単なる思弁のみならず、具体的な観測によってもアプローチできることを、身をもって実証したことでしょう。後続の学者たちは皆、このハーシェルがこじ開けた扉を目にしたことで、果敢な挑戦に打って出ようという勇気を与えられたのです。

これは人類の精神史における、一種の革命だと言ってよいのではありますまいか。それまで庇護されるばかりの存在だった幼児が、ある日ふと「自分もやればできるんだ!」と気づいた瞬間…とでも言えばいいでしょうか。

この偉大な天文家を慕う人々は今も多く、イギリスにはウィリアム・ハーシェル協会があり、日本にも日本ハーシェル協会があって、活動を続けています。

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さて、ハーシェルについて熱く語りましたが、私も会員である日本ハーシェル協会では、本年「ハーシェルの天体を見よう2012」というイベントを開催します。会員であってもなくても、世界のどこからでも参加自由という、気軽な催しです。

内容は、今年1年かけて、ハーシェルにちなむ天体を5つ見ようというものです。(そう、たった5つです。これならば、ものぐさな人や、ライトな天文ファンでも十分チャレンジできそうですね。)

そのラインナップは以下のとおり。

1.天王星
2.ハーシェル天体H VII-2(いっかくじゅう座 散開星団 NGC2244)
3.ハーシェル天体H V-24(かみのけ座 銀河 NGC4565)
4.ハーシェルのガーネットスター(ケフェウス座μ星)
5.ハーシェル天体H V-1(ちょうこくしつ座 銀河 NGC253)

街中でも小型望遠鏡があれば十分チャレンジできるものをセレクトしました(一部は双眼鏡でも観測可)。昔、天体望遠鏡を買って、土星の輪っかや木星の縞模様は見たけれど、天王星はまだ見たことがない…という方も多いでしょう。この機会にぜひ挑戦してみてください。
個々の天体に関する情報や、イベントの詳細は、以下の特設ページをご覧ください。


■ハーシェルの天体を見よう 2012
 http://www.d1.dion.ne.jp/~ueharas/hsjsub/herschelwatch2012/

このイベント、参加費や事前エントリーはもちろん不要ですが、「見えた!」「残念、ダメだった」, etc. …のレポートを、日本ハーシェル協会の掲示板にお書き込みいただければ有難いです。偉大なる天文家の追体験を、多くの方といっしょに楽しめればと思います。

なお、この情報について、個人サイト;Twitter;口コミ等で拡散していただければ、これまたありがたいです。どうぞよろしくお願いいたします。

遠い世界へ2011年03月31日 22時42分23秒

(↑1950年代にアメリカで頒布された天体写真セット)

地震と原発で頭がへろへろになっているうちに、3月も終わりです。
デジカメもまだ買いに行けません。
そんなわけで、今月はあまり記事を書けませんでした。
まあ、それも当然だと思います。
原発があの状態では、「理科趣味」などと呑気なことを言っている場合ではないと、自分で言うのも変ですが、そう思いました。

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その一方で、星は人々にとってやはり大きな慰めだなあ…という思いも深いです。
空を見上げさえすれば、そこには無限とも思える遠い世界が広がっています。

昔、『ビクトリア時代のアマチュア天文家』を読んでいて、「どんなに苦しい環境でも、貧しいアマチュア天文家は星を見るのをやめなかった。いや、苦しいからこそ、彼らはそれを忘れるために、一層熱心に星を見たのだ」という趣旨のことが書かれていて、大いにうなずいた覚えがあります。

人間の気高さも、愚かさも、悲劇も、喜劇も、すべてが無に感じられるほど、はるかな高みで光を放つ星の姿を見るとき、人は言葉にならない思い、言葉にするには深遠すぎる思いに包まれることも少なくない。

「天文古玩」は、近ごろ人事寄りの話題が多かった気もしますが、「はるかな世界への憧れ」こそ、自らの拠って立つ足場ではなかろうかと、省みて思いました。