ガラスの雪2019年08月13日 06時26分37秒

一昨日の写真の端っこに写っていたモノについて。

以前――だいぶ以前です――雪のペーパーウェイトを集めようと思い立ったことがあります。でも、あっさり断念しました。珍重に値する古い品は少ないし、新しいものまで含めると、今度はキリがなくなるからです。それに、ペーパー「ウェイト」の名の通り、重くてかさばるのも、挫折した理由です。


でも、こうして改めて見ると、なんだか懐かしいです。
何せ、あれからもう10年以上も経つのですから。

右側の大きいのはエイボン社の製品。
エイボンというのは、あの化粧品のエイボンのことですが、同社は化粧品ばかりでなく、家庭用品も手掛けているので、これもそうした品のひとつです。eBayで雪のペーパーウェイトを探すと、たぶん真っ先に表示されるのがこれで、今でも大量に流通しているせいで、あまり「有難み」はないんですが、雪のペーパーウェイト好きなら、避けては通れない品。

エイボンの雪模様が型押しなのに対し、あとの二つはエッチング彫刻です。

下のお饅頭型は、石川県加賀市の「中谷宇吉郎 雪の科学館」で購入したもの。このブログでは、わりと頻繁に画面に映りこんでいます(本のページを開いておくのに便利だからです)。でも、記事を書くため、同科学館に確認したところ、この品はもう取り扱ってない由。

そして、左上の薄い円柱型の品は、大阪のガラス工房に発注したものですが、こちらはすでにお店そのものが営業されていないようです。


購入した日の記憶はこんなにも鮮明なのに、すべては雪のようにはかないです。
まあ、こうやってはかながっている私だって、遠からず全ての記憶とともに、はかなくなるわけですが。

雪氷三話2019年08月11日 07時41分30秒

しばし心を静めて…と思えど、暑いですね。

暦を見れば、二十四節季だと「立秋」を過ぎ、七十二候だと「涼風至る」だと書かれています。いったいどこの国の話か…と思いますが、これは話が逆で、昔の日本を標準にする限り、異国化しているのは、むしろ我々の方です。

まあ、二十四節季は中国大陸のものを、そのまま引き継いでいるので、日本の季節感とズレがあってもおかしくはないですが、七十二候のほうは、近世に入ってから日本に合うよう修正が施されているそうなので、これはやっぱり時代とともに気象条件が変わってしまった証拠でしょう。

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こういうときこそ涼しい話題をと思って、日本雪氷学会(編)『雪氷辞典』をパラパラ見ていました。(この本は、2014年に新版が出ていますが、手元にあるのは1990年に出た旧版です。)


本書はもちろん全編これ雪と氷の話題ばかりですが、その中でも、とりわけ涼しさを感じた言葉を3つ取り上げます。

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「とうれつ 凍裂 frost crack」

 厳冬期に、通直な太い幹の内部から樹皮まで、縦方向の割れ(放射状)を生ずる現象を、凍裂(または霜割れ)という。割れ目の長さは1mから数mに及び、生長期に癒着しても、冬に再発を繰り返す例が多い。この現象は、水分を平均よりも多く含む「水喰い材」の、凍結・膨張による強い内圧と、樹幹外周部の低温による収縮とに起因するといわれている。北海道では谷筋のトドマツ、ドロノキ、ヤチダモなどの凍裂が、その音とともによく知られている。 〔…下略…〕

がっしりとした樹木までもが、激しい叫び声をあげて屈するとは、まったく想像を絶する寒さです。その音が実際どんな音かは、ネットで容易に聞くことができます。以下はNHKの「新日本風土記」で紹介された、北海道・陸別町の映像と音。(凍裂音は、0:37と2:11の2回出てきます。)

北海道・陸別町「凍裂」~日本でもっとも寒い町
陸別町は、冬ともなれば氷点下20度を下回る日が続き、そんな折には、夜明けの無人の森から、「パーン!」と鉄砲を放つような音が時折聞こえてくるのだそうです。なんだか耳も心も凍るようです。

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「とうきらい 冬季雷 [冬の雷] winter thunderstorms」

 日本海側に冬季に発生する雷のこと。日本の平均雷日数分布は、内陸部と日本海側で多く、ともに40日前後だが、内陸部は夏、日本海側は冬に多い。〔…中略…〕冬季雷雲は雲高が低く、水平方向に広がり、電気的には発雷の日変化が少なく、雷放電数も少なく、上向き雷、正極性のものが多いといった特徴がある。冬季雷はノルウェー西岸と日本海側に多く、メキシコ湾流と対馬暖流の影響が大きい。

雷といえば、夏の入道雲や夕立とセットに考えていたので、日本海側では雷は冬のものだと聞いて、目から鱗がはらりと落ちました。雪催いの日、低く垂れこめた雲に向けて、地上から雷光がさかしまに走るなんて、なんとも凄愴味があります。でも、これは日本海側で暮らしたことのない人間の無責任な感想で、実際にはやっぱり相当怖いでしょう。

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「ゆきおんな 雪女」

 雪国の伝説で、大雪の夜などにあらわれるという雪の精。一般にはその名称から、白い衣を着た雪のように白い女の姿が想定されている。しかし、ところによっては小正月や元日に現れる歳神であったり、片目片脚の雪女もある。

「雪女」の怪談は別に珍しくありません。
でも、最後の「片目片脚の雪女」というのは知りませんでした。

これを聞いて、ただちに思い出したのが、岡本綺堂「一本足の女」という話。
最初は単に可憐な不具の少女だったものが、長ずるにつれて、その器量によって父親代わりの侍を狂わせ、果ては生血を欲する鬼女となっていくさまが不気味に綴られた、時代物の怪談です。

そういう連想が働いたので、「片目片脚の雪女」にヒヤッとするものを感じたのですが、彼女が常ならぬ美貌の持ち主だったら、確かにいっそう恐ろしさが勝る気がします。

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現今の暑さは、なかなか怪談ぐらいでは追いつきませんが、それでも想像力を働かせれば、ちょっとは涼しくなるような…。

水の惑星2019年06月12日 18時57分14秒

梅雨本番です。
ありふれた光景ですが、紫陽花が雨に濡れている風情なんかは、やっぱり好いですね。

考えてみれば、雲が空を走り、大量の水が空から落ちてくるなんて、ずいぶん不思議な現象です。私はその景色を、これまで幾度目にしたのでしょうか?

調べてみると、年間降水日数は、関東や中部だとだいたい100日前後です。この中には雪の日も含まれ、また1ミリ未満の降水日は勘定に入ってませんが、まあ大雑把に言って、私はこれまでの人生で、5千回か6千回の雨を目撃した計算です。多いようでもあり、少ないようでもあり。

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透明なガラスに描かれた青い地図がさわやかな幻灯スライド。
黒枠に金の星のワンポイントも洒落ています。
ピッツバーグのスティエレン光学社(Stieren Optical Co.)が、20世紀初頭に売り出したもの。


これが何かというのは、裏面のラベルに書かれています。
「Land and Water Hemisphere」、すなわち「陸半球と水半球」

地球の陸地は、巨大なユーラシア大陸がある分、明らかに南半球より北半球に偏在していますが、地球儀をいろいろな角度から眺めると、さらに陸地の割合の多い半球と少ない半球に分割できることに気付きます。それがすなわち陸半球と水半球です。


満々と水をたたえた水半球。
そして、精いっぱい陸地を取り込んだ陸半球でも、較べてみると、やっぱり海洋面積のほうが、陸地の面積よりも広いのだそうです。この星は何といっても水の惑星です。空から絶え間なく水が降ってくるのも、ある意味当然なのでしょう。


一面にあふれる青い光。


時には梅雨がうっとうしく感じられる折もありますが、水の惑星の住人として、今年はこの涼しげな水の色を眺めながら、せいぜい水に親しもうと思います。

銀の雪2019年02月11日 10時36分53秒

今日も広く雪模様。
でも、私の町では雪はさっぱりで、薄雲を通して日の光さえ射しています。
今は結露した窓越しに見る、白くぼんやりした景色に、わずかに雪を思うのみです。

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人は明るい雪景色を「一面の銀世界」と呼び、「白銀が招くよ」とつぶやきながら、いそいそと山に向かったりします。

「銀雪」というのは、もちろん中国生まれの言葉でしょうが、9世紀に編まれた空海の詩文集『性霊集』(しょうりょうしゅう)にも、「銀雪地に敷き、金華枝に発す。池鏡私無し」云々の句があって、日本でもこの語はずいぶん古くから用いられているようです。(大地を覆う純白の雪、日光に煌めく樹上の氷、すべての景色を無心に映して静まりかえる池の面…。こういう芯から澄み切った冬景色を好ましく思うのは、平安時代の高僧も、21世紀の俗人も変わりません。)

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ふと、ほんものの「銀の雪」が欲しいと思いました。

実際探してみると、もちろんスノーフレークをモチーフにした銀製アクセサリーはいろいろあるのですが、結晶の表現がマンガチックというか、ちょっとリアリティに欠けるものが多いようです。


そんな中、この差し渡し2センチほどの小さな結晶たちは、なかなかよくできていると思いました。

1831年、ロードアイランドで創業したアメリカの老舗銀器メーカー、ゴーハム社(Gorham Manufacturing Company)。この銀のチャームは、同社が1970年代にシリーズで発売したもので、手元の品はそれらをチェーンでつないで、ブレスレットに仕立ててあります。


結晶の片面には1970から1976まで、各結晶の制作年が鋳込まれています。


7年間の歳月をかけて、この世界に降り積もった雪のかけら。
磨いてやれば、すぐに元の輝きを取り戻すはずですが、当分はこのくすんだ銀色に時の流れを重ねて愛でることにします。

銀は金と並んで柔らかい金属なので、チャーム同士が触れ合う時も、なんとなく優しい音がします。

雨あがる2018年07月08日 22時06分30秒

窓から星空が見えます。
夕刻のニュースは、各地の惨状を伝えるとともに、豪雨による死者・行方不明者が120名を超えたと報じていました。

先週の天気図を見返すと、週半ばには、九州脇をかすめて日本海に抜けた台風7号と、その行く手に横たわる前線の姿がありました。台風はその後、温帯低気圧に変わりましたが、これが北の前線をぐいと引き寄せ、そこに極度に高湿の空気が流れ込んで、週末の大雨をもたらしたのでした。

一週間前の日曜日、中国・四国地方の天気はおおむね曇りでした。
広島市では、最高気温31.2℃、最低気温22.9℃。午後3時には秒速3mの風が南西からそよそよと吹いていました。

あのとき、被災地の人々は――亡くなられた方もそうでない方も――平凡な日常生活を送りながら、見慣れた町が1週間後にどうなっているか、まるで想像していなかったと思います。おそらく、日常が日常のまま、半ば永遠に続くような気が漠然としていたのではないでしょうか。ちょうど1週間前の私がそうであったように。

「被災者」と「非・被災者」を分けるのは、いわば「不条理な偶然」以上のものではありません。

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…と、ここまで書いて、さらに「相身互い」ということと、「他者への想像力」ということについて記そうと思ったのですが、思ったことを十分書き切れないので、いったん筆をおきます。でも、上手くは書けないですが、この「相身互い」と「想像力」がないと、善意の振る舞いにも、どこか傲岸な臭いが付きまとう気がします。

とはいえ、矛盾したことを言うようですが、そうした心の機微とは別に、「思し召しより米の飯」「案じてたもるより、銭たもれ」というのも一大真理であり、今はどんどん物理的支援をすべきフェーズにあるのも確かでしょう。

物心両面の支えで、被災地に日常生活が一日も早く戻ってきますように。

君の名は『雪華図説』(後編)2018年01月30日 22時46分21秒

1968年に出た復刻版『雪華図説』の限定版。



全部が1冊にまとまった普及版とは異なり、こちらは夫婦箱(クラムシェルボックス)に、正編と続編の2冊が、それぞれ和本仕立てで収まっており、さらに小林禎作氏の『雪華図説考』が別冊で付属します。


当時400部作られ、私の手元にある本はNo.178。
限定版とはいえ、400部というのは決して少なくない数ですから、タイミングさえ合えば必ず入手できるとは思ったものの、そのタイミングが長いこと合いませんでした。

(『雪華図説』正編冒頭)

結局、最初の1982年版の購入から、足掛け9年かけて、ようやく昨年の暮れに限定版を入手できたのですが、そのきっかけがネットではなく、昔ながらの古書店のカタログを通じてだった…というのは、この本の雅趣に照らして、ちょっと嬉しかったです。

まあ、苦労自慢めいた話は脇に置いて、ここで『雪華図説』の世界を少し覗いてみます。

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「雪の殿様」、土井大炊頭利位(どいおおいのかみとしつら)――。
ひたすら雪の結晶観察に打ち込んだ殿様と聞けば、何となく浮世離れした好人物を連想します。しかし、歴史の文脈に彼を位置付けると、ちょっと違う相貌が見えてきます。

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小林禎作氏の解説にもありますが、雪の結晶観察は、傍から見て思うほど簡単なものではありません。チラッと見るだけならいいのですが、その細部をスケッチしようと思えば、当然、ある程度の時間、雪の結晶を眼前にとどめておく必要があります。でも、雪というのは人間の体温が伝われば一瞬で融けてしまうし、何もしなくても気化・蒸発して、繊細な結晶の形は、じきに失われてしまいます。

少しでもそれを防ぐためには、できるだけ低温下で、手早く作業をする必要があります。そのための工夫を十分こらした点に、利位の非凡な才はありました。

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でも、そもそも利位が関東平野のど真ん中、下総古河で、あるいはまた大阪城代や京都所司代務めをしながら、それができたということ、それは取りも直さず、江戸時代の日本が今よりもずっと寒冷だったことを意味しており、それは農作物の不作と直結していました。

(続編より。「於大阪城中所採」の記載が見えます)

当時、毎年のように飢饉や打ちこわしが起こったのは、農業技術が未発達だったというだけでなく、そもそもの気象環境が、今よりもずっと過酷だったのです。

そして、利位は幕閣として、飢饉や打ちこわしに現実的に対処する立場の人間でした。それだけでも、彼がマンガチックな「呑気な殿様」などではなく、こわもての面があったことを窺うに足ります。

彼は大阪城代時代、例の大塩平八郎の乱を鎮定した功績で、さらに出世を遂げることになりますが、私は大塩平八郎にはすこぶる同情的なので、「敵役」である土井利位に対する思いは一寸複雑です。

とはいえ、そんな劇務の中でも、雪を観察する時間を捻出して、顕微鏡をのぞき続けたこの人物を、私はたいそう興味深く思いますし、小林氏の視線もまさにそこに向けられています。

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普及版の方も、『雪華図説』の復刻パートは、小林氏の論考パートとは別の、ちょっとニュアンスのある紙が使われており、決して悪くない風情ですけれど、特装版の方は、さらに和の表情に富み、利位の時代に精神を飛ばすための恰好のツールとなってくれます。そして、上のような時代相と、当時の人々の心情を思う時、雪は真に美しく、同時に恐るべきものだ…ということが、冊子の向こうにしみじみと感じられます。


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今日は遠くの山の上に、冬の入道雲がむくむくと湧き、冷たく光っていました。
今週は再び雪が降ると、週間天気予報は告げています。

君の名は『雪華図説』(前編)2018年01月29日 20時52分21秒

昨日は底冷えのする日で、午後から再び白いものが舞いました。
季節柄、また雪にちなんだ話題です。

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NHKのラジオドラマが人気を博し、その後何度も映像化された「君の名は」。あれは戦中・戦後を舞台に、運命に翻弄され、何度もすれ違いを続けた男女の物語でした。
そして、新海誠監督のアニメ映画「君の名は。」も、時空の奇妙なねじれによって、会えそうで会えない高校生カップルの、じれったいエピソードの連続が、ストーリーの縦糸になっていました。

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ああいうことって、確かにあるぞ…と思います。
私がすれ違いを続けたのは、『雪華図説』です。

『雪華図説』は、下総古河を領した土井家第11代当主にして、幕閣として老中首座にまで上りつめた、土井利位(どいとしつら、1789-1848)が、自ら観察した雪の結晶図を集めた、江戸時代を通じて最も精緻な雪の結晶図鑑。

結晶86種を収めた正編は、天保3年(1833)に、また同じく97種を収めた続編は、天保11年(1840)に出ました。ただ、『雪華図説』は正・続とも、この“雪の殿様”が私家版で出したものらしく、昔も今もとびきりの稀書ですから、古書市場に出れば、すぐに100万円以上の値がついてしまいます。

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もちろん私が欲しかったのは、本物ではありません。
昭和になって築地書館から出た復刻版の方です。この復刻版にも一寸とした歴史があって、築地書館からは1968年と1982年の2回にわたって復刻版が出ています。

奥付の表記に従えば、1968年版は、
○小林禎作(解説)、『正・続<雪華図説> 雪華図説・考』
というタイトルで、『雪華図説』の複製に、小林禎作氏による「雪華図説考」という書誌学的論考を付したもの。

一方、1982年版の方は、
○小林禎作(著)、『雪華図説 正+続 [復刻版] 雪華図説新考』
となっていて、小林氏が自らの「雪華図説考」に、旧版以降の新知見を盛り込んで、全面的に改稿した、「雪華図説新考」を併載したものです。

解説者/著者である小林禎作(1925-1987)は、中谷宇吉郎が創設した北大の低温科学研究所の教授(旧版時は助教授)を務めたプロの雪氷学者。その専門から派生して、土井利位の事績を追究し、その成果を問うたのが、新旧2つの復刻版でした。

(旧版の箱と本体。杉浦康平氏による和テイストの装丁)

(同。『雪華図説』を復刻したページの一部)

(新版。こちらも装丁は杉浦康平氏)

(同。「雪華図説新考」の冒頭)

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で、私は最初に1982年版を、次いで1968年版を手に入れ、ここまではごく順調でした。でも、よくよく話を聞いてみると、1968年版には、さらに正・続の『雪華図説』を和本仕立てで復刻した「限定版」というのがあると知って、オリジナルの雰囲気を味わうには、ぜひ限定版を手にしなければ…と思ったのです。

しかし、勇んで探し始めたものの、どうもタイミングが合わず、逢えそうで逢えない状態が、結局その後何年も続いたのでした。

(この項つづく)

雪の便り2018年01月25日 22時37分15秒

春の気配を星に感じたと思ったら、関東に続いて中部も雪。
それもほどろな春の雪なんかでなくて、妙に雪質のいい、パウダースノーが、さっきまで晴れていた空をあっというまに覆い尽くし、一時は何かただならぬ感じがしました。

こんなふうに太平洋側の人間は、1年に何べんもない降雪にオロオロしますが、今回は1年に1回だけ舞い降りる雪片の話題。

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雪の写真師、ウィルソン・A.ベントレー(1865-1931)が撮影した雪の結晶写真をもとに、彼の故郷の記念館が、毎年新たにデザインするグッズ類のことは、1年前も記事にしました。

■白銀の雪

今シーズン(2017年)の新デザインのテーマは、下の結晶です。


ピューター製の美しい樹枝六花。
炎に投じぬ限り、永遠に融けない雪。

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雪は美しいものですが、人間生活と軋轢を生じると、恐ろしい顔を見せます。
そしてまた、普段心の奥にしまってある思いを、ゆくりなく引き出すものでもあります。

 犬棄てし子 心に雪ひそと積む       三汀
 昔 雪夜のラムプのやうな ちひさな恋  鷹女
 酒のめば いとゞ寐られぬ 夜の雪     芭蕉

人の心が様々であるように、心の中の雪景色もまた様々ですね。


気象カード2017年09月29日 18時06分55秒

政界の風から、再び天然自然の風へ。

気象趣味といえば、気象観測をテーマにした、こんな愛らしいカードを見かけました。
時代はそんなに古くなくて、冷戦末期の1981年に、東ドイツで発行されたものです。


気象はインビジブルだ…と前に書きました。そしてまた気象観測や気象予報というのも、あまり派手さのないテーマだと思いますが、このカードの絵柄は、なかなか多彩です。


これは、4枚セットの「仲間」集めを楽しむ「カルテットゲーム」のカードで、各カードの左肩に丸で囲った記号がその「仲間」を示しています。つまり、トランプでいえばハートやスペードに相当するものです。


「仲間」ごとにまとめて並べたところ。
「仲間」は全部で8種類あり、カードの総計は32枚です。(4枚1セットというのは共通ですが、「仲間」の数はカルテットゲームごとに増減があります。)

このカードで設定された「仲間」は、A 地上気象観測、B 高空気象観測、C 測定機器、D 気象通報、E 気象解析、F 天気予報、G 気象対策、H 異常気象…の8種類で、なかなか渋い設定。ちなみに、ゲームの対象年齢は10歳以上だそうです。

かつてこのゲームで遊んだ少年少女も、今ではいい年輩でしょうね。
彼ら彼女らは、今でもときどき空を見上げて、気象用語を口にしたりすることがあるんでしょうか。

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▼閑語(ブログ内ブログ)

この混乱ぶりはまるで幕末のようです。
何だか「ええじゃないか」を踊り出したい衝動にも駆られます。

でも、ここは一つ沈着に行きたいものです。
そもそも、なぜそんなに混乱する必要があるのか?そして、国民がその混乱に付き合わねばならない道理がどこにあるのか?

落ち着いて考えれば、多くの狂騒は単なる狂騒に過ぎず、我々がなすべきことは驚くほどシンプルです。すなわち、目の前の課題(その数は多いです)を解決するために、各候補がどんなプランを提示してみせるか、それをじっくり見極めさえすればよいのです。

フォルタン気圧計(補遺)2017年09月27日 06時51分37秒

昨日の気圧計が我が家に来てから、もう5年になります。
このちょっとした出来事にも、それに先立つエピソードがあります。

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2012年初夏。私は案内してくれる人を得て、滋賀県の豊郷(とよさと)町にある、豊郷小学校旧校舎の見学に出かけました。ここは建築家ヴォーリズの手になる名建築として知られます。

そのときご案内いただいたY氏の尽力によって、旧校舎の理科室は、その後見事に整備されましたが、当時はまだ整備前で、相当雑然とした状況でした。それが私の心をいっそう捉えたのですが、しかし「整備にかかる前に、あまり舞台裏を出すのはちょっと…」という関係者の声に配慮し、その際の探訪記はいったんブログで公開した後、じきお蔵入りとなったのです。

その訪問の際に、私の目にパッと飛び込んできたのが、このフォルタン気圧計でした。


理科準備室の隅に横たわる、いかにも古色蒼然とした器械(写真は5年前)。


ラベルに書かれた「フオルチン水銀気圧計」の筆文字も、相当インパクトがありました。

訪問を終えた私は、戦前の理科室にタイムスリップしたかような眼前の光景に、興奮の極にありましたから、古い気圧計に食指が動いたのも、単なる気象趣味にとどまらず、そうした「理科室趣味」に発する追い風も大いに作用していたのです。
イギリスから例の気圧計が届いたのは、豊郷小訪問の翌月だ…といえば、その風力がいかに大きかったか、ご想像いただけるでしょう。

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そんなわけで、この気圧計を見ると、いろいろな思いがむくむくと湧いてきます。
モノに念がこもるというのは、何も怪談の世界だけのことではありません。


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甦る昭和の理科室