ジョセフ・エルジー『夜ごとの星』2021年11月20日 09時06分08秒

先日の「小さな星座早見盤」の話題が、あまりにもあっけなかったので、罪滅ぼしではないですが、ちょっとそれらしいものを載せておきます。


■Joseph H. Elgie(著)
 The Stars Night by Night.
 C. Arthur Pearson Ltd. (London), 1914. 247p.


巻頭にいきなり広告が出てくる、雑誌めいた造りの本ですが(ちなみに裏表紙はココアの広告です)、そのタイトルページをめくると、


こんな星座早見が付録に付いています。


この円形星図の直径は11cm弱ですから、確かに「小さな星座早見盤」の仲間に入れてもいいでしょう。


肝心の本の中身は…と、書き継ごうと思ったんですが、私はまだ中身を読んだことがなくて、今の今まで「おまけに星座早見が付いた本」という以上の認識はありませんでした。まあ、よくある星座解説書の類だろうと思っていたわけです。

でも改めて目を通すと、これは作者による1年間の星日記という体裁をとった、星のエッセイ集であり、なかなか滋味に富んだ内容だと知って、改めて読んでみようかなという気になりました。

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作者のジョセフ・エルジーは、王立天文学会(RAS)と英国天文学協会(BAA)の会員で、天文と気象に関する一般向けの本を何冊か出している人のようですが、詳細な伝は不明。

なお、この『The Stars Night by Night』は、先にエルジーが私家版で出した『The Night Skies of a Year』(1910)の廉価普及版であり、再版に際して新たに星座早見盤を加えたことが序文に記されていました。

フラマリオンの巨大表紙絵2021年10月12日 05時49分13秒

今日は掛図のようで、掛図でない品。

(巻き癖が強くて、うまく写真に撮れませんでした)

見ての通り、“フランスの野尻抱影”、カミーユ・フラマリオン(Nicolas Camille Flammarion、1842-1925)が著した大ベストセラー、『アストロノミー・ポピュレール』(初版1879年)の表紙デザインを拡大したものです。

もちろん用途は掛図ではなくて、同書の宣伝用ポスターです。
サイズは145×98cmと、今の感覚からすると相当大きいですが、当時のポスターとしては標準の範囲内。


印刷はリトグラフ。あちこちに細かいかすれや色版のズレがあって、この場合それが「味」なのでしょう。保存目的のため、背後からキャンバス地による裏打ち補修がされています。


印刷所はミュシャのポスターも手掛けた、パリのシャンペノワ社(1874-1915)。


隅に「 Camard et Associés 」という小さなシールが貼られています。ここは21世紀のパリに短期間存在したマイナーなオークションハウスらしく、このポスターも以前そこの売り立てに登場したもののようです。

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宣伝メディアとして、ポスターの重要性が格段に大きい時代でしたから、ロートレックやミュシャのように、今に残る傑作ポスターの数々も生まれたのでしょうが、このフラマリオンの広告は、本の表紙を大きくしただけで、特段ひねりもないので、独創性という観点からは、あまり良い点数を付けられないでしょう。(それとも当時の本の広告というのは、みんなこんなものだったんでしょうか?)

でも、こういうポスターがパリの街のそこここに貼られ、人々の天文熱をあおり、フラマリオンが時代の寵児となった世相を想像すると、それだけで胸が熱くなりますし、天文趣味史的には大層興味深い品だと思います。

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『アストロノミー・ポピュレール』はベストセラーだっただけに、今でもたくさん古書が流通しており、さらには1980年に出た復刻版というのもあって(その後も刷りを重ねています)、この表紙絵を目にする機会は多いです。

(フランスのアマゾンを見たら、今も2002年に出た復刻版が売られていました)

その一方で、以前の持ち主が好みの装丁を施した本も多く、これは出版当初からハードカバーの版元装丁本と、未装丁の仮綴じ本(要はペーパーバックです)が並行して売られていたのだと推測します。

そして版元装丁にも、表紙絵の夜空の色の違いに応じて「黒版」と「青版」の2種類があって、装丁の種類もたいていは布装ですが、上製の革装を目にしたこともあります。こういうバリエーションの豊富さは、間違いなくフランスの書籍文化の豊かさを物語るものでしょう。

(手元の1冊は、1880年に出た版元布装の黒版です。透明カバーをかけたまま撮影)

上で「ひねりがない」と書きましたが、こういうポスターが存在すること自体、版元もこのデザインにはかなり自信を持っていて、ぜひこのデザインで手に取って欲しいと願ったのかな…と、そんなことも思いました。

「天球の回転について」を原文で読了2021年09月02日 09時55分35秒

ラテン語はとにかく単語の活用と変化が大変なんだと聞かされていました。

たとえば動詞だったら、主語の人称と数、時制、能動か受動か…等々に応じて、すべて活用形が違うと聞くと、相当クレージーな言語に思えます。入門書には、「そうは言っても、そこにはある程度規則性があるので、慣れれば大丈夫」みたいな慰めが書いてありますが、これはまさに慰めにすぎず、そもそも本当に「慣れる」ことがあるのかどうかすら怪しい気がします。中には、「ラテン語を何十年もやってきた私にも、まだ分からないことがある。だから、初心者の皆さんに分からないことがあっても当然で、安心してください」みたいな、ぜんぜん安心できないことが書いてあったりもします。

名詞もまた同じで、こちらには格変化というのが伴います。
英語だと I、my、me…のように、人称代名詞に化石的に残っているだけの格変化が、ラテン語だとすべての名詞に生じ、その変化のパターンも多様で、まずは第1変化、次に第2変化、第3変化というのがあって、辞書の後ろの活用表を見ると、さらに第4変化、第5変化というのまで載っています。

その第3変化までこぎつけたところで、早くも「これはたまらん」と音を上げかけていました。

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しかし―です。

そんな折にネット記事を読んでいて、例のコペルニクスの『De Revolutionibus Orbium Coelestium』という書名が、ふと目にとまりました。そして、その意味を考えたとき、突如さとったのです。ここに出てくるのは、すべて第3変化名詞であり、Revolutionibus は複数与格(~に、の形)、Orbium と Coelestium は複数属格(~の、の形)であり、冒頭の前置詞 De(~について)と合わせて、全体は「諸天の諸球の諸回転について」の意味だと。意味をおさえて訳せば、まさに『天球回転論』ですね。


まあ、revolution も orb も celestial も英語に入っていますから、字面からその意味は何となく想像がつくのですが、その文法上の建て付けが分かって、はじめて対象がシャープな像を結んだ気がします。

「これはたまらん」と、ふうふう言いながらも、やればやっただけのことはあります。
これぞコペルニクス的転回…とまでは言いませんが、私にとっては確かにひとつの成功体験であり、アッハ体験でした。これを励みにもう少し頑張ってみます。

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というわけで、私は「De Revolutionibus Orbium Coelestium」を、原文で読了したと胸を張って言えるわけです。(そうでしょう?ちがいますか?)

コペルニクスの肉声を求めて2021年08月21日 09時36分13秒

新型コロナというのは、最初の頃は「ああ怖いねえ」と言いながら、テレビのニュースで見るものだったと思います。少なくとも私はそうでした。でも、その後「リング」の貞子みたいに、コロナはテレビの「向こう」から「こちら側」に這い出してきて、日々のささやかな営みも、不穏な存在によって絶えず脅かされています。

とはいえ、不安と恐怖に圧倒されるばかりでなく、一方で日常をしっかり守ることも大事ですから、記事を続けます。

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語学の勉強を細々と続けています。
前々回の記事の画像には、コペルニクスの『天球の回転について』が写っていますが、もちろんコペルニクスを原書で読もうとたくらんでいるわけではありません。でも章題とか目次とか、部分的にでも読めたら嬉しいし、ドイツ語の本だったら児童書ぐらいは読めたらいいなと思っています。

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コペルニクスの『天球の回転について』は大部な本で、全6巻から成ります(…といっても本の体裁が全6冊というわけではなくて、現代風にいえば、これは「第1部~第6部」に相当し、本としては全体が1冊の本です)。

(1927年に仏のHermann社が出した『天球の回転について』1543年初版の複製本)

その原典を全訳したのが、高橋健一氏による『完訳・天球回転論』(みすず書房、2017)で、これは非常な労作と拝察しますが、残念ながら現在品切れで、古書価も相当なことになっていますから、私の手元にはありません。


私の手元にあるのは、同氏がそれ以前に出された『コペルニクス・天球回転論』(同、1993)です。これは全6巻のうちの総説的な第1巻を訳出し、解説を付したものです。まあ白状すれば、私はこの抄録版すらちっとも目を通していないのですが、その「まえがき」には大いに心を打たれました。

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そこにはこうあります(太字による強調は引用者)。

 コペルニクス研究に取り組み始めてから、かれこれ10年近くになる。本格的に取り組むようになったのは、九州大学教養部のゼミナールで『天球回転論』を読んだときからであった。学生はたった一人しかいなかった。この個人授業で、学生は日本語訳と英訳とを読み、私はラテン語原典に目を走らせていた。学生の熱心さがこちらにも乗り移り、時間を延長してゼミをするのが通例となった。こうしてテクストを精読するうちに、新しい日本語訳の必要性を痛感するようになった。

読んだ瞬間、うらやましい!と思いました。
何と濃密な時間がそこにはあったことでしょう。こういうことが最近の大学でもありうるのかは不明ですが、話に聞くオックスフォードやケンブリッジの「チューター制」を思わせる光景です。こういうのはコストカッターの手にかかると、真っ先に屠られてしまいますが、こういう環境からしか生まれない知的営為というのも確かにあるでしょう。現に高橋氏の訳業がこうしてあるわけで、またその薫陶を受けた有為な学生とは、現在早稲田で科学史を講じておられる加藤茂生氏です。

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にわかに表現しにくいですが、「こういう世界」に私は憧れます。
ひとりひとりの人間は、根無し草のように世界に漂っているのではなく、時代と国を超えて多くの人と結びついている…というのは、ある意味当然のことですが、そのことを本やモノを通じて実感したいというのが、これまで倦まず綴ってきたことです。

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コペルニクスの肉声が、かすかにでも聞き取れたら…と思いながら、今日もテキストを開きます。

望遠鏡と顕微鏡2021年03月04日 22時32分14秒

昨日の記事には、下の写真を添えると良かったかなと、後から思いました。


R.A. Proctorの『Half Hours with the Telescope』(1902)と、Edwin Lankesterの『Half Hours with the Microscope』(1898)。日本の新書版とほぼ同じサイズの、ごく小ぶりの本です。もちろん専門書ではないし、特にマニア向けの本でもありません。タイトルから分かるとおり、ひと時とは言わず、せめて半時を趣味に充てて楽しもうじゃないかと、一般の読者に呼びかけている本です。

このブックデザインは、当時、望遠鏡趣味と顕微鏡趣味を「好一対」のものと感じる人が、少なからずいたことを物語るようです。博物学が依然として隆盛だった頃ですから、せめてどちらか一方に通じていることが、紳士・淑女のたしなみだ…ぐらいの雰囲気だったかもしれません。

しかし、同じレンズを覗き込むのでも、両者の違いは歴然としていました。


望遠鏡の向こうに広がるのは、どこまでも深い闇と、かそけき光の粒と雲です。
いっぽう顕微鏡の視野を満たすのは、複雑な形象と鮮やかな色彩。

それぞれが世界の秘密を分有するビジョンとして、そこに優劣はないのでしょうが、やっぱり天文趣味は、地味は地味ですね(少なくとも眼視の場合はそうでしょう)。視力よりも想像力が求められる趣味だ…と呼ばれるゆえんです。

甘く苦い星図2021年02月07日 11時54分07秒

昨日の『Sonne, Mond und Sterne』と似た、横長の判型の本が本棚に並んでいます。
こちらももっと早くに登場させるべきでしたが、その機会がありませんでした。満を持しての登場になります。


■Kakao-Compagnie Theodor Reichardt(編)
 『Monats-Sternkarten(毎月の星図)』
 刊年なし(1900年頃)
 星図12枚+付属解説書14p.

ドイツのハンブルクにあった、テオドール・ライハルト・ココア社(1892年創業)というチョコレートメーカーが出版した、異色の星図集です。


布製のポートフォリオを開くと、


中に、月ごとの星図カードが12枚入っています(カードサイズは19×27cm)。


ひとつ上の写真も、この写真もそうですが、星図は全部同じデザインのように見えて、よく見ると文字と地平環の色が薄青磁色だったり、灰茶色だったり、月々で微妙に違っていて、そこに渋い美しさがあります。


1月の空拡大。一見して分かる通り、星図は星座早見盤を模した形式で、ヨーロッパ中部付近の緯度に対応しています。そこに表現されているのは、各月の半ば、夜10時ころの空です。


カードの裏面には、その月の星座と見どころの解説が載っています。

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ところで、なぜチョコレート会社が星図を売っていたのか?
容易に予想されるように、これも販促グッズの一種で、要はシガレットカードや紅茶カードの大型版です。ただし、煙草や紅茶の場合は、商品そのものにカードを同梱していたのに対し、こちらは客寄せとして、店頭でカードをバラ売りしていた点が違います。

そして全部カードを集めると、おまけとして、このポートフォリオと解説書の購入特典が得られる仕組みだったのかな…と想像します。そうすれば、子供にせがまれたお父さん・お母さんが、毎月必ず店を訪れたでしょうし(毎月店頭に並ぶカードが変わるわけです)、店に来れば来たで、カードだけ買って済ますこともできなかったでしょうから、これはなかなか上手い商売です。

「こんな手間暇をかけずに、最初から星座早見盤を売り出した方が早いのに…」と、最初見たときは思いましたが、上のような事情を考えれば、そうしなかった理由は明らかです。渋く美しい星図の背後には、客を呼び込む巧みな商策がひそんでおり、その意味では、甘い中にも一寸苦いものがまじります。

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(解説書表紙)

(同裏表紙)

付属の解説書は天文の基礎知識を説く、いわば「総説編」。
そのブックデザインも、ユーゲントシュティールっぽい洒落たデザインです。


裏表紙の内側には夜空を飛ぶ複葉機が描かれています。
その特徴的なシルエットは、ライトフライヤー号に間違いなく、アメリカ生まれの同機が空のヒーローだったのは、1903年からわずか2~3年のことでしたから、この星図カードが生まれたのも、きっとその頃なのでしょう。


解説書にはさまっていた切り抜き。水星から海王星までの惑星データ表です(1930年発見の冥王星は当然まだ載っていません)。どうといことのない紙片ですが、この星図の以前の持ち主が熱心な星好きだったことを示すようで、昔の人と心が通うような気がするのは、こんな瞬間です。

Sonne Mond und Sterne … 8年目のありがとう2021年02月06日 14時39分06秒

こういう見る人の少ないブログでも、長く続けることには少なからず意味があります。
長く続ければそれ自体が歴史となり、そしていったん歴史となれば、そこに不思議な偶然や嬉しい偶然が折々生じて、私の生活(大げさに言えば人生)を彩ってくれるからです。

先日、時計モチーフの蔵書票の話題の中で、関連する過去記事を見返していました。
それは関根寿雄氏の版画集『星宿海』を採り上げた記事ですが、思えば今からもう8年も前になるのですね(LINK)。

その記事へのコメント欄の中で、ハンドルネーム ao さんから頂いたコメントを再読し、「そうだ!この本に言及するのを忘れていた!」と思い出した本があります。それは星空を抒情的に描いた作品として、決して落とすことのできない絵本で、aoさんに教えていただき、当時さっそく入手したのでした。


■Lore von Recklinghausen(著)
 『Sonne, Mond und Sterne(太陽・月・星)』
 Volksverband der Bücherfreunde Wegweiser Verlag (Berlin), 1925.
 32p.

(タイトルページ)

著者のローレ・フォン・レックリングハウゼンは伝未詳ですが、この1925年の『太陽・月・星』をはじめ、1930年代~40年代初めにかけて、数冊の児童書を著わした女性。
ご覧のように横長の判型で、左側に文章、右側に挿絵が来る体裁で全体が統一されています。

(北極星の話に耳を傾けるグレーテ)

ストーリーはごく単純です。
ある晩、グレーテという少女が、お母さん(お母さんもグレーテという同じ名前)から星々の物語を聞かされて興味津々、もっともっととせがむのですが、「お母さんだって何でも知ってるわけじゃないのよ」と、軽くいなされてしまいます。その夜、彼女は不思議な星の車に乗って天界を訪問し、太陽や月、惑星や星座たちの物語をたっぷり聞かされて、途中で道に迷いながらも、最後は無事我が家に戻り…ラストはお約束の夢オチです。


この本で特筆すべきは、何といってもその美しい挿絵。
この本の発行は1925年ですから、アール・ヌーヴォー(ドイツ風にいえばユーゲントシュティール)の時代からは、いささか外れますが、その余流を思わせる流麗で繊細な絵柄は心憎いばかりです。そしてもう一つの特長は、挿絵がすべて石版だという点。絵柄ばかりでなく、その刷り上りも実に美しいです。




この美しい本は、特に稀本ではありません。今でも普通に古書マーケットに流通しており、値段もそう張らないので、星好きの人はぜひお手元に置かれてはどうでしょうか。

素敵な出会いをいただいたaoさんに、改めて8年目のありがとうを捧げます。

時計の版画集(後編)2021年02月01日 06時58分34秒

堀田良平氏の『自鳴鐘書票廿四時』の内容を見てみます。
ちなみに書名の「自鳴鐘」とは、昔のボンボン時計のように、報時機能の付いた時計のことですが、いかにも語感が古めかしいですね。何でも、戦国時代には南蛮より渡来していたそうですから、まあ古いのも道理です。


時計がきざむ時刻の数にちなんで、ここに集められたのは22作家、24枚の蔵書票です。


巻頭の一枚。京都の徳力富吉郎(1902-2000)による板目木版画。
以下に登場する蔵書票は大小さまざまですが、それらが1枚ずつ和紙に貼付されています。この徳力氏の作品は大きい方で、紙片全体のサイズは13.5×8cmあります。


関根寿雄作の板目木版画。
アーミラリースフィア型の日時計を描いた作品。関根氏については、以前『星宿海』という星座の版画集を紹介したことがありますが(LINK)、天文モチーフに関して一家言ありそうな方です。


栗田政裕作、木口木版画。
栗田氏は、黒々とした木口木版によって、夜の世界や宇宙をテーマにした作品を多く手掛けている方らしく、この作品も星空を背景に、幻想的な時計が造形されています。


清水敦作、銅版画。
壁面日時計を描いた優しい雰囲気の作品。鶏はもちろん「時を告げる者」の寓意でしょう。隅にエディションナンバーが「4/100」と入っていて、この蔵書票は100枚刷られたようです。この『自鳴鐘書票廿四時』は、全部で15部刊行されただけなので、残りの85枚が本来の蔵書票用という計算です(たぶん)。


神崎温順(かみさきすなお)作、染色作品。
これは染物を応用した「型絵染」で、型紙と顔料で和紙を染めて作るので、版木を使った版画とは工程が異なります。

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時計の話題は、何よりも太陽と地球の動きとの関連で取り上げているわけですが、そればかりでなく、時計はそれ自体興味深いものです。

人間の作った品で、最も複雑なものが機械式時計…という時代が長かったので、時計は見る者の空想をいろいろ誘いました。金属ケースの中で、絶えず部品がカチカチ、クルクル動いているのを見ると、いろいろな事物――たとえば人体――をそこに重ねて見たくなるし、さらに「この世界には、人間には窺い知れないけれども、確かに見えざる機構があるはずだ」という観念を誘発し、時計は宇宙の比喩にも使われました。

果たして“究極のウォッチメーカー”である<神>はいるのか、いないのか。
まあ、いないのかもしれませんが、作り手なしに、これほど複雑な「時計」が自ずと出来上がったとしたら、それはそれで驚くべきことです。

時計の版画集(前編)2021年01月31日 07時31分53秒

そういえば時計の話をするつもりでした。

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堀田良平(1913-1989)という人名について聞かれたことはあるでしょうか。
名古屋で創業し、後に東京銀座に移った堀田時計店(現・ホッタ)の4代目で、時計に関する文献蒐集家として知られた人です。

以前も書きましたが、国会図書館のサイトには「日本の暦」という特設ページがあって、その中に同館が所蔵する暦関係資料の概略が説明されています。

国立国会図書館の暦コレクション

そこに名前が挙がっているのは、天文学者・新城新蔵(しんじょうしんぞう、1873-1938)の「新城文庫」、占術家・尾島碩宥(おじませきゆう、1876―1948)の「尾島碩宥旧蔵古暦」、近世天文学・暦学研究者の渡辺敏夫(1905-1998)氏の「渡辺敏夫コレクション」、そして堀田氏の「堀田両平コレクション」です(良平が本名で、両平は筆名)。

この顔触れからも、天文学、暦学、時計製作術の近しい関係がうかがえるのですが、その一角を占めるのが堀田氏のコレクションです。以下、上記ページから引用させていただきます。

 「堀田両平は、明治12年(1879)に名古屋下長者町で創業された堀田時計店(現株式会社ホッタ)の4代目。堀田の蔵書は『とけいとこよみの錦絵目録』(堀田両平 昭和46)に収録されているが、当館にはその後の収集と併せて約6,000種が寄贈された。そのうちの3分の1は洋書で、世界で50部出版されたと云うモルガンの『時計の目録』の豪華本など入手困難な稀覯書が少なくない。

 古暦類は伊勢暦をはじめとし、彩々な広告暦、時と時計を象どる錦絵の可能な限りが収集されて、その質と量は抜きんでている。また、時計史・宝石関係の業界出版物なども含まれており、時計への執心は、単なる趣味の域を脱し事業に対する旺盛な研究心の表われとして資料的にも見事な構成を保っている。

 再び収集することが恐らく不可能と思われる資料を寄贈へと踏み切ったことは、堀田の彗眼と度量によるものであろう。」 (「寄贈二話」国立国会図書館月報319号〈1987.10〉より)

…というわけで、時間とコストを惜しまず築き上げた、堂々たるコレクションです。

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例によって知ったかぶりして書いていますが、私が堀田氏のことを知ったのは、わりと最近のことで、きっかけは氏の美しい蔵書票集を手にしたことでした。


(上:帙(外カバー)、下:帙にくるまれた和本仕立ての本)

■今村秀太郎・河野英一(編)
 『自鳴鐘書票廿四時』
 平成2年(1990)、私家版

堀田氏は自らの蔵書を飾る「蔵書票」にも凝っていたようで、著名な版画家にたびたび制作を依頼しました。それらを集めて、氏は生前に2冊の書票集を編み、さらに第3の書票集を企図したものの、実現を見ずに亡くなられました。そこで知友が遺志を継ぎ、氏の一周忌を前に、残された蔵書票を集めて刊行したのが本書です。

私は本好きではあっても、いわゆる愛書趣味は薄いので、蔵書票とも縁がありませんが、これは時計をテーマにした愛らしい小版画集として眺めることができますから、その意味で嬉しい出会いでした。

(この項続く)

ベネチアの青い空と星座神話2021年01月23日 14時01分54秒

前回の記事の枕に、ベネチアのサンマルコ広場の天文時計の写真を載せました。
時計を含む塔楼は、1490年代に建てられた美しいルネサンス建築です。

(再掲)

あれには多少の意図があって、本棚の隅で寝ている天文時計にも、ついでに言及しようと思ったのでした。


どうです、なかなかきれいなものでしょう。


この文字盤は3層の円盤から成っていて、太陽と月はそれぞれ独立に回転するので、ベネチアの本家さながらの、立派な仕上がりです(もちろん自動で動くわけではありません。パーツが可動というだけです)。

そもそもこれは何か? 別にベネチア土産ではなくて、本の一部です。


本の外箱というか、表紙というか、そこに丸窓がくりぬかれていて、そこからこの天文時計の細工物が顔をのぞかせているのでした。外箱は、縦44cm、幅33.5cmの大きさがあって、さらに厚さが10cmを超えるという、相当かさばる本です。

ただ、上で「本」と言いましたが、これは通常の意味で本の形をしていません。



外蓋を開け、さらに天文時計の付いた中蓋を開けると、箱の中にはマット装された彩色写本の複製が12枚バラの状態で入っているという、セット物の画集です(マットサイズは40×29.5cm)。

■Herrscher des Himmels: Die zwölf Tierkreiszeichen und ihre Mythen.
 『天の統治者―黄道十二宮とその神話』
 Coron Verlag (Zurich)、2005



読んで字のごとく、十二星座を描いた古写本の複製零葉を集めたもので、有名な「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」から採った1枚をはじめ、主に15~16世紀の写本を中心に、大小さまざまな絵柄を目で楽しむセットです。外箱の天文時計は、十二星座に歴史ロマンを重ねて見る、そんな現代の読者に向けた、ブックデザイナーのサービス精神に満ちた贈り物なのでしょう。


各種ファクシミリ版の刊行は、現在もコンスタントに続いており、デジタル時代になっても(デジタル時代だからこそ?)、美麗な頁をパラパラ手でめくりたいという願望は、なかなか根強いものがあるようです。


【参考】 以下、全図版一覧です。

1) AQUARIUS - Stammheimer Missale, Hildesheim, 1160-1180頃
  Los Angels, The J. Paul Gety Museum, Ms. 64, fol. 4r 
2) PISCES - Stundenbuch des Herzogs von York, Rouen, 1430/40頃
   Rome, Biblioteca Vaticana, Cod. Vat. Lat. 14935, fol. 2v/3r
3) ARIES - Breviarium Mayer van den Bergh, 1510頃
  Antwerpen, Museum Mayer van den Bergh, inv. 946, fol. 2v
4) TAURUS - Stundenbuch der Isabel la Católica, 1450-1460
  Madrid, Real Biblioteca del Palacio Real, s.n., fol. 4r
5) GEMINI - Grandes Heures d´Anne des Bretagne Paris, 1503-1508
 Paris, Bibliothéque nationale de France, Ms. Lat. 9474, fol. 8r
6) CANCER - Flämischer Kalender, Brügge, 1525頃
  München, Bayerische Staatsbibliothek, Clm 23 638, fol. 7v/8r
7) LEO - Französisches Stundenbuch, 1500頃
  London, British Library, Add. Ms. 11866, fol. 6v/7r
8) VIRGO - the Bedforn Hours, 1420頃
  London, British Library, Add. Ms. 18850, fol. 8r
9) LIBRA - Grandes Heures du Duc de Rohan Paris, 1430-1435頃
  Paris, Bibliothéque nationale de France, Ms. Lat. 9471, fol. 13r
10) SCORPIUS - Les Très riches Heures du Duc de Berry Paris, 1413頃
  Chantilly, Musée Condé, Ms. 65, fol. 10v
11) SAGITTARIUS - Les Petites Heures du Duc de Berry Paris, 1372 - 1390
  Paris, Bibliothéque nationale de France, Ms. Lat. 18014, fol. 6r
12) CAPRICORNUS - Stundenbuch Niederlande/Brügge(?), 1500頃
  München, Bayerische Staatsbibliothek, Clm 28345, fol. 13r