ヴィクトリアン・サイエンスの夢2017年09月05日 07時23分18秒

知られざる理系アンティークショップは、まだまだ世界に多いな…と、下の写真を見て思いました。画像検索していて、偶然行き会った写真です。


有名どころの理系アンティーク・ショップは、それぞれ商品構成に特徴がありますが、こんなふうに、古風な電気実験機器をメインにした店は珍しいです。

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…というような想像が、私の脳内を一瞬駆け抜けましたが、その画像元を見に行ったら、これはショップではなくて、博物館のスナップ写真でした。その名も『ヴィクトリアン・サイエンス博物館』

Museum of Victorian Science(公式サイト)

こんな素敵な博物館の存在を今まで知らずにいたのは、私の無知のせいもありますが、そればかりではなく、この場所自体、かなりマイナーな珍スポットに属するという事情もあります。

グーグルマップでその場所を訪ねると、イングランド北部、リーズ北東70kmの草深い地に…



こんな看板がぽつんと出ているだけの施設です。
しかも、公式サイトを見ると、「見学は要予約。できれば数日前に予約されたし。16歳未満は入館禁止〔別の箇所には18歳未満禁止とも〕。質問は電話でのみ受け付けます。」と、相当な偏屈ぶりを匂わせています。

とは言え、トリップアドバイザーの該当ページを見ると、「旅行者の評価」は「とても良い」が45人で、「良い、普通、悪い、とても悪い」は0人。つまり、全員が「とても良い」を付けています。たいていの観光スポットは、「とても良い」「良い」「普通」にばらけるのがふつうですから、これは例外的な好評ぶりと言って良いでしょう。

口コミの冒頭にある、イギリス・インバネスから訪問した某氏のコメント(トリップアドバイザーによる機械翻訳をそのまま転載)。

「ビクトリアの科学博物館を見学します」
「では博物館は信じられないを訪れになりました。ありがとう!" 私たちはマルコーニでは、スライド、大砲は気に入りました!! ほぼ 2 つの砲弾獲れた! ウィムズハーストマシン素晴らしかったですthe 、私たちのお気に入りは、フランケンシュタインフィナーレでした!は、紅茶、ビスケットに感謝します。もよかったです。 私達は、本当に私たちはまた来ることができますここは私たちが今までに行ったことが今まで最高の博物館だったのでいつか行きたいです!もあり、科学に興味をお持ちでない場合は、この場所ととても魅力的であるがとても気に入りました。もします。 科学博物館の裏手にある歴史的背景もありとても気に入りました。 本当にありがとうございましたまた泊まりたいです!!!!!」

不思議な日本語はさておき、そのびっくりマークの多さに、某氏の感動と興奮がダイレクトに感じられます。

全体として、館長の個性が前面に出た、いかにもアクの強い個人博物館…といった趣です。そこにこそ、得も言われぬ面白さがあり、衝撃があるのでしょう。


さあ、あなたも“現代のフランケンシュタイン博士”、素敵な館長トニーの案内で、夢多きヴィクトリアン・サイエンスの世界へ!!!!!!

天と地にアークトゥルスが輝く夜2017年05月23日 06時43分33秒

春は北斗の季節。

北斗の柄杓の柄が描くゆるいカーブを、そのままぐっと延長すると、ちょうど北斗と同じぐらいの間を置いて、うしかい座のアークトゥルスに到達し、さらにその先にはおとめ座のスピカが明るく輝いています。この空を横切る雄大なカーブが、いわゆる「春の大曲線」

アークトゥルスは、日本では「麦星(むぎぼし)」の名でも知られます。
これは野尻抱影が、一時熱心に取り組んだ星の和名採集の成果で、当の抱影も、知人に教えてもらうまで、「麦星」のことはまるで知らずにいましたが、彼はこの名を耳にするや、いたく感動したようです。

 「わたしはこれを季節感の濃やかないい名だと思った。麦生の岡に夕ひばりが鳴き、農夫が家路につくころ、東北の中空で華やかな金じきに輝き出るこの星を表わして、遺憾がないし、麦の赤らんだ色にも通じていると思った。」 (野尻抱影、『日本の星』、中公文庫p.51)

たしかに、農事の土の匂いとともに、可憐な美しさをたたえた良い名前で、スピカの「真珠星」とともに、これぞ抱影のGJ(グッジョブ)。

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ところで、「アークトゥルス」の名を負ったモノで、土の匂いとはおよそ対照的な、硬質なカッコよさを感じさせる逸品があります。

それがアメリカで、1920年代後半~40年代初頭まで操業していた真空管メーカー「アークトゥルス」と、その製品群です。(ただし、真空管ファンは「アークチューラス」の呼び名を好むようなので、真空管を指すときは、ここでも「アークチューラス」と呼ぶことにします。)


単に真空管というだけでも十分カッコいいのに、この天文ドームと星々のイメージデザインは、何だかカッコよすぎる気がします。


しかも、上のアークチューラスは「ふつうの真空管」ですが、同社が真空管ファンの間で有名なのは、青いガラスを使った「ブルーバルブ」(バルブとは真空管のこと)の製造を手がけていたことです。

こうなるとカッコよすぎる上にもカッコよすぎる話で、いい歳をした大人が「カッコイイ」を連発するのは、あまりカッコよくないと思いますが、そんな反省をする暇もないほどです。

もちろん手元にはブルーバルブもしっかりホールドしていますが、それはまた別の機会に登場させます。

錬金術師の入れ子2016年12月17日 21時40分19秒



机の上に置かれた、小さな真鍮のバケツ。大きさは普通のぐい呑みほど。


ふたを開けると、中に同心円状のものが見えます。


中身を取り出して並べると、何だか錬金術師の実験道具のような風情です。

この可愛い金属カップの入れ子、最初は体積を測る計量カップかな?と思いました。でも、よくよく話を聞いてみると、同じ測るのでも、こちらを重さを測るためのもの――すなわちカップ型の分銅なのだそうです(手元のキッチンスケールで測ったら、いちばん小さいのが15グラム、いちばん大きいのが50グラムちょうどでした)。

重さを測る品なら、たしかに錬金術師が使っても不思議ではありません。


そこに薬匙を添えると、いっそうそれっぽい感じです。


でも、再びカップを重ねて、


パカッと蓋を閉めれば、妖しい錬金術師の影はたちまち消え失せ、バケツは何事もなかったように沈黙し…

1878年、パリでのある試み2016年06月26日 10時17分17秒

無線通信技術の歴史は、1872年、アメリカのマーロン・ルーミス(1826-1886)が、無線通信に関する特許を取得したことに始まります。その後、エジソンやマルコーニらの技術開発競争があって、無線通信は急速に実用化されていきました。

ちょうど同じ頃、1877年に、イタリアのスキャパレリが火星の「運河」を報告し、高度な文明を持った「火星人」の存在が、急速に実証科学の研究対象として俎上に乗ることになりました(火星人の存在そのものは、それ以前から多くの人の好奇と思弁の対象となっていましたが、それが改めて「観測」の対象となったわけです)。

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こうした科学と技術の大変革期に開催された、1878年のパリ万博では、数々の奇想科学の成果が花開きました。

フランスのオーギュスタン・ムショー(Augustin Mouchot、1825-1911)による、火星人――あるいはさらに遠くの異星人――と、電波を使って会話するという試みは、その最大のものといってよく、ムショーの天才が生み出した銀色のパラボラアンテナは、夕闇迫るパリの公園から天空を睨み、火星人や金星人との対話という、前代未聞のデモンストレーションを繰り広げて、人々を大いに驚かせたのです。

(A. Mouchot, La Chaleur Solaire et ses Application Industrielles. Gauthier-Villars (Paris), 1879. 挿図より)

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…というのは、まったくのウソです。

19世紀のパリに、本当にパラボラアンテナが登場していたら、オーパーツ的で面白いのですが、もちろんそんなはずはありません。上の品の正体は「太陽光集熱器」です。

先日、antique Salonさんを訪ねたとき、オーナーの市さんが「そういえば、こんなのを送ってきましたよ」と言って、フランスの某古書店のカタログを貸してくださり、パラパラ見ていたら、上の図が目に留まり、瞬時に上のような空想が浮かんだので、出来心でウソをつきました。すみません。

ときに、私はぜんぜん知らなかったのですが、ムショーは太陽エネルギーの利用史では有名な人だそうで、「Augustin Mouchot」で検索すると、上の図も含め、その発明品の数々が、ずらずら出てきます。

まあ、通信はウソにしても、天体から放出された電磁波を受け止めて、それを人間の役に立てた…という意味で、ムショーが偉大な先人であったことはウソではありません。

浮沈子の虚実2016年06月01日 20時06分34秒

タルホ界から帰り、ちょっと一服していました。
その間に暦は6月に替わり、名実ともに夏の始まりです。

涼を求めて、ガラス棚を覗き込むと…


そこに「何か」がいます。


む、これは…


上は以前登場した、島津製作所のカタログに掲載された「浮沈子」。
ガラス製の道化やタコや気球が、水入り容器の中で浮いたり沈んだりするのを観察して、圧力の勉強をするという理科教材です。
 
先日、この愛すべき理科室の住人を手にしました。
それが即ち上の「何か」です。

(身長は約63mm)

「え、全然違うじゃん」と思われるでしょう。
私も見た瞬間そう思いました。

(足元は、青ガラスを融着した「とんがり靴」を履いています)

でも、これはどこかの小学校の理科室放出品に混じって出品されており、出元が一緒であることはほぼ確実です。…となると、旧蔵校は正規の教材業者を通して購入したはずで、島津のカタログに載っていたのも、実際にはこんな妙チキリンなものだったんじゃないかなあ…と想像します。

(変な顔)

羊頭狗肉といえば羊頭狗肉だし、何だかカタログの隣にいるタコとあまり変わらない気もしますが、手吹きで一個ずつ作るなら、この程度の完成度でもやむなしです。

それでも、こんなガラスの人形をプカプカ浮き沈みさせたら、ちょっとは涼も感じられるでしょう(最近では大きなペットボトルで簡単に実験できるようです。)

原子を感じた日2016年04月11日 21時00分49秒

今、私が坐っている机の左手には幅広の本棚があります。

それぞれの棚には、本以外のものもゴチャゴチャ置かれていて、この前の薬匙以来、それを順番に記事にしているわけですが、左の棚が終ったら右の棚、机の下、後ろの棚、物入れ、押入れ…というふうに順番に「棚卸し」をしたら、ずいぶん気分がスッキリするだろうと思います。

平成になって28年、世紀が替わってからでも16年。
この間に増えたモノは、相応の量になっていて、それはその時々の自分の興味関心を物語るものですから、いわばちょっとした「モノで綴る自分史」です(ずいぶんかさばる自分史ですね)。

ゴチャゴチャの棚は、ゴチャゴチャした頭と心の反映のようにも見え、記事にすることでその素性来歴を整理したら、少しは頭の中も風通しが良くなるのではないか…という期待があります。

本当は買った順に時系列で並べると、文字通り自分史っぽくなるのですが、もはやその辺は分からないことが多くて、「ずいぶん昔」とか、「数年前」とか、「わりと最近」ぐらいの区別がボンヤリつくぐらいです。

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今日のモノは「ずいぶん昔」に属します。絶対年代でいうと、平成の初めごろ。


これは何だといえば、ただの金属の球と立方体です。
素材は、銅、アルミ、鉛、ステンレス、真鍮。
銅・アルミ・鉛は言うまでもなく単一の金属であり、ステンレスは鉄にクロムを、そして真鍮は銅に亜鉛を混ぜた合金です。


これらは東急ハンズの「素材」コーナーに置かれていたもので、もともと何か決まった用途があるわけでもないのでしょう。

私も最初は、単なるオブジェのつもりで手にしたと思います。
でも、かわるがわる手に載せているうちに、ふと「同じ大きさなのに、ずいぶん重さが違うなあ」と思いました。そして「ああ、そうか」と思いました。別に空気が混ぜ込んであるわけでもなく、ギュッと詰まった金属なのに重さが違うのは、原子そのものの違いを手が感じ取っているのだと。

(鉛は自重で変形しています)

昔の科学者も、質量を有力な手掛かりに、物質の振る舞いの背後にある「世界の真実」を探求しましたが、このささいな経験によって、そのことが理屈抜きに直覚されたのでした。(もちろん原子量の話とかは、学校で教わったはずですが、それまであまり身になっていなかったのでしょう。)

こうした経験が下地になって、後に元素コレクションへの興味が派生するのですが、それはまた別のところで話題にします。



読めない本の話2016年04月08日 21時23分04秒

昨日の玩具の動きを決定しているもの、それは「磁力」と「重力」です。

我々の宇宙を支配する「4つの力」のうち、マクロな感覚世界で作用するのは、電磁気力重力のみで ― あとの2つは、ミクロな素粒子の世界で作用する「強い力」と「弱い力」 ―、それを巧みに視覚化したところに、例の品の深みと面白みはあるように思います。

といって、現代物理学の話は私には分からないのですが、もっと素朴なレベルで考えても、磁力という「見えない力」の正体は何か、直接接触せずに作用する力とは何なのか、その力はいったい何が媒介しているのか?…こういう難問に、古代以来、人類がどう立ち向かってきたかというのは、とてもスリリングな話題です。

後に、重力が「発見」されたことで、問題はさらに広がりと深まりを見せ、そこから現代物理学の扉は開かれた…とすら言えるかもしれません。

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いつか読みたいと思って、ずーっと手の届くところに置いているのに、未だにページを開いていない本があります。



■山本義隆(著)
 『磁力と重力の発見』(全3巻;1:古代・中世、2:ルネサンス、3:近代の始まり)
 2003、みすず書房


いつかは読みたいなあ…と思っていると、たぶん永久に読めないでしょう。
今は別の本を読んでいるので、それが終ったら…とも思うのですが、それだとちょっと危ないです。

読むためには、「思う」だけでなしに、何かアクションを起こすことが必要なので、とりあえず、すぐ通勤カバンに入れられるよう、第1巻にブックカバーを掛けました。(まあ、前途に暗雲なしとしませんが、まずはこれも前進です。)

ちょこなんとした匙2016年04月06日 21時46分55秒

春が来た…と言っているうちに、いつの間にか若葉の季節になりました。
もう初夏はすぐそこですね。

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いろいろあって、何となく記事を書きにくい状態が続いています。
こういときは無理をしてもしょうがないので、徒然なるままに手近なモノをランダムに取り上げます。

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黄銅製の薬匙(「やくさじ」または「やくし」)。
ずいぶん昔に、「THE STUDY ROOM」のどこかの店舗で買った記憶があります。


普通の薬匙はもっと平べったい形をしていますが、これは計量器を兼ねているので、料理用スプーンを小さくしたような、半球状をしています。

この3本セット、写真を撮る向きによって、


こうも見えるし、


こうも見えます。
まさに遠近法のイリュージョン。

…というようなことは、薬匙そのものとはまるで関係のない感想ですが、いずれにしても、この三兄弟のちょこなんとした愛らしさは捨てがたいです。
それに黄銅の色合いや、ハンダ付けの手作り感には、何となく錬金術時代の化学の匂いもあって、机辺に置くとそこに一寸秘密めいた感じが漂う気がします。

九谷を愛でる2016年03月22日 20時48分26秒

今日もマイナーな話題を続けます。

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先日、九谷焼の皿を買いました。
なぜ「天文古玩」に陶芸の話題が出るかといえば、それは通り一遍の皿ではなく、そこに濃厚な天文古玩的味わいを感じたからです。


直径約16センチの小ぶりの皿。
見込み中央に書かれた文字を見ると、昭和58年4月25日に焼かれたもののようです。


青、緑、黄、紫…いずれも九谷の基本色ですが、同じ焼成条件でも、釉薬の調合によって実に多彩な表情を見せてくれるものです。まさに釉薬のパレット。


各色の脇には、化学式や配合比の詳細なメモが焼付けてあり、陶芸家はこういう研究を日々続けているのかと、まざまざと知りました。
すぐれた陶芸家は、一面すぐれた研究者でもあるのですね。

素材の調合を変え、焼成を繰り返し、理想の発色を求める。
青色ダイオードの開発時もそうでしたし、新しいものを開発する過程では、多かれ少なかれ経験するプロセスでしょう。


でも、この皿はそうした理屈をぬきにしても、やっぱり美しいです。
白地に映える色のグラデーション。余白に書き込まれた筆跡。
総体として美しいと感じます。


「理科趣味陶芸」というジャンルが仮にあるとすれば、これこそ、その優品。
中島誠之助氏のお得意のセリフが耳元で聞こえてくるようです。

直交する光2016年02月13日 09時17分36秒

重力波の検出は、ものすごく微弱なものを、ものすごい精度で観測しないといけないので、そこに技術的困難があったと聞きました。(新聞報道によれば、「長さ4キロの検出器に対し、水素の原子核の1万分の1程度」の歪みだそうです。)

しかし、その原理に限れば、驚くほどシンプルです。
すなわち、直交するパイプの中を、同じ距離だけ光を往復させて、重ね合わせるというもの。

(朝日新聞2016年2月12日より)

2つの光が戻ってくるのに時間差がなく、正確に同期していれば、両方の波は互いに打ち消し合い(あるいは強め合い)、一様に暗くなる(あるいは明るくなる)のが観測されます。2本の光線の移動距離は同一ですから、本来そうなるはずです。

しかし、時空の歪みによって、2本のパイプの長さに異同が生じると、2つの波が同期しなくなり、複雑な干渉縞が観測されます。今回、重力波を検出したLIGO(ライゴ)では、それが光の明滅として捉えられました。

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この説明を聞いて、100年前にも同じような実験があったのを想起された方も少なくないでしょう。それは、元・理科少年(少女)にはおなじみの、「マイケルソン・モーリーの実験」です。


昨日に続き、こちらも大正時代の矢吹高尚堂製の絵葉書(実に高尚な店ですね)。



「相対性原理に基けるマイケルソンの実験装置」、2種。
この装置も、直交する経路を往復する光の干渉を利用したものです。

マイケルソンとモーリーの実験は、もともと空間を満たす「エーテル」の存在を確認しようとしたもので、相対性理論の検証を目的としたものではありませんでしたが、結果的にエーテル説に対する反証を提供し、アインシュタイン説の蓋然性を高めることに寄与しました。

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マイケルソンとモーリーの実験原理を応用した装置は、「マイケルソン干渉計」の名で知られ、重力波望遠鏡もその一種です。結局、アメリカのLIGOも、日本のKAGRA(カグラ)も、マイケルソンの装置の直系の子孫ということになります。


(LIGOの長大なパイプとコントロールルーム。いずれも英語版wikipediaより)

この百年で何が変わり、何が変わらないのか。
2つの装置を見比べると、いろいろな思いが湧いてきます。

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技術はこれからもどんどん進化を続けると思いますが、それを用いる人間の方は、こんな↓単純な刺激に対しても、容易に「歪みと干渉」を生じてしまう存在のままです。

(垂直水平錯視。直交する2本の線分の長さは同一)

そこに大きな困難があり、また妙味もあるのでしょう。