錬金術師の入れ子2016年12月17日 21時40分19秒



机の上に置かれた、小さな真鍮のバケツ。大きさは普通のぐい呑みほど。


ふたを開けると、中に同心円状のものが見えます。


中身を取り出して並べると、何だか錬金術師の実験道具のような風情です。

この可愛い金属カップの入れ子、最初は体積を測る計量カップかな?と思いました。でも、よくよく話を聞いてみると、同じ測るのでも、こちらを重さを測るためのもの――すなわちカップ型の分銅なのだそうです(手元のキッチンスケールで測ったら、いちばん小さいのが15グラム、いちばん大きいのが50グラムちょうどでした)。

重さを測る品なら、たしかに錬金術師が使っても不思議ではありません。


そこに薬匙を添えると、いっそうそれっぽい感じです。


でも、再びカップを重ねて、


パカッと蓋を閉めれば、妖しい錬金術師の影はたちまち消え失せ、バケツは何事もなかったように沈黙し…

1878年、パリでのある試み2016年06月26日 10時17分17秒

無線通信技術の歴史は、1872年、アメリカのマーロン・ルーミス(1826-1886)が、無線通信に関する特許を取得したことに始まります。その後、エジソンやマルコーニらの技術開発競争があって、無線通信は急速に実用化されていきました。

ちょうど同じ頃、1877年に、イタリアのスキャパレリが火星の「運河」を報告し、高度な文明を持った「火星人」の存在が、急速に実証科学の研究対象として俎上に乗ることになりました(火星人の存在そのものは、それ以前から多くの人の好奇と思弁の対象となっていましたが、それが改めて「観測」の対象となったわけです)。

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こうした科学と技術の大変革期に開催された、1878年のパリ万博では、数々の奇想科学の成果が花開きました。

フランスのオーギュスタン・ムショー(Augustin Mouchot、1825-1911)による、火星人――あるいはさらに遠くの異星人――と、電波を使って会話するという試みは、その最大のものといってよく、ムショーの天才が生み出した銀色のパラボラアンテナは、夕闇迫るパリの公園から天空を睨み、火星人や金星人との対話という、前代未聞のデモンストレーションを繰り広げて、人々を大いに驚かせたのです。

(A. Mouchot, La Chaleur Solaire et ses Application Industrielles. Gauthier-Villars (Paris), 1879. 挿図より)

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…というのは、まったくのウソです。

19世紀のパリに、本当にパラボラアンテナが登場していたら、オーパーツ的で面白いのですが、もちろんそんなはずはありません。上の品の正体は「太陽光集熱器」です。

先日、antique Salonさんを訪ねたとき、オーナーの市さんが「そういえば、こんなのを送ってきましたよ」と言って、フランスの某古書店のカタログを貸してくださり、パラパラ見ていたら、上の図が目に留まり、瞬時に上のような空想が浮かんだので、出来心でウソをつきました。すみません。

ときに、私はぜんぜん知らなかったのですが、ムショーは太陽エネルギーの利用史では有名な人だそうで、「Augustin Mouchot」で検索すると、上の図も含め、その発明品の数々が、ずらずら出てきます。

まあ、通信はウソにしても、天体から放出された電磁波を受け止めて、それを人間の役に立てた…という意味で、ムショーが偉大な先人であったことはウソではありません。

浮沈子の虚実2016年06月01日 20時06分34秒

タルホ界から帰り、ちょっと一服していました。
その間に暦は6月に替わり、名実ともに夏の始まりです。

涼を求めて、ガラス棚を覗き込むと…


そこに「何か」がいます。


む、これは…


上は以前登場した、島津製作所のカタログに掲載された「浮沈子」。
ガラス製の道化やタコや気球が、水入り容器の中で浮いたり沈んだりするのを観察して、圧力の勉強をするという理科教材です。
 
先日、この愛すべき理科室の住人を手にしました。
それが即ち上の「何か」です。

(身長は約63mm)

「え、全然違うじゃん」と思われるでしょう。
私も見た瞬間そう思いました。

(足元は、青ガラスを融着した「とんがり靴」を履いています)

でも、これはどこかの小学校の理科室放出品に混じって出品されており、出元が一緒であることはほぼ確実です。…となると、旧蔵校は正規の教材業者を通して購入したはずで、島津のカタログに載っていたのも、実際にはこんな妙チキリンなものだったんじゃないかなあ…と想像します。

(変な顔)

羊頭狗肉といえば羊頭狗肉だし、何だかカタログの隣にいるタコとあまり変わらない気もしますが、手吹きで一個ずつ作るなら、この程度の完成度でもやむなしです。

それでも、こんなガラスの人形をプカプカ浮き沈みさせたら、ちょっとは涼も感じられるでしょう(最近では大きなペットボトルで簡単に実験できるようです。)

原子を感じた日2016年04月11日 21時00分49秒

今、私が坐っている机の左手には幅広の本棚があります。

それぞれの棚には、本以外のものもゴチャゴチャ置かれていて、この前の薬匙以来、それを順番に記事にしているわけですが、左の棚が終ったら右の棚、机の下、後ろの棚、物入れ、押入れ…というふうに順番に「棚卸し」をしたら、ずいぶん気分がスッキリするだろうと思います。

平成になって28年、世紀が替わってからでも16年。
この間に増えたモノは、相応の量になっていて、それはその時々の自分の興味関心を物語るものですから、いわばちょっとした「モノで綴る自分史」です(ずいぶんかさばる自分史ですね)。

ゴチャゴチャの棚は、ゴチャゴチャした頭と心の反映のようにも見え、記事にすることでその素性来歴を整理したら、少しは頭の中も風通しが良くなるのではないか…という期待があります。

本当は買った順に時系列で並べると、文字通り自分史っぽくなるのですが、もはやその辺は分からないことが多くて、「ずいぶん昔」とか、「数年前」とか、「わりと最近」ぐらいの区別がボンヤリつくぐらいです。

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今日のモノは「ずいぶん昔」に属します。絶対年代でいうと、平成の初めごろ。


これは何だといえば、ただの金属の球と立方体です。
素材は、銅、アルミ、鉛、ステンレス、真鍮。
銅・アルミ・鉛は言うまでもなく単一の金属であり、ステンレスは鉄にクロムを、そして真鍮は銅に亜鉛を混ぜた合金です。


これらは東急ハンズの「素材」コーナーに置かれていたもので、もともと何か決まった用途があるわけでもないのでしょう。

私も最初は、単なるオブジェのつもりで手にしたと思います。
でも、かわるがわる手に載せているうちに、ふと「同じ大きさなのに、ずいぶん重さが違うなあ」と思いました。そして「ああ、そうか」と思いました。別に空気が混ぜ込んであるわけでもなく、ギュッと詰まった金属なのに重さが違うのは、原子そのものの違いを手が感じ取っているのだと。

(鉛は自重で変形しています)

昔の科学者も、質量を有力な手掛かりに、物質の振る舞いの背後にある「世界の真実」を探求しましたが、このささいな経験によって、そのことが理屈抜きに直覚されたのでした。(もちろん原子量の話とかは、学校で教わったはずですが、それまであまり身になっていなかったのでしょう。)

こうした経験が下地になって、後に元素コレクションへの興味が派生するのですが、それはまた別のところで話題にします。



読めない本の話2016年04月08日 21時23分04秒

昨日の玩具の動きを決定しているもの、それは「磁力」と「重力」です。

我々の宇宙を支配する「4つの力」のうち、マクロな感覚世界で作用するのは、電磁気力重力のみで ― あとの2つは、ミクロな素粒子の世界で作用する「強い力」と「弱い力」 ―、それを巧みに視覚化したところに、例の品の深みと面白みはあるように思います。

といって、現代物理学の話は私には分からないのですが、もっと素朴なレベルで考えても、磁力という「見えない力」の正体は何か、直接接触せずに作用する力とは何なのか、その力はいったい何が媒介しているのか?…こういう難問に、古代以来、人類がどう立ち向かってきたかというのは、とてもスリリングな話題です。

後に、重力が「発見」されたことで、問題はさらに広がりと深まりを見せ、そこから現代物理学の扉は開かれた…とすら言えるかもしれません。

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いつか読みたいと思って、ずーっと手の届くところに置いているのに、未だにページを開いていない本があります。



■山本義隆(著)
 『磁力と重力の発見』(全3巻;1:古代・中世、2:ルネサンス、3:近代の始まり)
 2003、みすず書房


いつかは読みたいなあ…と思っていると、たぶん永久に読めないでしょう。
今は別の本を読んでいるので、それが終ったら…とも思うのですが、それだとちょっと危ないです。

読むためには、「思う」だけでなしに、何かアクションを起こすことが必要なので、とりあえず、すぐ通勤カバンに入れられるよう、第1巻にブックカバーを掛けました。(まあ、前途に暗雲なしとしませんが、まずはこれも前進です。)

ちょこなんとした匙2016年04月06日 21時46分55秒

春が来た…と言っているうちに、いつの間にか若葉の季節になりました。
もう初夏はすぐそこですね。

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いろいろあって、何となく記事を書きにくい状態が続いています。
こういときは無理をしてもしょうがないので、徒然なるままに手近なモノをランダムに取り上げます。

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黄銅製の薬匙(「やくさじ」または「やくし」)。
ずいぶん昔に、「THE STUDY ROOM」のどこかの店舗で買った記憶があります。


普通の薬匙はもっと平べったい形をしていますが、これは計量器を兼ねているので、料理用スプーンを小さくしたような、半球状をしています。

この3本セット、写真を撮る向きによって、


こうも見えるし、


こうも見えます。
まさに遠近法のイリュージョン。

…というようなことは、薬匙そのものとはまるで関係のない感想ですが、いずれにしても、この三兄弟のちょこなんとした愛らしさは捨てがたいです。
それに黄銅の色合いや、ハンダ付けの手作り感には、何となく錬金術時代の化学の匂いもあって、机辺に置くとそこに一寸秘密めいた感じが漂う気がします。

九谷を愛でる2016年03月22日 20時48分26秒

今日もマイナーな話題を続けます。

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先日、九谷焼の皿を買いました。
なぜ「天文古玩」に陶芸の話題が出るかといえば、それは通り一遍の皿ではなく、そこに濃厚な天文古玩的味わいを感じたからです。


直径約16センチの小ぶりの皿。
見込み中央に書かれた文字を見ると、昭和58年4月25日に焼かれたもののようです。


青、緑、黄、紫…いずれも九谷の基本色ですが、同じ焼成条件でも、釉薬の調合によって実に多彩な表情を見せてくれるものです。まさに釉薬のパレット。


各色の脇には、化学式や配合比の詳細なメモが焼付けてあり、陶芸家はこういう研究を日々続けているのかと、まざまざと知りました。
すぐれた陶芸家は、一面すぐれた研究者でもあるのですね。

素材の調合を変え、焼成を繰り返し、理想の発色を求める。
青色ダイオードの開発時もそうでしたし、新しいものを開発する過程では、多かれ少なかれ経験するプロセスでしょう。


でも、この皿はそうした理屈をぬきにしても、やっぱり美しいです。
白地に映える色のグラデーション。余白に書き込まれた筆跡。
総体として美しいと感じます。


「理科趣味陶芸」というジャンルが仮にあるとすれば、これこそ、その優品。
中島誠之助氏のお得意のセリフが耳元で聞こえてくるようです。

直交する光2016年02月13日 09時17分36秒

重力波の検出は、ものすごく微弱なものを、ものすごい精度で観測しないといけないので、そこに技術的困難があったと聞きました。(新聞報道によれば、「長さ4キロの検出器に対し、水素の原子核の1万分の1程度」の歪みだそうです。)

しかし、その原理に限れば、驚くほどシンプルです。
すなわち、直交するパイプの中を、同じ距離だけ光を往復させて、重ね合わせるというもの。

(朝日新聞2016年2月12日より)

2つの光が戻ってくるのに時間差がなく、正確に同期していれば、両方の波は互いに打ち消し合い(あるいは強め合い)、一様に暗くなる(あるいは明るくなる)のが観測されます。2本の光線の移動距離は同一ですから、本来そうなるはずです。

しかし、時空の歪みによって、2本のパイプの長さに異同が生じると、2つの波が同期しなくなり、複雑な干渉縞が観測されます。今回、重力波を検出したLIGO(ライゴ)では、それが光の明滅として捉えられました。

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この説明を聞いて、100年前にも同じような実験があったのを想起された方も少なくないでしょう。それは、元・理科少年(少女)にはおなじみの、「マイケルソン・モーリーの実験」です。


昨日に続き、こちらも大正時代の矢吹高尚堂製の絵葉書(実に高尚な店ですね)。



「相対性原理に基けるマイケルソンの実験装置」、2種。
この装置も、直交する経路を往復する光の干渉を利用したものです。

マイケルソンとモーリーの実験は、もともと空間を満たす「エーテル」の存在を確認しようとしたもので、相対性理論の検証を目的としたものではありませんでしたが、結果的にエーテル説に対する反証を提供し、アインシュタイン説の蓋然性を高めることに寄与しました。

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マイケルソンとモーリーの実験原理を応用した装置は、「マイケルソン干渉計」の名で知られ、重力波望遠鏡もその一種です。結局、アメリカのLIGOも、日本のKAGRA(カグラ)も、マイケルソンの装置の直系の子孫ということになります。


(LIGOの長大なパイプとコントロールルーム。いずれも英語版wikipediaより)

この百年で何が変わり、何が変わらないのか。
2つの装置を見比べると、いろいろな思いが湧いてきます。

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技術はこれからもどんどん進化を続けると思いますが、それを用いる人間の方は、こんな↓単純な刺激に対しても、容易に「歪みと干渉」を生じてしまう存在のままです。

(垂直水平錯視。直交する2本の線分の長さは同一)

そこに大きな困難があり、また妙味もあるのでしょう。

静かに涼しく燃える炎2016年01月13日 22時13分47秒

今日の月齢は3.1。
仕事帰り、爪切りでパチンと切ったような月が西の空にかかっていました。

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さて、連想しりとりで話題を続けます。


写っているのは、コルク栓のはまったガラス瓶。
全体の高さは11.5cmですから、そう大きな瓶ではありません。
これが何かは、背面のラベルに記されています。


原子核の周りを回る電子の軌道変更と、それに伴う光の放出を描いたイラスト。
そして上部には、「FLAME REACTION (炎色反応)」の文字。

熱エネルギーで励起した電子が基底状態に戻る時、各元素に固有の光を放つ…
と聞いて、パッと理解できる人は少ないでしょう。もちろん私にも分かりません。(そもそも、こういう端折った説明は、たいてい正確さを犠牲にしているので、聞いているときは何となく分かった気になっても、後から考えるとよく分からないことが多いものです。)

ともあれ、そのメカニズムが分かるよりもずっと早くから(遅くとも18世紀の終わりには)炎色反応は化学者に知られており、新元素発見の手がかりともなったのでした。

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この小瓶は、Snかすてらさん―Snは錫(すず)の原子記号で、「すずかすてら」さんとお読みします―が、「アルケミノート」のブランド名で発表されている作品の1つで、商品名は「Flame Reactor

中のレジン製キューブには、それぞれ原子記号が書かれており、暗闇でブラックライトを当てると、各元素の炎色反応に対応した蛍光を発するよう仕組まれています。


その理科趣味に富んだ機知といい、美しい表情といい、見るなり思わず膝を打ちました。


夜空を彩る花火も、炎色反応の美しい応用です。
この小瓶は、さながら机上で愉しむ涼しい花火であり、小さなケミストの不思議なラボラトリーといったところです。

アルケミノート: http://alchemynote50.blog.fc2.com/
■「Flame Reactor」商品ページ: https://suzu.booth.pm/items/63977


見えない光2016年01月12日 22時52分09秒

怪光線といえば、紫外線も目には見えない怪光線。
その波長はというと、X線が1ピコメートル~10ナノメートルであるのに対し、紫外線のほうは10~400 ナノメートルと、その短波長側はX線と境を接しています(長波長側は、当然、紫の可視光線と接しています)。

X線も紫外線も、直接目では見えませんが(直接見ると目に毒です)、ひとたび部屋の中をブラックライトで照らせば…


…と、気を惹いたわりに、それほど大したことないですね。
もうちょっと不思議な光景を期待したのですが、わりと地味な光景でした。

考えてみれば、それも当然です。
我々が知覚できるのは、紫外線照射に対して、可視光で反応を返すものだけですから、そんな変わり者が、自然界にそう沢山あるはずがありません。この写真で光っているのも、だいたいが人工的に作られた白い紙です。おそらく紙を漂泊する過程で、蛍光剤を使用しているのでしょう。


額の絵も、周囲の白いマットだけが鮮やかに光って、この時ばかりはいつもの脇役が、主役のような顔をしています。


それでも、よく見れば緑の蛍石が、不思議な青い光をボーっと放っていますし、


紫の蛍石は、いっそうあざやかな青い輝きを見せてくれます。

   ★

ただ、紫外線も良し悪しで、上の紫の蛍石は、いつも表に出しているせいか、ここ数年ですっかり褪色・白化してしまいました。かつての鮮やかな色彩や透明感は、今や私の記憶の中に残るのみです。

形あるものは、石にしても老いは免れがたいようです。