ギンヤンマの翅に宿る光と影2017年03月23日 06時58分41秒

家人の体調が思わしくなく、いろいろ不安に駆られます。
人の幸せや平安なんて、本当に薄皮1枚の上に成り立っているのだなあ…と痛感させられます。

   ★

先日、奥本大三郎氏の昆虫アンソロジー『百蟲譜』を読みました。
さらにそこから思い出して、同氏の『虫の宇宙誌』を再読していました。

(奥本大三郎 『百蟲譜』、平凡社ライブラリ、1994/同 『虫の宇宙誌』、集英社文庫、1984)

前にも書いた気がしますが、私は後者に収められている「昆虫図鑑の文体について」という文章を、ひどく気に入っています。

「昆虫趣味」から「昆虫図鑑趣味」へ…というのも、趣味のあり方として、かなりの変格ですが、さらに図鑑に盛られた文体を論じるとなれば、これはもうスピットボール並の、超のつく変革です。でも、変格のようでいながら、奥本氏の感じ方は、やっぱり昆虫好きに共通する心根であり、正当な本格派である気もします。

そんな奥本氏が、古い昆虫図鑑の向うに見たイリュージョン。

 「当時〔小学生のころ〕、平山図譜〔平山修次郎(著)『原色千種昆蟲図譜』〕のギンヤンマの図版を見ると、きまって一つの情景が浮かんできた。夏の暑い昼下り、凛々しい丸坊主の少年が、風通しのよい二階の畳の上に腹這いになって、興文社の「小學生全集」の一冊を見ている。すると下から「お母さま」の、「まさをさーん」と呼ぶ声がする。その高い声は、雨ふり映画のサウンド・トラックから出た声のように語尾がふるえて聞こえるのである。」 (文庫版p.65。〔 〕内は引用者)

(ギンヤンマ。平山修次郎 『原色千種昆蟲図譜』、昭和8年(1933)より)

 「そういう、いつかの夢で見たような、フシギな、なつかしい情景が、ギンヤンマの図と結びあって私の頭の中に出来上ってしまっていた。まさか前世の記憶という訳でもあるまい。私が戦前の少年の生活など知っているはずはないのだ。多分うちにあった昔の本や、「少年クラブ」に載った、まだ戟前の余韻を引いている高畠華宵や山口将吾郎それに椛島勝一の挿絵その他のものが頭の中でごっちゃになっていたに違いない。ともあれ私は、平山図譜の、その本の匂いまでが好きになった。何でも戦前のものの方が秀れていて、しつかりしている……本でも、道具でも。そういう固定観念がなんとなくあったような気がする。」 (同pp.65-66)

(同上解説)

奥本氏は昭和19年(1944)生れですから、ご自分で言われるほど、「戦前の少年」と遠い存在でもないように思うのですが、でも、そこには終戦という鮮やかな切断面があって、やっぱり氏にとって「戦前」は遠い世界であり、遠いからこそ憧れも成立したのでしょう。

この思いは、何を隠そう私自身も共有しています。
別に、「戦前のものだからエライ」ということはないんですが、でも「これは戦前の○○なんですよ」と書くとき、私は無意識のうちに「だからスゴイんだぞ!」というニュアンスを込めているときが、たしかにあります。

この辺は、大正時代に流行った「江戸趣味」に近いかもしれません。
大正時代には、江戸の生き残りの老人がまだいましたが、「江戸趣味」にふけったのは、江戸をリアルタイムで知らない若い世代で、知らない世界に憧れるのは、いつの時代にも見られる普遍的現象でしょう。

   ★

と言いつつも、「戦前」を手放しで称賛するわけにはいきません。
やはり「戦前」は、暗い面を持つ、無茶な時代でした。
以下、いつもなら「閑語」と称して、別立てで書くところですが、連続した話題なので、そのまま続けます。

   ★

治安維持法よろしく共謀罪を国民支配の恰好の道具と考え、戦前のこわもて社会の再来を待ち望む人が、見落としていることがあります。

それは、戦前への回帰はもはや不可能だ…という、シンプルかつ冷厳な事実です。
なぜなら、あれほど強権的な政治が行われたのに、戦前の社会が活力を維持できたのは、為政者が潤沢な人的資源の上にあぐらをかき、人的資源の浪費が許された時代なればこそだからです。

端的に言って、明治以降の日本の発展と対外膨張策を支えたのは、近代に生じた人口爆発であり、その担い手は「農村からあふれ出た次男坊、三男坊」たちでした。

しかし、今の日本に、もはや浪費し得る人的資源はありませんし、それを前提にした社会も成り立ちようがありません。農村には次男・三男どころか、長男もおらず、農村そのものが消失してしまいました。

かといって、都市部が新たな人口の供給源になっているかといえば、まったくそんなことはなくて、今や日本中で出生率の低下が続いており、東京なんかは地方の消滅と引き換えに流入する人口によって、一見活況を呈していますけれど、遠からず都市機能の維持が不可能になることは目に見えています。

「じゃあ、それこそ『産めよ増やせよ』か」
…と言われるかもしれませんが、為政者に差し出す「壮丁」を増やすための政策なんて真っ平ごめんです。

それでも、この社会をきちんと次代に引き継ぐつもりなら、もはや「戦前ごっこ」に興じたり、弱い者いじめをして喜んだりしている暇はなくて、子どもの貧困問題にしろ、経済格差の問題にしろ、介護現場の悲鳴にしろ、もっと真面目にやれと、声を大にして言いたいです。

役人は作文が上手なので、各種の白書とかを見ると、いかにも長期的なビジョンがあるように書かれていますが、実態はその場限りのやっつけ仕事が大半で、まったく信が置けません(中には真面目なお役人もいると思いますが、そういう人ほどたくさん仕事を抱えて、じっくり考える余裕がないように見えます)。

「今こそ百年の計を」(ドン!)と机をたたいて然るべき局面だと、私は思います。
これ以上、民を委縮させ、痛めつけるようなことをして、そんな馬鹿が許されるものか(ドン!)と、ここで再度机を叩きたい。

自然は実験精神に富む(後編)2016年06月25日 10時49分47秒

英国がEUから離脱し、世界は大揺れです。
「天の声にもたまには変な声がある」…と言ったのは福田赳夫元総理ですが、同じ感慨を持つ人も少なくないでしょう。

  ★

さて、昨日のつづき。


どうでしょう、これぐらい近づいても、まだ得体が知れませんが、付属のラベルを見れば、その正体は明らかです。


ペルー産のヨツコブツノゼミ
全長5ミリほどの小さな珍虫です。
半翅目(カメムシ目)の仲間で、名前のとおり、セミとはわりと近い間柄です。

これぐらい小さいと、さすがに虫体に針を刺すのは無理なので、いったん台紙に貼り付けて、それを針で留める形の標本になりますが、虫ピンの頭と比べても、いかに小さいかが分かります。

私が最初この標本を見たとき感じたのも、素朴に「小さい!」ということでした。

ツノゼミは、図鑑や本ではお馴染みでしたが、実物を見るのは初めてで、私のイメージの中では、よく見かけるカメムシとか、ヨコバイとか、つまり体長1~2cmぐらいの虫を漠然と想像していたので、実際はこんなに小さい虫だったのか…というのが、ちょっとした驚きでした。


もう1つのケースには、これまた小さなツノゼミ類が4種配置されています。


その身は小なりといえど、いずれも個性豊かな(豊かすぎる)面々です。

   ★

なんで、こんな虫がこの世に登場したのか?
昔の人は、この姿に接して、どんな驚きの言葉を発したのか?

…それが書かれていることを期待して、荒俣宏さんの『世界大博物図鑑(第1巻、蟲類)』を広げてみましたが、英名で「devilhopper(悪魔のように跳ねまわる者)」、仏名で「petit diable(小悪魔)」と呼ばれる辺りに、その奇態さの片鱗が窺えるぐらいで、過去の博物学者の名言や、昆虫民俗学的な記載はありませんでした。(あるいは「悪魔」の名は、農作物に害をなす種類がいるせいかもしれません。)

(荒俣宏(著)、『世界大博物図鑑第』第1巻・蟲類、平凡社、1991より)

しかし、解説文中にフランスの批評家、ロジェ・カイヨワ(1913-1978)の意見が引かれているのが目に付きました。

「〔…〕ロジェ・カイヨワは、そのとっぴでばかげた形は何物にも似ていない(つまり擬態ではない)し、何の役にもたたないどころか飛ぶさいにはひどく邪魔になる代物だとしている。ただし、それにもかかわらずツノゼミの瘤には均整と相称をおもんぱかった跡がうかがえるとし、結論として、ツノゼミはみずからの体を使って芸術行為をなしているのかもしれない、と述べている。」

さらに荒俣氏は、北杜夫さんの『どくとるマンボウ昆虫記』から、もしもカブトムシほどのツノゼミがいたとしたら〔…〕近代彫刻とかオブジェとかいうものもずっと早く発達していたにちがいない。」という一文も引用しています。

   ★

ツノゼミの形態の謎は、結局のところ、今でもよく分かっていないようです。
生物の多様性を、自然の実験精神、あるいは自然の絵心に帰する…なんていう優雅な振る舞いは、18世紀人にしか許されていないかと思いきや、ツノゼミを見る限り、21世紀でも意外にイケるようです。

自然は実験精神に富む(前編)2016年06月24日 06時58分49秒

話題を棚に戻し、話題の主はまたまた昆虫です。


さて、この60mm角のクリアケースの中に潜む小さな主。
何だかお分かりでしょうか?


珍虫界にその人あり…と知られた存在。
これを名古屋の東急ハンズで見たときは、「え、こんなものまで商売の具にするのか」と、少なからず驚きました。

分かる人には分かるシルエットの正体は、もったいぶって次回に回します(というか、写真が撮りにくいです)。

トンボの国2016年06月21日 06時41分05秒

昨日のトンボからの連想。


涼し気なマレーシアのトンボ切手。
これはお土産用シートなので、ミシン目が入っていませんが、ハサミで切り抜けば普通の切手としても使えます(額面30センとして通用。全く同じ絵柄で、ミシン目の入ったバージョンもあります)。



青いトンボ、赤いトンボ、緑のトンボ、黄色いトンボ。
なんてカラフルな仲間なのだろう…と、改めて思います。

そして、これは南国マレーシアばかりでなく、日本のトンボだって、皆それぞれに洒落た衣装を着こんで、水辺をすいすいと飛び回っています。何と言っても、トンボの古名は秋津(あきつ)であり、日本は秋津島の異名を持つ「トンボの国」なのですから、身近な所からトンボが姿を消すのは、いかにも残念なことです。


トンボは昔、「竜の虫」、ドラゴンフライだと習いました。
でも、このシートを見て知ったのですが、かそけき姿をしたイトトンボは、少女(damsel)になぞらえて、「damselfly」と呼ぶのだそうです。たしかにイトトンボには、そんな風情があります。

再び瑠璃色の虫2016年06月20日 06時58分06秒

さて、根を詰める作業も一段落したので、また棚の徘徊を続けます。


今回も、ネイチャーサイエンスさんの品で、やっぱり美しい緑色の標本です。


アオハダトンボ

本州以南に広く分布する普通種ですが、生息環境の悪化により、数が減っている地域も多く、府県によっては絶滅危惧種に指定されています(環境省が作成するレッドデータブックとは別に、自治体も独自にレッドデータブックを作成しています)。

「生息環境の悪化」というと、パッと思いつくのは農薬の影響ですが、それ以外にも田んぼの乾田化とか、水路整備とか、人間にとっては便利で安全な環境づくりが、トンボ類にとっては深刻な環境問題を引き起こしているのだ…と、トンボから聞いたわけではありませんが、どうも実態はそのようです。


文字通り線の細い、繊細な姿。


エメラルド色の金属光沢をもった胴体に加え、褐色の薄羽も光の当たる角度によって、青味を帯びてきらきらと光ります。

   ★

私は人間なので、つい人間の肩を持ちますが、もし人間以外の存在だったら、この美しい虫に大いに肩入れし、人間を攻め滅ぼすことを考えるかもしれません。

…と、ついつい対決姿勢でものを考えるのは、現代人の悪い癖で、別にそんな風に正面から角を突き合わせる必要もなく、共存の道はいくらでもあろうと思いますが、たとえトンボが共存を申し出ても、人間の側にそれに応える謙虚さがあるかどうか?

   ★

でもさ、そもそも自分の満足のために、自由に飛び交う虫を捕えて、壜の中に閉じ込めてる段階でどうなのよ?共存の道とか言いながら、それも随分な話じゃないの?」 …と言われれば、全くそのとおりで、我が身を振り返っても、人間の業はなかなか深いです。

もしトンボの国に博物館があれば、死後に献体して、我が身を陳列してもらう手もあるのですが、そんな愚かな空想をすればするほど、彼我の違いがますます意識されます。

瑠璃色の虫2016年06月14日 07時00分34秒

いかに海洋堂のフィギュアがよく出来ていても、本物のオサムシの繊細さを全て表現することは望むべくもありません。


オオルリオサムシ
東急ハンズでも見かける、ネイチャーサイエンス社(札幌)の壜入り昆虫標本です。


何度見ても美しい衣装。
緑好きの影響はこういうところにも及んでいて、ショーケースに沢山標本が並んでいる中でも、ついこの色に目が向きます。

   ★

ネイチャーサイエンス社http://naturescience.jp/)は、北海道生まれの教育雑貨ブランドで、その主力商品が、こうした壜入りの昆虫標本です。

パッと見、その値付けを高いように感じたのですが、これは技術料込みであるのと、完品のみ扱うことによる歩留まりの低さも影響しているのでしょう。一頭一頭、きちんと採集データが記載されているのは良心的で、社名に恥じぬ配慮です。

ここでさらに注目されるのは、同社代表の八戸耀生さんのことで、八戸さんは航空写真家として、熱気球からの空撮で、その方面では有名な方だそうです。八戸さんからすると、熱気球カメラマンがご本業で、昆虫標本の販売は副業ということになるのかもしれませんが、いずれにしても何だか不思議な方であり、そういう生き方に羨望を感じます。

棚の隅の昆虫記2016年06月13日 07時02分39秒

現在徘徊している「棚」というのは、私が坐っている机のすぐ左手の本棚のことで、本を並べた手前の空きスペースに、いろいろモノが置かれているのを、漫然と眺めている…というのが、最近の続き物の中身です。

その実際の状況はというと、こんな感じです。


この棚に並ぶ本とモノは、基本的に天文と関係がないので、話の内容も天文からちょっと遠ざかりますが、もうしばらくお付き合いください。
今日の話題の主は、上のファーブルのボトルキャップです。

   ★

覚えている方もおいででしょうが、これは2005年、セブンイレブンがペットボトル飲料の販促のため、店頭で無償配布していたものです(ペットボトルを買うとオマケに付いてきた)。


こうして写真に撮ると、すっかり埃にまみれ、いささか草臥れた感じですが、でもこの品、オマケにしては大変よく出来ています。原型を作ったのは、例によって海洋堂さんで、当時の製品紹介ページは以下。

食玩:ファーブル昆虫記 http://kaiyodo.co.jp/products/fabre.html

 「だれもが子供の頃には昆虫に対してあこがれや、興味、情熱を持っていたのではないでしょうか。そして、そのころ学校の図書室や教科書の中で「ファーブル昆虫記」という物語に出会ったはすです。

  「ファーブル昆虫記」から特に印象深い物語の主役達をフィギュア化。ファーブルが行った独自の観察・実験や、 虫たちの生態描写、なんとファーブル自身までもフィギュアなって登場しております。多くの人が人生で最初に出会うであろう、上質の博物学「ファーブル昆虫記」をフィギュアでお楽しみ下さい。」
 (上記ページより)


「裏庭の猛獣」キンイロオサムシと、「聖なる昆虫」ヒジリタマオシコガネ


「麻酔針を持つ狩人」アラメジガバチと、ランドックサソリのダンス。
食玩のラインナップとしては、ほかに「羽化するトネリコゼミ」、「遠来の求婚者・ヒメクジャクヤママユ」、それに梨玉作りに励むヒジリタマオシコガネが入ります。


それと昆虫ではありませんが、ファーブル先生自身。
ミツカドセンチコガネを観察するファーブルです。

『ファーブル昆虫記』には、糞虫類の記録がたくさん出てくるので、どれがどれだか私も記憶がごっちゃになっていますが、ミツカドセンチコガネは、タマオシコガネのようないわゆる「フンコロガシ」ではなく、替わりに土中に長い縦穴を掘り、そこに獣糞を蓄積して子育てをする種類です。トンネルの長さは約1.5メートルに達し、ファーブルはその観察に大変苦労しました。

フィギュアになっているのは、その最初の観察装置で、結局これでは上手く行かなかったので、その後2番目の装置を作り、ようやく観察に成功しています。

(右が最初の装置、左が2番目の装置。出典:『ファーブルの写真集・昆虫』、新樹社)

ともあれ、いずれも『ファーブル昆虫記』を読んだ人には、深い印象を残した虫たちで、ただのオマケとはいえ、ファーブル好きには嬉しい企画でした。(この品は、今でもその手の店で―ヤフオクやアマゾンでも―売買されているので、手に入れるのは簡単です。)

   ★

『ファーブル昆虫記』とフィギュア。
ある意味、たいへん日本的な光景だともいえます。

甲虫の劇場2016年04月14日 19時50分13秒

今日は町場から離れたところを、電車に乗ってゴトゴト走っていました。
里山はモザイク状の濃い緑と浅緑、そこに赤みを帯びた若芽や山桜のピンクが混ざって、美しいパッチワークを見せていました。古人が言う「山笑う」とは、あんな光景を言うのでしょう。田んぼでは代掻きも始まり、濡れた田には初夏の陽光が反射し、本当に胸の中が軽くなるようでした。

   ★

さて、今日も虫の話題です。


以前、名古屋のantique Salonさんを訪ねたとき、棚の一角で光を放っていた標本。
一頭カメムシの仲間がいますが(最下段の赤黒のツートン)、それ以外はカラフルな甲虫類を並べたものです。

一口に甲虫と言っても、この標本にはカミキリムシ、ゾウムシ、コメツキムシ、タマムシ、コガネムシ…と、多様な仲間が含まれています。肝心のラベルも付属しないので、これは本格的な標本というよりは、装飾性の強い品だと思いますが、それだけに黒の標本箱と色鮮やかな虫体の取り合わせに、この標本作者が十分意を注いだことが感じられます。


純白の空間に浮かぶ甲虫とその影。


ここに並ぶのは主に外国産の甲虫類で、私もまだ種を同定していません。



それにしても、これらごく少数の甲虫を一見しただけでも、甲虫類の多様性と魅力は存分に感じられます。それは甲虫そのものの奥深さであり、この標本箱を作った人の感覚の鋭敏さの証でもあります。

   ★


■A.V.エヴァンス・C.L.ベラミー(著)、加藤義臣・廣木眞達(訳)
 『甲虫の世界―地球上で最も繁栄する生きもの』
 シュプリンガー・フェアラーク東京、2000)

昆虫博士になることを夢見た子供時代の私が、最も魅かれたのも甲虫類であり(あえて鞘翅類(しょうしるい)と呼ぶのが誇らしかったです)、そして街中でも十分にその姿を追うことができたのは、彼らが多様な生活様式を持ち、あらゆる環境に適応していたからでしょう。

(同書より「第6章 ビートルフィリア〔甲虫愛〕」冒頭)

今の私は甲虫への愛をストレートに表現することは最早ありませんが、それでもこういう品に思わず引き寄せられるのは、今でも子供時代の心が少なからず残っているせいかなあ…と、ちょっと嬉しいような、苦いような気分です。

虫と魚2016年04月13日 06時56分26秒

このあいだは「花と鳥」の図譜が登場しました。
いっぽうに「草木虫魚」という言葉もあって、自然界の生命のうち、植物界を「草木」で、動物界を「虫魚」で代表させる観念も古くからあります。


「ずいぶん昔」から部屋に住みついている虫と魚。


銅のクワガタはアフリカの工芸品で、緑青がいい味を出しています。


いっぽう真鍮の魚はインド生まれの工芸品。


どちらも、あまり理科趣味と関係ないように見えて、自分の中では緊密な結びつきがあります。あの頃(20余年前)は、まだ天文趣味が再燃する前で、理科趣味は何よりもまず生物要素と結びついていました。バケツで稲を育てたり、メダカを飼ったり、土壌動物の本を枕にしたり…。その延長線上に、こういう生物をモチーフにした品に惹かれる自分がいました。

(クワガタと一緒に買ったカリンバ、通称「親指ピアノ」)

と同時に、こういう素朴な手仕事に惹かれたのは、それが「自然そのもの」と、どこかで同一視されていたからだと思います。インドやアフリカ(と、ひとくくりにするのも相当大雑把ですが)での暮らしと「自然そのもの」は、もちろん全く異なるものでしょうが、イメージの中では隣り合っていました。


あるいは、当時も古物趣味の芽生えはありましたから、それと理科趣味の合体したところに、こういう古びた野趣を良しとする心根があった…というのが、いちばん実態に近いかもしれません。


どちらもお土産的な品なので、そんなに古い物ではないでしょうが(今でも作っているかもしれません)、今見てもなかなか面白い造形だと思います。

再び「My Dear Caterpillars」(2)2015年11月28日 10時09分34秒

松浦寛子(著)『日本産スズメガ科幼虫図譜』は、A4サイズの大型の図譜です。
収録されているのは、日本産スズメガ類全76種のうち53種。

(クロテンケンモンスズメとホソバスズメ)

カラー図版は見開きで、原則として左右それぞれ1種類のスズメガを取り上げ、その各齢幼虫(幼虫は卵から孵化し、脱皮して大きくなるごとに1齢、2齢…と数えます)と蛹、成虫の姿がスケッチされています。

再度強調しておきますが、これらの図はすべて松浦氏自身が、実物を手元に置いてスケッチされたもので、写真や文献を見て写したものは1つもありません。それに各齢幼虫と簡単にいいますが、幼虫を育て無事に蛹化・羽化させるのは、なかなかの難事で、見慣れない幼虫を飼っても、成虫になる前に死んでしまったら、自分が果たして何の幼虫を育てていたのか分からない…なんてことも起こります。

上に挙げたクロテンケンモンスズメも、1966年、1971年、1991年の各スケッチをまとめることで、その生活史の全体が表現されています。


次頁はこれも見開きで、前頁に掲載した種の解説になっているのですが、この私家版の図譜では、生物学的客観描写よりも、観察当時の個人史的事項や、その種への思い入れに紙幅が割かれ、滋味豊かな昆虫エッセイとして読むこともできます。


たとえば、このいかにも芋虫然としたコエビガラスズメの幼虫。
これも著者にとっては、鮮烈な記憶を呼び覚ます蛾の一種です。

 「1965年8月12日、初めて軽井沢の小瀬林道を歩いた日である。〔…〕右に左に気を配り乍ら幼虫を探して歩く私の目の高さの枝から、いきなり鮮やかな紫色の斜線が飛び込んできた。あお向けに体を反らして止まっている見事なコエビガラスズメの幼虫だ。写真などですでに私の頭には印象深くきざみ込まれている幼虫だが、現実に目の前に見るその鮮やかな色彩は衝撃的であり、三十数年もたった今でもその時の感激は消えていない。緑色の体に7本の斜線、それが紫、濃紫、白と三段に重なり、橙色の気門と、漆黒の尾角をそなえたまさに芸術品である。」 (19頁)

   ★

そもそも、山野で暮らす昆虫の生活史は分かっていないことが多く、スズメガ類にしても、成虫の姿は昔から知られていても、その幼虫がどんな姿で、何を食草にしているかは謎…という種類が多かったそうです(おそらく今でも全容は分かっていないでしょう)。

小学校のときにモンシロチョウの飼育観察をされた方は、同じ青虫から蛹になったのに、蛹の色が緑だったり、茶色だったりしたのを記憶されていると思いますが、スズメガの場合、すでに幼虫時代から色彩変異が顕著で、同じ種類でも褐色型の幼虫もあれば、緑色型の幼虫もあり、さらに身体の斑紋にも個体差があり…という具合で、そこに対象同定の難しさがあると同時に、観察のしがいもあるわけです。

蛾の生活史の解明が進んだのは1960年代のことで、それには主にアマチュア昆虫家の活躍によるものでした。「1960年代の中頃は、ガの幼生期の観察が最も盛んな時で、週末毎に、同好者の間では新発見によるショッキングなニュースが飛び交い、幼虫戦争と呼ばれる程、活況を呈していた。」と、松浦氏は書かれています(30頁)。もちろん、氏もその「戦火」をくぐり抜けたおひとりです。

蛾の生態もさることながら、本書の随所に顔をのぞかせる、そうした蛾類ファンの生態や交友記録も、部外者にはとても興味深いです。

   ★

有体に言って、私は個人的に蛾が苦手で、その幼虫にも積極的な興味はありませんでした。しかし、本書を読んでその印象はずいぶん変わりました。それは実に豊かな世界であり、一個の小宇宙を形成している観があります。

   ★

いや、単なる比喩ではなしに、文字通り芋虫はその身体に宇宙を内包しており、我々の住むこの宇宙も、実は一匹の芋虫に他ならないのだ!…という奇想の作品が、楳図かずお『14歳』で、これは『死霊』以上に形而上的な印象を与えるものでした。


一匹の芋虫から学ぶことは、まだまだ多そうです。