ワインと12星座 ― 2023年11月21日 05時50分12秒
同じポルトガル燐寸社のマッチラベルで、別タイプの12星座もありました。
時代はたぶん似たりよったりでしょうが、こちらは下半分が企業広告になっています。
仰々しい紋章とともに1756年創業の歴史を自慢してるのは、ポルトガルのワインメーカー、レアル・コンパーニャ・ヴェーリャ社(Real Companhia Velha)で、一番下の赤字は同社の取扱い品目です(ポートワインを筆頭に、テーブルワイン、ナチュラルスパークリングワイン、オールドスピリッツという面々)。
改めて購入時の記録を見たら、このマッチラベルを売ってくれたのは、昨日と同じ人でした。でも、彼も毎度「JAPAN」と「USA」を間違えるわけではありませんから、こちらはすぐに届いた記憶があります。
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ワインと12星座で検索したら、こんな記事がありました。
■What’s Your Sign? Matching Wine To Your Zodiac
(あなたの星座は?ご自分の星座にあったワインを)
(あなたの星座は?ご自分の星座にあったワインを)
もちろん真面目に読まれるべき内容でもないですが、ワイン選びに迷っている人には、案外こんなちょっとした耳打ちが有効みたいです。
私は射手座で、もうじき誕生日がくるんですが、「柔軟で、知的で、放浪心のある射手座のあなたには、フランスのカベルネ・フラン種や、イタリアのサンジョヴェーゼ種を使った赤ワインがお勧めだ」みたいなことが書かれていました(意訳)。
ウィキペディアによれば、サンジョヴェーゼの名はラテン語の sangius(血液)と Joves(ジュピター)の合成語で、ぶどう液の鮮やかな濃い赤に由来する由。そして誕生日当日(11月25日)には、木星と月齢12の月が大接近する天体ショーがあるそうなので、これはいよいよトスカーナワインを傾けねばならないことになるやもしれません。(まあ、ジュピターの血色をした赤ワインを傾けるのは、赤いちゃんちゃんこを着せられるよりも、確かにはるかに気が利いているでしょう。)
赤燐十二星座 ― 2023年08月13日 16時30分53秒
依然として暑く、体調のほうも低空飛行が続いています。
前々回の記事の末尾で、ひきつづき野尻抱影を取り上げると書きましたが、それもちょっと物憂いので、抱影の件はいったん棚上げにして、いちばん最近届いた品を載せます。
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下は1973年にポーランドで発行された、12星座のマッチラベル。
参考として12星座の名前を、<日-英-ポ>の順で並べると以下のとおりです。
牡羊座-Aries-Baran、牡牛座-Taurus-Byk、双子座-Gemini-Bliźnięta、
蟹座-Cancer-Rak、獅子座-Leo-Lew、乙女座-Virgo-Panna、
天秤座-Libra-Waga、蠍座-Scorpio-Skorpion、射手座-Sagittarius-Strzelec、
山羊座-Capricorn-Koziorożec、水瓶座-Aquarius-Wodnik、魚座-Pisces-Ryby
蟹座-Cancer-Rak、獅子座-Leo-Lew、乙女座-Virgo-Panna、
天秤座-Libra-Waga、蠍座-Scorpio-Skorpion、射手座-Sagittarius-Strzelec、
山羊座-Capricorn-Koziorożec、水瓶座-Aquarius-Wodnik、魚座-Pisces-Ryby
真ん中のは一応英語としましたけれど、これは万国共通の名称(ラテン語)で、英語にも「Ram, Bull, Twins, Crab, Lion…」という英語固有の言い方、いわば英国版やまとことばがあります。ポーランド語の名称は、それに対応する性格のものでしょう。
15~6世紀の木版画風の動物たちが、なかなか好い味を出しています。
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上のカードの配列は、牡羊座を起点に、3枚ずつ四季に配当してみました。
並べてみると、デザイナー氏は季節に応じたカラーリングを考えているようです。
(魚座のカードの色が最初の写真と違って見えますが、こちらの方が実際に近いです)
とすると、こんなふうに魚座を冒頭に持ってくるのもありかな…いや、むしろこっちの方がデザイナー氏の意図に近いんじゃないか…と思ったりしました。
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12星座はくるくる天を巡っているものですから、どこを起点にしても良さそうですが、天球上の春分点(天の赤道と黄道の交点)を基準に、そこから数え立てるのが一応慣例のようです。
占星術が成立した遠い昔、春分点は「おひつじ座」にありました。
でも、周知のように地球の歳差運動によって、春分点はじりじりと移動を続け、今では「うお座」の領域にあります。にもかかわらず、占星術の世界では、「うお座」に重ねて、依然として「白羊宮」を設定しており、12星座と12宮がずれてしまうという不思議な状態が続いています(占星術用語としては、白羊宮に続き、金牛宮、双子宮、巨蟹宮、獅子宮…という名称になります)。
いかにもややこしい話ですが、この辺はもう修正がきかないみたいです。
12星座の方は、すでに国際天文学連合によって領域が厳密に定義され、そのサイズも大小バラバラなのに対し、12宮の方は春分点を起点として機械的に30°刻みという根本的な違いもあります。結局のところ、12宮はたしかに星座名に由来するものの、今では一種の座標目盛という以上の意味を持たないわけです。
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…というわけで、このマッチラベルも、牡羊座と魚座のどちらを起点にしても理屈は通るんですが、ここはいっそ円環状に並べるのがいちばんスマートではないかと思いました。
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こうして、季節も星座も巡っていきます。
同じように暑いとはいっても、日脚は徐々に短くなっているし、蝉の声もいつの間にかツクツクボウシが交じりだしました。明日以降、台風が列島を通り過ぎれば、周囲は一気に晩夏の趣となることでしょう。
空を旋回する惑星たち ― 2021年12月11日 11時48分45秒
明るい青空の広がる、おだやかな師走の休日。
身辺も落ち着きを取り戻してきたので、記事を続けます。
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一目見るなり「へえ」と思った品。
(直径23cm)
これが何かというと、各惑星(水星~冥王星)の1年間の位置変化を曲線で示した円形図です。特に名称はありませんが、ここでは仮に「惑星運行盤」と呼ぶことにしましょう。これは天文学というよりも、占星術にかかわる品で、惑星の位置はそれっぽく黄道十二宮で表示されています(※)。
手書きの円盤を覆うように、回転式の透明なプラ盤が載っており、プラ盤には一定間隔で青線と赤線が引かれています。多分これをくるくる回して、ホロスコープづくりに役立てたのでしょう。
(水星と木星は特に金彩で表現されています)
この惑星運行盤を見て「へえ」と思った理由は二つあります。
まず一つの「へえ」は、惑星の運行を表現するには、いろいろな表現方法があると思いますが、「そうか、こんなふうにも表現できるんだ」という軽い驚きです。これはきわめてシンプルな方法で、難しいことは何もないのですが、少なくとも私の発想の中にはありませんでした。一種のコロンブスの卵ですね。
そしてもう一つは、「なるほど、こんなふうに表現すると、こんな曲線が描けるんだ」という発見です。各惑星の動きと地球の動きを合成すると、こんなクネクネした線が天に描ける…というのは、いうなれば天動説的な図像なのでしょうが、それがかえって新鮮に感じられました。
この品が作られたのは1951年ですから、そう古いものではありません。
いずれの占星術師の手になるものかは分かりませんが、表記はドイツ語、売ってくれたのはスペインの業者です。
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そういえば、以前も手作りの占星盤を載せたことがあります。
こちらは、2015年に神戸で開催されたイベント「博物蒐集家の応接間」に出品されたものです(URLは、イベントに合わせてでっち上げた特設ページにリンクを張っています)。オーストリアの奇術師、ノーバート・チエチンスキー(Norbert Ciecinski, 18??-c.1958)が晩年に使用したもので、ちょうど今回の品と同時代の品です。
まあ1950年代というのはたまたまで、いつの時代も、占星術師たちは自分の流儀に合わせて、占いの補助具をいろいろ手作りしてきたのではないかと想像します。市販品が生まれるにはニッチすぎるし、その方が有難味もあるのでしょう。
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(※)夜空に実際に見える黄道十二星座(みずがめ座、うお座、おひつじ座…)と、占星術家がいうところの黄道十二宮(宝瓶宮、双魚宮、白羊宮…)は、大昔は重なっていましたが、長年のうちに地球の歳差運動によってずれが生じ、現在ではほぼ1つ分ずれてしまっています。すなわち、星座としてのみずがめ座は、現在では宝瓶宮ではなくて双魚宮に位置し、うお座は白羊宮に、おひつじ座は金牛宮に…という具合です。この惑星運行盤が採用しているのは、黄道十二星座ではなく、あくまでも黄道十二宮の方です。
お手軽な天文時計 ― 2021年02月03日 18時13分51秒
本物の天文時計を手にするのは、なかなか大変なことです。
ネックとなるのはもちろんお金。手元で愛でようと思えば、必然的に小型の置時計、ないし掛時計ということになりますが、どちらにしても昔の王侯貴族の身辺にあったような品は、それこそ天文学的値段ですし、今出来のものでも、ちょっと気の利いた品となれば、やっぱりウン十万円要求してくるので、気軽に楽しむことは難しいです。
しかし、何事も道はあります。例えば下の時計はどうでしょう。
ガラス蓋付きの木枠の向こうに中世チックな文字盤が見えます。
上の文字盤では、時刻と月の満ち欠けを、
下の文字盤では、黄道上における太陽の位置を教えてくれるというもので、天文時計の基本を押さえています。「Astrology Clock」の名の通り、カラフルな星座絵のほかに、惑星記号を随所にあしらって、なかなかそれらしいムードを醸し出しています。
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この時計について、たぶん最も詳しい説明は、「全米時計コレクター協会(National Association of Watch & Clock Collectors, Inc.)」のページに掲載されているものです(LINK)。
発売は1975年ごろで、当然そう古いものではありません。
ですから裏面を見ると、ちょっと散文的というか、安手な感じがありますが、それはやむを得ないでしょう。電源はAC電源で、アメリカ製なので、定格電圧は120ボルト。100ボルトでも普通に動く気はしますが、モノが時計だけに変圧器をかませた方が良いかもしれず、まだ実際に動かしたことはありません。
製造元はアメリカのコネチカット州の電化製品メーカー、メカトロニクス社(Mech'a'tronicsではなく、社名はMechtronicsと綴ります)で、同社の「フェアフィールド時計製造部門」が手掛けたものです。しかしネット情報が至極乏しくて、ここは今のところ謎のメーカーです。
乏しいネット情報を総合すると、同社は1967年創業で、オーナーのRichard J. Fellinger氏は既に2017年に77歳で亡くなられた由。いずれにしても、同社が時計製造を手掛けたのは、1970年代半ば~80年頃の、ごく短期間に限られるようです。そのわりに今でも製品をよくeBayで見かけるのは、一時相当大量に作られたことを物語りますが、それほど繁盛していた時計製造から、同社がなぜ撤退したかは謎です。
ちなみに、この「アストロロジー・クロック」、eBayだと1万円台で手に入るので、相当なハイ・コストパフォーマンスです。
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ついでながら、本製品の特許番号から、特許申請書類を見つけたので、資料としてリンクしておきます(LINK)。
とりあえず、冒頭のアブストラクトとメカニズムの概略図は以下。
チェーンとホイールを上手く使うことで、1個のモーターで3つのダイヤルを正確かつ安価に動かせるというのが味噌のようです。ハイ・コストパフォーマンスの理由はこれです。
でも…と思います。上で「時計製造から、同社がなぜ撤退したかは謎」と書きましたが、ひょっとしたら、この工夫こそが、その理由なのかもしれません。というのも、こんな簡単な仕組みで乗り切れるほど、時計製造は甘い世界ではなかろう…という気がするからです。つまり、発想は良かったけれども、精度が十分出せなかった、それが同社の時計部門が短命で終わった理由ではないでしょうか。まあ、1秒も動かさない前から決めつけてはいけませんが、なんとなくそんな気がします。
ベネチアの青い空と星座神話 ― 2021年01月23日 14時01分54秒
前回の記事の枕に、ベネチアのサンマルコ広場の天文時計の写真を載せました。
時計を含む塔楼は、1490年代に建てられた美しいルネサンス建築です。
(再掲)
あれには多少の意図があって、本棚の隅で寝ている天文時計にも、ついでに言及しようと思ったのでした。
どうです、なかなかきれいなものでしょう。
この文字盤は3層の円盤から成っていて、太陽と月はそれぞれ独立に回転するので、ベネチアの本家さながらの、立派な仕上がりです(もちろん自動で動くわけではありません。パーツが可動というだけです)。
そもそもこれは何か? 別にベネチア土産ではなくて、本の一部です。
本の外箱というか、表紙というか、そこに丸窓がくりぬかれていて、そこからこの天文時計の細工物が顔をのぞかせているのでした。外箱は、縦44cm、幅33.5cmの大きさがあって、さらに厚さが10cmを超えるという、相当かさばる本です。
ただ、上で「本」と言いましたが、これは通常の意味で本の形をしていません。
外蓋を開け、さらに天文時計の付いた中蓋を開けると、箱の中にはマット装された彩色写本の複製が12枚バラの状態で入っているという、セット物の画集です(マットサイズは40×29.5cm)。
■Herrscher des Himmels: Die zwölf Tierkreiszeichen und ihre Mythen.
『天の統治者―黄道十二宮とその神話』
Coron Verlag (Zurich)、2005
『天の統治者―黄道十二宮とその神話』
Coron Verlag (Zurich)、2005
読んで字のごとく、十二星座を描いた古写本の複製零葉を集めたもので、有名な「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」から採った1枚をはじめ、主に15~16世紀の写本を中心に、大小さまざまな絵柄を目で楽しむセットです。外箱の天文時計は、十二星座に歴史ロマンを重ねて見る、そんな現代の読者に向けた、ブックデザイナーのサービス精神に満ちた贈り物なのでしょう。
各種ファクシミリ版の刊行は、現在もコンスタントに続いており、デジタル時代になっても(デジタル時代だからこそ?)、美麗な頁をパラパラ手でめくりたいという願望は、なかなか根強いものがあるようです。
【参考】 以下、全図版一覧です。
1) AQUARIUS - Stammheimer Missale, Hildesheim, 1160-1180頃
Los Angels, The J. Paul Gety Museum, Ms. 64, fol. 4r
2) PISCES - Stundenbuch des Herzogs von York, Rouen, 1430/40頃
Rome, Biblioteca Vaticana, Cod. Vat. Lat. 14935, fol. 2v/3r
3) ARIES - Breviarium Mayer van den Bergh, 1510頃
Antwerpen, Museum Mayer van den Bergh, inv. 946, fol. 2v
4) TAURUS - Stundenbuch der Isabel la Católica, 1450-1460
Madrid, Real Biblioteca del Palacio Real, s.n., fol. 4r
5) GEMINI - Grandes Heures d´Anne des Bretagne Paris, 1503-1508
Paris, Bibliothéque nationale de France, Ms. Lat. 9474, fol. 8r
6) CANCER - Flämischer Kalender, Brügge, 1525頃
München, Bayerische Staatsbibliothek, Clm 23 638, fol. 7v/8r
7) LEO - Französisches Stundenbuch, 1500頃
London, British Library, Add. Ms. 11866, fol. 6v/7r
8) VIRGO - the Bedforn Hours, 1420頃
London, British Library, Add. Ms. 18850, fol. 8r
9) LIBRA - Grandes Heures du Duc de Rohan Paris, 1430-1435頃
Paris, Bibliothéque nationale de France, Ms. Lat. 9471, fol. 13r
10) SCORPIUS - Les Très riches Heures du Duc de Berry Paris, 1413頃
Chantilly, Musée Condé, Ms. 65, fol. 10v
11) SAGITTARIUS - Les Petites Heures du Duc de Berry Paris, 1372 - 1390
Paris, Bibliothéque nationale de France, Ms. Lat. 18014, fol. 6r
12) CAPRICORNUS - Stundenbuch Niederlande/Brügge(?), 1500頃
München, Bayerische Staatsbibliothek, Clm 28345, fol. 13r
占星術リバイバル ― 2020年08月22日 14時41分22秒
「うーむ、これは…」という記事を読みました。
いつもの天文学史のメーリングリストで教えてもらったものです。
以下はニュースサイト「SLATE」8月20日付の記事(筆者はHeather Schwedel)。
■「○○ちゃん、あなたの星座はなあに?(What’s Your Sign, Baby?)」
アメリカにおける世代区分のひとつに「ミレニアル世代」というのがあります。
一般的な用法としては、1981年~96年生まれを指し、年齢でいうと、現在24歳から39歳。ちょうど小さな子供がいるお父さん・お母さんの世代です。
上の記事は、ミレニアル世代が、その先行世代に比べて、占星術に強い関心を持ち、我が子にも星占いの本を好んで買い与えていること、そして目敏い出版社は、今や続々と星占いの絵本を市場に投入している事実を、やや批判的視点から取り上げたものです。
★
これに対するメーリングリスト参加者(多くは真面目な天文学史研究者)の反応が、興味深いものでした(以下、適当訳)。
まず、大学の人文学部で古典を講じるS教授の意見。
「これは各大学出版局や、人文専門書のラウトレッジ社にとって、古代のマニリウスやヒュギヌスを素材にした幼児絵本(もちろんラテン語の!)を携えて、児童書マーケットに参入する絶好の機会だろう。あるいは韻を踏んだ哀歌2行連句(elegiac couplets)でもいい。ヤングアダルト向きには、オウィディウスや、他の古典注釈者たちから取った、もっと本格的なテクストもいけそうだ。…」
もちろん、これは皮肉の交じった意見で、つまらない「お星さま占い」の本を垂れ流すぐらいなら、出版社はもうちょっと身になる本を出しなさいよ…と言いたいのでしょう。
これがNASAにも在籍した月研究者であるW博士になると、完全に悲憤慷慨調です。
「何たることか。未来の世代の愚民化が今や始まりつつある。出版社はジャンクサイエンス――とすら呼べないような代物――を、赤ん坊の真剣な目に触れさせてもお構いなしで、人類を間抜けにすることで得られる利益にしか関心がないのだろうか。我々は1000年におよぶ暗黒時代を経験したが、再び愚昧さに覆われゆく新たな1000年を迎えねばならないのか?ひょっとしたら、高度な生命体は、いずれの場所でも科学を拒絶する時期を迎え、そこから回復することがないのかもしれない。地球外生命探査計画(CETI)が失敗した理由もそれだろう。」
本業は医者であるB博士は、穏やかに諭します。
「私は孫のために、赤ん坊向けの宇宙物理学の本を買い与えました。アマゾンをご覧なさい。『赤ちゃんのための物理学』シリーズというのが出ていますから。」
最後に場を締めくくったのは、占星術史の研究家で、自身占星術師であるC氏。
「皆さんこの話題で盛り上がっていますが、いずれにしても、ミレニアル世代がほかの世代よりも占星術にのめりこんでるという確かな証拠は何もないんですよ。このストーリーを広めているジャーナリストたちは、お互いの記事を引用したり、占星術に凝っている(大抵はたった一人の)友人の話に基づいて書いているだけですからね。この問題について、きちんとしたリサーチは依然何も行われていないのです。」
いちばんの当事者が、最も冷静だったわけです。
しかし、科学の現場に身を置く人にとって、非理性的な狂信が、再び世の中を覆い尽くすんじゃないか…という不安や恐怖は、かなり根深いものでしょう。科学の歴史は、そうした苦いエピソードにあふれているし、科学者自身がそうしたものに憑りつかれて、道を誤った例も少なくありません。これは確かに用心してかかるに越したことはないのです。
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それにしても、そもそもなぜミレニアル世代は、星占いに凝っているのか?
上記のC氏は、「別に証明されたことじゃないよ」と、そのこと自体に否定的ですが、上の記事からリンクが張られている「The New Yorker」の記事を読むと、いろいろ考えさせられました。
アメリカで1970年代以降、影を潜めていた占星術が復活したのは、スピリチュアルブームと抱き合わせの現象で、不確実性の時代の反映だ…というのは、割と俗耳に入りやすい解釈でしょう。
ただ、それ以上に現代の星占いは、ネット上を伝搬する「ミーム」なんだという識者の意見は、なるほどと思いました。ミーム(ここではインターネット・ミーム)とは、「人々の心を強く捉え、ネットを通じて次々に模倣・拡散されていくもの」を指し、SNSでつい人に言いたくなる面白ネタなんかが、その典型でしょうが、それに限られるものではありません。
記事では、20世紀半ばのパーティーの席では、誰しも「自我」とか「超自我」とか、フロイト流の精神分析用語を使って、盛んにおしゃべりしていたが、今ではそれが星座の名前に置き換わったんだ…という譬えを挙げていますが、これもなかなか言い得て妙です。
確かにミレニアル世代は、星占いアプリをダウンロードして、嬉々として操作しているかもしれません。でも、多くの人はそれを真面目に捉えているわけではないし、パーティーの席上の話題も、星占いから真面目な科学的問題にパッと切り替わったりするので、彼らが特に迷妄な人々というわけでもなさそうです。
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星占いの話題には、きっと集団の凝集性を高め、人々の交流を円滑にする機能があるのでしょう。日本だと、星占い以上に血液型の話題がポピュラーですが、あれも似た理由だと思います。いずれも「差し障りがない」、「無難」というのが特徴で、あるいはアメリカのミレニアル世代も、日本の若い人と同じように、対人的な距離の取り方で、常に緊張を強いられていることの反映かもしれません。
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新たな暗黒の1000年が、まだ当分来ないのであれば、大いに結構なことです。
ただ用心は常に必要です。ナチスの霊的熱狂は遠い過去のことではありません。
星座スタンプ ― 2020年06月13日 08時34分36秒
星座にちなむ小物というと、こんなものを見つけました。
黄道12星座をデザインした、天球儀風の印刷ブロックです。
小物といっても、たてよこ8cm近くあって、印刷ブロックとしては結構大きいです。
おそらく1920~30年代の品。売ってくれたペンシルベニアの業者さんは、廃業した印刷屋の在庫をごそっと買い取ったらしく、他にもインクまみれの古い印刷ブロックを、たくさん売りに出していました。
刷り上がりのイメージ(左右とネガポジを反転)。
気になるのは、これを「何」に使ったかです。
もちろん印刷するために使ったわけですが、その刷ったものの用途は、はたして何であったか? まあ、普通に本の挿絵かもしれないんですが、ひょっとしたら、星占い用のシートを印刷するのに使ったのかな?…という想像もしています。
以前登場した、ホロスコープ用印刷ブロック【元記事】と似た感じを受けるからです。
(右側に写っているのがそれ。以前、記事を書いたときは、占星術師が手元でポンポンと捺して使うのだと考えましたが、これも町の印刷屋さんに一気に刷ってもらった方が便利そうです。)
上の想像の当否はしばし脇に置いて、なかなか素朴で愛らしい品です。
アルカーナ ― 2019年08月24日 18時10分51秒
家の改修やら何やらゴタゴタしているので、ブログの方はしばらく開店休業です。
そうしている間にも、いろいろコメントをいただき、嬉しく楽しく読ませていただいています。どうもありがとうございます。
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しかし、身辺に限らず、世間はどうもゴタついていますね。
私が尊敬する人たちは、人間に決して絶望することがありませんでした。
これは別に、偉人伝中のエライ人だからそうというわけではなくて、どんなに醜悪な世の中にも善き人はいるし、どんなに醜悪な人間の中にも善き部分はある…という、至極当たり前のことを常に忘れなかったからでしょう。(その逆に、どんなに善い世の中、どんなに善い人であっても、醜悪な部分は必ずあると思います。)
私も先人のあとを慕って、絶望はしません。
まあ、絶望はしませんが、でもゲンナリすることはあります。
醜悪なものを、こう立て続けに見せられては、それもやむなしです。
それに、このごろは<悪>の深みもなく、単に醜にして愚という振る舞いも多いので…とか何とか言っていると、徐々に言行不一致になってくるので、この辺で沈黙せねば。
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本棚の隅にいる一人の「賢者」。
彼が本当に賢者なのか、あるいは狂者なのかは分かりません。突き詰めるとあまり差がないとも言えます。今のような時代は、こういう人の横顔を眺めて、いろいろ沈思することが大切ではないか…と思います。
その人は、医師にして化学者、錬金術師でもあったパラケルスス(1493-1541)。
写真に写っているのは、オーストリアのフィラッハ市が1941年、パラケルススの没後400年を記念して鋳造した、小さな金属製プラーク(銘鈑)です。フィラッハは、パラケルススが少年時代を過ごした町であり、郷土の偉人をたたえる目的で制作したのでしょう。
上の写真は、プラークを先に見つけて、あとからちょうどいいサイズの額に入れました。どうです、なかなか好いでしょう。
(プラークの裏面。購入時の商品写真の流用)
(仰ぎ見るパラケルスス)
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本棚ではたまたまユングの本と並んでいますが、ユングにはずばり『パラケルスス論』という著作があります。
(榎木真吉・訳、『パラケルスス論』、みすず書房、1992)
原著は1942年に出ており、内容は前年の1941年、すなわち手元のプラークが制作されたのと同年に、やっぱりパラケルススの没後400年を記念して、ユングがスイスで行った2つの講演(「医師としてのパラケルスス」と「精神現象としてのパラケルスス」)を元に書き下ろしたものです。
しかし、本書を通読しても、ユングの言っていることは寸毫も分かりません。
したがって、パラケルススその人のこともさっぱりです。
「パラケルススは、〈アーレス〉に、≪メルジーネ的≫(melosinicum)という属性を与えています。ということは、このメルジーネは疑いもなく、水の領域に、≪ニンフたちの世界≫(nymphididica natura)に、属しているわけですから、≪メルジーネ的≫という属性に伴って、それ自体が精神的な概念である〈アーレス〉には、水の性格が持ち込まれたことになります。このことが示唆しているのは、その場合、〈アーレス〉とは、下界の密度の高い領域に属するものであり、何らかの形で、身体ときわめて密接な関係にあるということです。その結果として、かかる〈アーレス〉は、〈アクアステル〉と近接させられ、概念の上では、もはや両者は、ほとんど見分けがつかなくなってしまうのです。」
(上掲書 p.132)
私が蒙昧なのは認めるにしても、全編こんな調子では、分れという方が無理でしょう。
しかし、こうして謎めいた言葉の森を経めぐることそれ自体が、濁り多き俗世の解毒剤となるのです。そして、私が安易に世界に対して閉塞感を感じたとしても、実際の世界はそんなに簡単に閉塞するほどちっぽけなものではないことを、過去の賢者は教えてくれるのです。
インド占星術は政界の風を読む ― 2019年07月20日 12時59分01秒
今年の1月に書いた記事の中で、インドにおける占星術の隆盛について触れました。
■インド占星術の世界
インドでは、古代から発展を続けた占星術が、現代でもなお生き続けており、人々の生活の一部になっていることを、矢野道雄氏の著書を引きながら、メモしたものです。その内容は1990年代の話でしたが、2019年現在でも状況は変わらず、むしろいっそう過熱しているのではないか…とすら思えます。
★
それは、たまたま下のようなページを目にしたからです。
時節柄、選挙と天文に関して、三題話的なことでも書ければ…と思って、ネット上を徘徊していたら、突如インドのモディ首相の写真がバーンと出て、そこに「2019年ローク・サバー選挙予測: ガネーシャの正しさを知れ」というタイトルが踊っていました。
ローク・サバーというのは、インド連邦議会の下院で、日本でいえば衆議院に当たります。そして、今年はインドも総選挙の年で、5年ぶりにローク・サバー選挙があったという話。
で、上のページ自体は、「GaneshaSpeaks.com」という占星術の総合サイトに含まれていて、記事の書き手は、選挙に先立って同社が占った結果が恐ろしく当たったぞ!…と、縷々(るる)強調しているのでした。(選挙は4月11日から5月19日にかけて行われ、上の記事は5月24日付です。)
本当に当たったのかどうかは、正直よく分かりません。
文中に出てくる占星術用語はちんぷんかんぷんだし、インドの政界事情にも疎いのですが、運営側は、「占星術の奥深さと、ガネーシャのすばらしい予測精度をとくとご覧あれ(Read on to know the depth of Astrology and the super quality of Ganesha's predictions)」と、自信満々です。
それほどまでに当たるならば、明日の選挙結果もぜひ占ってほしいですが、まあ、こればかりはインドの叡智と伝統も、多少割り引いて考えねばならないでしょう。
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ときに、ローク・サバーを知るために、ウィキペディアを覗いたら、2019年の選挙結果が興味深かったです。545議席中303議席を得た「インド人民党」は、日本の自民党みたいな存在でしょうが、その後のロングテールぶりがすごいです。
「インド人民党」、「インド国民会議派」、「ドラーヴィダ進歩党」、「トリナムール(草の根)会議派」に始まって、そこに並ぶ組織・政党名は、実に36(「無所属」を除く)。
「解放パンサー党」とか、「ナガランド人民戦線」とか、「全ジャールカンド州学生組合党」とか、「シッキム革命戦線」とか、1議席だけの諸派も15を数えます。
まさにインド亜大陸の多様性を、目の当たりにする思いです。
日本も多党制の国だとはいいますが、インドと比べれば、まだまだですね(何が「まだまだ」なのか、自分でもよく分かりませんが)。
★
さらにインドの外に目を向ければ、世界はいっそう広く、多様です。
時間軸に沿って眺めれば、その多様性は常に変化を続け、まるで万華鏡を覗いているようです。
今の日本で起こっていることも、その1コマであり、その1コマに過ぎない…と達観することで、いくぶん精神衛生が向上する気はしますが、それにしても、日付が変わって万華鏡がヒョイと回った時、いったいどんな光景が見えるのか、今から気もそぞろです。
中世チックな天文趣味に親しむ ― 2019年03月16日 11時54分20秒
前回は知ったかぶりして、ちょっといい加減な記事を書いてしまいましたが、それはさておき、「中世チックな天文趣味」を親しく味わうことは、果たして可能なんでしょうか?
普通に考えると、それはもっぱら本やネットの世界の住人であり、実物を眺めようと思えば、海外の博物館に行くしかありません(日本にいる限り、充実したコレクションは拝みがたいでしょう)。
しかし、世の中には複製本、いわゆるファクシミリ版という便利なものがあって、ホンモノは無理でも、その似姿なら手元に置けないことはありません。
その一例は、以前も登場した『皇帝天文学』の複製です。
ただし、あれはルネサンス期も後期、活版印刷の時代になってからのものでした。
もっと中世チックなものというと、たとえばこんな一冊。
■Losbuch in Deutschen Reimpaaren.
Akademische Druck- u. Verlagsanstalt (ADEVA), 1972
Akademische Druck- u. Verlagsanstalt (ADEVA), 1972
14世紀の第4四半期に制作されたと推測される彩色写本です。原本はウィーン国立図書館所蔵。複製本の方は、オーストリアのグラーツにあるADEVA社から1972年に出ていますが、ちょっと驚くのは、半世紀近く経った今も、定価390ユーロで版元から購入可能なことです(http://www.adeva.com/faks_detail_en.asp?id=90)。特に稀書ではないので、古書店でも普通に売っています。
ページを開いても何が書かれているのかまったく分からないし、付属の解説書もドイツ語なので、これまたよくは分からないのですが、とりあえずタイトルは『ドイツ語韻文対句による占いの書』といった意味らしいです。要は、個人の星回りを見て、その身にこれから起きることを占おうという本です。
で、その星回りを見るための道具として、表紙の内側には、天体の運行を示すヴォルヴェル(回転盤)が取り付けられています。
今では痕跡を残すのみですが、昔はここにあった円盤をグルグルやって、その指し示す該当ページを読みに行くと、それらしい託宣が書かれている…という体裁。こういう託宣書というのは、古代ギリシャからあって、それがイスラム圏を経由してラテン語に翻訳され、さらに口語たるドイツ語に移されて…という歴史が本書の背後にはあります。東方風の人物像は、そうした歴史の反映でしょう。
こうした占星の書と純粋な天文趣味との間には、もちろん大きな距離がありますが、これはこれで昔の人の「星ごころ」の発露だというのは、原本の装丁に見て取れます。実に素敵な月星尽くし。
(付属解説書より)
何せ当時の人は、星界と人間界(あるいは個人)の相関を説く新学問に幻惑され、星の声を聞き取ろうと必死だったので、用いる解釈原理は違えども、星への憧れと熱意において、後代の天文趣味人と大いに重なる部分があるわけです。
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