お手軽な天文時計2021年02月03日 18時13分51秒

本物の天文時計を手にするのは、なかなか大変なことです。
ネックとなるのはもちろんお金。手元で愛でようと思えば、必然的に小型の置時計、ないし掛時計ということになりますが、どちらにしても昔の王侯貴族の身辺にあったような品は、それこそ天文学的値段ですし、今出来のものでも、ちょっと気の利いた品となれば、やっぱりウン十万円要求してくるので、気軽に楽しむことは難しいです。

しかし、何事も道はあります。例えば下の時計はどうでしょう。


ガラス蓋付きの木枠の向こうに中世チックな文字盤が見えます。


上の文字盤では、時刻と月の満ち欠けを、


下の文字盤では、黄道上における太陽の位置を教えてくれるというもので、天文時計の基本を押さえています。「Astrology Clock」の名の通り、カラフルな星座絵のほかに、惑星記号を随所にあしらって、なかなかそれらしいムードを醸し出しています。

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この時計について、たぶん最も詳しい説明は、「全米時計コレクター協会(National Association of Watch & Clock Collectors, Inc.)」のページに掲載されているものです(LINK)。

発売は1975年ごろで、当然そう古いものではありません。


ですから裏面を見ると、ちょっと散文的というか、安手な感じがありますが、それはやむを得ないでしょう。電源はAC電源で、アメリカ製なので、定格電圧は120ボルト。100ボルトでも普通に動く気はしますが、モノが時計だけに変圧器をかませた方が良いかもしれず、まだ実際に動かしたことはありません。

製造元はアメリカのコネチカット州の電化製品メーカー、メカトロニクス社(Mech'a'tronicsではなく、社名はMechtronicsと綴ります)で、同社の「フェアフィールド時計製造部門」が手掛けたものです。しかしネット情報が至極乏しくて、ここは今のところ謎のメーカーです。

乏しいネット情報を総合すると、同社は1967年創業で、オーナーのRichard J. Fellinger氏は既に2017年に77歳で亡くなられた由。いずれにしても、同社が時計製造を手掛けたのは、1970年代半ば~80年頃の、ごく短期間に限られるようです。そのわりに今でも製品をよくeBayで見かけるのは、一時相当大量に作られたことを物語りますが、それほど繁盛していた時計製造から、同社がなぜ撤退したかは謎です。

ちなみに、この「アストロロジー・クロック」、eBayだと1万円台で手に入るので、相当なハイ・コストパフォーマンスです。

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ついでながら、本製品の特許番号から、特許申請書類を見つけたので、資料としてリンクしておきます(LINK)。

とりあえず、冒頭のアブストラクトとメカニズムの概略図は以下。



チェーンとホイールを上手く使うことで、1個のモーターで3つのダイヤルを正確かつ安価に動かせるというのが味噌のようです。ハイ・コストパフォーマンスの理由はこれです。

でも…と思います。上で「時計製造から、同社がなぜ撤退したかは謎」と書きましたが、ひょっとしたら、この工夫こそが、その理由なのかもしれません。というのも、こんな簡単な仕組みで乗り切れるほど、時計製造は甘い世界ではなかろう…という気がするからです。つまり、発想は良かったけれども、精度が十分出せなかった、それが同社の時計部門が短命で終わった理由ではないでしょうか。まあ、1秒も動かさない前から決めつけてはいけませんが、なんとなくそんな気がします。

ベネチアの青い空と星座神話2021年01月23日 14時01分54秒

前回の記事の枕に、ベネチアのサンマルコ広場の天文時計の写真を載せました。
時計を含む塔楼は、1490年代に建てられた美しいルネサンス建築です。

(再掲)

あれには多少の意図があって、本棚の隅で寝ている天文時計にも、ついでに言及しようと思ったのでした。


どうです、なかなかきれいなものでしょう。


この文字盤は3層の円盤から成っていて、太陽と月はそれぞれ独立に回転するので、ベネチアの本家さながらの、立派な仕上がりです(もちろん自動で動くわけではありません。パーツが可動というだけです)。

そもそもこれは何か? 別にベネチア土産ではなくて、本の一部です。


本の外箱というか、表紙というか、そこに丸窓がくりぬかれていて、そこからこの天文時計の細工物が顔をのぞかせているのでした。外箱は、縦44cm、幅33.5cmの大きさがあって、さらに厚さが10cmを超えるという、相当かさばる本です。

ただ、上で「本」と言いましたが、これは通常の意味で本の形をしていません。



外蓋を開け、さらに天文時計の付いた中蓋を開けると、箱の中にはマット装された彩色写本の複製が12枚バラの状態で入っているという、セット物の画集です(マットサイズは40×29.5cm)。

■Herrscher des Himmels: Die zwölf Tierkreiszeichen und ihre Mythen.
 『天の統治者―黄道十二宮とその神話』
 Coron Verlag (Zurich)、2005



読んで字のごとく、十二星座を描いた古写本の複製零葉を集めたもので、有名な「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」から採った1枚をはじめ、主に15~16世紀の写本を中心に、大小さまざまな絵柄を目で楽しむセットです。外箱の天文時計は、十二星座に歴史ロマンを重ねて見る、そんな現代の読者に向けた、ブックデザイナーのサービス精神に満ちた贈り物なのでしょう。


各種ファクシミリ版の刊行は、現在もコンスタントに続いており、デジタル時代になっても(デジタル時代だからこそ?)、美麗な頁をパラパラ手でめくりたいという願望は、なかなか根強いものがあるようです。


【参考】 以下、全図版一覧です。

1) AQUARIUS - Stammheimer Missale, Hildesheim, 1160-1180頃
  Los Angels, The J. Paul Gety Museum, Ms. 64, fol. 4r 
2) PISCES - Stundenbuch des Herzogs von York, Rouen, 1430/40頃
   Rome, Biblioteca Vaticana, Cod. Vat. Lat. 14935, fol. 2v/3r
3) ARIES - Breviarium Mayer van den Bergh, 1510頃
  Antwerpen, Museum Mayer van den Bergh, inv. 946, fol. 2v
4) TAURUS - Stundenbuch der Isabel la Católica, 1450-1460
  Madrid, Real Biblioteca del Palacio Real, s.n., fol. 4r
5) GEMINI - Grandes Heures d´Anne des Bretagne Paris, 1503-1508
 Paris, Bibliothéque nationale de France, Ms. Lat. 9474, fol. 8r
6) CANCER - Flämischer Kalender, Brügge, 1525頃
  München, Bayerische Staatsbibliothek, Clm 23 638, fol. 7v/8r
7) LEO - Französisches Stundenbuch, 1500頃
  London, British Library, Add. Ms. 11866, fol. 6v/7r
8) VIRGO - the Bedforn Hours, 1420頃
  London, British Library, Add. Ms. 18850, fol. 8r
9) LIBRA - Grandes Heures du Duc de Rohan Paris, 1430-1435頃
  Paris, Bibliothéque nationale de France, Ms. Lat. 9471, fol. 13r
10) SCORPIUS - Les Très riches Heures du Duc de Berry Paris, 1413頃
  Chantilly, Musée Condé, Ms. 65, fol. 10v
11) SAGITTARIUS - Les Petites Heures du Duc de Berry Paris, 1372 - 1390
  Paris, Bibliothéque nationale de France, Ms. Lat. 18014, fol. 6r
12) CAPRICORNUS - Stundenbuch Niederlande/Brügge(?), 1500頃
  München, Bayerische Staatsbibliothek, Clm 28345, fol. 13r

占星術リバイバル2020年08月22日 14時41分22秒

「うーむ、これは…」という記事を読みました。
いつもの天文学史のメーリングリストで教えてもらったものです。

以下はニュースサイト「SLATE」8月20日付の記事(筆者はHeather Schwedel)。


■「○○ちゃん、あなたの星座はなあに?(What’s Your Sign, Baby?)」

アメリカにおける世代区分のひとつに「ミレニアル世代」というのがあります。
一般的な用法としては、1981年~96年生まれを指し、年齢でいうと、現在24歳から39歳。ちょうど小さな子供がいるお父さん・お母さんの世代です。

上の記事は、ミレニアル世代が、その先行世代に比べて、占星術に強い関心を持ち、我が子にも星占いの本を好んで買い与えていること、そして目敏い出版社は、今や続々と星占いの絵本を市場に投入している事実を、やや批判的視点から取り上げたものです。

   ★

これに対するメーリングリスト参加者(多くは真面目な天文学史研究者)の反応が、興味深いものでした(以下、適当訳)。

まず、大学の人文学部で古典を講じるS教授の意見。

 「これは各大学出版局や、人文専門書のラウトレッジ社にとって、古代のマニリウスやヒュギヌスを素材にした幼児絵本(もちろんラテン語の!)を携えて、児童書マーケットに参入する絶好の機会だろう。あるいは韻を踏んだ哀歌2行連句(elegiac couplets)でもいい。ヤングアダルト向きには、オウィディウスや、他の古典注釈者たちから取った、もっと本格的なテクストもいけそうだ。…」

もちろん、これは皮肉の交じった意見で、つまらない「お星さま占い」の本を垂れ流すぐらいなら、出版社はもうちょっと身になる本を出しなさいよ…と言いたいのでしょう。
これがNASAにも在籍した月研究者であるW博士になると、完全に悲憤慷慨調です。

 「何たることか。未来の世代の愚民化が今や始まりつつある。出版社はジャンクサイエンス――とすら呼べないような代物――を、赤ん坊の真剣な目に触れさせてもお構いなしで、人類を間抜けにすることで得られる利益にしか関心がないのだろうか。我々は1000年におよぶ暗黒時代を経験したが、再び愚昧さに覆われゆく新たな1000年を迎えねばならないのか?ひょっとしたら、高度な生命体は、いずれの場所でも科学を拒絶する時期を迎え、そこから回復することがないのかもしれない。地球外生命探査計画(CETI)が失敗した理由もそれだろう。」

本業は医者であるB博士は、穏やかに諭します。

 「私は孫のために、赤ん坊向けの宇宙物理学の本を買い与えました。アマゾンをご覧なさい。『赤ちゃんのための物理学』シリーズというのが出ていますから。」

最後に場を締めくくったのは、占星術史の研究家で、自身占星術師であるC氏

 「皆さんこの話題で盛り上がっていますが、いずれにしても、ミレニアル世代がほかの世代よりも占星術にのめりこんでるという確かな証拠は何もないんですよ。このストーリーを広めているジャーナリストたちは、お互いの記事を引用したり、占星術に凝っている(大抵はたった一人の)友人の話に基づいて書いているだけですからね。この問題について、きちんとしたリサーチは依然何も行われていないのです。」

いちばんの当事者が、最も冷静だったわけです。
しかし、科学の現場に身を置く人にとって、非理性的な狂信が、再び世の中を覆い尽くすんじゃないか…という不安や恐怖は、かなり根深いものでしょう。科学の歴史は、そうした苦いエピソードにあふれているし、科学者自身がそうしたものに憑りつかれて、道を誤った例も少なくありません。これは確かに用心してかかるに越したことはないのです。

   ★

それにしても、そもそもなぜミレニアル世代は、星占いに凝っているのか?
上記のC氏は、「別に証明されたことじゃないよ」と、そのこと自体に否定的ですが、上の記事からリンクが張られている「The New Yorker」の記事を読むと、いろいろ考えさせられました。

アメリカで1970年代以降、影を潜めていた占星術が復活したのは、スピリチュアルブームと抱き合わせの現象で、不確実性の時代の反映だ…というのは、割と俗耳に入りやすい解釈でしょう。

ただ、それ以上に現代の星占いは、ネット上を伝搬する「ミーム」なんだという識者の意見は、なるほどと思いました。ミーム(ここではインターネット・ミーム)とは、「人々の心を強く捉え、ネットを通じて次々に模倣・拡散されていくもの」を指し、SNSでつい人に言いたくなる面白ネタなんかが、その典型でしょうが、それに限られるものではありません。

記事では、20世紀半ばのパーティーの席では、誰しも「自我」とか「超自我」とか、フロイト流の精神分析用語を使って、盛んにおしゃべりしていたが、今ではそれが星座の名前に置き換わったんだ…という譬えを挙げていますが、これもなかなか言い得て妙です。

確かにミレニアル世代は、星占いアプリをダウンロードして、嬉々として操作しているかもしれません。でも、多くの人はそれを真面目に捉えているわけではないし、パーティーの席上の話題も、星占いから真面目な科学的問題にパッと切り替わったりするので、彼らが特に迷妄な人々というわけでもなさそうです。

   ★

星占いの話題には、きっと集団の凝集性を高め、人々の交流を円滑にする機能があるのでしょう。日本だと、星占い以上に血液型の話題がポピュラーですが、あれも似た理由だと思います。いずれも「差し障りがない」、「無難」というのが特徴で、あるいはアメリカのミレニアル世代も、日本の若い人と同じように、対人的な距離の取り方で、常に緊張を強いられていることの反映かもしれません。

   ★

新たな暗黒の1000年が、まだ当分来ないのであれば、大いに結構なことです。
ただ用心は常に必要です。ナチスの霊的熱狂は遠い過去のことではありません。

星座スタンプ2020年06月13日 08時34分36秒



星座にちなむ小物というと、こんなものを見つけました。
黄道12星座をデザインした、天球儀風の印刷ブロックです。


小物といっても、たてよこ8cm近くあって、印刷ブロックとしては結構大きいです。
おそらく1920~30年代の品。売ってくれたペンシルベニアの業者さんは、廃業した印刷屋の在庫をごそっと買い取ったらしく、他にもインクまみれの古い印刷ブロックを、たくさん売りに出していました。


刷り上がりのイメージ(左右とネガポジを反転)。

気になるのは、これを「何」に使ったかです。
もちろん印刷するために使ったわけですが、その刷ったものの用途は、はたして何であったか? まあ、普通に本の挿絵かもしれないんですが、ひょっとしたら、星占い用のシートを印刷するのに使ったのかな?…という想像もしています。


以前登場した、ホロスコープ用印刷ブロック【元記事】と似た感じを受けるからです。
(右側に写っているのがそれ。以前、記事を書いたときは、占星術師が手元でポンポンと捺して使うのだと考えましたが、これも町の印刷屋さんに一気に刷ってもらった方が便利そうです。)

上の想像の当否はしばし脇に置いて、なかなか素朴で愛らしい品です。

アルカーナ2019年08月24日 18時10分51秒

家の改修やら何やらゴタゴタしているので、ブログの方はしばらく開店休業です。
そうしている間にも、いろいろコメントをいただき、嬉しく楽しく読ませていただいています。どうもありがとうございます。

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しかし、身辺に限らず、世間はどうもゴタついていますね。

私が尊敬する人たちは、人間に決して絶望することがありませんでした。
これは別に、偉人伝中のエライ人だからそうというわけではなくて、どんなに醜悪な世の中にも善き人はいるし、どんなに醜悪な人間の中にも善き部分はある…という、至極当たり前のことを常に忘れなかったからでしょう。(その逆に、どんなに善い世の中、どんなに善い人であっても、醜悪な部分は必ずあると思います。)

私も先人のあとを慕って、絶望はしません。
まあ、絶望はしませんが、でもゲンナリすることはあります。
醜悪なものを、こう立て続けに見せられては、それもやむなしです。
それに、このごろは<悪>の深みもなく、単に醜にして愚という振る舞いも多いので…とか何とか言っていると、徐々に言行不一致になってくるので、この辺で沈黙せねば。

   ★


本棚の隅にいる一人の「賢者」。
彼が本当に賢者なのか、あるいは狂者なのかは分かりません。突き詰めるとあまり差がないとも言えます。今のような時代は、こういう人の横顔を眺めて、いろいろ沈思することが大切ではないか…と思います。

その人は、医師にして化学者、錬金術師でもあったパラケルスス(1493-1541)

写真に写っているのは、オーストリアのフィラッハ市が1941年、パラケルススの没後400年を記念して鋳造した、小さな金属製プラーク(銘鈑)です。フィラッハは、パラケルススが少年時代を過ごした町であり、郷土の偉人をたたえる目的で制作したのでしょう。

上の写真は、プラークを先に見つけて、あとからちょうどいいサイズの額に入れました。どうです、なかなか好いでしょう。

(プラークの裏面。購入時の商品写真の流用)

(仰ぎ見るパラケルスス)

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本棚ではたまたまユングの本と並んでいますが、ユングにはずばり『パラケルスス論』という著作があります。

(榎木真吉・訳、『パラケルスス論』、みすず書房、1992)

原著は1942年に出ており、内容は前年の1941年、すなわち手元のプラークが制作されたのと同年に、やっぱりパラケルススの没後400年を記念して、ユングがスイスで行った2つの講演(「医師としてのパラケルスス」と「精神現象としてのパラケルスス」)を元に書き下ろしたものです。

しかし、本書を通読しても、ユングの言っていることは寸毫も分かりません。
したがって、パラケルススその人のこともさっぱりです。

 「パラケルススは、〈アーレス〉に、≪メルジーネ的≫(melosinicum)という属性を与えています。ということは、このメルジーネは疑いもなく、水の領域に、≪ニンフたちの世界≫(nymphididica natura)に、属しているわけですから、≪メルジーネ的≫という属性に伴って、それ自体が精神的な概念である〈アーレス〉には、水の性格が持ち込まれたことになります。このことが示唆しているのは、その場合、〈アーレス〉とは、下界の密度の高い領域に属するものであり、何らかの形で、身体ときわめて密接な関係にあるということです。その結果として、かかる〈アーレス〉は、〈アクアステル〉と近接させられ、概念の上では、もはや両者は、ほとんど見分けがつかなくなってしまうのです。」
(上掲書 p.132)

私が蒙昧なのは認めるにしても、全編こんな調子では、分れという方が無理でしょう。
しかし、こうして謎めいた言葉の森を経めぐることそれ自体が、濁り多き俗世の解毒剤となるのです。そして、私が安易に世界に対して閉塞感を感じたとしても、実際の世界はそんなに簡単に閉塞するほどちっぽけなものではないことを、過去の賢者は教えてくれるのです。

インド占星術は政界の風を読む2019年07月20日 12時59分01秒

今年の1月に書いた記事の中で、インドにおける占星術の隆盛について触れました。

■インド占星術の世界
インドでは、古代から発展を続けた占星術が、現代でもなお生き続けており、人々の生活の一部になっていることを、矢野道雄氏の著書を引きながら、メモしたものです。その内容は1990年代の話でしたが、2019年現在でも状況は変わらず、むしろいっそう過熱しているのではないか…とすら思えます。

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それは、たまたま下のようなページを目にしたからです。




時節柄、選挙と天文に関して、三題話的なことでも書ければ…と思って、ネット上を徘徊していたら、突如インドのモディ首相の写真がバーンと出て、そこに「2019年ローク・サバー選挙予測: ガネーシャの正しさを知れ」というタイトルが踊っていました。

ローク・サバーというのは、インド連邦議会の下院で、日本でいえば衆議院に当たります。そして、今年はインドも総選挙の年で、5年ぶりにローク・サバー選挙があったという話。

で、上のページ自体は、「GaneshaSpeaks.com」という占星術の総合サイトに含まれていて、記事の書き手は、選挙に先立って同社が占った結果が恐ろしく当たったぞ!…と、縷々(るる)強調しているのでした。(選挙は4月11日から5月19日にかけて行われ、上の記事は5月24日付です。)

本当に当たったのかどうかは、正直よく分かりません。
文中に出てくる占星術用語はちんぷんかんぷんだし、インドの政界事情にも疎いのですが、運営側は、「占星術の奥深さと、ガネーシャのすばらしい予測精度をとくとご覧あれ(Read on to know the depth of Astrology and the super quality of Ganesha's predictions)」と、自信満々です。

それほどまでに当たるならば、明日の選挙結果もぜひ占ってほしいですが、まあ、こればかりはインドの叡智と伝統も、多少割り引いて考えねばならないでしょう。

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ときに、ローク・サバーを知るために、ウィキペディアを覗いたら、2019年の選挙結果が興味深かったです。545議席中303議席を得た「インド人民党」は、日本の自民党みたいな存在でしょうが、その後のロングテールぶりがすごいです。

「インド人民党」、「インド国民会議派」、「ドラーヴィダ進歩党」、「トリナムール(草の根)会議派」に始まって、そこに並ぶ組織・政党名は、実に36(「無所属」を除く)。
「解放パンサー党」とか、「ナガランド人民戦線」とか、「全ジャールカンド州学生組合党」とか、「シッキム革命戦線」とか、1議席だけの諸派も15を数えます。

まさにインド亜大陸の多様性を、目の当たりにする思いです。
日本も多党制の国だとはいいますが、インドと比べれば、まだまだですね(何が「まだまだ」なのか、自分でもよく分かりませんが)。

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さらにインドの外に目を向ければ、世界はいっそう広く、多様です。
時間軸に沿って眺めれば、その多様性は常に変化を続け、まるで万華鏡を覗いているようです。

今の日本で起こっていることも、その1コマであり、その1コマに過ぎない…と達観することで、いくぶん精神衛生が向上する気はしますが、それにしても、日付が変わって万華鏡がヒョイと回った時、いったいどんな光景が見えるのか、今から気もそぞろです。

中世チックな天文趣味に親しむ2019年03月16日 11時54分20秒

前回は知ったかぶりして、ちょっといい加減な記事を書いてしまいましたが、それはさておき、「中世チックな天文趣味」を親しく味わうことは、果たして可能なんでしょうか?

普通に考えると、それはもっぱら本やネットの世界の住人であり、実物を眺めようと思えば、海外の博物館に行くしかありません(日本にいる限り、充実したコレクションは拝みがたいでしょう)。

しかし、世の中には複製本、いわゆるファクシミリ版という便利なものがあって、ホンモノは無理でも、その似姿なら手元に置けないことはありません。

その一例は、以前も登場した『皇帝天文学』の複製です。


ただし、あれはルネサンス期も後期、活版印刷の時代になってからのものでした。
もっと中世チックなものというと、たとえばこんな一冊。


■Losbuch in Deutschen Reimpaaren.
 Akademische Druck- u. Verlagsanstalt (ADEVA), 1972

14世紀の第4四半期に制作されたと推測される彩色写本です。原本はウィーン国立図書館所蔵。複製本の方は、オーストリアのグラーツにあるADEVA社から1972年に出ていますが、ちょっと驚くのは、半世紀近く経った今も、定価390ユーロで版元から購入可能なことです(http://www.adeva.com/faks_detail_en.asp?id=90)。特に稀書ではないので、古書店でも普通に売っています。


ページを開いても何が書かれているのかまったく分からないし、付属の解説書もドイツ語なので、これまたよくは分からないのですが、とりあえずタイトルは『ドイツ語韻文対句による占いの書』といった意味らしいです。要は、個人の星回りを見て、その身にこれから起きることを占おうという本です。


で、その星回りを見るための道具として、表紙の内側には、天体の運行を示すヴォルヴェル(回転盤)が取り付けられています。

今では痕跡を残すのみですが、昔はここにあった円盤をグルグルやって、その指し示す該当ページを読みに行くと、それらしい託宣が書かれている…という体裁。こういう託宣書というのは、古代ギリシャからあって、それがイスラム圏を経由してラテン語に翻訳され、さらに口語たるドイツ語に移されて…という歴史が本書の背後にはあります。東方風の人物像は、そうした歴史の反映でしょう。


こうした占星の書と純粋な天文趣味との間には、もちろん大きな距離がありますが、これはこれで昔の人の「星ごころ」の発露だというのは、原本の装丁に見て取れます。実に素敵な月星尽くし。

(付属解説書より)

何せ当時の人は、星界と人間界(あるいは個人)の相関を説く新学問に幻惑され、星の声を聞き取ろうと必死だったので、用いる解釈原理は違えども、星への憧れと熱意において、後代の天文趣味人と大いに重なる部分があるわけです。



中世チックな天文趣味を考える2019年03月12日 21時41分05秒

昨日の記事を書いてから、しばし考えました。
昨日登場したような「中世チックな天文趣味」は、なぜ現代人の心を引き付けるのか?

(「History of Astronomy」の直近1年間のトップツイートより。画像出典は大英図書館。http://www.bl.uk/manuscripts/FullDisplay.aspx?ref=Harley_MS_937

単純に考えれば、その主因は「いわゆる中世ロマン」なのでしょう。
すなわち、騎士や、お姫様や、魔法使いが活躍する、RPG的な冒険譚に彩られた中世ロマンの香り―これは19世紀に流行した中世趣味の直系の子孫でもあります―が、退屈な日常からの逃避を与えてくれるからだ…というわけです。

しかし、「いわゆる中世ロマン」の内実は、なかなか複雑です。

例えば、星にまつわる中世ロマンといえば、天文学と占星術が混淆した時代の、妖しくもマジカルな匂いが肝でしょうが、この点はよくよく吟味が必要です。なぜなら、中世における占星術の流行は、むしろ中世という時代を否定するものであり、新時代への曙光に他ならないからです。ですから、それを「中世ロマン」の語でくくると、ちょっとおかしなことになります。

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ヨーロッパにおける「中世的世界」とは、「キリスト教的世界」とほぼ同義でしょう。
教科書風にいえば、中世はキリスト教という単一の世界観・価値観が世を覆った時代で、一方には封建諸侯を上回る絶対的な権力を誇る教会が、他方には抑圧された個人がいました。

しかし、中世後期になって、この強固な世界に徐々にひびが入ります。
そのひびの一つが占星術に他なりません。12星座にしても、神格化された惑星にしても、キリスト教の正当教義からすれば明らかに異教的要素であり、教会権威にとって不穏なものをはらんでいました。占星術の側からすれば、自らの学問体系は、観察と思索に裏打ちされた立派な経験科学であり、一途な宗教的信念を蒙昧視する傾向が無きにしも非ず。したがって、両者の間には常に緊張関係があったのです。(と言っても、当時の占星術研究者は、たいてい学僧であり、自ら教会に属していましたから、その緊張関係の在り様も単純ではありません。)

いずれにしても、いわゆる12世紀ルネサンスを迎えるころ、イスラム圏を経由して、古代のギリシャ・ローマの学問がヨーロッパ世界に流入し、本格的なルネサンスが開花する下準備が整いつつありました。もちろん占星術もギリシャ・ローマから吹き寄せる風の一つであり、各地に大学が生まれたのもこの時期です。

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「中世チックな天文趣味」が美しく、ロマンに富んでいるのは、宗教的圧力を撥ねのけるまでに、中世後期のヨーロッパ人の「星ごころ」が沸騰していたからではないでしょうか。そこには古さと同時に清新さがあり、それが我々の心を打つのだ…というのは、定説でも何でもない、個人的感想にすぎませんけれど、私なりにぼんやり考えたことです。

教条主義が幅を利かせた中世前期、そこでは「光輝く星空はすべて神様が作ったもので、そこに不思議な要素は何もない」とする静的世界観が優勢でした。しかし、占星術という新奇な学問は、そこに「星空には人間が探求すべき謎と不思議が満ちている」という動的世界観をもたらした…そんな風に言い換えることもできそうです。

   ★

ここで、ひとつ連想することがあります。

18世紀、ニュートン力学が鮮やかに世界を席巻し、天体の運行はすべて万有引力によって説明がつくようになりました。果ては、「この宇宙に新たに探求すべきことはない」とまで言われるようになったのですが、同時にそれは天文学からワクワク感を奪い、それを退屈な学問にしてしまいました。

しかし、19世紀の「新天文学」、すなわち天体物理学の誕生は、星空を新たな不思議で満たし、天文学は再びワクワクする学問になったのです。

アナロジカルに考えれば、かつての占星術は、近代の天体物理学に等しい存在です。
19世紀の天文趣味に純な「星ごころ」が満ちているように、中世の占星術に純な「星ごころ」の発露を見る…というのは、一見奇説めいていますが、あながち無茶な説でもなかろうと、自分では思っています。

(「ヨーロッパ」とか、「中世」とか、妙に大きい主語を持ち出す話は、大抵ヨタか不正確と相場が決まっています。もちろんこの記事も例外ではありません。)

占星の遠き道(後編)2019年02月03日 09時02分48秒

暦占の知識が吹き溜まった、「スターロード」の終着駅・日本。
そのことは、昨日の写本と対になる、もう1冊の写本によく表れています。

(体裁は昨日の『七星九曜十二宮廿八宿等種印言』と同じ。ただし丁数は5丁と、一層薄いです。)

こちらは『知星精』と題する冊子で(書名は「ちせいしょう」または「ちしょうせい」と読むのでしょう)、筆者は同じく江戸時代初期の人、長怡房祐勢。

こちらは、九曜と北斗七星の各星を、木火土金水(もっかどこんすい)の「五行」に当てはめる方式と、それぞれの威徳を解説したものです。


当然、木星は木の精を帯びた存在ですし、火星、土星、金星、水星はそれぞれ火・土・金・水に当てれば良いのですが、そうする太陽と月、それに羅睺と計都が余ってしまいます。これらは、その性質から太陽と羅睺は火精に、月と計都は水精に配当します。また、北斗七星の各星も、それぞれ下図のような配当になるのだそうです。


で、ここに展開されているような、すべての現象は「陰陽五行」の相互作用に因るとする説や、北斗に対する信仰は、純正インド仏教ではなしに、中国起源の思想ですから、これらを仏僧がごっちゃに兼学しているところが、まさに吹き溜まりの吹き溜まりたる所以。(ちなみに、「長怡房祐勢」という名前には、何となくピュアな仏僧ならぬ「修験者」っぽい響きがあって、昨日の写本の大元らしい醍醐寺三宝院が「修験道当山派」の本山であることを考え合わせると、こうした宗教儀式の背景が、いろいろ想像されます。)


北斗の柄杓の口先、おおぐま座α星は別名「貪狼星(たんろうせい)」
「貪狼星は日天子の精なり」とあって、五行の「火」に当たります。解説の方は「日輪は閻浮提一切草木聚林を行き、その性分に随いて増長するを得。経に曰く、日輪はあまねく光明を放ち、大いに饒益をなすと云々。然らばすなわち煩悩の黒雲を払い、法身の慧眼を開く。」…と続きます。

   ★

いずれにしても、この小さな冊子の向こうには、中国、インドへと通じる道があり、さらにその先は、遠くギリシャやメソポタミアまでつながっています。そして、「ふむ、日曜日の午前中からこんなことをノンビリ考えるのも悪くないね」と呟いたそばから、その「日曜」にしろ、「午前」にしろ、やっぱり数千年に及ぶ人類と星のかかわりの中から生まれた言葉だと気づくと、だんだん頭がぼんやりしてきます。

我々は皆すべからく歴史を生きる存在です。

占星の遠き道(前編)2019年02月02日 09時53分48秒

暦と占星の知識を伝えた「スターロード」。
まあ、これは私のいい加減な造語ですが、文化にはそうした水平(地理的)な伝搬に加え、当然垂直(歴史的)な伝搬もあります。むしろ現実のスターロードは、その両者が複雑に絡み合った、組み紐のようなものでしょう。

ところで、この文化の垂直伝搬に関して、その実例をまざまざと目にしたことがあります。

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これも矢野氏の影響と言っていいですが、以前、宿曜経に関心を示した際、さらに密教と星供(「ほしく」または「しょうく」)に関係したモノが気になり、少しキョロキョロしたことがあります。そんな折に、古書店のデータベースで2冊の写本を目にしました。

一冊は『七星九曜十二宮廿八宿等種印言』と題されたもの。

(用紙はタテ横16.5cmのほぼ正方形)

表紙を含め全14丁の和紙を糊付けした薄い冊子体のもので、後述のように、今から370年前、江戸時代前期の慶安2年(1649)に筆写されたものです。筆写したのは、表紙に見える「長怡房(ちょういぼう)祐勢」という僧侶。

(題名の前にある「三宝院簿」の意味が判然としませんが、この写本のオリジナルが、京都の真言寺院、醍醐寺三宝院に由来することを意味するのかな…と想像します。)

その中身はというと、題名のとおり、神格化された北斗七星、九曜(5大惑星+日月+羅睺と計都)、それに十二宮と二十八宿の各星座について、それぞれに対応した、種子(諸尊をシンボライズした梵字)・印相(手指で結ぶ印の形)・真言(梵語による唱句)を列記したものです。要は、密教の修法の一として、星に祈る際のコンサイスマニュアル。

羅睺と計都は、日食・月食を引き起こす原因として想定された仮想天体です。)

(日曜(太陽)はやっぱり大した存在らしく、祈りを捧げるときも、指を盛んにくねくねさせて、ノーマクアーラータンノータラヤー…と、唱え事も長いです。)

(これが十二宮になると、その他大勢的な感じになって、文句もごくあっさり。なお、左から二番目の「男女」は今でいう双児宮、星座を当てればふたご座です)

そして、私が<文化の伝搬>に思いを巡らし、「なるほど、文化とはかつてこんな風に伝えられたのか…」と深く嘆息したのは、この冊子の奥書を見たときのことです。


一見して、「知識のバトンリレー」を生で観戦する感動と迫力があります。
もちろん、私も写本文化の存在を、知識としては知っていましたが、そこに突如としてリアリティが備わった感じです。たびたび言うように、これこそ形あるモノの力でしょう。

一部読み取れない文字もありますが、平安時代に成立したとおぼしい原本を、鎌倉時代の弘長2年(1262)に、真言僧・頼瑜(らいゆ、1226-1304)が書写したのに始まり、以後、文禄3年(1595)、慶長16年(1611)、慶安2年(1649)と書写を繰り返して、現在に至っています。そしてここには、ささやかな水平伝搬もあって、京の都から房州(千葉県)へ、さらに奥州磐城へと、書写を繰り返すたびに知識が下向していく様子が見て取れます。

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「スターロード」の終着駅・日本で、さらに時間を超えて続く旅。
今ひとたび、「なるほど、文化とはかつてこんな風に伝えられたのか…」の思いが深いです。

(もう1冊の写本をめぐって、後編につづく)