医は仁術なりしか2017年08月14日 07時22分27秒

昨日のNHKスペシャルは、例の731部隊の特集でした。
まさに「鬼畜の所業」であり、これぞ「戦時下の狂気」であった…という定型的な表現も、たしかに半面の真実でしょうが、それだけでは語りえない闇も深く、放送終了後もしばし腕組みをして考えさせられました。

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担当者が熱のこもった取材をする中で、ぽっかり穴のように開いていたのが、この件への東大の関与です。

積極的に取材に協力姿勢を見せた京大に対し(実名入りで当時の医学部実力者の動きを報じるのですから、これは相当勇気が要ったことでしょう)、東大については、「組織的関与はなかった」とする大学側のコメントが読み上げられただけでした。
当時の文脈に照らして、大学側のコメントは不自然であり、そこに横たわる闇の大きさが改めて想像されて、なおさら不気味な感じでした。

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東大の総合研究博物館やインターメディアテク(IMT)は、アカデミズムと政治との緊張関係について、そして東大が負う「負の歴史」について、どう向き合うのか? 

IMTの一ファンとしては、今後同館を訪れる度に、そんなことも頭の隅で考えながら、展示を見て回ることになると思います。

或るパリの博物館2017年07月15日 14時31分50秒

真実とは純粋で単純なものだ…と、私なんかは単純に思ってしまいます。

でも、さっき古書を探していたら、ふと「真実が純粋であることは滅多になく、単純であることは決してない(The truth is rarely pure and never simple.)」という、文学者オスカー・ワイルドの警句が画面に表示されました。

たぶん、これは「真実」と、どれだけの距離で向き合うかにも拠るのでしょう。
すなわち、たいていの真実は遠くから見れば単純だし、近くから見れば複雑なものです。いずれにしても、ワイルドの言葉は半面の真理を含んでいます。

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さて、机上のモノがゴチャゴチャになってきたので、少しずつ片付けなければなりません。そのためには、記事を書くのがいちばんです。記事にすれば、自分の中で区切りがついて、安心して本来あるべき場所にしまえるからです。

そんなわけで、少しずつ記事を書いてみます。


「パリ天文台」で検索していたら、上のような絵葉書が売られているのを見つけました。
さすがにこれは天文台の光景ではないだろう…とは思いましたが、細かい説明が何もないので、謎のような気分を引きずりながら購入しました。


この空間の正体は、絵葉書の裏面を見て、ようやく判明しました。
(販売ページには裏面の写真がありませんでした。)

これは、パリ天文台からリュクサンブール公園へと抜ける「オブセルヴァトワール(天文台)通り」沿いにある、「パリ大学薬学部 生薬博物館」の内部の光景だったのです。

そうと分かってみれば、この謎めいた空間も何ら謎ではありません。


机上の古風な顕微鏡。
棚に収められた無数のガラス壜。


天井近くに掲げられた掛図や版画。


窓から差し込む弱い光に照らされて森閑とした室内。
――確かに謎ではないですが、でもやっぱり謎めいたものが残ります。

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ところで、絵葉書の裏面を見て、ちょっと思い出したことがあります。


説明書きの一部がインクで消されていますが、よく見ると「エミール・ペロー」の名前が見えます。この名は「天文古玩」でも過去に1回登場しています。

博物学の相貌

2年前の自分は、パリ自然史博物館を写した絵葉書の宛先に注目して、
「宛名の方は、当時パリ大学薬学部(Faculté de Pharmacie)で教鞭をとっていたエミール・ペロー教授(Emile Perrot、1867-1951)で間違いなかろうと思います」
と書きました。

そして、ペロー教授の名前の脇にある、「PARIS」というのは、地名のパリではなく、彼の後任にあたる、ルネ・パリ教授(René Paris、1907-1988)を指しています。

想像するに、この絵葉書はペロー教授の在任中に作られ(いかにも石版絵葉書っぽいですが、実際は網点印刷なので、製作は1930年頃と思います)、教授が退官後もそのデッドストックが教室に残されており、後任のパリ教授が、代わりに自分の名前をスタンプで押して、書簡用に使っていたのじゃないかと思います。

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パリ教授は、1975年、この博物館の歴史についてまとめた文章を書いています。

■Le Musée de matière médicale de la Faculté de Pharmacie de Paris

フランス語なので読み難いですが、最後に英文の要約が付いているので、そこだけ訳してみます。

「パリ大学薬学部 附属薬品博物館」

 パリ大学薬学部 附属博物館の起源は、ラルバレート街(rue de l’Arbalète)にあった薬学校(School of Pharmacy)のコレクションに由来し、それはさらに薬学カレッジ(College of Pharmacy)(1777)や、同じ街路にあった博物収蔵室(Cabinet of Natural History)(1763)から受け継いだものである。
 
 1882年以降、これらのコレクションは、G. プランション教授(G. Planchon、1866-1900 〔※年代は教授在任期間〕)の手で、現在の建物に収められたが、その中にはプランション教授の前任である、N. J. B. ギブール教授(N.-J.-B.〔Nicolas Jean Baptiste〕Guibourt、1832-1866)が収集した標本類も多い。

 この作業は、その後もE.ペロー教授(E. Perrot、1900-1937)や、M. マスクレ教授(M. Mascré、1937-1947)、そして1947年以降はR. パリ教授によって続けられてきた。

 現在、同博物館が所蔵する生薬標本は2万2千種類に及び、その多くが植物由来のものである。  〔※以下、コレクションの概説がありますが省略〕

これを読むと、パリ教授がペローら歴代の教授に深い敬意を払い、王朝期から続くそのコレクションをめぐる歴史に、自分も名を刻んだことを、とても誇りに思っていたことが感じられます。

学芸は一朝一夕に成らず。
学問とはこうあらねばならない…と、改めて思います。

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1枚の絵葉書でも、仔細に見れば、いろいろな物語が見えてきます。
まさに「The truth is never simple.」なのですが、しかしこんなふうにこだわっていては、机の上は一向に片付かないので、もう少しサラサラと行くことにします。

緑と白2016年06月12日 08時03分11秒

もうじき夏至。
梅雨入り後、急に暑くなって、電車に乗るとエアコンが入っていたりします。
そんな蒸し暑い日におすすめしたい、銀河通信社の逸品があります。


銀河通信社の話題が続きますが、私は別に同社の回し者でもなければ、小林健二氏の手の者でもないのです。先日から「around the shelves」と題して、棚に置かれたモノを順番に取り上げるという、一寸ものぐさな試みを続けていますが、今、たまたま同社の品が並んでいる位置にさしかかった…というに過ぎません。(そもそも、さっき確認したら、この品は売り切れなので、ここでいくら長広舌をふるっても、同社の売り上げには寄与しません。)


…と弁解しつつ、改めてどうですか、この「薄荷結晶」「冬緑松針油(とうりょくしょうしんゆ)」のセット。見るからに、清涼感に富んでいるではありませんか。


薄荷の主成分はメントールで、これは化学式 C10H20O の有機化合物であり、無色透明の結晶となります。


いっぽう「冬緑松針油」は、小林健二氏のオリジナル香油で、その製法は不明ですが、名前から察するに、松葉の精油をベースとしているのでしょう。松精油の主成分はピネン(松=パインに由来する名)で、こちらは化学式 C10H16 の有機化合物。(以上はネット情報のつまみ食いです。)

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私は昔から緑色が好きで、歯ブラシの色も緑と決めています。
だから何だという話ですが、まあそれぐらい緑が好きだということです。


ですから、この品は色合いだけでもう十分で、あえて封蝋を解く気になれません。


緑と白のコントラストの何と爽やかなことか。
これさえあれば、エアコンなしで夏を乗り切れる…とまでは言いませんが、身近に置けば涼味が増すこと請け合いです。

ヘルメスの術師2016年04月09日 13時56分11秒

ちょっと天文から遠ざかりますが、引き続き回顧モードで、机辺にあるものをランダムに載せます。


小さな箱に入って届いた、1933年結成の「アメリカ医療技術協会(AMST;American Society for Medical Technology )」(※)の徽章。
エナメルを施した銀のクロスの四方に粒真珠を嵌めた、なかなか凝った細工です。
そして、徽章本体に鋳込まれたデザインがまた凝っています。


顕微鏡、古風なレトルト瓶、そして有翼の杖に2匹の蛇が巻き付いた「ヘルメスの杖」。
黒ずんだ銀の表面に、医学・薬学のシンボルが凝縮されています。


それにしても、このバッジ。差し渡し約15ミリですから、本当に小さいんですよ。
この原型を作った彫塑師の腕前も大したものです。

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ときに「ヘルメスの杖」に関連してメモ書き。

もとは、伝説の名医・アスクレピオスが手にした、1匹の蛇が巻き付いた「アスクレピオスの杖」が医術のシンボルだったのですが、それがいつしか旅行と商売の神様・ヘルメスが手にする「ヘルメスの杖」と混同されて、ヘルメスの杖も医学関連の図像として使われるようになった…というのは、さっき検索して知ったことです。

(アスクレピオスの杖。ウィキペディアより)

さらにそこには、伝説の錬金術師ヘルメス・トリスメギストスの連想があり、彼が手にした不老不死の霊薬「賢者の石」のイメージが重なっているのも、まず間違いないところでしょう。そう思うと、このバッジが何か秘密結社のバッジのようにも見えてきます。

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ちょうど2年前、ちょっと薬学に入れ込んでいた時期があって、あまり記事には書いていませんが、かすかな「ほのめかし」は以下に書かれています。


この銀のバッジも、入手時期を考えると、その流れで手にしたものではないかと思います(わが事ながら、記憶が常にあいまいです)。

(※)現在は「アメリカ臨床実験科学協会(ASCLS;American Society for Clinical Laboratory Science)」に改称

「星を売る店」のドアを開ける(9)…星は口腹を満たす(後編)2015年07月02日 18時43分59秒

 さらにこのままフラスコの中に入れて、アルコオルランプか何かで温めながら、少しずつ蒸気をお吸いなされるなら、オピァムに似た陶酔をおぼえ、その夢心地というのがまことにさわやかで、中毒のうれいなどは絶対になく、非常にむつかしい哲学書の内容なんかも、立所に判るそうでございます。


Opium、阿片。
この店員の説明は、かなりアブナイ感じのするもので、「中毒のうれいなど絶対にない」と言われても、迂闊に手を出すことは憚られます。(仮に身体依存性はなくても、強固な精神依存性を生じかねません。この種の快はいったん味わうと、容易に離れがたいからです。)


この一文、「キラキラしたお星さま」は、決して愛らしい賞玩品なんぞではなく、一方には人間を手玉に取ったり、破滅させたりする剣呑な顔があるゾ…というほのめかしになっているのかもしれません。これは「一千一秒物語」以来、足穂が星に対して抱いているイメージでしょう。


しかし、それでも人は星に惹かれ、じっと見つめ、思わずポンと口に放り込む誘惑に駆られます。美しい対象は、得てしてそういものだと思います。

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「それで―」と待ちかねて私は口を挟んだ。
「いったい何物なんです?」
「星でございます」
「星だって?」

さて、物語は、ここから遥かな異国における星捕りの話題に入って行きます。

(この項つづく)

生薬・秘薬・毒薬(2)…カテゴリー縦覧:医療・薬学編2015年05月20日 07時14分01秒

さて、生薬の箱の中身です。


蓋を開けると、さらにボール紙製の箱があって、1から7までの番号シールが貼られています。そのキッチリ感も大層よくて、様々な大きさの箱が、この番号の順に化粧箱に入れていくと、最後にピタッと収まります。


手前の6番、7番の箱には、可愛らしい小壜が上下2段になってぎっしり。


中層の3番、4番、5番の箱には、スマートな中壜が、


いちばん下の1番、2番の箱には、ズシッとした大壜が並んでいます。


次々に現れる秘薬、生薬。


個々の壜の表情も、いかにも妖しの気配です。

No.74の扁平なのはホミカ、局方名はSemen Strychini。
生薬の本を参照すると、植物名はStrychnos nux Vomica L.で、産地は東インド。漢名は番木鼈または馬銭子。その味は頗る苦く、健胃薬として用いられる一方、毒性の強いストリキニーネの原料ともなるため、局方上、劇薬扱いです。

その隣の不定形なNo.12は五倍子(‘ごばいし’又は‘ふし’)。局方名は Galla。
ウルシの仲間であるヌルデの木に、アリマキの一種が寄生することで出来る「虫こぶ」を薬に用いるものです。書物には「味極メテ収斂性ナリ」とありますが、主成分はタンニンで、ものすごく渋いらしいです。それにしても、こんな妙ちきりんなものにまで有用性を見出すとは、人間の探求心の何と旺盛なことか。


小壜たちもそれぞれに、それぞれの表情。
右端に見えるNo.89の鉱物状のものは、サンダラック(Sandaraca)。アフリカ産の松柏類の一種からとれる樹脂で、特に薬効はありませんが、硬膏の原料とされます。
なお、番号シールの代わりに直接名称が記載された標本壜は、局方生薬以外のものです。


どうですか、この「ズラッと感」。

(画像再掲)

東大の生薬標本↑と較べるのは僭越ですが、でも「驚異の部屋」にかける気概は、おさおさ劣るものではありません。(それに、時代がかって見える東大のセットも、震災後の大正末期~昭和戦前に購入されたものらしく、歴史性においても、そう大きな隔たりはありません。)


生薬・秘薬・毒薬(1)…カテゴリー縦覧:医療・薬学編2015年05月19日 06時37分31秒

カテゴリー縦覧の旅も道半ばを過ぎて、遠くに終着点が見えてきました。

ここまで書いてきて、改めて各カテゴリーを見直すと、記事数がものすごくアンバランスなことに気づきます。今日現在でいうと、一番多いのが「天文古書」の304で、次いで「絵葉書」の239あたりが横綱クラス。一方少ないのは、(企画倒れの観のある「便利情報」を除けば)「木星」の8個、そして今日のテーマである「医療・薬学」の9個というのが続きます。

「医療・薬学」については、前回の人体解剖の話題と同様、何となく暗くぬめっとした感がダメで、もっといえば、人間は文学の対象ではあっても、理科趣味の対象とはならない…という、私自身の抜きがたい偏見のせいでもあります。

ただ、一口に「医療・薬学」といっても、両者の肌触りはずいぶん違います。
薬学はその出自を考えれば、むしろ植物学に近い学問ですし(というか、植物学が薬学から派生したのでしょう)、その魔術的な雰囲気を面白く思う心もあって、一時はけっこうのめり込んでいました。

過去の記事でいうと、下の文章がその辺りの事情を伝えています。


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で、上の記事に出てきた生薬標本というのはこれです。


キーボードと比べると大体お分かりでしょうが、22×24センチほどの菓子折りサイズの箱入りセット。ラベルが朽ちかけていますが「第五改正準拠/局方生薬標本/京都市車屋町二條/中川安商店学術部」とあります。

「中川安(なかがわやす)商店」というのは、ウィキペディアにも項目立てされている、医療器材・薬品一般を扱う老舗で、明治39年(1906)の創業。現在はアルフレッサ(株)というハイカラな名称になっています。

国が薬品の標準規格を定めた「日本薬局方」は、明治19年(1886)以来、16次の改正を経て現在に至りますが、ここに出てくる「第五改正」とは、昭和14年(1939)に行われたものを指します。


箱の蓋の裏側には、その局方生薬一覧が載っています。


この標本セットは、それを網羅したもので、中には



「印度大麻」とか「阿片」とかあって一瞬ドキッとしますが、こうした麻薬類は例外で、標本セットから除外されています。でもそれ以外は、劇薬扱いのものも含まれているので、薬学をめぐる怪しい雰囲気は十分そなわっています。

以下、この古風な(そして実際古い)生薬標本の表情を眺めます。

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ときに、「薬局方」という言葉を調べていたら、それは英語で「pharmacopoeia」という、いかにも詰屈なスペルの単語で表現されることを知りました(ファーマコピーアと発音するらしい)。

そして、ネット辞書のWeblioには「It has not yet found its way either into the pharmacopoeia or into the literature of toxicology. (薬局方にも毒物学の文献にも出たことがない。)」という例文が、さりげなくシャーロック・ホームズの『悪魔の足』から引用されていて、「おお」と思いました。

この作品は、悪魔の足の根(Radix pedis diaboli)」という、アフリカにのみ存在する毒物を使用することで、警察の捜査を逃れるというのがトリックの核になっていて、薬物、殺人、アフリカ、探偵…そんなイメージが脳内でかもされ、私の生薬イメージにいっそう奇怪な陰影が生じたのでした。

(この項つづく)

リアリズム問答…理系アンティークショップ「Q堂」にて2014年06月29日 19時56分48秒

本日3投目。

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「よお、いらっしゃい。」

どう、何か面白いものは入った?

「面白いかどうかはお客さんが決めることだから…。でもTさんは、こんなの好きでしょ?イタリア製の星座早見盤。ほら、前にジョバンニが見たような早見が欲しいって言ってたじゃない。」

ああ、これ!よく見つかったねえ。ネットでは見たことあったけど、実物は初めて見るよ。

「いいでしょう。保存状態もまあまあだし、それにメーカーの元袋が付いてるのは珍しいと思って。」

むう、確かに。と、値段は…

「〇万円。まあ、リーズナブルだと思うよ。市に出したって、すぐに買い手は付くだろうし。Tさんなら1割引いてもいいかな。」

はあ、足元を見るねえ。じゃあとりあえず内金を入れるから、来月の頭まで取っといてくれないかな。今月はもうカードも使いたくないし。

「了解。毎度おおきに。」

ふん、こっちこそおおきにお世話様さ。でも、ありがとう。真っ先に声をかけてくれて嬉しいよ。…それにしても、Qさんはいいよね。こんな浮世離れしたモノを商って、それで生活できるんだから。世間は今、集団的何とかでカンカンガクガクなの知ってる?

「そうバカにしたもんじゃないよ。何せ昔のものは嫌ってほど見てるんだから、歴史に学ぶことにかけちゃ、そう人後に落ちないさ。今の世間の動きだって、この慧眼にかかれば…ね。まあ、自分はそうだけど、若い人を見てると、ちっと心配がないでもない。」

へえ、Qさんにしちゃまともなこと言うね。

「いや、こないだ店に来た若い子と話しててさ、『命をかけて愛する者を守りたい、愛する国を守りたい』っていう気持ちが分かるっていうんだ。同じ世代でそういうことを言う人の気持ちはよく分かるって。真顔でそういうもんだから、こっちも一寸妙な気になってね。」

若者らしい一本気じゃない。まあ、それにつけ込む輩がいるのでいかんけど。

「愛する者のために命をかける…そう思っただけで気分が高揚して、喜んで銃を手に取る若者って、いつの時代にも、どこの国にもいるのは分かるよ。ただ、心配なのは、ちょっとそこにリアリズムがね…。」

それは求める方が無理でしょ。Qさんだって、僕だって、鉄砲担いだ世代じゃないし、リアリズムと言ったら五十歩百歩じゃない?

「思うに、『戦争のリアリズム』って言葉自体、ちょっと抽象的な気がするんだ。でもさ、それがこの商売のいいところでね。…ほら、例えばこの本。こんなのを見た日にゃ、言葉も何もすっ飛ばして、戦争が何をもたらすか分かるじゃない。」

何、これ。戦前の本だね。

「ほかにも、これとか、これとか。みんなイギリスとアメリカで出た、昔の形成外科学のテキストだよ。ここのところ医療系アンティークのテコ入れをしてて、こんなのも需要があるかと思って買い入れたんだ。でも、ページをめくって状態チェックしているうちに、さすがに気分が悪くなった。」

うわ…これは…

「悲惨っていうのは、こういうのを言うんだよね。形成外科学って、第一次世界大戦で大量に生まれた傷痍軍人のために発展したそうだけど、なんだかねえ…。」

ずいぶん痛々しいリアリズムだね。

「そう。そして、愛する者のために命を捧げるイメージに高揚している若い子は、たぶん戦場で華麗に散って、愛する人がひっそりと自分の墓前に花を手向けるシーンとか思い浮かべるのかもしれないけど、そうじゃないケースも想定しておくべきだと思うんだ。手足をもがれて、顔面の半分を吹っ飛ばされて帰って来ても、キミの愛する人や、愛する国は、キミのことを依然愛してくれるだろうか?…それを頭の隅に入れとかないとね。それこそが僕の言いたい究極のリアリズムさ。」

うーん、なるほど。人間心理の闇を突くね。

「そうさ、なんたってリアリストなんだから。…だからTさんとも馴れ合いはなしね。取り置きは2週間まで。きっちり払うものは払ってよ。」

種はまかれた2014年03月09日 10時06分17秒

すっかり調子を崩してしまいました。
身体の調子ではなく、精神の調子をです。

事の起こりは些細なことでした。

かつて東大総合研究博物館・小石川分館で異彩を放っていた、生薬標本コレクション(今のインターメディアテクにも、生薬標本の展示はあったと思いますが、内容は違うものだったような…)。

(上の写真は小石川ではなく、安田講堂で行われた東大創立120周年記念展の光景。黒いキャップをかぶった大型の壜はドイツのメルク社製、上段に並ぶ小型の壜は津村研究所製。「芸術新潮」1997年12月号より)

(出典同上)

ダークで怪しげな壜の行列は、小石川のヴンダーな空間にあっても、抜きんでた存在感を示していましたが、私の中の理科趣味イメージからすると、医学・薬学系の品は、常に周辺的な存在だったので、単にその場で圧倒されるにとどまっていました。

しかし、最近、小さな生薬標本のセットを見つけました。菓子箱ぐらいの大きさの紙箱に、生薬の入った小壜が何十本も並んでいるという、東大コレクションのミニチュアのような品です。上に述べたようなわけで、自分のこれまでの買い物の傾向からすると、一寸異質な品なのですが、今はなき小石川の光景を懐かしむ気持ちもあって、あまり深い考えもなしに、それを買い入れました。

(購入時の商品写真を流用。こういうのが他にもいくつかあって、全体で1セットになっています。)

すると、そもそも生薬とは何であるのかが気になりだしました。
私の浅はかな認識では、漢方薬の別名ぐらいに思っていたのですが、東大のコレクションがドイツ製であることからも分かるように、生薬とは漢方薬に限りません。19世紀以降、工場で化学的に薬品が合成されるようになるまで、洋の東西を問わず、薬品はすべて天然の産物(大半は植物)から作られており、薬はおしなべて生薬であったわけです。

で、私の思考パターンからして、その関心は現代における生薬学の発展に向かうことなく、ひたすら過去に向かうことになります。明治の生薬学の本を読み、そこから更に古い薬学書、本草書まで気になりだし、それが呼び水となって、しばらく休眠していた博物学全般への関心が鬱勃としてみなぎったとしたら…。まあ、そんなわけで精神のバランスをすっかり崩してしまったのです。と同時に収支のバランスも。

木の芽時にはちょっと早いですが、季節を先取りした感があります。

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ところで、今日の朝日新聞の書評欄に、こんな本が紹介されていました。


こういうところから、博物学にまたポッと光が当たるといいですね。
(ちょっと読んでみようかな)

博物趣味の欠片…薬学の歴史と青い壜2013年12月16日 20時53分19秒



コルク栓を除く壜の高さは9cm。ちょうど掌にすっぽり入るサイズです。


このコバルトガラスの壜は、肉眼だともっと紫味の強い、深い色合いですが、私のカメラだと単純に青く写ってしまい、画像をいじってもうまく再現できないのが残念。


中身はスペアミント精油。精油そのものはすでに失われており空壜ですが、栓を開けると今でもミントの香りが漂います。

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ラベルの冒頭には、「Pharmacie Centrale de France」と書かれています。この「フランス中央薬局」というのは、1852年に創設された大規模な経営体らしいのですが、詳しいことはよく分からず。でもその名を冠することは、何となく「日本薬局方」のような、「お上公認」的な安心感をかもし出すものだったんじゃないでしょうか。ラベルの下の方には、そのトップを長く務めたCharles Buchet(1848-1933)の名も見えます。
 
(フランス中央薬局の請求明細書。出典:http://images-01.delcampe-static.net/img_large/auction/000/126/955/803_001.jpg

シャルル・ブシェはフランス薬史学会の創設にも関わり、フランス薬史学の父と呼ばれる人。考えてみると、こういうハーブ・エッセンスが薬品として扱われること自体、薬学のルーツがどの辺にあるかを、問わず語りに教えてくれるようです。魔法使いのお婆さんがグツグツ薬草を煮込んでいた時代の記憶が、そこにボンヤリ反映しているような気がしてなりません。