眼と脳のサーカス(前編) ― 2018年04月03日 07時21分23秒
錯視図形とは違うんですが、以前こんな品を見つけました。
カラフルで楽しい絵柄が左右に並んだカードセット。
さらに、2枚の絵が単純に並んでいるだけではなく、片方がホイール式になっていて、クルクル回転する仕掛けのもあります。上のカードだと、左側のホイールが回転するにつれて、「小窓」に小鳥やら、
猿やら、
花やらが次々に現れます。
こんなカードが全部で68枚、黒いボックスに収まっています。
付属の解説書によれば、アメリカのサイエンティフィック・パブリッシング社(ボルチモア)が、1951年に出版した品です。
★
大方想像がつくように、これらをステレオ写真用のビュアーで覗くと、そこに1枚の絵が浮かび上がります。ただ、いわゆる立体画像が見えるわけではなくて、左右を重ね合わせることで、そこに新たな意味を持った絵が浮かび上がる…というのがミソ。
例えばこのカード。
動物たちがプラカードを掲げて、盛んに気勢を上げていますが、よく見ると左右の絵は、それぞれプラカードの文字が欠けていて、意味がとれません。両方を重ねると、はじめてそこに「ニッキーマウスを大統領に」「大衆の選択」「列に続け」といった、メッセージが読み取れます。(さすがにミッキーはまずかったみたいですね。)
あるいは、上のホイール式カードだと、手品師が箱の中に、いろいろなものを次々に出して見せる趣向になっています。
★
でも、そうとは分かっても、依然として、何だか謎めいたカードだなあ…という印象は残ります。話を引っ張りますが、これが一体何なのかは、次回に回します。
(この項つつく)
驚異の象牙人形(2) ― 2018年02月28日 18時57分29秒
(昨日のつづき)
象牙の解剖模型に関連して特筆すべきこと。
それは他でもありません、わが家にもそれが一体眠っていることです。
頭のてっぺんからつま先まで、およそ16cm。この種のものとしては、標準的な大きさです。そして、これまたスタンダードな妊婦像。
ちょっと失礼して、おなかの中を見せてもらうと、

デフォルメされた腸やら何やらが造形されていて、順々に取り外すことができます。


右下のちっちゃいのが、子宮の中で眠る胎児。
昨日引用したラッセル氏の論文を参照すると、その特徴は「グループⅢ」と一致し、額の中央部でとがった髪の生え際や、微笑みを浮かべた面相は、論文中の図6に示された人形とよく似ています。

(左はラッセル氏の論文の図6(部分))
ラッセル氏は、先行研究を元に、このグループⅢはイタリア起源である可能性が高いと述べています。
★
どうです、スゴイでしょう?
ただし、スゴイと言えるのは、これが本物であるとすれば…の話です。
もちろん、わが家にウン十万も、ウン百万もする本物があるわけはなくて、これはプラスチック製のレプリカです。
(枕に残るプラスチックの成型痕)
下は同封されていた説明書。
“SEX EDUCATION”― 16th Century”…と、ことさらに大文字で強調しているところが、何だか隠微な感じです。
(この16世紀云々はちょっと誇大で、たぶんオリジナルは17世紀のものでしょう。)
下の説明文を読むと、「ヴェサリウスは、解剖の重要性を実証したことによって、一般に近代解剖学の父と見なされている」…云々と、もっともらしいことが書かれていますが、全体の雰囲気からして、この品がどこかの観光地で、ヌード写真の飛び出すボールペンとか、エロティックなトランプなんかと並んで、「いかがわしいお土産品」として売られていたのではないか?という疑念を、捨て去ることができません。
そう思ってみると、この食い倒れ太郎の服のような薄汚れた紙箱も、
寝台の裏の「MADE IN HONG KONG」の文字も、すべてが怪しげです。そして、かつてヴンダーカンマーに秘蔵された象牙人形と同様――この部分だけはオリジナルと同じです――この品も、メーカー名の記載がどこにもありません。
この品に少なからぬお金(ええ、決して少なくありませんでした)を投じた私としては、こうした事実をどう受け止めればよいのか?
もちろん、これはレプリカと明記されていたし、私はそれを納得ずくで買ったのですから、そこに何の問題もありません(届くまで香港製とは知りませんでしたが)。だが、しかし…。
まあ、その正体不明のいかがわしさには、ちょっと乱歩チックな味わいがあるし、これこそ私のささやかな「驚異の小部屋」にはお似合いだ…というふうに興がるのが、この場合一等スマートかもしれませんね。
驚異の象牙人形(1) ― 2018年02月27日 07時00分42秒
昨夕、机の上を片付けて早々と職場を出たら、空はまだほんのりと明るく、西の方は薄紅色に染まっていました。寒い寒いと言っているうちに、日脚がいつの間にか伸びて、確かな春がそこに来ているのを感じました。
★
さて、さらにヴンダーな話題に分け入ります。まずは下の写真をご覧ください。
実際のところは分かりませんが、イメージ的には、ヴンダーカンマーを名乗るなら、是非あってほしいのが、こうした象牙製のミニチュア解剖模型です。
以前、子羊舎のまちださんに、その存在を教えていただき、見た瞬間、「いったいこれは何だ!」という驚異の念と、「うーむ、これはちょっと欲しいかも…」という欲心が、同時に動いたのでした。
★
しかし、調べてみるとこれがなかなか大変なもので、その価格たるや、ボーナム社(ロンドン)のオークション・プライスが4,000ポンド(約60万円)…というのは、まだかわいい方で、ドロテウム社(ウィーン)のオークションでは、実に41,500ユーロ(約546万円)で落札されています。まさにお値段もヴンダー。象牙製品の取引規制の問題を脇に置いても、これを個人で手元に置くのは、相当大変です。
★
でも、今回いろいろ調べて、この手の人形のことに少し詳しくなりました。
例えば、以下の記事。
■K. F. Russell、「IVORY ANATOMICAL MANIKINS」
Medical History. 1972 Apr; 16(2): 131–142.
Medical History. 1972 Apr; 16(2): 131–142.
ラッセル氏によると、こうした象牙人形は、いずれも作者の銘がなく、時代や国を特定する手がかりが至極乏しいのだそうです。ただし、各種の情報を総合すると、制作年代は17世紀から18世紀、主産地はドイツで、次いでイタリアとフランス。この3国以外は、イギリスも含めて、おそらく作られなかったろうと推測されています。
現時点における推定残存数は、約100体。その主な所蔵先は、ロンドンのウェルカム医学史研究所や、米ノースカロライナのデューク大学、あるいはオハイオ州クリーブランドのディットリック医学史博物館などで、まあお値段もお値段ですし、基本的には貴重なミュージアム・ピースという位置づけでしょう。
ラッセル氏は、それらの人形を丁寧に比較検討して、髪型とか、枕の形とか、内臓表現といった外形的な特徴に基づいて、8つの系統に分類しています。当然、それは作者や工房の違いによるものと考えられます。
(上記論文より。下からラッセル氏の分類によるグループⅢ、グループⅣ、グループⅤに該当する各種の人形)
★
では、そもそもこうした解剖模型は、何のために作られたのか?
残された人形には、男性像も女性像もありますが、圧倒的に多いのは女性、しかも妊婦の像です。ラッセル氏によれば、これらの妊婦像は、一般の人に生理学の基礎――特に妊娠にまつわる事実を教えることを目的としたもので、1865年頃になっても、なお象牙人形で花嫁教育を受ける女性がいたエピソードを紹介しています。
一方下のリンク先(上述のディットリック博物館のブログ)には、また別の見解が示されています。
筆者のカリ・バックレイ氏は、上のような通説に対して、これらの妊婦像は、男性医師が自らの部屋に飾ることで、訪れた患者たちに、自分が産科に熟達していることを、問わず語りにアピールするためのものだ…と述べています。
まあ、正解は不明ですが、いずれにしても、こんな簡略なモデルでは、解剖学の実用レベルの知識を伝えることはできないので、むしろそれっぽいイメージや雰囲気を伝えることに主眼があったのだ…というバックレイ氏の主張には、説得力があります。
★
さて、この珍奇な品をめぐっては、まだ書くべきことがあります。
(この項つづく)
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▼閑語(ブログ内ブログ)
現在進行中の「裁量労働制」をめぐる論戦。
制度の導入を待望しているのが、労働者側ではなく、経営者側だ…という時点で、その意味するところは明白で、別に悪意のこもったレッテル貼りでも何でもなしに、あれは「働かせ放題、残業代ゼロ」のための法案だということは、誰の目にも明らかでしょう。(何となく「滅私奉公」という言葉を連想します。)
まあ、非常に分かりやすい話ではあるのですが、企業家にせよ、政権周辺にせよ、そうやって労働力の収奪に血眼になる人たちは、現代の日本社会が、戦前のように人的資源を安易に浪費しうる状況だと思っている時点で、相当イカレテいるし、まさに亡国の徒という気がします。
子どもの貧困、奨学金破産、そして過労死。これらは一連のものとして、私の目には映っています。この人口減少社会において、子供たち・若者たちは、「金の卵」どころか「プラチナの卵」「レアメタルの卵」のはずなのに、なぜこうも若い世代を虐げるようなことばかり続けるのか。いいかげん弱い者いじめはやめろと、私は何度でも机を叩きたいです。
個人の権利をないがしろにする人が、同時に「自己責任」論者でもあるというのは、まことにたちの悪い冗談だと思います。
医は仁術なりしか ― 2017年08月14日 07時22分27秒
昨日のNHKスペシャルは、例の731部隊の特集でした。
まさに「鬼畜の所業」であり、これぞ「戦時下の狂気」であった…という定型的な表現も、たしかに半面の真実でしょうが、それだけでは語りえない闇も深く、放送終了後もしばし腕組みをして考えさせられました。
★
担当者が熱のこもった取材をする中で、ぽっかり穴のように開いていたのが、この件への東大の関与です。
積極的に取材に協力姿勢を見せた京大に対し(実名入りで当時の医学部実力者の動きを報じるのですから、これは相当勇気が要ったことでしょう)、東大については、「組織的関与はなかった」とする大学側のコメントが読み上げられただけでした。
当時の文脈に照らして、大学側のコメントは不自然であり、そこに横たわる闇の大きさが改めて想像されて、なおさら不気味な感じでした。
★
東大の総合研究博物館やインターメディアテク(IMT)は、アカデミズムと政治との緊張関係について、そして東大が負う「負の歴史」について、どう向き合うのか?
IMTの一ファンとしては、今後同館を訪れる度に、そんなことも頭の隅で考えながら、展示を見て回ることになると思います。
或るパリの博物館 ― 2017年07月15日 14時31分50秒
真実とは純粋で単純なものだ…と、私なんかは単純に思ってしまいます。
でも、さっき古書を探していたら、ふと「真実が純粋であることは滅多になく、単純であることは決してない(The truth is rarely pure and never simple.)」という、文学者オスカー・ワイルドの警句が画面に表示されました。
たぶん、これは「真実」と、どれだけの距離で向き合うかにも拠るのでしょう。
すなわち、たいていの真実は遠くから見れば単純だし、近くから見れば複雑なものです。いずれにしても、ワイルドの言葉は半面の真理を含んでいます。
★
さて、机上のモノがゴチャゴチャになってきたので、少しずつ片付けなければなりません。そのためには、記事を書くのがいちばんです。記事にすれば、自分の中で区切りがついて、安心して本来あるべき場所にしまえるからです。
そんなわけで、少しずつ記事を書いてみます。
「パリ天文台」で検索していたら、上のような絵葉書が売られているのを見つけました。
さすがにこれは天文台の光景ではないだろう…とは思いましたが、細かい説明が何もないので、謎のような気分を引きずりながら購入しました。
この空間の正体は、絵葉書の裏面を見て、ようやく判明しました。
(販売ページには裏面の写真がありませんでした。)
これは、パリ天文台からリュクサンブール公園へと抜ける「オブセルヴァトワール(天文台)通り」沿いにある、「パリ大学薬学部 生薬博物館」の内部の光景だったのです。
そうと分かってみれば、この謎めいた空間も何ら謎ではありません。
机上の古風な顕微鏡。
棚に収められた無数のガラス壜。
天井近くに掲げられた掛図や版画。
窓から差し込む弱い光に照らされて森閑とした室内。
――確かに謎ではないですが、でもやっぱり謎めいたものが残ります。
★
ところで、絵葉書の裏面を見て、ちょっと思い出したことがあります。
説明書きの一部がインクで消されていますが、よく見ると「エミール・ペロー」の名前が見えます。この名は「天文古玩」でも過去に1回登場しています。
■博物学の相貌
2年前の自分は、パリ自然史博物館を写した絵葉書の宛先に注目して、
「宛名の方は、当時パリ大学薬学部(Faculté de Pharmacie)で教鞭をとっていたエミール・ペロー教授(Emile Perrot、1867-1951)で間違いなかろうと思います」
と書きました。
そして、ペロー教授の名前の脇にある、「PARIS」というのは、地名のパリではなく、彼の後任にあたる、ルネ・パリ教授(René Paris、1907-1988)を指しています。
想像するに、この絵葉書はペロー教授の在任中に作られ(いかにも石版絵葉書っぽいですが、実際は網点印刷なので、製作は1930年頃と思います)、教授が退官後もそのデッドストックが教室に残されており、後任のパリ教授が、代わりに自分の名前をスタンプで押して、書簡用に使っていたのじゃないかと思います。
★
パリ教授は、1975年、この博物館の歴史についてまとめた文章を書いています。
■Le Musée de matière médicale de la Faculté de Pharmacie de Paris
フランス語なので読み難いですが、最後に英文の要約が付いているので、そこだけ訳してみます。
「パリ大学薬学部 附属薬品博物館」
パリ大学薬学部 附属博物館の起源は、ラルバレート街(rue de l’Arbalète)にあった薬学校(School of Pharmacy)のコレクションに由来し、それはさらに薬学カレッジ(College of Pharmacy)(1777)や、同じ街路にあった博物収蔵室(Cabinet of Natural History)(1763)から受け継いだものである。
パリ大学薬学部 附属博物館の起源は、ラルバレート街(rue de l’Arbalète)にあった薬学校(School of Pharmacy)のコレクションに由来し、それはさらに薬学カレッジ(College of Pharmacy)(1777)や、同じ街路にあった博物収蔵室(Cabinet of Natural History)(1763)から受け継いだものである。
1882年以降、これらのコレクションは、G. プランション教授(G. Planchon、1866-1900 〔※年代は教授在任期間〕)の手で、現在の建物に収められたが、その中にはプランション教授の前任である、N. J. B. ギブール教授(N.-J.-B.〔Nicolas Jean Baptiste〕Guibourt、1832-1866)が収集した標本類も多い。
この作業は、その後もE.ペロー教授(E. Perrot、1900-1937)や、M. マスクレ教授(M. Mascré、1937-1947)、そして1947年以降はR. パリ教授によって続けられてきた。
現在、同博物館が所蔵する生薬標本は2万2千種類に及び、その多くが植物由来のものである。 〔※以下、コレクションの概説がありますが省略〕
これを読むと、パリ教授がペローら歴代の教授に深い敬意を払い、王朝期から続くそのコレクションをめぐる歴史に、自分も名を刻んだことを、とても誇りに思っていたことが感じられます。
学芸は一朝一夕に成らず。
学問とはこうあらねばならない…と、改めて思います。
★
1枚の絵葉書でも、仔細に見れば、いろいろな物語が見えてきます。
まさに「The truth is never simple.」なのですが、しかしこんなふうにこだわっていては、机の上は一向に片付かないので、もう少しサラサラと行くことにします。
緑と白 ― 2016年06月12日 08時03分11秒
もうじき夏至。
梅雨入り後、急に暑くなって、電車に乗るとエアコンが入っていたりします。
そんな蒸し暑い日におすすめしたい、銀河通信社の逸品があります。
梅雨入り後、急に暑くなって、電車に乗るとエアコンが入っていたりします。
そんな蒸し暑い日におすすめしたい、銀河通信社の逸品があります。
銀河通信社の話題が続きますが、私は別に同社の回し者でもなければ、小林健二氏の手の者でもないのです。先日から「around the shelves」と題して、棚に置かれたモノを順番に取り上げるという、一寸ものぐさな試みを続けていますが、今、たまたま同社の品が並んでいる位置にさしかかった…というに過ぎません。(そもそも、さっき確認したら、この品は売り切れなので、ここでいくら長広舌をふるっても、同社の売り上げには寄与しません。)
…と弁解しつつ、改めてどうですか、この「薄荷結晶」と「冬緑松針油(とうりょくしょうしんゆ)」のセット。見るからに、清涼感に富んでいるではありませんか。
薄荷の主成分はメントールで、これは化学式 C10H20O の有機化合物であり、無色透明の結晶となります。
いっぽう「冬緑松針油」は、小林健二氏のオリジナル香油で、その製法は不明ですが、名前から察するに、松葉の精油をベースとしているのでしょう。松精油の主成分はピネン(松=パインに由来する名)で、こちらは化学式 C10H16 の有機化合物。(以上はネット情報のつまみ食いです。)
★
私は昔から緑色が好きで、歯ブラシの色も緑と決めています。
だから何だという話ですが、まあそれぐらい緑が好きだということです。
だから何だという話ですが、まあそれぐらい緑が好きだということです。
ですから、この品は色合いだけでもう十分で、あえて封蝋を解く気になれません。
緑と白のコントラストの何と爽やかなことか。
これさえあれば、エアコンなしで夏を乗り切れる…とまでは言いませんが、身近に置けば涼味が増すこと請け合いです。
これさえあれば、エアコンなしで夏を乗り切れる…とまでは言いませんが、身近に置けば涼味が増すこと請け合いです。
ヘルメスの術師 ― 2016年04月09日 13時56分11秒
ちょっと天文から遠ざかりますが、引き続き回顧モードで、机辺にあるものをランダムに載せます。
小さな箱に入って届いた、1933年結成の「アメリカ医療技術協会(AMST;American Society for Medical Technology )」(※)の徽章。
エナメルを施した銀のクロスの四方に粒真珠を嵌めた、なかなか凝った細工です。
そして、徽章本体に鋳込まれたデザインがまた凝っています。
そして、徽章本体に鋳込まれたデザインがまた凝っています。
顕微鏡、古風なレトルト瓶、そして有翼の杖に2匹の蛇が巻き付いた「ヘルメスの杖」。
黒ずんだ銀の表面に、医学・薬学のシンボルが凝縮されています。
黒ずんだ銀の表面に、医学・薬学のシンボルが凝縮されています。
それにしても、このバッジ。差し渡し約15ミリですから、本当に小さいんですよ。
この原型を作った彫塑師の腕前も大したものです。
この原型を作った彫塑師の腕前も大したものです。
★
ときに「ヘルメスの杖」に関連してメモ書き。
もとは、伝説の名医・アスクレピオスが手にした、1匹の蛇が巻き付いた「アスクレピオスの杖」が医術のシンボルだったのですが、それがいつしか旅行と商売の神様・ヘルメスが手にする「ヘルメスの杖」と混同されて、ヘルメスの杖も医学関連の図像として使われるようになった…というのは、さっき検索して知ったことです。

(アスクレピオスの杖。ウィキペディアより)
さらにそこには、伝説の錬金術師ヘルメス・トリスメギストスの連想があり、彼が手にした不老不死の霊薬「賢者の石」のイメージが重なっているのも、まず間違いないところでしょう。そう思うと、このバッジが何か秘密結社のバッジのようにも見えてきます。
★
ちょうど2年前、ちょっと薬学に入れ込んでいた時期があって、あまり記事には書いていませんが、かすかな「ほのめかし」は以下に書かれています。
この銀のバッジも、入手時期を考えると、その流れで手にしたものではないかと思います(わが事ながら、記憶が常にあいまいです)。
(※)現在は「アメリカ臨床実験科学協会(ASCLS;American Society for Clinical Laboratory Science)」に改称
「星を売る店」のドアを開ける(9)…星は口腹を満たす(後編) ― 2015年07月02日 18時43分59秒
さらにこのままフラスコの中に入れて、アルコオルランプか何かで温めながら、少しずつ蒸気をお吸いなされるなら、オピァムに似た陶酔をおぼえ、その夢心地というのがまことにさわやかで、中毒のうれいなどは絶対になく、非常にむつかしい哲学書の内容なんかも、立所に判るそうでございます。
Opium、阿片。
この店員の説明は、かなりアブナイ感じのするもので、「中毒のうれいなど絶対にない」と言われても、迂闊に手を出すことは憚られます。(仮に身体依存性はなくても、強固な精神依存性を生じかねません。この種の快はいったん味わうと、容易に離れがたいからです。)
この店員の説明は、かなりアブナイ感じのするもので、「中毒のうれいなど絶対にない」と言われても、迂闊に手を出すことは憚られます。(仮に身体依存性はなくても、強固な精神依存性を生じかねません。この種の快はいったん味わうと、容易に離れがたいからです。)
この一文、「キラキラしたお星さま」は、決して愛らしい賞玩品なんぞではなく、一方には人間を手玉に取ったり、破滅させたりする剣呑な顔があるゾ…というほのめかしになっているのかもしれません。これは「一千一秒物語」以来、足穂が星に対して抱いているイメージでしょう。
しかし、それでも人は星に惹かれ、じっと見つめ、思わずポンと口に放り込む誘惑に駆られます。美しい対象は、得てしてそういものだと思います。
★
「それで―」と待ちかねて私は口を挟んだ。
「いったい何物なんです?」
「星でございます」
「星だって?」
「いったい何物なんです?」
「星でございます」
「星だって?」
さて、物語は、ここから遥かな異国における星捕りの話題に入って行きます。
(この項つづく)
生薬・秘薬・毒薬(2)…カテゴリー縦覧:医療・薬学編 ― 2015年05月20日 07時14分01秒
さて、生薬の箱の中身です。
蓋を開けると、さらにボール紙製の箱があって、1から7までの番号シールが貼られています。そのキッチリ感も大層よくて、様々な大きさの箱が、この番号の順に化粧箱に入れていくと、最後にピタッと収まります。
手前の6番、7番の箱には、可愛らしい小壜が上下2段になってぎっしり。
中層の3番、4番、5番の箱には、スマートな中壜が、
いちばん下の1番、2番の箱には、ズシッとした大壜が並んでいます。
次々に現れる秘薬、生薬。
個々の壜の表情も、いかにも妖しの気配です。
No.74の扁平なのはホミカ、局方名はSemen Strychini。
生薬の本を参照すると、植物名はStrychnos nux Vomica L.で、産地は東インド。漢名は番木鼈または馬銭子。その味は頗る苦く、健胃薬として用いられる一方、毒性の強いストリキニーネの原料ともなるため、局方上、劇薬扱いです。
生薬の本を参照すると、植物名はStrychnos nux Vomica L.で、産地は東インド。漢名は番木鼈または馬銭子。その味は頗る苦く、健胃薬として用いられる一方、毒性の強いストリキニーネの原料ともなるため、局方上、劇薬扱いです。
その隣の不定形なNo.12は五倍子(‘ごばいし’又は‘ふし’)。局方名は Galla。
ウルシの仲間であるヌルデの木に、アリマキの一種が寄生することで出来る「虫こぶ」を薬に用いるものです。書物には「味極メテ収斂性ナリ」とありますが、主成分はタンニンで、ものすごく渋いらしいです。それにしても、こんな妙ちきりんなものにまで有用性を見出すとは、人間の探求心の何と旺盛なことか。
ウルシの仲間であるヌルデの木に、アリマキの一種が寄生することで出来る「虫こぶ」を薬に用いるものです。書物には「味極メテ収斂性ナリ」とありますが、主成分はタンニンで、ものすごく渋いらしいです。それにしても、こんな妙ちきりんなものにまで有用性を見出すとは、人間の探求心の何と旺盛なことか。
小壜たちもそれぞれに、それぞれの表情。
右端に見えるNo.89の鉱物状のものは、サンダラック(Sandaraca)。アフリカ産の松柏類の一種からとれる樹脂で、特に薬効はありませんが、硬膏の原料とされます。
なお、番号シールの代わりに直接名称が記載された標本壜は、局方生薬以外のものです。
右端に見えるNo.89の鉱物状のものは、サンダラック(Sandaraca)。アフリカ産の松柏類の一種からとれる樹脂で、特に薬効はありませんが、硬膏の原料とされます。
なお、番号シールの代わりに直接名称が記載された標本壜は、局方生薬以外のものです。
どうですか、この「ズラッと感」。
(画像再掲)
東大の生薬標本↑と較べるのは僭越ですが、でも「驚異の部屋」にかける気概は、おさおさ劣るものではありません。(それに、時代がかって見える東大のセットも、震災後の大正末期~昭和戦前に購入されたものらしく、歴史性においても、そう大きな隔たりはありません。)
生薬・秘薬・毒薬(1)…カテゴリー縦覧:医療・薬学編 ― 2015年05月19日 06時37分31秒
カテゴリー縦覧の旅も道半ばを過ぎて、遠くに終着点が見えてきました。
ここまで書いてきて、改めて各カテゴリーを見直すと、記事数がものすごくアンバランスなことに気づきます。今日現在でいうと、一番多いのが「天文古書」の304で、次いで「絵葉書」の239あたりが横綱クラス。一方少ないのは、(企画倒れの観のある「便利情報」を除けば)「木星」の8個、そして今日のテーマである「医療・薬学」の9個というのが続きます。
「医療・薬学」については、前回の人体解剖の話題と同様、何となく暗くぬめっとした感じがダメで、もっといえば、人間は文学の対象ではあっても、理科趣味の対象とはならない…という、私自身の抜きがたい偏見のせいでもあります。
ただ、一口に「医療・薬学」といっても、両者の肌触りはずいぶん違います。
薬学はその出自を考えれば、むしろ植物学に近い学問ですし(というか、植物学が薬学から派生したのでしょう)、その魔術的な雰囲気を面白く思う心もあって、一時はけっこうのめり込んでいました。
薬学はその出自を考えれば、むしろ植物学に近い学問ですし(というか、植物学が薬学から派生したのでしょう)、その魔術的な雰囲気を面白く思う心もあって、一時はけっこうのめり込んでいました。
過去の記事でいうと、下の文章がその辺りの事情を伝えています。
★
で、上の記事に出てきた生薬標本というのはこれです。
キーボードと比べると大体お分かりでしょうが、22×24センチほどの菓子折りサイズの箱入りセット。ラベルが朽ちかけていますが「第五改正準拠/局方生薬標本/京都市車屋町二條/中川安商店学術部」とあります。
「中川安(なかがわやす)商店」というのは、ウィキペディアにも項目立てされている、医療器材・薬品一般を扱う老舗で、明治39年(1906)の創業。現在はアルフレッサ(株)というハイカラな名称になっています。
国が薬品の標準規格を定めた「日本薬局方」は、明治19年(1886)以来、16次の改正を経て現在に至りますが、ここに出てくる「第五改正」とは、昭和14年(1939)に行われたものを指します。
箱の蓋の裏側には、その局方生薬一覧が載っています。
この標本セットは、それを網羅したもので、中には
「印度大麻」とか「阿片」とかあって一瞬ドキッとしますが、こうした麻薬類は例外で、標本セットから除外されています。でもそれ以外は、劇薬扱いのものも含まれているので、薬学をめぐる怪しい雰囲気は十分そなわっています。
以下、この古風な(そして実際古い)生薬標本の表情を眺めます。
★
ときに、「薬局方」という言葉を調べていたら、それは英語で「pharmacopoeia」という、いかにも詰屈なスペルの単語で表現されることを知りました(ファーマコピーアと発音するらしい)。
そして、ネット辞書のWeblioには「It has not yet found its way either into the pharmacopoeia or into the literature of toxicology. (薬局方にも毒物学の文献にも出たことがない。)」という例文が、さりげなくシャーロック・ホームズの『悪魔の足』から引用されていて、「おお」と思いました。
この作品は、「悪魔の足の根(Radix pedis diaboli)」という、アフリカにのみ存在する毒物を使用することで、警察の捜査を逃れるというのがトリックの核になっていて、薬物、殺人、アフリカ、探偵…そんなイメージが脳内でかもされ、私の生薬イメージにいっそう奇怪な陰影が生じたのでした。
(この項つづく)

















































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