ジジイとは誰か2017年12月18日 20時39分40秒

先々週から先週にかけて、後半は中国に行くために、前半はその前に仕事を片付けるために、フルで時間を使っていました。そして、気が付いたら今日はもう師走の18日ではありませんか。どこに時間泥棒が潜んでいるのか、まったく油断も隙も無い世の中です。

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さて、おもむろに記事を再開するにあたって、この前書いた「宇宙の立体視」の話題はもう少し寝かせることにして、ちょっとスカッとすることを書きたいと思います。


上は1959年の消印が押された、イギリス製絵葉書。
版元のバンフォース社(ヨークシャー)は、1910年から現在に至るまで、一貫して絵葉書の制作を続けている会社です。

「望遠鏡を使って天体を研究する人を何といいますか?」
「先生、汚いジジイです!」

当然、「天文学者Astronomer」という答を期待した先生は、目を白黒…という場面。
それにしても口の悪い小僧ですね。でも、この絵葉書を目にした当の天文学者たちは、たぶん腹を抱えて笑ったんじゃないでしょうか。こういうのをイギリス流諧謔というのでしょう。


ここから連想は我が日の本に及び、「議会で話し合って法律を作る人を何といいますか?」と先生に問わしめたら、日本の少年少女は何と返すか?それを目にした当の御仁たちは、どう反応するか?


…そんなことを空想してみるのですが、これも又「面白うてやがて悲しき」類で、どうもあまりスカッとはしませんね。

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▼閑語(ブログ内ブログ)

最近は、政治向きのことはじーっと横目で見ながら、特に閑語せずにいました。
衆院選後の事態の推移をしばし見守ろうという気もありましたし、醜怪なニュースが多過ぎて、ひとつひとつに反応していたら、身が持たないと思った…というのもあります。

しかし、それにしてもです。
安倍氏や、その周辺の閣僚や官僚は、何でこんなに陋劣なのか?ひょっとして、国は高齢者福祉にかかる経費を削減するため、こうして人々の血圧をわざと上げるようなことをして、国民の短命化を図ろうとしているのではないか…と邪推したくなる惨状です。

そして事は永田町と霞が関に限らず、今や日本中が現政権の蠱毒と瘴気にやられているように、私の眼には映じています。まことに恐るべきことです。天文古玩も、呑気に「星よ、月よ」と浮かれているようでいながら、それは強いて呑気さを装っているのであって、真の呑気さとは遠いことを、私自身がいちばんよく知っています。

お知らせ2017年12月07日 22時21分41秒

諸々の事情により、今日から来週いっぱい記事をお休みします。

世界の奥行2017年12月05日 21時54分02秒

歳を取ると、いろいろなことを知ります。
自身の能力の衰えはもちろんですが、他の人の能力の衰えを目にすることも、その一つです。身近なところでは親たちの衰え。このことは、多くの人が慨嘆しているので、私も知識としては知っていましたが、実際目にするとやっぱり寂しいものです。

そして、それ以外の先輩世代の衰えも――。
あの恐るべき知力の持ち主が、あるいは切れ味の鋭い文章を倦まず書き続けてこられたあの方が、いつの間にか衰えていたなんて、にわかには信じがたいことですが、それはやっぱり本当のことで、ご本人もしきりにそれをこぼされている…そんな経験をすることも、一度や二度ではありません。

人間はみな衰えるものです。肉体も、精神も。

私も、この「天文古玩」で、いつか書こうと思って寝かせているテーマがいくつかあります。でも、そんなことを言っていると、じきに書く力が失われてしまうんじゃないかと、最近ふと恐怖を感じることがあります。現に、いざ書こうと思っても、そのための下調べが億劫に思えるのは、すでに衰えの始まりかもしれません。

遅かれ早かれ、書けなくなるときは確実に来るわけですから、これはもう書けるうちにどんどん書いた方がいいね…と、自分でも思います。

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そんなことを思ったのは、以前ステレオカメラを購入した業者から、「新しい出物があるけど、eBayに出品する前に、関心があれば優先的に譲るよ」というメールを、一昨日受け取ったからでした。

なぜそのときステレオカメラを買ったのか?
ひょっとしたら、以前も書いたかもしれませんが、私は天体や宇宙をテーマにしたステレオ画像(ステレオ写真に限らず、立体星図なども含めて)の歴史に興味があって、いつかまとめて記事にしたいという思いがずっとありました。で、「それならステレオカメラの1台ぐらい、手元にあっても罰は当たらんだろう」と思ったのです。

そんなわけで、この話題、ぽつぽつ書き継いでいきます。
何をどう書くかは決めてないので、思いついたことを順不同で書いていきます。


(この話題、間欠的に続く)

吾いまだ月長石を知らず(後編)2017年12月03日 16時30分25秒

(昨日の続き)

月長石について「おや?」と思ったのは、先に引用した、加藤碵一・青木正博両氏の『賢治と鉱物』(工作舎、2011)に、以下の記述を見つけたことでした。

「月長石/ムーンストーン」は、ラテン語のselenites の英訳です。現在の鉱物名としての利用は、1780年にドイツのウェルナーが、光沢のある長石を Mondstein (直訳すれば「月石」)としたことに由来します。(p.188)

セレニーテス(羅)といい、モントシュタイン(独)といい、またムーンストーンと言い、言葉の意味としては、すべて「月の石」ですから、何も不思議ではないのですが、ここで気になるのは、このラテン語の称です。

selenites(セレニーテス)を英語化すれば、すなわち selenite(セレナイト)となります。でも、少なくとも現代の用法では、セレナイトは「石膏(Gypsum)」、特に透明な板状で産出する「透石膏」を指す名称です。

(かつて「鉱物Bar」で購入した透石膏の結晶)

鉱物学的には、片や珪酸塩鉱物長石、そして片や硫酸塩鉱物石膏と、まったく別種なのでしょうが、ひょっとしたら近代鉱物学の誕生以前、両者が言葉の上で混用されていたのかな?…と思ったのが、すなわち「おや?」の中身です。

そして、日長石の別名が、太陽石(ヘリオライト)なら、月長石の別名も月石(セレナイト)という風に、たとえそれが歴史的混用にせよ、ぜひ対が取れていてほしいと思いました。

(『ビジュアル博物館25 結晶と宝石』(同朋舎、1992)より、ムーンストーンとサンストーン)

もちろん、加藤・青木両氏に、セレニーテスとセレナイト、そしてムーンストーン相互の関係を詳しくお聞きできればいいのですが、なかなかそんな機会も得られませんから、少し自助努力をしてみます。

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まずは手近なところでWikipediaから。
英語版でSeleniteの項を引くと、そこにセレナイトの語源が、こう記述されています。

 「セレナイトの語源は、中期英語のselinete であり、これはラテン語のselenitesから、さらにはギリシャ語のselēnitēs(石)から来ている。この語はselēnē(月)に由来し、字義は「月石(moonstone)」もしくは「月の石(stone of the moon)」の意。往時の人は、ある種の透明な結晶が、月と共に満ち欠けするものと信じていた。15世紀以降、「セレナイト」は、透明な結晶または結晶塊中に見出される、石膏(Gypsum)の変種を特に指す言葉となった。」

これに従えば、セレナイトは15世紀以前は、透石膏に限らず、月の満ち欠け伝承と結びついた透明な石は、みなこの名で呼ばれていたように読めます。ただし、今の月長石がそこに含まれていたかどうかは不明です。

また、月長石をセレナイトの名で呼んだ時期が仮にあったとしても、セレナイトの指示対象が透石膏に固定した15世紀から、ドイツのウェルナーが改めてMondsteinの名を用いだした 1780年までの、およそ300年に及ぶ空白の意味は、なかなか解釈が困難です。

いずれにしても、18世紀以降、鉱物学の世界でセレナイトと月長石が混同されることは絶えてなかったので、両者の混同が生じていたとすれば、少なくとも1700年以前、ことによったら遠い中世の時代のはずで、この辺は鉱物趣味の深い人でも、なかなか探索に手間取る領域ではないかと推察します。

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誰か「月の石」の歴史についての詳細を知らないか?
そう思って、ネットを徘徊したら、ドイツの鉱物ファンの掲示板で、この件が取り上げられていました(スレッドが立ったのは2004年8月22日)。


では、その内容は…と、勇んで行きたいところですが、Googleの英訳がちょっと心もとなくて、内容が今一つ分かりません。でも、スレ主の問題意識は、どうやら私と同じのようです。そして、それに続くいろいろな書き込みは、すべて18世紀以降の文献に基づいて論じているので、何だか問と答が噛み合ってないように読めます。

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うーん、よく分からない。もやもやします。
というわけで、話を後編まで引っ張ったわりに、吾いまだ月長石を知らざるなり。

結局この話題、『賢治と鉱物』にあった「ムーンストーンは、セレニーテスの英訳である」ということの典拠が肝なわけですが、それも今のところ不明です。

吾いまだ月長石を知らず(前編)2017年12月02日 13時54分10秒

今日は穏やかな冬晴れ。
いよいよ師走ですね。カレンダーも残りわずかとなり、気ばかり焦りますが、ここは強いてのんびり行くことにします。

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月長石のことを書いて、ちょっとおや?と思ったことがあるので、そのことをメモします。

そもそも、「月長石」というのは、アカデミックな鉱物学に基づく名称ではなく、宝石学上の呼び名のようです。つまり、長石類のうち、美しい外観を持ち、宝石と呼ぶに足るものが特に「月長石」と呼ばれるのだ…ということが、ウィキぺディアには書かれています。(漁業関係者が、マアジの一部を「関あじ」と呼んで珍重するのと、ちょっと似たところがあります。)

ウィキペディアばかりだと寂しいので、紙の資料からも転記しておきます。
以下は、昭和32年(1957)に出た『原色鉱石図鑑』(木下亀城著、保育社)からの引用です。同書では、特に「宝石鉱物」という一項があり、そこに月長石が登場します。

月長石(ムーン・ストーン) Moonstone   セイロン産
 無色ないし白色半透明の長石で正長石の一種であるが、曹長石その他の斜長石に属するものもある。これを研磨すると、その中に無数に並列した薄板の微晶のため、光が反射され相映発して、淡青乳状ないし真珠様の閃光を放ち、殊に底面に直角な方向から見ると、青光冷々として秋月の様な光があるので、月石〔げっせき〕の称がある。比重2.58、多くは背の高いカボション形に研磨せられ、六月の誕生石として用いられる。セイロン産の月長石は風化した花崗岩中に含まれ、正長石の一種である氷長石〔ひょうちょうせき〕adulariaに属する。
(p.61)

青光冷々として秋月の様」とは、なかなか美しい言い回しですね。
ともあれ、繰り返しになりますが、きわめて変異に富む、鉱物中の一大グループである長石類の中で、いろいろな鉱物種にまたがりつつ、一定の美観を呈するものを総称して「月長石」と呼ぶわけです。

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天に月と太陽あれば、地にも月長石と日長石あり。
同じ図鑑の月長石のすぐ下には、「日長石」の説明もあります。

日長石 Sunstone  ノルウェー・ドウェデストランド・ヒッテロー産
 灰曹長石〔かいそうちょうせき〕、時に曹長石の中に赤鉄鉱、針鉄鉱〔しんてっこう〕または鉄雲母の薄片を混じて、黄、紅、赤、褐の斑彩〔はんさい〕を有する燦然〔さんぜん〕たる光を放ち、光輝ある銅色を呈するもので、また太陽石 heliolite とも称される。灰色ないし赤灰色(4図)のものもある。多くカボション形(5図)に研磨される。ガラスに銅箔を混じて偽造したものは、光学上の性質と硬度で容易に区別することが出来る。
(同)

(上掲書 第55図版(部分)。3.月長石、4.5.日長石)

青く白く輝く月長石に対して、赤くオレンジに輝く日長石は、まことに好一対。


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さて、ここまでが前置きで、ここから日長石のことも絡めつつ、「おや?」の中身に入っていきます。

(この項つづく)

ムーンストーンの月2017年11月30日 21時01分59秒

Moonstone ―「月の石」。

アポロが持ち帰ったのも「月の石」で紛らわしいですが、こちらは英語だと「Moon rock」で、まったくの別物です。でも、英語版Wikipediaで「Moonstone」の項を見たら、「両者を混同してはならない」と、冒頭に断り書きがしてあったので、アメリカにも混同する人がいるのでしょう。

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ムーンストーンは、日本では「月長石」と訳されました。

(インド産の月長石)

月長石と聞けば、銀河鉄道の線路沿いに咲く、「月長石ででも刻まれたような、すばらしい紫のりんどうの花」を思い出します。そして、賢治はほかにも自作で、月長石に幾度か触れていることを、加藤碵一・青木正博両氏の『賢治と鉱物』(工作舎、2011)を読んで知りました。

孫引きすると、

眼をつぶると天河石です、又月長石です
(「小岩井農場」先駆形A)

あるいは、

うすびかる 月長石のおもひでより かたくなに眠る 兵隊の靴
(大正5年8月17日付け保阪嘉内あて葉書)

などなど。

これらを読み比べると、両氏が記すように、賢治の脳裏にある月長石には、青く光り輝くイメージと、冬の日を思わせる寂しい乳白色のイメージの両様があったようです。
これは宝石のムーンストーンにも、その輝色によって、青光を放つものと、白光を放つものの2種類があることに対応しています。

ただ、月長石をストレートに「月」と重ねて詠んだ例は見られないので、詩人・賢治は、そういう幼稚な――よく言えば素朴な――比喩を用いるのを、潔しとしなかったのかもしれません。

でも、私は以前から「ムーンストーンでできた月」があれば素敵だなと思っていました。昨日の月のブローチもムーンストーンをあしらったものですが、もっと月そのものというか、たとえば月長石を刻んで拵えた三日月があれば…と考えていたのです。

残念ながら、まだそういう品を目にしたことはありません。
そういう切削加工そのものが困難なのか、あるいは通常のカボションカット以外だと、ムーンストーン独自の輝きが生まれないので、ムダな努力をあえてしないのか、正確な理由は門外漢には、よく分かりません。

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現実にあるのは、例えば三日月形の台座に、円いムーンストーンを並べた、こんな品です。


こういう莢(さや)豆型のブローチは、ヴィクトリア時代にずいぶん流行ったらしく、今でもよく目にします。手元のブローチは、これまた時代不明ですが、つややかなムーンストーンの列は、空を転がる満月を思わせ、また月の女神セレネーの皓歯のようでもあります。当初のイメージとは違いますが、これはこれで愛らしい品。


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ときに、月にも月長石は産するのでしょうか?

長石の仲間は、地球でも月でもありふれた造岩鉱物ですから、探せばきっとあるでしょう。Moon rock から採ったMoonstoneで月を刻み、それを月光にかざしたら、どんな光を放つのか?…なんてちょっとベタですが、連想はそんなところにも及びます。

THE MOON, Real & Decorative2017年11月29日 07時20分16秒

時代はよく分かりませんが、古い月のブローチを見つけました。


差し渡し約3cmの、かわいらしいサイズ。
銀製で、しかもムーンストーンがはめ込まれている点が、いかにも月らしいと思いました。


三日月の外縁部は、いぶし加工が施されているので、光の当たる角度によって、こんなふうに「黒い月」にも見えます。

(裏面)

月をかたどったブローチは、それこそ星の数ほどあるでしょうが、このブローチにいたく心を惹かれたのは、上に述べたような理由のほか、このデザインそのものに「これは!」と思うものがあったからです。


ムーンストーン、アメシスト、オパール、そして銀の小粒が並ぶ月の内縁部。
デザイナーがどこまで自覚的だったかは不明ですが、この部分の表現が、いかにも月の欠け際に大小のクレーターが居並ぶ光景に思えて、「これぞ迫真性と装飾性を兼ね備えた、月ブローチの優品だ!」と、勝手に盛り上がった…というわけです。

まあ、単に私の独り相撲かもしれないんですが、それを差し引いても、このブローチはなかなか美しいと思います。


飛び出るクレーター2017年11月27日 21時14分50秒

ルナ・オービターにちなむ品として、印刷ではない「生写真」が手元にあるので、この機会に載せておきます。

「生写真」と言っても、昨日述べたような理由で、ルナ・オービターが撮影した本当の生写真は地球上に存在しないのですが、NASAが配布した紙焼き写真には、何となくルナ・オービターの体温や肉声に近いものが感じられます。


この2枚組は、ステレオ写真を狙って撮影されたもの。写真が顔を覗かせている枠の大きさは約13×11cmですから、そんなに大きなものではありません。撮影したのは、月面地図作りに活躍したルナ・オービター4号機、5号機ではなく、アポロの着陸候補地の調査を担当していた3号機。


額縁から出すと、こんな感じです。


欄外の「NASA-LRC」というのは、NASAの一部門である「ラングレー研究センター(Langley Research Center)」を指します。LRCは1965年、センター内に月着陸研究施設(Lunar Landing Research Facility )を開設し、月面着陸に備えて、実物大モジュールを使った模擬着陸に取り組んでいました(…と、知ったかぶりして書いていますが、もちろんネットで知ったことの受け売りです)。


写真裏側の印字情報。
この写真が月で撮影されたのは、1967年2月19日で、プレスリリースされたのは、1969年2月13日です。

アポロ11号の月着陸は1969年7月20日のことですから、それを目前にして、全米が熱狂ムードにある中、2年前の業績を振り返りつつ、報道陣に提供された1枚なのでしょう。


中央に写っているのは、直径は約3.8kmの「メスティングC」クレーター。(“MOSTING”と印字されていますが、正確には“MÖSTING”です。)

月の経緯表示は、地球から見た時、ちょうど月の真ん中にくる位置が原点で、メスティングCはその中心近く、南緯1.8度、西経8.1度の位置にあります(月のウサギのおへその辺りと言ったほうが早いかも)。月を眺めれば、嫌でも目に入る位置ですから、アピール性があったのかもしれません。

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あれから半世紀―。
月探査の話題は、アポロ以後もたびたびニュースになりますけれど、かつての熱気に比べれば、随分おとなしいものです。人類史における「一大事件」も、人間の生来の飽きっぽさの前には顔色なし…といったところで、そこに人類の頼もしさと同時に限界を感じます。

月の空を飛んだ兄弟の記憶(後編)2017年11月26日 12時04分38秒

映像で月の名所を旅する…
それだけが目的なら、「かぐや」のハイビジョンカメラ・アーカイブで簡単にできるので、この半世紀前に撮られた写真集に頼る必要はありません。


でも、そこで味わえるのは人類史における「一大事件」を追体験する喜びであり、そこにこそ、この写真集の価値はあると思います。

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1959年、ソ連のルナ3号によって、初めて月の裏側の写真が撮られて以来、米ソの月探査機は、次々と月の知られざる風景を絵手紙にして我々に送ってくれました。

(ルナ3号が送ってきた月の裏側の最初の写真。Wikipedia「Luna 3」の項より)

そして、その後の急速な技術の進展は、10年も経たないうちに、ルナ・オービター計画による、この鮮明な月写真集を生み出すに至りました。

人類は過去何万世代にもわたって、空に月を見上げ、物思いにふけり、神話を紡ぎ、観測を続けてきましたが、20世紀後半に至って初めて――文字通り天地開闢以来初めて――「機械の眼」と「機械の神経系」を使って、月の裏側や月の空に浮かぶ地球といった、新奇な光景に接することとなったのです。その感動を思いやるべし、です。


上空から見渡す、峩々たる月の山脈と荒涼とした平原。それは、19世紀の人が夢に思い描いた光景そのものでした。

(エドムント・ヴァイス、『星界の絵地図』(1892)より) 

新たに獲得した視界は、地上からはぼんやりしていた月の細部が、次々と明らかになっていく爽快感に満ちています。

(深さ1300mに達するシュレーター峡谷)

(ウサギの尻尾に当たる「湿りの海」と、そこに穿たれた三つ星のような小クレーター)


巨大な目玉模様の「東の海」は、地上から観望する際は、ほんの端役に過ぎませんが、こうして正面から見れば超一級の役者であることが、よく分かります。

(月球儀に見る「東の海」)

さらにこの写真集は、高解像度写真で「東の海」の偉観を伝えてくれます。


上は「東の海」周辺と部分図(エリアA~F)の位置表示。
下はエリアA(左)とエリアB(右)の拡大図。


ちょっと変わったところでは、ルナ・オービター3号機は、1年前に月に降り立った先輩、「サーベイヤー1号」の姿もとらえています。

(円内がサーベイヤー1号の姿。右は拡大)

それは、月探査が着実に歴史の年輪を重ねつつあり、人類史が新たな局面に入ったことを物語るものでした。

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NASAが作ったこの写真集は本当によくできていて、全写真の詳細データと、ルナ・オービター全5機が撮影した写真のインデックス・マップを完備しています。

(収載写真のデータ表(部分))

(8枚あるインデックス・マップの内の1枚)

(同凡例)

さらにおまけとして、同一地点をわずかな時間差で撮影した2枚を、赤青で重ね刷りしたステレオ写真(アナグリフ写真)が何枚か載っているのも楽しい工夫です。

(赤青の立体メガネも付属)

この歴史的写真集は当時大量に刷られたせいか、現在の古書価はごく低廉で、私は2千円ちょっとで買いました。こういうのをリーズナブルな買い物と言うのではないでしょうか。

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【補遺】

この写真集、今の目で見ると何となくボンヤリした画像に見えるかもしれません。
でも、それは「前編」で触れたように、ルナ・オービターによる画像取得が、
①月面撮影 → ②フィルムをアナログスキャン → ③電送 →
④受信データを地上でテレビモニターに映写 → ⑤モニター画面を撮影 →
⑥撮影画像を継ぎ合わせて全体を撮影
という、非常にまどろっこしい方法を採っているせいです。

オービターの眼が捉えた本来の画像は、もっと鮮明なものでした。
原撮影に使用されたフィルムは、コダックの「SO-243」、すなわち航空写真用に作られた高解像度の超微粒子フィルムで、記録できるライン数は450本/mm。これに対して、オービターのスキャンシステムは、解像度が76本/mmだったので、スキャンの段階で、実は大半の情報が脱落してしまったのです。

単純化していえば、オービターの「生写真」は、我々が地上で目にする電送写真の約6倍(単位面積では36倍)の記録密度を持っており、その情報が機体と共に失われたことは、当時の科学者にとって一大痛恨事だったことでしょう。

さよならの時2017年11月25日 16時29分33秒

犬や猫を飼っている人がよく漏らすのが、ペットの死を看取る辛さです。それが嫌さにペットを飼わないという人も多いようです。しかし、ヒトと犬・猫は、異なる時間の流れを生きている以上、そうしたすれ違いは避けがたいことです。

私は犬も猫も飼っていませんが、似たような看取りの辛さは、何度か経験しました。
ちょうど今も、そうした別離の時が近づいていることを感じて、何だか暗澹たる気持ちになっています。

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今朝からPCの不調が続いていて、今もだましだまし使っています。
このところ、ちょっとしたエラーが頻発しており、それはソフト的なものではなく、ハード的なものであることを、HDDのかすかな異音に、微熱が続く本体に、ディスプレイの不可解な色滲みに感じ取り、死の予兆に戦(おのの)いています。

弱音を吐かずに付き合ってくれる彼/彼女に、ついつい無理をさせてしまった私も悪かったのでしょう。しかし、別離の根本原因は、ヒトと機械は違う時の流れの中で生きているという冷厳な事実です。

人が人であるがゆえに味わう「愛別離苦」。
別離に苦しむことは、私が人である証でもあります。

(ムンク作 「病める子」)

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とはいえ、今は限りある命を全うできるよう、延命に最大限力を尽くしているので、昨日の記事の続きはお休みです。今後、ブログの更新が予告なく途絶えたら、上のような事情によるものとお考え下さい。