10月の星の句、星の歌2018年10月14日 14時32分01秒

10月14日付けの 『朝日俳壇・歌壇』 より。(以下敬称略。句切れは引用者)

(大串 章 選)
●銀漢や 小さき星の核兵器  (いわき市)馬目 空

天の川を振り仰ぎ、宇宙の大きさを思うとき、多くの人の胸に去来するであろう思い。
人間はおそらく過去幾百世代にもわたって、無限に広がる夜空を前に、人間の卑小さを感じ、人はなぜ生まれ、なぜ相争うのか、自問自答を繰り返してきたことでしょう。

とはいえ、人は今や銀河の一粒一粒が核の炎で燃えていることを知っているし、自らの内に燃える修羅の炎が、遺伝的にプログラムされたものであることも理解しつつあります。そこに一縷の望みがなくもありません。この句に込められた思いが、人間の遠い過去の記憶となる日が、早く来ることを願わずにはいられません。

とはいえ、人が己の闘争心を制御する術を、今後仮に身に着けたとしても、宇宙を前にして感じる深い戦(おのの)きの感情は、いささかも変わらないかもしれません。

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(同)
●高原に星月夜 地に街明り  (茅ヶ崎市)村上芳江

一読、平板な句だと感じました。
しかし、作者はいったい今高原にいるのか、それとも街にいるのか…と考え出したら、いささか謎めいた句と感じられてきました。もちろん、単純に「街を見下ろす高原に来ているのだ」というのが正解かもしれません。

ただ、私なりに想像をたくましくすると、作者は高原にあって街を思い、街にあって高原を思うという、二つのリアルな経験を、今この瞬間に重ね合わせて、この句を詠まれたような気がします。だとすれば、現実の作者が今高原にいても、街中にいても、この句は成り立つことになります。

<自然と人間の対比>という意味では、先の句と同工ですが、作者は星月夜の荘厳な美に打たれると同時に、街明りの人間臭さにもどこか惹かれている感じがあって、何となくホッとできる句でもあります。

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(永田和宏 選)
●理学部を一応出ました 信州の月はたしかに大きいのです (長野市)原田りえ子

一読笑みがこぼれる歌。
これはもはや反論を許さない歌ですね。
「月の錯視」とか何とか、そういう理屈を一切抜きにして、信州の月はたしかに大きいのです。それはもう確かなことです。

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(江戸前期の百科全書、『倭漢三才図会』より「天河」の項。
後段では、西洋天文学の漢訳書『天経或問』を引きつつ、天の川が望遠鏡で覗くと小さな星の集まりであることを教えています。そうした天文知識が、専門の学者のみならず、市井の知識人にもよく知られていた…というのが、近世の近世たる所以でしょう。)



スターベイビー2018年08月15日 16時23分31秒

昔の8月15日には、「旧校舎の理科室」の匂いがありました。

いかにも分かりにくい喩えですが、窓からはかんかん照りの校庭が見えるのに、室の中はぼんやりと暗く、静かで、埃くさく、死の気配が漂っている趣と、8月15日の情調は、個人的に妙に重なるところがあります。子供時代に見聞きした戦争の話題にも、生々しい感じと、どこか遠い感じが、複雑に混じり合っていました。

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最近、「人はみな星の子どもだ」と、いろいろなところで語られます。
つまり人の身体を構成している元素は、遠い昔に「元素製造工場」たる恒星内部で作られたもので、それが星の死とともに散骨され、再度それが雲集して太陽系を作り、地球を作り、我々人間を作った…というわけです。

これは現代の科学が教えてくれる事実です。
でも、世間に無数にある事実の内には、心に響く事実と、あまり響かない事実とがあって、「人は星の子どもだ」という事実は、間違いなく前者です。そして、こういう心に強く響く事実は、多くの場合、人の心の奥にある古い観念と結びついていることを、民俗学や神話学や心理学は教えてくれます。

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先月初めに「スターチャイルド」のことを話題にし、人は空から生まれ落ち、空へと帰っていく存在だ…という観念について、絵葉書を見ながら考えました。

以下、本からの抜き書き(改行は引用者)。

 「観測に基づく天文学が客観的なデータの収集に専念する一方、占星術は天上と地上の世界がひとつの組織をなしているという主観的確信から生じている。その統一性の探求を支えた、古代世界で繰り返しみられる信念のひとつは、人間の魂がそもそもは星の世界にあったとする考えである。

魂は地上に落下して肉体に住まうようになったとピタゴラスははっきり教えており、そうすると人間の精神的努力目標は、この世から自らを解放して天の住まいへ帰ることになる。プラトンも述べているこの考え方は後世の占星術の豊かな霊感源となり、彼らは魂がいくつもの天体を通って落ちるときにさまざまな特徴を――例えば火星からは攻撃性、水星からはどん欲さ、金星からは色情を――得ていることなどを詳しく述べた。死後魂がもと来た道をひきかえすときこうした特徴は捨てられていくことになる。

ヘレニズムの、またのちのローマの神秘宗教には、この魂の降下という考え方がその基本にあった。」
 (ピーター・ウィットフィールド(著)・有光秀行(訳)、『天球図の歴史』、ミュージアム図書、1997、p.29)

こうしたギリシャ~ヘレニズム的思考が、地球規模でどこまで普遍的かはわかりませんが、スターチャイルドの件は、こうした考えを淵源としていることはほぼ確実です。そして、「星の子ども」の一件も、そうした下地があるからこそ、人々に強くアピールするのではないでしょうか。

(星模様のベビードレスを着た赤ちゃんとお母さん。19世紀後半、ドイツ。現物が見つからないので、購入時の商品写真を流用。)

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8月15日は、終戦記念日とお盆が重なります。
今宵は曇天で星は見えそうにありませんが、いずれ空が澄んだら、星を見上げて静かに死者を――戦死者もそうでない死者も――悼むことにします。

お前はもう死んでいる2018年07月14日 11時47分00秒

客観的に振り返ると、この「天文古玩」というブログに、まがりなりにも元気な血が通っていたのは2013年までです(過去の記事を読み返して自覚しました)。その後は、ひたすら臨終に向って歩みを続け、2016年、ついにその死を迎えたのでした。

自分が死んだことにも気付かず、その後もこうしてゾンビ的に書き続けていたなんて、なんだか落語の「粗忽長屋」みたいで、滑稽も滑稽だし、まさに粗忽もいいところです。
でも、そろそろ本当の終わりにしないといけません。

もちろんブログが終結しても、私自身の天文古玩趣味が終わるわけではなく、現についさっきも、「これは!」という品を目にして、購入の算段に腕組みしていたところです。でも、そうした趣味の活動と、ブログ作成とは、本来まったく別物のはずで、ある意味、その区別がついていなかったから、こんなふうにゾンビ化してしまったのでしょう。

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今後のことについて、簡単に述べておきます。

以前も書いたように、このブログは自分の備忘を兼ねているので、ブログ自体は閉鎖することなく、存続させます。また、記事の更新も不定期で行うつもりです。ただし、今後は他者に読まれることを想定した文章ではなくなるので、これまで以上に不親切で、独りよがりな文章になると思います。

また、画像の使用許諾のように、最低限の事務的な連絡手段は残しておきたいので、コメント欄もそのままとします。ただし、頂戴したコメントは「チェック後公開」の扱いに変更し、原則非公開とします。また、今後は当方からも特にお返事はいたしません。どうぞご容赦ください。

さらに、ブログとツイッターとの連携サービスも終了します。これまでもそうでしたが、ブログ更新以外のことを、ツイッター上で特につぶやくこともありませんので、フォロワーの方は、当方のフォローを外していただいて、何ら実害はありません。

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足掛け13年、ブログを通じて多くの方と交流し、本当に豊かな時間を過ごすことができました。そのことはいくら感謝しても、感謝しきれません。皆様どうもありがとうございました。

私も皆さんとともに、天文と理科趣味の雅致を、今後も変わらず楽しんでいきますので、どこかでお目にかかれたら、どうぞ気軽にお声がけください。

それではまた、いつかどこかで―!

雨あがる2018年07月08日 22時06分30秒

窓から星空が見えます。
夕刻のニュースは、各地の惨状を伝えるとともに、豪雨による死者・行方不明者が120名を超えたと報じていました。

先週の天気図を見返すと、週半ばには、九州脇をかすめて日本海に抜けた台風7号と、その行く手に横たわる前線の姿がありました。台風はその後、温帯低気圧に変わりましたが、これが北の前線をぐいと引き寄せ、そこに極度に高湿の空気が流れ込んで、週末の大雨をもたらしたのでした。

一週間前の日曜日、中国・四国地方の天気はおおむね曇りでした。
広島市では、最高気温31.2℃、最低気温22.9℃。午後3時には秒速3mの風が南西からそよそよと吹いていました。

あのとき、被災地の人々は――亡くなられた方もそうでない方も――平凡な日常生活を送りながら、見慣れた町が1週間後にどうなっているか、まるで想像していなかったと思います。おそらく、日常が日常のまま、半ば永遠に続くような気が漠然としていたのではないでしょうか。ちょうど1週間前の私がそうであったように。

「被災者」と「非・被災者」を分けるのは、いわば「不条理な偶然」以上のものではありません。

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…と、ここまで書いて、さらに「相身互い」ということと、「他者への想像力」ということについて記そうと思ったのですが、思ったことを十分書き切れないので、いったん筆をおきます。でも、上手くは書けないですが、この「相身互い」と「想像力」がないと、善意の振る舞いにも、どこか傲岸な臭いが付きまとう気がします。

とはいえ、矛盾したことを言うようですが、そうした心の機微とは別に、「思し召しより米の飯」「案じてたもるより、銭たもれ」というのも一大真理であり、今はどんどん物理的支援をすべきフェーズにあるのも確かでしょう。

物心両面の支えで、被災地に日常生活が一日も早く戻ってきますように。

七夕人形2018年07月07日 12時25分03秒

豪雨の七夕。七人の人間が刑死した翌日。
心にも厚い雲がかかり、思いの道は暗く、いたずらに踏み迷うばかりです。

そういえば、天の川は生者と死者が往還する道だと、つい先日書きました。
さらに、日本における七夕の古俗は、もともと盆行事と一体化した先祖供養であり、「死者の祭り」こそが、その本義であった…というようなことを、以前書いた記憶があります。賢治が何をどこまで意識していたかは分かりませんが――無意識的だったとすればなおさら――彼の『銀河鉄道の夜』のストーリーに、そうした観念の影響が見られるのは、興味深いことです。

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明治~大正頃の松本の七夕人形。「七夕雛」とも言います。

(高さ約55cm)

信州松本では、今でもこうした男女の面相を描いたハンガー状の木具に着物を着せて、七夕に飾る風習が一部にあるそうです。(ちなみに松本の七夕は、月遅れの8月に祝うことが多い由。)

(松本の七夕雛二態。左は着物掛け形式、右は紙雛形式。『銀花』第53号(1982)、特集「節の雛」より)

七夕人形は、子供の誕生を祝って、親類縁者から贈られるもので、こうして七夕さまに大切な子供の着物を貸すことで、着物が増える、すなわち家が富んで栄えるのだ…と言い習わされてきました。

でも、それはわりと近い時代の考え方で、本来は他の人形習俗と同様、これも祓(はらえ)の具であり、形代(かたしろ)として、子供の厄を代わりに引き受けてもらうためのものだったと思います。いわば天児(あまがつ)の七夕バージョン。繰り返しますが、往時はそれだけ子供の死が日常的で、親たちは我が子の死を防ごうと必死だったのです。

(これまたそういえば、先日「スターチャイルド」のことを書きましたが、「天児」はなぜ「天児」というのかも、ふと気になります。)

先祖の霊はたしかに懐かしく、厳かなものだったでしょうが、ちょっと供養が足りないと祟るし、さらにこの時期、祀られることのない無縁の霊が悪霊化して、その辺をうろついているので、特にこういう除災の備えが必要と感じられたんじゃないでしょうか。ちょうど、お盆に合わせて「施餓鬼」を営むのと似た感覚です。


人形は人の形をしているというだけで、ちょっと不気味な感じも受けます。
人形をめぐる怪談も多いですが、それは人形(ひとがた)に込められた民族的な仄暗い記憶――人身御供の故事や、呪(まじな)いの数々――が呼び覚まされるからかなあ…と思いますが、この辺は個人的な経験も作用するでしょう。

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とはいえ、松本にはこんな優しい七夕人形もかつてあったそうです。

(地元の三村隆重・和子氏によって復元された足長人形。『銀花』上掲号より)

天の川の水かさが増して、二つの星が難儀したときは、この足長の人形が川渡し人足になって、川を越えるのを手伝ってくれるのだとか。今夜あたりは、どうあっても彼の出番でしょう。

荒々しい夜…海と空と月と2018年07月06日 07時01分19秒

すっきりしない天気に暑さ負けが重なり、何となく筆が走りません。
今日も絵葉書を眺めながら、ぼんやり記事を書きます。

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天文趣味との距離感は微妙ですが、月景色の絵葉書や幻燈を折に触れて購入します。クレーターが鮮明に写った天体写真ももちろん良いし、天文趣味的にはそちらのほうがオーソドックスなわけですが、それとは別に、私の中には「絵になる月」を愛でたい気持ちもあります。というよりも、そうした「様々な顔を持った月」という存在に惹かれるのでしょう。変幻する月は、折々の心を映し出す鏡のようなものです。

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今日の絵葉書は、月の登場しない月景色。


暗い夜の海と波しぶき。その上に広がる雲の複雑な陰影。


月そのものの姿は見えないけれども、雲間から差す光と海上の反射が、その存在を明瞭に示唆しています。

キャプションには、「A WILD NIGHT. HASTINGS」とあります。
ヘイスティングスは、イングランド南部の温暖な海沿いの町。甲冑姿の騎士たちが駆け巡った、中世歴史絵巻の一幕「ヘイスティングスの戦い」(1066)で有名な歴史の町でもあります。その海辺の風景を、美しい芸術写真に収めた一枚。

制作したのは、地元のフレッド・ジャッジ(Fred Judge、1872-1950)という写真家が興した、「ジャッジズ社(Judges’ Ltd.)。会社組織になったのは1910年のことで、この絵葉書も、1910年代のものと思います。(同社は有名らしく、「Judges Postcards」が、英語版Wikipediaに項目立てされています。)


もちろん、これが本当の夜景である保証はありません。
あるいは、昼間の光景を、撮影・現像技術によって夜景っぽく見せているだけかもしれません(その可能性が高いです)。でも、これが一個のアート作品であるなら、昼間の海に夜の匂いを感じとった、作者の「心の風景」をこそ味わうべきなのでしょう。そして、その心の風景は、すこぶる美しいです。

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ちなみに、印象的な被写体となっているヘイスティングスの桟橋は、1872年の架橋。1990年代に暴風で破壊された後、廃墟のようになっていましたが、最近になって地元の募金活動によって修復が進み、今年(2018)、めでたく再公開の運びとなった由。(→参照ページ

スターチャイルド(その2)2018年07月03日 06時53分03秒

「星と赤ちゃん」の取り合わせは意外にポピュラーで、赤ちゃんが夜空を彩る絵葉書は、ときどき目にします。


上はフランス国内で差し出されたもの。
1903年10月11日という日付と、「Bons ナントカ」と書かれています。ちょっと判然としませんが、これも子どもの誕生を伝える、めでたい葉書かもしれません。(裏面はアドレスのみ。ベルギー国境に近いスダンの町に住む、マダム・ガンツなる人物に宛てられています。)

(消印なし。1910年頃のフランスの絵葉書)

夜空ではありませんが、こちらは飛行機で飛来し、落下傘で降下する赤ちゃん。


真ん中の赤ちゃんは、堂々とキャベツに座っているし、キャプションも「赤ちゃんがお空から落ちてくる。さあ巣作りを」と急き立てているので、明らかに幼な子の誕生をテーマとしたもの。


それにしても、この黒々とした背景と、そこに居並ぶ子供たちを見ていると、私は単なるめでたさばかりでない、何か不穏なものをそこに感じてしまいます。

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乳児死亡率は、現代では限りなくゼロに近づいていますが、明治の頃は、30%を超えていました。つまり、生まれた赤ちゃんの3割以上が、1歳の誕生日を迎えることができなかったのです。さらに幼児期の死も含めれば、当然その数はもっと多くなります。現代では、アフリカの最貧国と呼ばれる国々でも、乳児死亡率は10%程度ですから、当時の日本の状況が、いかに過酷だったか分かります。

今の人は、死といえば老人の専売特許で、「子供の死」というと、何か突発的で異常な出来事と感じるかもしれません。でも、上のような次第で、昔の人にとって「子供の死」は非常にありふれたものでした(さらに言えば、若者の死も、壮年の死もありふれていました)。何せ「老人」と呼ばれる年齢まで生き伸びられる人はごく少数で、老人は「人生のエリート」でしたから、「老人の死」はいっそ貴重で、稀なものだったのです。

そして、「子供の死」がありふれていたからこそ、賽の河原の石積みの話が人々の心を強く揺さぶり、地蔵信仰も盛んだったわけです。

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ことは日本に限りません。20世紀初めのアメリカでも、1000件の出産(死産を除く)があれば、そのうち100人の赤ちゃんは1歳未満で亡くなっていました。都市によっては、死亡率が3割に及ぶこともあったそうです。(→ 参照ページ

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そういう背景の下に、昨日今日の絵葉書を置いて眺めると、そこに漂う一寸ヒヤッとする感じの正体も、よく分かる気がします。もちろん昔だって、赤ん坊の誕生はめでたいことに違いなかったでしょうが、そのめでたさの中には、常に危うい感じが伴っていました。

そう、赤ちゃんはいつだって星の世界に近い存在であり、星の海を越え、嬉々として地上に降り立つかと思えば、両親を残して星の世界にふっと旅立つことも、また頻々とあったのです。

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天文趣味とはあまり関係ないかもしれませんが、人々が星に寄せた思いの一側面として、「星と赤ちゃん」の関わりについて、少し考えてみました。
どうか、すべての子供たちに幸多からんことを。

(良き年を願い、星を振りまくキューピッド。アメリカの絵葉書、1915年)

(この項おわり)

スターチャイルド2018年07月02日 21時24分46秒

「人は死ぬとお星さまになる」とよく言います。
あるいは、天の川は死者の霊が通う道だという伝承が、インドネシアや北米先住民の間にあることが、出雲晶子さんの『星の文化史事典』には書かれています。きっと探せば、他にも類例はあるでしょう。賢治の銀河鉄道も、まさに死者を運ぶ乗り物でした。

夜の世界が死者の世界ならば、そこに輝く星たちは、すなわち死者の霊に他ならない…というのは、ごく自然な発想だと思います。

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その一方で、人は運命(さだめ)の星の下に生まれ、星の影響力を受けながら生を送るという観念も広く見られます。そして、赤ん坊は天の川を通って、この世にやってくるというアイデアも…。

そのことに、ふと気づいたのは、これまた1枚の絵葉書を見たからです。


星の流れの中を、気球を操りながらやってくる一人の陽気な赤ん坊。
その下には、「愛しい私の〔グラディス・ルイーズ〕は、本日、天の川からご到着。早く会いに来てね。〔ミセスR.C.H.〕より。」とあります。(カッコの中は手書きになっていて、子どもの誕生を知らせる、こうした出来合いの葉書が、当時はポピュラーだったことが窺えます。)


裏面には、1910年のシカゴの消印と、「今朝午前12時半、可愛い女の子が誕生。母子ともに健康。君の兄ロルフより」という(一部読み取れませんが、たぶんそんなような)文句が書かれています

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夜空にかかる天の川を、生の源と見るか、死への架け橋と見るか。
対立するようでいて、これは見た目ほど対立した考えでもないのでしょう。そこにあるのは、生と死の本質的近しさであり、天の川を通って、生者と死者は絶えず往還可能なのだ…という観念です。これは宗教の如何を問わず、人間精神の古層に刻まれたイメージではないかと、まあ、あまり軽々に言ってもいけませんが、空を横切る不思議な帯を見ていると、たしかにそんな気がしてきます。


季節外れのイースター2018年07月01日 15時37分52秒

今日から7月ですね。
いよいよ夏本番。今年は梅雨明けも早いし、月半ばの16日が海の日ですから、例年よりも夏に余裕が感じられます。まあ、暑さには閉口ですが、せいぜい西瓜をシャクシャク齧り、カルピスを飲み、蚊取り線香をくゆらせながら昼寝を楽しむことにします。

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ときに、先日こんな絵葉書を目にしました。

(裏には1906年、ニューヨーク州バッファローの消印があります)

キリストの復活を祝うイースター(復活祭)のグリーティングカードです。
月や星を描いた絵葉書を探していて見つけたのですが、可愛らしいと思うと同時に、そこに何かただならぬものを感じました。そのただならぬ感じを無理に言葉にすれば、こういうことです。

 ひな鳥にとっては、卵の中こそが世界だった。
 それは大地であり、海であり、空であり、それらすべてであった。
 彼はこの世界の中で目ざめ、多くの変容を重ね、長い長い旅を続けた。

 しかし、彼のすべてであった世界は、今や終末を迎えようとしている。
 音とともに世界の果てにひびが入り、冷たい何かが押し寄せた瞬間―。


 すっくと新たな大地に立ち、
 はるかな蒼穹と、そこに光り輝く月と星を見上げたとき、
 彼が何を感じたかは、想像するほかないが、
 彼の内で一片の世界の真理が閃いたことは確かだろう。

…とか何とか。

(砕け散った小世界と月影)

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イースターの卵は、生命と復活の象徴と言われます。
しかし、この絵が表現しているのは、何かもっと東洋風の瞑想的な性質のものであり、そのことに私ははっとさせられたのでした。

イースターは、クリスマスと違って、毎年日にちが前後する「移動祝祭日」ですが、たいていは4月のうちに祝われます。ちなみに今年のイースターは、西方教会では4月1日、東方教会では4月8日でした。4月8日といえばお釈迦様の誕生日ですから、そのことも私の中で何となく連想の糸を引いています。

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この頃の屈託した心境は、こんなふうに一枚の絵葉書にもはっとさせられ、鳥にも心を驚かすような有様です。少なからず疲れているのかもしれません。

星のお勉強…聖書と星2018年06月30日 16時42分52秒

天文ゲームには、教育的意図をもった「お勉強」のための品も含まれます(※)
ちょっと毛色の変わったところでは、こんな「お勉強」ゲームも。



Helen S. Evans(著)
 「Bible Astronomy Game」
 The Glad Tiding Publishing Company(米インディアナ)、1928

聖書には天文に関する記述がいくつもありますが、そうした聖書の文句とともに、最新の天文学の知識を学ぼうという、何となく堅苦しいゲームです。

外箱の記載によれば、これは「天空の驚異」を伝える「教育的、感動的、聖典的」なゲームであり、「高校生の若者たちによるクラブ合宿や家庭集会」で遊ばれることを想定しているようです。(ここでいう「クラブ合宿(Societies camps)」や「家庭集会(Home circle)」は、たぶんYMCAのようなキリスト教的背景のあるものでしょう。) 
また、著者のヘレン・エヴァンスについては、他に『聖書の少年と聖書の娘たち』という著作もあったと記されています。

そう聞くと、やっぱりちょっと敬遠したくなりますが、こんなふうにゲームにまでキリスト教の影響が色濃く出ているのは、いかにもアメリカ的。

   ★

トランプで、「ゴー・フィッシュ(Go Fish)」というのを遊んだ方も多いでしょう。
互いに手札をやり取りしながら、同じ数字を4枚集めて場に出していくというのが基本ルールで、あとは手札を先になくす「早上がり」式で競ったり、4枚組をできるだけたくさん作る「ポイント制」で競ったり、遊び方のバリエーションはいろいろです。

この「聖書天文ゲーム」の遊び方は、この「ポイント制 ゴー・フィッシュ」と同じです。


カードは全部で71枚。
カードの左肩を見ると、1-A、1-B、1-C、1-D…から始まって、16-A、16-B、16-C、16-Dまで並んでいます。要は、1~16までのグループがあって、各グループはそれぞれA~Dの4枚から構成されているわけです(このゲームではグループのことを「ブック(book)」と呼ぶので、以下そのように呼びます)。


まずブック1(太陽)ブック2(月)はこんな顔ぶれ。
ちょっと読みにくいですが、太陽の1番カードは、太陽を「11年周期の変光星で、不思議な化学的力を持つ」と説き、「(神は)大きい光に昼をつかさどらせた」という創世記の一節を引いています。
(太陽を変光星とはあまり呼びませんが、厳密にいえばその通りで、これは正しい記述です。また恒星内部の熱核反応が理論化されたのは、1930年代以降のことなので、このゲームが出た当時は、そのパワーの源を「不思議な化学的力」と呼ぶほかなかったでしょう。)

そして2番カード以下は、「太陽の直径は86万マイル」「太陽の移動速度は秒速11マイル」「太陽系の仲間は惑星、衛星、小惑星を含めて約500個」と続きます。

同様に月の1番カードは「山の多い、荒涼とした空気も水もない球体」という説明と、「夜をつかさどらすために(神が作られた)月ともろもろの星」という詩篇の一節が書かれ、2番カード以降は、「月の直径は2164マイル」「月までの距離は24万マイル」「月の公転周期は29.5日」という事実を記しています。

こんな感じで、ブック3~10は惑星を、ブック11~12は星座を、ブック13~14は1等級以上の恒星を、ブック15は恒星に関する事実を、そして最後のブック16は光の性質をとり上げて、それぞれ天文豆知識を伝授しています。

(昼を支配する太陽、ベツレヘムの星、北極星等を描いたスペシャルカード)

カードの枚数は、これだけだと4×16=64枚にしかなりませんが、他に7枚のスペシャルカードがあって、ゲームに変化を与えています。(プレイヤーは、各ブックを4枚揃えると10点(太陽と地球のブックは20点)もらえるほか、スペシャルカードを引くと10点ボーナスポイントがもらえたりします。)

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聖書の引用を除けば、あとはまともな天文知識ですから、そう身構える必要もなさそうですが、いかんせんモノクロで文字ばっかりなので、見た目からしてあまり面白そうではありません。

ただ、見方を変えると、天文ゲームのバリエーションを示すものとして、そこに色物的面白さがなくもありません。そして、19世紀前半まで盛んだった「自然神学としての科学」―被造物の科学的探究は、創造者たる神を讃嘆する篤信の行為に他ならない―という観念が、100年後のアメリカでも、依然健在だった(らしい)ことも窺えます。


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(※) 本当は、こんなふうに学習と遊びを対立するものと捉えるべきではありません。「本来、学ぶとは楽しいことなんだ。たとえ苦労があっても、それだけの手応えを伴うものなんだ」と考えられた時代も長く、またそう考える人も多かったはずです。ただ、教育制度の歴史と同じぐらい、勉強嫌いの子どもの歴史も長いので、ここでは子供に嫌われがちなタイプの学習を、特に「お勉強」と呼んで区別することにします。