桜図譜のはなし(1)2020年04月05日 12時34分44秒

季節はめぐり、みっしりと桜が咲きました。
そして、早めに開いた花はもうハラハラと散り始めています。
いつもの年と変わらぬ穏やかな光景。

年度替わりのゴタゴタに翻弄されていましたが、この週末は久しぶりに自由が戻ってきました。とはいえ、コロナのせいで心底くつろぐことはできません。今年は桜の花も何だか只ならぬ気配を帯びて感じられます。

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ちょっと前に書いたように、桜の図譜を手元に置いて眺めています。
現実の桜はもちろん美しいのですが、図譜は図譜で美しく、自粛ばやりの昨今、「ひとりデカメロン」の恰好の話し相手になってくれます。

桜の図譜はこれまで何度か編まれていますが、以下は「戦後三大桜図譜」と呼ぶにふさわしい本たち。


■『桜 SAKURA; Flowering Cherries of Japan』
 〔15代〕佐野藤右衛門(著)、堀井香坡・小松春夫(画)、大井次三郎(解説文)
 光村推古書院、1961
 ※掲載種 101(同一品種内で微細な変異を示すものを含む)。表紙サイズ 35.4×26.3cm。


■『日本桜集』
 大井次三郎・大田洋愛(著)〔大井氏が文、太田氏が画を担当〕
 平凡社、1973
 ※掲載種 154(園芸品種141、野生種・外来種13)。表紙サイズ 30.5×21.7cm。


■『サクラ図譜』
 川崎哲也(著/画)、大場秀章(編)〔川崎氏の遺稿を大場氏が整理編纂〕
 アボック社、2010
 ※掲載種 41(名前未詳の1種を含む。同一種複数図版あり。巻末の「花序図」を含め、図版総数は90)。表紙サイズ 37×26.5cm。

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それぞれの中身を順次見ていきたいのですが、その前に以下の本にまず触れておきます。


■『桜狂の譜-江戸の桜画世界』
 今橋理子著、青幻舎(2019)

副題に「江戸の桜画世界」とありますが、本書は桜を描いた江戸の画人を総まくりした本ではなく――そういう意味では、当時のほとんどの画家が桜の絵を描いていたでしょう――、今橋氏が「三熊派」とネーミングした4人の画家を集中的に取り上げています。(後半では、造園狂の大名・松平定信の事績と、彼が編ませた桜図譜、『花のかがみ』にも触れています。)

三熊派は、他の画家と違って、桜の絵「だけ」を描き続けた人たちです。
まさに「桜狂」の名にふさわしい人々。

三熊思孝(みくましこう、1730-1794)を始祖とし、思孝の妹である三熊露香(みくまろこう、?-1801頃)、思孝の弟子である広瀬花隠(ひろせかいん、1772?-1849頃)、そして露香の女弟子、織田瑟瑟(おだしつしつ、1779-1832)をメンバーとする、なんだか「派」と呼ぶのが覚束ないような、狭いサークル内で完結した画業です。

(広瀬花隠の画帖『六々桜品』より。上掲書pp.84-85)

彼らは、なぜ憑かれたように桜を描き続けたのか。
もちろん4人の人間がいれば、そこに4つの理由があるのでしょうが、こと思孝に関していえば、彼が「桜は皇国の尤物にして異国にはなし」という認識を持っていたからだ…と、今橋氏は指摘します(p.47)。

もちろん桜は日本の固有種ではありません。
にもかかわらず思孝がこう思い込んでしまったのは、貝原益軒(1630-1714)に原因がある…という指摘がさらに続きます。問題となったのは、益軒の『花譜』という本草書(1698刊)です。以下、今橋氏の文章を引用させていただきます(引用にあたって、漢数字を一部算用数字に改めました)。


 「その一文をここに引用してみよう。

  「花はいにしへより、日本にて第一賞する花なり。(中略)文選の詩に、山桜は果(くだもの)の名、花朱、色火のごとし、とあれば、日本の桜にはあらず。からのふみに、日本の桜のごとくなるはいまだみず。長崎にて、から人にたづねしも、なしとこたふ。朝鮮にはありといふ。」 (貝原益軒『花譜・菜譜』、筑波常治解説、八坂書房、1973年、31頁)

 〔…中略…〕実際には、中国の四川省や雲南省には桜の自生地が有るのだが、たまたまそうした事実を知らない中国人と出会ってしまった益軒は、海外情報を旺盛に摂取・発信しようとしたがために、却って逆に誤った事実を自著に記してしまったのである。だがそれ以上に問題だったのは、益軒が「中国にはなし、朝鮮にはあり」と、国ごとの桜の有無を述べていたにも拘わらず、「桜=中国不在」説がいつの間にか「桜=大陸不在」説となり、ついには「桜=異国不在」あるいは「桜=日本固有の花」「桜=国花」説という強引な文脈(コンテキスト)が出来上がってしまったことである。

 このような文脈が益軒以降、いつ頃より出来上がってしまったのかはわからないが、大博物学者益軒に端を発したことの意味は重く、この誤った情報は時代を経るにつれてより拡散され、庶民の間においても流布したことがわかっている。さらにその上、国学者の賀茂真淵(1697~1769)や本居宣長(1730~1801)らが、次のような歌を詠んでしまう。

  もろこしの人に見せばや三吉野の吉野の山の山さくら花  加茂真淵
  敷島の大和心を人とはば朝日ににほふ山桜はな  本居宣長


 つまり真淵の歌では、中国人に示すべき花は桜で「日本の花=国花=桜」という図式が示されている。そして宣長の歌ではさらに、「桜=日本精神の象徴」という文脈までもが作り出されているのである。」
 (『桜狂の譜』pp.48-49.)

こうなると、戦時中の桜プロパガンダや、現代のネット国士の桜アイコンにまでつながる話ですから、なかなか広がりのある話題です。そして、その源が江戸の国学を越えて、さらに本草学者・貝原益軒にまでさかのぼる…というのは、目から鱗でした。

(三熊思孝筆 桜図(寛政6年、1794)・部分。上掲書pp.32-33)

もちろん、美しい桜の画はただ虚心に眺めればよく、それを強いてイデオロギッシュに解釈する必要もないのですが、こういうのは知っているのと知らないのとでは、大きな差が生じますから、やはり知っておいた方がよいのです。

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さて、こういう桜党の前史を下敷きに、「戦後三大桜図譜」を見に行きます。

なお、「戦後」というからには「戦前」もあるわけですが、こちらは意外に少なくて、大部なものは、三好学『桜花図譜』(1921)が目に付くぐらいです。でも、これはかなりの稀本で、私もまだ実物を目にしたことはありません。内容を知るだけなら、以下のページで全頁カラー画像を眺めることができます(大英博物館の所蔵本です)。


(この項つづく)

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【閑語】

ホラー映画を見ていて、「あ、これは何か出るな…」とドキドキしている感じというか、強いて日常の生活を送りながらも、何だか不安で不穏な気分が持続しています。コロナのせいで、いささか気弱になっているせいでしょう。

ちょっと前まで、安倍氏は緊急事態宣言を出したくてたまらないんだろう…と、多くの人が推測していましたけれど、実際にはかたくなに拒んでいるように見えます。そして、そのことで、また多くの批判を招いています。

安倍氏には、緊急事態宣言を出すことをためらう理由が何かあるのか?
ひょっとして、彼は何かを察知しているのか? 例えば市民の外出が制限された機に乗じて、自分を検束する動きがあるという情報に接しているとか…。

5月15日、首都に複数の銃声が響きわたっても驚かないぐらい、今の私は心が浮動的です。

コロナの今(その3)2020年03月14日 11時36分44秒

日本における検査に関する一指針として、「新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領(2020年3月12日暫定版)」LINK)というのが、国立感染症研究所のサイトで公表されています(作成者は同研究所・感染症疫学センターです)。

A4で4ページほどの短いものですから、読むのは簡単です。
でも、読んでも何だか内容が分かりにくいです。「積極的疫学調査」というぐらいですから、これから積極的に検査もバンバンやるのかな?と思って読むと、どうも勝手が違います。

積極的疫学調査の主体(誰がその調査をするのか)は、保健所です。
その目的は、調査によってクラスターの発生を把握し、クラスターに関係する施設の休業やイベントの自粛等の対応を、自治体として要請するためだと言います。

それによって感染拡大を防ごうという趣旨は理解できますけれど、これは疫学調査という言葉から通常イメージされるような、「集団内での感染者発生率の推計」を目的としたものでは全くありません。

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この調査の対象となるのは、「患者(確定例)」と「濃厚接触者」ですが、濃厚接触者のうち症状が出てない人は、原則として新型コロナの検査は行わないと、この実施要領では定めています。「患者(確定例)」の同居家族も、一般的な健康観察や行動自粛の要請のみでOKだというのです。

なぜなら、「無症状者に検査を行う場合、ウイルスが存在してもどのタイミングで検出出来るかは不明であり、検査陰性が感染を否定することにはならない」からであり、「積極的症例探索の対象者の範囲を過剰に拡大し、事例全ての対応を行おうとすると、関係者の負担が大きくなり、実施自体が困難となることが危惧されるから」です。

何だかもっともらしいですが、特に後者の理由は、日本のリソース不足に対して白旗を掲げているに等しく、あんまり上から目線で言うようなことでもありません。

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今回、「その1」から「その3」までメモ書きしましたが、日本は本当に検査をやらないし、やろうというモチベーションもないんだなあと、改めて感じました。

ここで「その1」に戻って、再び以下の図です。



「うーむ、大丈夫なんだろうか…」と、ここでまたもや腕組みすることになるのです。

(この項いったん終わり)

コロナの今(その2)2020年03月14日 11時23分54秒

今の日本の検査体制は、おおむね以下のようになっています。

(出典:東京都福祉保健局のサイトより )

一般の人が、「熱と咳が続くなあ…コロナじゃあるまいか?」と心配になったとき、どうすれば検査を受けられるのか。東京都の例で言うと、検査に至るまでには、以下の3つの「関門」があります。

 ①新型コロナコールセンターに電話
 ②新型コロナ受診相談窓口(保健所)に電話
 ③新型コロナ外来を受診

①~③のどこかではねられると、検査すら受けることができません。
で、件の心配した人はどうするかといえば、とりあえず普通の風邪か、インフルエンザか、それとも他の感染症か、それを診てもらうために、一般の医療機関を受診することになります。潜在的にはコロナの可能性があるにも関わらず…です。

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3月11日付けの厚労省通知、「新型コロナウイルス感染症が疑われる者の診療に関する留意点について」LINK)を読むと、そうした患者さんを受け入れる、一般の医療機関の「心構え」が説かれています(太字は引用者)。

 「基本的に誰もがこの新型コロナウイルスを保有している可能性があることを考慮して、全ての患者の診療において、標準予防策であるサージカルマスクの着用と手指衛生の励行を徹底すること。」

 「原則として、診察した患者が新型コロナウイルス感染症患者であることが後に判明した場合であっても、〔上記〕に基づいた感染予防策を適切に講じていれば、濃厚接触者には該当しないこと。」

要するに、新型コロナの患者が来るかもしれんが、医療関係者はマスクと手洗いだけしてればよろしい、仮に後からコロナと判明しても、それさえしていれば、濃厚接触には当たらない…というのですが、こんなにユルユルで本当に大丈夫かなあと思います。

そして、「患者が発熱や上気道症状を有しているということのみを理由に、当該患者の診療を拒否することは、応招義務を定めた医師法〔…〕及び歯科医師法〔…〕における診療を拒否する「正当な事由」に該当しない」から、しっかり診ないとアカンぞ…と命じられて、お医者さんも大変だなあと思うし、待合室で相席になる他の患者さんのことも、大いに心配です。

   ★

ところで、3月6日に、新型コロナの検査に保険が適用されることになった…というニュースがありました。そして、お医者さんが検査の必要を認めれば、保健所を通さずに検査ができるようになった…とも聞きました。

これだけだと、かかりつけのお医者さんに行って、「先生、心配だから検査してくださいよ」と言えば、すぐにも検査が受けられるような感じですが、実際は全然違います。

国の通知(LINK)によれば、保健所を通さずに検査ができるのは、「当面の間…帰国者・接触者外来及び帰国者・接触者外来と同様の機能を有する医療機関として都道府県が認めた医療機関」だけです。

そして、それ以外の一般の医療機関に、新型コロナが疑われる人が来た場合は、「原則として…帰国者・接触者相談センターへ一度電話で連絡の上、同外来を受診していただきたいが、帰国者・接触者外来に患者が殺到することのないよう留意しつつ、直接、帰国者・接触者外来を紹介することとしても差し支えない」と述べています。

結局、基本的な流れは従前と変わりがなく、帰国者・接触者外来等のお医者さんが、「よし検査だ!」と言わない限り、検査を受けられない仕組みはそのままです。

(注)ここで言葉を整理しておくと、「帰国者・接触者相談センター」というのは、そういう独立したセンターがあるわけではなくて、要するに保健所のことです。現在、各地の保健所が「相談センター」という看板を急きょ掲げて、相談に応じています。また、「帰国者・接触者外来」というのは、各都道府県が指定した、新型コロナに対応する医療機関のことで、どこがそうかは原則非公開で、秘密にされています(「直接紹介してもいい」というのですから、各医療機関には通知が行ってるのでしょう)。

   ★

以下は、2月26日にコロナ雑感として書いたことの一部。

 「そもそも論で言うと、現在は検査機関イコール医療機関になっているから、医療機関に人が押し寄せる結果を招いているのであって、両者を分離しても支障はないし、むしろ分離した方が効率的なことは多々あると思います。そこで適切な(必要なら多段階の)スクリーニングを実施して、必要な人だけ医療機関につなぐ体制が望ましいことは言うまでもなく、そのことに反対する人は少ないでしょう。(ここでいう「検査機関」とは、衛研のような検体処理機関ではなくて、被検者から検体を採取する機関という意味です。)」

 「独立した検査機関というと、何か巨大な箱モノを想像されるかもしれませんが、要は人の動きと空気の流れを制御し、清潔区域と不潔区域を明確にするだけのことですから、別にささやかな建物でも、既存の施設でも構わないのです。そこは一般の病院のように、いろいろな目的で、人がランダムに移動する空間ではありませんから、はるかに単純な構造で済むはずです(健診や人間ドックの場面を想像してください)。」

この記事を書いた後で、韓国の、さらにドイツの、「ドライブスルー式検査場」のニュースに接して、わが意を得たりと思わず膝を叩きました。

しかし、日本ではそうした方向に舵を切る動きは、今に至るまで全くありません。
依然として、検査は病院で行うものであり、潜在的感染者が医療機関に集中する構造的問題には、まったく手が付けられていません。

(その3につづく)

コロナの今(その1)2020年03月14日 11時18分31秒

「コロナって、結局今どうなっているのかな?」
その点が、毎日報道を見てても、非常に分かりにくいです。

「なんだかんだ言って、行政も医療機関も頑張ってるんじゃないの?」という声も聞こえてくるのですが、まあ頑張ってないとは言わないにしても、何をどう頑張っているのかが見えにくい。

その分かりにくさの原因は、結局、具体的な感染状況がブラックボックスなので、今が流行のどの時期にあたるのか、今どれぐらい危機的な状況にあるのか、さっぱり分からないという点に尽きます。

たとえば、下はよくニュースで見かける図。先月、厚労省が示したものです。

(出典:日本経済新聞 2020/2/23)

では、実際のところ、患者数はどんなカーブを描いているのか?
下は上の図が登場してから半月後の状況です。

(出典:日本経済新聞 2020/3/11)

これを以て、「日本は新型コロナの抑え込みに成功している」と思う人は少ないわけで、前々から言われているように、「検査をしなければ感染者は把握できない」ことを示すだけの図になっています。

下もネット上でよく見かける図です。


各国の感染事例数を、報告事例が200を超えた日を起点に描いた増加曲線です。日本の特異性が際立っているとして、注目を集めた図です。

出典はイタリアのピサ大学所属のAlessandro Strumia(1969-)氏が、ツイッター上で公開したもので、氏は高エネルギー物理学が専門の方ですが、独自の関心に基づき、作図されたようです。その後、3月10日付けのアップデート版も公開されています。


これを見ても全体の傾向は変わらず、中国・韓国は既にピークアウトしたという報道が可視化されたのと、日本の特異な状況が依然として目立っています。

一体なぜこんなことになっているのか?

(その2に続く)

空のコロナ2020年03月01日 08時39分00秒

話題のコロナウイルスですが、その直径はおよそ100ナノメートル、すなわち0.0001ミリ。人間を地球大まで拡大して、ようやくウイルスが人間大になる計算ですから、小さいといえば実に小さいです。そんなちっぽけな存在に斃される人間のもろさと、ウイルスの恐るべき攻撃力を改めて感じます。

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一方、人々が空に見上げるコロナといえば「かんむり座(Corona Borealis)」

コロナ(corona)は、もともとラテン語で、英語のクラウン(crown)もその派生語です。
かんむり座は、わりと地味めの星座ですけれど、その主だった星は、太陽よりもさらに大きく、その光は100~300光年のかなたから届くと聞くと、宇宙はやっぱり大したものです。ウイルスに比べれば巨大な人間も、宇宙の中では当然ウイルスよりもさらにちっぽけな存在です。

かんむり座は夏の星座で、ちょうど夏休み初日の夜8時ころ、天頂近くに来ます。
今でも早起きすれば、夜明け前の空に高々と見えるはずですが、私はものぐさなので、春のかんむり座を見たことはありません。

星座神話の世界だと、かんむり座は、クレタの王女アリアドネをめとった酒神ディオニュソスが、彼女のために贈った冠ということになっています。星座絵だと、それこそ立派な冠として描かれることが多いですが、ラテン語のコロナ(あるいはギリシャ語のステファノス)は、「リース」が原義だとか。


ドイツのヨハン・バイエルが出した星図帳 『ウラノメトリア』 (1603)は、ちゃんと可憐な「花かんむり」として描いており、遠い神話世界の女性には、たしかにこちらの方が似つかわしい気がします。

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社会の行く末も心配ですが、そんな下界の心配をよそに、星はめぐり、季節は移ろっていきます。鳥たちはつがいになって巣作りの準備に入り、先週はウグイスが良い声で鳴いていました。子どもたちが野原で遊び、花かんむりを作って楽しむ穏やかな世が、早く戻ってきてほしいです。

赤い絵2020年02月27日 07時09分16秒

コロナウイルスの「コロナ」は「王冠」の意。
膜表面にトゲトゲした突起があるからだそうです。

ここから天文趣味的には、日食の際、神秘の輝きを見せる太陽のコロナや、コロナ・ボレアリス(かんむり座)とコロナ・アウストラリス(みなみのかんむり座)という、南北ふたつの星の冠に話を持っていくこともできます。

でも、何といっても非常時ですから、今日も引き続き毛色の変わった品を載せます。


これは明治半ばの刷り物です(35.5×23.5cm)。
出版されたのは明治27年(1894)。折からの日清戦争で、ナショナリズムが極度に高揚した時代の空気がよく出ています。


「支那の兵隊はよっぽど憎い奴。兵糧が足りないちゅうて牙山〔戦場となった朝鮮の町〕を食い荒らす」


「ちゃんちゃんぼうず〔中国人の蔑称〕はよっぽど弱い者。牙山が守れんちゅうて散り散いりばーらばら」

やたらめったら清の軍隊をこき下ろす一方、我が皇国兵士はまことに忠勇無双、敵兵を手もなく打ち据えています。


「日本の意気地はよっぽど強いもの。朝鮮国を助けるちゅうてちゃんちゃんをメッチャメチャ」 〔当時はまだ嫌韓思想がなくて、「朝鮮をいじめる清国はケシカラン」というのが出兵の建前でした〕

今の目から見ると、あっけらかんとし過ぎて、なんだか突っ込むことすら難しい気がします。太平洋戦争の頃の日本人は「鬼畜米英」を絶叫していましたが、その半世紀前も、同胞のメンタリティーは、あまり変わらなかったみたいですね。

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この絵の特徴は、赤絵具の一色刷りであること。
これは、江戸時代からある「疱瘡絵」の一種で、疱瘡(天然痘)よけのまじないとして、こういう赤い絵を家の中に貼る習慣が、明治になっても続いていたこと示しています。

文明開化の世が来ても天然痘の流行は終らず、ものの本には「2年前から流行の天然痘がなお終息せず、この年〔明治27年〕の患者1万2,400人。死者3,300人」と、出ています。(下川耿史・家庭総合研究会・編『明治・大正家庭史年表』p.232。さらに同書明治26年の項には、患者5,211人・死者685人、同25年の項には、患者3万3,779人、死者8,409人とあります。)

江戸時代の疱瘡絵は、病気をにらみ返す豪傑の絵が多かったですが、明治の御代になると、それが忠勇無双の兵隊さんに置き換わったのでしょう。

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それにしても―。
国の無策が続き、居丈高に嫌中・嫌韓をあおる人が跋扈し続けるようだと、流行り病に襲われても、またぞろこんなものを部屋に貼るぐらいしか抵抗の術がない世の中になってしまいそうです。実に恐るべきことです。


【付記】

上に引いた天然痘の数を見て、「うわ、恐ろしいな」と思いますが、その前後には「赤痢大流行、患者15万5,000余人、死者3万8,049人」とか、「東大は男子学生5,144人中255人が結核。また休学生100人中76人が結核」とかいう記述もあって(いずれも明治27年)、言葉を失います。これも明治裏面史でしょう。

当時の人からしたら、100余年後の新型コロナ騒動の方が浮世離れして感じられるかもですが、まあ、こういうのは比べてもしょうがないですね。

コロナ雑感2020年02月26日 19時04分56秒

新型コロナの件で、国が発表した「対策」について、いろいろ意見が交わされています。そもそもあれは対策の体を成していない、という声も強いですが、一連の議論の中で、ちょっと気になったことがあるので、メモします。

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今、問題になっていることの一つに、国内でのPCR検査の実施件数が、他国より格段に少ないことがあります。そして、この点を擁護する意見として、以下の論を耳にします。

①不安に思う人がいっせいに医療機関に押し寄せたら、医療機関がパンクして、地域医療が崩壊してしまう。

②潜在的感染者が来院することで、院内感染のリスクがある。医療機関が新たな感染源になってしまうことは避けるべきである。

③仮に検査結果が陽性と出ても、新型肺炎自体は特異的治療法(特効薬)がないので、検査をする意味が薄い。

これを読むと、いずれももっともに思えます。

でも、よく考えると、これは新型コロナに限らず、どんな新手の感染症が発生した時でも通用する「無敵の論理」です。果たして、今後さらに感染力が強く、もっと致死性の高い病気が発生しても、特効薬がなければ、常にこの3つを言い立てれば済むのかどうか?

素朴に考えて変だなあ…と思います。そして、こういう「無敵の論理」は、たいていどこかに穴があることを、私の経験と常識は告げています。

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まず①について。

たしかに、検査を希望する人がいっせいに医療機関に押し寄せたら、当然そうなるでしょう。だからこそ、押し寄せる前に、要医療の人と、そうでない人をスクリーニングする必要があるわけです。でも、本来そのスクリーニングのために検査はあるはずなのに、それをしないというのは、入口のところで大きなボタンの掛け違いが生じています。

現在、新型コロナに対して行われているスクリーニングは、もっぱら問診でしょう。
でも、これはスクリーニングとしての確度がきわめて低くて、あまりにも頼りないです。まして重症化した段階でも問診ではねられて、検査すら受けられないなんて論外です。

そもそも論で言うと、現在は検査機関イコール医療機関になっているから、医療機関に人が押し寄せる結果を招いているのであって、両者を分離しても支障はないし、むしろ分離した方が効率的なことは多々あると思います。そこで適切な(必要なら多段階の)スクリーニングを実施して、必要な人だけ医療機関につなぐ体制が望ましいことは言うまでもなく、そのことに反対する人は少ないでしょう。(ここでいう「検査機関」とは、衛研のような検体処理機関ではなくて、被検者から検体を採取する機関という意味です。)

もちろんそのためには、人もお金もかかります。しかし、こういうところに人とお金をかけずして、一体どこにかけるのだろうと思います。

   ★

次に②について。

仮に独立した検査機関ができたとしても、そこで機関内感染が起きては困ります。
でも、最初から検査機関であることを想定するなら、それこそ病院建築の専門家の出番で、その知恵を大いに使えばよいと思います。

独立した検査機関というと、何か巨大な箱モノを想像されるかもしれませんが、要は人の動きと空気の流れを制御し、清潔区域と不潔区域を明確にするだけのことですから、別にささやかな建物でも、既存の施設でも構わないのです。そこは一般の病院のように、いろいろな目的で、人がランダムに移動する空間ではありませんから、はるかに単純な構造で済むはずです(健診や人間ドックの場面を想像してください)。

   ★

最後に③について。

特異的治療法(特効薬)がない病気は、本当に検査をする意味が薄いのか?
そんなことはないでしょう。「あなたは新型コロナだ」と言われたら、他人への感染リスクを考えて、自分も周りも慎重に行動するし、それだけでも結果は大いに違ってきます

特効薬がないのは、ふつうの風邪も同じです。
だからといって、「風邪の人は病院に行くな」とはなりません。そもそも一般の人は、普通の風邪か厄介な病気か分からないので、そのことだけでも、病院に行く理由になります(風邪だろう…と勝手に素人判断すると、お医者さんにひどく怒られたりします)。そして、風邪の場合と同様、対症療法を組み合わせれば、患者さんは楽に過ごせるわけですから、「新型肺炎は家で寝ておれ」と言って済ませるのは、ちょっと違うんじゃないでしょうか。

さらに、個々の患者に意味が薄いことは、公衆衛生的に無意味であることを意味しません。そもそも、定量的データ(どこにどれだけ感染者がいるか)がなければ、対策の立てようがないし、立てても場当たり的になってしまうでしょう。

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以上のことは、素人が布団の中で考えたことにすぎません。
だからこそ、国や専門家には、もっとストラテジックで、骨太の議論をしてもらいたいのです。そういう目で見ると、やっぱりあれは「対策」とは言い難い代物です。

死を憶えよ2020年02月23日 13時47分28秒

 「神の子の化肉の1347年の10月初旬、12隻のジェノーヴァのガレー船が、彼らの邪悪なる行ないのゆえに主の下し給うた報復を逃れて、メッシーナの港にはいった。彼らの髄には有毒な疫病が潜み、彼らと話しただけの者もすべて死病に犯され、いかにしても死を免れ得る者はなかった。

 …メッシーナ市民はこの突然の死がジェノーヴァの船から出ていることを発見して、急いで出港することを命じた。しかし病毒は残り、死の恐るべき突発の原因となった。間もなく人々は互いに憎み合うことはなはだしく、息子が疫病に襲われても、父親は看病しようともしなかったほどであった。もしそれでも患者に近づくことをあえてすれば、直ちに感染し、三日以内に死ぬべく運命づけられるのであった。そればかりではなかった。患者と同じ家に住むものは、猫やその他の家畜ですらもが、彼の後を追って死んでしまった。…」

 フランチェスコ会修道士ミケーレ・ディ・ピアッツァは、ペストのヨーロッパの地への初の上陸を以上のように記述している。

   ★

以上は、木間瀬精三・著『死の舞踏』(中公新書)の第1章冒頭の抜粋です。
もちろん新型コロナは、「邪悪なる行ないのゆえに主の下し給うた報復」などではありませんし(ペストだってそうです)、両者の病相は大いに違うのでしょうが、突発的な事態を前に動揺する人々の恐怖は、700年近く経っても、似たところがあるなと思いました。

ペストの襲来によって、イタリア・トスカーナ地方では全人口の4分の3、ないし5分の4が失われ、ドイツの諸都市でも半数以上の市民が死ぬところが続出、これによって徐々に解体が始まっていた中世封建社会は、決定的な打撃を受けたことが、木間瀬氏の本には書かれています。

ペスト禍は、文学や美術にも当然影響を及ぼし、「死の勝利」や、死者が生者とともに踊る「死の舞踏」をテーマとした作品が盛行しました。そして、人々は口々に「メメント・モリ(死を憶えよ!)」を叫んだのです。

   ★

コロナ騒動の前から、個人的に「死」を近しく感じることがあって、「死の舞踏」に関連する品を、いくつか手にしました。そうしたものは今も大量に作られていますが、この場合はちょっと昔の匂いが慕わしいので、古めのモノを探しました。


上に写っているのは、1900年ごろ刷られた「死の舞踏」のカード。フランス南部、ラ・シェーズ=デューの修道院の壁に描かれた15世紀のフレスコ画が元になっています。


同じ図柄の絵葉書はたくさん残っていますが、これは裏面がブランクの三つ折りカードで、やっぱり土産物として売られたのでしょう。


15世紀から16世紀にかけて版を重ねた『死の舞踏』の諸書は、生の無常と死の避けがたさを説く一種の訓諭書で、同時代の精神生活に大きな影響を及ぼしました。上の画像はけっこう真に迫っていますが、いずれもオリジナルではなくて、19世紀における復刻版です。


ときに死は猛々しく、まったく容赦がありません。

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まあ、こんなふうに死に思いをはせながらも、モノにとらわれて執着するのは、我ながら死の教訓が心底身に染みてないせいでしょう。それでも、こういうものを飽かず眺めていると、無常の風が肌に冷たく吹き付けるのを感じ、眼前の混乱の向こうに、遠い時代の騒擾がありありと浮かんできます。

神は美しき小宇宙を愛するか2020年02月22日 12時11分38秒

さて、贅言はさておき清談を。

動・植・鉱物三界の驚異に満ちた、色鮮やかな博物画を愛好する人は少なくないでしょう。でも、その背景と技法に関する豊かな知識と、芯の通った審美眼を併せ持つ人は、そう多くはないはずです。

そうした意味で、個人的に敬服しているのが、博物画の販売を精力的に行っているdubhe(ドゥーベ)さんです。dubheさんが扱う品は、保存状態が良いことに加えて、みなどこか確かな見所があります。

ただ、博学多才なdubheさんも、天文分野に関しては、非常に謙抑的な態度を取られていて、その変わったお名前(屋号)が、星の名前―北斗を構成する星のひとつ―に由来することを考えると、ちょっと不思議な気がします。この辺のことは、いつか機会があればゆっくり伺ってみたいです。

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そのdubheさんが、昨晩のツイッターで、珍しく天文図版を採り上げていたので、「これは!」と思いました。その図は私自身お気に入りだったので、何だか自分のウロンな趣味に、お墨付きを与えられた気がして嬉しかったです。ここで嬉しさついでに、dubheさんの迷惑を省みず、その尻馬に乗ることにします。


その図がこちら。
A4サイズよりも一回り大きい紙に刷られた多色版画で、周囲の余白を除く図版サイズは約19.5×27.5cm あります。制作されたのは1846年。


グラフィカルな図像もいいですが、何といっても特筆すべきは、その愛らしい色遣いと繊細なグラデーションです。


これを刷ったのは、ロンドンのノーサンプトン・スクエア11番地に店を構えたジョージ・バクスター(George Baxter、1804-1867)で、彼はwikipediaにも項目立てされている、カラー印刷史に名を残す人です。

上の図は、彼が特許を得た「油性色材印刷法」によっており、これは現代のカラー印刷術とは断絶した、失われた過去の技法です。(なお、19世紀前半にあっては、版面の制作から刷り上げまで、大半が職人の手仕事でしたから、「印刷」と「版画」を区別することは、あまり意味がありません。)

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では、図版の内容はどうか?

実はこれまた印刷技法に劣らず注目すべきもので、天文学史の興味深い一断章となっています。

もう一度上の画像に目をやると、そこに「System according to Holy Scriptures 聖書に基づく体系」というタイトルが読み取れます。つまり、この図はコペルニクス以前の“旧派”の宇宙観を表現したものですが、興味深いのは、それが過去のものではなく、「太陽こそ地球の周りを回っているのだ!」と、大真面目に主張していることです。

この図の原画を描いたのは、アイザック・フロスト(Isaac Frost、生没未詳)という人で、彼は19世紀のロンドンで盛んに行われた天文講演会の演者の一人だったらしいのですが、1846年に出版された『天文学の二つの体系』という奇書と、今日採り上げた美しい版画作品を除けば、ほとんど無名の人です(「二つの体系」とは、すなわちニュートンの体系と、聖書の体系で、フロストは後者に軍配を上げています)。

(アイザック・フロスト著 『天文学の二つの体系』 タイトルページ)

この図を購入したペンシルベニアの本屋さんによる解説文を、この図を理解する一助として、適当訳して転記しておきます。

 マグルトン主義者(Muggletonian)のオリジナル天文図版
 バクスター・プリント 「聖書に基づく体系」 図版7

 太陽が地球を回る円形軌道上に描かれた図。きわめて美麗かつ繊細な色合いを持つ。

 ここに掲げたバクスター式油性プリントは、太陽中心説を否定するイギリスの宗教的一派、マグルトン主義者が私的に使用するため、1846年に制作された。マグルトン主義者は、彼ら独自の宇宙観を持ち、これらの図版は私的な目的で作られ、一般には出回らなかったので、多くのバクスター・プリントの中で最も稀少な作品となっている。アイザック・フロストの『天文学の二つの体系』のために制作された、全11図版から成るシリーズの一部であり、書籍の形に製本されず、単独の図版のまま残されたもの。

 バクストン法は複雑かつ高コストの印刷技法だが、目の覚めるようなイメージを生み出し、その図版は驚くほど美しい。」


手元にあるのはもう一枚、この昼と夜を描いた<図版10>だけですが、こちらも実に美しい絵です。


月が支配し、星がきらめく夜の世界…。

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マグルトニアンは、まあ一種のカルトなのかもしれませんが、地動説が当然とされる世の中で、あえて天動説に思いを巡らすことは、他人の言を鵜呑みにせず、自分の頭で考えようとする態度ですし、豊かな想像力の発露ですから、一概に否定はできません(その構えがなければ、コペルニクスだって生まれなかったでしょう)。

でも、できれば自分の頭で考えた結論として、地動説の正しさを納得してほしかったです。そうでないと、「下手の考え休むに似たり」の例証が一つ増えるだけで終わってしまいます。

贅言2020年02月22日 12時06分46秒

いよいよ政権も断末魔の様相を呈していますが、そもそも「断末魔」ってなんだ?…と思って調べたら、これは「断末+魔」ではなくて、「断+末魔」という語の組み立てになっていると知って、ほおと思いました。

手っ取り早くweblioを見ると、三省堂の『大辞林』を引いて、

 ≪仏≫〔「末魔」は 梵 marman の音訳で、これを傷つけると激痛をともなって死ぬとされる身体の極小の部位〕 死ぬとき。死ぬ間際の苦痛。また、それに相当する苦しみ。「-の苦しみ」「-の叫び」

と解説しています。なるほど、仏教用語由来だったのですね。
では…と、続けて中村元氏の『仏教語大辞典』を開くと、

 【末摩】まつま(S〔サンスクリット〕)marman の音写。死穴・死節と漢訳する。身中にある六十四か所、あるいは百二十か所の急所のこと。これに触れると死に至るといわれる。<『倶舎論』一〇巻一七-一八、一五巻二〇オ><『瑜伽論』一巻(大〔大正新修大蔵経〕)三〇巻二八一上>

末魔(あるいは末摩)は当て字で、そういう名前の悪魔がいるわけではありません。
その正体は、まさにケンシロウが突く秘孔にほかならず、これに触れて命を断つことが「断末魔」であり、「ひでぶ!」とかいうのが断末魔の叫び。首相の場合は、たぶん「あべし!」と叫ぶのでしょう。

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安倍氏の命脈が断たれるとき、その取り巻きがどういう態度をとるか?
これは人間というものを知るうえで、本当に良い教材になると思います。まあ、こう書くと何となく皮肉まじりの感じになるし、実際皮肉が混じってないこともないのですが、それ以上に、これは普遍的な学びの機会に他なりません。

今人の振る舞いを見ることで、歴史上の様々な出来事の意味が、一層よく理解できるようになるという意味で、これはいわば温故知新ならぬ「温新知故」
そんなわけで、私は大いに「その時」を注視しています。