星図収集、新たなる先達との出会い2022年10月29日 08時22分55秒

「星図コレクター」というと、質・量ともに素晴らしい、書物の中でしかお目にかかったことがないような、ルネサンス~バロック期の古星図が書架にぎっしり…みたいなイメージがあります。

そういう意味でいうと、私は星図コレクターでも何でもありません。
典雅な古星図は持たないし、特に意識してコレクションしているわけでもないからです。でも、19世紀~20世紀初頭の古びた星図帳なら何冊か手元に置いています。そして、そこにも深い味わいの世界があることを知っています。ですから、星図コレクターではないにしろ、「星図の愛好家」ぐらいは名乗っても許されるでしょう。同じような人は、きっと他にもいると思います。

そういう人にとって、最近、有益な本が出ました。
まさに私が関心を持ち、購書のメインとしている分野の星図ガイドです。


■Robert W. McNaught(著)
 『Celestial Atlases: A Guide for Colectors and a Survey for Historians』
 (星図アトラス―コレクターのための収集案内と歴史家のための概観)
 lulu.com(印刷・販売)、2022

「lulu.com(印刷・販売)」と記したのは、これが自費出版あり、lulu社が版権を保有しているわけではないからです。lulu社はオンデマンド形式の自費出版に特化した会社で、注文が入るたびに印刷・製本して届けてくれるというシステムのようです。
同書の販売ページにリンクを張っておきます。


著者のマックノート氏は、巻末の略歴によればエディンバラ生まれ。少年期からアマチュア天文家として経験を積み、長じて人工衛星の航跡を撮影・計測する研究助手の仕事に就き、ハーストモンソー城(戦後、グリニッジ天文台はここを本拠にしました)や、オーストラリアのサイディング・スプリング天文台で勤務するうちに、天文古書の魅力に目覚め、その後はコレクター道をまっしぐら。今はまたイギリスにもどって、ハンプシャーでのんびり生活されているそうです。(ちなみに、マックノート彗星で有名なRobert H. McNaught氏とは、名前は似ていますが別人です。)


本書は、そのマックノート氏のコレクションをカタログ化したもの。判型はUSレターサイズ(日本のA4判よりわずかに大きいサイズ)で、ハードカバーの上下2巻本、総ページ数は623ページと、相当ずっしりした本です。


収録されているのは全部で292点。それを著者名のアルファベット順に配列し、1点ごとに星図サンプルと書誌が見開きで紹介されています。

(日本の天文アンティーク好きにもおなじみの『Smith's Illustrated Astronomy』)

そこに登場するのは、いわゆる「星図帳」ばかりではなく、一般向けの星座案内本とか、星図を比較的多く含む天文古書、さらに少数ながら、星座早見盤や星座絵カードなども掲載されています。時代でいうと、18世紀以前のものが零葉を含め30点、1950年以降のものが16点ですから、大半が19世紀~20世紀前半の品です。これこそ私にとって主戦場のフィールドで、本当に同好の士を得た思いです。

(同じくギユマンの『Le Ciel』)

もちろんこれは個人コレクションの紹介ですから、この期間に出た星図類の悉皆データベースになっているわけではありませんが、私がこれまでまったく知らずにいた本もたくさん載っていて、何事も先達はあらまほしきものかな…と、ここでも再び思いました。

本書の書誌解題には、当該書の希少性について、マックノート氏の見解が記されていて、「わりとよく目にするが、初期の版で状態が良いものは少ない」とか、「非常に稀。全米の図書館に3冊の所蔵記録があるが、私は他所で見たことがない」…等々、それらを読みながら、「え、本当かなあ。それほど稀ってこともないんじゃないの?」と、生意気な突っ込みを入れたりしつつ、マックノート氏と仮想対話を試みるのも、同好の士ならではの愉しみだと感じました。

   ★

円安の厳しい状況下ではありますが、この本で新たに知った興味深い本たちを、これから時間をかけて、ぽつぽつ探そうと思います。(こうなると、私もいよいよコレクターを名乗ってもよいかもしれません。)

落日のドイツ帝国にハレー彗星来る2022年09月13日 21時10分33秒

円安がますます進んで、買えるものもだんだん限られてきました。
そんな中でも紙物は強い味方で、まあ紙物といってもピンキリですが、せいぜい値ごろで魅力的なものを探そうと思います。

…と考えつつ、こんなものを見つけました。


何だかひどく装飾的なハレー彗星のリーフフレット。
1910年のハレー彗星接近を前に、ドイツのニュルンベルクで発行されたものです。
「星空におけるハレー彗星/特別図1枚及び補助図2枚付き」と書かれた下に、K. G. Stellerという版元の名が見えますが、どうやら私家版らしく、詳細は不明。大きさは23.5×15cmで、A5サイズよりもちょっと縦長です。


天の北極を中心とする円形星図を囲んで、ドーリア式の円柱とアーチがそびえ、そこに円花文様(ロゼット)や唐草文様がびっしり描かれています。いずれも古代オリエント~ギリシャの伝統文様。そして、てっぺんには天文界の四偉人、コペルニクス、ケプラー、ニュートン、ラプラスの名が…。ひょっとしたら、このデザイン全体が、彼らを称える霊廟なのかもしれません。

いかにも大時代というか、当時の歴史主義建築の影響が、片々たる紙物のデザインにまで及んだのでしょうが、第一次大戦の直前、ヴィルヘルム2世治下のドイツ帝国では、これが「時代の気分」だったのかなあ…と思いながら眺めています。

   ★

さて、肝心の中身ですが、リーフレットは二つ折りになっていて、中を開くとこんな感じです。


「1910年3月、4月、5月のハレー彗星の径路」と題して、彗星が徐々に天球上での位置を変える様子を図示しています。

(赤線で示されているのが彗星の位置変化)

このとき彗星はうお座の方向に見えていました。そのプロットは、左下の1月25日から始まり、2月、3月、4月と、時間経過とともに徐々に右(西)に向かって進み、4月24日すぎにクルッと方向転換して、今度は反対に左(東)へと進んでいく様子が描かれています。

赤線の下の太線は黄道で、その上に描かれた小円は太陽の位置です。
上の画像だと右下の3月13日から始まって、左上の4月22日まで、太陽が天球上を動いていくのが分かります。

この2つの情報から、宇宙のドラマを3次元的に脳内再生できますか?
太陽の位置変化は、地球自身の公転による見かけ上のもので、彗星の位置変化は、彗星自身の動きプラス地球の公転の合成です。私にはとても再生不能ですが、それでも何となく彗星がクルッと方向転換するあたりで、太陽をぐるっと回り込んだんだろうなあ…というのが想像できます。彗星の尾は太陽風によって、常に太陽と反対方向になびきますから、その尾の動きも併せて想像すると、よりリアルな感じです。

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図の下に書かれた説明に目をこらすと、例によってドイツ語なのであれですが、かなり本格的なことが書かれている気配です。たとえば、本図はクロメリンとその協力者スマート〔文中ではSinartとミスプリ〕の計算に基づくものであり、「彗星は4月20日に近日点を通過すると予測されている」こと、そして「そのとき彗星の速度は秒速54kmに達し、太陽との距離は約8,700万kmである。一方、太陽から最も遠い遠日点では、太陽から約5,000km〔これは5,000ミリオンkm、すなわち50億kmの間違い〕のところにあり、速度は〔秒速〕1km未満に過ぎない」…云々。この印刷物が、ある真剣な意図をもって作られものであり、少なくとも「近日点」「遠日点」という言葉にたじろがないだけの知識を持った人を対象にしていることを窺わせます。

   ★

ちなみに裏面にはもう1つガイド星図が載っていて、ハレー彗星が位置するうお座(とおひつじ座・おうし座)の見つけ方を指南しており、まことに遺漏がないです。


ごくささやかな品とはいえ、旧時代の空気を漂わせ、なかなか堂々たるものです。

ある星座掛図との嬉しい出会い、あるいは再会2022年07月17日 18時53分57秒

七夕の短冊の件は、その後難渋していて、少し寝かせてあります。
簡単なようでいて、正しい文章にしようとするとなかなか難しいです。

   ★

ここでちょっと話題を変えます。
天文アンティークについてなんですが、最近は思わず唸るような品に出会う機会が減っていて、寂しくもあり、いらだたしくもあり、一方で出費が抑えられてホッとする気持ちもあり。

もちろんこれは私の探し方が拙いだけで、eBayとかではない、本格的なオークションサイトや、それこそリアルオークション会場に行けば、今も日々いろいろな美品が売り立てに登場しているはずです。でも何事も身の丈に合ったふるまいが肝心ですから、分相応のところをウロウロして満足するのが、この場合正解でしょう。

この連休も、雑事の合間を縫ってネット上を徘徊していました。そして、「やっぱりこれというものはないなあ…」と独りごちてたんですが、Etsyで次の星図に行き当たり、その佇まいに思わず目をみはりました。


程よく古びのついた、美しい星座掛図です。
ドイツの売り手曰く、ドイツ東部の学校の屋根裏部屋で発見された19世紀の石版刷りの星図だそうです。

これは久々の逸品だぞ…と思いつつ、お値段がまた逸品にふさわしいもので、やっぱりいいものは高いなあと納得しましたが、この図には微妙な既視感がありました。「あれ?」と思ってよく見たら、この品は既出でした。そう、何と嬉しいことに私はすでにこの星図を持っていたのです。


■ジョバンニが見た世界…大きな星座の図(9)

しかし、すぐにそれと気づかなかったのは、同じといいながらやっぱり違うものだったからです。私の手元にあるのは、

 Ferdinand Reuter(編)、
 Der Nördliche Gestirnte Himmel『北天の星空』
 Justus Perthes (Gotha)、1874(第4版)

というものですが、今回見つけたのは、出版社は同じですが、

 『Reuters Nördlicher Sternenhimmel(ロイター北天恒星図)』

とタイトルが変わっています。出版年は1883年で、おそらく改版と同時に表題を変えたのでしょう。そして変わったのはタイトルだけではありません。

(1883年版の部分拡大図。商品写真をお借りしています)

(1874年版の部分拡大図。過去記事より)

一見してわかるように、夜空の色合いも違いますし、星座表現が「星座絵」から恒星を直線で結んだ概略図に変わっています(だからパッと見、同じものと気づかなかったのです)。19世紀の後半に入り、星図の世界から星座絵が徐々に駆逐されていく流れを受けて、ロイター星図も改変を余儀なくされたのでしょう。

ロイター星図は、星図の世界ではあまり有名ではないと思いますが、私は非常に高く買っていて、それがこんなふうに変化を遂げ、19世紀末になっても学校現場で生徒たちの星ごころを育んでいたことを知って、無性にうれしくなりました。以前、ロイター星図を取り上げたのは、『銀河鉄道の夜』に登場する星図を考える文脈でしたが、この1883年版こそ、作品冒頭の「午後の授業」の場面にふさわしい品ではないでしょうか。

ちなみに現在のお値段33万3333円というのは、売り手が日本向けにアピールしているわけではなくて、原価2300ユーロがたまたま今日のレートでゾロ目になっただけです。何たる偶然かと思いますが、こうした偶然も、いかにも一期一会めいて心に響きました。

(通貨表示を切り替えたところ)

古賀恒星図2022年03月28日 21時19分22秒

春は別れと出会いの季節。
これまでのいろいろなことを思い出して、感傷にふけることが多いです。
何と言っても寂しいものは寂しいし、悲しいものは悲しいので、自然と湧き上がる感情に逆らうことはしませんけれど、そうやって感傷にふけりながらも、地球のあちこちで起きていることを考えると、少なからず居心地が悪いです。自分のセンチメンタリズムを自嘲することはないにしても、「いい気なもんだなあ…」とは思います。

   ★

ときに、前回の記事に出てきた「古賀恒星図」
とっくに紹介済みのような気がして、過去記事を探したんですが、どうやら初登場のようでした。

(サイズは54.5×89cm。地紙が厚く、巻き癖がついているため、止むを得ず畳の上で重石をして広げました。)

■古賀恒星図
 大正11年(1922)1月10日発行
 発行所 京都帝国大学天文台内 天文同好会
       代表者 山本一清 編者 古賀和吉
 発売所 丸善株式会社 定価 1円50銭

(凡例)

星図の価値はその正確さと情報量によって決まるのでしょうが、古賀星図の場合は、ぜひその色合いの美しさも評価対象に加えてほしいです。薄茶色の地色に浅緑の星図が映えて、その美しさは、以前言及したフランスの小粋な星図にも劣らぬものがあります。

(部分拡大)

(同)

さらにまた旧字体で書かれた古風な星座名の床しさ。自然な曲線を描く星座境界。
こういう風情を愛でるのが、素の天文趣味とは一寸位相の異なる「天文古玩趣味」なのだろうと思います。

   ★

編者の古賀和吉は、「天文同好会大阪支部幹事」と星図に書かれています。星図と共にその名が知られるわりに経歴のはっきりしない人ですが、前掲の『日本アマチュア天文史』の索引を見ると、その名は3ヵ所に出てきます。

(p.10) 1922年、天文同好会出版部の発行した「古賀恒星図」は大阪支部幹事の古賀和吉の苦心の作を山本一清が監修したもので、価格は1円50銭、簡易星図の方は4等星以上の恒星が記載された一枚刷の星図で、価格10銭。その後長く多くのアマチュア天文家に愛用された。

(p.15) 〔天文同好会〕大阪支部 1920年12月発足、支部長古賀和吉(最初の星図製作者) 現在まで存続

(p.18) 「天界」Vol.10(1930)No.10に「同好会十名名物男」なる記事がある。当時活躍した人達の個性を知る上で面白い資料としてここに転載する。
○五藤斉三氏 望遠鏡で金をもうけ同好会に献身する人。東京支部長。
○池田政晴氏 太陽観測で眼を焼き、同好会の財布の主となる。植物学者。
○改発香塢氏 実業家から哲学者となり天文写真の重鎮となる。
古賀和吉氏 同好会の九州探題、星図の主、三味線の名手。
〔以下略〕

三味線の名手という以外、やっぱりよく分からないのですが、大阪で活躍した草創期のアマチュア天文家として、山本一清会長の信頼厚き方だったようです。

ももとせの夜2022年01月02日 12時12分33秒

各話が「こんな夢を見た」で始まる、夏目漱石の幻想的な掌編連作、『夢十夜』
その「第一夜」は、死んだ女の墓を守って百年を過ごす男の話です。

「日が出るでしょう。それから日が沈むでしょう。それからまた出るでしょう、そうしてまた沈むでしょう。――赤い日が東から西へ、東から西へと落ちて行くうちに、――あなた、待っていられますか」
 自分は黙って首肯(うなず)いた。女は静かな調子を一段張り上げて、
「百年待っていて下さい」と思い切った声で云った。
「百年、私の墓の傍に坐って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから」

こうして男は、日が昇り、日が沈むのを何度も何度も見送り、長い時を過ごします。
やがてどれほどの月日が経ったのか、ある日女の墓から一本の青い茎が生え、その先に白い百合の花が咲きます。

真白な百合が鼻の先で骨に徹(こた)えるほど匂った。そこへ遥かの上から、ぽたりと露が落ちたので、花は自分の重みでふらふらと動いた。自分は首を前へ出して冷たい露の滴る、白い花弁に接吻した。自分が百合から顔を離す拍子に思わず、遠い空を見たら、暁の星がたった一つ瞬いていた。
「百年はもう来ていたんだな」とこの時始めて気がついた。

   ★

100年は長いか短いか。
一冊の星図帳を手に取りながら、一瞬、「ああ、もうあれから100年経ったのか」と思いました。そして「100年は意外に短いな」とも。


でも、それは勘違いで、実はすでに110年が経過していたのでした。
こんなふうに、10年ぐらい平気で間違える粗忽者が存在することを思えば、やっぱり100年は短いです。

この本はすでに以前も取り上げました。

■1912年、英国の夜空を眺める(前編)(後編)

ついでなので、100年前ならぬ110年前の星空を眺めてみます。


1912年1月1日午後10時、ロンドンで見上げた北の空。


そして南を向くと、


きらきらと輝くオリオンの向こうには、


ヒアデスとプレアデスにはさまれて満月が浮かび、その傍らに火星と土星が控えています。110年前の元旦は、なかなか豪華な空でしたね。

   ★

1912年は日本だと明治45年、明治最後の年です。そして同年7月に改元があり、大正元年となりました。漱石が『夢十夜』を発表したのは、そのしばらく前、明治41年(1908)のこと。いずれも100年を超えて久しいです。

女の化した百合の花は、その後どうなったのか?そして男は?
それは暁の星だけが知っていることかもしれません。

小さな星座カードのはなし2021年11月08日 20時37分22秒

数年前――より正確にいうと6年前、ある星座カードのセットを買いました。


「Connais-tu les etoiles?」(君は星を知っているか?)と題したこのカードは、パリのすぐ南、ブリュノワの町にあるマルク・ヴィダル(Marc Vidal)LINK】という、レトロ玩具(日本でいう駄菓子屋で売っているような品)の専門のメーカーが作ったものです。

買ったときは、ここがレトロ玩具専門とは知らなかったので、「今のご時世、こんな紙カードの需要があるんかいな?」と他人事ながら心配になりました。でも、だからこそ意気に感じて買わねばならない気がしたのです。それに当時は天文ゲームに熱中していた時期なので、そのヴァリエーションに加えてもいいかな…とも思いました。


外箱は8×10cm、中に入っているカードは7×9.5cmの定期券サイズです。
内容は月ごとの星空カードが12枚と、主要星座の説明カードが同じく12枚、さらに全体の解説カードが1枚の計25枚。



カードはすべて両面刷りで、星空カードは表と裏で北天と南天を描き分け、また星座カードは表裏で別星座を扱っているので、登場するのは全部で24星座です。

…と、ここまでは尋常の紹介記事です。
確かにかわいらしい品ではありますが、このカードについては、一応これで話が終わりの「はず」でした。

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しかし狭い世界を生きていると、いろいろ見聞きするもので、この「Connais-tu les etoiles?」には‘本家’があることを最近知りました。

それがこちらです。

(中央の白い輪っかは輪染み)

版元はパリのスイユ出版(Éditions du Seuil)


同社は1935年の創業で、この品も1935~50年頃に出たものでしょう。


カードは全部で20枚の両面刷り、そこに2つ折りの索引カードが付属し、全体は薄紙のカバーに包まれています。カードの大きさは7×10cmと、新版よりもわずかに横長。


趣のあるカラー印刷は石版刷り。
内容は「星座の見つけ方」がメインで、小さなガイド星図集といったところです。(結局、本家と新版の共通点はパッケージデザインだけで、内容はそれぞれオリジナルです。)


また各星図の中に主要メシエ天体が赤刷りされているのも特徴で、メシエ天体は一部を除き肉眼では見えませんから、このカードは望遠鏡を使えるアマチュア天文家を想定読者としていたはずです。

版元のスイユ社は、人文・社会系の良心的な出版社とのことですが、こうした児童向け天文カードを手掛けた経緯は不明です。あるいは暗い時代に灯をともしたかったのでしょうか。

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地味な星座カードに、地味な「本家」があった…
まあ、えらく細かい話ですし、他人からしたら「それがどうした」という類のことでしょうけれど、自分にとってはこれも立派な発見で、かなり嬉しかったです。

銀河の流れる方向は2021年10月05日 05時50分58秒

(昨日のおまけ)

「新撰恒星図」と、「銀河鉄道の夜」との関わりについて、一言補足しておきます。

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これも以前の話ですが、「この物語を実写化するとしたら、こんな星図が小道具としていいのでは?」という問題意識から、その候補を挙げたことがあります。それはドイツ製の掛図で、北天だけを描いた円形星図でした(もちろん賢治その人は、その存在を知らなかったでしょうが)。

(画像再掲。元記事はこちら

ここで改めて、「銀河鉄道の夜」の原文を見てみます。
問題の星図が登場するのは、物語が幕を開けた直後です。

一、午后の授業

「ではみなさんは、そういうふうに川だと云われたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊した大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指しながら、みんなに問をかけました。

ここで注目したいのが、「上から下へ白くけぶった銀河帯」の一句。
賢治の脳裏にあった星図は、銀河が「縦」に流れており、そこが上のドイツ製星図のいわば“弱点”です。一方、「新撰恒星図」はこの点で作品の叙述と一致しています。


まあ、銀河が縦に流れる星図は世の中に無数にあるので、そのことだけで「新撰恒星図」を推すのも根拠薄弱ですが、資治がそれを学校時代、現に目にしていたことの意味は大きいです。しかも、「掛図形式の星図」としては、当時日本ではおそらく唯一のものでしたから、その影響は小さくないと考えます。

   ★

銀河が縦に流れるか、横に流れるかは、あえて言えば作図者の趣味で、そこに明確なルールがあるわけではありません。どちらも星図としては等価です。

天の赤道と銀河面の関係は下の図のようになっています。

(出典:日本天文学会「天文学辞典」 https://astro-dic.jp/galactic-plane/

赤道面と銀河面のずれが仮に90度だったら、銀河は天の両極を貫いて、星図の中央を真一文字に横切るはずですが、実際には62.6度の角度で交わっているため、文字通りの真一文字とはいかず、天の両極を避けるように、弓なりに星図を横切ることになります。(天球上の星々を天の赤道面に投影したのが円形星図です。)

そして、赤道面と銀河面の交点を見ると、春分点(ないし秋分点)から、ほぼ直角の位置――正確には約80度離れた位置――から、銀河は立ち上がっているので、<春分点‐秋分点>のラインが水平になるように作図すれば、銀河はそれと交差して縦に流れるし、分点ラインが垂直ならば、銀河は横方向に流れることになります。


「新撰恒星図」の場合は、分点ラインが水平で、秋分点を接点として南北両星図が接しているので、当然銀河は縦に流れるわけです。

(春分点が右にくると、必然的に赤経18時が真上にきます)

   ★

縦か横か。ささいな違いのようですが、銀河が縦に流れれば、銀河鉄道の旅もそれに沿って流れ下るイメージになり、生から死への一方向性がより一層強調される…というのは、たった今思いついた奇説ですが、そんなことがなかったとも言い切れません。

星座掛図は時をこえて(後編)2021年10月04日 05時30分04秒

(昨日のつづき)

(表装を含む全体は約83×105cm、星図本紙は約72×101cm)

細部はおいおい見るとして、全体はこんな表情です。傷みが目立ちますが、こうして自分の部屋で眺めると感慨深いです。上の画像は、光量不足で妙に昔の写真めいていますが、それがこの掛図にちょうど良い趣を添えている…と言えなくもないような。

(よく見ると植物模様が織り出してあります)

星図そのものとは関係ありませんが、この古風な布表装に、昔の教場の空気を感じます。ひげを生やした先生が、おごそかに咳ばらいをしている感じです。

星図は、天の南北両極を中心とした円形星図と、天の赤道を中心とした方形星図を組み合わせたもので、1枚物の全天星図としては標準的な構成です。


凡例。1等星と2等星の脇の小さな注記は「ヨリ」。つまり、これらは明るさに応じてさらに2段階に区分され、「より」明るい星を大きな丸で表示しているわけです。


刊記を見ると、手元の図は昭和3年(1928)8月8日の発行となっています。


さらに説明文を読むと、これは「昭和3年改訂版」と称されるもので、明治43年(1910)の初版に続く、いわば「第2版」であることが分かります。となると、これは賢治が目にした星図とは、厳密に言えば違うものということになります。実際、どの程度違うのか?

オリジナルの明治43年版は、京大のデジタルアーカイブ【LINK】で見ることができます。

(明治43年版全体図。京都大学貴重書デジタルアーカイブより)

(同上 解説文拡大)

こうしてみると、全体のデザインはほとんど同じ。違うのは恒星の位置表示で、明治43年版は「ハーヴァード大学天文台年報第45冊」に準拠し、昭和3年版は「同第50冊」に拠っています。ただ、恒星の座標表示の基準点である「分点」は、いずれも1900年(1900.0分点)で共通です。各恒星の固有運動による、微妙な位置変化などを取り入れてアップデートしたのでしょうが、それもパッと見で分かるほどの変化ではないので、賢治が見たのは、やっぱりこの星図だと言っていいんじゃないでしょうか。


天の南極付近。
1930年に星座の境界が確定する前ですから【参考LINK 】、星座の境界がくねくねしています。星座名は外来語以外は基本漢字表記で、いかにも古風な感じ。中央の「蠅」(はえ座)の上部、「両脚規」というのが見慣れませんが、今の「コンパス座」のこと。その右の「十字」は当然「みなみじゅうじ座」です。

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上で述べた明治43年版との違いが、やっぱりちょっと気になったので、うしかい座で比べてみます。上が明治43年版、下が昭和3年版です。

(京都大学貴重書デジタルアーカイブより)


比べて気づきましたが、星座名が一部差し替わっています。明治43年版では「牧夫」「北冠」だったのものが、昭和3年版では「牛飼」「冠」になっており、この辺は明治と昭和の違いを感じます。現行名はそれぞれ「うしかい座」「かんむり座」です。

肝心の星の位置ですが、うしかい座α星「アークトゥルス」――ひときわ大きな黒い丸――は、固有運動が大きいことで知られ、毎年角度で2秒ずつ南に移動しています。比べてみると、明治43年版では赤緯+20°の線に接して描かれていたのが、昭和3年版では+20°線から分離しており、確かに動いていることが分かります。明治43年版と昭和3年版はやっぱり違うんだなあ…と思いますが、違うといってもこの程度だともいえます。

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この星図が出る少し前、明治40年(1907)には、同じく三省堂と日本天文学会が組んで、日本最初の星座早見盤が売り出されており、これまた「銀河鉄道の夜」に登場する星座早見盤のモデルとされています【参考LINK】。

(画像再掲)

その意味で、この星図と星座早見はお似合いのペアなので、どうしても手元に引き寄せたかったのです。それに「銀河鉄道の夜」を離れても、これは近代日本で作られた、最初の本格的な星図であり、その歴史的意味合いからも重要です。そんなこんなで今回の出会いはとても嬉しい出会いでした。やはり長生きはするものです。

星座掛図は時をこえて(前編)2021年10月03日 10時10分04秒

ブログを長く続けていると、過去の自分と対話する機会が増えてきます。
その中で、「あの時はああ書いたけれど、今になってみると…」とか、「あの時取り上げた品には、実は兄弟分がいて…」というように、複数の記事が響き合って、新たな意味が生じることも少なくありません。

あるいは、過去の自分への贈り物めいた記事もあります。
過去の自分が憧れた品、あるいは「こんなものがあったらいいな」と言いながら、その存在すら知らなかったような品を、当時の自分に届けるつもりで記事を書く場合です。

こういうのはブログに限らず、日常でも経験することですが、ちょっと不思議な感じを伴います。当時の自分も自分だし、今の自分もやっぱり自分。そこには一貫したアイデンティティがあるのに――あるいは、だからこそ――自我が分裂したような、自分が同時に二つの場所に存在するような気分といいますか。まあ、それこそが「経験の年輪」というものかもしれません。

   ★

今日の品は、13年前の自分への贈り物です。贈り先は以下の記事。

■ジョバンニが見た世界…天文掛図の話(その3)

ここで話題になっているのは、「銀河鉄道の夜」の冒頭の授業シーンで、ジョバンニが目にした星座掛図の正体、ないしモデルを探るというものです。上の記事では、賢治が学生の頃、母校の盛岡高等農林(現・岩手大学農学部)で接した掛図が、そのモデルではなかろうか…という説を採り上げています。

それは明治43年(1910)に、三省堂から出た『新撰恒星図』で、草創期の日本天文学会が作成したものです。13年前は、それを京大や金沢大の所蔵品として眺めるだけで、現物を手にすることがどうしてもできませんでした。しかし「求めよさらば与えられん」。13年越しに、それはやってきました。


多年の思いとともに、その中身を見てみます。

(この項つづく)

甘く苦い星図2021年02月07日 11時54分07秒

昨日の『Sonne, Mond und Sterne』と似た、横長の判型の本が本棚に並んでいます。
こちらももっと早くに登場させるべきでしたが、その機会がありませんでした。満を持しての登場になります。


■Kakao-Compagnie Theodor Reichardt(編)
 『Monats-Sternkarten(毎月の星図)』
 刊年なし(1900年頃)
 星図12枚+付属解説書14p.

ドイツのハンブルクにあった、テオドール・ライハルト・ココア社(1892年創業)というチョコレートメーカーが出版した、異色の星図集です。


布製のポートフォリオを開くと、


中に、月ごとの星図カードが12枚入っています(カードサイズは19×27cm)。


ひとつ上の写真も、この写真もそうですが、星図は全部同じデザインのように見えて、よく見ると文字と地平環の色が薄青磁色だったり、灰茶色だったり、月々で微妙に違っていて、そこに渋い美しさがあります。


1月の空拡大。一見して分かる通り、星図は星座早見盤を模した形式で、ヨーロッパ中部付近の緯度に対応しています。そこに表現されているのは、各月の半ば、夜10時ころの空です。


カードの裏面には、その月の星座と見どころの解説が載っています。

   ★

ところで、なぜチョコレート会社が星図を売っていたのか?
容易に予想されるように、これも販促グッズの一種で、要はシガレットカードや紅茶カードの大型版です。ただし、煙草や紅茶の場合は、商品そのものにカードを同梱していたのに対し、こちらは客寄せとして、店頭でカードをバラ売りしていた点が違います。

そして全部カードを集めると、おまけとして、このポートフォリオと解説書の購入特典が得られる仕組みだったのかな…と想像します。そうすれば、子供にせがまれたお父さん・お母さんが、毎月必ず店を訪れたでしょうし(毎月店頭に並ぶカードが変わるわけです)、店に来れば来たで、カードだけ買って済ますこともできなかったでしょうから、これはなかなか上手い商売です。

「こんな手間暇をかけずに、最初から星座早見盤を売り出した方が早いのに…」と、最初見たときは思いましたが、上のような事情を考えれば、そうしなかった理由は明らかです。渋く美しい星図の背後には、客を呼び込む巧みな商策がひそんでおり、その意味では、甘い中にも一寸苦いものがまじります。

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(解説書表紙)

(同裏表紙)

付属の解説書は天文の基礎知識を説く、いわば「総説編」。
そのブックデザインも、ユーゲントシュティールっぽい洒落たデザインです。


裏表紙の内側には夜空を飛ぶ複葉機が描かれています。
その特徴的なシルエットは、ライトフライヤー号に間違いなく、アメリカ生まれの同機が空のヒーローだったのは、1903年からわずか2~3年のことでしたから、この星図カードが生まれたのも、きっとその頃なのでしょう。


解説書にはさまっていた切り抜き。水星から海王星までの惑星データ表です(1930年発見の冥王星は当然まだ載っていません)。どうといことのない紙片ですが、この星図の以前の持ち主が熱心な星好きだったことを示すようで、昔の人と心が通うような気がするのは、こんな瞬間です。