空の旅(4)…オリエントの石板とアストロラーベ2017年04月16日 17時56分05秒

天文アンティークというと、何となく西洋の品に目が向きがちですが、天文学が生まれ育った土地は、いわゆる西洋の外側です。

昔々、天文学が発達したのは、四大文明発祥の地ですし、栄えあるギリシャ科学を受け継ぎ、発展させたのは、東方のヘレニズム文化と、その後のサラセン文化でした。

まあ、わが家にそんな歴史遺産があるわけはありませんが、それでもそうした事実をイメージさせる品を並べて、天文アンティークの枠を少し広げたい気がしました。

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(説明プレートはantique Salonさんに作っていただきました)

たとえば、以前も載せた紀元前の天文石板(正確には粘土板)と、はるか後代のアストロラーベ


残念ながらいずれも複製品ですが、本来の絶対時間でいうと、ここには2千年近くの時間差があります。

しかし――あるいはだからこそ――両者を並べて見る時、西アジアで星座が生まれた遠い昔のことや、精巧な儀器を生み出した工人の黒い指先、星の運行の秘密を解き明かした学者先生の長いあごひげ、そして彼の地の人々が星を見上げて過ごした幾十万もの夜の光景などが、いちどきに思い起こされて、何だか西域ロマンにむせかえるようです。

今、安易に「ロマン」という言葉を使いましたが、ナツメヤシの葉擦れ、乾いた透明な空に輝く満天の星、研ぎ上げた鎌のような新月…こうした状景は、暗い北ヨーロッパの人にとっては、実際ロマンに違いありません。

その心情を、欧州の人が心置きなく吐露できるようになったのは、ヨーロッパがイスラム世界を軍事的・文化的に圧倒した、近代以降のことですが、中世の十字軍などというのも、あれは一種の東方コンプレックスに基づく振舞いだったのでしょう。

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ここで、解説プレートの文字を転写しておきます。

石板の方は、「紀元前200年頃、古代オリエントのセレウコス朝期の天文暦の一部(複製)。有翼の蛇に乗る獅子と、その先に輝く木星が粘土板に刻まれています。獅子は今の「しし座」、蛇は「うみへび座」に当たると言われます。」

そして、アストロラーベの方は、「17世紀、アラビア海周縁のインド-ペルシャ世界で使われた両面アストロラーベ(複製)。表面と裏面が、それぞれ南北両天に対応しています。円盤の中心は天の北極・南極を、唐草模様の葉の尖端は主要な恒星の位置を示しています。アストロラーベは、天体の位置を簡単に知ることができる道具として、イスラム世界で特に発達し、中世後期以降はヨーロッパでも作られるようになりました。」

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石板の方は既出なので、以下、アストロラーベの細部を見ておきます。


アストロラーベのレプリカは、今もインドで大量に作られていて、その大半は土産物的な粗悪な品です。時代付けして、「アンティーク」と称して売っているものもありますが、そうなると完全なフェイク(偽物)です。

上の品は同じレプリカでも、ごく上手(じょうて)の部類に属するもので、かなり真に迫っています。最初からレプリカとして販売されていたので、フェイクではありませんが、黙って見せられたら、一寸危ないかもしれません。(そもそもアストロラーベのフェイクは、昔からさまざまあって、グリニッジのコレクションにもフェイクが混じっていることを、グリニッジ自身が認めています。)


このアストロラーベは、上記のように、両面使えるところが特徴で、後の南北両天用の星座早見盤の元祖のような品です。


安易な鋳造ではなく、彫りの技によって正確に線を刻んでいる点に、作り手の本気具合を感じます。



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どうでしょうか。ともあれ、ヨーロッパだけを見ていては、「空の旅」もロマンに欠けますし、旅の全行程のごく一部しかたどることはできません。

空を見上げながら、さらに遥かな旅を続けることにします。

(この項つづく)

空の旅(3)…カタラン・アトラスの世界2017年04月15日 16時41分13秒

「空の旅」のアイデアを考えたとき、最初に思いついたのは、「カタラン・アトラス(カタロニア地図)」と呼ばれる、中世の世界地図を背景に、天文学の歴史を物語ることでした。

カタラン・アトラスは、1375年にカタロニア(カタルーニャ)で製作されました。
当時知られた「全世界」を詳細に図示したもので、その範囲はヨーロッパを超え、アジア世界を横断し、極東の島々にまで及びます。地図上には多くの城が聳え、偉大な王の姿が描かれ、海には船が浮かび、ラクダに乗った隊商が陸地を横切っています。

これこそ「旅」をテーマにした展示に相応しい品。

(カタラン・アトラスに描かれたペルシャ湾をゆく帆船)

さらに、その絵筆は地上世界を超えて、巨大な天球までも描破しており、これは通常の「世界地図」の枠に収まらない「宇宙地図」と呼ぶべきものですから、ぜひ「空の旅」の背景に据えたいと思いました。

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カタラン・アトラスは、高さ65cm、幅300cm もある巨大な横長の地図です。
元は50cm 幅×6枚、現況はさらに半幅の25cm 幅×12枚に切断されて、木製パネルに貼り付けた屏風状の形態で、フランス国立図書館に所蔵されています。

有名な地図なので、これまで何度も複製が作られており、私が今回並べたのも、2000年にバルセロナで出版された、そうした原寸大複製の1つです。


オリジナルと同じように、25センチ幅の縦長の地図が2枚見開きで装丁され、全部で6分冊になっています。


第1分冊は、地図の左端に当る部分。カタロニア語によって、当時の天文学や占星術の知識が記されています。まさに、この図が「宇宙地図」であるゆえんです。


そして第2分冊の天球図を経て、第3分冊以降の世界地図へと画面は続いていきます。

(この図は、地球から恒星天に至る同心球状の宇宙構造と、黄道十二宮、そして1年間の暦を表現していると思うのですが、詳細は不明。オリジナルの金彩が、金の特色刷りで美しく再現されています。)


ヨーロッパと北アフリカの地中海世界から、ロシア、中央アジアを経て、さらに東へ。


西のカタロニアから見れば東の果て、ロシアとブルガリアの国名が見えます(右下は黒海)。


右側に舌のように伸びるのは「紅海」。
この呼称はギリシャ語に由来するそうですが、地図の製作者は文字通り「赤い海」を想像したのでしょう。これまたカタロニアから見れば、遠い異世界です。

そして、画面は東アジアへ。




右下に見える「CATAYO」は、英語で言う「Cathay」で、本当は北方の契丹(きったん)に由来するそうですが、ヨーロッパでは古く中国のことを、この名で呼びました。

中国東方に散在する島々は、中国南部から東南アジアにかけての島しょ群を漠然と描いているのでしょうが、この中にはきっとジパングも含まれているはず。

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今回、「空の旅」をテーマに表現したかったものこそ、まさにこのエリアで3千年の長きにわたって続けられた「旅」の風景でした。

会場のレイアウトの都合で、カタラン・アトラスを背景に…とはいきませんでしたが、カタラン・アトラスを立て並べた脇に、サブテーマである「古今東西」をイメージした品を並べることができました。

(カタラン・アトラスの地図部分の全容)

(この項つづく)

水色とオレンジの星図2017年02月26日 23時17分49秒

天文古玩の「本領」というか、このブログの肝は、やっぱり天文関係の古物です。
最近はそこから派生して、ちょっと天文趣味とは遠いものを取り上げることも多いですが、リアルな星に関わる品は、依然「天文古玩の生命線」。

まあ、あまり王道路線にこだわると、価格的にきびしいので、手にするのは駄菓子的な品ばかりですが、そういう他愛ない品には、他愛ない品なりの魅力というのが確かにあります。言うなれば、豪華な飾り皿にはない、日用雑器の魅力といいますか、「天文界の民芸品」的魅力といいますか。

普通の天文趣味人が、普通に使った品にこそ、その当時の天文界の空気がいちばんよく表れるものです。

下の星図も、そんな品の1つ。


Carte de Ciel:visible de l’Europe Centraire de l’Abbé Th. MOREUX.
   Girard et Barrère (Paris), c.1930.

モルー神父による、中部ヨーロッパ版星図。
ジラール&バレール社という、地図の出版社から出たもので、刊年記載はありませんが、1930年代のもののようです。



この星図は折りたたみ式になっていて、中身を広げていくと…




大きすぎて、私の机の上では十分広げることができませんが、73×64cmほどある大版の星図です。購入時の商品写真を使わせてもらうと、全体はこんな感じ。


載っているのは5等級までの星で、まあ、どうということのない星図ですが、明るい水色とオレンジの取り合わせがきれいで、こういうところはフランスっぽいなと思います。

(中央部拡大)

この星図に魅かれたのは、星図としての魅力もありますが、いちばんの理由は、何と言ってもモルー神父の名前があったからです。

テオフィル・モルー(Théophile Moreux, 1867-1954)という、この興味深い人物については、奇怪なイスラム風天文台の主として、また美しい星図を編み、科学奇書を著した人として、そしてフラマリオンの下に参じて師の衣鉢を継いだ者として、過去に三度言及しました。

■ある神父さんの夢の天文台
■モルー神父の青い星図
■フランス天文学会の門をくぐる

そして、この愛らしい星図も、やっぱり彼の不思議な天文台で作られたものなのでした。

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この星図の版元である、「ジラール&バレール社」について調べていたら、その所在地である「アンシエンヌ・コメディ通り17番地」のすぐ隣、同18番地は、ピエール・ジェラール・ヴァッサール(Pierre Gérard Vassal、1769-1840)という医師の旧居であり、彼はパリのフリーメーソン団体、「フランス大東方会(Grand-Orient de France)」の大立者であった…というようなことが、フランス語版のwikipediaに書かれていました。

まあ、そのことはモルー神父とは全然関係ありませんし、こういうのはパリや京都のように古い街なら、頻繁に起こる偶然なのでしょうが、でも、何となくモルー神父のことを思い浮かべると、パリの一角に漂う奇妙な「気」が、時を超えて引き合ったのかなあ…と思ったりします。


小さな星図に思うこと2016年12月13日 21時20分01秒

昨日は吐く息が白かったです。
そして今日は一日冷たい雨。

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「星座早見盤」の意味で「planisphere」を使うのは、ごく一般的な用法ですが、この語で画像検索すると、普通の世界地図もたくさん出てきます。


この語の大元は、ラテン語の「planisphaerium」で、英語圏では「planisperie」の形で14世紀の文献に初登場…というようなことが、ネット辞書を見ると書いてあります。

いずれにしても、「planisphere」は、「plani=plane(平面)」と「sphere(球)」を組み合わせた語ですから、地球にしろ、天球にしろ、球体を平面に投影した図であれば、なんでもプラニスフィアと呼ばれる資格があるわけです。

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ときに、私が持っている中で最も他愛ない星図がこれ。


2×2サイズのレゴタイルです。
これもまあ「planisphere」と言って言えないことはないのでしょう。

(描かれているのは、こぐまとカシオペヤ、それにケフェウス?)

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レゴの世界に星図があることの意味を、さっきまで風呂の中で考えていました。
そして悟ったのは、星図があるからには、レゴの世界には星があり、夜があるに違いないということです。

レゴ人は、恐らく自分たちの宇宙が、レゴという基本単位からできていることを理解しているでしょう。そして、遠方の恒星もレゴの組合せから出来ていることや、そこから大量の光が生まれるメカニズムを、その進化の過程のどこかで解明しているはずです。そうしたメカニズムの存在は、我々の宇宙とレゴ宇宙との物理的な性質の違いを示唆するものです。

一方、レゴの世界にも夜があるという事実は、レゴ宇宙が我々の宇宙と同じく「膨張宇宙」であるに違いない…と、「オルバースのパラドックス」について見聞きした人なら想像するのではないでしょうか。

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忙中閑あり。
暇とは自ら能動的に作り出すものです。

天文トランプ初期の佳品: ハルスデルファーの星座トランプ(3)2016年11月03日 06時08分03秒

昨日の記事を読み返したら、「ハルスデルファー」という人名を、自分は途中から「ハデルスファー」と書いているのに気づき、修正しました。こういうことが最近多くて、話し言葉だけでなく、書き言葉でも「ロレツが回らない」状態というのはあるのだなあ…と、身の衰えを感じます。最近は「てにをは」も一寸おかしいです。

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さて、ぼやきはこれぐらいにして、昨日のつづき。

(左:へびつかい座、右:オリオン座)

これもバイエルの図そのままです。

余談ですが、これを見てバイエル星図の不思議さを悟りました。
バイエル星図は地球視点――いわゆる geocentric orientation ――で、星の配列は地上から空を見上げたとおりの形に描かれています(つまり、天球儀上の星座のように、左右が反転していません)。

それなのに、星座絵の方は、天球儀と同じく背中向きに描かれています。結果として、天界の住人は左利きが優勢になって、オリオンもヘルクレスも左手に棍棒を持ち、ペルセウスは左手で剣を構えるという、ちょっと不自然な絵柄になっています。

天球儀を見慣れた目には、背中向きの方が星座絵らしい…と感じたせいかもしれませんが、常にお尻を向けられている地上の人間にとっては、微妙な絵柄。(でも、ふたご座、おとめ座、カシオペヤ、アンドロメダは、ちゃんと正面向きです。一方、むくつけき男性陣は後ろ向き。そこには或る意図が働いているようです。)

(左:ぎょしゃ座、右:くじら座)

昨日も述べたとおり、この美しい彩色は、オリジナルのトランプにはなく、復刻版の著者であるマクリーン氏が、自ら施したものです。ただし、版画に手彩色することは、昔から広く行われたので、オリジナル出版当時も、彩色した例はきっとあるでしょう。


本の最後に登場するのは「ドングリの10」。
羽の生えた奇怪な魚が描かれていますが、これは「とびうお座(Volans)」です。
その脇を泳ぐ、これまた変な魚は「かじき座(Dorado)」。

トビウオの方は、変は変なりに言いたいことは分かります。
むしろ「かじき座」の方が、昔から今に至るまで正体のはっきりしない星座で、文字通りカジキを指すとも、本当は全然別のシイラを指すとも言われます(mahi-mahiはハワイの現地語でシイラのこと)。南海に住む巨魚は、ほとんど区別のつけようがなかった時代ですから、それも止むを得ません。むしろ、この星座絵に漂う奇怪さこそ、南の空と海に対する、当時のヨーロッパ人の<異界感>そのものなのでしょう。

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一組の星座トランプも、仔細に見れば、そこにはいろいろな発見があり、大げさに言えば「時代相」を読み取れる気がします。

金の星図2016年02月21日 10時04分52秒

美しい天文古書はいろいろあると思うのですが、頭抜けて美しい本、本当にこんな本が世の中に存在していいのか…とすら思えるような本も、中にはあります。
最近、見た瞬間うなったのはこの星図アトラス。


コルネリウス・レイシック(Kornelius Khristianovich Reissig)という人の、Sozviezdiia predstavlennyia na XXX tablitsakh (三十の図表による星座図誌)』という星図帳で、1829年に当時のロシアの首都・サンクトペテルブルクで出ました。何でもロシアで最初に出た星図帳だそうです。

鳶色というのか、アイボリーブラックというのか、深いニュアンスのある地紙に、金一色で繊細な星図が刷られています。「カラフル」とはおよそ対極にある、むしろ抑えた色調ですが、その中に何とも上品な華やかさがあふれています。

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調べてみると、『三十の図表による星座図誌』は、米カンサスにあるリンダ・ホール図書館のデジタルコレクションで全ページ閲覧することができて、そちらを見ると普通に白い紙に黒インクで刷られているので、おそらく出版にあたって、普及版と豪華版の2種類が作られたのでしょう。


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それにしても、今から200年近く前に、それまで星図出版の経験がなかったロシアで、ヨーロッパの他国でも作られなかったような、こんな美しい印刷物が突如生まれたというのは、まったく奇跡を見るようです。いや、むしろ星図出版の後発国だったからこそ、こんな思い切った試みができたのかもしれません。

その上さらに驚くべきことに、ストックホルム大学図書館には、青い地紙に金で刷った版が所蔵されているのだそうです。

(Stockholms universitetbibliotekのサイトより)
https://specialsamlingar.wordpress.com/2014/07/16/en-rysk-stjarnatlas-fran-1829/

いったいどこまで美しさを追求すれば気が済むのか、思わずため息が出てしまいます。

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ダニエル・クラウチ古書店のサイトでは、すでに売却済みと表示されているので、お値段がいくらしたかは不明ですが、どうもこの古書店は、1万ポンド以上のものを主力商品とする隔絶した店らしいので、この星図帳も相当したのでしょう。

仮にまだ売却前だとしても、とても手が出ないことは明らかですが、今の印刷技術なら地紙の色も、インクの色も自在でしょうし、現に下のポスター屋さんのサイトでは、紙でも布でも金属でもお好みのマテリアルに、この星図をきれいにプリントした商品を、リーズナブルな価格で販売しています。


これはぜひ、装幀や紙質にも十分凝った、一冊まるごとの復刻版を作ってほしいです。例のアルビレオ出版(http://mononoke.asablo.jp/blog/2014/11/05/)あたりが頑張ってくれんでしょうか。

(今日は存分に他人のふんどしを借りました。)

赤の書…金彩の天文台2016年02月20日 17時46分58秒

先ほどから雨脚が強くなってきました。
ザザッ…ザザッという音を聞きながら、今日も天文古書の話題です。


昨日の青金の表紙に正面から対抗し得るのは、この朱金の本ぐらいですが、これは9年前に既出(http://mononoke.asablo.jp/blog/2007/05/27/)。でも、そのときは、自前の写真でご紹介できなかったので、今日は9年ぶりに再登場してもらうことにします。


■Edmund Weiss,
 STJERNHIMMELN I BILDER: Astronomisk Atlas
 Oscar Lamm, Stockholm, 1888

ドイツ語の原題は『Bilderatlas der Sternenwelt(星界の絵地図)』といい、これはそのスウェーデン語版です。


各地の天文台をモチーフにした表紙絵は、ドイツ語版と共通ですが、ドイツ語版のカラーリトグラフに対し、スウェーデン語版では豪華な金蒔絵風のデザインを採用しています。


こんな風にドームの「穴」から、ぬっと望遠鏡が突き出ることは現実にはありませんが(筒先は常にドームの中にあって、開閉式のスリットごしに空を観測します)、子供たちにとっては、この方が天文台らしく感じたかもしれません。

以下、いくつかサンプルページ。

(土星)

(1858年のドナティ彗星)

(北天星図)

スウェーデン語はさっぱりでも、挿絵の美しさだけでも十分愛蔵するに足る本。

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おまけ。こんなふうにライティングを変えると、また印象が違って感じられます。



船乗りと旅人は星図を携えて2016年01月02日 08時59分23秒

年末に書いたように、天文航法で海を越える船乗りには、星の知識が欠かせません。
雲の上を飛ぶ飛行機乗りや、森や平原を進む旅人もそうです。
そんな人向けに出された星図。


■Julius Bortfeldt(編著)
 Stern-Karten für Seeleute und Reisende sowie alle Freunde des  
 Sternenhimmels.
 『船乗りと旅人のための星図 ― そしてすべての星を愛する人のために』
 L. v. Vangerow (Bremenhaven)、1899



表紙はほぼ新書版のコンパクトなサイズですが、中身は折り畳み式になっていて、広げると47×72cmほどの大きさになります。

星図自体は、天の赤道を中心に赤緯±50°の範囲を描いた長方形の星図と、南北両極を中心とした2つの円形星図から成る尋常のものですが、船乗りと旅人向けを謳うだけあって、


あちこちに船のイラストがちりばめられ、


北極のシロクマや、熱帯のジャングルまでもが描かれています。


左右の表は、主要な恒星の赤経・赤緯一覧。


編著者の序文は、1800年代最後の年の年頭に書かれています。

 1899年1月5日、ブレーメンハーフェン。
 ラーン号の船上にて。
 二等航海士 ボルトフェルト

ブレーメンハーフェンはブレーメン州の港湾市です。著者のボルトフェルトは、ここからニューヨークまで就航していた「ラーン号」に乗り組む生粋の船乗りで、専門の天文学者ではありません。

(月の大西洋をゆくラーン号。1899年の消印が押された絵葉書。
http://static0.akpool.de/images/cards/72/720397.jpg

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船尽くしの記事を、まずは新春の宝船代わりに。
それにしても、この真っ青な星図からは、本当に潮風が匂い立つようで、見ているうちに爽やかな気分になります。

12月の星座…ノリッジの街角から2015年12月25日 19時16分07秒



年明けから始まった、季節の星座めぐりも、いよいよ今日で終わりです。
今日はイングランド東部の古都、ノリッジから見上げる星空。

(11世紀に完成した大聖堂はノリッジのシンボル)

以下、キャプションより。

「12月の星空。この星図を使って、皆さんは12月中旬から1月中旬までの星座を学ぶことができます。皆さんは今、ノリッジの町から南を向いているところです。図の左手には大聖堂が見えています。図中の下線を引いた恒星・星団・星雲は、ぜひ望遠鏡や双眼鏡、オペラグラスを使って眺めてごらんなさい。」


星図の編者がお勧めする天界の見所は…

 アンドロメダ座の大銀河とガンマ星アルマク(二重星)、
 ペルセウス座の二重星団、
 ふたご座の主星カストル(多重星)、
 おうし座をいろどるプレアデスとヒアデスの二大散開星団、
 そしてオリオン座の大星雲。

冬の星空は一等星が居並び、肉眼で見てもほれぼれしますし、レンズの助けを借りれば、都会でもハッとするほど美しい光景を目にすることができます。
空気の澄んだ晩、庭やベランダにデッキチェアを持ち出して、双眼鏡を片手に宇宙の散歩を楽しむ…これは冬なればこその、ささやかな贅沢です。

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さて、こちらも恒例の「今日は何の日」。

以前も書いた通り、この星図を収録したイギリスの児童用百科事典は、1949年に出たものらしいです。アメリカの羽振りの良さとは対照的に、戦勝国であるはずのイギリスも、当時は物資の窮乏が甚だしく、食料は配給制で、肉は1週間に1世帯あたり60グラム足らず、玉子は1か月に1人1個に限られていた…ということが、古書をめぐる心温まる往復書簡集『チャリング・クロス街84番地』に書かれていたのを思い出します。


それだけに、戦争の記憶は生々しく、歴史の叙述に先の大戦に関する事項が多いのも頷けます。なればこそ、今日12月25日はクリスマスであると同時に、1941年に日本が香港を占領した日であり、明日26日はボクシング・デー(クリスマス明けの祝日)であると同時に、1944年にソ連軍がブダペストを完全包囲した日であることが、強調されているのです。

見も知らぬ2千年前の人の誕生日は忘れないのに、70年前のことを、世間はすっかり忘れている…まあ、こういうことは世の中にいくらでもあるので、さかしらを言う必要もありませんが、やっぱりちょっと不思議なことです。

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こうして星の巡りとともに、1年が暮れようとしています。
天上の星と、地上の人の営みの対比を鮮やかに見せてくれた12枚の星図に感謝しつつ、この続き物を終わりにします。

11月の星座…リヴァプールの街から2015年11月25日 06時38分12秒



早くも月末になってしまいましたが、恒例の季節の星座めぐり。
11月はリヴァプールの中心部、ライムストリートから見上げる星空です。


以下、星図キャプション。

 「11月の星座。この星図を使って、皆さんは11月中旬から12月中旬の星座を学ぶことができるでしょう。皆さんは、今リヴァプールのライムストリートから南の方を向いているところです。右手に見えるのはセント・ジョージ・ホールです。先月の星図にあった星たちの多くは、西から西南にかけての方角に見えるでしょう。そして天の川は頭上近くを横切っています。」

地平近くの星座は、西南にみずがめ座、東南にくじら座(Cetus)。
くじら座は、星座絵では、我々の知っているクジラとは似ても似つかぬ巨大な海獣の姿で描かれます。真南の空にぽつんと輝くディフダ(くじら座β星)が、その尻尾の星。そして海獣の首には、有名な変光星のミラが、約11か月周期でゆっくりと脈打っています。


秋空の主役だった白鳥やペガススは、今や西に傾き、中天から頭上にかけては、うお座、アンドロメダ座、おひつじ座、ペルセウス座、ぎょしゃ座がひしめいています。もう少し頭を東に向ければ、牡牛やオリオンの姿も見えてくる頃合いですが、彼らが空の主役になるには、もうちょっと間があります。

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星図につづく「今日は何の日」のページ。

(右側に写っているのは、11月30日生まれの英国首相チャーチル)

昨日、11月24日はダーウィンの『種の起源』が出版された日でした(1859年)。
また1642年のこの日、オランダ人航海家のアベル・タスマンがオーストラリア南方に新島を発見し、ここは後に「タスマニア」と呼ばれることになります。

そして今日11月25日は、アメリカの鉄鋼王カーネギーが生まれた日であり(1835年)、ちょっとマイナーなところでは、スペインの劇作家ロペ・デ・ベガが生まれた日であり(1562年)、いっそうマイナーなところでは、天文古玩の管理人が生まれた日でもあります。

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馬齢を重ねた目で、西に消えつつある天馬の姿を追ってみようと思いましたが、今宵はあいにく雨模様だそうで、侘しい上にも侘しいことです。