小さな星座カードのはなし2021年11月08日 20時37分22秒

数年前――より正確にいうと6年前、ある星座カードのセットを買いました。


「Connais-tu les etoiles?」(君は星を知っているか?)と題したこのカードは、パリのすぐ南、ブリュノワの町にあるマルク・ヴィダル(Marc Vidal)LINK】という、レトロ玩具(日本でいう駄菓子屋で売っているような品)の専門のメーカーが作ったものです。

買ったときは、ここがレトロ玩具専門とは知らなかったので、「今のご時世、こんな紙カードの需要があるんかいな?」と他人事ながら心配になりました。でも、だからこそ意気に感じて買わねばならない気がしたのです。それに当時は天文ゲームに熱中していた時期なので、そのヴァリエーションに加えてもいいかな…とも思いました。


外箱は8×10cm、中に入っているカードは7×9.5cmの定期券サイズです。
内容は月ごとの星空カードが12枚と、主要星座の説明カードが同じく12枚、さらに全体の解説カードが1枚の計25枚。



カードはすべて両面刷りで、星空カードは表と裏で北天と南天を描き分け、また星座カードは表裏で別星座を扱っているので、登場するのは全部で24星座です。

…と、ここまでは尋常の紹介記事です。
確かにかわいらしい品ではありますが、このカードについては、一応これで話が終わりの「はず」でした。

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しかし狭い世界を生きていると、いろいろ見聞きするもので、この「Connais-tu les etoiles?」には‘本家’があることを最近知りました。

それがこちらです。

(中央の白い輪っかは輪染み)

版元はパリのスイユ出版(Éditions du Seuil)


同社は1935年の創業で、この品も1935~50年頃に出たものでしょう。


カードは全部で20枚の両面刷り、そこに2つ折りの索引カードが付属し、全体は薄紙のカバーに包まれています。カードの大きさは7×10cmと、新版よりもわずかに横長。


趣のあるカラー印刷は石版刷り。
内容は「星座の見つけ方」がメインで、小さなガイド星図集といったところです。(結局、本家と新版の共通点はパッケージデザインだけで、内容はそれぞれオリジナルです。)


また各星図の中に主要メシエ天体が赤刷りされているのも特徴で、メシエ天体は一部を除き肉眼では見えませんから、このカードは望遠鏡を使えるアマチュア天文家を想定読者としていたはずです。

版元のスイユ社は、人文・社会系の良心的な出版社とのことですが、こうした児童向け天文カードを手掛けた経緯は不明です。あるいは暗い時代に灯をともしたかったのでしょうか。

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地味な星座カードに、地味な「本家」があった…
まあ、えらく細かい話ですし、他人からしたら「それがどうした」という類のことでしょうけれど、自分にとってはこれも立派な発見で、かなり嬉しかったです。

銀河の流れる方向は2021年10月05日 05時50分58秒

(昨日のおまけ)

「新撰恒星図」と、「銀河鉄道の夜」との関わりについて、一言補足しておきます。

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これも以前の話ですが、「この物語を実写化するとしたら、こんな星図が小道具としていいのでは?」という問題意識から、その候補を挙げたことがあります。それはドイツ製の掛図で、北天だけを描いた円形星図でした(もちろん賢治その人は、その存在を知らなかったでしょうが)。

(画像再掲。元記事はこちら

ここで改めて、「銀河鉄道の夜」の原文を見てみます。
問題の星図が登場するのは、物語が幕を開けた直後です。

一、午后の授業

「ではみなさんは、そういうふうに川だと云われたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊した大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指しながら、みんなに問をかけました。

ここで注目したいのが、「上から下へ白くけぶった銀河帯」の一句。
賢治の脳裏にあった星図は、銀河が「縦」に流れており、そこが上のドイツ製星図のいわば“弱点”です。一方、「新撰恒星図」はこの点で作品の叙述と一致しています。


まあ、銀河が縦に流れる星図は世の中に無数にあるので、そのことだけで「新撰恒星図」を推すのも根拠薄弱ですが、資治がそれを学校時代、現に目にしていたことの意味は大きいです。しかも、「掛図形式の星図」としては、当時日本ではおそらく唯一のものでしたから、その影響は小さくないと考えます。

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銀河が縦に流れるか、横に流れるかは、あえて言えば作図者の趣味で、そこに明確なルールがあるわけではありません。どちらも星図としては等価です。

天の赤道と銀河面の関係は下の図のようになっています。

(出典:日本天文学会「天文学辞典」 https://astro-dic.jp/galactic-plane/

赤道面と銀河面のずれが仮に90度だったら、銀河は天の両極を貫いて、星図の中央を真一文字に横切るはずですが、実際には62.6度の角度で交わっているため、文字通りの真一文字とはいかず、天の両極を避けるように、弓なりに星図を横切ることになります。(天球上の星々を天の赤道面に投影したのが円形星図です。)

そして、赤道面と銀河面の交点を見ると、春分点(ないし秋分点)から、ほぼ直角の位置――正確には約80度離れた位置――から、銀河は立ち上がっているので、<春分点‐秋分点>のラインが水平になるように作図すれば、銀河はそれと交差して縦に流れるし、分点ラインが垂直ならば、銀河は横方向に流れることになります。


「新撰恒星図」の場合は、分点ラインが水平で、秋分点を接点として南北両星図が接しているので、当然銀河は縦に流れるわけです。

(春分点が右にくると、必然的に赤経18時が真上にきます)

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縦か横か。ささいな違いのようですが、銀河が縦に流れれば、銀河鉄道の旅もそれに沿って流れ下るイメージになり、生から死への一方向性がより一層強調される…というのは、たった今思いついた奇説ですが、そんなことがなかったとも言い切れません。

星座掛図は時をこえて(後編)2021年10月04日 05時30分04秒

(昨日のつづき)

(表装を含む全体は約83×105cm、星図本紙は約72×101cm)

細部はおいおい見るとして、全体はこんな表情です。傷みが目立ちますが、こうして自分の部屋で眺めると感慨深いです。上の画像は、光量不足で妙に昔の写真めいていますが、それがこの掛図にちょうど良い趣を添えている…と言えなくもないような。

(よく見ると植物模様が織り出してあります)

星図そのものとは関係ありませんが、この古風な布表装に、昔の教場の空気を感じます。ひげを生やした先生が、おごそかに咳ばらいをしている感じです。

星図は、天の南北両極を中心とした円形星図と、天の赤道を中心とした方形星図を組み合わせたもので、1枚物の全天星図としては標準的な構成です。


凡例。1等星と2等星の脇の小さな注記は「ヨリ」。つまり、これらは明るさに応じてさらに2段階に区分され、「より」明るい星を大きな丸で表示しているわけです。


刊記を見ると、手元の図は昭和3年(1928)8月8日の発行となっています。


さらに説明文を読むと、これは「昭和3年改訂版」と称されるもので、明治43年(1910)の初版に続く、いわば「第2版」であることが分かります。となると、これは賢治が目にした星図とは、厳密に言えば違うものということになります。実際、どの程度違うのか?

オリジナルの明治43年版は、京大のデジタルアーカイブ【LINK】で見ることができます。

(明治43年版全体図。京都大学貴重書デジタルアーカイブより)

(同上 解説文拡大)

こうしてみると、全体のデザインはほとんど同じ。違うのは恒星の位置表示で、明治43年版は「ハーヴァード大学天文台年報第45冊」に準拠し、昭和3年版は「同第50冊」に拠っています。ただ、恒星の座標表示の基準点である「分点」は、いずれも1900年(1900.0分点)で共通です。各恒星の固有運動による、微妙な位置変化などを取り入れてアップデートしたのでしょうが、それもパッと見で分かるほどの変化ではないので、賢治が見たのは、やっぱりこの星図だと言っていいんじゃないでしょうか。


天の南極付近。
1930年に星座の境界が確定する前ですから【参考LINK 】、星座の境界がくねくねしています。星座名は外来語以外は基本漢字表記で、いかにも古風な感じ。中央の「蠅」(はえ座)の上部、「両脚規」というのが見慣れませんが、今の「コンパス座」のこと。その右の「十字」は当然「みなみじゅうじ座」です。

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上で述べた明治43年版との違いが、やっぱりちょっと気になったので、うしかい座で比べてみます。上が明治43年版、下が昭和3年版です。

(京都大学貴重書デジタルアーカイブより)


比べて気づきましたが、星座名が一部差し替わっています。明治43年版では「牧夫」「北冠」だったのものが、昭和3年版では「牛飼」「冠」になっており、この辺は明治と昭和の違いを感じます。現行名はそれぞれ「うしかい座」「かんむり座」です。

肝心の星の位置ですが、うしかい座α星「アークトゥルス」――ひときわ大きな黒い丸――は、固有運動が大きいことで知られ、毎年角度で2秒ずつ南に移動しています。比べてみると、明治43年版では赤緯+20°の線に接して描かれていたのが、昭和3年版では+20°線から分離しており、確かに動いていることが分かります。明治43年版と昭和3年版はやっぱり違うんだなあ…と思いますが、違うといってもこの程度だともいえます。

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この星図が出る少し前、明治40年(1907)には、同じく三省堂と日本天文学会が組んで、日本最初の星座早見盤が売り出されており、これまた「銀河鉄道の夜」に登場する星座早見盤のモデルとされています【参考LINK】。

(画像再掲)

その意味で、この星図と星座早見はお似合いのペアなので、どうしても手元に引き寄せたかったのです。それに「銀河鉄道の夜」を離れても、これは近代日本で作られた、最初の本格的な星図であり、その歴史的意味合いからも重要です。そんなこんなで今回の出会いはとても嬉しい出会いでした。やはり長生きはするものです。

星座掛図は時をこえて(前編)2021年10月03日 10時10分04秒

ブログを長く続けていると、過去の自分と対話する機会が増えてきます。
その中で、「あの時はああ書いたけれど、今になってみると…」とか、「あの時取り上げた品には、実は兄弟分がいて…」というように、複数の記事が響き合って、新たな意味が生じることも少なくありません。

あるいは、過去の自分への贈り物めいた記事もあります。
過去の自分が憧れた品、あるいは「こんなものがあったらいいな」と言いながら、その存在すら知らなかったような品を、当時の自分に届けるつもりで記事を書く場合です。

こういうのはブログに限らず、日常でも経験することですが、ちょっと不思議な感じを伴います。当時の自分も自分だし、今の自分もやっぱり自分。そこには一貫したアイデンティティがあるのに――あるいは、だからこそ――自我が分裂したような、自分が同時に二つの場所に存在するような気分といいますか。まあ、それこそが「経験の年輪」というものかもしれません。

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今日の品は、13年前の自分への贈り物です。贈り先は以下の記事。

■ジョバンニが見た世界…天文掛図の話(その3)

ここで話題になっているのは、「銀河鉄道の夜」の冒頭の授業シーンで、ジョバンニが目にした星座掛図の正体、ないしモデルを探るというものです。上の記事では、賢治が学生の頃、母校の盛岡高等農林(現・岩手大学農学部)で接した掛図が、そのモデルではなかろうか…という説を採り上げています。

それは明治43年(1910)に、三省堂から出た『新撰恒星図』で、草創期の日本天文学会が作成したものです。13年前は、それを京大や金沢大の所蔵品として眺めるだけで、現物を手にすることがどうしてもできませんでした。しかし「求めよさらば与えられん」。13年越しに、それはやってきました。


多年の思いとともに、その中身を見てみます。

(この項つづく)

甘く苦い星図2021年02月07日 11時54分07秒

昨日の『Sonne, Mond und Sterne』と似た、横長の判型の本が本棚に並んでいます。
こちらももっと早くに登場させるべきでしたが、その機会がありませんでした。満を持しての登場になります。


■Kakao-Compagnie Theodor Reichardt(編)
 『Monats-Sternkarten(毎月の星図)』
 刊年なし(1900年頃)
 星図12枚+付属解説書14p.

ドイツのハンブルクにあった、テオドール・ライハルト・ココア社(1892年創業)というチョコレートメーカーが出版した、異色の星図集です。


布製のポートフォリオを開くと、


中に、月ごとの星図カードが12枚入っています(カードサイズは19×27cm)。


ひとつ上の写真も、この写真もそうですが、星図は全部同じデザインのように見えて、よく見ると文字と地平環の色が薄青磁色だったり、灰茶色だったり、月々で微妙に違っていて、そこに渋い美しさがあります。


1月の空拡大。一見して分かる通り、星図は星座早見盤を模した形式で、ヨーロッパ中部付近の緯度に対応しています。そこに表現されているのは、各月の半ば、夜10時ころの空です。


カードの裏面には、その月の星座と見どころの解説が載っています。

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ところで、なぜチョコレート会社が星図を売っていたのか?
容易に予想されるように、これも販促グッズの一種で、要はシガレットカードや紅茶カードの大型版です。ただし、煙草や紅茶の場合は、商品そのものにカードを同梱していたのに対し、こちらは客寄せとして、店頭でカードをバラ売りしていた点が違います。

そして全部カードを集めると、おまけとして、このポートフォリオと解説書の購入特典が得られる仕組みだったのかな…と想像します。そうすれば、子供にせがまれたお父さん・お母さんが、毎月必ず店を訪れたでしょうし(毎月店頭に並ぶカードが変わるわけです)、店に来れば来たで、カードだけ買って済ますこともできなかったでしょうから、これはなかなか上手い商売です。

「こんな手間暇をかけずに、最初から星座早見盤を売り出した方が早いのに…」と、最初見たときは思いましたが、上のような事情を考えれば、そうしなかった理由は明らかです。渋く美しい星図の背後には、客を呼び込む巧みな商策がひそんでおり、その意味では、甘い中にも一寸苦いものがまじります。

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(解説書表紙)

(同裏表紙)

付属の解説書は天文の基礎知識を説く、いわば「総説編」。
そのブックデザインも、ユーゲントシュティールっぽい洒落たデザインです。


裏表紙の内側には夜空を飛ぶ複葉機が描かれています。
その特徴的なシルエットは、ライトフライヤー号に間違いなく、アメリカ生まれの同機が空のヒーローだったのは、1903年からわずか2~3年のことでしたから、この星図カードが生まれたのも、きっとその頃なのでしょう。


解説書にはさまっていた切り抜き。水星から海王星までの惑星データ表です(1930年発見の冥王星は当然まだ載っていません)。どうといことのない紙片ですが、この星図の以前の持ち主が熱心な星好きだったことを示すようで、昔の人と心が通うような気がするのは、こんな瞬間です。

透かし見る空…透過式星図(5)2020年09月27日 07時29分35秒

さて、本題に戻って、最後に登場するのは、Otto MöllingerHimmelsatlas(1851年)です。

メリンガーのこの星図は、資料が至極乏しくて、目ぼしい情報は、2018年にドイツで行われたオークションに登場した…という記事ぐらいです。



その記載を読むと、「石版図版16枚セット。21.5×18.5cm。金文字の表題を記した布製ポートフォリオ入り。ゾロトゥルン/ベルン〔スイス〕刊。1850年ごろ。各図版には美しい彩色星座が描かれ、光にかざすと星に穿たれた小穴が輝く」…といった大意が書かれています。

同じオークションの記録はネット上に複数あって、別の記事によると、気になる落札価格は271ユーロ(約301ドル)。メリンガーがいくら無名の人とはいえ、この珍品にしてこの価格は破格。

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今回、一連の記事を書きながら、メリンガー星図が手元にあることに気がつきました。以前(2012年)入手した正体不明の星図カードがそれです。8年を経て、やっとその正体が分かったわけで、こうしてブログを細々と続けていて良かったです。

と言っても、手元にあるのはわずかに3枚。

(第4図 ペルセウス座とアンドロメダ座)

(同拡大)

(第5図 おひつじ座とうお座)

(第8図 はくちょう座周辺)

(同拡大)

独・仏併記の表記が、いかにもスイスという感じです。
肝心の光に透かしたイメージと、裏面の様子も載せておきます。




元絵は、例によってフォルタン版のフラムスティード星図です。

(フォルタン版を復刻した恒星社版『フラムスチード天球図譜』より)

端的に言って彩色も雑だし、お手本がある割に絵も下手ですが、だからこそ素朴な愛らしさがある…と言えなくもないです。どことなく、スイス民芸調の味わいと言いますか。

四半世紀前のケーニッヒ星図と同様、このメリンガー星図も、学究的な星図とは意味合いを異にした、一種の「おもちゃ絵」として享受されたんではないかなあ…と再度つぶやいて、一連の透過式星図の話題はいったん終わりです。(しかし、昨日の記事にいただいた「パリの暇人」さんのコメントをご覧いただければお分かりのように、透過式星図の世界はまだまだ広く、これで話が尽きるものではありません。)

(この項一応おわり)

透かし見る空…透過式星図(4)2020年09月26日 06時56分51秒

話の順番では、次にOtto MöllingerHimmelsatlas(1851年)を採り上げるところですが、前回の末尾に書いた「或る疑問」をめぐって、ここで1回寄り道をします。

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2つの星図を並べてみます。御覧のとおり表紙デザインは全く同じです。


右側は昨日も登場したブラウン星図で、正確なドイツ語タイトルは、『Himmels-Atlas in transparenten Karten』(透過式カードによる星図アトラス)
左側はフランス語で、『Astronomie Populaire en Tableaux Transparents』(透かし絵による一般天文学)。タイトルは微妙に違いますが、中身は当然ブラウン星図のフランス語版です……というのだったら、なんの問題もありません。しかし事実は違うのです。


左の中身は、なぜか連載第1回に登場した、『レイノルズ天文・地学図譜』のフランス語版。いったい全体、何がどうなっているのか? 

レイノルズの『天文・地学図譜』は、スウェーデン語版やロシア語版まで出ているぐらいですから、フランス語版が存在しても、別に不思議ではありません。しかし、その「衣装」がブラウン星図と同じというのは、いかにも変です。そうであるべき理由がありません。


それと、もう一つ気になるのは、このフランス語版の紙質と印刷が、微妙に粗末なことです。

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以下はまったくの想像で、全然違っているかもしれません。しかし、おぼしきこと言わざるは何とやら、無遠慮に書いてしまいます。

私の想像というのは、要はこれは海賊版じゃないかということです。
そう思うのは、レイノルズのフランス語版が出るなら、当然パリの出版社から出るはずなのに、これがベルギーのブリュッセルで出ているからです。別にブリュッセルを軽んずるつもりはありませんが、ブリュッセルと聞くと、何となく身構えてしまう自分がいます。何といっても、19世紀のブリュッセルは、名にし負う海賊版の本場だったからです。

その辺の事情を論じた文章があるので、引用しておきます。

■岩本和子
 ベルギーにおけるロマン主義運動―想像の「国民文化」形成
 神戸大学国際文化学部紀要11巻(1993年3月)、pp.1-35. 
その「Ⅲ 出版資本主義 海賊版 contre-façon 論争をめぐって」(pp.14-19)という節にはこうあります。

 「19世紀のベルギー、とりわけロマン主義の時代は、「海賊版」の時代でもあった。今日でも我々が19世紀のフランス語の稀覯本カタログを手にすると、しばしばブリュッセルの匿名出版社発行であることに気づく経験をする。

「海賊版」には大きく分けて3通りのやり方があったようである。ひとつには、「最近」パリで出版されたものを無許可でコピーし、ヨーロッパ市場へ売り出すというものである。当時ブリュッセルでの印刷費はパリでの半分だったとも言われる。安価な上、読者の反響がすでにある程度わかっているものだけに、確実に売れる方法である。フランスの有名作家はまず例外なく対象となった。」
(p.14)

これは相当なものですね。
さらには、「ベルギーのこのような節操のない無制限のフランス書籍出版」(p.16)とか、「国を挙げてと言ってもいいほどのベルギーの海賊出版」(p.17)といった烈しい文言も出てきます。(ちなみに海賊版のあとの2つの方法とは、「新聞・雑誌に連載されたものを、フランス本国よりも先に単行本化してしまう」というのと、「フランスで発禁処分になったものを、ベルギーで堂々と印刷発行する」ことを指します。)

――「いや、これはたまたまブリュッセルで出ただけで、やっぱり正規のフランス語版なのだ」という可能性だって、当然あります。もしそうならば、版元の Keslling 書店にお詫びせねばなりません。しかし、その場合も、同社がブラウンのポートフォリオ・デザインを剽窃した疑いは依然残ります(その逆は、よもやありますまい)。

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余談の余談ですが、この怪しいフランス語版は、かつてパリの名店、アラン・ブリウ書店のショーウィンドウを飾っていたことがあります。

(画像再掲。元記事はこちら

私は当時上の写真にあこがれて、日に何度も飽かず凝視していました。仮に海賊版だとしても、「あの」アラン・ブリウ書店の店頭にあったんだから、我が家にあったっていいじゃないか…というのは妙な理屈ですが、モノとの付き合いを長く続けていると、いろいろなところに思わぬ結び目ができるものです。

(この項つづく)

透かし見る空…透過式星図(3)2020年09月25日 06時42分02秒

さて、次に登場するのは、Friedrich Braun 『Himmels-Atlas in transparenten Karten』 (1850年)です。

ブラウンのこの透過式星図は、連載第1回に登場した、レイノルズの星図と並んで有名なので、ご存知の方も多いでしょう。日本のアンティークショップでも、折々売られているのを目にします。しかし、有名なわりに、ブラウンその人の背景については、今のところよく分かりません。これは今後の宿題です。


全体は、濃い緑のポートフォリオに包まれています。


内容は、28.5×22.8cmの星座カードが30枚、さらに、それよりちょっと大きいカードを4枚つなぎ合わせた約60×50cmの天球図(四つ折りになっています)が付属し、図版としては計31図から成ります。

全図版の詳細は、以下のページ(※)で見ることができます。

Himmels-Atlas in transparenten Karten by Friedrich Braun in 1850
  http://www.atlascoelestis.com/Braun%20pagina%20base.htm

(※)余談ですが、ページ・デザインからお分かりのように、上のページは前回も参照した、イタリアのフェリーチェ・ストッパ(Felice Stoppa)氏ATLAS COELESTIS のコンテンツです。星図について調べごとをしていると、しょっちゅう行き当たるサイトで、情報量もすごいし、その星図愛に圧倒されます(ストッパ氏は、ミラノ在住の天文学史研究者で、教育図書の編集発行が本業だと聞きました)。

上のような立派なサイトがあるので、屋上屋を架すこともないのですが、人の褌を借りてばかりではいけないので、自前の画像を載せておきます。


試みに、上の2枚(おおいぬ座とおうし座)を光にかざすと、どう見えるか?



ブラウン星図の特徴は、裏に貼った薄紙が彩色されていて、星が黄色く輝くこと、そして何といっても、星だけでなく、星座絵もピンホールによるドットラインで表現されていることです。後者の点は、工夫としては面白く、現代のプラネタリウムの映像を思い起こさせます。しかし当たり前の話ですが、現実の空に星座絵はありませんから、「リアルな星空のシミュレーション」という意味では、これは良し悪しです。その後、模倣者が出なかったのも、手間がかかるわりに効果が今一つだったからではないでしょうか。

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こちらは、天の北極を中心に-40°までを描いた天球図。


光にかざすと、こんな感じです(薄っすら見える横じまは、背後のブラインド)。


よく見ると、星は裏から多様な彩色が施してあり、星座絵カードのように黄色一色ではありません。ただし、現実の星の色を塗り分けてあるわけではなくて――そうだったら良かったのですが――単に星座を区別しやすくするための工夫として、同じ星座に属する星は、すべて同じ色で塗られています。

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ところで、上で参照したストッパ氏のページには、ブラウン星図を包むポートフォリオとして、天球をかつぐ巨人アトラスの姿をデザインしたものが掲載されています。この「アトラス像版」は、私の手元にもあります。


ただし、「アトラス像版」の中身は、天球図のみで、30枚の星座絵カードは入っていません。こちらは最初から天球図単体で販売することを目的とした商品のようです。(そのことはポートフォリオの「まち」幅から明瞭です。この薄さに30枚のカードをはさむことはできないでしょう。)

ストッパ氏のページは、別ページで普通の濃緑色のポートフォリオも紹介しているので、これは見場を考えて載せてあるのだと思いますが、この「アトラス像版」を見ていると、或る疑問がむくむくと湧いてくるのです。

(この項つづく)

透かし見る空…透過式星図(2)2020年09月24日 06時50分58秒

さて、前回挙げたリドパス氏の記述に沿って、透過式星図の例を発行年代順に見ていきます。まず登場するのは、Franz Niklaus König 『Atlas céleste』(1826)
最初にお断りしておくと、この星図はオリジナル資料が手元にありません。以下、ネット情報を切り貼りして、概要だけ整理しておきます。

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フランツ・ニクラウス・ケーニッヒの名前で検索すると、すぐに一人の人物がヒットします。私は知りませんでしたが、日本語版ウィキペディアにも出てくるので、それなりに有名な人なのでしょう。

 「フランツ・ニクラウス・ケーニッヒ(Franz Niklaus König、1765年4月6日-1832年3月27日)は、スイスのベルン出身の肖像画・風俗画家。
 ティベリウス、マークォート・ヴォッヒャー、ジークムント・フロイデンバーガー、バルタザール・アントン・ドゥンカーらとともに研鑽し、伝統衣装や田舎の風俗、風景を描いて名を上げていった。」

…とあって、何せこんな↓絵を描く人ですから、これはさすがに同名異人だろうと思いました。

(ウィキペディアの当該ページより)

でも、その先を読んでいくと、やっぱりご当人だったのです。
天文学とは無縁のケーニッヒが、星図帳を編むきっかけとなったキーワードは「透かし絵(独 Transparentgemälde/英 transparent paintings)」です。

上の記事は、ケーニッヒの透かし絵について、「ゲーテの時代ポータル」という、ドイツのまとめサイトにリンクを張っています。その内容をかいつまんで適当訳すると、

 「ランプシェードに絵を描いているうちに、ケーニッヒはあるアイデアを思い付いた。より大きな紙面に水彩で絵を描き、それを枠に張って、背後から光で照らしたらどうだろう?透かし絵は、月明りや日の出どきに眺めてもいいし、背後を灯火で照らす「からくり絵」にも向く。彼の透かし絵は大評判となり、ケーニッヒは1815年、ベルンに「透かし絵の部屋」をオープンするとともに、スイス、ドイツ、フランスの各地で興行を行った。そして、ワイマールではゲーテもそれを目にして、大いに興味を持ち、それについて文章を発表した。」

…という次第で、日本でいえば一種の灯籠絵なのでしょうが、この工夫がヨーロッパの人に大いに受けたようです。

ここに星図の話は出てきませんが、ウィキペディアの記事は「1826年刊のケーニッヒによる星図」にリンクが張られていて(以下のベルン大学図書館の地図コレクションを紹介するページです)、問題の作品がケーニッヒの手になるものであることは確かです。



そこには星座図26枚+南北天球図各1枚、計28枚の図版が載っており、いずれも黒地に白く星座絵が描かれています。でも、これだと画像が小さくて、どこがどのように透かし絵になっているのか、よく分かりません。さらに探してみると、下のページにより詳細な情報が載っていました。


 
その解説によると、ケーニッヒ星図は、上述のとおり全28枚。カードの大きさは27.6 ×21.8 cmで石版刷り。カードの周囲は、同じく石版で文字を入れた紙テープで巻かれています。説明文はフランス語。ちなみに、星座絵のデザインは、フラムスティード星図(フォルタン版)に倣って、それを黒白反転させたものです。

この星図、一見ただの黒白星図に見えますが、どこが透過式かというと、星の所にやっぱり小穴が開いていて、光にかざすと星が光るようになっているのです。しかも、単純に穴を開けただけではなく、裏面から白い薄紙を貼ってあるのが、ケーニッヒなりの工夫です。そうすることによって、星の輝きが面的になり、穴の大きさによる等級表現が、より適切に行えると気づいたのでしょう。(この工夫は、後続の透過式星図にも受け継がれました。例外は、『ウラニアの鏡』で、同図は薄紙が貼られてないため、ろうそくのような点光源だと、かざす位置・角度によって、星の明るさが大きく変化してしまいます。これは『ウラニアの鏡』の欠点です。)

   ★

透過式星図は、専門の天文学者でも、その周辺の人でもなく、一人の職業絵師・兼・透かし絵の興行者によって編み出された…という事実は、それが一種の「視覚的玩具」として同時代人に受容されたという、前回述べた仮説を補強するものだと思います。

(この項つづく)

透かし見る空…透過式星図(1)2020年09月23日 06時48分40秒

しばらく前に『ウラニアの鏡』――すなわち、小穴を透かして星座の形を楽しむカードセットの話題を取り上げました。

■ウラニアの鏡

あのとき十分書けずにスルーしてしまったことがあります。
他でもない、この「透過式星図」という形態そのものについてです。上の記事では、ウィキペディアの「ウラニアの鏡」の項を参照しましたが、実はそこにはこういう注目すべき記述がありました。

 「イギリスの科学史家イアン・リドパス〔…〕によれば、こうした仕掛けをもった星図集は他に Franz Niklaus König Atlas céleste (1826年)Friedrich BraunHimmels-Atlas in transparenten Karten (1850年)Otto MöllingerHimmelsatlas (1851年)の3つがあるが、これらには「『ウラニアの鏡』のような芸術性が欠けている」と述べている。」

ウィキペディアは、イアン・リドパス氏の解説ページにリンクを張っており、そこには確かに同旨の記述があります。

   ★

私が透過式星図に興味を覚えるのは、それが星図史における「色物」以上の存在だと思うからです。

たしかに、透過式星図は、第一義としては天文学の基礎を学ぶためのツールであり、それを効果的なものとする工夫として、ああいう形式は編み出されたのでしょう。

しかし、れが同時代人の心を捉えたのは、それが「教具」である以前に、一種の「視覚玩具」として受容されたからだと思います。つまり、一見普通の星図が、一瞬で輝く星空に変わるという驚きは、ステレオ写真や幻灯、パノラマ、キネオラマといった、同時代に流行った視覚的娯楽と同質のものであり、透過式星図は、「19世紀視覚文化史」の文脈で捉え返して、はじめてその姿が見えてくる…というのが私見です。(さらに一歩踏み込むと、「見る」ことへのオブセッションこそ、当時の天文趣味隆盛の要因なのでしょう。)

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さて、前口上はこれぐらいにして、リドパス氏が挙げた3種の星図を順々に見てみたいのですが、透過式星図といえば、以下の星図も絶対に外せないので、まずそちらを一瞥しておきます。

■James Reynolds(著)
 『Reynolds' Series of Astronomical and Geographical Diagrams』
 (レイノルズ天文・地学図譜)
 James Reynolds(London)、1850頃

(右下にちらりと見えているのは、英語原版を元にしたスウェーデン語版)

この本ははるか昔(2006年)に登場済みです【LINK】。が、話の流れとして、新たに写真を撮り下ろして再登場させます。

この本の書誌や、レイノルズその人について、依然はっきりしない点もあるんですが、彼は「絵解きもの」を得意とした人らしく、1840年代後半から1860年代前半にかけて、各種の科学図解やロンドン市街地図など、ヴィジュアルな出版物を続けざまに出しています。まさに「視覚文化」の潮流に乗った人。本書は彼の代表作で、出版後すぐに各国語版が出ました。12枚セットがオリジナルですが、版によって図版数は異同があります。


天の川の横切る天球図を光にかざせば…


一転して星空へと変化します。

この「透過式天球図」という趣向は、後で見るように、ドイツのフリードリッヒ・ブラウンも1850年に試みていますが、どちらかが模倣したのか、それとも相互独立に考案したのか、年代の先後が微妙なので、今のところ真相は不明です。ただ、レイノルズはなかなか創意に富んだ人で、星図のみならず惑星や月の姿も透過図版化しているのは、ブラウンに見られない工夫です。





これらの画題や構図は、当時流行した天文をテーマとした幻灯講演会の演目ともかぶります。本書は、「特別な装置の要らない幻燈会」として、家庭の夕べを楽しいひとときにしたことでしょう。

(この項つづく)