月を着る2021年09月28日 19時18分54秒

昨日に続いて、メタルピクチャー・ボタンです。
三日月と星と彗星(ないし流れ星)を描いたボタン。直径は25ミリ。


こちらは19世紀後半、ヴィクトリア時代の品と聞きました。


(裏面)

ボタンの丸いベースに、別に作った三日月を爪で留めて、それ以外の星たちは一つひとつ手で彫り込んであります。(焼付け塗装を彫ることで、地金の金色が見えています。)


三日月の顔のまわりがもやッとしていますが、これも錆や曇りではなく、月がぼうっと光っている様を、細かい毛彫りで表現したもので、非常に凝った細工です。

三日月の表現としては、それこそ「月並み」な感じがなくもないですが、肝心なのはこれがブローチとかではなくて、あくまでもボタンだということ。19世紀には確かにこんなボタンの付いた服があり、それを着ていた人がいるのです。洒落てるなあ…と思うし、その星ごころは心憎いばかりです。

それにしても、一体どんな服に付いてたんでしょうね?
そしてどんな人が着ていたのでしょう?

月と舟2021年09月27日 20時24分04秒

先日の記事で、ベネチアの夜を描いた幻灯を見ました。
「月夜のゴンドラ」というのは、非常にポピュラーな画題らしく、こんな小さな細工物にも登場しています。


真鍮製の、いわゆるメタルピクチャー・ボタン
直径は38ミリで、ボタンとしては大型です。時代ははっきりしませんが、あてずっぽうで言うと、20世紀前半ぐらいでしょうか。原産国も不明ですが、売ってくれたのはアリゾナの人です。


夜空には月と星、その下の波立つ川面を金色のゴンドラが進んでいきます。
表現が稚拙な分、いかにも童画チックなかわいらしさがあります。

   ★

「月夜のゴンドラ」が人の心を捉えるのは、もちろんそれがベネチアの風俗と相まって、ロマンチックな連想を呼ぶからでしょうが、さらにまた「月と舟」のシンボリズムが、そこに通奏低音のように響いているから…というのもあるかもしれません。すなわち、月は天上をゆく舟であり、舟は水に浮かぶ月である、というイメージです。

手元の『イメージシンボル事典』(大修館書店)を開くと、三日月は「眠りの小舟」だとあります。またキリスト教の異端、グノーシス派の説くところによれば、月は肉体を離れた魂を運ぶ天上の船だとも書かれています。いずれも出典が書かれてないので、どこまで普遍化できるかは分かりませんが、何といっても日本には、柿本人麻呂の秀歌があるので、月と舟の連想は、ごく自然なものに感じられます。

  天の海に雲の波立ち月の舟 星の林に漕ぎ隠る見ゆ

まあ、あまり難しく考えなくても、三日月とゴンドラは、単純にその形状から似合いのペアですから、空と水に仲良く浮かんでいるのを見るだけで、気分が良いものです。

(Ida Rentoul Outhwaite (1888 - 1960) 作 "The Moonboat Fairy" 1926頃)

月の流れ星2020年12月27日 09時59分00秒

差し渡し2.5cmほどの小さな月のピンバッジ。


不思議なデザインです。月が尾を曳いて翔ぶなんて。
まあ、デザインした人はあまり深く考えず、漠然と夜空をイメージして、月と流星を合体させただけかもしれません。

でも、次のような絵を見ると、またちょっと見方が変わります。

(ジャン=ピエール・ヴェルデ(著)『天文不思議集』(創元社、1992)より)

邦訳の巻末注によると、「天空現象の眺め。ヘナン・コレクション。パリ国立図書館」とあって、たぶん16世紀頃の本の挿絵だと思います。

キャプションには、「月が火星の前を通過することがあるが、この現象を昔の人が見て解釈すると上の絵のようになる。火星は赤い星で戦争の神である。月は炎を吹き出し、炎の先にはするどい槍が出ている。」とあります。


月の横顔と炎の位置関係は逆ですが、このピンバッジにも立派な「槍」が生えていますし、何だか剣呑ですね。

【12月28日付記】
この「炎に包まれた槍」を、火星のシンボライズと見たのは、本の著者の勘違いらしく、その正体は、流れ星の親玉である火球であり、それを目撃したのはあのノストラダムスだ…という事実を、コメント欄で「パリの暇人」さんにお教えいただきました。ここに訂正をしておきます。詳細はコメント欄をご覧ください。

   ★

月による火星の掩蔽(火星食)は、割と頻繁に起こっていて、国立天文台の惑星食のページ【LINK】から最近の火星食を抜き出すと、以下の通りです。

2019年07月04日 火星食 白昼の現象 関東以西で見える
2021年12月03日 火星食 白昼の現象 全国で見える
2022年07月22日 火星食 日の入り後 本州の一部で見える
2024年05月05日 火星食 白昼の現象 全国で見える
2025年02月10日 火星食 日の出の頃 北海道、日本海側の一部で見える
2030年06月01日 火星食 白昼の現象 南西諸島の一部を除く全国で見える

“頻繁”とはいえ、昼間だとそもそも火星は目に見えませんから、月がその前をよぎったことも分かりません。好条件で観測できるのはやっぱり相当稀な現象で、古人の目を引いたのでしょう。


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【閑語】

幕末の日本ではコレラが大流行して、大勢の人が亡くなりました。
庶人これを「コロリ」と称し、時代が明治となってからも、コロリはたびたび猛威を振るい、それらを「一コロリ」とか「三コロリ」と唱えたものだそうです。
今の世も一コロナ、二コロナ、三コロナと、新型コロナは三度の流行を繰り返し、人々の心に暗い影を落としています。

大地震があり、流行り病があり、攘夷を叫ぶ輩が横行し、士道退廃が極まり…本当に今は幕末の世を見る心地がします。これでスカイツリーのてっぺんから伊勢の御札が降ってきたら、ええじゃないかの狂騒が始まるのでは…と思ったりしますが、昔と今とで違うのは、暗い時代になっても宗教的なものが流行らないことです。その代わりに陰謀論が大流行りで、多分それが宗教の代替物になっているのでしょう。

小さな町に彗星が降る2020年07月30日 07時17分54秒

もうじき7月も終わり。
今月はネオワイズ彗星の話題で、星好きの人たちは盛り上がっていましたが、いかんせん曇天続きですし、町中から鮮やかに見えるほどではなかったので、私は結局目にすることができませんでした。その代わり、小さな画面にその姿を偲んでみます。


家並みの上に広がる漆黒の空。そこを音もなく飛ぶ彗星。
指輪をする習慣はありませんが、その静かな光景に魅かれるものがありました。


オニキスに人造オパールを象嵌したもので、ナバホ族の人の「インディアン・ジュエリー」から派生した現代の作品と聞きました。したがって、モチーフとなっているのも、アメリカ南西部の伝統集落(プエブロ)らしいのですが、そこまで限定することなく、どこか「心の中にある小さな町」と見ておきたいです。


   ★

それにしても、疫病と長雨続きの中、昔の人なら彗星を凶兆として大いに恐れたでしょう。そこはやっぱり世の中が開けたのかな…と思います。願わくは、そうした難事に処するための方策の方も、十分賢にして明なものであってほしいです。

星座ボタン2020年06月12日 20時41分46秒



星座の範囲がカクカク定まって、科学がずんずん先に進んでも、人々の星座観は旧来のイメージを引きずっていて、その辺は今でもあまり変わりがなさそうです。(そもそも星座という存在が古代の残滓なので、古めかしくて当然です。)


上の写真に写っているのは、星座絵のガラスボタンです(直径2㎝)。
売ってくれたのはカリフォルニアの人ですが、ガラスボタンといえばチェコなので、元はチェコ製かもしれません。黒いプレスガラスに手彩色で仕上げてあります。

(ボタンの背面)

時代はよく分かりません。1930年代かもしれないし、1950年代と言われれば、そんな気もします。20世紀前半~半ばのものと言えば、大体当たっているでしょう。

それにしてもこのボタン、遠くから見たら何だかよく分からないし、近くから見てもやっぱり分かりません。至近距離でじっと見つめて、初めて星座の絵柄が分かるので、こうなると江戸小紋の美学みたいなものです。西洋の人も、こういうのを「粋」と思うんですかね。

ハレー彗星来たる(その2)2020年02月02日 11時18分29秒

17世紀は「科学革命の時代」と持ち上げられますが、その一方で魔女狩りもあり、ペスト禍もあり、地球規模で寒冷な時期だったせいで、人々は素寒貧だったし、ヨーロッパの王様は戦争ばかりやってたし、まるで中世の再来のように暗い面がありました。

ハレー彗星は17世紀に2回来ています。すなわち1607年と1682年です。
それが人々の心にどんなさざ波を立てたのか、詳らかには知りませんが、1607年の彗星は間違いなく超自然的な凶兆だったでしょうし、1682年のときだって、程度の差こそあれ、人々を不安にしたことは間違いありません。

それが1758年になると、さすがは啓蒙主義の時代、ハレー彗星も「単なる科学ニュース」になっていた…というのが、前回書いたことでした。

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さて、その次は1835年です。
この間に、ハレー彗星のイメージはどう変わったのか?

1835年も、ハレー彗星は立派な科学ニュースでした。その点はたぶん同じです。
でも、それだけではありません。

このとき、彗星は新たに「ファッション」になったのです。
言い換えると、ここにきて彗星はにわかに「カッコいいもの」になったのです。これこそが、19世紀の新潮流でした。

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ブローチのデザインの一種に、「彗星ブローチ」というのがあります。

ジュエリー関係の人は、しばしば1835年のハレー彗星こそ、そのきっかけになったと語ります(これは主にeBay業者の言い分ですが、ハレー彗星コレクターであるスチュアート・シュナイダー氏も、自身のサイト「ハレー彗星は1835年に、彗星を記念する新しいジュエリースタイルによって歓迎された」と書いているので、おそらくそうなのでしょう。)

手元にあるアメシストのブローチも、1835年当時のイギリス製と聞きました。


イギリスではヴィクトリア女王が即位(1837)をする直前で、「ヴィクトリアン様式」のひとつ前、「ジョージアン様式」に分類される古風な品です。

この形は、一見どっちが頭(コマ)で、どっちが尾っぽか分かりませんが、いろいろ見比べてみると、どうも大きい方が頭のようです。我々は、写真に納まった“長大な尾を引く彗星”のイメージに慣れすぎていますが、たいていの彗星は、尻尾よりも頭の方が明らかに目立ちますから、素直に造形すれば、確かにこうなるわけです。

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その後も彗星ブローチは作られ続けました。


特に意識して集めているわけではありませんが、しばしば目に付くものですから、小抽斗の中には、新古取り混ぜて彗星ブローチがいろいろたまっています。そのデザインは千差万別で、人間の想像力の豊かさを感じさせますが、これは実際に彗星の形が多様ということの反映でもあります。

天空を翔び、胸元を飾るそのフォルムに注目した「彗星誌(Cometography)」を、いつか書きたいと思っているので、彗星ブローチの件はしばらく寝かせておきます。

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話を元に戻して、19世紀に入って、彗星がなぜ「カッコいい」存在になったかですが、その理由はしごく単純で、19世紀の幕開けとともに、一般のホビーとして「天文趣味」が成立し、それがファッショナブルになったからじゃないかなあ…と思います。

市民社会の成立は、多くのホビーを生み出しましたが、その中でも科学的装備をこらして、遥か天界の奥を窺う天文趣味は、何となく高尚で「カッコいい」行為となり、暗夜にきらめく星空はロマンの尽きせぬ源泉となりました(その流れは今も続いていると思います)。

中でも変化と動きに富む彗星は、まさに夜空のヒーローであり、その天空ショーがまた新たな天文趣味人を生むという好循環によって、19世紀は天文趣味が大いに興起した100年となったのです。


(次の回帰は1910年、ハレー彗星はいよいよ時代の人気者となっていきます。この項つづく)

聖ドミニコの奇跡2019年05月13日 13時22分16秒



今日の主役はペガススではなくて、その下に見えるペン先ほどのメダイ

ちょっと毛色の変わったものはないかな?と棚を見ていて、昔買った小さなメダイを見つけました。メダイというのは、言葉としては「メダル」と同じものです。カトリックの信徒は一種のお守り感覚で、こういうのをロザリオなんかに付けて、そういうのを日本では「メダイ」と呼び分けるんだそうです。

畑違いのメダイを買ったのは、そこに鋳込まれた人物がちょっと天文と関係するからです。


このお坊さんは、ドミニコ会を作った聖ドミニコ(1170-1221)
彼は相当偉いお坊さんですが、なぜか天文家(astronomer)の守護聖人ともされており、天文趣味人として、ちょっとあやかろうと思ったわけです。

彼が天文家の守護聖人となった理由は、これを買った8年前には、ネットで調べても分かりませんでした。もちろん、当時も複数の人が話題にしていましたが、結論として「分からない」ということになっていたのです。

でも、さっき調べたら、海の向こうの「知恵袋」みたいなサイトに、その答を書き込んでいる人がいました(→リンク)。2017年7月の回答なので、やっぱりその後ネットに上がった情報なのでしょう。

(質問) なぜ聖ドミニコは天文家の守護聖人なの?
(回答) ドミニコが洗礼を受けたとき、彼の母親が霊夢(vision)を見て、1つの星が彼の胸に輝くのを見たらしいと言われています。

まあ、この回答もどこまで本当かは分かりませんが、そもそも守護聖人というのは、日本の様々な「守護神」と同様、その由来が曖昧なことも少なくないので、今はそういうことにしておきましょう。

「astronomer」を「天文学者」と訳すと、専門家だけのことになってしまいますが、これは広くアマチュアも含む「天文家」の意味ですから、星好きの人は、等しく聖ドミニコのたもとにすがってよろしい(はず)。


ちなみにメダイの反対側には、20世紀の奇跡「ファティマの聖母」が鋳込まれています。

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…という所で、記事を終えても良かったのですが、何か色を添えようと思って、上の「ファティマの聖母」の記事をしげしげ見ていたら、ファティマの町(ポルトガル)の3人の子供の前に聖母マリアが顕現した日こそ、他でもない5月13日でした。

もちろん、これは狙ったわけではなくて、単なる偶然です。
でも、偶然にも「意味のある偶然」というのがありますから、こういうことを経験すると、キリスト教信仰とは無縁の私にしても、何かギクッとするような、妙な心持ちがします。

銀の雪2019年02月11日 10時36分53秒

今日も広く雪模様。
でも、私の町では雪はさっぱりで、薄雲を通して日の光さえ射しています。
今は結露した窓越しに見る、白くぼんやりした景色に、わずかに雪を思うのみです。

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人は明るい雪景色を「一面の銀世界」と呼び、「白銀が招くよ」とつぶやきながら、いそいそと山に向かったりします。

「銀雪」というのは、もちろん中国生まれの言葉でしょうが、9世紀に編まれた空海の詩文集『性霊集』(しょうりょうしゅう)にも、「銀雪地に敷き、金華枝に発す。池鏡私無し」云々の句があって、日本でもこの語はずいぶん古くから用いられているようです。(大地を覆う純白の雪、日光に煌めく樹上の氷、すべての景色を無心に映して静まりかえる池の面…。こういう芯から澄み切った冬景色を好ましく思うのは、平安時代の高僧も、21世紀の俗人も変わりません。)

   ★

ふと、ほんものの「銀の雪」が欲しいと思いました。

実際探してみると、もちろんスノーフレークをモチーフにした銀製アクセサリーはいろいろあるのですが、結晶の表現がマンガチックというか、ちょっとリアリティに欠けるものが多いようです。


そんな中、この差し渡し2センチほどの小さな結晶たちは、なかなかよくできていると思いました。

1831年、ロードアイランドで創業したアメリカの老舗銀器メーカー、ゴーハム社(Gorham Manufacturing Company)。この銀のチャームは、同社が1970年代にシリーズで発売したもので、手元の品はそれらをチェーンでつないで、ブレスレットに仕立ててあります。


結晶の片面には1970から1976まで、各結晶の制作年が鋳込まれています。


7年間の歳月をかけて、この世界に降り積もった雪のかけら。
磨いてやれば、すぐに元の輝きを取り戻すはずですが、当分はこのくすんだ銀色に時の流れを重ねて愛でることにします。

銀は金と並んで柔らかい金属なので、チャーム同士が触れ合う時も、なんとなく優しい音がします。

日食を愛でる2019年01月07日 21時55分37秒

昨日は部分日食でしたが、私は最後の寝正月を優先したので、頭上の天体ショーを楽しむことなく、寝床でグーグー寝ていました。

何はともあれ、震えるような寒さの中でも、一陽来復の春の到来。
寒期の今だからこそ、お日様を見上げて、巨大な恒星が生み出す膨大な光と熱を想像しつつ、その確かな片鱗が、いま自分の身体に降り注いでいるのだ…と、しみじみ実感することができます(夏場は、とてもそんな余裕は持てないでしょう)。

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日食といえば、最近、こんな素敵な品を見つけました。


真鍮、ピューター、銅、三色の金属素材を組み合わせて作られた「日食ブローチ」(左右の幅は6.8cm)。


(裏側の表情)

古いものではなく、マサチューセッツの「TaylorCustom」というメーカーの現行品です。


ブローチにはこんな説明書も同梱されており、これが見てくれだけでなく、正確に食現象を再現したアクセサリーであることが分かります。天文絡みのイベントに赴く際、こんなのをさりげなく身に着けたら、ちょっと気が利いているかもしれませんね。いわば胸元を飾る天体ショーです。

(綾なす半影と本影、皆既食と部分食)

雪の便り2018年01月25日 22時37分15秒

春の気配を星に感じたと思ったら、関東に続いて中部も雪。
それもほどろな春の雪なんかでなくて、妙に雪質のいい、パウダースノーが、さっきまで晴れていた空をあっというまに覆い尽くし、一時は何かただならぬ感じがしました。

こんなふうに太平洋側の人間は、1年に何べんもない降雪にオロオロしますが、今回は1年に1回だけ舞い降りる雪片の話題。

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雪の写真師、ウィルソン・A.ベントレー(1865-1931)が撮影した雪の結晶写真をもとに、彼の故郷の記念館が、毎年新たにデザインするグッズ類のことは、1年前も記事にしました。

■白銀の雪

今シーズン(2017年)の新デザインのテーマは、下の結晶です。


ピューター製の美しい樹枝六花。
炎に投じぬ限り、永遠に融けない雪。

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雪は美しいものですが、人間生活と軋轢を生じると、恐ろしい顔を見せます。
そしてまた、普段心の奥にしまってある思いを、ゆくりなく引き出すものでもあります。

 犬棄てし子 心に雪ひそと積む       三汀
 昔 雪夜のラムプのやうな ちひさな恋  鷹女
 酒のめば いとゞ寐られぬ 夜の雪     芭蕉

人の心が様々であるように、心の中の雪景色もまた様々ですね。