碧い彗星を見上げて2023年10月15日 10時42分13秒

イスラエルの人から何か物を買ったことがあるかな?…と思って調べたら、買ったのはイギリスの人でしたが、イスラエル製の彗星ブローチを見つけました。


孔雀石をメインに、繊細な銀線細工を施した美しいブローチです。


売り手の人は、ミッドセンチュリーの品ではないかと言ってたので、第2次大戦後にイスラエルが建国されたしばらく後に、彼の地で作られたものと想像します。

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今回のイスラエルとハマス件で、改めてイスラエル問題の輪郭を知ったという方も多いでしょう。私にしても、それほど明瞭なイメージを描けていたわけではありません。

ナチスの暴虐によるホロコーストの悲劇と、新たな希望の地としてのイスラエル建国。アラブとイスラエルの対立による数次の中東戦争。あるいは一挙に時代を遡って、旧約時代のエピソードの数々…。そんなものがぼんやり重なって、私の中のイスラエルイメージはできていました。でも、そこには旧約の時代と第2次大戦後の時代に挟まれて、膨大な空白の期間があります。

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イギリスで1871年に発行された地図帳を開いてみます。


この地図の中で色が付いているのは、「Turkey in Asiaアジアにおけるトルコ」、すなわちオスマン帝国の版図です。「アジアにおける…」というのは、この地図帳にはもう1枚、「ヨーロッパとギリシャにおけるトルコ」という地図があるからで、当時のオスマン帝国はアジアとヨーロッパにまたがる広大な領土を誇っていました。


少し寄ってみます。今のイスラエルも当時はオスマン領内で、その「シリア地方」の一角を占めていました。


もちろん、エルサレムもガザもその一部です。

こうして近世以降、トルコ一強で固められた中近東でしたが、この大帝国もクリミア戦争(1853-1856)後の経済的疲弊と、相次ぐ国内の政治的混乱によって、半植民地化の進行がとまらず、特に第1次世界大戦(1914-1918)の最中、イギリスの後押しで蜂起したアラブ民族独立闘争を受けて――アラビアのロレンスのエピソードはこのときのことです――結果的にパレスチナがイギリスの委任統治領になった…というのが、その後の歴史を大きく左右したらしいのですが、この辺の叙述は、たぶん大部な書物を必要とすることでしょう。

まあ、イギリスばかり悪者にするのはアンフェアかもしれませんが、当時のイギリスが関係各国と後ろ暗い密約を重ねていたのは事実だし、はた目に「火事場泥棒」や「焼け太り」と見えるのも確かです。

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今、彼の地の上空を一個の見えない彗星が飛んでいます。


ガザの人々にとって、この彗星は紛れもなく凶星でしょうし、多くのイスラエルの人にとってもそうかもしれません。

でも、孔雀石の石言葉は「魔除け」、そして「癒し」と「再会」だそうです。
どうか人間の心が、獣性によって蹂躙されることのありませんように。
そして、子どもたちの屈託のない笑顔が再び見られますように。

今はひたすら祈るような気持ちです。

コメント

_ S.U ― 2023年10月16日 07時36分09秒

主観の入る話ですが、色が美しい天体といえば、彗星の緑色だと思います。4等くらいの彗星を望遠鏡で覗くと、本当に緑色が美しいです。特に美しいのは、緑や碧というよりは、翠色です。また、天王星も同じような美しい色で、ウィリアム・ハーシェルが天王星を発見した時に、彗星だと思われたのは色の点からも説明できると思います。
 でも、どんな彗星でも翠に見えるわけではなく、暗いと色はわかりませんし、大彗星になるとダストが目立って、黄色やピンク色になります。また、私の経験では、翠色が美しい彗星は、数十年から数万年の周期を持つものが多いように思います。こういう彗星は、人類の歴史の発展を時々見に来ていることになると思います。

_ 玉青 ― 2023年10月29日 12時27分45秒

すっかりお返事が遅くなりました。
なるほど、本物の彗星もみどり色を呈することがあるのですね。
しかも、「翠」とは透明感のある実に美しいイメージですね!
ぜひ機会を得て、私も実見したいと思います。

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