タルホの夕べ(芦屋にて) ― 2026年06月08日 19時42分07秒
昨日は芦屋の月光百貨店で開催中の「月を賣る店」にお邪魔し、画家・装幀家の戸田勝久氏、そして歯科学のご本業の傍ら、古書と出版史を研究されている小野高裕氏の対談を拝聴してきました。お二人の話に時の経つのを忘れましたが、同時に会場を埋め尽くした人々の姿に、足穂の徒の健在ぶりを知ることができ、とても心強く思いました。
(『戸田勝久展 ― 旅の手紙』、ぎゃらりぃ思文閣、2006年)
ここで戸田氏は足穂に傾倒され、足穂にインスパイアされた作品をたくさん描かれてきたので、対談の主として特に異とするに足りませんが、一方の小野氏はというと、氏は大正モダニズムを体現する雑誌、『女性』と『苦楽』の版元であるプラトン社の研究もされていて、そこに若き日の足穂が作品を発表していたことから、当夜の対談に至ったとお聞きしました。(そしてまた戸田氏と小野氏は古くからの友人であり、ともに阪神間モダニズムの余香に親炙されてきたという地縁もあります。)
対談では、お二人が所蔵する貴重な書籍、雑誌、肉筆資料の現物を示しながら、若き日のタルホ、すなわち『一千一秒物語』に代表されるタルホの横顔が生き生きと語られました。
その中には、美しい挿絵入りで『婦人グラフ』の誌面を飾った「染料会社の塔」や、「シラノ・ド・ベルジユラツクの月世界旅行」の現物もあり、何となく白黒写真だけで知っていた人がカラー写真で突如よみがえったような驚きを味わいました。
(『足穂拾遺物語』(青土社)より。同書で両作品の解題を書かれたのも小野氏です。右下は「染料会社の塔」。青空から青の染料を作るという、一寸たむらしげるさん味のある童話。左下はご存知、シラノの月世界旅行)
(右に写っているのは、当日資料として配布された「天体嗜好症」のコピー。単行本化は1928年ですが、初出誌は前出のプラトン社の『女性』1926年4月号です)
対談を堪能したあと、私はおずおずと持参した画集をカバンから取り出し、戸田氏にちゃっかりサインをいただいた…というのが、個人的なハイライトで、いかにも厚かましい気はしましたが、めったにない機会ですので、ここは厚顔を決め込みました。
そして拙ブログをご覧になったという、コラージュ作家の山本佳世さんにお声がけいただいたことも嬉しい出来事で、こういう出会いはネット空間にとどまっていては得難いことですから、やっぱり会場に足を運んでよかったです。
かくも素敵な機会を与えていただいた、月光百貨店主の星野時環さんと、裏方で尽力された福本タダシさんにこの場を借りて厚くお礼を申し上げます。
★
余談ながら、この日会場に向かう前、自らに課したテーマが「阪神間モダニズム」の空気を体感することで、そのため芦屋の高台をうろうろしていました。
六麓荘あたりを見て回ると、大正~昭和戦前といわず、今でも関西のお金持ちというのは底知れぬ存在であることが、よく分ります。まあ、お金持ちは日本中にいるでしょうし、今は東京一極集中の傾向もありますが、屋敷の外構や植栽ひとつとっても、そこには自ずと文化的伝統の厚みが備わっているのを感じました。
月を賣る店 ― 2026年05月26日 17時53分10秒
前回話題にした「ゼーンズフト(憧憬)」。
その言葉自体は、1800年前後のドイツで盛んに用いられたものかもしれません。でも、その意味合いを知ってみれば、そうした思いを心に抱く人は、21世紀の日本にも少なからずおられることでしょう。
ゼーンズフトの徒による、ゼーンズフトの徒のためのイベント―。
下のイベントは、おそらくそう表現しても、あながち間違いではないでしょう。
■月を賣る店 ―― 月光百貨店10周年記念 稲垣足穂オマージュ展
○会期
2026.5.30 (土) ~ 6.14 (日) 14:00~20:00
※6/1, 4, 9, 12は閉店
○会場
月光百貨店
(兵庫県芦屋市茶屋之町12-2 最寄駅:JR芦屋/阪神芦屋)
○出品作家(敬称略)
イイノチエ、kazeasobi、川島朗、中川ユウヰチ、福本タダシ
星野時環、山本佳世、よこやまぺん、よりそう
○資料提供(同)
小野高裕、戸田勝久、玉青@天文古玩
○公式HP(月光百貨店トップページ)
(詳細はこちら)
足穂を冠したイベントですから、その根幹が足穂その人への思慕の情であるのは当然です。でも、ここで表現されているのは、おそらくそれだけではないでしょう。この会場にたたずむのは、生身の「人間・稲垣足穂」であるよりは、一人ひとりのイメージによって命を吹き込まれた「足穂のファントム」だという気がします。
生身の足穂はひとりきりですが、足穂のファントムは十人十色、まさに変幻自在。そのいずれもが、銘々のゼーンズフトが足穂を核に結晶化した姿ではなかろうか…と、にわかにゼーンズフトづいている者として思います。
なお、私もチラッと資料提供者として名を連ねています。
おこがましい限りですが、私自身の足穂イメージをシガレットケースに詰め込んだ「タルホの匣(はこ)」を、今回会場に置かせていただくことにしました。オブジェ好きだった足穂への私なりのオマージュです。
まあ、足穂のファントムがさまざまであるように、足穂ファンの数だけタルホの匣もあり得ます。この小さな匣が、そのための呼び水になれば望外の幸せです。
金子式プラネタリウムの時代 ― 2026年05月05日 16時59分00秒
「『けいおん!』の理科室」と題して、滋賀県豊郷(とよさと)町の豊郷小学校・旧校舎にあった理科室を集中的に記事にしたのは、今からちょうど14年前、2012年5月のことです。最近は過去記事にリンクを張っても、見られないことの方が多いですが、一応リンクしておくと、以下から間欠的に続く一連の記事です。
■「けいおん!」の理科室…豊郷小学校旧校舎・理科室(1)
さらにその翌月には念願が叶い、その憧れの理科室に足を踏み入れることができたのも、今では懐かしい思い出です。
豊郷小旧校舎は、米人ウィリアム・ヴォーリズの設計になる、戦前にあってはとびきり瀟洒でモダンな建物で、アニメ「けいおん!」(2009~10年放映)の舞台である女子高の作画上のモデルになったことで、いわゆるアニメの聖地ともなりました。
同アニメを手掛けた京都アニメーションが、あの痛ましい事件に巻き込まれたのは2019年で、平成から令和にかわった年のことです。そんなあれこれを思い起こすと、ゆっくりと、でも確実に移ってゆく時代の流れを実感します。
★
2012年に豊郷小訪問を叶えていただいたY氏から、以下のイベントのお知らせをいただきました。
■教室で見た星空、ふたたび ― 75年前のプラネタリウム再現体験
○日時: 2026年5月31日(日)10:30から5回(各30分程度)
10:30、11:30、13:30、14:30、15:30開始
○場所: 豊郷小学校旧校舎群2階
○参加費: 無料、入場自由
○主催: おりおん!イベント実行委員会、豊郷町教育委員会社会教育課
以下、チラシ解説文より。
「金子式プラネタリウム改による1950年代プラネタリウムの再現投影会を開きます。金子式プラネタリウムは戦後日本で開発されたドーム式プラネタリウムの最初期のものです。豊郷小のものは日本で初めて学校に納入された機体(2号機)です。今回の再現投影会で使用するのは、この2号機の同型機に、最新LED化等の改修を施した金子式プラネタリウム改です。」
このプラネタリウムを、私は2012年の訪問時、確かに目にしたはずです。というのも、そのとき撮った写真に、それははっきり写っているからです。
でも、そのときは「古い理科室にありがちなもの」というくくりで眺めただけで、その貴重さに気付きませんでした。しかし、世の中にはやはり具眼の士がおられるもので、プラネタリウム史や理科教育史の中に、それをしっかり位置づけて、真価を認めた方がいらっしゃるのです。
今回の催しは、琵琶湖畔の小さな町の小さなイベントとはいえ、その意義までもがそうだとは思いません。スペース・エイジを迎えて、人々の宇宙への憧れが大きく膨らんだ時代の、これは貴重な生き証人であり、その素朴な投影像の向こうに、当時の子どもたちの瞳の輝きを想像すると、私は何だか胸がいっぱいになります。
時代は風波をともなう巨大な潮流のように進みます。
しかし、ときにその波頭を越え、ときに波の底から浮かび上がるものもあります。
夢の女性、幻の小部屋 ― 2025年12月14日 16時44分01秒
名古屋に住んでいても、近場で生活が完結していると、意外と名古屋駅に出向くことは少ないです。先週の金曜日、仕事の関係で、しばらくぶりに名古屋駅前に行き、昔の東急ハンズ――今はカインズに身売りして、ただの「ハンズ」――を覗きました。こだわりの理系・博物系アイテムを並べた「地球研究室」は健在で、ちょっとホッとしました。
そこで博物趣味の品をいくつか手にして、私のヴンダーごころもまた健在であることを確認する一方、時計荘の島津さんの作品が出品されているのを拝見し、先日いただいたご案内の葉書を思い出しました。
■フロイライン・シュプレンゲルの秘密の小部屋。
2025.12.5(金)〜12.28(日) 16~22時(月火水休)
THE STUDY ROOM分室 マーチエキュート店(JR秋葉原駅隣接)
(千代田区神田須田町1-25-4 1階S2区画)
出展作家(敬称略): 時計荘(島津さゆり)、cocoon、dubhe
2025.12.5(金)〜12.28(日) 16~22時(月火水休)
THE STUDY ROOM分室 マーチエキュート店(JR秋葉原駅隣接)
(千代田区神田須田町1-25-4 1階S2区画)
出展作家(敬称略): 時計荘(島津さゆり)、cocoon、dubhe
頂戴した案内状には、以下のように本展の趣旨が書かれていました。
「知と美、神秘と理性が交差する、静謐なる聖域への招待状
フロイライン・シュプレンゲル(Fraulein Anna Sprengel)は、19世紀末の伝説的な女性魔術師であり、黄金の夜明け団の創設神話に登場する人物です。本展では実在が定かでない彼女の書斎の奥に隠された小さな部屋を、文化財指定の古いレンガ壁に囲まれたTHE STUDY ROOM分室を会場とし、時計荘、cocoon、dubheが再構築します」
フロイライン・シュプレンゲル(Fraulein Anna Sprengel)は、19世紀末の伝説的な女性魔術師であり、黄金の夜明け団の創設神話に登場する人物です。本展では実在が定かでない彼女の書斎の奥に隠された小さな部屋を、文化財指定の古いレンガ壁に囲まれたTHE STUDY ROOM分室を会場とし、時計荘、cocoon、dubheが再構築します」
★
フロイライン・シュプレンゲルとは何者か?
そして、黄金の夜明け団とは?
私はいずれも無知だったので、とりあえずウィキペディアを見に行き、そのおぼろげなイメージをつかみました。
それによれば、「黄金の夜明け団」とは、19世紀末のイギリスで生まれた秘教的オカルト運動グループの1つであり、同時代のドイツ人女性、アンナ・シュプレンゲルは、薔薇十字団の教義を受け継ぐ女性として、黄金の夜明け団の正統性にお墨付きを与えた人物とのことです。アンナには、バイエルン王・ルードヴィヒ1世の落とし種という貴種譚もつきまといますが、そもそもアンナという女性は実在せず、黄金の夜明け団の「箔付け」のために仮構された人物だ…というのが、どうやら定説のようです。いわば、彼女は霧の向こうの世界、虚実の間に生きる女性です。
でもそれを言い出せば、本家の薔薇十字団だって、その創設者とされるクリスチャン・ローゼンクロイツは、やっぱり虚実の間を生きた人で、これまた薔薇十字団の「箔付け」のために生み出された人物というのが、大方の見方らしいです。
まさに逃げ水。どこまで行っても霧は晴れず、その霧は近代からルネサンス、そして中世から古代、さらには神話時代にまで切れ目なく続き、いよいよ濃く、我々の想像力を刺激します。
★
今回の展示会はその幻のアンナ・シュプレンゲルの書斎の、そのまた隠し小部屋を覗き込もうという、夢の世界で夢を見るような企画です。
その会場には、おそらく素敵な、美しい、そして不思議な品々が並んでいることでしょう。でも、その幾重にも入れ子構造になった迷宮こそが、実は今回最大の見どころであり、主催者の意図するところかもしれません。
★
人間は常に夢と幻を必要とする存在であり、社会の正統が夢と幻を排除すればするほど、反動で夢幻世界への関心も高まるのが常です。理性の勝利を謳った啓蒙主義の時代も、石炭と蒸気ハンマーが世界を席巻した産業革命後の時代も、その一方でオカルティズムが非常な隆盛を見せました。
では、情報の渦と電脳が世界を覆っている今の時代はどうか?
必然的に思いはそこに至ります。
たぶん、今は「情報の渦と電脳」それ自体に人間が眩惑されているので、あまり夢幻を必要としていないようにも見えますが、でもこの先、「そこに夢幻は無い!」とはっきりすれば、当然のごとくオカルトの波が再来するのではないでしょうか。
星を近づけた先人たち…反射望遠鏡とプラネタリウムの黎明期 ― 2025年04月06日 13時01分37秒
何だかぼんやりと過ごしているときに、ハッとするメールをいただきました。
メールの主は、「中村要とクック25cm望遠鏡」のブログ主であり、戦前~戦後の日本の望遠鏡史や天文趣味史の先達であるdouble_clusterさんです。そこには、現在、京都産業大学・神山天文台で開催中の或る展示会のお知らせが記されていました。
■企画展「西村製作所と中村要~反射望遠鏡にかけた夢~」
○日程: 2025年3月15日(土)~6月20日(金) 月~金曜日 9:00~16:30
○場所: 京都産業大学神山天文台(京産大キャンパス内)
○料金: 無料・予約不要
以下、公式サイトより。
「20世紀初頭、アメリカやイギリスで鏡を使った望遠鏡(反射望遠鏡)が作られていく中、ガラス鏡の反射望遠鏡製造技術を日本に持ち帰った山崎正光、その技術を日本に広めた中村 要、そして中村 要と協働し日本で初めて、ガラス鏡の反射望遠鏡を製作・販売することになる京都の理化学機器メーカー 西村製作所。
企画展「西村製作所と中村要~反射望遠鏡にかけた夢~」では、2026年に100周年を迎える反射式望遠鏡の歴史を取り上げ、どのようにして国産の反射望遠鏡が作られたのか、人と人との繋がりや当時の技術者たちの天文学や望遠鏡に対する情熱が形になるまでの軌跡を紹介します。」
企画展「西村製作所と中村要~反射望遠鏡にかけた夢~」では、2026年に100周年を迎える反射式望遠鏡の歴史を取り上げ、どのようにして国産の反射望遠鏡が作られたのか、人と人との繋がりや当時の技術者たちの天文学や望遠鏡に対する情熱が形になるまでの軌跡を紹介します。」
…と、これだけでも興味深いのですが、会期中の特別企画として来る4月19日(土)に、以下の特別講演会が予定されている由。
■企画展関連講演会(プラネタリウム100周年記念事業公認企画)
「日本の天文普及の黎明-西村氏・江上氏・金子氏の時代-」
○日時: 2025年4月19日(土) 13:00~18:30
○開催方法: 対面とオンラインのハイブリッド開催
○対面会場: 京都産業大学 12号館5階 12502教室
○参加費: 無料
内容の詳細は公式ページをご覧いただきたいですが、西村製作所の初代社長・西村繁次郎(1910-1992)、戦後間もない時期に「江上式プラネタリウム」を開発した江上賢三(1920-1997)、同じく「金子式プラネタリウム」の開発者である金子功(1918-2009)の三氏の事績に焦点を当てながら、日本製プラネタリウムの草創期と、それが天文教育に及ぼした影響を振り返る…という内容のようです。
当日は上記特別講演に先立ち、本展を企画された神山天文台学芸員の青木優美香氏による基調講演とギャラリートークが、また講演会終了後には、希望者による天体観望会も予定されています。
天文古玩的にこれは見逃せない内容ですし、あんまりぼんやりして、このまま人事不省に陥ってもよくないので、4月19日当日は、企画展の参観を兼ねて会場に足を運ぶことにしました。関心のある方はぜひご一緒しましょう(特別講演の参加は予約制です)。
不滅のデロール ― 2025年02月06日 18時23分22秒
この3週間はプレッシャーの連続で、非常に厳しいものがありました。
でも、明日大きな会議が終わると、一つの山を越えてホッとできます。
あの山を越えた先に幸いが待っていると信じて進むのみです。
★
さて、このブログも長くなって、すでに満19年を超え、20年目に入っています。
いたずらに苔の生えた甲羅をさらすばかりでは見苦しいので、このへんで初心に帰ることも必要ではないか…そんなことを折々考えます。
もちろん、今さら20年前の自分に戻ることはできませんが、「いつかぜひ」と、かつて心に抱いた夢を思い出すことも悪くはないと思うのです。まあ、「初心に帰る」というか、「初志貫徹」ですね。
たとえば「Beautiful Books on Astronomy」とか、「天体モチーフのゲームの世界」とか、掘り下げたい個別のテーマもたくさんあるし、以前は天文と理科室趣味が二枚看板だったので、久方ぶりに博物趣味や「驚異の部屋」について熱く語ってもいいんじゃないか…と、こんなことを考えたのは、「あの」デロールに関する本を最近目にしたからです。
■Louis Albert de Broglie
A Parisian Cabinet of Curiosities: Deyrolle.
Flammarion (Paris), 2017.
A Parisian Cabinet of Curiosities: Deyrolle.
Flammarion (Paris), 2017.
(デロール公式サイト https://deyrolle.com/)
1831年以来連綿と続く、パリの老舗博物商であるデロールのことは、これまで何度か取り上げましたが、先日、その美しい写真文集を開いて、以前の気持ちがよみがえるのを感じました。
といって、この本も出てから既に8年になるので、いささか古くはあるのですが、あの2008年2月の「デロールの大火」【過去記事にLINK】を乗り越えて見事に復活し、さらなる発展を遂げたデロールの姿を見ると、博物趣味の年輪ということを、つくづく考えさせられます。
(火事で焼けただれたライオンの剥製)
(焼け残った品を元にしたアート作品。台湾出身の Charwei Tsai 作、「Massacre」。鹿の頭骨に色即是空の理を説く般若心経が書かれています)
(復興後の店舗風景。以下も同じ)
その陣頭指揮をとったのが、2000年にデロールの経営を引き継いだ“庭師殿下”ことルイ・アルベール・ド・ブロイ(1963-)で、上の本の著者は他ならぬ彼自身です。
(意気軒高な庭師殿下。彼については、こちらの過去記事を参照)
自然への愛と好奇心。それが新たな美の感覚を呼び覚まし、標本とアートの融合を生み、さらに次代の子供たちの心に素敵な種を蒔くことになったら、素晴らしいことじゃないか!と、庭師殿下は熱く語るのです。
もちろん環境意識の高揚によって、博物趣味のあり方に大きな変化が生じているのは事実ですが、そもそも環境意識は、自然を愛する博物趣味から生まれた正嫡です。自然への敬意さえ欠かさなければ、今後も博物趣味は佳い香りのする存在として在り続けるのではないかと思います。
★
ちなみに上の本の版元のフラマリオン社は、天文学者のカミーユ・フラマリオン(1842-1925)の弟、エルネスト・フラマリオン(1846-1936)が起こした会社です。
碩学の書斎から ― 2024年12月26日 05時51分32秒
「なんたること…なんたること!」と、2回心の中でつぶやきました。
いや、1回は心の中だけではなく、たしかに声に出しました。
★
クリスティーズの主催する古書・手稿の売り立てが、来年1月、オンラインで開催されると聞きました。会期は1月14日から28日までの2週間です。
出品品目は全部で231点。それだけならたぶん「ふーん」でしょうが、今回心に響いたのは、天文学史の泰斗、故オーウェン・ギンガリッチ氏(Owen Jay Gingerich、1930-2023)の蔵書がそこに含まれていると聞いたからです。
★
ギンガリッチ氏のことは、その訃に接した直後、昨年6月1日の記事で採り上げ、さらに3日、4日、5日と4回連続で話題にしており、そのときの自分がどれほど動揺していたか分かります。以下がその一連の記事。
★
今回の売り立てのうち、ギンガリッチ氏の蔵書に由来するのは74点で、以下のページにその内容が詳述されています。もちろんこれがギンガリッチ氏の蔵書の全貌ではなくて、今回出品されるのは、そのハイライトたる古典籍だけです。
冒頭のアストロラーベは何だかフェイク臭いぞ…と思いましたが、そこはクリスティーズで、フェイクとこそ書いてないものの、「19世紀以降、インドかイランで旅行者向けのお土産用として作られたものだろう」と正直に書いています。それでも4千~6千ドルと結構な評価額なのは、ギンガリッチ氏旧蔵品という有難みが上乗せされているからでしょう。
まあ、アストロラーベはご愛嬌として(ギンガリッチ氏も誰かにお土産でもらったのかもしれません)、今回の目玉である古典籍を見ると、コペルニクス前夜からティコ、ケプラー、ガリレオに至る15~17世紀の稀覯本がずらりで、さすが碩学の書斎はすごいなあ…と驚き、さらにその評価額を見て再び驚くことになります。
ギンガリッチ氏のお父さんは、アメリカの地方大学で歴史を教えた先生で、教養はあったでしょうが、格別財産があったとも思えないので、ギンガリッチ氏の蔵書も刻苦勉励の末、一代で築かれたもののはずで、そのことも大いに尊敬の念を掻き立てます。
★
ギンガリッチ氏は天文学史を研究し、その分野の古典籍のコレクターでした。
そして、私がさらに氏を敬仰するのは、氏は一方で博物趣味の徒でもあり、貝類の一大コレクターだったからです。その素晴らしいコレクションは、亡くなる直前に自身が教鞭をとったハーバード大学の比較動物学博物館・軟体動物部門に寄贈されたそうです。
★
以下は「Astronomy」誌のWEB版に載ったギンガリッチ氏の追悼記事。
その写真から、在りし日のギンガリッチ氏の書斎の様子が偲ばれます。
■Owen Gingerich, historian of astronomy, passes away
Copernicus, Pluto, and many, many books: Astronomical
Copernicus, Pluto, and many, many books: Astronomical
research loses a legend.
By Samantha Hill (2023年6月19日)
By Samantha Hill (2023年6月19日)
氏のデスクのすぐ背後に飾られているのは、ティコが領したフヴェン島の古地図(※)で、同じものが私の書斎にも飾られていることは、何の衒(てら)いもなく自慢できることです。
そして、古典籍でなくてもいいので、ギンガリッチ氏の蔵書票が貼られた旧蔵書が1冊手に入れば、私は氏の書斎に足を踏み入れたも同然ではなかろうか…と、無駄なようでいて、私にとって決して無駄ではない次の算段もしています(今回の古典籍はちょっとどうにもならないですね)。
(上記クリスティーズのページより)
(※)1572年から1617年にかけて全6巻で出た、Georg Braun とFranz Hogenberg の『Civitates Orbis Terrarum(世界の諸都市)』からの一枚。
本の標本、本のオブジェ ― 2024年09月11日 18時18分13秒
名古屋・伏見のantique Salonさんが店内を改装されて、お店の一角にライブラリコーナーができました。
お店を訪問されたことがない方には、なかなか構造が把握しづらいと思いますが、antique Salon さんは、奥行きのある、細長いお店です。全体は鉄アレイ状といいますか、両端(道路に面した側と奥側)に広いコーナーがあり、その間を通路状のスペースがつなぎ、その通路部分も含め、店内のあらゆる場所が、奇妙で美しい品で満ちています。
正面、ドアの向こうが道路に面したコーナーで、左側、壁の向こうが通路状の店舗部分。ドアの手前に続くフローリング部分は、店舗外にある本来の通路です。
昨日は道路側のコーナーで、店主の市さんと冷たいものを手に話しこんでいましたが、新たにできたライブラリコーナーは、
それとは反対側、道路からは遠いコーナーの、
そのまたいちばん奥に設けられてます。
★
その完成を記念して、「本の標本、本のオブジェ」展が始まっています。
■特別展示室 第1回企画展 『本の標本、本のオブジェ』
○期間: 2024.9.7(土)~9.23(月) 12時 ~ 19時(水曜・木曜定休)
○場所: antique Salon 特別展示室・図書室
名古屋市中区錦2丁目-5-29 えびすビルパート1_2F
○参加者(順不同・敬称略):
美術家・造形作家/ 川島 朗、UAMO/ 高木綾子、小説家/伽十心、
メルキュール骨董店/矢野 文、夕顔楼/店主、コレクター/久保
カルトナージュ作家/竹内朋子、BiblioMani/店主、
VOUSHO Coffee Factory/店主、antique Salon/市ゆうじ(+天文古玩)
今回並ぶのは全部で22冊の本。
“本好き”という共通項以外、年齢も職業も背景もバラバラな11名が、「自分の根幹にある本」と、「装丁の美しい本」を、それぞれ1冊ずつ紹介するという、それ自体不思議な企画です。(もうひとつの共通項は、市さんの知己ということですが、私もそこにまぜていただいたものの、他の方のことは、個人的には殆ど存じ上げません。)
会場にはその22冊の本が、標本ないしオブジェとして展示されています。
(左:メルキュール骨董店・矢野文氏セレクト/アンリ・ボスコ(著)『シルヴィウス』、右:antique Salon・市ゆうじ氏/宮本輝(著)『流転の海』)
(左:小説家・伽十心氏/ジョイス・マンスール(著)『充ち足りた死者たち』、右:BiblioMania・店主氏/奥崎謙三(著)『宇宙人の聖書!?』)
(左:コレクター・久保氏/『バタック族の呪術暑(19世紀)』、右:VOUSHOU Coffee Factory・店主氏/小田実(著)『何でも見てやろう』)
★
市さんの企画意図とは一寸ずれるかもしれませんが、「これは本の展示である以上に、人間の展示だなあ」と思いながら、会場を拝見していました。自分の人生観や美意識を本に託すことは、一種の表現行為にほかなりませんし、実際、どの本の背後にも読み手の濃厚な気配を感じたからです。
文字通り十人十色の皆さんと、機会があれば膝詰めで語り明かしたいとも思いましたが、でもこれはそういう単純な話でもなくて、本の向こうにその読み手の姿をよみがえらせることは、我々観覧者に許された別種の表現行為であると同時に、そのよみがえった読み手と言葉をかわすことこそ、ここでは一層濃密な体験ではないか…とも思いました。
もちろん読み手の方々は、私の狭い了見で計ることのできない存在ですから、リアルな交流が生じれば得難い経験になるでしょうが、そこで得られる楽しみは、たぶん上で述べた仮想交流とは別の位相に属する気がします。(…と、ここまで考えてくると、結局私は市さんの企てに、半ば乗せられたことになるのかもしれません。)
買える博物館 ― 2024年07月08日 05時57分56秒
炎暑の七夕。
それだけに空は快晴で、南東の空に織姫と彦星が明るく眺められました。南を向けば天のさそりが雄大に身をくねらせ、これぞ夏空という感じです。新暦の7月7日はたいてい雨にたたられますから、こんな風にスカッと二星を拝めたのは久しぶりじゃないでしょうか。でも東京の空はどうだったのか、願いが叶わなかったのは残念です。ちゃんと短冊に書いておけばよかった…。
★
昨日、名古屋駅まで行く用事があり、ついでに「地球研究室」と「男の書斎」を久しぶりに覗いてきました。いずれも、東急ハンズ名古屋店(JR名古屋タカシマヤと同居しています)の10階にあるお店で、「地球研究室」は博物系グッズのショップ、「男の書斎」は書斎の机辺において楽しみたい渋めのセレクト雑貨を並べたお店です。
(「買える博物館」とは言い得て妙。https://ny-select.com/chiken/)
(両店舗のコンセプト。https://nagoya.hands.net/floor/selectcorner.html)
かつて名古屋には、栄地区に「東急ハンズANNEX店」というのもあって、そこにも理化学用品や博物系商品のコーナーがあり、一時はなかなか賑わっていたのですが、だんだん規模が縮小されて、ついにはANNEX店そのものがつぶれてしまいました(その後できた松坂屋店のことはひとまず脇におきます)。
東京では、池袋三省堂が鳴り物入りでオープンした「ナチュラルヒストリエ」が、事業撤退するという悲しい出来事もありましたし、博物系の常設店舗にとって今は冬の時代か…と思っていたので、「地球研究室」と「男の書斎」のその後の様子が気になりましたが、あにはからんや、いずれも老若男女のお客で大賑わいで、ほっと胸をなでおろしました(インバウンドのお客さんも多かったです)。
両店舗は一部コンセプトがかぶって感じられる部分もありますが、いずれもバイヤーの気合の入った良店舗で、商品構成によってはまだまだ博物系もいけるな…と思いました。まあ、別に私が経営者目線になる必要もないですが、一消費者としても、博物系のお店が元気で頑張っていることは、うれしく頼もしいことです。
★
ささやかながら、「地球研究室」で購入したものがあります。
自分がそれを購入する気になったこと自体、嬉しい驚きでもあったので、そのことを書きます。
(この項つづく)
One Hundred and One Year Stories ― 2024年07月02日 19時33分20秒
いよいよ7月、夏本番。
足穂好みの「六月の夜の都会の空」は幻のごとく飛び去りましたが、消夏にうってつけのタルホ関係のイベントを2件ご案内いただきました。
昨年は『一千一秒物語』刊行100周年で、関連するイベントがいろいろありました。
今年はさらに101周年で、「1001」にはむしろ「101」の方がお似合いです。
それに101は素数ですから、100のような卑俗な数よりも顔つきが上等だし、なんなら合成数である1001(7×11×13)よりも一層エライかもしれません。そんなわけで101周年は大いに祝う価値があるのです。
★
■kk life work 古多仁昴志 ライフワーク展
変容する(メタモルフォーゼ) 遊縁遊戯
変容する(メタモルフォーゼ) 遊縁遊戯
○参加出品者(敬称略):
小橋慶三、戸田勝久、パラモデル中野裕介、福本タダシ、溝渕眞一郎、
山下克彦 & 古多仁昴志
○会期: 2024年6月27日(木)~7月21日(日) 〔月火水は休廊〕
13:30~17:00
○会場: 喜多ギャラリー
奈良県大和郡山市額田部南町413 TEL:0743-56-0327
○MAP:
※JR大和小泉駅からタクシー8分/近鉄平瑞駅から徒歩18分
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■稲垣足穂 オマージュ展2024 一千一秒奇譚
○参加出品者(敬称略):
erico、川島朗、戸田勝久、中川ユウヰチ、中野奈々恵、福本タダシ、
星野時環、百瀬靖子、山本佳世、よこやまぺん、よりそう
○会期: 2024年7月21日(日)~8月4日(日) 〔7/25, 29, 8/1休廊〕
14:00~20:00〔最終日は18:00まで〕
○会場: 月光百貨店(http://moon-shines.net)
兵庫県芦屋市茶屋之町12-2 TEL:070-5433-6961
○MAP:
※JR芦屋駅南出口から8分/阪神芦屋駅から6分
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明石に生まれ、神戸で才を磨き、京都で亡くなった足穂。
関西はまさに足穂のホームグランドです。彼の後姿を思い浮かべながら、奈良と兵庫の両会場に足を運ぶだけでも、私のような他郷の人間には興の深いことと感じられます。
昨年の京都でのイベント、そしてそこでお会いした方々のお顔と声を思い出しながら、これは単なる懐旧ではない、これぞ宇宙的郷愁と呼ぶべきものだ…と思ったりもします。










































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