記憶の果てに ― 2022年10月26日 06時50分53秒
前回の記事を書いた直後に、舞い込んだ1枚のはがき。
そこには「記憶の果てに」と書かれていました。
八本脚の蝶、遠い呼び声、そして記憶の果てに――。
これは私一人の感傷に過ぎないとはいえ、こうした一連の表象が全体として新たな意味を生じ、私の心に少なからずさざ波を立てたのでした。
差出人は、「秩父こぐま座α」さん。
秩父はまだ訪れたことがなく、まったく聞き覚えのないお名前です。そこに謎めいた興味を覚え、しげしげ眺めると、はがきの隅に時計荘さんのお名前を見出し、ようやく合点がいきました。
時計荘の島津さゆりさんによる、ツイッター上での告知(★)を下に転記しておきます。
■時計荘展 「記憶の果てに」
秩父・こぐま座α @cogumazaa にて
11/11(金)~11/21(月)の金土日月曜のみ営業 11~17時 ※ワンオーダー制
画像のような新作のほか、人形作家の近未来さん @pygmalion39 のギャラリーカフェにちなんで、人形作品を入れて遊べるジオラマ作品もお持ちします。
いつでもお立ち寄りください。そして気軽にお声がけいただければ嬉しいです。
秩父・こぐま座α @cogumazaa にて
11/11(金)~11/21(月)の金土日月曜のみ営業 11~17時 ※ワンオーダー制
画像のような新作のほか、人形作家の近未来さん @pygmalion39 のギャラリーカフェにちなんで、人形作品を入れて遊べるジオラマ作品もお持ちします。
いつでもお立ち寄りください。そして気軽にお声がけいただければ嬉しいです。
★
私から見ると遠い秩父の町。
しかし秩父の名に、私はある親しみを感じます。秩父は稲垣足穂の少年時代の思い出と連なっているからです。足穂少年が手元に置いて、日々愛読した鉱物入門書には、鉱物採集の心得として、「東京近郊には先ず秩父がある」の文句があり、足穂はなぜかこのフレーズが脳裏を離れず、皇族「秩父宮」の名を新聞で見ただけで、即座にその鉱物書を連想した…と、彼は『水晶物語』で述懐しています。
秩父は鉱物の郷であり、水晶の郷です。
そこに分け入って、時計荘さんの鉱物作品と出会う場面を想像するだけでも、私にとっては至極興の深いことです。
(遠い記憶の果ての、さらにその向こうに…)
ハーシェル展 続報 ― 2022年09月18日 19時09分25秒
名古屋市科学館の「ウィリアム・ハーシェル没後200年記念展」が昨日から始まりました。
■科学館公式ページ:ウィリアム・ハーシェル没後200年記念展
それにしても、亡くなってから200年経っても、こうして記念展が開かれるってすごいことですよね。存命中は盛名隠れなき人でも、死後はまったく忘れ去られてしまい、「え、○○って誰?」となってしまう人の方が圧倒的に多いことを思えば、200年後に、しかも遠い異国の地で追悼されるというのは、彼が偉人なればこそです。
会期の方は10月20日(木)までありますので、興味を覚えた方は、ぜひ会場に足をお運びいただければと思います。
★
名古屋市科学館は、地元の人にはなじみだと思いますが、その天文館の5階が展覧会の会場です。
フロアには、引退したツァイスIV型機がそびえ、
上は今回の展示前から常設されている、ハーシェルの40フィート大望遠鏡の縮小模型。
さて、こうした星ごころあふれるフロアの一角にある特設コーナーが、今回のハーシェル展の会場です。といっても、私はオープン前日の展示設営に、日本ハーシェル協会員として立ち会っただけで、まだ実際の展覧会には行ってないのですが、その雰囲気を一寸お伝えしておきます。
まず全体のイメージは↑こんな感じです。
展示は、パネルと同時代のものを含む各種資料から成り、小規模な展示ながら、並んでいる品にはなかなか貴重なものも含まれます。
左上はハーシェルが暮らした町、イングランド西部のバースの絵地図。ここでハーシェルは売れっ子の音楽家として生計を立てながら、一方で天文学書を読みふけり、ついには自作の望遠鏡で天王星を発見し…というドラマがありました。右側に写っているのが、彼の愛読した天文書です。
ハーシェルの自筆手稿を中心とした資料群。右端で見切れているのは、ハーシェルの死を伝える故国ドイツ(ハーシェルは元々ドイツの人です)の新聞という珍しい資料。
会場でひときわ目を引く古星図。ボーデの『ウラノグラフィア』(1801)の一葉で、今は使われてない星座、「ハーシェルの望遠鏡座」が描かれています(右端、ふたご座の上)。この貴重な星図は、今回このブログを通じてtoshiさんから特別にお借りすることができました。
ハーシェルが天王星を発見する際に使った望遠鏡の1/2スケールモデル。サンシャインプラネタリウム(現:コニカミノルタプラネタリウム)の元館長、藤井常義氏が手ずから作られたものと知れば、一層興味を持って眺めることができるでしょう。
以下、その説明は現地でご確認いただければと思いますが、こうしたモノたちを前にして、会場に流れるハーシェルのオルガン曲に耳を傾ければ、職業音楽家から大天文家へと転身したその劇的な生涯がしのばれ、彼によって代表される200年前の星ごころが、身にしみて感じられる気がします。
ハーシェル去って200年・改 ― 2022年09月02日 17時24分58秒
(画像再掲。元記事はこちら)
4月にも同じ話題で記事を書きましたが、会期等が決定したので、改めてのご案内です。(以下、日本ハーシェル協会のサイトより全文引用します。)
----------------- 引用ここから -----------------
ウィリアム・ハーシェル(1738-1822)が没してから、今年でちょうど200年になります。イギリスを中心に、各地で関連イベントも盛んに行われていることから、日本ハーシェル協会も、この節目を祝うイベントを、下記により開催する運びとなりました。
■名称 ウィリアム・ハーシェル没後200年記念展
■会場 名古屋市科学館
(〒460-0008 愛知県名古屋市中区栄2丁目17-1白川公園内)
■会期 2022年9月17日(土)~10月20日(木)
月曜休館(9月19日、10月10日は開館、翌火曜日休館)
9:30~17:00(入場は16:30まで)
月曜休館(9月19日、10月10日は開館、翌火曜日休館)
9:30~17:00(入場は16:30まで)
■主催 名古屋市科学館 (協力:日本ハーシェル協会)
■内容 同時代の品を含む各種の資料とパネルでハーシェルの略歴と業績を
紹介し、併せて日本人とハーシェルとの関りについても説明します。
紹介し、併せて日本人とハーシェルとの関りについても説明します。
今回、展示される品は、
・天王星発見や銀河の構造論に関するウィリアムの論文
・ウィリアムの自筆手稿
・「ハーシェルの望遠鏡座」を描いた古星図類
・ウィリアム作曲の音楽楽譜(複製)
・ウィリアムを天文学の世界に導いた天文学書
…等々に加え、「7フィート望遠鏡の金属鏡レプリカ(大金要次郎氏作)」、「同望遠鏡の2分の1模型 (藤井常義氏作)」、「カロラインを描いた七宝絵皿(飯沢能布子氏作)」等、会員諸氏による研究の成果も含まれます。
会場の名古屋市科学館は、東西からのアクセスに便利なロケーションにあり、また世界最大級のプラネタリウムを擁する科学館です。ぜひ皆様お誘いあわせの上、ご参観ください。
(巨大なプラネタリウムを誇る名古屋市科学館。出典:wikipedia)
----------------- 引用ここまで -----------------
ちょっと煽り気味の文章ですが、より客観的に叙述すれば、天文フロアの一角に「ハーシェル・コーナー」を設けるだけの、わりとこじんまりとした展示なので、「大ハーシェル展」みたいなものを想像されると、ちょっと肩透かしを食らうかもしれません。それでも一人の天文学者に光を当てたテーマ展は珍しいと思うので、関心のある方はぜひご覧いただきますよう、私からもお願いいたします。
ハーシェル去って200年 ― 2022年04月16日 07時52分04秒
天王星の発見者として有名なウィリアム・ハーシェル卿(1738-1822)。
でも、天王星の発見はハーシェルの業績のほんの一部で、彼自身あまりそれを高く評価していませんでした。それよりも、赤外線を発見したこと、思弁ではなく実観測によって「宇宙の構造」――現代の目から見れば「銀河系の形状」――を決定しようとしたこと、星雲や星団の膨大な目録作りに挑戦したこと…etc.、時代を画する研究を、彼は次々と行い、世に問いました。
そして、彼はもともとプロの音楽家・作曲家でもあったのです。
彼は実に唖然とするほど多才でエネルギッシュな人でした。
(ハーシェルの肖像画額。背景が一寸ハーシェルに申し訳ないです)
そのハーシェルが世を去って、今年でちょうど200年になります。
現在、その記念行事が世界各地で行われていますが、日本でも日本ハーシェル協会が中心となって、記念展の開催が予定されています。
■「(仮)ウィリアム・ハーシェル没後200年記念展」について
開催は今秋、場所は名古屋。
天文学史を回顧し、偉大な「天界の冒険者」を偲ぶ催しです。
皆様お誘いあわせの上、ぜひご参観いただければと思います。
(詳細な日程等は、決定後に改めてお知らせします。)
なお、私も協会員として企画に関わっている関係で、準備作業のためにブログの方はしばらく記事が間遠になります。
「ハリー・ポッターと魔法の歴史」展によせて(5)…薬草学(下) ― 2021年09月24日 17時53分17秒
書いていてちょっと疲れてきました。
思うに、ハリー・ポッター展にかこつけて手元の品を紹介しても、それで何か新しい事実が明らかになるわけでもないし、ポッター展の見方が深まるわけでもないので、そろそろ羊頭狗肉的な記事は終わりにしなければなりません。
ただ、ポッター展に触発されて、身辺に堆積したモノを眺めるとき、「はるけくも来たものかな…」と、個人的には感慨深いものがあります。(そして本の虫干しもできたわけです。)
★
感慨といえば、「薬草学」の章の冒頭に登場した、ニコラス・カルペパーの『英語で書かれた療法と薬草大全(English Physician and Complete Herbal)』、あれも個人的には思い出深い本です。手元の一冊は、7年前の冬にペンシルバニアの古書店から購入したものですが、その店主氏の困苦を思いやって以下の記事を書いたのでした。
■何とてかかる憂き目をば見るべき
彼は今どうしているのだろう…と思って、(余計なお世話かもしれませんが)検索したら、お店は無事に存続しているようで、大いにホッとしました。良かったです。
★
虫干しついでに、本の中身も見ておきます。
手元にある本は第1巻の標題ページが欠けており、正確な刊年は不明ですが、1794年ごろの版のようです。
(第1巻といっしょに綴じられた第2巻の標題ページ)
内容は上のような解説編と、さらに図版編からなり、解説編の方はイギリス国内向けに、植物名がラテン語ではなく、すべて平易な英語名になっているのが特徴です。その名称も「犬の舌」とか「聖ヨハネの麦芽汁」とか、いかにも民俗的な面白さがあります。和名を当てれば、それぞれ「オオルリソウ」と「セイヨウオトギリソウ」で、特に後者は非常にポピュラーな薬草です。
図版編の方は、上のような小さな植物図を収めたプレートが全部で29枚含まれていて、なかなか見ごたえがあります。
さらにその後ろに、朱刷りで解剖学の知識を伝える図が全11枚つづきます。
この本は、いわば当時の『家庭の医学』であり、18世紀の一般人の医学知識がどんなものだったかを知る意味でも、興味深いものがあります。
そして最後の1枚は、12星座と身体各部の対応関係を示す、古風な「獣帯人間」の図。19世紀を前にしても、まだまだミスティックな疾病観は健在で、本書がハリー・ポッター展に登場する資格は十分にあります。
そういえば、著者のカルペパーは薬剤師免許を持たなかったので、ロンドンの医師会と衝突し、1642年に魔術を使った廉で裁判にかけられた…というエピソードが、展覧会の図録に書かれていました。(結局無罪になったそうです。)
★
以下、補足のメモ。昨日の文章に、「ヨハン・シェーンスペルガー(Johann Schönsperger the Elder、1455頃-1521) が手がけた、『健康の庭(Gart der Gesundheit)』」という本が出てきました。記事を書いてから気づきましたが、ハリー・ポッター展では、この本は「魔法薬学」のコーナーに登場しています。
(チラシより)
ただし、チラシにはヤコブ・マイデンバッハという名前が挙がっており、また図録には『Hortus Sanitatis』というタイトル――同じく「健康の庭」という意味のラテン語です――が記されています。
書誌がややこしいですが、シェーンスペルガー(別名 ハンス・シェーンスバーガー)は、1485年に出たアウグスブルク版(ドイツ語版)の版元であり、マイデンバッハは、1491年に出たマインツ版(ラテン語版)の版元です。
そして、この二つの『健康の庭』は内容がちょっと違っていて、ラテン語版はドイツ語版をタネ本にしつつも、そこに動物や鉱物由来の薬物を大幅に増補したものです(ドイツ語版は薬草専門)。まあ著作権のない時代ですから、そういう図太いパクリ本も横行したのでしょう。
★
まだまだ関連して触れたい本はありますが、冒頭で書いたように、強いてハリー・ポッター展と絡める必然性は薄いので、それらは折を見て、また単品で扱いたいと思います。(錬金術や、魔法生物の話題もちょっと手が回りかねるので、今回は割愛します。例によって例のごとく竜頭蛇尾也。)
(この項おわり)
「ハリー・ポッターと魔法の歴史」展によせて(4)…薬草学(中) ― 2021年09月23日 12時13分34秒
昔の本草書の破片たち。破片だけでは、ものの役に立ちませんが、当時の雰囲気を味わうにはこれで十分です。ちょっとしたホグワーツ気分ですね。そしてまた時代を追って見ていくと、学問や印刷技術の進歩が見て取れて、なかなか興味深いです。
これが昨日いった「インキュナブラ」の例で、1485年にヨハン・ペトリ(Johan Petri、1441-1511)が出版した『Herbarius Pataviae』(「パドヴァ本草」と訳すのか)の残欠。
いかにも古拙な絵です。この挿絵で対象を同定するのは困難でしょう。
キャプションには、ラテン名は Fraxinus、ドイツ名は Espenbaum とあります。でも前者なら「トネリコ」(モクセイ科)だし、後者の espen は aspen の異綴で、「ヤマナラシ、ポプラ」(ヤナギ科)の由。確かに葉っぱはポプラっぽいですが、トネリコにしろポプラにしろ、背丈のある樹木ですから、こんなひょろっとした草の姿に描かれるのは変です。下の説明文を読めば、その正体が明らかになるかもしれませんが、この亀甲文字で書かれたラテン語を相手に格闘するのは大変なので、これは宿題とします。
ちなみに、この1485年版の完本(ただし図版1枚欠)が、2014年のオークションに出た際の評価額は、19,200~24,000ユーロ、現在のレートだと約250~300万円です(結局落札されませんでした)。もちろん安くはないですが、同時代のグーテンベルク聖書が何億円だという話に比べれば、やっぱり安いは安いです。そして150枚の図版を含んだ本書が、1枚単位で切り売りされたら、リーズナブルな価格帯に落ち着くのも道理です。
こちらも1486年に出たインキュナブラ。ヨハン・シェーンスペルガー(Johann Schönsperger the Elder、1455頃-1521) が出版した、『健康の庭(Gart der Gesundheit)』の一部で、描かれているのはベリー類のようですが、内容未確認。
この風情はなかなかいいですね。中世とまでは言えないにしろ、中世趣味に訴えかけるものがあります。「いい歳をして中二病か」と言われそうですが、ここはあえて笑って受け止めたいです。
★
これが100年経って、16世紀も終わり近くになると、植物の表現もより細かく正確になってきます。
アダム・ロニチェル(Adam Lonicer、1528-1586)が著した『草本誌(Kräuterbuch)』の1582年版より。これなら種の同定もできそうです。
(同書の別のページ。本書は6葉セットで買いました)
また図版の配置も整い、本の表情がいかにも「植物図鑑」ぽいです。植物図譜にも近代がやってきた感じです。
上はフォリオサイズの大判図譜の一部。イタリアのマッチョーリ(Pietro Andrea Mattioli、1501-1577頃)による、『Medici Senensis Commentarii』(これまたよく分かりませんが、「シエナ医学注解」とでも訳すんでしょうか)の1572年版(仏語版)より。
ここには植物(※)を慕う虫たちの姿が描かれていて、生態学的視点も入ってきているようです。後の植物図譜にも、虫たちを描き添える例があるので、その先蹤かもしれません。
(※)左側は「Le Cabaret」、右側は「Asarina」とあります。
キャバレーは、今のフランス語だとパブやナイトクラブの意らしいですが、植物名としては不明。見た目はナスタチウム(金蓮花)に似ています。アサリナは金魚草に似た水色の花をつける蔓植物とのことですが、これもあまりそれっぽく見えません。あるいはカンアオイ(Asarum)の仲間かもしれません。
(珍奇な植物がどんどん入ってきた時代を象徴するサボテン)
★
ハリー・ポッター展から離れてしまいましたが、会場に並んでいるのも、要は“こういう雰囲気”のものです。会場に行けない憂さを、こうして部屋の中で晴らすのは、慎ましくもあり、人畜無害でもあり、休日の過ごし方としてそう悪くはないと信じます。
(さらに「下」につづく)
「ハリー・ポッターと魔法の歴史」展によせて(3)…薬草学(上) ― 2021年09月22日 21時39分24秒
(チラシより)
ここでも図録の内容をまず列記しておきます。
○ニコラス・カルペパー『英語で書かれた療法と薬草大全』(1789)
(※初版は1652年。薬草の薬効と用法を網羅し、100以上の版が出た大ベストセラー。J.K.ローリングも、執筆の際に参考としたそうです。)
○動物の角と骨で作られた播種・収穫用具
(※毎年生え変わる角を使うところに、呪術的意味合いがありました。)
○12世紀の写本に描かれたベニバナセンブリ(※蛇に噛まれたときの薬です)
○15世紀の写本に描かれたニワトコ(※これも対蛇薬)
○ジョン・ジェラード『薬草書あるいは一般植物誌』(1579)所載、ヨモギとニガヨモギ
○レオンハルト・フックス『植物誌』(1542)所載、クリスマスローズの仲間
○エリザベス・ブラックウェル『新奇な薬草』(1737~39)所載、ニワトコ
○14世紀のアラビア語写本に描かれた雌雄のマンドレイク
○ジョバンニ・カダモスト『図説薬草書』(15世紀)に描かれたマンドレイク
○マンドレイクの根(16~17世紀)
○和書『花彙』(1750)所載、コンニャク(※シーボルト旧蔵書)
○華書『毒草』(19世紀)所載、タケニグサ
○12世紀の写本に描かれたベニバナセンブリ(※蛇に噛まれたときの薬です)
○15世紀の写本に描かれたニワトコ(※これも対蛇薬)
○ジョン・ジェラード『薬草書あるいは一般植物誌』(1579)所載、ヨモギとニガヨモギ
○レオンハルト・フックス『植物誌』(1542)所載、クリスマスローズの仲間
○エリザベス・ブラックウェル『新奇な薬草』(1737~39)所載、ニワトコ
○14世紀のアラビア語写本に描かれた雌雄のマンドレイク
○ジョバンニ・カダモスト『図説薬草書』(15世紀)に描かれたマンドレイク
○マンドレイクの根(16~17世紀)
○和書『花彙』(1750)所載、コンニャク(※シーボルト旧蔵書)
○華書『毒草』(19世紀)所載、タケニグサ
点数が多いですが、大半は昔の薬草書(本草書)です。
登場する薬草も様々ですが、ハリー・ポッターでも人気のマンドレイクは、とりわけ力を入れて紹介されています。
(図録の一部を寸借します)
これらの本草書を彩る古拙な挿絵は、いかにも魔法学校の授業に出てきそうな雰囲気があります。
ただ冷静に考えると、写本の時代はともかく、印刷本の段階に入ると、こうした薬草書は、人々の切実な需要にこたえるものとして、出版点数も多ければ、その刷り部数も非常に多かった気配があります。したがって、同時代人にとっては「秘密の書」というよりも、むしろ「ありふれた実用書」だったんじゃないでしょうか。
門外漢ながらそう思ったのは、その残存数であり、その価格です。
15~6世紀の本草書の「零葉」、つまり1ページずつバラで売っている紙片は、今も市場に大量に出回っており、気の利いた彩色ページでも、たぶん数千円ぐらいでしょう。
上で「15世紀」と書きましたが、1400年代に出た書物は、古書の世界では特に「インキュナブラ」(揺籃期出版物の意)と呼んで珍重しますが、本草書はそのインキュナブラであっても、零葉ならばやっぱりリーズナブルな価格帯に落ち着きます。これは出版部数の多さの反映であり、活版印刷が始まって、出版工房が最初にフル回転したジャンルのひとつが本草書だったんじゃないかなあ…と、資料に当たって調べたわけではありませんが、そんなふうに想像しています。
★
薬草学(本草学)は薬学の一分科であり、大雑把にいうと医学分野です。
同時に、本草学のその後の発展を考えると、これは植物学の母体だともいえます。
以前、この二つの興味に導かれて、古い本草書に手を伸ばした時期があって、ちょうど良い折なので、ハリー・ポッター展に便乗して、それらを眺めてみます。
(この項つづく)
「ハリー・ポッターと魔法の歴史」展によせて(2)…天文学のこと ― 2021年09月20日 09時14分40秒
昨日、部屋の中でゴキブリを見かけ、殺虫剤を噴きかけたものの、逃げられました。あれがまだ部屋の中にいるのかいないのか、死んだのか生きているのか、シュレディンガー的な状態で、ずっと落ち着きません。別にゴキブリが怖いわけではないんですが、ゴキブリは本でも標本でもかじるので、私の部屋では最大のペルソナ・ノン・グラータ、要注意人物です。ここしばらくは警戒が必要です。
★
ゴキブリの話がしたいわけではなくて、ハリー・ポッター展の話です。
図録を見ての感想を書きつけたいのですが、図録そのものをここに載せるのは幾分遠慮して、話の都合上、その展示構成だけ述べておくと、「天文学」の章に登場するのは以下の品々です。こういった品々で、ホグワーツでの天文学の授業を偲ぼうというわけです。
●12世紀の写本から採った「おおいぬ座」の図(※シリウス・ブラックにちなみます)
●太陽・月・地球の配置を描いた、レオナルド・ダ・ビンチの手稿(1506~8頃)
●アラビア製のアストロラーベ(1605~06)
●ケプラーが著した『ルドルフ星表』(1627)(※彼の母親は魔女として捕えられました)
●ドイツのドッペルマイヤーが作った天球儀(1728)
●愛らしい星座絵カード「ウラニアの鏡」(1834)
●ジェームズ・シモンズ作の見事な大太陽系儀(1842)
●太陽・月・地球の配置を描いた、レオナルド・ダ・ビンチの手稿(1506~8頃)
●アラビア製のアストロラーベ(1605~06)
●ケプラーが著した『ルドルフ星表』(1627)(※彼の母親は魔女として捕えられました)
●ドイツのドッペルマイヤーが作った天球儀(1728)
●愛らしい星座絵カード「ウラニアの鏡」(1834)
●ジェームズ・シモンズ作の見事な大太陽系儀(1842)
(チラシより)
この展示構成で気になるのは、「占星術」の話題がまったく出てこないことです。
この展覧会には「天文学」とは別に「占い学」の展示もあるのですが、占星術はそちらにも登場しないので、結局、占星術の話題はゼロです。天文学と占星術の歴史的関係からしても、またハリー・ポッターの世界観からしても、占星術を抜きに語るのは、ちょっと不自然な感じはあります。
(ただ、今の目から見ると占星術はいかにも魔法っぽいですが、近代以前はオーソライズされた学問体系として、むしろ公的な性格のものでしたから、怪しげな魔術師風情といっしょにしないでくれよ…と、昔の占星術師なら思ったかもしれません。)
★
考えてみると、ハリー・ポッターと天文学の話題は、相当微妙ですね。
魔法使いたち御用達の「ダイアゴン横丁」では、惑星の運行を表す太陽系儀(オーラリー)が、教材として昔から売られているといいます。でも、オーラリーと魔法はどう関係するのか?
(ジョセフ・ライトが描いたオーラリー実演の光景。「A Philosopher Lecturing on the Orrery」、1766頃)
上の有名な絵も、一見したところ妖しい印象を受けます。
でも実際には真逆で、ニュートンが発見した万有引力の法則によって、天体の運行が見事に説明されるようになったこと、言い換えれば世界から魔術めいたものが一掃されたことを誇っている絵です。要は18世紀の啓蒙精神を鼓吹する絵ですね。
そればかりではありません。作品中には、ハーマイオニーがハリーとロンをたしなめて、次のように言う場面があって、図録でも引用されています。
「木星の一番大きな月はガニメデよ。カリストじゃないわ…それに、火山があるのはイオよ。シニストラ先生のおっしゃったことを聞き違えたのだと思うけれど、エウロパは氷で覆われているの。子ネズミじゃないわ…。」
…ということは、魔法学校で講じられる天文学は、ルネサンスの手前で止まっているわけでは全然なくて、むしろ惑星探査とか最新の知識に基づいて行われているらしいのです。当然、天体力学や、さらには一般の物理学も踏まえた上でのことでしょう。
さてそうなると、通常の物理法則に従わない、自分たちの魔法・魔術というものを、彼らはどのように説明・理解しているのか?
もちろん、ファンタジーにそうした理屈は不要と割り切ってもいいのですが、こういう展覧会をやるとなると、その辺の接合が少なからず難しいなあ…ということを感じました。
(これもチラシより。それと図録の一部をやっぱり載せてしまいます)
「ハリー・ポッターと魔法の歴史」展によせて(1) ― 2021年09月18日 15時10分47秒
今年、古書検索サイトのAbeBooks が創設25周年を迎えたのにちなんで、これまでに同社が扱った「最も高額な本ベスト25」というのが発表されているのを、偶然目にしました(ページリリースは今年の6月です)。
それによると、『不思議の国のアリス』のアメリカ版初版(1866)が3万6000ドルで第21位に入る一方、それをわずかに抑えて、『ハリー・ポッターと賢者の石』の初版が3万7000ドルで、第20位に食い込んでいました。さらに、作者J.K.ローリングのサイン入り「特装版ハリー・ポッターシリーズ全7巻」は、3万8560ドルで第19位。やはりハリー・ポッターは大したものです。(それでもトールキンにはかなわず、『ホビットの冒険』初版(1937)は、実に6万5000ドルで堂々の第3位です。)
★
神戸で「ハリー・ポッターと魔法の歴史」展が始まって、1週間が経ちました。
前回の記事【LINK】を書いた後、結局展覧会の図録を購入しました(兵庫県立美術館のミュージアムショップに注文したら、翌日届きました)。何かものを言うにしても、図録ぐらいは見てないといけない気がしたからです。
まず私が気になっていたその中身について、最初に確認しておきます。
既述のとおり、この「ハリー・ポッターと魔法の歴史」展は、大英図書館で2017年に開催された同名の展覧会を引き継いで、その国際巡回展の一環として開かれているものです。そして英国展の際の図録は、すでに邦訳が出ています。
(左:英国展図録・邦訳版、右:今回の日本展図録)
表紙からして微妙に違いますが、日本展図録の末尾にはこう注釈が入っています。
「本書は、大英図書館「ハリー・ポッターと魔法の歴史」展図録(日本語版、2018年)を、「ハリー・ポッターと魔法の歴史」日本巡回展(2021~2022年)に合わせ一部内容を改訂・増補したもので、掲載図版と展示作品が一致しない場合があります。ご了承ください。」
英国展図録の邦訳版は持ってませんが、そのオリジナルはネットで読めるので、それと今回の日本展図録を比べてみたところ、以下のことが分かりました。
まず日本展図録には、冒頭に日本展の担当学芸員(兵庫県美の岡本弘毅氏、東京ステーションギャラリーの柚花文氏)による解説文が挿入されています。
それ以降の章立ては両者同一ですが、各章の図版と文章については、日本展の図録では、割愛されている部分が少なからずあります。その一方で、日本展だけに見られるものも少数ながら存在します。あるいは英国展に登場した、ジョン・トロートン製のオーラリー(太陽・地球・月の回転モデル)の代わりに、日本展ではジェームズ・シモンズ製のグランド・オーラリー(太陽・地球・月に加え、他の惑星も回転します)が登場するなど、微妙な違いもあります。
これは上の注釈にもあるとおり、おそらく実際の展示内容の違いを反映したもので、日本展は独自の要素を含みつつ、全体としては英国展より小ぶりになっているのでしょう。
★
(チラシも一緒に送ってくれたので、行かないけれども行った気分)
で、改めて図録を見ながらの感想ですが、個々のテーマ、たとえば天文学とか、薬草学とか、錬金術とか、このブログにも少なからず関係するテーマについて、その扱いがやや食い足りないのは否めません。でも、逆にそれぞれのテーマが「食い足りる」ものだったら、見ているうちにすぐお腹いっぱいになって、最後まで見て回れないかもしれません。
それに、これは基本的に「ハリー・ポッター展」なのですから、そこは割り引いて考える必要があります。まあ、ハリー・ポッターと関係があってもなくても、大英図書館所蔵の貴重資料をじかに拝めるなら、それだけでも良しせねばなりません。
(以下、各論につづく)
「ハリーポッターと魔法の歴史」展を覗き見る ― 2021年09月10日 06時12分54秒
明日、9月11日から神戸の兵庫県立美術館で、「ハリーポッターと魔法の歴史」展が開催されます。
(兵庫県立美術館公式サイト
上に記された、その概要を転記すると、
日本で開催される大英図書館史上初の国際巡回展!
イギリスの国立図書館である大英図書館(British Library)は、世界で最も優れた研究図書館の一つです。250年以上をかけて収集されてきたコレクションは1億7000万点に上り、いずれも有史以来のさまざまな時代の文明を代表する資料です。本展は、大英図書館が2017年に企画・開催した展覧会“Harry Potter: A History of Magic”の国際巡回展です。大英図書館の大規模な展覧会が日本に巡回するのは初めてであり、その充実したコレクションの一端をご覧いただける絶好の機会となるでしょう。
イギリスの国立図書館である大英図書館(British Library)は、世界で最も優れた研究図書館の一つです。250年以上をかけて収集されてきたコレクションは1億7000万点に上り、いずれも有史以来のさまざまな時代の文明を代表する資料です。本展は、大英図書館が2017年に企画・開催した展覧会“Harry Potter: A History of Magic”の国際巡回展です。大英図書館の大規模な展覧会が日本に巡回するのは初めてであり、その充実したコレクションの一端をご覧いただける絶好の機会となるでしょう。
…ということで、これは小説「ハリー・ポッター」の展覧会であると同時に、そこで描かれた「魔法・魔術」を切り口に、大英図書館が所蔵する数々の貴重資料を展観するという、大いにそそられる内容です。
日本での展示も、イギリス本国でのそれをなぞる形で、以下の10の小テーマに沿った展示構成になっています。
第1章 旅
第2章 魔法薬学
第3章 錬金術
第4章 薬草学
第5章 呪文学
第6章 天文学
第7章 占い学
第8章 闇の魔術に対する防衛術
第9章 魔法生物飼育学
第10章 過去、現在、未来
第2章 魔法薬学
第3章 錬金術
第4章 薬草学
第5章 呪文学
第6章 天文学
第7章 占い学
第8章 闇の魔術に対する防衛術
第9章 魔法生物飼育学
第10章 過去、現在、未来
このうち、「魔法薬学」と「薬草学」が何となくダブって感じられますが、英語だと前者は「portion 水薬」で、薬草に限らず、ありとあらゆる材料をグツグツ煮たり、蒸留したりして薬液をこしらえる作業、後者は「Herbology 本草学」で、広く植物を採集したり分類したりする作業に重点があるようです。
★
コロナ禍の下では、なかなか会場に行くのも大変ですが、同好の方のために、以下に情報を整理しておきます。
【会期と会場】
本展覧会は、明日からの兵庫会場(9月11日~11月7日)と、12月からの東京会場(12月18日~3月27日)の2箇所を巡回します。
詳細は兵庫会場と東京会場を束ねる、「特別展 ハリーポッターと魔法の歴史」の公式サイト↓から確認できます(公式サイトがいくつもあってややこしいですが、きっと権利関係も錯綜しているのでしょう)。
(展覧会公式サイト https://historyofmagic.jp/)
【内容詳細を見るには】
直接会場には行けないが、そのあらましだけでも見たいと思った場合どうするか?
その一部は、以下の兵庫県美のサイトでも触れられていますが、
ただ、これは本当にさわりだけなので、不全感が残ります。
そこで登場するのが、先日も話題にしたGoogle Arts & Culture です。
そこには、2017年にイギリスで展示されたときの内容が、大英図書館自身の手によって、要領よく紹介されています。
下のページに並ぶ「10個のストーリー」というのがそれで、それぞれハリー・ポッター展の10の小テーマに対応しており、今回日本で展示される品も、ほぼ同様のはずです。
【図録について】
さらにそれを補強するものとして、「図録」があります。
兵庫県美のサイトを見ると、以下の記載があって、図録は今後一般書店でも(たぶんアマゾンでも)購入できるようです。
図録販売のご案内
「ハリーポッターと魔法の歴史」開催期間中、当館ミュージアムショップ(1階)及び展覧会場特設ショップ(3階)において、限定価格で販売しています。
ハリーポッターと魔法の歴史展図録は、一般書店で通常価格2800円で販売されています。
「ハリーポッターと魔法の歴史」開催期間中、当館ミュージアムショップ(1階)及び展覧会場特設ショップ(3階)において、限定価格で販売しています。
ハリーポッターと魔法の歴史展図録は、一般書店で通常価格2800円で販売されています。
なお、これもややこしい話ですが、英国展の際に編まれた図録がすでに邦訳されて、『ハリー・ポッターと魔法の歴史』(静山社、2018年)として、販売されています(アマゾンでも買えます)。

(今日の画像はこの不死鳥ばっかりですね)
ただし、こちらは定価5,280円の豪華本で、今回の図録とは別物だそうです(兵庫県美に確認しました)。ただし、お値段からいって、こちらの方が内容的には充実してるんじゃないでしょうか(この点は未確認です)。
そして、ここが重要ですが、その原書である『Harry Potter - A History of Magic: The eBook of the Exhibition』は、アマゾンのKindle価格1,090円、しかもKindle Unlimited会員なら0円で読むことができます。

(アマゾンの該当ページにリンク)
結局のところ、どうやらネットで見られる情報だけでも、何となく会場に行った気分にはなれそうなので、私の場合、それで満足しようと思います。
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今日はとりあえず外形的なことに終始しましたが、展覧会の内容については、また別にコメントするかもしれません。それにしても、本当に魔法があったらなあと、コロナを前に思うことしきりです。
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