2枚の「天文学」2024年07月16日 19時13分41秒

昨日は素知らぬ顔で記事を投稿しましたが、実は記事を書いている途中で「あること」に気付いて、かなり衝撃を受けました。そして、自分の目がいかに当てにならないかを痛感しました。

(画像再掲)

上が昨日のオックスフォード科学史博物館所蔵の品、そして下が手元の品です。

(購入時の商品写真を台形補正しました)

こうして見比べるとどうでしょう、明らかに違いますよね。タイトルは同じ「天文学」でも、両者は明らかに異版、ヴァリアントです。

左右の男女像を見れば、それは一目瞭然ですが、一目瞭然といいながら、記事を書くまでそれにまったく気付かなったのは迂闊な話。




   ★

それにしても、いったいこれはどういうことでしょう?

手元の品の刊記は以下のようになっています。
London, Printed for Robt.〔=Robert〕Sayer Map & Printseller, at the Golden Buck near Serjeants Inn Fleet Street.

この版元の名を検索すると、すぐに大英博物館による詳細な伝記事項がヒットします【LINK】。それによると、ロバート・セイヤー(Robert Sayer、1725-1794)は、生前なかなか羽振りのよかった地図・版画の版元で、手元の品に記された住所、すなわちロンドン中心部、フリート街のサージェンツ・イン(弁護士会館)近くにあったGolden Buck(金鹿亭?)に店を構えたのが1748年頃で、1760年には近くの別の建物に移転していることから、この版画が刊行されたのは、ほぼ1750年代と特定できます。

一方、オックスフォード科学史博物館所蔵の品は、「London Printed for & Sold by F. Bull on Ludgate Hill, J. Boydell in Cheapside, & W. Herbert on London Bridge.」となっていて、3人の業者による共同出版です。

F. Bull は未詳ですが、John Boydell(1720–1804)William Herbert(1718–1795)は上記セイヤーとほぼ同世代の人で、版画商売を営んでいたのも同時期ですから、この2つの作品の関係、および出版の先後は相当微妙です。

オックスフォード科学史博物館は、自館の所蔵品を1766~75年ごろの作品としていますが、これもどこまで裏取りできているのか、もしこれが正しければ、私が購入した作品の方が先に出版されたことになりますが、さてどんなものでしょうか。(あるいは女性の服装は流行の変化が速いので、その辺が手掛かりにならないかとも思いましたが、まったく不案内なので、もしお分かりになる方がいらっしゃれば、ぜひご教示ください。)

   ★

穏便に版権を譲渡したのか、どちらかが海賊版なのか、あるいは金に窮した下絵作者が、同じ絵を複数の業者に渡してしまったのか…。真相は今のところ不明ですが、当時の出版事情を考えるエピソードとして、とりあえず事実のみ提示しておきます。

コメント

_ S.U ― 2024年07月18日 07時32分53秒

おぉ、違うのですね。私は、服の流行はわからないので、やはり天文機器に注目します。どちらかがどちらの模写だと仮定します。すると細部がいい加減なほうが模写の可能性が高くなると思います。
 アーミラリースフィアの赤緯目盛環(あるいは地球儀で赤道、回帰線、極圏にあたるものでしょうか)の描写が両者ともいい加減に見えます。複数の円環が地軸に対して垂直の面として平行に収まらないといけなのに、そこが不明瞭で傾いているように見えます。画家や赤緯目盛環の原理を知らなければそうなることもあるでしょう。オックスフォード蔵のものがマシにみえるように思います。模写する人が図鑑なども参考にしていたら、マシなほうがオリジナルとは断定はできませんが、両方ともいい加減なら、マシなほうがオリジナルの可能性が高いと言えるかもしれません。

_ 玉青 ― 2024年07月19日 14時17分00秒

おお、これは卓見ですね。

>細部がいい加減なほうが模写

あはは、コピーを重ねていくとだんだん劣化していくのが世の常ですよね。
で、改めて両図を見比べてみました。記事中の図は元画像の解像度の関係で、手元の「セイヤー版」の方が描写がへなちょこに見えますが、現物は(金属版ですから当然ですが)オックスフォードの「ブル・ボイデン・ハーバート版」と同様に、鮮明な線で刻されているので、そうへなちょこでもありません。

そして肝心のアーミラリースフィアですが、私の目には「セイヤー版」の方がしっかり描けている、すなわち「分かって描いている」ように見えます。「ブル他版」は「わからぬまま他人の絵を写している」感があって、そこからすると、1750年代と制作年代の確定している「セイヤー版」の方が、やっぱりオリジナルではなかろうか…という気がしてきました。

問題は極圏に相当する環の表現が、いずれもおかしいことですが、これはたぶんアーミラリースフィアの現物を見てスケッチしたのではなく、何かアーミラリーの説明図を見て描いたせいではないかと思います(その意味では、「セイヤー版」もやっぱり「わからぬまま他人の絵を写している」ことになるのですが、1次コピーなので、まだ劣化が目立たないということかもしれません。)

_ S.U ― 2024年07月19日 17時14分48秒

お調べありがとうございます。
これは、「正真正銘のオリジナル」であっても、「わからぬまま他人の絵(図鑑や見本帖など)を写している」としても何の不審もないので、なかなか決め手にはなりませんね。

_ 玉青 ― 2024年07月21日 08時19分36秒

今ひとつ決め手に欠けますが、「パリの暇人」さんから心強いお言葉も頂戴したので、ここは「親馬鹿」で、手元の品をオリジナルとみなすことにしましょう。

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