銀色の天空時計2019年06月11日 07時09分47秒

我が家に豪華な金の時計はありませんが、ちょっと素敵な銀の時計ならあります。


銀といっても素材はピューターです。それと天文時計としての機能はないので、仮に「天空時計」と呼んでみました。東西冷戦下の西ドイツ製で、1970年代頃のもののようです。

さして古くもないし、もちろん2,000万円もしませんが(2,000円よりは高かったですが、2万円よりは安かったです)、白銀に輝くこの時計は、その美しいデザインに心惹かれるものがあります。


銀の空には銀の月輪と地輪が巡って時を告げ、


日輪はといえば、背面で銀の炎をあげて燃え盛り、

(正面向って左にオリオン、右におおぐま・こぐま)

側面には銀の星が浮かび、星座を形づくり、


そして、その下を銀の鳥が一心に飛び続けています。
どうです、なかなか素敵でしょう?

   ★

以下、余談。

その鳥の列なりが天空を一周して、彼らは永遠に空を飛び続けているのだ…と気づいたとき、私は言葉にならぬ思いにとらわれました。その言葉にならぬ思いをあえて言葉にすれば、「いのちの哀しさ」といったようなことです。

おそらく、これは時計のデザイナーの意図から外れた、個人的感傷に過ぎないのでしょうけれど、そのときの私に、ズシンとくるイメージを喚起しました。

理由も目的もないまま、ひたむきに時間と空間の中で循環を続ける生命―。
自分もその片鱗に過ぎないとはいえ、なんだか無性に切ない気がします。
ひょっとして、手塚治虫が『火の鳥』で描きたかったのは、こういう思いだったのかもしれません(違うかもしれません)。

星のカクテルをどうぞ2019年04月14日 11時07分42秒

「天文古玩」でおなじみの二人、賢治さんと足穂氏は、何がどう違うか?
一言でいえば、賢治さんは下戸で、足穂氏は呑み助だったというのが、まあ一番的を射ているでしょう。両者の文学の本質的な違いは、そこに根ざしています(←適当に書いています)。

もちろん下戸が偉くて呑み助はダメ、あるいはその逆ということもないのですが、何といっても酔狂とは酔って狂うことなり。こと酔狂に関しては、下戸は分が悪いです。そういう意味で、今日は賢治さんの出番のない話。

   ★

見るなり、「え、こんな本があったんだ…」と驚き、かつ嬉しくなったのが、「星のカクテル」のレシピ本です。


板表紙を革紐で留めた、まるで中世の書物のような体裁。酒精をあがめる占星術師を気取っているのかもしれません。

■Stanley S. MacNiel
 ZODIAC COCKTAILS: Cocktails for all birthday.
 Mayfair Publishing Co. (NY), 1940 (copyright 1939)
 (巻末のメモ欄を除き)30p.


表紙を開くと、さっそく目次から星界に通じています。
内容は誕生月に合わせて、12星座のお勧めカクテルがずらっと並ぶというもの。


冒頭はおひつじ座(アリエス)。
左側のページには、酒の席で語るのにふさわしい、他愛ない星占いの知識(おひつじ座生まれの性格、誕生花、誕生石、ラッキーナンバー、おひつじ座生まれの有名人…etc.)が書かれており、肝心のレシピ集は右側です。

まずお勧めされるのは、ベーシックな「アリエス・カクテル」
アップルブランデーとジンを半々、そこにスプーン一杯のグレープフルーツジュースと、スイートベルモットとドライベルモットを少々。全体をよくシェイクし、ストレーナーで濾してグラスに注げば出来上がり。

さて、次の一杯は…と眺めると、「北斗パンチ」があり、「暁カクテル」があり、さらに「早春カクテル」「地震カクテル」「黄経パンチ」…と並んでいます。

こんな風に月日がめぐり、星座ごとのカクテルが次々に紹介されます。


ふたご座の人には、「火星カクテル」「土星シュラブ」「スターゲイザーハイボール」が、


てんびん座の人には、「南極カクテル」「金星カクテル」がお勧めです。


そして1年間の締めくくりはうお座で、


彼らが「海王星カクテル」「皆既日食ジュレップ」のグラスを干したところで、ひとまずは飲み納め。でも星の巡りはとどまることなく、すぐにまたおひつじ座の出番です。

   ★

 「今宵、天文バーのドアを押して、ふらりと入ってきたタルホ氏。
 得難い機会なので、思い切って相席を願い出ようかと思ったものの、なにせ氏は酒癖が悪いと評判なので、どうしようか躊躇っているうちに、早くも氏は隣席の土星と口論になり、あまつさえ懐から物騒なものを取り出して、ズドンと一発お見舞いすると…」

   ★

現実とファンタジーは、あたかもカクテルのように、容易にシェイクされてしまうものです。この確かな実体を備えた本にしたって、著者のスタンレー・マクニールは、「20年間にわたって世界中を旅した、放浪のカクテルコレクター」と名乗っているし、版元のメイフェア・パブリッシングは、NYのロックフェラー・センターの一角、ラジオシティ・ホールに存在すると主張するのですが、もちろんすべては虚構のようでもあります。

星のカクテルを口にすれば、虚実の境界はいよいよとろけて、タルホ氏と土星の声が、はっきりと耳元で聞こえてくるのです。

七宝焼きで描く星たち2019年03月17日 09時20分06秒

18世紀末から19世紀初頭にかけて、その鮮やかな発想と不断の努力によって、天文学に画期をもたらした偉大な天文家、ウィリアム・ハーシェル(1738-1822)
生年からすると、活躍時期が壮年期以降に偏っている印象ですが、それは彼が元々名のある音楽家で、天文家への転身は、その「第二の人生」に属するからです。まあ、異能の天才と言っていいでしょう。

そして、ウィリアムの研究を陰に陽に支え、自らも天文家として8個の彗星を発見したのが、ウィリアムの妹、カロライン・ハーシェル(1750-1848)です。彼女は最初期の女性科学者であり、当時の社会的桎梏をはねのけて活躍した人として、やはり一個の偉人です。


そのカロラインを描いた七宝絵皿。
現代の七宝作家、飯沢能布子さんの作品です(左右12.5、高さ11.2cm)。

(同部分)

飯沢さんは、夜空を彩る星々に惹かれるとともに、星と共に生きたハーシェル一家の物語にも関心を持たれ、それらを有線七宝の技法で作品化してこられた方です。(飯沢さんは、私よりも古手の日本ハーシェル協会員であり、その関係でご縁をいただきました。)

(同)

芸術作品はすべからくそうかもしれませんが、特に七宝作品の場合、ガラス質の釉薬と基層の銀箔が発する輝きは、光の当たり方によって多彩な表情を見せるため、その美しさを真に味わおうと思ったら、実物を見るほかありません。

   ★

…というのを前振りにして、飯沢さんの作品展示会のお知らせです。

東大和市奈良橋…と聞くと、他の土地の人は「奈良県のどこか?」と思われるかもしれませんが、でも奈良県ではなくて、場所は首都東京です。埼玉県と境を接する、緑豊かな狭山丘陵の一角が、今回の会場。そして、テーマは「アイヌの星座」。(このテーマは、飯沢さんが以前、北海道にアトリエを構えていたことと関連します。)


◆企画展示 「七宝焼きで描く星たち」
  「日本各地には生活に根ざした星の名前や星物語があって、北海道にはアイヌの人々の自然観で考えられた星座が伝えられています。このアイヌの生活や文化から生まれた星や星座を、飯沢能布子さんの七宝作品を通して紹介します。」(チラシより)

〇会期  2019年3月23日(土)~5月19日(日)
       9:00~17:00 (月曜休館、4月29日、5月6日は開館)
〇会場  東大和市立郷土博物館 1階企画展示室
       東京都東大和市奈良橋1-260-2 TEL 042-567-4800
       アクセス&MAP →  [LINK]
会期中、アイヌの星座研究家である山内銘宮子さんのワークショップ「星座早見盤を使ってアイヌの星座を学ぼう」や、天文民俗学研究者で、大著『日本の星名事典』(原書房、2018)を上梓された北尾浩一さんの講演会「日本の星の名前」等、興味深い関連イベントも予定されています(詳細は公式サイト参照)。

   ★

最寄り駅の東大和市駅までは、新宿からだと西武新宿駅から一本、あるいは山手線で高田馬場に出るか、中央線で国分寺に出るかして西武線に乗り換え、いずれも所要時間は約45分。季節も好いですので、のんびりトトロも住んでいる狭山丘陵の地にお出かけください。

中国星座のはなし(後編)2019年02月10日 08時53分16秒

昨日触れた、大崎氏の『中国の星座の歴史』の第三部「中国星座名義考」
ここには、全部で300個余りの星座名が挙がっています。そして、大崎氏はその一つひとつについて、名義解説をされています。

300個というのは相当な数で、いわば中国は星座大国と言っていいと思いますが、ただ、その背後にある星座ロマンの部分に関しては、必ずしもそうではありません。

中国の星座世界は、地上の王朝の似姿として、天帝(北極星)を中心とする「星の王宮」として造形されている…というのはよく言われるところです。星の世界には、天帝に使える諸官がいて、車馬や兵が控え、建物が並んでいる――。

まあ、その総体を星座神話と呼んでも間違いではないのでしょうけれど、ただ感じるのは、そこにストーリーを伴った<物語らしい物語>が乏しいということです。大崎氏の解説も、多くは「語釈」に割かれており、例えば角宿(おとめ座の一部)にある「庫楼」という星座は、「屋根のついている二層の倉庫。武器や戦車の置場として多く利用された。」といった具合。他の星座も多くは大同小異で、そこに何か<お話>が伴っているわけではありません。これは中国の文芸の伝統を考えると、少なからず意外な点です。

   ★

とはいえ、中国の星座神話がまったく無味乾燥というわけでもなくて、東洋の星座ロマンにあふれる話もいくつかあります。

たとえば、シリウスの漢名である天狼(テンロウ、井宿)について、「狼星は漢水の水源地である嶓塚山の精が、天に昇って星になったもの」だとか、文昌(ブンショウ、紫微垣)の前身は、「黄帝の子で揮という。死後星と化して、天帝によって文昌府の長官を命ぜられ、功名、禄位をつかさどった」とか、あるいは王良(オウリョウ、奎宿)について、「戦国時代の名御者。〔…〕王良が名御者であったので、天に上って星となり、天馬をつかさどったという話もある〔…〕。この天馬とは「天駟」とよばれる王良5星の内の4星である」とし、さらに同じ奎宿中の策(サク)は、「王良の使った馬を打つむち」である…とするなどは、星座伝承として首尾の整ったもので、ちょっとギリシャの星座神話っぽい味わいがあります。

(北斗の柄杓の口から、やまねこ座に寄った位置にある「文昌」。伊世同(編)『中西対照恒星図表』(北京・科学出版社、1981)より。以下同)

(「王良」はカシオペヤ座のWの右半分。その脇に「策」も見えます。)

あるいは、古代神話を天に投影した次のような星座たち。いずれも悠遠の思いに誘われる雄大な話です。

〇咸池(カンチ、畢宿)
 「古代神話によると、太陽は毎日東の方暘谷から出て、西方扶桑の野をすぎるまでの間に、日に一度水浴するという。その池を咸池という(『淮南子』天文訓)。」

〇天鶏(テンケイ、斗宿)
 「中国の古代神話に、東南の地方に桃都山という山があり、その山上に桃都という大樹があった。枝と枝との間が三千里も隔たり、樹上に天鶏という鶏がいて、日が出て樹上に日が当たると鳴いて時を告げた。すると下界の鶏どもがいっせいに鳴き出したという(『述異記』)。」

〇天柱(テンチュウ、紫微垣)
 「天を支える四本の柱。中国の古伝説によると、むかし四極(東西南北の四方に立って天を支える4本の柱)がこわれ、九州(地上世界)がばらばらになってしまい、天は地をあまねく覆えず、大地は万物を載せきれぬようになった。火は炎々と燃えて消えず、水は満々と溢れてとどまらなくなった。猛獣は人を喰らい、猛禽は老人小供など弱者をおそった。その時、女媧という女神が現れ、五色の石を練り上げて青空の穴をふさぎ、大亀の脚をきりとって、こわれた4本柱を補修し、水の精である黒竜を殺して洪水をとどめ、ようやくおだやかな天と地を回復させた(『列子』湯問篇、『淮南子』覧冥訓)。」

(北極星の周囲、天の特等席である「紫微垣(しびえん)」の一角で天を支える「天柱」)

ただ、これらはいずれも大崎氏が述べられたように、「星座と形象の結びつきがほとんどない」例で、そこにちょっと物足りないものがあります。その意味で、私が中国星座の傑作と思ったのは、鬼宿の「輿鬼(ヨキ)」です。

 「輿鬼とは両手でもつコシに乗せられた死骸をいう。二十八宿の第23宿。輿鬼5星はよこしまな謀略を観察する天の目である。東北の星は馬をたくわえた者を、東南の星は兵をたくわえた者を、西南の星は布帛をたくわえた者を、西北の星は金銭、宝玉をたくわえた者をつかさどる。中央の星は積み重なった死骸であり、葬式や神々の祭祀をつかさどる。」

そして、ここに出てくる「中央に積み重なった死骸」。これには積尸気(セキシキ)という別名があります。

 「積尸気とは、積み重ねられた屍体から立ち上るうす気味悪いあやしげな妖気。『観象玩占』に、「鬼中ニ白色ニシテ粉絮ノ如キ者アリ。コレヲ積尸トイウ、一ニ天尸トイウ。雲ノ如クニシテ雲ニアラズ。カクノ如クニシテ星ニアラズ、気ヲ見ルノミ」とあるのは、鬼宿の中央にもやもやと淡くみえる数個のかたまり(プレセペ星団)をさすのである。」

(大崎氏上掲書より。西洋では蟹に見立てられた天上の輿と、その中央に積まれた不気味な屍の山)

どうでしょう、その形を星図上に眺め、上の説明を読むと、その星座と形象の緊密な結びつきに驚き、中国風の(諸星大二郎風と言ってもいいですが)怪異な幻想味に心を奪われます。

(左下が積尸気(プレセペ星団、M44)。その脇に浮かぶ妖星はニート彗星(C/2001 Q4)。英語版wikipediaより[ LINK ] )

   ★

ここまで書いてきて、最後に話をひっくり返します。

中国星座に<物語らしい物語>が乏しいというのは、確かにその通りなのでしょうが、でも、それは誰にとっても分かりやすい<お話>が乏しいというだけのことで、そこにもやっぱり物語はあります。そして、この物語の全体を読み解き、味わうには、史書・経書をはじめとする数多の古典に通じてないといけないのでしょう。

どうも中国の夜空は、なかなか一筋縄ではいかない相手のようです。

中国星座のはなし(前編)2019年02月09日 17時26分45秒

今週は立春を迎えましたが、東日本は雪模様で、なかなか寒いです。

ここで正月から持ち越しの課題を取り上げます。
それは中国星座の「奎(けい)」の別名が、今年の干支と縁のある「天豕」「封豕」だと知って、そこに何か面白おかしい星座神話があるのか調べようというものでした。具体的には、大崎正次氏の著書、『中国の星座の歴史』(雄山閣、1987)に目星を付けて、その中に答を探そう…というのが、宿題の中身。


結論から言うと、大崎氏の大著をもってしても、その答は依然不明です。

同書で「奎」に関する説明は、「『説文』に「両髀之間」とある。すなわちまたぐら、ももとももの間をいう。ひとまたぎの長さをさすこともある。周代の3尺にあたる。『初学記』文字に引用する『孝経援神契』の注に、屈曲した星座全体の形が文字の形に似ているところから、学問の神として信仰されたとある」云々というのみで(p.150)、豚との関係を示す記述はさっぱりでした。

しかし、私はこの機会に、奎と豚の関係よりも、いっそう本質的なことを学んだ気がするので、当初の予定とはまるで異なりますが、そのことをメモ書きしておこうと思います。

   ★

 「乙女カリストは、ゼウスに見そめられて、息子アルカスを産むが、嫉妬深いゼウスの妃ヘラによって熊の姿に変えられ、森をさまよう運命となった。その後、成長した息子と森で出会ったカリストは、嬉しさのあまり息子を抱きしめようとするが、そうとは知らぬアルカスは、母に向かって弓矢をキリキリと引き絞る。あわや…というところで、二人の運命を哀れんだゼウスにより、母子は天に上り、ともに熊の姿をしたおおぐま座、こぐま座となって、仲良く空をめぐることとなった。」

…「星座神話」と聞くと、真っ先に思い浮かぶのはこんなエピソードです(上の話には異説も多いです)。あるいは、「働き者の3人兄弟が、怠け者の7人姉妹を追いかけているうちに、神様によってオリオンの三ツ星とプレアデスに姿を変えられた」というアイヌの物語とか。

   ★

で、私は中国の星座も、何となく似たようなものだろうと勝手に思い込んでいました。
つまり、ギリシャやアイヌの神話とパラレルな、星空を舞台とした豊かな中国神話の世界が、そこあるような気がしていたのです。(天の川のほとりにたたずむ牽牛・織女の昔話は、親しく耳にするところでしたから、他にもいろいろエピソードがあって当然という思いがありました。)

でも、実際の中国の星座世界は、ギリシャやアイヌのそれとは少なからず異質なものです。そもそも、中国では星と星を結んで、それを何かの形に見立てるということが、ほとんどなかった…というのが第一の発見です。さらに星座がその身にまとう物語性が希薄だった…というのが第二の発見。

前者について、大崎氏はこう述べています。

 「ギリシャ星座に親しんでいるものにとっては、星座といえばそれぞれある形象をもっているという先入観がある。しかし中国の星座にとっては、星座と形象という結びつきは、ほとんどないといってもさしつかえない。〔…〕中国の星座は、そもそもの成立の初めから、星で形象をつくることに関心がうすかったのではないかと思われる。ひとくちにいえば、中国の星座は、形象とは関係のない観念とか概念とかが先に立った星座である。」(pp.131-132)

 「ギリシャ星座が「初めに形ありき」とすれば、中国の星座は「初めにコトバありき」である。」(p.124)

   ★

後者に関しては、もう少し説明が必要でしょう。

大崎氏の本には、「中国星座名義考」と題された章があります。これについて大崎氏は、

 「西洋の星座については、多くの解説書が備わり、ひとつひとつの星名についてさえ、R.H.Allenの名著“Star Names and Their Meanings”(1899、reprint 1963、Dover Publications)があって、大きな恩恵を受けているが、中国の星座については、かつても今もこのような書物は現れなかった。天文暦学は古くから研究されていたが、星座についてはまったくといっていいほどに無視されたまま今日に至った。Allenにならってというと、いささかおこがましいが、中国星座名の理解に、特に日本の星好きの方に、多少ともお役にたてば私の喜びはこのうえない」

と述べておられます(p.142)。

大崎氏の労を多とすると同時に、中国版・星座神話の本が、これまでろくすっぽ編まれていなかったという事実を、ここで第三の発見に加えてもいいかもしれません。これは裏返せば、編むに値する素材がそもそも乏しかったせいもあるのでしょう。中国では、いわば「星名あれども、星談なし」という状況が続いていたわけです。(まあ、この点では日本もあまり大きな顔はできないと思います。)

ここで大崎氏の業績に全面的に依拠しつつ、さらに思ったことを書きつけてみようと思います。

(この項つづく)

豚座の話2019年01月02日 09時51分59秒

ここ数年、正月は干支にちなむ星座を取り上げることが多かったですが、ブタやイノシシの星座はないので、今年は特に言及しませんでした。でも、それは西洋星座の話で、昔の中国星座には豚の星座があったことを、ネットは教えてくれます。

それは二十八宿の一つ「奎宿(けいしゅく)」の主星座である「奎」のことで、これは西洋星座のアンドロメダ座とうお座にまたがる形で設定されています。下は伊世同(編)『中西対照恒星図表』(北京・科学出版社、1981)所載の星図。

(「奎」付近拡大)

(「奎」を含む部分星図の全体)

何にせよ「豚座」とは珍しい。いったいどんないわれがあるのか?
…と思いつつ、ウィキペディアの「奎宿」の項を見ると、「奎〔…〕白虎の足、倉庫や大豚を表す」と、えらく簡潔ですが、この辺の記述は中国語版ウィキでも全く同じです(「白虎的足、代表倉庫或大豬」)。なお、ここで「白虎の足」というのは、二十八宿を東西南北に配置し、四神と関係づけたとき、奎は西方を守る白虎の足の部分に相当するという意味です。

(ウィキペディア「二十八宿」の項より)

でも、これだけでは何のことか分からないので、さらにネット上を徘徊したのですが、私が最も興味を覚えた、「奎」と豚との結びつきを示す説話や伝承の類は、残念ながら見つかりませんでした。


ちょっと矛先を変えて、近世を代表する百科辞典『和漢三才図会』を見てみます(初版は1712年。手元の本は刊記がなくて書誌不明)。ここにも、「奎」の別名として「天豕、封豕」が挙がっていますから、奎が「天の豚」だという知識は、日本でも広く共有されていたのでしょう。しかし、本文中に豚との関連を示す記述はやっぱり見えません。


ここでさらに原恵氏『星座の神話』(新装改訂版1996、恒星社厚生閣)に当たると、

 「この部分〔=奎を構成する星々〕は中国で「奎宿」と呼ぶもの〔…〕と同じで、中国ではその形から「一に豕に作る」として豚の意味とする。都会の空ではこの◇形〔原文は縦長の6角形〕を肉眼でみることは困難であるが、プラネタリウムでみると、たしかに〔…〕豚を上から見た姿に見えるのはおもしろい」(p.199)

とあって、星々を結んだ形が単純に豚に見えるから…という説のようです。

「なーんだ」という気もしますが、ただ、前述のウィキの「奎宿」の説明によれば、「奎」本体と共に奎宿を構成する「天溷(てんこん)」という星座が別にあって、これは「天の豚小屋」とか「天の便所」を意味するとのことなので、これが何か糸を引いているようでもあり、少しく気になります。

ここからさらに、原氏が巻末の参考書で挙げている、大崎正次氏の大著、『中国の星座の歴史』(雄山閣、1987)に当たれば、より詳細が分かるのではないかと想像するのですが、今手元にないので、この件はしばらく寝かせておくことにします。(さっき勇んでポチりに行ったら、びっくりするほど高価で、すごすご引き返してきました。)

正月早々中途半端な話になりましたが、今年はフワフワやるのが抱負なので、これはこれで良しとしましょう。

   ★

まったくの余談ながら、『西遊記』に登場する猪八戒は、もともと立派な神将で、天帝(北極紫微大帝)配下として北斗を治めた「天蓬元帥」がその前身だ…という設定だそうです。

(上掲『中西対照恒星図表』より北斗の図)

森と星2018年05月03日 06時58分27秒

一口にドイツといっても、東西南北でずいぶん気風は違うことでしょう。
でも、こんな絵葉書を見ると、昨日のイギリス人作家が語っていたことにも一理ある気がします。

(「星を愛することを学ぼう!」と呼びかける絵葉書。1930年)

黒くうねる森、その隙間から覗く澄んだ星空。
中央に白く輝くのはかんむり座です。


かんむり座の脇には、球状星団<M13>も載っていて、これが至極まじめな星図であることを示しています。にもかかわらず、こんなふうにわざわざ空を狭く区切って、木々のシルエットをことさら目立たせるのは、「森の民」でなければできない発想です。
…というのは言い過ぎで、単に主役のかんむり座を引き立てる工夫なのでしょうが、でも、この暗い森は、いかにもドイツ的です。

   ★

今の季節、かんむり座が中天高く上るのは、深夜0時前後。
人々が寝静まるころ、森の奥では木々が黙って星を見上げています。

植物に「眼」はありませんが、光を感知する仕組みは備えているので、星の存在だってきっと知っているはずです。ただ、「知る」という言葉の意味合いが、人とはちょっと異なるだけです。

中世趣味とブックデザイン2018年05月02日 06時57分31秒

そういえば、ヴィクトリア時代の本の装丁って、その前にもその後にも見られない、独特のデザイン感覚がありますよね。工芸品のような…というか、よく言えば繊細華麗、悪く言えば装飾過多。あれもまた、19世紀人の「中世趣味」の発露かもしれんなあ…と気づきました。

この青金の美しい本は、まさにその好例。


■Julia Goddard(著)、A.W. Cooper(挿絵)
 The Boy and the Constellations.
 Frederick Warne(London)、1866. 137p.


19世紀半ばに出た児童書です。
内容は、詩人の心を持った少年・フリドリンが、月の女神に導かれて星の世界を旅し、各星座からじかに「あのとき私は…」と、星座神話を聞かせてもらうというお話。


銀と真珠の色を帯びた美しい月の女神は、フリドリンに天界の寒さを防ぐマントを優しく掛け、有翼の獅子と豹が引くチャリオットに乗せると、はるか空の高みを目指して出発します。まず大熊と小熊を訪ねたあと、彼らは次々に星座キャラクターのところに赴きます。


すばらしい空の旅は、最後にフリドリンの家に戻ったところで終わります。
フリドリンは月と別れるのが悲しくて、何か言おうとするものの、言葉になりません。でも、彼が何を言いたかったのか、月にはちゃんと分かっています。そして、「きっとまた会いに来るわ、詩人君…(I will come again to thee, thou poet-child.)」と言い残して、遠くに去っていくのでした。

妙に甘ったるい話ですが、何となく「銀河鉄道999」の祖型みたいな感じもします。

   ★


それにしても、何とデコラティブな本なのでしょう。


天地と小口に金を施した「三方金」の造りが、また艶やかです。

   ★

ときに、この本で「おや?」と思ったのは、主人公のフリドリンが、ドイツの少年として設定されていることです。この本は、別にドイツ語の原作があるわけではなくて、純粋にゴダード女史の創作なのですが、作者によれば、“魔物や幽霊は、イングランドのような明るい南の土地よりも、ドイツのハルツ山脈や「黒い森」にこそ似つかわしい。そして、彼の地の子供は、イギリスの子供よりも、不思議な存在にいっそう心が開かれている”ので、ことさらドイツの少年を主人公にしたんだそうです。

ブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』が出たのは、19世紀も末の1897年のことですが、あれも東欧ルーマニアこそ、ホラーの舞台にふさわしいという考えがあってのことでしょう。そして、ルーマニアほどではないにしろ、イギリス人にとって海の向こうのドイツは、怪奇と幻想により近く感じられた…というのが、ちょっと面白かったです。

まさに「神秘とは遠くにありて思うもの」ですね。


青い星座絵ハガキ(後編)2018年03月30日 06時58分54秒

前回の続き。
まず最初にお断りしておくと、この絵葉書はものすごく写真に撮りにくいです。


普通に撮るとこんな感じです。
これも画像だけ見ている分には、特に違和感はないでしょうが、実際には下のような感じで、地紙の部分は白ではなくて、淡い青緑色をしています。


でも、そこにカラーバランスを合わせると、他の部分がちょっと不自然になってしまいます。この辺はディスプレイによっても見え方が違うでしょうが、いずれにしても微妙な色彩を識別するヒトの眼の鋭敏さは予想以上のものです。

   ★

…と前置きして、本題に入ります。


上は、この絵葉書セットの外袋と付属の解説書。
目を凝らすと、作者は「Paul Dubosclard」(ポール・デュボスクラード、フランス風に読めばデュボクラール)、版元はカリフォルニア州トパンガ(ロサンゼルス西郊の町)の「M. A. Sheehan」だと書かれています。

情報が乏しい中、彼らについて調べているうちに、ある紹介文に行き当たりました。おそらく2013年ころ eBay に出品されていた1枚の絵葉書の解説文です。

オークションの出品者というのは、往々にして自分の商品がいかに買う価値があるかを、精いっぱい述べ立てるものでしょうが、時として「売らんかな」の思いをはるかに超えて、商品への「愛」があふれ出てしまう場合があります。

上の解説文にも、まさにそんな愛を感じました。絵葉書の正体を明らかにするために、その全体を適当訳しておきます(以下、青字部分は引用)。

   ★

 この絵葉書〔カリフォルニアのサンタモニカ市立図書館を描いたもの〕は、最近、私がある絵葉書ショーで見つけた、同じ作者と版元による、何枚かの「手刷りセリグラフ(シルクスクリーン)」の1枚だ。

(やぎ座とかに座)

 私は大学でセリグラフを制作していた関係で、その印刷技法のあらましを知っており、それらがパッと目に留まった。中には10色以上使っているものもあり、多くのものは空や地上の風景描写に「スプリット・ファウンテン」効果を施している。これは2色のインクをスクリーン上で混ぜて、さらにそれを押し伸ばしたときに出来る色の筋によって、成功すれば素晴らしいグラデーション効果が生まれる技法だ。


(注)スプリット・ファウンテン(split fountain)という言葉を知りませんでしたが、下の動画を見て納得しました。
Split Fountain Technique - PJ&B Screen Printing


 私は、「カリフォルニア州トパンガのM.A. Sheehan」という人物について、さらに知りたいと思い、グーグルやウィキペディアに当たったが、売却済みのeBayの他の商品ページで、わずかに以下の記述を見つけた以外、依然として多くは不明のままだ。

 「1940年代の終わりから50年代はじめにかけて、フランスからの移住者、ポール・デュボスクラードは、友人知人のために、豪華なセリグラフ(シルクスクリーン)絵葉書の連作をいくつか制作し、カリフォルニア州ロサンゼルス郡トパンガ峡谷のマーガレット(M.A.)シーハンが、その版元となった。これらの連作は、ふたりが愛した峡谷や、マリブ、サンタバーバラ、サンタモニカといった町々の様々な風景を描いている。彼は他にも、12星座のシンボルをテーマにしたシリーズや、トルーマンに至るまでの歴代アメリカ大統領を描いた連作、あるいはアメリカ本土48州をテーマにした信じがたいほどカラフルな作品も手がけた。」

 その後、絵葉書コレクター協会のサイト(PostcardCollector.Org)で、1948年発行の『全米絵葉書コレクターズクラブ』の機関紙のコピーを目にしたが、そこには上に引用したのと同じ情報が載っていた。これらの絵葉書は、カリフォルニア州トパンガ在住のマーガレット・シーハンという人物によって、1枚0.15ドルないし7枚1ドルで、郵送販売されていたものらしい。その販売がいつまで続いたのかははっきりしない。これらの販売は、同クラブ自身の手で、おそらく募金活動の一環として行われていたようでもある。

(絵葉書の裏面)

 私はこれまでに大統領や12星座を描いた作品のうちの幾枚かと、48州を描いた作品を2~3枚見たことがあるが、その細部・構成・品質において、そこには若干の差異がある。ただ、いずれも絵葉書の裏面は共通の様式で、そのフォントやレイアウトは、同時代のカート・タイク(Curt Teich)社の絵葉書とよく似ている。また、建物を描いた作品(たとえばサンタモニカ市庁舎と市立図書館など)の中には、1920~40年代の「ポスター」アートのスタイルを踏襲したものもある。

(いて座の絵葉書の拡大)

 拡大鏡で覗くと、いずれも本物のシルクスクリーン・インクを使って刷られたことが窺え、シルク布のテクスチャーも見て取れるし、複数の色が重なっている箇所では、インクが厚く盛り上がっている。インクと下地がわずかに裏面に浸みているが、これは油性のシルクスクリーン印刷であることを示す典型的な印である。広告の中で、大統領シリーズは厳密に2000部限定で制作され、その後「印刷スクリーンは廃棄される」ことがうたわれていた。

 実際のところ、これらの絵葉書が商業ベースで刷られたとはちょっと言い難いように思う。というのも、断言はできないものの、少なくとも効率化を図るためには、もっと大型の印刷スクリーンを使えばよかったのに、そうしていないからだ。(切断の仕方がまずい例から判断すると)これらの絵葉書は、いったん大判の用紙に刷ってから1枚ずつ切り離したように見える。また裏面は、活版かオフセット印刷によるものらしい。

 これらの作品群は、基本的に誰かの無償の愛の産物であり、実現することのなかった――それとも実現したのだろうか?――彼の夢のプロジェクトだったと考えたい。私はこれまで、これらの絵葉書が、差出し済みや郵送済みの状態にあるのを見たことがない。おそらく、これらは全て(あるいは大部分)コレクター向けに販売されたもので、長年しまい込まれた末に、60年以上後のコレクターである我々の前に、デッドストックの状態で現れたのではないだろうか。

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謎のシルクスクリーン作家、デュボスクラード氏。

”Paul Dubosclard”という名前を検索すると、1940年代~60年代にかけて、航空機産業にかかわる技術者として、切削機械の開発者として、またロサンゼルス在住の「レオナルド・ダ・ヴィンチ協会」の会員として、その名前がヒットします。

はたしてシルクスクリーン制作は、この人物が余技として行ったことなのか、はたまたこれらのデュボスクラード氏は同名異人なのか?

依然として謎は深いですが、そんな周囲の思惑は知らぬげに、残された絵葉書はいかにも美しく、自らの存在をアピールしています。

(さそり座の足元を流れる銀河)

青い星座絵ハガキ(前編)2018年03月28日 07時09分54秒

ゆうべ空を見上げていました。
最近はしょっちゅうボンヤリしているので、空ばかり見ている気がします。
空というのは、そこに浮かんでいる雲とか星とかもいいのですが、空自体も不思議な色合いで、私の心を惹きつけます。

昨日見たのは、ちょうど一番星がちらちら光り出し、まだ二番星は見えない頃合いの空です。透明な青と透明な黄緑をまぜたような色合いの空が一面に底光りして、「これは…」と思っているうちに、空は徐々に光を失い、そこに二番星、三番星が輝き出しました。

こんな風に毎日毎時、空を観察しつづけたら、いつか素敵な『空色図鑑』が編めるかもしれませんね。

   ★

空の色といえば、素敵な星座の絵葉書を見つけました。


黄道12星座を、星の並びとモダンな表現の星座絵で表したものです。特筆すべきは、その夜空の青のグラデーションと、そこに散った銀の星のコントラストの美しさ。


そして、ここが重要ですが、これらは機械印刷ではなくて、1枚1枚手刷りされたシルクスクリーンのアート作品だということです。


何と繊細な作品だろうと思います。
次回は、1940年代に遡るらしい、この絵葉書に秘められたストーリーについて述べます。

(この項つづく)


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▼閑語(ブログ内ブログ)

“佐川さんて、人を喰った男だね。”

――そう聞いて、もう一人の佐川さんを思い起こす人は、それなりに年の行った方でしょう(佐川一政氏のことです)。事の性質に照らして、こんな軽口を叩くのは、あまり褒められたことじゃありませんが、国会での佐川氏の応答は、同様に寒心に堪えぬものでした。

とはいえ、ここで重要なことは、トカゲのしっぽは派手で目立つほど、その陽動効果を発揮するわけですから、しっぽの動きは視界の隅に入れながらも、本体がどちらに向って動いているかに注意の焦点を置くことでしょう。