森と星2018年05月03日 06時58分27秒

一口にドイツといっても、東西南北でずいぶん気風は違うことでしょう。
でも、こんな絵葉書を見ると、昨日のイギリス人作家が語っていたことにも一理ある気がします。

(「星を愛することを学ぼう!」と呼びかける絵葉書。1930年)

黒くうねる森、その隙間から覗く澄んだ星空。
中央に白く輝くのはかんむり座です。


かんむり座の脇には、球状星団<M13>も載っていて、これが至極まじめな星図であることを示しています。にもかかわらず、こんなふうにわざわざ空を狭く区切って、木々のシルエットをことさら目立たせるのは、「森の民」でなければできない発想です。
…というのは言い過ぎで、単に主役のかんむり座を引き立てる工夫なのでしょうが、でも、この暗い森は、いかにもドイツ的です。

   ★

今の季節、かんむり座が中天高く上るのは、深夜0時前後。
人々が寝静まるころ、森の奥では木々が黙って星を見上げています。

植物に「眼」はありませんが、光を感知する仕組みは備えているので、星の存在だってきっと知っているはずです。ただ、「知る」という言葉の意味合いが、人とはちょっと異なるだけです。

中世趣味とブックデザイン2018年05月02日 06時57分31秒

そういえば、ヴィクトリア時代の本の装丁って、その前にもその後にも見られない、独特のデザイン感覚がありますよね。工芸品のような…というか、よく言えば繊細華麗、悪く言えば装飾過多。あれもまた、19世紀人の「中世趣味」の発露かもしれんなあ…と気づきました。

この青金の美しい本は、まさにその好例。


■Julia Goddard(著)、A.W. Cooper(挿絵)
 The Boy and the Constellations.
 Frederick Warne(London)、1866. 137p.


19世紀半ばに出た児童書です。
内容は、詩人の心を持った少年・フリドリンが、月の女神に導かれて星の世界を旅し、各星座からじかに「あのとき私は…」と、星座神話を聞かせてもらうというお話。


銀と真珠の色を帯びた美しい月の女神は、フリドリンに天界の寒さを防ぐマントを優しく掛け、有翼の獅子と豹が引くチャリオットに乗せると、はるか空の高みを目指して出発します。まず大熊と小熊を訪ねたあと、彼らは次々に星座キャラクターのところに赴きます。


すばらしい空の旅は、最後にフリドリンの家に戻ったところで終わります。
フリドリンは月と別れるのが悲しくて、何か言おうとするものの、言葉になりません。でも、彼が何を言いたかったのか、月にはちゃんと分かっています。そして、「きっとまた会いに来るわ、詩人君…(I will come again to thee, thou poet-child.)」と言い残して、遠くに去っていくのでした。

妙に甘ったるい話ですが、何となく「銀河鉄道999」の祖型みたいな感じもします。

   ★


それにしても、何とデコラティブな本なのでしょう。


天地と小口に金を施した「三方金」の造りが、また艶やかです。

   ★

ときに、この本で「おや?」と思ったのは、主人公のフリドリンが、ドイツの少年として設定されていることです。この本は、別にドイツ語の原作があるわけではなくて、純粋にゴダード女史の創作なのですが、作者によれば、“魔物や幽霊は、イングランドのような明るい南の土地よりも、ドイツのハルツ山脈や「黒い森」にこそ似つかわしい。そして、彼の地の子供は、イギリスの子供よりも、不思議な存在にいっそう心が開かれている”ので、ことさらドイツの少年を主人公にしたんだそうです。

ブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』が出たのは、19世紀も末の1897年のことですが、あれも東欧ルーマニアこそ、ホラーの舞台にふさわしいという考えがあってのことでしょう。そして、ルーマニアほどではないにしろ、イギリス人にとって海の向こうのドイツは、怪奇と幻想により近く感じられた…というのが、ちょっと面白かったです。

まさに「神秘とは遠くにありて思うもの」ですね。


青い星座絵ハガキ(後編)2018年03月30日 06時58分54秒

前回の続き。
まず最初にお断りしておくと、この絵葉書はものすごく写真に撮りにくいです。


普通に撮るとこんな感じです。
これも画像だけ見ている分には、特に違和感はないでしょうが、実際には下のような感じで、地紙の部分は白ではなくて、淡い青緑色をしています。


でも、そこにカラーバランスを合わせると、他の部分がちょっと不自然になってしまいます。この辺はディスプレイによっても見え方が違うでしょうが、いずれにしても微妙な色彩を識別するヒトの眼の鋭敏さは予想以上のものです。

   ★

…と前置きして、本題に入ります。


上は、この絵葉書セットの外袋と付属の解説書。
目を凝らすと、作者は「Paul Dubosclard」(ポール・デュボスクラード、フランス風に読めばデュボクラール)、版元はカリフォルニア州トパンガ(ロサンゼルス西郊の町)の「M. A. Sheehan」だと書かれています。

情報が乏しい中、彼らについて調べているうちに、ある紹介文に行き当たりました。おそらく2013年ころ eBay に出品されていた1枚の絵葉書の解説文です。

オークションの出品者というのは、往々にして自分の商品がいかに買う価値があるかを、精いっぱい述べ立てるものでしょうが、時として「売らんかな」の思いをはるかに超えて、商品への「愛」があふれ出てしまう場合があります。

上の解説文にも、まさにそんな愛を感じました。絵葉書の正体を明らかにするために、その全体を適当訳しておきます(以下、青字部分は引用)。

   ★

 この絵葉書〔カリフォルニアのサンタモニカ市立図書館を描いたもの〕は、最近、私がある絵葉書ショーで見つけた、同じ作者と版元による、何枚かの「手刷りセリグラフ(シルクスクリーン)」の1枚だ。

(やぎ座とかに座)

 私は大学でセリグラフを制作していた関係で、その印刷技法のあらましを知っており、それらがパッと目に留まった。中には10色以上使っているものもあり、多くのものは空や地上の風景描写に「スプリット・ファウンテン」効果を施している。これは2色のインクをスクリーン上で混ぜて、さらにそれを押し伸ばしたときに出来る色の筋によって、成功すれば素晴らしいグラデーション効果が生まれる技法だ。


(注)スプリット・ファウンテン(split fountain)という言葉を知りませんでしたが、下の動画を見て納得しました。
Split Fountain Technique - PJ&B Screen Printing


 私は、「カリフォルニア州トパンガのM.A. Sheehan」という人物について、さらに知りたいと思い、グーグルやウィキペディアに当たったが、売却済みのeBayの他の商品ページで、わずかに以下の記述を見つけた以外、依然として多くは不明のままだ。

 「1940年代の終わりから50年代はじめにかけて、フランスからの移住者、ポール・デュボスクラードは、友人知人のために、豪華なセリグラフ(シルクスクリーン)絵葉書の連作をいくつか制作し、カリフォルニア州ロサンゼルス郡トパンガ峡谷のマーガレット(M.A.)シーハンが、その版元となった。これらの連作は、ふたりが愛した峡谷や、マリブ、サンタバーバラ、サンタモニカといった町々の様々な風景を描いている。彼は他にも、12星座のシンボルをテーマにしたシリーズや、トルーマンに至るまでの歴代アメリカ大統領を描いた連作、あるいはアメリカ本土48州をテーマにした信じがたいほどカラフルな作品も手がけた。」

 その後、絵葉書コレクター協会のサイト(PostcardCollector.Org)で、1948年発行の『全米絵葉書コレクターズクラブ』の機関紙のコピーを目にしたが、そこには上に引用したのと同じ情報が載っていた。これらの絵葉書は、カリフォルニア州トパンガ在住のマーガレット・シーハンという人物によって、1枚0.15ドルないし7枚1ドルで、郵送販売されていたものらしい。その販売がいつまで続いたのかははっきりしない。これらの販売は、同クラブ自身の手で、おそらく募金活動の一環として行われていたようでもある。

(絵葉書の裏面)

 私はこれまでに大統領や12星座を描いた作品のうちの幾枚かと、48州を描いた作品を2~3枚見たことがあるが、その細部・構成・品質において、そこには若干の差異がある。ただ、いずれも絵葉書の裏面は共通の様式で、そのフォントやレイアウトは、同時代のカート・タイク(Curt Teich)社の絵葉書とよく似ている。また、建物を描いた作品(たとえばサンタモニカ市庁舎と市立図書館など)の中には、1920~40年代の「ポスター」アートのスタイルを踏襲したものもある。

(いて座の絵葉書の拡大)

 拡大鏡で覗くと、いずれも本物のシルクスクリーン・インクを使って刷られたことが窺え、シルク布のテクスチャーも見て取れるし、複数の色が重なっている箇所では、インクが厚く盛り上がっている。インクと下地がわずかに裏面に浸みているが、これは油性のシルクスクリーン印刷であることを示す典型的な印である。広告の中で、大統領シリーズは厳密に2000部限定で制作され、その後「印刷スクリーンは廃棄される」ことがうたわれていた。

 実際のところ、これらの絵葉書が商業ベースで刷られたとはちょっと言い難いように思う。というのも、断言はできないものの、少なくとも効率化を図るためには、もっと大型の印刷スクリーンを使えばよかったのに、そうしていないからだ。(切断の仕方がまずい例から判断すると)これらの絵葉書は、いったん大判の用紙に刷ってから1枚ずつ切り離したように見える。また裏面は、活版かオフセット印刷によるものらしい。

 これらの作品群は、基本的に誰かの無償の愛の産物であり、実現することのなかった――それとも実現したのだろうか?――彼の夢のプロジェクトだったと考えたい。私はこれまで、これらの絵葉書が、差出し済みや郵送済みの状態にあるのを見たことがない。おそらく、これらは全て(あるいは大部分)コレクター向けに販売されたもので、長年しまい込まれた末に、60年以上後のコレクターである我々の前に、デッドストックの状態で現れたのではないだろうか。

   ★

謎のシルクスクリーン作家、デュボスクラード氏。

”Paul Dubosclard”という名前を検索すると、1940年代~60年代にかけて、航空機産業にかかわる技術者として、切削機械の開発者として、またロサンゼルス在住の「レオナルド・ダ・ヴィンチ協会」の会員として、その名前がヒットします。

はたしてシルクスクリーン制作は、この人物が余技として行ったことなのか、はたまたこれらのデュボスクラード氏は同名異人なのか?

依然として謎は深いですが、そんな周囲の思惑は知らぬげに、残された絵葉書はいかにも美しく、自らの存在をアピールしています。

(さそり座の足元を流れる銀河)

青い星座絵ハガキ(前編)2018年03月28日 07時09分54秒

ゆうべ空を見上げていました。
最近はしょっちゅうボンヤリしているので、空ばかり見ている気がします。
空というのは、そこに浮かんでいる雲とか星とかもいいのですが、空自体も不思議な色合いで、私の心を惹きつけます。

昨日見たのは、ちょうど一番星がちらちら光り出し、まだ二番星は見えない頃合いの空です。透明な青と透明な黄緑をまぜたような色合いの空が一面に底光りして、「これは…」と思っているうちに、空は徐々に光を失い、そこに二番星、三番星が輝き出しました。

こんな風に毎日毎時、空を観察しつづけたら、いつか素敵な『空色図鑑』が編めるかもしれませんね。

   ★

空の色といえば、素敵な星座の絵葉書を見つけました。


黄道12星座を、星の並びとモダンな表現の星座絵で表したものです。特筆すべきは、その夜空の青のグラデーションと、そこに散った銀の星のコントラストの美しさ。


そして、ここが重要ですが、これらは機械印刷ではなくて、1枚1枚手刷りされたシルクスクリーンのアート作品だということです。


何と繊細な作品だろうと思います。
次回は、1940年代に遡るらしい、この絵葉書に秘められたストーリーについて述べます。

(この項つづく)


------------------------------------------
▼閑語(ブログ内ブログ)

“佐川さんて、人を喰った男だね。”

――そう聞いて、もう一人の佐川さんを思い起こす人は、それなりに年の行った方でしょう(佐川一政氏のことです)。事の性質に照らして、こんな軽口を叩くのは、あまり褒められたことじゃありませんが、国会での佐川氏の応答は、同様に寒心に堪えぬものでした。

とはいえ、ここで重要なことは、トカゲのしっぽは派手で目立つほど、その陽動効果を発揮するわけですから、しっぽの動きは視界の隅に入れながらも、本体がどちらに向って動いているかに注意の焦点を置くことでしょう。

エジプトの星(1)2018年03月05日 07時02分09秒

前回の記事につづいて土産物の話。
エジプトに行ったことはないですが、現地の土産物屋に行くと、こういうものを売っているらしいです。

(みずがめ座とうお座)

ハガキよりもひと回り大きいパピルス片に12星座をプリントしたものです。12星座なので、当然全部で12枚あります。これをパッと見せられたとき、西洋風の12星座をエジプトっぽく描いただけの、京都で言えば新京極あたりで売っている、キッチュな観光土産の類かと思いました。


まあ、安手のお土産であることは間違いないんですが、ただ絵柄に関しては、いい加減な創作ではなくて、本当にエジプトの遺跡に描かれた星座絵を元にしていることを知りました。(だから興味を惹かれて買う気になったのです。)

ちょうど良い折りなので、ここでエジプトと12星座の関係を整理してみます。
(以下は、ほぼ近藤二郎氏『わかってきた星座神話の起源―エジプト・ナイルの星座』(誠文堂新光社、2010)の受け売りです。この本は以前も読んだはずですが、内容が頭から抜けていたので、改めて自分用にメモしておきます。)

   ★

自分の無知を告白すると、エジプト史の基本が頭に入っていないので、私のエジプト理解はかなり頓珍漢です。平均的日本人は、おしなべてそうかもしれませんが、私のエジプトイメージも、ピラミッドとスフィンクスとツタンカーメンの「3点セット」、あるいはそれにクレオパトラを加えた「4点セット」の域を出るものではありません。(言うなれば、「フジヤマ、ゲイシャ、サムライ」的日本イメージのエジプト版です。)

しかし、5000年前のエジプト初期王朝の成立、4500年前、古王国時代における巨大ピラミッドとギザの大スフィンクスの建造、3300年前、新王国時代のツタンカーメン王の治世、そして2000年前、プトレマイオス朝時代を生きたクレオパトラに至るまで、紀元前の世界に限っても、ずいぶん長い時間経過がそこにはあります。

もしクレオパトラが現代に生きていたら、ツタンカーメンは奈良時代の人だし、ピラミッドは縄文晩期の遺跡に相当するぐらいの時を隔てていることになります。(でも、そこにはエジプト独自の文化的アイデンティティがあったように思うので、日本の例を持ち出すよりは、清朝末期の人が隋の時代を思い浮かべたり、いにしえの周の時代をイメージするときの感じに、より近いかもしれません。)

   ★

で、この土産物に登場する星座絵は何かということなんですが、これらは古代エジプトの掉尾を飾るプトレマイオス朝時代に描かれた12星座図がもとになっています。

(デンデラ神殿の天井にレリーフされた天体図。現在はパリのルーブル美術館蔵。

(デンデラ神殿の星座絵の例。近藤二郎氏前掲書に掲げられた線画)

(お土産のパピルスに描かれたおとめ座としし座)

プトレマイオス朝は、エジプトの王朝であると同時に、地中海世界からさらに西アジアへと拡大した、ギリシャ=ローマ文化圏に包摂された王朝だったので、当然ギリシャ由来の(さらに古くはメソポタミア由来の)黄道12星座の考えも採り入れて、それをエジプトチックにアレンジした、こういう星座絵が生まれたわけです。

   ★

「でも、エジプトだって古代天文学が発達した土地で、独自の星座を使っていたわけだよね。それはいったいどうなったの?プトレマイオス朝になって、忽然と消えちゃったの?それに、そもそもメソポタミアって、エジプトのすぐ隣じゃない。ギリシャ経由で黄道12星座のアイデアが入ってくる前に、直接メソポタミアから伝わらなかったの?」

…というように、素朴な疑問がここでいろいろ浮かびます。
そうしたことも、この機会にちょっとメモ書きしておきます。


(この項つづく)

-------------------------------------------------------------
▼閑語(ブログ内ブログ)

一大疑獄事件にからんで行政府による公文書の改ざん、いや偽造が公然と行われ、さらにそれを「よくあること」と官邸関係者が言い放つ―。恐るべきことです。もはやまともな神経ではありません。およそ世の中に100%の善、100%の悪というのは少ないでしょうが、これは徹頭徹尾不埒な行いで、右も左も関係なしに、怒らないといけません。

というわけで私は相当怒っていますが、事態がこれからどんな推移をたどるか、しっかり見定めようと思います。

初日の出を仰いで2018年01月01日 09時32分08秒

先日、月長石を話題にしたとき、思い付きで「日長石」を注文しました。
それが地球を半周して、先日届きました。

(タンザニア産)

新春の陽光を浴びて朱に染まるサンストーン。
そのおめでたい色に添えて、謹んで新年の賀を申し述べます。


ユニコーンの背にまたがり、空を駆ける仔犬。
轟然と煙を吐いて、神戸港第二突堤から旅立つ船。

今年もまた、この小さな部屋の窓際に座り、私は不可思議世界をさまよう想念の旅を続けるつもりです。本年もどうぞよろしくお付き合いの程願います。

星座絵のトランプ2017年09月30日 12時25分00秒

昨日は気象趣味のカードゲームを眺めましたが、今日は「天文トランプ」です。

ウィーンに、ピアトニク(Piatnik)というトランプ・玩具メーカーがあります。
1824年創業の老舗で、今は海外にも支社を展開して手広くやっていますが、ここはオリジナル製品の他に、天文モチーフを含む過去のトランプの復刻も盛んに行なっています。


上の品は純粋な復刻品ではありませんが、「ZODIAC」と題して、古今東西の星座絵を集めた愉しいトランプ(2003年刊)。


カードの裏面デザインは、有名な『ベリー公のいとも豪華なる時禱書』(15世紀)に描かれた、「獣帯人間(Zodiacal Man)」を採り入れた美しい仕上がり。これは、人体各部を司る十二星座を示し、ひいてはマクロコスモス(大宇宙)とミクロコスモス(すなわち人間)が照応関係にあるという、古くからの観念を表現しています。


カードの一部。ご覧のように、カードの絵柄は全て異なり、図の余白にはそれぞれ「ふたご座 17世紀 ヴェネチア」とか、「いて座 14世紀 フランス」とかキャプションが入っています。


上の写真はさそり座(上段)とかに座(下段)を取り出して並べたところ。マーク(スート)や数字と、絵柄との間に規則性はなくて、完全にランダムです(そもそも各星座の枚数もばらばらです)。


ときどき話題になる、「変なさそり座」の例。
サソリというのは、世界中どこにでもいる存在ではありませんから、実物を知らない人が伝聞で描くと、どうしても妙なことになります。星座絵のエキゾチシズムや幻想性は、そういう即物的な理由で生まれた部分も少なからずあるのでしょう。


かに座を見ると、14世紀(左)と16世紀(右)のいずれもトルコで制作された絵に、月が画き込まれています。何かイスラム世界では、蟹と月に深い結びつきがあるのかな…と思いましたが、これはイスラムに限らず、占星術の世界では、かに座と月の結びつきを古くから説くのだそうです。すなわち、黄道十二宮にはそれぞれ「支配星(Ruling Planet)」というのがあって、白羊宮(牡羊座)は火星、金牛宮(牡牛座)は金星、双児宮(双子座)は水星…ときて、巨蟹宮(蟹座)は月が支配星なのだとか。

   ★

古い星座絵を眺めて、強いて落ち着こうとしたのですが、なかなか落ち着いた気分にはなれません。

マクロコスモスとミクロコスモスの照応、そして天地照応の説に従えば、ここ数日の天空には、必ずや何か異変が生じているはずですが、何かそんな象は出ているでしょうか?それとも、こんなコップの中の嵐ぐらいで、天に影響が出ることはないのでしょうか?

機械仕掛けの星占い2017年09月10日 08時43分14秒

星にちなんだ品といえば、これも一寸得体が知れない品です。


黄道十二星座や惑星記号など、占星術にちなんだシンボルが、びっしり描きこまれた紙箱(9.5cm角)。そのサークル上を、黒い金属指針がくるくる回るようになっています。


「MADE IN GERMANY」と英語で書かれているので、ドイツ生まれの英米向け輸出品のようですが、四隅に目を凝らすと、英・米・仏・独でパテント取得済みであることを誇っています。時代的には、1900年前後のものでしょうか。

詮ずる所、座興として星占いをする遊具なのでしょうけれど、その遊び方が全く分からないし、何よりも得体が知れないのは…


裏面にゼンマイを巻くための穴と心棒が見えることです。


蓋を留める金具を外して、そっと箱を開けてみると、果たして中にはゼンマイ仕掛が仕込まれていました。


錆が浮き、埃にまみれた、この歯車がクルクル回る時、運命の指針も回転を始め、厳かに目の前の相手の将来を告げる…。

あまりにも素朴な「デウス・エクス・マキナ(機械仕掛けの神)」ですが、これで十分に物理的なランダム生成装置たりえているならば、その託宣力は、熟達した術者にも、おさおさ劣りますまい(ゼンマイに頼らなくても、サイコロを投げても同じことです)。

完璧な偶然にこそ神意が示される…という観念は、時代と国を超えて強固なものがあるでしょうが、この紙箱もその延長線上にある品だと思います。

星座神話のかけら2017年08月28日 07時06分19秒

一昨日の記事を書いた際、下の幻灯スライドのことを連想しました。


これは「ギリシャ時代のコインに見られる星座の姿」を写したもので、製作者は幻灯メーカーのニュートン社(ロンドン)。


キャプションを見ると、元はイギリスの科学雑誌『ナレッジ Knowledge』(1881~1918)に掲載された図です(同誌は1885年に週刊から月刊になり、巻号表示が変更されたため、以後「New series」と称する由)。

   ★

これが一昨日のモザイク画とどう結びつくかと云えば、ギリシャ・ローマの天文知識を、生の形で(つまり後世のフィルターを通さずに)知る方法はないか?…という問題意識において、共通するものがあるからです。

我々は空を見上げて、ギリシャ由来の星座神話を気軽に語りますが、星座絵でおなじみの彼らの姿は、本当にギリシャ人たちが思い描いた姿と同じものなのか?

まあ、この点は有名な「ファルネーゼのアトラス像」なんかを見れば、少なくともローマ時代には、今の星座絵と同様のイメージが出来上がっていたことは確かで、それをギリシャまで遡らせても、そう大きな間違いではないのでしょう。

   ★

とはいえ、何かもっと生々しい、リアルな資料はないか…?
そこで、コインの出番となるのです。


その表面に浮き出ているのは、星座絵そのものではないにしろ、確かに昔のギリシャの人が思い描いたペガサスであり、ヘラクレスであり、牡牛や牡羊などの姿です。

しかも、その気になれば、それらは現代の貨幣と交換することだってできるのです。
古代ギリシャの遺物を手にするのは、なかなか容易なことではないでしょうが、コインは例外です。絶対量が多いですから、マーケットには今も当時の古銭がたくさん流通しています。

   ★

天文を中心に、『理科趣味』の雅致を、モノにこだわって嘆賞するサイト」の管理人であるところの私が、大昔の星座神話の欠片に惹かれるのは自然です。実際、購入する寸前までいきました。

でも、ここで「待てよ…」という内なる声が聞こえたのは、我ながら感心。
考えてみると、コインというのは、「なんでも鑑定団」でも、それ専門の鑑定士が登場するぐらい特殊な世界ですから、やみくもに突進するのは危険です。

たとえば下のサイトを見ると、粗悪なものから精巧なものまで、贋物コインの実例が山のように紹介されています。

■Calgary Coin: Types of Fake Ancient Coins

これを見ると、世の中に本物の古銭はないような気すらしてきます。実際には、やっぱり本物だって多いのでしょうが、いずれにしても、ここは少し慎重にいくことにします。(上のページの筆者、Robert Kokotailo氏も、「市場に流通しているコインの多くは本物だ。初心者にとって大事なのは、何よりも信頼のおける確かな業者を選ぶことだ」と述べています。至極常識的なアドバイスですが、これこそ古今変らぬゴールデンルールなのでしょう)。

星図をあるく2017年01月28日 08時54分47秒

時と所を替えて現代日本。
心優しい本といえば、先日、月兎社の加藤郁美さんが、こんな優しい本に言及されていました。

(左右は付属のカードと星巡りの「地図」)

花松あゆみ(作)
 星図をあるく Ambulo stella chart
 2013年、24p.

作者の花松さんは、ゴム板に版を彫る「ゴム版画」の作品を主に制作されている方で、本書も星座をモチーフにしたゴム版作品集です。


本書の中で綴られるのは、二人の男の子が、星座から星座へと歩み続ける物語。
そう聞くと、『銀河鉄道の夜』を連想される方もいると思いますが、たしかにそこには共通するものが感じられます。それはプロットだけでなく、情調においてもそうです。


その共通するものとは、「さみしさ」。
優しと淋しさは両立するものでしょう。…というより、両者は本来二つで一つのものではないでしょうか。(「かなしい」という言葉に漢字を当てると、「愛」とも「悲」とも「哀」ともなることを連想します。)


広漠とした星の世界もさみしいし、自らの生を生きることもまたさみしい。
でも、その底にある優しさこそ、賢治は(あるいは花松さんも)伝えたかったのではないかなあ…と、これは私の勝手な想像ですが、そんなことを思いました。


星の旅の最後まで来ると、主人公の男の子たちは、双子座の二人であり、彼らに影のように付き従ってきたのは、こいぬ座だったことが分かります。

(星巡りの「地図」)

(ページの表裏が透かし絵になっていて、光にかざすと、銀河を宿した鉱石の中に、子犬の姿が浮かび上がります。冒頭、この子犬が目を覚ます所から物語は始まるので、本当の主人公は彼なのかもしれません。)

   ★

花松あゆみさんの公式サイトは以下。

AYUMI HANAMATSU WEB SITE
 http://ayumihanamatsu.petit.cc/

そして、花松さんの作品販売を手掛けるお店は以下。

えほんやるすばんばんするかいしゃ
 http://rusuban.ocnk.net/

   ★

余談ながら、2月の声を聞けば、完全に年度末モードに突入し、職場によっては戦場のようになるところもあるでしょう。まあ、戦場は大げさですが、私の身辺もそんな気配があります。自ずと記事が間遠になり、コメントへのお返事も遅くなりますが、どうぞご賢察ください。