神戸の夢(2)2017年03月04日 14時20分13秒

(昨日のつづき)

西 秋生(本名・妹尾俊之、1956-2015)著、ハイカラ神戸幻視行―紀行篇 夢の名残』(2016)は、大正~昭和戦前に、まばゆい光を放った神戸ハイカラモダニズムを、現在の神戸に重ねて幻視する内容の本です。元となったのは、2009~10年に神戸新聞紙上に連載されたコラム、「ハイカラ神戸幻視行―紀行篇」。

当時の神戸は、他の時代や、他の土地では決して見られない、文字通りユニークな文化的オーラをまとった街だった…というのが、西氏の言わんとするところだと思います。そして、それは土地っ子の身びいきではなく――もちろん身びいきの要素もあるでしょうが、それを差し引いてもなお――真実その通りであると、この本を読むと頷かれます。

多くの異人さんが住み、舶来品が毎日荷揚げされた町は、旧来の日本人にとって、まさに異国の町。他方、船に乗ってやって来た当の異人さんにしても、神戸はもちろん異国の町です。神戸は誰にとっても異邦であり、誰もがエトランジェであり、だからこそ自由であり、夢があったのでしょう。そういう無国籍な街は、往々「魔都」になりがちですが、神戸の場合、その明るい風光のゆえか、始終伸びやかな空気が支配的だったのは、まことに幸いでした。

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明治の香りが匂い立つ旧居留地、北野町の異人館、トアロードの賑わい、緑したたる六甲、阪神間のそこここに展開したお屋敷町、往来する市民を明るく照らした元町通りの鈴蘭灯…。

西氏の文章は、どちらかといえば抑制の利いた、客観描写を主とするものですが、その筆致は、かつてそこにあった建物、かつてそこを行き来した人々を活写して、読者を昔の神戸へと誘いこみます。そして西氏自身、ときに「向うの世界」へと迷い込みそうになる自分を抑えかねる風情が見られます。

たとえば、神戸の中でもとりわけ古い地区――かつて福原の都が置かれ、濃い緑の中に寺社が点在し、幕末に勝海舟が寓居した奥平野地区を歩きながら、氏はつぶやきます。

 「私の幻視行は2010年の今日を出発点として、約八十年前、神戸に無類のハイカラ文化が開花した時代を訪ねるものであるが、奥平野を歩いていると、自分がまさに大正半ばから昭和初期のその頃にいて、そこから明治や幕末の昔を偲んでいる、そんな錯覚に見舞われることがある。

だから、あるいは深夜、漆黒の闇が街をすっかり塗り潰してしまうまで当地に留まっていて、それから暗闇伝いに山麓線をたどって行くと、赤いおとぎ話のような錐塔に彩られたトアホテルに行き着くことができるかも知れない。」  (上掲書 p.237)
〔※改行は引用者。引用に際し、年代の漢数字をアラビア数字に変換。以下同じ〕

こうした<跳躍の予感>こそ、西氏が持つ幻視者としての資質を示すものでしょう。

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さらに、本書の中にちょっと妙な記述が出てきます。
それは、明治の末に、西本願寺門主の大谷光瑞が、西洋趣味とオリエント趣味を混ぜ込んで建てた、奇怪な建築「二楽荘」について触れた箇所です。

(二楽荘本館。ウィキペディアより)

 「私は子どものころ、それと知らずに二楽荘を訪れたことがある。記憶にはこの異形の建造物に向き合った鮮烈な時間のみが刻み込まれていて、前後はまったく定かでない。

 真夏であった。いまから振り返ると天王山の急勾配を登り詰めた果てのことだったのだろう、唐突に広がった視界の真ん中に、思いがけず二階建てのがっしりした洋館が聳え立っていて、私は息を飲んだ。異様な外観であった。濃くくすんだ灰色の壁には細長い窓があり、部屋や庇が複雑な形に張り出している。屋根は赤い。右端はドームになっており、尖塔は玉ねぎを半分に切った形に見える。その先には何もなく、ずっと遠くに見える市街と大阪湾のほうからしきりと風が吹き寄せてくる。それで初めて、全身汗みずくになっていたことに気づいた。昼下がり、蝉の声も途切れて、静寂の中に叢のざわめく音が僅かに漂ってくる。…

 時に甦ってくるたび、何か不思議なおもいに包まれる記憶であった。小学校の低学年か、もっと前かも知れない。二楽荘は阪急岡本の北、山の中腹にあり、そこは幼時の私の生活圏のぎりぎり外縁に当たる。夏休みのささやかな冒険だったのだろう〔…〕」
 (同 p.179-80)

汗をかきかき丘を登り、古いお屋敷の中へ…。
いかにも昭和の少年らしい冒険譚です。しかし、問題はこの次です。

 「〔…〕と納得していたが、長じて二楽荘の詳細を知った私は愕然とした。建物の写真は記憶そのままで懐かしかったけれども、しかし、それは昭和7年(1932)、放火と疑われもした不審火によって全焼してしまっていたのである。〔…〕建築家の伊東忠太が≪本邦無二の珍建築≫と評したこの内部へ、たとえ幻であったにしろ、あの時どうして踏み入れなかったのか、悔やまれてならない。」 (同 p.180)

この前後に、納得のいく説明は一切ありません。ただ、幼時の思い出として、こういうことがあった…と述べられているだけです。

一読ヒヤッとする話ですが、西氏亡き今、真相はすべて闇の中ですし、西氏ご自身にしたところで、真相不明であることは読者と同じでしょう。これを記憶の錯誤や、記憶の再構成で説明するのは簡単ですが、こういうことは軽々に分かった気にならず、心の中でしばし味わうことが大切だと思います。

   ★

私が西氏の文章に強く共感するのは、次のような文章を目にしたことも一因です。
足穂の「星を売る店」の舞台となった、中山手通付近の景観を叙す中で、氏はこう述べています。

 「中山手通の南、市電が走っていたこの箇所は、兵庫県公館として活用されている元の兵庫県庁舎と神戸栄光教会のあるあたりである。往時はこれらの北側、いま「県民オアシス」という公園になっている地に、ドームを乗せた石造りの「兵庫県会議事堂」と煉瓦造りの「兵庫県試験場」が隣り合って建っていた(ともに昭和46年解体)。
 
 その竣工年を調べて、面白いことを発見した。
 兵庫県庁舎は明治35年(1902)で古いが、栄光教会、兵庫県会議事堂、兵庫県試験場はいずれも同年で、大正11年(1922)なのである。そして、「星を売る店」 の発表は、翌大正12年ではないか。
 
 すなわち、この作品の≪ちよっと口では云はれないファンタジー≫、≪ちよっと表現派の舞台を歩いてゐるやうな感じ≫は、実に出現したばかりの最先端の都市景観が醸し出すものであったのだ。まことに、ウルトラモダニスト・タルホの面目躍如と言わねばならない。」
 (同 p.158)

この文章を読んで、私はかつて自分が書いた記事を思い出しました。
何となれば、私もこれらの建物の建築年代と、それが「星を売る店」の成立に及ぼした影響に思いをはせていたからです。

(画像再掲。元記事は以下)

■「星を売る店」の神戸(10)…星店へのナビゲーション(後編の下)

西氏の文章は、拙文より数年前に発表されたものです。
私はそれを全く知らずにいましたが、同じ景観を前に、類似した結論に至ったという、その思路の共通性に、今回一方的に近しいものを感じて、大いに嬉しく思いました。

上の記事を書いた時は、西氏とお目にかかる機会も、かすかに残されていました。
その糸も断たれた今、私自身、夢の名残を反芻するばかりですが、しかし、そのこと自体が西氏の追体験でもある…と思えば、単に寂しいばかりではありません。

(この項つづく)

神戸の夢2017年03月03日 18時35分05秒

ところで、先週と先々週の「ブラタモリ」は神戸でした(明日は奄美大島)。
時間の制約から、やや食い足りないところも見受けられましたが、それでも神戸の街のあれこれを思い浮かべて、しばし画面に見入りました。

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このブログで神戸といえば、何と言っても稲垣足穂が過ごした町。
そして、長野まゆみさんの『天体議会』の舞台となったのも、きっと神戸だろう…ということを、以前長々と書きました。

神戸に関する本は、ずいぶんたくさん出ていることでしょう。
私はそれらを広く読んだわけではありませんが(というか殆ど読んでいませんが)、ただ、通り一遍の観光案内なんぞでなく、神戸の「深層」を語る本として、私が一読深い感銘を受けたのは、西秋生氏の『ハイカラ神戸幻視行』です。

西氏は生粋の神戸人であり、紙資料を博捜するばかりでなく、ご自分の足で神戸中を歩き回り、町の現況を確認し、多くのオリジナルな観察や発見をされています。
この本のことは、すでに4年前にも取り上げました。

■夢の神戸…カテゴリー縦覧:新本編

そのときは、初編にあたる『ハイカラ神戸幻視行―コスモポリタンと美少女の都へ』について言及したのですが、昨年、その続編である『ハイカラ神戸幻視行―紀行篇 夢の名残り』が刊行されました。

(左・初編(2009)、右・続編(2016)。いずれも神戸新聞総合出版センター)

この2冊は、ともに神戸を縦横に掘り下げた本ですが、その構成がいくぶん違います。
すなわち、初編は「人物」を軸としているのに対し、続編は「土地」を軸としています。この2冊を合わせて読めば、神戸の街に漂う「記憶」や「匂い」が、鮮やかに甦る仕掛けです。

試みに、それぞれの章題のみ、目次から抜粋してみます。

■『ハイカラ神戸幻視行―コスモポリタンと美少女の都へ』
 序章 神戸、その都市魅力
 第1章 宇宙論的挑発(イナガキ・タルホ)
 第2章 美女と美食と藝術と(谷崎潤一郎)
 第3章 詩人さん(竹中郁)
 第4章 妖しい漆黒の光芒(探偵作家たち)
 第5章 カンバスとレンズの向う(小松益喜と中山岩太)
 第6章 港都の誘惑(やって来た人たち)
 第7章 失楽の軌跡(去って行った人たち)
 終章 <ハイカラ神戸>へのコンセプトワーク

■『ハイカラ神戸幻視行―紀行篇 夢の名残り』
 序章 夢の街へ、街の夢を訪ねて
 第1章 世界一美しい“異国” 元居留地
 第2章 異人館の街 山手雑居地(北野町・山本通)
 第3章 ボヘミアンの闊歩 トアロード
 第4章 繁華街の古層 三宮界隈
 第5章 鈴蘭燈の輝く下で 元町界隈
 第6章 船長文化の開花 中山手界隈
 第7章 夢のミクロコスモス 阪神間
 第8章 山の麓 六甲・王子公園
 第9章 静謐な歴史の街 兵庫
 第10章 明るい海と山と石と 須磨・明石
 終章 時の彼方から

この章題からも、神戸の魅力が尽くされていることが――西氏は「いや、決して尽くされていない」と仰るかもしれませんが――お分かりいただけるのではないでしょうか。

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この美しい2冊の本の「衣装」を手がけたのが、画家の戸田勝久氏で、氏もまた生粋の神戸人と伺いました。その思いは、初編の北野町小路の夜景に、そして続編の昔日のトアロードの光景へと結実し、この2冊を並べることで、神戸の昼と夜が一望できる趣向となっています。

(カバー絵は表と裏で連続し、1枚の絵となっています。戸田勝久画 『神戸幻景 トアロード1928』)

そして見返しには、


 彗星と並んで疾走するボギー車。
 スパークする火花。
 「地上とは思い出ならずや 稲垣足穂」の文字。

   ★

嗚呼、地上とは思い出ならずや…

著者の西氏は、2015年、本書が上梓されるのを見ずに病没されました。
この『ハイカラ神戸幻視行―紀行篇 夢の名残り』は、西氏の遺著であり、思い出であり、夢の名残りであるのです。そこに深い寂寥を感じつつ、本書の内容についても見てみます。


(この項つづく)

星図をあるく2017年01月28日 08時54分47秒

時と所を替えて現代日本。
心優しい本といえば、先日、月兎社の加藤郁美さんが、こんな優しい本に言及されていました。

(左右は付属のカードと星巡りの「地図」)

花松あゆみ(作)
 星図をあるく Ambulo stella chart
 2013年、24p.

作者の花松さんは、ゴム板に版を彫る「ゴム版画」の作品を主に制作されている方で、本書も星座をモチーフにしたゴム版作品集です。


本書の中で綴られるのは、二人の男の子が、星座から星座へと歩み続ける物語。
そう聞くと、『銀河鉄道の夜』を連想される方もいると思いますが、たしかにそこには共通するものが感じられます。それはプロットだけでなく、情調においてもそうです。


その共通するものとは、「さみしさ」。
優しと淋しさは両立するものでしょう。…というより、両者は本来二つで一つのものではないでしょうか。(「かなしい」という言葉に漢字を当てると、「愛」とも「悲」とも「哀」ともなることを連想します。)


広漠とした星の世界もさみしいし、自らの生を生きることもまたさみしい。
でも、その底にある優しさこそ、賢治は(あるいは花松さんも)伝えたかったのではないかなあ…と、これは私の勝手な想像ですが、そんなことを思いました。


星の旅の最後まで来ると、主人公の男の子たちは、双子座の二人であり、彼らに影のように付き従ってきたのは、こいぬ座だったことが分かります。

(星巡りの「地図」)

(ページの表裏が透かし絵になっていて、光にかざすと、銀河を宿した鉱石の中に、子犬の姿が浮かび上がります。冒頭、この子犬が目を覚ます所から物語は始まるので、本当の主人公は彼なのかもしれません。)

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花松あゆみさんの公式サイトは以下。

AYUMI HANAMATSU WEB SITE
 http://ayumihanamatsu.petit.cc/

そして、花松さんの作品販売を手掛けるお店は以下。

えほんやるすばんばんするかいしゃ
 http://rusuban.ocnk.net/

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余談ながら、2月の声を聞けば、完全に年度末モードに突入し、職場によっては戦場のようになるところもあるでしょう。まあ、戦場は大げさですが、私の身辺もそんな気配があります。自ずと記事が間遠になり、コメントへのお返事も遅くなりますが、どうぞご賢察ください。

賢治童話ビジュアル事典2016年11月06日 11時30分14秒

最近出た、こんな本を手にしました。


■中地 文(監修)
 『賢治童話ビジュアル事典』
 岩崎書店、2016

この本は子供向きの本ですが、ふつうの子どもには買えません。
そしてまた、本屋さんの店頭に並ぶことも少ないでしょう。
なぜなら、定価が6千円もするし、主に学校図書館に置かれることを想定した本だからです。

巻末広告を見ると、版元の岩崎書店では、これまでも“「昔しらべ」に役立つ本”と銘打って、『昔の子どものくらし事典』とか、『日本のくらしの知恵事典』とか、『昔のくらしの道具事典』とかを、シリーズで出しています。賢治の事典もその一冊として編まれたようです。

たしかに、賢治作品は今や、国語・社会・理科にまたがる、総合学習にふさわしい教材なのかもしれません。

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子供向けの本とはいえ、この本はとても読みごたえがあります。
知っているようで知らなかったことを、私はこの本でたくさん学びました。なんだか急に物識りになった気分です。

たとえば、私はこれまで「やまなし」というものを、何となく知っている気になっていましたが、考えてみたら、その実物を目にしたことはありませんでした。


この事典を見ると、やまなしの写真があって、その脇に、やまなしというのは栽培品種の原種であり、日本では少なくとも奈良時代から食べられていたこと、中国では「百果の長」と呼び、その薬効を尊ばれたこと、そして東北では飢饉にそなえて、保存食として大事にされてきたことなどが、簡潔に書かれています。

また賢治作品の『やまなし』を理解する豆知識として、この「五月」と「十二月」の2つの章から成る童話は、初稿では「五月」と「十一月」となっており、イワテヤマナシの完熟期を考えれば、これはたしかに「十一月」が正しく、発表時の誤植がそのまま残ってしまったのだろう…という説が紹介されています。

「おお、なるほど!」という感じです。


ふいご」というのも、手でブカブカやる小型のふいごは知ってても、鍛冶屋さんが使う大型のふいごの構造なんて、まるで知らずにいました。あれはレバーを押しても引いても風を送れるようになってたんですね。(ご存知でしたか?)

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オリザ」のページを開けば、賢治が高く評価した米の品種、「陸羽132号」は、今のコシヒカリの祖父母に当る品種だと分かりますし、「赤い毛布」のページを開けば、田舎出の人を軽侮する「赤毛布(あかげっと)」という称は、日清戦争後に、軍用の赤い毛布が大量に民間に払い下げられて、寒い土地の人が、それで防寒着を作って重宝したことに由来する…というのも、この本で初めて知ったことです。

(「すぎな」と「ひきざくら」。寒い土地では桜のかわりに辛夷(こぶし)の花で種まきの時期を知り、「種まき桜」と呼んだ由。『なめとこ山のくま』に出てくる「ひきざくら」も辛夷のこと。)

(「活字」の項。絣の着物を着た子供たちが活字を拾う、明治40年頃の写真が目を惹きます。)

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以下、目次を一部紹介。

1 光と空の章
  幻燈、まわり燈籠、アセチレンランプ、ネオン燈、電信ばしら、かがり
2 土と草の章
  モリブデン、火山弾、いちょう、やどりぎ、かしわばやし、狼(おいの)…
3 しごとの章
  稲こき器械、めっき、鉄砲、発破、毒もみ、つるはし、糸車…
4 くらしの章
  萱ぶきの小屋、みの帽子、雪ぐつ、かんじき、陣羽織、ラッコの上着…
5 食べものの章
  西洋料理店、カリメラ、電気菓子、玄米四合、粟もち、ラムネ…

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最後に、この本が我が家に届いた経緯に触れておくと、それは「星座早見盤」の項に、写真を1枚だけ提供したお礼として頂戴したのでした。


こういうのを、「海老で鯛を釣る」というのだと、年少の読者には、ぜひ「昔の日本のことわざ」として覚えていただきたい。

あるいは賢治ファンには、「思いがけず、黄金のどんぐりを一升もらった気分だよ」と言ってもいいですが、この本は一郎がもらったドングリのように、家に持ち帰っても色あせたりせず、今もこうしてピカピカ輝いているので、「こんな拙いブログでも、やっぱり続けてみるものだなあ…」と、あらためて思いました。

天文学史のススメ2016年10月13日 20時06分05秒

そういえば…と思い出すのですが、今年の夏、池袋の三省堂で開かれたイベント「博物蒐集家の応接間」(同イベントは装いを改めて、現在も継続中)に、手元の品をいくつか並べていただいた際、私は意識して2冊の本を混ぜておきました。

それは他の古書や古物とは異質の、ごく最近の本です。

天文系のアンティークが、何となくイメージ先行の「キラキラと綺麗なもの」としてばかり受容される傾向(これは客観的事実というよりも、私の単なる僻目かもしれません)を良しとしない自分がいて、そうすることが、あたかも自分のアイデンティティのような気が――少なくともその時は――したのでした。

その2冊とは、いずれも19世紀以降の天文学の発展を扱った本で、1冊はこれまで何度か言及した、アラン・チャップマン著の『ビクトリア時代のアマチュア天文家』(産業図書、2006)で、もう1冊が下に述べる小暮智一氏の『現代天文学史』です。

美しく且つ興味深い天文アンティークを愛でるとき、その学問的な背景や、時代相を知っておくことは、無駄にならないどころか、その滋味を大いに豊かならしめるものと私は信じています(←かなり力が入っています)。

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(帯の惹句は「アマチュアの革新から巨大科学へ。星を視る眼を変えた200年」)

■小暮智一(著)
 『現代天文学史―天体物理学の源流と開拓者たち』
 京都大学学術出版会、2015

600頁を超える分厚い本です。とはいえ、現代天文学の通史という大きなテーマを考えれば、コンパクトにまとめられた本とも言えます。

ここでいう「現代」の範囲は、副題にもあるように、もっぱら天体物理学の誕生(19世紀)以降を指し、その叙述は20世紀の末まで及びます(ただし、18世紀に属するものとして、ウィリアム・ハーシェル(1738-1822)による、宇宙構造の解明に向けた研究も、チラッと顔を出しています)。

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天体物理学というのは、それ以前の位置天文学に対する言葉です。
大雑把に言うと、専門の学者を含め、18世紀以前の人々の意識の中で、恒星は単なる「点」であり、その位置と運動のみに関心が向けられていました。当時、観測技術の向上とは、より厳密な位置測定とイコールだったのです。

しかし、その後の学問の進展によって、人々は星を「面」であり、「立体構造を備えたもの」として、さらには独自の個性を備えた「世界」として認識するに至りました。もちろん、それは一挙に成し遂げられたわけではなく、世紀をスパンとする長い経過の中で徐々に成し遂げられたことです。

(目次の一部)

「天体物理学」という呼称は、ちょっと意味が取りにくいのですが、私流に言い換えれば、それは「星の生物学」とでも呼ぶべきものです。

それは星を対象にした解剖学(=星の内部構造論)であり、生理学(=光と熱を生むメカニズムの研究)であり、あるいは発生学生活史の解明(=星の誕生と進化の研究)であり、さらに生態学(=星たちの相互作用と集団営巣の観察、すなわち銀河や宇宙の大規模構造の解明)なども包み込む学問です。

   ★

本書は、19世紀~20世紀にかけて成し遂げられた、この天文学の一大発展と、それを成し遂げた天文家たちの横顔を紹介した大変な労作です。

現代を生きる我々は、現在進行形の研究テーマを除けば、天文学をすでに確立された学問体系として考えがちです(いわゆる教科書的記述)。しかし、学問の進展は、言うまでもなく「現在進行形の積み重ね」であり、そこには迷いもあれば誤りもあり、当事者たちも自信があったりなかったり、自信があっても間違えたり、その逆だったり、人間らしいドラマが多々あるわけです。

それを順序を追って記したのが本書です。

もとは「天文教育普及研究会」の機関誌、『天文教育』誌に連載されたもので、全体に平易な叙述で一貫しています(その学理までもが分かりやすいというわけではありませんが、とっつきにくさを感じさせないという意味で)。

著者の小暮氏は、京都大学で銀河物理学を講じられた方で、退官後は岡山の美星町立美星天文台長も務められました。生年は1926年(大正15)だそうですから、今年で卒寿を迎えられます。

本書の元となった連載が「天文教育」誌で始まったのは2009年で、その時点ですでに氏は80歳をとうに超えておられたのですが、記事を書かれるに際しては、ほぼすべて原著や一次資料にあたって書かれています。ただもう尊敬と驚嘆しかありません。

文句なしの良著です。

遊歩する者2016年10月10日 10時41分33秒



Flâneur(フラヌール)、遊歩者。
子羊舎のまちだまことさんが中心になって発行されている雑誌のタイトルです。
上は先日出たばかりの、記念すべき第1号。

創刊号の特集は「蒐集」で、極小の雛道具(川内由美子さん)や、セルロイド玩具(野口知子さん)のコレクション紹介と並んで、まちださんご自身の「擬人化された月」を中心とする天体ものコレクションの紹介があって、素敵だなと思いました。


このブログでも、折々そうした色合いのモノが登場しますが、それも元をたどれば、まちださんに端を発しているものが多いのです。
(上の写真で、右の方で大きな顔をしているのは、ブルガリア煙草の「Luna」。1960年代のパッケージ。)

まちださんとも細く長いお付き合いが続いていますが、単純な理科趣味の徒だった私に、さらにその奥にある妖しさや、エフェメラルなものの美しさ、さらに曰く言い難い世界を教えてくださったのがまちださんで、これはいくら感謝しても感謝しすぎということはありません。

   ★

日常と非日常は紙一重。
その境界を遊歩する人のための『Flâneur』の入手法は、以下のFBサイトをご覧ください。

遊歩者 Flâneur Magasin
 https://www.facebook.com/flaneurmagasin/


照る日、曇る日2016年07月17日 20時59分20秒

今日はダメな日でした。

あ、これはいいな…というものを見つけて、無事購入にこぎつけたところまでは良かったんですが、その後がいけませんでした。支払いと発送の方法をめぐって、アメリカの売り手と最後まで話が噛みあわず、結局キャンセルせざるをえませんでした。

時間と労力をかけて、徒労感のみ残る結果に終わりましたが、まあそれはお互い様です。こちらに非があるとは思えないのですが、かと言って、先方が格別無茶を言ったわけでもなく、要は間が悪かったのでしょう。こういうときもあります。

――と、自分を納得させようとしても、やっぱり悔しい。逃がした魚は常に大きいものです。ああ、やっぱりダメな日だ。。。

   ★

しかし、です。
そんな気分を帳消しにする出来事が、今日はありました。
悄然とした気分でいるところに宅配便が届き、封を開けたら、中から現れたのがこの本でした。


メタリックな光を見せる深い青の装丁。
アトリエ空中線の間奈美子さんがデザインされた、美しいオブジェのような本です。


『月光綺譚』。
作者は、月光百貨店(http://moon-shines.net/)を主宰する星野時環氏。
この本は星野氏自らお送りくださいました。


本書は氏の掌編31編を収めた作品集です。
夜ごとに一作ずつ読めば、ちょうど一か月で読了する仕掛け。
私もこれからひと月かけて、その世界に沈潜する予定です。
その趣向といい、作品の色合いといい、星野氏もまた「タルホの子」であることは明白でしょう。

――というわけで、やっぱり今日は良い日でした。
人生、照る日もあれば、曇る日もありますね。

(と、簡単に気分がころころする人は「お天気屋」と呼ばれて、軽侮の対象になったりしますが、でも今日はやっぱり良い日でした。)

プロキシマ2016年06月10日 06時39分05秒



銀の小口を持った本。
先日の砂時計の記事の中で、「ケンタウルス座α星」という単語を書き付けたら、この美しい本のことを思い出しました。

(『PROXIMA』、銀河通信社、2001)

西暦2000年に、三菱地所アルティアム(福岡)で、小林健二氏の展覧会「プロキシマ:見えない婚礼」が開催され、それを記念して出版された本です。内容は、小林氏の過去の作品や文章、インタビューを再構成し、そこに上記展覧会の内容を添えた写真文集。

「プロキシマとは星の名です。

 ケンタウルス座のα星の伴星の1つで、主星が明るいため見つけにくい星であります。またこの星はNearest Star(最近星)と言われ、地球に最も近い恒星として人間に知られていて、地球からの距離は約4.27光年で、27万天文単位、つまり地球から太陽までの距離のおよそ27万倍という事になります。この少し想像を超えてしまうような遠方の星が、地球人にとって最もプロキシマ(すぐそばの意)な星なのです。そしてこのプロキシマのあたりは、地球型の生命系の存在が最も期待されている場所でもあるのです。
 
 ある日、宇宙から見ればそんなに近くの、そしてそれほど遠い方向から、ぼくは1通の幻をもらった気がしたとしてください。」   
(『PROXIMA』 序文より)

太陽系の隣人である「ケンタウルス座α星
この三重連星の中で、地球に最も近い恒星「プロキシマ」。
プロキシマは、主星の回りを100万年かけて、ゆっくり公転しています。
さらにプロキシマの周囲を回る六番目の惑星、「ナプティアエ」(「婚礼」の意)。

ナプティアエの地殻は、厚さ60kmに及ぶ無色の無水珪酸から構成されています。
その内部に形成された晶洞は、透明な天井を複雑に屈折しながら届く、プロキシマの緑の光、さらに茜色と水色に輝くもう2つの太陽の光が満ち、そこに鉱物質の生命「亜酸性鉱質膠朧体」が息づいています。

彼らは7つの性を持ち、27種の核酸基によって生き、1プロキシマ年(2740地球年)に、2度花を咲かせます。まさに我々の想像を超えた、「侵しがたく、また静かなる神秘の都」。

   ★

(『PROXIMA』の1ページ)

小林氏の作品は、こうした不思議で美しい「幻」から生まれました。
そして、ナプティアエは小林氏が創出した多くのイマジナリーな世界の1つに過ぎないのでしょうが、氏にとっては、確かに大きな意味を担った世界のようでもあります。

以下、本書のあとがき(「PROXIMA/奇蹟の場所/Miracle place」)より。

 「ぼくは子供の頃から、鉱物や恐竜などが展示してある自然科学の博物館に行くのが好きでした。そしてまたぼくが思い出せないところまで自分の記憶を辿ってみても、そうしたものを物心がつく頃より好きだったと思うのです。その他にもぼくのお気に入りは、クラゲやゼリーのように、あるいは硝子や石英のように透明なもの、また鳥や飛行機のように空を飛ぶものや電気などによって発光する淡い光、蛍や夜光するものたち、星や宇宙の話、そして闇に潜む目に見えない霊と言われるものたちの事。また、ときにひどく醜いかも知れない悲しみを背負った怪物と言われるものたちすべて、等々です。」

 「プロキシマという天体に興味を持ったのは、子供の頃プラネタリウムに行っていた時「ケンダウルス座のα星辺りに生命がある兆しが発見されそうだ」といったようなことを聞いたからだと思います。もちろん聞き違いだったかも知れません。でも、今でさえどこかの星の上で、地球とはまた異なる世界があることを考えると、何か言い知れずわくわくしてくるのです。」

プロキシマは、氏の幼時の思い出と深く結びついています。
透明なもの、空飛ぶもの、光るもの、妖しいもの、そしてその全てであるところの星の世界。それは我々から遠い存在のようでもあり、すぐそばの存在のようでもあります。
小林氏の作品は、そうした間(あわい)から零れ出たものたちです。

鉱物もまたそうです。
それは透明で、光を放ち、妖しく、我々から遠く、近い存在です。
そして当然の如く、鉱物は氏の子供時代から関心の対象であり、後に人工結晶という形で、氏の「作品」ともなりました。

 「このプロキシマの世界についてまず思ったのは、結晶の世界のことでした。それはここ数年、結晶を作ることにとりわけ興味があることと関係していると思います。」

 「地球上のいたるところで今まで数多くの鉱物結晶が発見発掘されてきました。しかし他の見知らぬ天体では、いったいどのような結晶世界が繰り広げられていることでしょう。生命現象の確認が困難でも、地球型の惑星であるなら必ず鉱物は存在するからです。地球とは異なった組成や地学的運命によって創成される出来事は、どのようなものなのでしょう。」

鉱物はさすがに空を飛ばないだろう…と思われるかもしれません。
でも、それは溶液中を無数のイオンとして飛び交い、互いに引かれ合い、ついには想像を絶する巨大な(イオンの目からすれば、です)幾何学的構造物をつくるに至るのです。

 「結晶が成長していく様を眺めていると、そこはかとなく不思議な世界へといざなわれてゆくのです。一日のうちに0.5ミリでもその成長が見える程なら、実はその物質のイオンは1秒あたり数百の層を結成していることになるというのです。観察者にとっては何千何万年の時間の流れを見るかのようです。いかなる天然の摂理が導くのか、それぞれの成分はその姿を顕わなものとしてゆきます。どのような力が、あるいはまたどのような想いが促すのか、人間には計り知れないと思える世界を、ただ只、まのあたりにするだけです。そんなときにぼくの中に浮かんできた言葉が「見えない婚礼」というものでした。1つ1つ光量子やイオンの世界から極大な宇宙に至るまで、何か人間の目には見えにくい方法があって、それらが知らず知らず了解し合うような、まるで聖なる婚礼のような…。」

(プロキシマ展に並んだ、小林氏の人工結晶「プロキシマ系鉱物」)

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プロキシマ、近くて遠いもの。
人は小林氏の目と耳と口を借りて、その世界を覗き見ることができます。
でも、小林氏の手わざは持たないにしろ、もしそれを望むならば、誰もが自分だけのプロキシマを自分の内に持ち得るのだ…とも思います。

甲虫の劇場2016年04月14日 19時50分13秒

今日は町場から離れたところを、電車に乗ってゴトゴト走っていました。
里山はモザイク状の濃い緑と浅緑、そこに赤みを帯びた若芽や山桜のピンクが混ざって、美しいパッチワークを見せていました。古人が言う「山笑う」とは、あんな光景を言うのでしょう。田んぼでは代掻きも始まり、濡れた田には初夏の陽光が反射し、本当に胸の中が軽くなるようでした。

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さて、今日も虫の話題です。


以前、名古屋のantique Salonさんを訪ねたとき、棚の一角で光を放っていた標本。
一頭カメムシの仲間がいますが(最下段の赤黒のツートン)、それ以外はカラフルな甲虫類を並べたものです。

一口に甲虫と言っても、この標本にはカミキリムシ、ゾウムシ、コメツキムシ、タマムシ、コガネムシ…と、多様な仲間が含まれています。肝心のラベルも付属しないので、これは本格的な標本というよりは、装飾性の強い品だと思いますが、それだけに黒の標本箱と色鮮やかな虫体の取り合わせに、この標本作者が十分意を注いだことが感じられます。


純白の空間に浮かぶ甲虫とその影。


ここに並ぶのは主に外国産の甲虫類で、私もまだ種を同定していません。



それにしても、これらごく少数の甲虫を一見しただけでも、甲虫類の多様性と魅力は存分に感じられます。それは甲虫そのものの奥深さであり、この標本箱を作った人の感覚の鋭敏さの証でもあります。

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■A.V.エヴァンス・C.L.ベラミー(著)、加藤義臣・廣木眞達(訳)
 『甲虫の世界―地球上で最も繁栄する生きもの』
 シュプリンガー・フェアラーク東京、2000)

昆虫博士になることを夢見た子供時代の私が、最も魅かれたのも甲虫類であり(あえて鞘翅類(しょうしるい)と呼ぶのが誇らしかったです)、そして街中でも十分にその姿を追うことができたのは、彼らが多様な生活様式を持ち、あらゆる環境に適応していたからでしょう。

(同書より「第6章 ビートルフィリア〔甲虫愛〕」冒頭)

今の私は甲虫への愛をストレートに表現することは最早ありませんが、それでもこういう品に思わず引き寄せられるのは、今でも子供時代の心が少なからず残っているせいかなあ…と、ちょっと嬉しいような、苦いような気分です。

読めない本の話2016年04月08日 21時23分04秒

昨日の玩具の動きを決定しているもの、それは「磁力」と「重力」です。

我々の宇宙を支配する「4つの力」のうち、マクロな感覚世界で作用するのは、電磁気力重力のみで ― あとの2つは、ミクロな素粒子の世界で作用する「強い力」と「弱い力」 ―、それを巧みに視覚化したところに、例の品の深みと面白みはあるように思います。

といって、現代物理学の話は私には分からないのですが、もっと素朴なレベルで考えても、磁力という「見えない力」の正体は何か、直接接触せずに作用する力とは何なのか、その力はいったい何が媒介しているのか?…こういう難問に、古代以来、人類がどう立ち向かってきたかというのは、とてもスリリングな話題です。

後に、重力が「発見」されたことで、問題はさらに広がりと深まりを見せ、そこから現代物理学の扉は開かれた…とすら言えるかもしれません。

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いつか読みたいと思って、ずーっと手の届くところに置いているのに、未だにページを開いていない本があります。



■山本義隆(著)
 『磁力と重力の発見』(全3巻;1:古代・中世、2:ルネサンス、3:近代の始まり)
 2003、みすず書房


いつかは読みたいなあ…と思っていると、たぶん永久に読めないでしょう。
今は別の本を読んでいるので、それが終ったら…とも思うのですが、それだとちょっと危ないです。

読むためには、「思う」だけでなしに、何かアクションを起こすことが必要なので、とりあえず、すぐ通勤カバンに入れられるよう、第1巻にブックカバーを掛けました。(まあ、前途に暗雲なしとしませんが、まずはこれも前進です。)