3-D宇宙…立体星図の到達点『恒星と銀河の3-Dアトラス』(3)2018年04月14日 16時23分55秒

先に記したように、この本には「ご近所の星一覧」、「目に見える星のすべて」、「系外銀河大観」という、3種類の星図セットが含まれます。いわば、これ1冊で通常のアトラス(星図帳)3冊分に相当するわけで、それだけでも十分に中身が濃いですが、さらにダメ押しするかのように、「特殊星図(Special Views)」と称するオマケ星図が8枚付属します。

特殊星図のNo.1~3は、過去10万年間に生じた恒星の固有運動を立体視しようというもの。プレアデスとヒアデス星団が一団となって宇宙を移動する様や、太陽自身の固有運動によって生まれる星流(車窓の光景が後方に流れるのと同じ理屈です)を描いています。

(特殊星図No.1~3)

特殊星図No.4と5は、320度の広視界にわたって、<近景>に当たる明るい恒星、<中景>に当たる星雲・星団、そして<遠景>に当たる系外銀河を1枚の図に重ねてプロットした壮大な図で、天の川銀河の立体構造や、遠方の天体を遮蔽する暗黒帯の存在を感じさせてくれます。

(特殊星図No.5(部分))

そして、最後の特殊星図No.6~8は、本編に含まれる「銀河分布図」の補遺として、基準面(すなわち印刷紙面)までの距離を、10メガパーセクの代わりに、50メガパーセクないし20メガパーセクに設定して、遠くにある銀河の相対的遠近感を強調した図です。(それぞれ、かみのけ座銀河団、アンドロメダ座近傍の銀河が織りなすフィラメント構造、ケンタウルス座銀河団の様子が図示されています。)

   ★

何だかすごい熱意だなと感じ入ります。

この力作を生んだリチャード・モンクハウス(1950-)ジョン・コックス(1947-)は、本書以外にも何冊か星図帳を手掛けているので、私はてっきりプロの天文学者だと思っていました。でも、今回記事を書くために調べたら、二人ともプロの天文学者ではなく、それどころか、本来天文学とはおよそ畑違いの人だと知って、大いに驚きました。

モンクハウスは、ケンブリッジ出の電子技術者で、本業はビデオ・アーティストという、異色の経歴の人です。一方のコックスは、ヨーク大学で景観学を学び、カートグラファー(地図製作)として活躍している人。

彼らは1980年代からコンビを組んで星図づくりに取り組んできましたが、それは彼らの関心がいずれも科学とアートの交錯する領域にあったからで、この立体星図も、彼らの一種の「アート作品」と見た方がよいのかもしれません。(福音館の『立体で見る星の本』を手掛けたのも、グラフィックデザイナーの杉浦康平氏だったことを思い出します。)

およそ、天文学者が重んじるのは、星図よりも星表、すなわち星のデータカタログでしょう。もちろん天文学者にしても、大宇宙の構造を把握するために、手元のデータを視覚化して表現することもあるでしょうが、でも、それはあくまでも「知る」という目的に資する手段として、そうしているわけです。でも、この立体星図は「見る」こと自体が目的であるように感じられます。

この作品の背後にある膨大な観測と計算を想像すると頭がクラクラしますが、その試みを後押ししている<見ること-見せること>への衝迫性が、また一層の凄みをそこに与えています。

   ★

生物が視覚を獲得して、およそ5億年。
眼の進化は明暗の感知からスタートし、やがて形と色の弁別能力を獲得し、対象までの距離把握も可能となりました。そしてヒトは、生物学的進化をはるかに上回るスピードで、「見る」ための補助手段の強化を続け、今やその視界は、可視宇宙の限界付近にまで広がっています。

その果てに生まれた1冊の星図帳。
ページに落とした目を上げて、再び夜空を振り仰ぐと、無言で光る星も、闇色に沈む虚空も、何だか愛しいような、ただならぬような、不思議なものに感じられます。

(この項おわり)

3-D宇宙…立体星図の到達点『恒星と銀河の3-Dアトラス』(2)2018年04月12日 07時13分31秒

次いで<中景>に当たるのは、「輝星星図(The Bright Star Maps)」です。
これは近傍星図で取り上げた星も含めて、6.5等級までの(すなわち肉眼で見える)星をプロットしたもので、中には地球から1万パーセク(3万2600光年)の距離にある超巨星なんかも含まれています。

(輝星星図のキーマップ(部分))

「輝星星図」は、肉眼で見えるかどうかだけがプロットの基準なので、遠くても明るい星は描かれるし、近くても暗い(見えない)星は省略されています。何だか恣意的な選択のようですが、これは表示限界等級をどこに置くかの違いはあっても、「普通の星図」はおしなべてそうなので、この「輝星星図」は本書の中で、いわば最もスタンダードなパートと言えます。全天を16組の星図を使ってカバーしており、近景・遠景に比べ、表現もいっそう精細であり、各天体が表示される大きさも、「近傍星図」とは違って、見かけの明るさを反映しており、これも通常の星図と同様です。

(天の北極周辺を描いた星図)

上記のように、輝星星図にはきわめて遠方の星も含まれますが、大体は1000パーセク(3,260光年)以内に収まるので、視差の階調表現もその範囲で設定されています。これは両眼距離2.5光年の巨人が眺めた光景に相当します。

(星までの距離を示す視差のスケール。5パーセクを基準面とし、これより近い星は印刷された紙面よりも手前に浮き上がり、遠い星は紙面の向こうに引っ込んで見えます。)

   ★

そして最後の<遠景>は、もはや恒星世界を超えて、遠く系外銀河の世界です。題して「銀河分布図(The Galaxy Maps)」

(銀河星図のキーマップ(部分))

見かけの明るさが16等級までの系外銀河をプロットした星図で、全天を10組の星図でカバーしています。


その視差の階調表現は、10メガパーセク(3260万光年)を基準面として、1000メガパーセク(32億6千万光年)まで設定されています。これは両眼距離500万光年の巨人の視界に相当します。

(ひときわ銀河が濃密なおとめ座~しし座の空域)

(中央に大きく明るく光るアンドロメダ銀河と、それを取り巻く銀河の群れ)


(この項さらに続く)

3-D宇宙…立体星図の到達点『恒星と銀河の3-Dアトラス』(1)2018年04月10日 07時09分34秒

いろいろ時代が前後しますが、時計の針を新しい方に一気に進めます。
立体星図の歴史を語る上で絶対に落とせないのが、2000年にSpringerから出たこの星図帳です。

(表紙サイズは32.5×24cm。A4よりもさらに一回り大きいサイズです)

■Richard Monkhouse & John Cox(著)
 3-D Atlas of Stars and Galaxies
 『恒星と銀河の3-Dアトラス』
 Springer, 2000.  95p.

星の世界を3次元的に体感するという試みは、今後もVR技術等を応用して、よりリアルに、より正確さを増していくことでしょう。「しかし」というか、「だから」というか、このアトラスは、紙の本の形をとった立体星図集としては、ひょっとしたら最後のものになるかもしれません。そうなれば、まさに空前絶後の存在です。

   ★

実際、これはなかなかすごい本です。そして至れり尽くせりの工夫を凝らしています。

この星図帳では、地球から眺めた星の光景を、近景・中景・遠景に分けて描いています。何せ宇宙は広大で、大層奥行きがありますから、そうでもしないことには、宇宙の隅々まで立体的に把握することはとてもできないのです。

まず<近景>に当たるのが、「近傍星図(The Near Star Maps)」です。
ここでは全天を6つに分割し、北天・南天用のキーマップ(概略図)を加えて、合計8組(通常の星図と立体星図のペア)計16枚の星図が、このパートには含まれます。

(キーマップ(部分))

(同じく立体星図(同))

「近傍星図」にプロットされているのは、地球から25パーセク(約80光年)以内にある星たちで、この範囲にあれば、肉眼では見えない矮星も含めて表示しています。そうした星々を、両眼距離1光年の巨人が見たときの光景がこの星図です。

(オリオンといっかくじゅうを中心とする星図)

ご覧のように、立体星図の方は、左目で見た赤い像と、右目で見た緑の像が重ね刷りされており、赤と緑のメガネをかけることで立体視ができます。(福音館の『立体で見る星の本』と同じ、「アナグリフ」と呼ばれるタイプですが、福音館の方は赤と青のメガネを使用します)。

この「近傍星図」は、通常の星図とは異なり、ドットの大きさによって<明るさ>ではなく<距離>を表示しています。すなわち大きいのは近い星で、小さいのは遠い星です。上記のように、近傍星図には25パーセク以内の星が描かれていますが、それだけだと星座の形をイメージしづらいので、見かけの明るさが5.25等級以上の星は、25パーセク以遠のものでも、ポチッと小さな点で描かれています。立体視すると、そうした遠方の星を背景に、太陽系のご近所の星たちが、立体的に浮かび上がって見える仕掛けです。

(この項つづく)

神戸の夢(2)2017年03月04日 14時20分13秒

(昨日のつづき)

西 秋生(本名・妹尾俊之、1956-2015)著、ハイカラ神戸幻視行―紀行篇 夢の名残』(2016)は、大正~昭和戦前に、まばゆい光を放った神戸ハイカラモダニズムを、現在の神戸に重ねて幻視する内容の本です。元となったのは、2009~10年に神戸新聞紙上に連載されたコラム、「ハイカラ神戸幻視行―紀行篇」。

当時の神戸は、他の時代や、他の土地では決して見られない、文字通りユニークな文化的オーラをまとった街だった…というのが、西氏の言わんとするところだと思います。そして、それは土地っ子の身びいきではなく――もちろん身びいきの要素もあるでしょうが、それを差し引いてもなお――真実その通りであると、この本を読むと頷かれます。

多くの異人さんが住み、舶来品が毎日荷揚げされた町は、旧来の日本人にとって、まさに異国の町。他方、船に乗ってやって来た当の異人さんにしても、神戸はもちろん異国の町です。神戸は誰にとっても異邦であり、誰もがエトランジェであり、だからこそ自由であり、夢があったのでしょう。そういう無国籍な街は、往々「魔都」になりがちですが、神戸の場合、その明るい風光のゆえか、始終伸びやかな空気が支配的だったのは、まことに幸いでした。

   ★

明治の香りが匂い立つ旧居留地、北野町の異人館、トアロードの賑わい、緑したたる六甲、阪神間のそこここに展開したお屋敷町、往来する市民を明るく照らした元町通りの鈴蘭灯…。

西氏の文章は、どちらかといえば抑制の利いた、客観描写を主とするものですが、その筆致は、かつてそこにあった建物、かつてそこを行き来した人々を活写して、読者を昔の神戸へと誘いこみます。そして西氏自身、ときに「向うの世界」へと迷い込みそうになる自分を抑えかねる風情が見られます。

たとえば、神戸の中でもとりわけ古い地区――かつて福原の都が置かれ、濃い緑の中に寺社が点在し、幕末に勝海舟が寓居した奥平野地区を歩きながら、氏はつぶやきます。

 「私の幻視行は2010年の今日を出発点として、約八十年前、神戸に無類のハイカラ文化が開花した時代を訪ねるものであるが、奥平野を歩いていると、自分がまさに大正半ばから昭和初期のその頃にいて、そこから明治や幕末の昔を偲んでいる、そんな錯覚に見舞われることがある。

だから、あるいは深夜、漆黒の闇が街をすっかり塗り潰してしまうまで当地に留まっていて、それから暗闇伝いに山麓線をたどって行くと、赤いおとぎ話のような錐塔に彩られたトアホテルに行き着くことができるかも知れない。」  (上掲書 p.237)
〔※改行は引用者。引用に際し、年代の漢数字をアラビア数字に変換。以下同じ〕

こうした<跳躍の予感>こそ、西氏が持つ幻視者としての資質を示すものでしょう。

   ★

さらに、本書の中にちょっと妙な記述が出てきます。
それは、明治の末に、西本願寺門主の大谷光瑞が、西洋趣味とオリエント趣味を混ぜ込んで建てた、奇怪な建築「二楽荘」について触れた箇所です。

(二楽荘本館。ウィキペディアより)

 「私は子どものころ、それと知らずに二楽荘を訪れたことがある。記憶にはこの異形の建造物に向き合った鮮烈な時間のみが刻み込まれていて、前後はまったく定かでない。

 真夏であった。いまから振り返ると天王山の急勾配を登り詰めた果てのことだったのだろう、唐突に広がった視界の真ん中に、思いがけず二階建てのがっしりした洋館が聳え立っていて、私は息を飲んだ。異様な外観であった。濃くくすんだ灰色の壁には細長い窓があり、部屋や庇が複雑な形に張り出している。屋根は赤い。右端はドームになっており、尖塔は玉ねぎを半分に切った形に見える。その先には何もなく、ずっと遠くに見える市街と大阪湾のほうからしきりと風が吹き寄せてくる。それで初めて、全身汗みずくになっていたことに気づいた。昼下がり、蝉の声も途切れて、静寂の中に叢のざわめく音が僅かに漂ってくる。…

 時に甦ってくるたび、何か不思議なおもいに包まれる記憶であった。小学校の低学年か、もっと前かも知れない。二楽荘は阪急岡本の北、山の中腹にあり、そこは幼時の私の生活圏のぎりぎり外縁に当たる。夏休みのささやかな冒険だったのだろう〔…〕」
 (同 p.179-80)

汗をかきかき丘を登り、古いお屋敷の中へ…。
いかにも昭和の少年らしい冒険譚です。しかし、問題はこの次です。

 「〔…〕と納得していたが、長じて二楽荘の詳細を知った私は愕然とした。建物の写真は記憶そのままで懐かしかったけれども、しかし、それは昭和7年(1932)、放火と疑われもした不審火によって全焼してしまっていたのである。〔…〕建築家の伊東忠太が≪本邦無二の珍建築≫と評したこの内部へ、たとえ幻であったにしろ、あの時どうして踏み入れなかったのか、悔やまれてならない。」 (同 p.180)

この前後に、納得のいく説明は一切ありません。ただ、幼時の思い出として、こういうことがあった…と述べられているだけです。

一読ヒヤッとする話ですが、西氏亡き今、真相はすべて闇の中ですし、西氏ご自身にしたところで、真相不明であることは読者と同じでしょう。これを記憶の錯誤や、記憶の再構成で説明するのは簡単ですが、こういうことは軽々に分かった気にならず、心の中でしばし味わうことが大切だと思います。

   ★

私が西氏の文章に強く共感するのは、次のような文章を目にしたことも一因です。
足穂の「星を売る店」の舞台となった、中山手通付近の景観を叙す中で、氏はこう述べています。

 「中山手通の南、市電が走っていたこの箇所は、兵庫県公館として活用されている元の兵庫県庁舎と神戸栄光教会のあるあたりである。往時はこれらの北側、いま「県民オアシス」という公園になっている地に、ドームを乗せた石造りの「兵庫県会議事堂」と煉瓦造りの「兵庫県試験場」が隣り合って建っていた(ともに昭和46年解体)。
 
 その竣工年を調べて、面白いことを発見した。
 兵庫県庁舎は明治35年(1902)で古いが、栄光教会、兵庫県会議事堂、兵庫県試験場はいずれも同年で、大正11年(1922)なのである。そして、「星を売る店」 の発表は、翌大正12年ではないか。
 
 すなわち、この作品の≪ちよっと口では云はれないファンタジー≫、≪ちよっと表現派の舞台を歩いてゐるやうな感じ≫は、実に出現したばかりの最先端の都市景観が醸し出すものであったのだ。まことに、ウルトラモダニスト・タルホの面目躍如と言わねばならない。」
 (同 p.158)

この文章を読んで、私はかつて自分が書いた記事を思い出しました。
何となれば、私もこれらの建物の建築年代と、それが「星を売る店」の成立に及ぼした影響に思いをはせていたからです。

(画像再掲。元記事は以下)

■「星を売る店」の神戸(10)…星店へのナビゲーション(後編の下)

西氏の文章は、拙文より数年前に発表されたものです。
私はそれを全く知らずにいましたが、同じ景観を前に、類似した結論に至ったという、その思路の共通性に、今回一方的に近しいものを感じて、大いに嬉しく思いました。

上の記事を書いた時は、西氏とお目にかかる機会も、かすかに残されていました。
その糸も断たれた今、私自身、夢の名残を反芻するばかりですが、しかし、そのこと自体が西氏の追体験でもある…と思えば、単に寂しいばかりではありません。

(この項つづく)

神戸の夢2017年03月03日 18時35分05秒

ところで、先週と先々週の「ブラタモリ」は神戸でした(明日は奄美大島)。
時間の制約から、やや食い足りないところも見受けられましたが、それでも神戸の街のあれこれを思い浮かべて、しばし画面に見入りました。

   ★

このブログで神戸といえば、何と言っても稲垣足穂が過ごした町。
そして、長野まゆみさんの『天体議会』の舞台となったのも、きっと神戸だろう…ということを、以前長々と書きました。

神戸に関する本は、ずいぶんたくさん出ていることでしょう。
私はそれらを広く読んだわけではありませんが(というか殆ど読んでいませんが)、ただ、通り一遍の観光案内なんぞでなく、神戸の「深層」を語る本として、私が一読深い感銘を受けたのは、西秋生氏の『ハイカラ神戸幻視行』です。

西氏は生粋の神戸人であり、紙資料を博捜するばかりでなく、ご自分の足で神戸中を歩き回り、町の現況を確認し、多くのオリジナルな観察や発見をされています。
この本のことは、すでに4年前にも取り上げました。

■夢の神戸…カテゴリー縦覧:新本編

そのときは、初編にあたる『ハイカラ神戸幻視行―コスモポリタンと美少女の都へ』について言及したのですが、昨年、その続編である『ハイカラ神戸幻視行―紀行篇 夢の名残り』が刊行されました。

(左・初編(2009)、右・続編(2016)。いずれも神戸新聞総合出版センター)

この2冊は、ともに神戸を縦横に掘り下げた本ですが、その構成がいくぶん違います。
すなわち、初編は「人物」を軸としているのに対し、続編は「土地」を軸としています。この2冊を合わせて読めば、神戸の街に漂う「記憶」や「匂い」が、鮮やかに甦る仕掛けです。

試みに、それぞれの章題のみ、目次から抜粋してみます。

■『ハイカラ神戸幻視行―コスモポリタンと美少女の都へ』
 序章 神戸、その都市魅力
 第1章 宇宙論的挑発(イナガキ・タルホ)
 第2章 美女と美食と藝術と(谷崎潤一郎)
 第3章 詩人さん(竹中郁)
 第4章 妖しい漆黒の光芒(探偵作家たち)
 第5章 カンバスとレンズの向う(小松益喜と中山岩太)
 第6章 港都の誘惑(やって来た人たち)
 第7章 失楽の軌跡(去って行った人たち)
 終章 <ハイカラ神戸>へのコンセプトワーク

■『ハイカラ神戸幻視行―紀行篇 夢の名残り』
 序章 夢の街へ、街の夢を訪ねて
 第1章 世界一美しい“異国” 元居留地
 第2章 異人館の街 山手雑居地(北野町・山本通)
 第3章 ボヘミアンの闊歩 トアロード
 第4章 繁華街の古層 三宮界隈
 第5章 鈴蘭燈の輝く下で 元町界隈
 第6章 船長文化の開花 中山手界隈
 第7章 夢のミクロコスモス 阪神間
 第8章 山の麓 六甲・王子公園
 第9章 静謐な歴史の街 兵庫
 第10章 明るい海と山と石と 須磨・明石
 終章 時の彼方から

この章題からも、神戸の魅力が尽くされていることが――西氏は「いや、決して尽くされていない」と仰るかもしれませんが――お分かりいただけるのではないでしょうか。

   ★

この美しい2冊の本の「衣装」を手がけたのが、画家の戸田勝久氏で、氏もまた生粋の神戸人と伺いました。その思いは、初編の北野町小路の夜景に、そして続編の昔日のトアロードの光景へと結実し、この2冊を並べることで、神戸の昼と夜が一望できる趣向となっています。

(カバー絵は表と裏で連続し、1枚の絵となっています。戸田勝久画 『神戸幻景 トアロード1928』)

そして見返しには、


 彗星と並んで疾走するボギー車。
 スパークする火花。
 「地上とは思い出ならずや 稲垣足穂」の文字。

   ★

嗚呼、地上とは思い出ならずや…

著者の西氏は、2015年、本書が上梓されるのを見ずに病没されました。
この『ハイカラ神戸幻視行―紀行篇 夢の名残り』は、西氏の遺著であり、思い出であり、夢の名残りであるのです。そこに深い寂寥を感じつつ、本書の内容についても見てみます。


(この項つづく)

星図をあるく2017年01月28日 08時54分47秒

時と所を替えて現代日本。
心優しい本といえば、先日、月兎社の加藤郁美さんが、こんな優しい本に言及されていました。

(左右は付属のカードと星巡りの「地図」)

花松あゆみ(作)
 星図をあるく Ambulo stella chart
 2013年、24p.

作者の花松さんは、ゴム板に版を彫る「ゴム版画」の作品を主に制作されている方で、本書も星座をモチーフにしたゴム版作品集です。


本書の中で綴られるのは、二人の男の子が、星座から星座へと歩み続ける物語。
そう聞くと、『銀河鉄道の夜』を連想される方もいると思いますが、たしかにそこには共通するものが感じられます。それはプロットだけでなく、情調においてもそうです。


その共通するものとは、「さみしさ」。
優しと淋しさは両立するものでしょう。…というより、両者は本来二つで一つのものではないでしょうか。(「かなしい」という言葉に漢字を当てると、「愛」とも「悲」とも「哀」ともなることを連想します。)


広漠とした星の世界もさみしいし、自らの生を生きることもまたさみしい。
でも、その底にある優しさこそ、賢治は(あるいは花松さんも)伝えたかったのではないかなあ…と、これは私の勝手な想像ですが、そんなことを思いました。


星の旅の最後まで来ると、主人公の男の子たちは、双子座の二人であり、彼らに影のように付き従ってきたのは、こいぬ座だったことが分かります。

(星巡りの「地図」)

(ページの表裏が透かし絵になっていて、光にかざすと、銀河を宿した鉱石の中に、子犬の姿が浮かび上がります。冒頭、この子犬が目を覚ます所から物語は始まるので、本当の主人公は彼なのかもしれません。)

   ★

花松あゆみさんの公式サイトは以下。

AYUMI HANAMATSU WEB SITE
 http://ayumihanamatsu.petit.cc/

そして、花松さんの作品販売を手掛けるお店は以下。

えほんやるすばんばんするかいしゃ
 http://rusuban.ocnk.net/

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余談ながら、2月の声を聞けば、完全に年度末モードに突入し、職場によっては戦場のようになるところもあるでしょう。まあ、戦場は大げさですが、私の身辺もそんな気配があります。自ずと記事が間遠になり、コメントへのお返事も遅くなりますが、どうぞご賢察ください。

賢治童話ビジュアル事典2016年11月06日 11時30分14秒

最近出た、こんな本を手にしました。


■中地 文(監修)
 『賢治童話ビジュアル事典』
 岩崎書店、2016

この本は子供向きの本ですが、ふつうの子どもには買えません。
そしてまた、本屋さんの店頭に並ぶことも少ないでしょう。
なぜなら、定価が6千円もするし、主に学校図書館に置かれることを想定した本だからです。

巻末広告を見ると、版元の岩崎書店では、これまでも“「昔しらべ」に役立つ本”と銘打って、『昔の子どものくらし事典』とか、『日本のくらしの知恵事典』とか、『昔のくらしの道具事典』とかを、シリーズで出しています。賢治の事典もその一冊として編まれたようです。

たしかに、賢治作品は今や、国語・社会・理科にまたがる、総合学習にふさわしい教材なのかもしれません。

   ★

子供向けの本とはいえ、この本はとても読みごたえがあります。
知っているようで知らなかったことを、私はこの本でたくさん学びました。なんだか急に物識りになった気分です。

たとえば、私はこれまで「やまなし」というものを、何となく知っている気になっていましたが、考えてみたら、その実物を目にしたことはありませんでした。


この事典を見ると、やまなしの写真があって、その脇に、やまなしというのは栽培品種の原種であり、日本では少なくとも奈良時代から食べられていたこと、中国では「百果の長」と呼び、その薬効を尊ばれたこと、そして東北では飢饉にそなえて、保存食として大事にされてきたことなどが、簡潔に書かれています。

また賢治作品の『やまなし』を理解する豆知識として、この「五月」と「十二月」の2つの章から成る童話は、初稿では「五月」と「十一月」となっており、イワテヤマナシの完熟期を考えれば、これはたしかに「十一月」が正しく、発表時の誤植がそのまま残ってしまったのだろう…という説が紹介されています。

「おお、なるほど!」という感じです。


ふいご」というのも、手でブカブカやる小型のふいごは知ってても、鍛冶屋さんが使う大型のふいごの構造なんて、まるで知らずにいました。あれはレバーを押しても引いても風を送れるようになってたんですね。(ご存知でしたか?)

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オリザ」のページを開けば、賢治が高く評価した米の品種、「陸羽132号」は、今のコシヒカリの祖父母に当る品種だと分かりますし、「赤い毛布」のページを開けば、田舎出の人を軽侮する「赤毛布(あかげっと)」という称は、日清戦争後に、軍用の赤い毛布が大量に民間に払い下げられて、寒い土地の人が、それで防寒着を作って重宝したことに由来する…というのも、この本で初めて知ったことです。

(「すぎな」と「ひきざくら」。寒い土地では桜のかわりに辛夷(こぶし)の花で種まきの時期を知り、「種まき桜」と呼んだ由。『なめとこ山のくま』に出てくる「ひきざくら」も辛夷のこと。)

(「活字」の項。絣の着物を着た子供たちが活字を拾う、明治40年頃の写真が目を惹きます。)

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以下、目次を一部紹介。

1 光と空の章
  幻燈、まわり燈籠、アセチレンランプ、ネオン燈、電信ばしら、かがり
2 土と草の章
  モリブデン、火山弾、いちょう、やどりぎ、かしわばやし、狼(おいの)…
3 しごとの章
  稲こき器械、めっき、鉄砲、発破、毒もみ、つるはし、糸車…
4 くらしの章
  萱ぶきの小屋、みの帽子、雪ぐつ、かんじき、陣羽織、ラッコの上着…
5 食べものの章
  西洋料理店、カリメラ、電気菓子、玄米四合、粟もち、ラムネ…

   ★

最後に、この本が我が家に届いた経緯に触れておくと、それは「星座早見盤」の項に、写真を1枚だけ提供したお礼として頂戴したのでした。


こういうのを、「海老で鯛を釣る」というのだと、年少の読者には、ぜひ「昔の日本のことわざ」として覚えていただきたい。

あるいは賢治ファンには、「思いがけず、黄金のどんぐりを一升もらった気分だよ」と言ってもいいですが、この本は一郎がもらったドングリのように、家に持ち帰っても色あせたりせず、今もこうしてピカピカ輝いているので、「こんな拙いブログでも、やっぱり続けてみるものだなあ…」と、あらためて思いました。

天文学史のススメ2016年10月13日 20時06分05秒

そういえば…と思い出すのですが、今年の夏、池袋の三省堂で開かれたイベント「博物蒐集家の応接間」(同イベントは装いを改めて、現在も継続中)に、手元の品をいくつか並べていただいた際、私は意識して2冊の本を混ぜておきました。

それは他の古書や古物とは異質の、ごく最近の本です。

天文系のアンティークが、何となくイメージ先行の「キラキラと綺麗なもの」としてばかり受容される傾向(これは客観的事実というよりも、私の単なる僻目かもしれません)を良しとしない自分がいて、そうすることが、あたかも自分のアイデンティティのような気が――少なくともその時は――したのでした。

その2冊とは、いずれも19世紀以降の天文学の発展を扱った本で、1冊はこれまで何度か言及した、アラン・チャップマン著の『ビクトリア時代のアマチュア天文家』(産業図書、2006)で、もう1冊が下に述べる小暮智一氏の『現代天文学史』です。

美しく且つ興味深い天文アンティークを愛でるとき、その学問的な背景や、時代相を知っておくことは、無駄にならないどころか、その滋味を大いに豊かならしめるものと私は信じています(←かなり力が入っています)。

   ★

(帯の惹句は「アマチュアの革新から巨大科学へ。星を視る眼を変えた200年」)

■小暮智一(著)
 『現代天文学史―天体物理学の源流と開拓者たち』
 京都大学学術出版会、2015

600頁を超える分厚い本です。とはいえ、現代天文学の通史という大きなテーマを考えれば、コンパクトにまとめられた本とも言えます。

ここでいう「現代」の範囲は、副題にもあるように、もっぱら天体物理学の誕生(19世紀)以降を指し、その叙述は20世紀の末まで及びます(ただし、18世紀に属するものとして、ウィリアム・ハーシェル(1738-1822)による、宇宙構造の解明に向けた研究も、チラッと顔を出しています)。

   ★

天体物理学というのは、それ以前の位置天文学に対する言葉です。
大雑把に言うと、専門の学者を含め、18世紀以前の人々の意識の中で、恒星は単なる「点」であり、その位置と運動のみに関心が向けられていました。当時、観測技術の向上とは、より厳密な位置測定とイコールだったのです。

しかし、その後の学問の進展によって、人々は星を「面」であり、「立体構造を備えたもの」として、さらには独自の個性を備えた「世界」として認識するに至りました。もちろん、それは一挙に成し遂げられたわけではなく、世紀をスパンとする長い経過の中で徐々に成し遂げられたことです。

(目次の一部)

「天体物理学」という呼称は、ちょっと意味が取りにくいのですが、私流に言い換えれば、それは「星の生物学」とでも呼ぶべきものです。

それは星を対象にした解剖学(=星の内部構造論)であり、生理学(=光と熱を生むメカニズムの研究)であり、あるいは発生学生活史の解明(=星の誕生と進化の研究)であり、さらに生態学(=星たちの相互作用と集団営巣の観察、すなわち銀河や宇宙の大規模構造の解明)なども包み込む学問です。

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本書は、19世紀~20世紀にかけて成し遂げられた、この天文学の一大発展と、それを成し遂げた天文家たちの横顔を紹介した大変な労作です。

現代を生きる我々は、現在進行形の研究テーマを除けば、天文学をすでに確立された学問体系として考えがちです(いわゆる教科書的記述)。しかし、学問の進展は、言うまでもなく「現在進行形の積み重ね」であり、そこには迷いもあれば誤りもあり、当事者たちも自信があったりなかったり、自信があっても間違えたり、その逆だったり、人間らしいドラマが多々あるわけです。

それを順序を追って記したのが本書です。

もとは「天文教育普及研究会」の機関誌、『天文教育』誌に連載されたもので、全体に平易な叙述で一貫しています(その学理までもが分かりやすいというわけではありませんが、とっつきにくさを感じさせないという意味で)。

著者の小暮氏は、京都大学で銀河物理学を講じられた方で、退官後は岡山の美星町立美星天文台長も務められました。生年は1926年(大正15)だそうですから、今年で卒寿を迎えられます。

本書の元となった連載が「天文教育」誌で始まったのは2009年で、その時点ですでに氏は80歳をとうに超えておられたのですが、記事を書かれるに際しては、ほぼすべて原著や一次資料にあたって書かれています。ただもう尊敬と驚嘆しかありません。

文句なしの良著です。

遊歩する者2016年10月10日 10時41分33秒



Flâneur(フラヌール)、遊歩者。
子羊舎のまちだまことさんが中心になって発行されている雑誌のタイトルです。
上は先日出たばかりの、記念すべき第1号。

創刊号の特集は「蒐集」で、極小の雛道具(川内由美子さん)や、セルロイド玩具(野口知子さん)のコレクション紹介と並んで、まちださんご自身の「擬人化された月」を中心とする天体ものコレクションの紹介があって、素敵だなと思いました。


このブログでも、折々そうした色合いのモノが登場しますが、それも元をたどれば、まちださんに端を発しているものが多いのです。
(上の写真で、右の方で大きな顔をしているのは、ブルガリア煙草の「Luna」。1960年代のパッケージ。)

まちださんとも細く長いお付き合いが続いていますが、単純な理科趣味の徒だった私に、さらにその奥にある妖しさや、エフェメラルなものの美しさ、さらに曰く言い難い世界を教えてくださったのがまちださんで、これはいくら感謝しても感謝しすぎということはありません。

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日常と非日常は紙一重。
その境界を遊歩する人のための『Flâneur』の入手法は、以下のFBサイトをご覧ください。

遊歩者 Flâneur Magasin
 https://www.facebook.com/flaneurmagasin/


照る日、曇る日2016年07月17日 20時59分20秒

今日はダメな日でした。

あ、これはいいな…というものを見つけて、無事購入にこぎつけたところまでは良かったんですが、その後がいけませんでした。支払いと発送の方法をめぐって、アメリカの売り手と最後まで話が噛みあわず、結局キャンセルせざるをえませんでした。

時間と労力をかけて、徒労感のみ残る結果に終わりましたが、まあそれはお互い様です。こちらに非があるとは思えないのですが、かと言って、先方が格別無茶を言ったわけでもなく、要は間が悪かったのでしょう。こういうときもあります。

――と、自分を納得させようとしても、やっぱり悔しい。逃がした魚は常に大きいものです。ああ、やっぱりダメな日だ。。。

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しかし、です。
そんな気分を帳消しにする出来事が、今日はありました。
悄然とした気分でいるところに宅配便が届き、封を開けたら、中から現れたのがこの本でした。


メタリックな光を見せる深い青の装丁。
アトリエ空中線の間奈美子さんがデザインされた、美しいオブジェのような本です。


『月光綺譚』。
作者は、月光百貨店(http://moon-shines.net/)を主宰する星野時環氏。
この本は星野氏自らお送りくださいました。


本書は氏の掌編31編を収めた作品集です。
夜ごとに一作ずつ読めば、ちょうど一か月で読了する仕掛け。
私もこれからひと月かけて、その世界に沈潜する予定です。
その趣向といい、作品の色合いといい、星野氏もまた「タルホの子」であることは明白でしょう。

――というわけで、やっぱり今日は良い日でした。
人生、照る日もあれば、曇る日もありますね。

(と、簡単に気分がころころする人は「お天気屋」と呼ばれて、軽侮の対象になったりしますが、でも今日はやっぱり良い日でした。)