時計と天文学2021年01月21日 21時17分16秒

ヨーロッパ各地にある天文時計は、大時計の文字盤と並んで、月の満ち欠けとか、今太陽が十二宮のどこにあるかとか、各種の天文現象をシミュレートするからくり仕掛けで、見る者の目を楽しませてくれます。

(ベネチアのサンマルコ広場の天文時計。ウィキペディアより)

しかし、時刻を知らせる普通の大時計にしても、あるいは、それを見上げる観光客の手首に光る腕時計にしたって、そもそも、それ自体が天文現象をシミュレートするために生み出されたんだ…ということは、ややもすれば忘れられがちです。何の天文現象かといえば、太陽の日周運動であり、見方を変えれば地球の自転です。このことは以前も書きました。


そのことを改めて想起したのは、『時計製作術-天文学の子供』という、そのものズバリのタイトルの本を見たからです。

■Dominique Fléchon & Grégory Gardinetti(著)
 『Horology, a Child of Astronomy』
 Fondation de la Haute Horlogerie (Genève)、2013.

この本は、スイスのジュネーブに本拠を置く「高級時計財団」が発行したものです。ここは要するに時計の業界団体なのでしょうが、そこが自らのアイデンティティを振り返ったとき、自分たちは天文学という伝統ある学問の直系の子孫なんだ…と自覚したというのは、何だかスケール感のある話だなと思いました。


内容は美しいカラー図版で、天文学をめぐるいくつかのテーマに沿って、工芸品的な古今の時計を紹介するというものです。



時計というのは、昔から金満家の独壇場で、今でも百万円単位、さらには1千万円単位の腕時計を購入して悦に入る富裕層が少なくないようです。ステータスシンボルとしての時計と聞くと、少なからず感情的な反発も覚えますが、時計自体に罪はないし、一見無駄な細工に余分なコストをかけるのが文化だ…という考えに従えば、やっぱりこれも文化なのでしょう。

まあ金満家とは縁遠いにしろ、毎日使っている時計を眺めて、そこに天文学の片鱗を感じるとしたら、それはそれで豊かな経験といえるんじゃないでしょうか。

星座早見盤大全2020年05月17日 08時30分59秒

先達はあらまほしきものかな―。
これまで何度も繰り返してきましたが、これはやっぱり一大真理です。

先日、コロナの記事に関連して、HN「パリの暇人」さんからコメントをいただきました。氏は天文学史と天文アンティーク全般に通じた大変な人で、私にとっては先達も先達、大先達です。パリの暇人さんに教えていただいたことは山のようにありますが、その1つである天文アンティークの王道的資料を、ここで同好の士のために載せておきます。


■Peter Grimwood(著)
 Card Planispheres: A Collectors Guide.
 Orreries UK, 2018.

書名の「Card Planisphere」は、日本語の「星座早見盤」と同義。
星図のコレクターガイドというのは、これまで何冊か出ていますが、本書は史上初の「星座早見盤に特化したコレクターガイド」です。本書の成立には、パリの暇人さんも直接関わっておられ、本書に収めた品のうちの何点かは、そのコレクションに由来します。

裏表紙に著者紹介と内容紹介があるので、まずそちらから一瞥しておきます(いずれも適当訳)。


 「ピーター・グリムウッドは、工学士にしてオーラリー・デザイナー。彼は過去20年以上にわたって、古今の星座早見盤の一大コレクションを築いてきた。関連する参考書が全くないことに業を煮やした彼は、星座早見盤コレクターのためのガイドブックを自ら作ることにした。」

 「本書は、著者自身の豊富なコレクションに加え、同好の士の所蔵品から採った星座早見盤の写真と解説文を収めたもので、1780年から2000年までに作られた、総計200種類にも及ぶ多様な星座早見盤が、その寸法や構造の詳細、考案者や発行者に関する背景情報とともに記載されている。
 本書は徐々に増えつつある星座早見盤コレクター向けに出版された、このテーマに関する最初の参考書である。
 本書が目指しているのは、コレクターが手元の星座早見盤を同定し、その年代を知る一助となることであり、さらにまだ見ぬ未知の品を明らかにすることだ!」

  ★

その紹介文にたがわず、この本は情報豊富な大変な労作です。アンティーク星座早見盤に惹かれ、自ら手元に置こうと思われるなら、ぜひ1冊あってしかるべきです。

(以下、画像はイメージ程度にとどめます)

内容を見るに、欧米の星座早見盤については、まことに遺漏がなく、例えば愛らしいハモンド社の「ハンディ・スターファインダー」や、定番のフィリップス社の星座早見盤のページを開くと、各年代のバージョン違いも含めて、詳細な解説があります。


ただし、そんな本書にも「穴」はあります。

本書の<セクション1>は、「Roman Alphabets」、すなわち通常のアルファベット(ラテン文字)で書かれた、主に西欧とアメリカで出版された星座早見盤が集められており、それに続く<セクション2>「Non Roman Alphabets」には、それ以外のもの――ロシア製、イスラエル製、スリランカ製、そして日本製――が紹介されているのですが、セクション2に登場するものを全部足しても、わずかに7種類です。

日本製に関しては、渡辺教具の製品が2種類と、三省堂から出た金属製の品(1970年代)が1種類出てきますが、同じく三省堂が戦前に出した逸品(↓)は載っていません。


他国は知らず、日本に限っても、戦後出た星座早見盤は無数にありますし、遡れば江戸時代の文政7年(1824)に、長久保赤水が出した『天文星象図解』所収の星座早見盤【LINK】のような、貴重で美しい作例もあります。したがって、名うてのコレクターであるグリムウッド氏にしても、この領域はほとんど手付かずと言ってよく、日本のコレクターの活躍の余地は大いにあります。(まさに本の紹介文にあったように、「さらにまだ見ぬ未知の品を!」というわけです。)

振り返って私自身はどうかというと、この本に出てくる早見盤のうち、手元にあるのは1割ちょっとぐらいですから、先は長く、楽しみは尽きません。まあ、楽しみが尽きるより前に、財布の中身が尽きるでしょう。


【2020.5.21 付記】 上記の長久保赤水(1717-1801)の著作に関する記述は不正確なので、訂正します。リンクした『天文星象図解』(1824)は、赤水の没後に出た「復刻版」で、赤水のオリジナルは、生前に『天象管闚鈔』(1774)のタイトルで出ています。このことは、本記事のコメント欄でtoshiさんにご教示いただきました。(さらなる書誌はtoshiさんのブログ記事で詳説されています。ぜひ併せてご覧ください。)


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【余滴】

漱石全集に「断片」の名の下に収められた覚え書きにこんなのがあった。或る病院で腸チフス患者が巻き紙に何事か記したのを、大切に枕の下にかくしている。医者が無理に取り上げて見たら、退院の暁きに食べ歩るいてみたいと思う料理屋の名が列記してあった。この一章の文もその巻き紙の類かもしれない。

…というのは、経済学者の小泉信三氏が書いた『読書論』(岩波新書)の一節です。最後に出てくる「この一章の文」というのは、「第9章 書斎及び蔵書」を書くにあたって、この本が出た1950年(昭和25)当時の日本では、理想の書斎を語ることがいかに困難であったかを物語るものです。

時代は違えど、2020年の令和の世も、なかなか生き難い世界です。
私も天文古玩にまつわるストーリーを、倦まず語ろうとは思うものの、世態に照らせば、これもやっぱり「巻き紙」の類なんでしょうね。それでも意志あるところに道あり―。和やかな時代の到来を夢見て、精一杯文字を綴ろうと思います。

古星図と天文アンティーク2019年11月30日 16時14分20秒

前回触れたアンティーク望遠鏡の本ですが、著者のウォルフ氏から、「配本が大幅に遅れるよ」と連絡がありました。例のメーリングリストの影響か、注文が重なって在庫払底の由。

紙であれ、電子であれ、レファレンスブックというのは、いつの世も有用なもので、関心領域のそれは、手元に置いて、いつでも参照できるようにしたいものです。ウォルフ氏の本が在庫切れとなったのも、そう思う人が世界には依然たくさんいる証拠でしょう。

   ★

ときに、レファレンスブックで思い出しましたが、今から7年前に(…と自分で書いてビックリ。もうそんなになるんですね)、星図蒐集の参考書を取り上げました。

■改めてアンティーク星図の話(3)…収集の手引書

そこで取り上げたのが、Nick Kanas(著)History, Artistry, and Cartography』(Springer)です。リンクした記事で書いたように、この本は初版が2007年、初版改訂版が2009年、そして第2版が2012年に出ています。

今年、その第3版がついに出ました。かなりニッチな本のわりに、よく売れているのは、この分野でしっかりした参考書を求める人が多いことを示しています。

(『STAR MAPS』第3版)

第3版刊行の意図と、それ以前の版との違いは、冒頭におかれた「第3版への序」でカナス氏自身がこう書いています(以下適当訳。改行は引用者)。

 「〔…〕さて、今や第3版を出すべき時だ。

この第3版は、前の版に対して、多くの重要な変更や追加が行われている。まず多くの読者の要望に応え、今回はハードカバー版とし、耐久性が増した。さらにカラー図版を巻末の別項にまとめるかわりに、本文と一体化した。

また、「第11章 地上及び天空の絵地図」及び「第12章 美術絵画における天空のイメージ」という2つの新章を加え、さらに5点の図版を鮮明なものに差し替え、54点の図版を新たに加えた。そのうち20点は第11章、28点は第12章に配し、その他何点かの図版を、先行する各章に配した(すなわち図4.9、6.4、6.5、8.61、8.62、8.63)。そして、第2版出版後に公刊された情報を反映して、新たな参考文献を83点追加するとともに、本文中でもそれに対応するアップデートを行った。また新たな節として、大航海時代がもたらした新星座に関する「4.3.4 イスラム世界への影響」と、「8.7.6 口絵のコスト削減の手立て」が加わっている。最後に本文全体を見直し、誤植を訂正し、表現をより明確かつ詳細にした(特にイスラムとビザンツの章と、「8.1 天球儀とゴア」〔ゴアは天球儀用船形星図のこと〕)。

総じて、読者の便と理解向上を図るため、本書は多くの点が新しくなっている。
ぜひご一読を!」 

…というわけで、カナス氏はなかなか意気盛んです。

   ★

あくまでもパラパラ見ただけの感想ですが、本書の内容増補のあり方が、なかなか興味深くて、それはカナス氏の蒐集対象の拡大が、日本の天文アンティーク趣味の外延(ちょっと強気に出れば、私自身の興味の広がり)をなぞっているように感じられたからです。

これは強調されねばなりませんが、日本で「天文アンティーク」と総称されるアイテム群を指す言葉は、英語にはありません(フランス語にもドイツ語にもないでしょう)。それを指す言葉がないということは、それに対応した概念もないということです。

日本で「天文アンティーク」というと、堂々たる古星図あり、天文古書あり、真鍮製の望遠鏡あり、星座早見あり。さらには、ペンダントやブローチ、シガレットカードに切手、絵葉書、ピンバッジといった小物類にまで及びます。そのモチーフも、正統派天文学史の遺品もあれば、月や星、コメットを洒落たデザインに落とし込んだアクセサリーもあり、宇宙開発ブームのなごりの品もあるという具合で、その範囲ははなはだ広いです。

我々は、それを「天文アンティーク」と総称して怪しみませんが、でも異国の人には、かなり奇異に感じられる嗜好だと思います。天文アンティークとして売買されるのは、主に異国の品ですが、その異国の品々から紡がれた「天文アンティーク」という概念は、あくまでも日本生まれのものであり、ひょっとしたら、将来「TEMMON-ANTIIKU」という言葉が、外来語として英語の辞書に載るんじゃないかと思えるほどです。

この辺の事情は、日本の漫画やアニメが、“comic”や“cartoon”、“animation”ではなく、あくまでも「MANGA」や「ANIME」として言及されるのに似ています。そして、フランスを舞台とした「ベルばら」に、今度はフランスの人が憧れ、コスプレイヤーとして来日するなんていう「ねじれ現象」が、天文アンティークの世界にも起こるんじゃないか…ということを、カナス氏の本を読んで感じました。

  ★

カナス氏の本も、最初は普通の古星図の解説書でした。

15世紀、16世紀、17世紀と、世紀を追うにつれて、より精緻に、より大量に作られるようになった美麗な星図の歴史をたどり、さらに18世紀、19世紀、20世紀に至る星図たちを、その作者とともに総まくりした内容だったのです。

しかし、そうした古星図に一通り馴染んだあとも、カナス氏のコレクション欲が衰えることはなく、新天地を求めて、さらに多方面に触手が伸びていきました。コレクターにはありがちなことだし、私も大いに共感を覚えます。

氏の関心は、天球儀やアストロラーベ、星座早見、ヴォルヴェル(回転盤)を備えた天文古書へと広がり、まあ、ここまでは星図のお仲間といえますが、さらに星図以外の天文測器の古図とか、さらには天体を描いた現代絵画やフォークアート、バック・ロジャースのコミックポスター、古い果物ラベルや切手、カード類まで手を出すに及んで、ついに氏は日本の天文アンティークの徒と一味同心となったのです。

(左は2017年の日食記念切手(アメリカ)、右は1964年発行のソ連の人工天体切手)

そして、第12章第5節「Children’s Art(児童画)」では、自身のお孫さんの作品も登場して、天文アートの本質が大いに語られるのですが、ここまでくると、私もちょっとポカーンとするところがなくもありません。

(右がお孫さんのネイサン君で、この絵も当然カナス・コレクションの一部。)

この勢いで増補が繰り返されると、第5版が出るころには、快著がすっかり怪著化する可能性もあって、それはそれで大いに楽しみです。

   ★

ちなみにカナス氏の本業は医学者。氏は少年時代から望遠鏡で星を覗くことと、古地図が好きでした。大人になってから、たまたまロードアイランドのアンティーク屋で、フラムスティード星図のバラ物を2枚購入し、さらにその数年後、大英博物館で星図展を見たことがきっかけで、氏の2つの興味関心が同時に火を噴き、氏はすっかり古星図のとりことなり、あとは蒐集まっしぐら―。

そうした経歴も大いに共感できるし、勝手に同志意識を抱いてこの本を読むと、いっそう興が深まります。

ある望遠鏡コレクションの話2019年11月24日 07時58分56秒

ちょっと気鬱になった話。
…と言って、話の発端は別に気鬱でもなんでもありません。ごく普通の話題です。

   ★

Edward D. Wolf 博士という、かつてコーネル大学でコンピュータ工学を教えた先生がいます(現在は名誉教授)。科学の最先端を歩んだウォルフ博士は、同時にアンティーク望遠鏡の熱心なコレクターでもあり、18~19世紀の中~小型機材を中心とする、そのすぐれたコレクションは、博士のサイトを一瞥しただけで溜息が漏れるほどです。


■Wolf Telescopes ― A Collection of Historical Telescopes

黄金を欺く、まばゆい真鍮の輝き。
この平和な砲列は、過去のスターゲイザーの優美な営みを、遺憾なく伝えてくれます。(昔も今も星をきっちり観測することは大変ですから、本当はそれほど優美な営みではなかったかもしれませんが、少なくともその姿はたいそう優美です。)

昨日小耳にはさんだ話題は、そのコレクションの全容を伝えるハードカバーの立派な本が編まれていて、今なら85ドルの特別価格で購入できるよ…という耳より情報でした。それは上記サイトのサブページに説明されており、購入ページは以下。

■Wolf Telescope Collection Book

日本までの送料が50ドルというのが一寸痛かったですが、背に腹は代えられません。さっそく一冊注文しました。あとは本の到着を待つばかり。

   ★

…と、ここまでは良いのです。
ちょっと気鬱になったというのは、ウォルフ・コレクションが、すでにウォルフ氏の手元を離れ、昨年一括して外国のプラネタリウムに買い上げられたことを知ったからです。

購入したのは中国の北京天文館。1957年にオープンし、2004年にガラス張りのモダンな新館ができた同館のことは、以前もちらっと書きました【LINK①】【LINK②】。

(北京天文館 新館)

でも、メーリングリスト情報によれば、ウォルフ・コレクションはプラネタリウム本館ではなく、今は同館が運営する「旧・北京観象台」に、他の天文測器類と一緒にズラッと展示される予定だそうです。ウォルフ・コレクション自体は、中国天文学史とは直接関係ないわけですが、北京プラネタリウムは、天文学史の包括的なビジュアル展示を狙っているようで、そこに潤沢な予算が回っているのでした。

   ★

「気鬱」と言ったのは、別に私がいわゆる嫌中思想から、中国に優れたコレクションが渡ったことを憤っているからでは無論ありません。

むしろこの出来事によって、日本の現状が逆照射されたからです。
位相は異なりますが、日本にも望遠鏡愛にあふれた「天体望遠鏡博物館」LINK】があり、熱心な収集・保存・展示活動が行われています。しかし、それはあくまでも民間の篤志と熱意に支えられた活動です。

あけすけに言って、中国の振る舞いには「金に飽かせて…」の色彩がなくもありません。それをケシカランと言うのは簡単ですが、我がニッポンには既にその金がないのです。そう、文化にかけるお金が―。仮にウォルフ・コレクション売却の話が、最初に日本に持ち込まれていたとしても、それに応える機関や組織は、きっとなかったでしょう。私が気鬱に思うのは、そのことです。

まあ、いつの時代にも、どこの国にも、「文化で腹がふくれるか!」と豪語する人はいるので、今の日本が特別ひどいということもないのかもしれませんが、それにしたって日本国が貧困の淵に沈みつつあり、ここに来て貧すれば鈍する現象があちこちで目に付くようになったのは、否定のしようがありません。これはいつもの「アベガー」的主張ではなくて、たぶん誰が政治のかじ取りをしても、この傾向に歯止めをかけることは難しいでしょう(だからといって、安倍氏の非行が免罪されるわけではありません)。

まあ、事がアンティーク望遠鏡だけならば、そう目くじらを立てなくても良いのですが、これが真善美に関わる学芸全般のこととなると、その影響は計り知れません。やっぱり気鬱だし、侘しいです。

さらに石の物語を追って2019年06月04日 20時42分26秒

「石の物語」ということから、A.E.フェルスマン『石の思い出』を連想し、再読していました。

(堀秀道・訳、草思社、2005)

この本のことは、ずいぶん前に取り上げた気がするのですが、探しても該当記事が見つかりません。どうやら、私の脳内だけの紹介にとどまっていたようです。そんなわけで、改めてフェルスマンの登場です。

   ★

ずばり、これは良い本です。
こういうものを本と呼び、こういう体験こそ読書というのでしょう。もちろん、これはその人の感覚に合う/合わないにもよりますが、私の個人的要因を差し引いてもなお、これは良い本といって差し支えないです。

これがどういう種類の本か、それは冒頭の「著者のことば」に最もよく表れています。

 「興味深い小説を読むときのように、“先に終わりを見てから一気に読みくだす”――このようにはこの本をお読みにならないでください。
 仕事をしながら、新聞を読みながら、ラジオの音楽を聴きながら、電話や仕事の話の合間に、この本をお読みにならないでください。
 そのかわり、ちょっとひと休みしたいとき、目新しい興味を得たいとき、一般に知られていない珍しい分野に浸りたいとき、このようなときに、ぜひ読んでいただきたい。
 『石の思い出』は、ある人生の歴史であり、自然へ寄せた風変わりな愛情の記録であり、五十年もの長い時間をかけて探りつづけた自然の秘密でもあります。〔…〕」

この本は暇のあるときに、のんびり読むのがふさわしいです。でも、「暇つぶし」に読まれるべきではなく、心で味わわれるべき本です。

   ★

アレキサンドル・エフゲニェビッチ・フェルスマンは、1883年にペテルブルグで生まれ、人生の前半を帝政ロシアで、後半を革命後のソビエト連邦で送った鉱物学者です。亡くなったのは1945年、第二次大戦終結の直前で、この『石の思い出』は、まさにその没年に出ています。 <6月6日訂正: 邦訳が底本にしたのは1945年版ですが、『石の思い出』自体は、1940年初版の由>

   ★

一連の物語は、老学者が炉辺で物思いにふけるシーンから始まります。
外はしんしんと降る雪――。老学者はその気配にじっと耳を澄ませます。

そこに湧き上がる思い出の数々。
そこから展開するエピソードの主人公は、フェルスマン自身のこともあるし、彼が他の誰かから聞いた話の再録の場合もありますが、いずれも過去のある時点で、フェルスマンがじかに接した思い出の数々です。

岩石と鉱物は、この碩学の人生を常に彩ってきました。
北の果てに住む老女から聞いた「サアーミ人の血で赤く染まった石」の伝説。愉快な鉱物採集の旅が、突如暗転した人間の心の闇。イタリアのエルバ島で極上のピンクトルマリンが採れなくなった理由を悲しげに語る古老の顔。天青石の瞳を持つ女性を詠った革命詩人…。温暖な黒海沿岸で、雪で覆われた北のコラ半島で、さらに遠い異国で、フェルスマンは多くの石の思い出とともに日々を送ってきました。

彼の透徹した観察眼は、大地にも人間にも向けられ、そのペンが描き出す美しい自然と、奥行きのある心理描写は、この本を実に豊かなものにしています。

   ★

この本に深い味わいを与えているのは、すぐれた訳文の手柄でもあります。
訳者の堀秀道氏(1934-2019)については、今さら言うまでもないでしょうが、在野で長く活躍し、日本の鉱物趣味の普及発展に大きな力のあった方です。惜しくも今年の1月に亡くなられました。

堀氏は、フェルスマンのこの本を、すでに20歳のときに初訳されています(理論社、1956)。それを50年後に再訳されたのは、多くの読者の声に応えるためもありましたが、堀氏自身、この書に深い愛着があったからでしょう。

旧訳と新訳の間で、当然ことばの彫琢も加わっているでしょうし、堀氏自身の人生経験も重なることで、この本の味わいをいっそう深めています。

   ★

かつてこの本に強い感銘を受けた私は、フェルスマンに会いに行こうと思い立ち…といって別にロシア旅行を企画したわけではなくて、例によってディスプレイの前に陣取って、いろいろいじましい画策を始めたのですが、それはまた次回。

(この項つづく)

天文の世界史2019年05月11日 07時23分14秒

このブログで綴っているのは「天文趣味史」であって、「天文学史」ではないんだ…ということを、これまで折に触れて書いてきました。天文趣味史というのは、過去から現在に至るまで、人々が抱いてきた星への思いや憧れ、いわゆる“星ごころ”をたどる試みであり、学問としての天文学史とは少しく異なるものです。

でも、両者は当然からみあっています。

天文学に新たな展開があれば、人々の星ごころも変化するし、人々の星ごころは同時代の天文学をドライブする役割を果たしたように思います。…と理屈をこねるまでもなく、天文趣味に関心を示す者は、天文学そのものにも関心を示すのが普通なので、私の中でも、両者がサクッときれいに分かれているわけではありません。

そんなわけで、今日は「本当の天文学史」の話題です。

   ★

先日、一冊の天文学史に関する本を手に取りました。
そして大きな驚きを以て読み終えました。


■廣瀬 匠(ひろせ・しょう)著
 『天文の世界史』
 集英社(インターナショナル新書)、2017. 

いったい何に驚いたか?
ここで敢えて問いたいですが、新書1冊で天文学の通史を書けると思いますか?
それも洋の東西を合わせた世界の天文学の通史を、ですよ?
それができるというのは、まったく想像のほかでした。

ネタバレになりますが、そこにはある巧妙な仕掛けがあります。

天文学の通史というと、国や地域別に天文学の発展を述べるとか、古代・中世・ルネサンス等の時代別に輪切りにして語るのが普通でしょう。でも、廣瀬さんの本は、そういう構成になっていません。

この本は、

 第1章 太陽、月、地球
 第2章 惑星
 第3章 星座と恒星
 第4章 流星、彗星、そして超新星
 第5章 天の川、星雲星団、銀河
 第6章 時空を超える宇宙観
 終章 「天文学」と「歴史」

…といった天体別の章立てになっていて、それぞれの対象の捉え方が、いかに時代を追って精緻になってきたかを記しています。と同時に、この章立てそのものが、実は人類の視野の拡大と、天文学の発展の骨格を示しています。上で言う「仕掛け」とは、このことです。

(同書目次より)

つまり、この本は最初に明快な見取り図を示した上で、そこから倒叙的に事態を記しているのです。従来の通史は、この見取り図が完成するまでの曲折を描こうとして、ボリュームが大きくなりがちでした(それもまた意味のある作業でしょう)。でも、廣瀬さんは、そこを大胆にそぎ落とすことで、大幅なコンパクト化に成功したのでした。

   ★

この本が読みやすいのは、もちろんコンパクトだからというのもあります。

でも、それだけではない、生き生きとしたものが文章にあふれていて、読む者を引き付けます。それは廣瀬さんが、現在、スイスで研究と教育に携わる少壮天文学史家であると同時に、一人の天文愛好家でもあって、本書全体のベースに、これまでご自分で空を見上げ、ご自分なりに感じ、そして思索されてきたことの集積があるからでしょう。つまり、文章によく血が通っているのです。

さらに、「天文ソムリエ」としての経験も、込み入った知識を分かりやすく伝える上では、大いに役立っているのだろうと、私なんかが言うのは甚だ僭越ですが、そんな風に思います。

   ★

廣瀬さんとは、以前、ラガード研究所の淡嶋さんと一緒に食卓を囲んだことがあります。のみならず、我が家においでいただき、いろいろなことを教えていただきました。だからといって、私には提灯記事を書く理由も意思もないので、上に記したことは、全て私がそのまま感じたことです。

星に興味がある方、その背後に刻まれた人間精神の旅路に興味がある方に、広くお勧めしたい一冊です。

3-D宇宙…立体星図の到達点『恒星と銀河の3-Dアトラス』(3)2018年04月14日 16時23分55秒

先に記したように、この本には「ご近所の星一覧」、「目に見える星のすべて」、「系外銀河大観」という、3種類の星図セットが含まれます。いわば、これ1冊で通常のアトラス(星図帳)3冊分に相当するわけで、それだけでも十分に中身が濃いですが、さらにダメ押しするかのように、「特殊星図(Special Views)」と称するオマケ星図が8枚付属します。

特殊星図のNo.1~3は、過去10万年間に生じた恒星の固有運動を立体視しようというもの。プレアデスとヒアデス星団が一団となって宇宙を移動する様や、太陽自身の固有運動によって生まれる星流(車窓の光景が後方に流れるのと同じ理屈です)を描いています。

(特殊星図No.1~3)

特殊星図No.4と5は、320度の広視界にわたって、<近景>に当たる明るい恒星、<中景>に当たる星雲・星団、そして<遠景>に当たる系外銀河を1枚の図に重ねてプロットした壮大な図で、天の川銀河の立体構造や、遠方の天体を遮蔽する暗黒帯の存在を感じさせてくれます。

(特殊星図No.5(部分))

そして、最後の特殊星図No.6~8は、本編に含まれる「銀河分布図」の補遺として、基準面(すなわち印刷紙面)までの距離を、10メガパーセクの代わりに、50メガパーセクないし20メガパーセクに設定して、遠くにある銀河の相対的遠近感を強調した図です。(それぞれ、かみのけ座銀河団、アンドロメダ座近傍の銀河が織りなすフィラメント構造、ケンタウルス座銀河団の様子が図示されています。)

   ★

何だかすごい熱意だなと感じ入ります。

この力作を生んだリチャード・モンクハウス(1950-)ジョン・コックス(1947-)は、本書以外にも何冊か星図帳を手掛けているので、私はてっきりプロの天文学者だと思っていました。でも、今回記事を書くために調べたら、二人ともプロの天文学者ではなく、それどころか、本来天文学とはおよそ畑違いの人だと知って、大いに驚きました。

モンクハウスは、ケンブリッジ出の電子技術者で、本業はビデオ・アーティストという、異色の経歴の人です。一方のコックスは、ヨーク大学で景観学を学び、カートグラファー(地図製作)として活躍している人。

彼らは1980年代からコンビを組んで星図づくりに取り組んできましたが、それは彼らの関心がいずれも科学とアートの交錯する領域にあったからで、この立体星図も、彼らの一種の「アート作品」と見た方がよいのかもしれません。(福音館の『立体で見る星の本』を手掛けたのも、グラフィックデザイナーの杉浦康平氏だったことを思い出します。)

およそ、天文学者が重んじるのは、星図よりも星表、すなわち星のデータカタログでしょう。もちろん天文学者にしても、大宇宙の構造を把握するために、手元のデータを視覚化して表現することもあるでしょうが、でも、それはあくまでも「知る」という目的に資する手段として、そうしているわけです。でも、この立体星図は「見る」こと自体が目的であるように感じられます。

この作品の背後にある膨大な観測と計算を想像すると頭がクラクラしますが、その試みを後押ししている<見ること-見せること>への衝迫性が、また一層の凄みをそこに与えています。

   ★

生物が視覚を獲得して、およそ5億年。
眼の進化は明暗の感知からスタートし、やがて形と色の弁別能力を獲得し、対象までの距離把握も可能となりました。そしてヒトは、生物学的進化をはるかに上回るスピードで、「見る」ための補助手段の強化を続け、今やその視界は、可視宇宙の限界付近にまで広がっています。

その果てに生まれた1冊の星図帳。
ページに落とした目を上げて、再び夜空を振り仰ぐと、無言で光る星も、闇色に沈む虚空も、何だか愛しいような、ただならぬような、不思議なものに感じられます。

(この項おわり)

3-D宇宙…立体星図の到達点『恒星と銀河の3-Dアトラス』(2)2018年04月12日 07時13分31秒

次いで<中景>に当たるのは、「輝星星図(The Bright Star Maps)」です。
これは近傍星図で取り上げた星も含めて、6.5等級までの(すなわち肉眼で見える)星をプロットしたもので、中には地球から1万パーセク(3万2600光年)の距離にある超巨星なんかも含まれています。

(輝星星図のキーマップ(部分))

「輝星星図」は、肉眼で見えるかどうかだけがプロットの基準なので、遠くても明るい星は描かれるし、近くても暗い(見えない)星は省略されています。何だか恣意的な選択のようですが、これは表示限界等級をどこに置くかの違いはあっても、「普通の星図」はおしなべてそうなので、この「輝星星図」は本書の中で、いわば最もスタンダードなパートと言えます。全天を16組の星図を使ってカバーしており、近景・遠景に比べ、表現もいっそう精細であり、各天体が表示される大きさも、「近傍星図」とは違って、見かけの明るさを反映しており、これも通常の星図と同様です。

(天の北極周辺を描いた星図)

上記のように、輝星星図にはきわめて遠方の星も含まれますが、大体は1000パーセク(3,260光年)以内に収まるので、視差の階調表現もその範囲で設定されています。これは両眼距離2.5光年の巨人が眺めた光景に相当します。

(星までの距離を示す視差のスケール。5パーセクを基準面とし、これより近い星は印刷された紙面よりも手前に浮き上がり、遠い星は紙面の向こうに引っ込んで見えます。)

   ★

そして最後の<遠景>は、もはや恒星世界を超えて、遠く系外銀河の世界です。題して「銀河分布図(The Galaxy Maps)」

(銀河星図のキーマップ(部分))

見かけの明るさが16等級までの系外銀河をプロットした星図で、全天を10組の星図でカバーしています。


その視差の階調表現は、10メガパーセク(3260万光年)を基準面として、1000メガパーセク(32億6千万光年)まで設定されています。これは両眼距離500万光年の巨人の視界に相当します。

(ひときわ銀河が濃密なおとめ座~しし座の空域)

(中央に大きく明るく光るアンドロメダ銀河と、それを取り巻く銀河の群れ)


(この項さらに続く)

3-D宇宙…立体星図の到達点『恒星と銀河の3-Dアトラス』(1)2018年04月10日 07時09分34秒

いろいろ時代が前後しますが、時計の針を新しい方に一気に進めます。
立体星図の歴史を語る上で絶対に落とせないのが、2000年にSpringerから出たこの星図帳です。

(表紙サイズは32.5×24cm。A4よりもさらに一回り大きいサイズです)

■Richard Monkhouse & John Cox(著)
 3-D Atlas of Stars and Galaxies
 『恒星と銀河の3-Dアトラス』
 Springer, 2000.  95p.

星の世界を3次元的に体感するという試みは、今後もVR技術等を応用して、よりリアルに、より正確さを増していくことでしょう。「しかし」というか、「だから」というか、このアトラスは、紙の本の形をとった立体星図集としては、ひょっとしたら最後のものになるかもしれません。そうなれば、まさに空前絶後の存在です。

   ★

実際、これはなかなかすごい本です。そして至れり尽くせりの工夫を凝らしています。

この星図帳では、地球から眺めた星の光景を、近景・中景・遠景に分けて描いています。何せ宇宙は広大で、大層奥行きがありますから、そうでもしないことには、宇宙の隅々まで立体的に把握することはとてもできないのです。

まず<近景>に当たるのが、「近傍星図(The Near Star Maps)」です。
ここでは全天を6つに分割し、北天・南天用のキーマップ(概略図)を加えて、合計8組(通常の星図と立体星図のペア)計16枚の星図が、このパートには含まれます。

(キーマップ(部分))

(同じく立体星図(同))

「近傍星図」にプロットされているのは、地球から25パーセク(約80光年)以内にある星たちで、この範囲にあれば、肉眼では見えない矮星も含めて表示しています。そうした星々を、両眼距離1光年の巨人が見たときの光景がこの星図です。

(オリオンといっかくじゅうを中心とする星図)

ご覧のように、立体星図の方は、左目で見た赤い像と、右目で見た緑の像が重ね刷りされており、赤と緑のメガネをかけることで立体視ができます。(福音館の『立体で見る星の本』と同じ、「アナグリフ」と呼ばれるタイプですが、福音館の方は赤と青のメガネを使用します)。

この「近傍星図」は、通常の星図とは異なり、ドットの大きさによって<明るさ>ではなく<距離>を表示しています。すなわち大きいのは近い星で、小さいのは遠い星です。上記のように、近傍星図には25パーセク以内の星が描かれていますが、それだけだと星座の形をイメージしづらいので、見かけの明るさが5.25等級以上の星は、25パーセク以遠のものでも、ポチッと小さな点で描かれています。立体視すると、そうした遠方の星を背景に、太陽系のご近所の星たちが、立体的に浮かび上がって見える仕掛けです。

(この項つづく)

神戸の夢(2)2017年03月04日 14時20分13秒

(昨日のつづき)

西 秋生(本名・妹尾俊之、1956-2015)著、ハイカラ神戸幻視行―紀行篇 夢の名残』(2016)は、大正~昭和戦前に、まばゆい光を放った神戸ハイカラモダニズムを、現在の神戸に重ねて幻視する内容の本です。元となったのは、2009~10年に神戸新聞紙上に連載されたコラム、「ハイカラ神戸幻視行―紀行篇」。

当時の神戸は、他の時代や、他の土地では決して見られない、文字通りユニークな文化的オーラをまとった街だった…というのが、西氏の言わんとするところだと思います。そして、それは土地っ子の身びいきではなく――もちろん身びいきの要素もあるでしょうが、それを差し引いてもなお――真実その通りであると、この本を読むと頷かれます。

多くの異人さんが住み、舶来品が毎日荷揚げされた町は、旧来の日本人にとって、まさに異国の町。他方、船に乗ってやって来た当の異人さんにしても、神戸はもちろん異国の町です。神戸は誰にとっても異邦であり、誰もがエトランジェであり、だからこそ自由であり、夢があったのでしょう。そういう無国籍な街は、往々「魔都」になりがちですが、神戸の場合、その明るい風光のゆえか、始終伸びやかな空気が支配的だったのは、まことに幸いでした。

   ★

明治の香りが匂い立つ旧居留地、北野町の異人館、トアロードの賑わい、緑したたる六甲、阪神間のそこここに展開したお屋敷町、往来する市民を明るく照らした元町通りの鈴蘭灯…。

西氏の文章は、どちらかといえば抑制の利いた、客観描写を主とするものですが、その筆致は、かつてそこにあった建物、かつてそこを行き来した人々を活写して、読者を昔の神戸へと誘いこみます。そして西氏自身、ときに「向うの世界」へと迷い込みそうになる自分を抑えかねる風情が見られます。

たとえば、神戸の中でもとりわけ古い地区――かつて福原の都が置かれ、濃い緑の中に寺社が点在し、幕末に勝海舟が寓居した奥平野地区を歩きながら、氏はつぶやきます。

 「私の幻視行は2010年の今日を出発点として、約八十年前、神戸に無類のハイカラ文化が開花した時代を訪ねるものであるが、奥平野を歩いていると、自分がまさに大正半ばから昭和初期のその頃にいて、そこから明治や幕末の昔を偲んでいる、そんな錯覚に見舞われることがある。

だから、あるいは深夜、漆黒の闇が街をすっかり塗り潰してしまうまで当地に留まっていて、それから暗闇伝いに山麓線をたどって行くと、赤いおとぎ話のような錐塔に彩られたトアホテルに行き着くことができるかも知れない。」  (上掲書 p.237)
〔※改行は引用者。引用に際し、年代の漢数字をアラビア数字に変換。以下同じ〕

こうした<跳躍の予感>こそ、西氏が持つ幻視者としての資質を示すものでしょう。

   ★

さらに、本書の中にちょっと妙な記述が出てきます。
それは、明治の末に、西本願寺門主の大谷光瑞が、西洋趣味とオリエント趣味を混ぜ込んで建てた、奇怪な建築「二楽荘」について触れた箇所です。

(二楽荘本館。ウィキペディアより)

 「私は子どものころ、それと知らずに二楽荘を訪れたことがある。記憶にはこの異形の建造物に向き合った鮮烈な時間のみが刻み込まれていて、前後はまったく定かでない。

 真夏であった。いまから振り返ると天王山の急勾配を登り詰めた果てのことだったのだろう、唐突に広がった視界の真ん中に、思いがけず二階建てのがっしりした洋館が聳え立っていて、私は息を飲んだ。異様な外観であった。濃くくすんだ灰色の壁には細長い窓があり、部屋や庇が複雑な形に張り出している。屋根は赤い。右端はドームになっており、尖塔は玉ねぎを半分に切った形に見える。その先には何もなく、ずっと遠くに見える市街と大阪湾のほうからしきりと風が吹き寄せてくる。それで初めて、全身汗みずくになっていたことに気づいた。昼下がり、蝉の声も途切れて、静寂の中に叢のざわめく音が僅かに漂ってくる。…

 時に甦ってくるたび、何か不思議なおもいに包まれる記憶であった。小学校の低学年か、もっと前かも知れない。二楽荘は阪急岡本の北、山の中腹にあり、そこは幼時の私の生活圏のぎりぎり外縁に当たる。夏休みのささやかな冒険だったのだろう〔…〕」
 (同 p.179-80)

汗をかきかき丘を登り、古いお屋敷の中へ…。
いかにも昭和の少年らしい冒険譚です。しかし、問題はこの次です。

 「〔…〕と納得していたが、長じて二楽荘の詳細を知った私は愕然とした。建物の写真は記憶そのままで懐かしかったけれども、しかし、それは昭和7年(1932)、放火と疑われもした不審火によって全焼してしまっていたのである。〔…〕建築家の伊東忠太が≪本邦無二の珍建築≫と評したこの内部へ、たとえ幻であったにしろ、あの時どうして踏み入れなかったのか、悔やまれてならない。」 (同 p.180)

この前後に、納得のいく説明は一切ありません。ただ、幼時の思い出として、こういうことがあった…と述べられているだけです。

一読ヒヤッとする話ですが、西氏亡き今、真相はすべて闇の中ですし、西氏ご自身にしたところで、真相不明であることは読者と同じでしょう。これを記憶の錯誤や、記憶の再構成で説明するのは簡単ですが、こういうことは軽々に分かった気にならず、心の中でしばし味わうことが大切だと思います。

   ★

私が西氏の文章に強く共感するのは、次のような文章を目にしたことも一因です。
足穂の「星を売る店」の舞台となった、中山手通付近の景観を叙す中で、氏はこう述べています。

 「中山手通の南、市電が走っていたこの箇所は、兵庫県公館として活用されている元の兵庫県庁舎と神戸栄光教会のあるあたりである。往時はこれらの北側、いま「県民オアシス」という公園になっている地に、ドームを乗せた石造りの「兵庫県会議事堂」と煉瓦造りの「兵庫県試験場」が隣り合って建っていた(ともに昭和46年解体)。
 
 その竣工年を調べて、面白いことを発見した。
 兵庫県庁舎は明治35年(1902)で古いが、栄光教会、兵庫県会議事堂、兵庫県試験場はいずれも同年で、大正11年(1922)なのである。そして、「星を売る店」 の発表は、翌大正12年ではないか。
 
 すなわち、この作品の≪ちよっと口では云はれないファンタジー≫、≪ちよっと表現派の舞台を歩いてゐるやうな感じ≫は、実に出現したばかりの最先端の都市景観が醸し出すものであったのだ。まことに、ウルトラモダニスト・タルホの面目躍如と言わねばならない。」
 (同 p.158)

この文章を読んで、私はかつて自分が書いた記事を思い出しました。
何となれば、私もこれらの建物の建築年代と、それが「星を売る店」の成立に及ぼした影響に思いをはせていたからです。

(画像再掲。元記事は以下)

■「星を売る店」の神戸(10)…星店へのナビゲーション(後編の下)

西氏の文章は、拙文より数年前に発表されたものです。
私はそれを全く知らずにいましたが、同じ景観を前に、類似した結論に至ったという、その思路の共通性に、今回一方的に近しいものを感じて、大いに嬉しく思いました。

上の記事を書いた時は、西氏とお目にかかる機会も、かすかに残されていました。
その糸も断たれた今、私自身、夢の名残を反芻するばかりですが、しかし、そのこと自体が西氏の追体験でもある…と思えば、単に寂しいばかりではありません。

(この項つづく)