ある天文コレクションの芽吹き ― 2024年11月28日 19時00分52秒
記事の間隔が空きましたが、最近興味をそそられたのは、これまた中国の出版物です。
■周元・他(編)
『問天之迹―上海天文館蔵天文文物』
上海書画出版社、2023.
『問天之迹―上海天文館蔵天文文物』
上海書画出版社、2023.
ハードカバー、オールカラー146頁の大判書籍で、これぞまさにコーヒーテーブルブック。タイトルの『問天之迹』とは、「天空探求の道程」の意でしょう。副題は日本的感覚だと「上海天文館所蔵 天文関係資料」とでもなるところ。
(上海天文館公式サイト:https://www.sstm-sam.org.cn/#/home)
上海天文館は、上海の新街区に2021年にオープンした施設で、組織的には上海科学技術博物館(上海科技館)の分館に当たります。まだ出来立てほやほやの施設ですが、建物面積38,000㎡と、天文関係の公共施設としては世界最大規模を誇るというのが売り。ちなみにプロジェクターはツァイスではなく、日本の五藤製です【LINK】。
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中国語のニュアンスだと、「天文館」は「天文博物館」というよりも、シンプルに「プラネタリウム」と訳した方がいいらしいのですが、上海天文館の場合は、資料の展観にも力を入れているので、やっぱり天文博物館と呼んだ方がしっくりきます。本書の序文によれば、同館のコレクションの二大テーマは、「世界の隕石」と「天文史関係文物」で、後者をまとめたのが、即ち本書『問天之迹』であり、前者については『星石奇珍』という別の本が編まれています。
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本書を眺めての感想は、「ひとつひとつの品をゆったりと紹介した、実に贅沢な本だ」というものです。
たとえば、このルイス・ニーステン(ベルギー)による火星儀。
これについては見開き2頁を使って、その細部拡大も紹介しています。
ただし、これは良くいえば…ということです。
裏返すと、何となくスカスカで水増しされている感じがなくもありません。そもそも、この火星儀は1892年のオリジナルではなく、現代における復刻品なので、そんなに力こぶを入れて紹介するほどのものでもないんじゃないか…と感じます。
あるいは、セラリウスの『ハルモニア・マクロコスミカ(大宇宙の調和)』。
こちらは複製ではなく、本物です(ただし1660年の初版ではなく、1708年の再版)。
ただ、全体で146頁の本書の中で、30頁もの紙幅を割いて延々と見開きで紹介するのは、やっぱりちょっとやりすぎじゃないかと、ここでもまた感じました。
あるいは、こちらの16世紀のフランス生まれのペーパー・アストロラーベ。
上海天文館がイメージし、そして目標(のひとつ)としているのは、シカゴのアドラープラネタリウムだと推測しますが、アドラーのコレクション図録だと、アストロラーベだけでもズラズラ並んでいて、ペーパーアストロラーベはその中ではモブキャラ扱いです。
(右下の彩色されているのが、ペーパーアストロラーベ。作者はPhilippe Danfrie and Jean Moreauy (Paris)。1584 年創案、1622年印刷)
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ちょっと上海天文館をおとしめるようなニュアンスで書きました。
しかし、上のことは天文館自身も十分自覚していることで、本の前書きにはこう書かれています。
「上海天文館の比較的短い準備期間内に、収集チームはゼロから出発し、さまざまな方法で世界中から天文コレクションを集めました。長期にわたる歴史的蓄積を持つ海外のプラネタリウムや科学館に比べれば、その量や希少性においてまだまだ差はあるものの、展示品のひとつひとつが、特定の時代・異なる地域の人々が、頭上の星空に向けた想像力と探求の跡を示しています。その背後には、先人のインスピレーションと知恵が詰まっており、そこには天文学の発展を目撃した貴重な珍品も少なくありません。」
「量や希少性においてまだまだ差はあるもの(数量和珍奇度尚有差距)」。
―そう、コレクションはまだ始まったばかりなのです。そして、その差を一刻も早く縮めようという鬱勃たる気が、「まだまだ」の一語からは強く感じ取れるのです。
もちろん中国だって、今後、経済成長に行き詰まって、文化どころじゃない時代が来るかもしれません。でも当面のこととして、この大国の経済力が文化に集中して振り向けられたとき、今後どこまで充実したコレクションになるか、これは予想以上のものがあると思います。ひょっとしたら、金満この上ないクラウチ古書店【参考LINK】の在庫がすっからかんになって、それが上海にそっくり移転している…なんてこともないとは言えません。
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いずれにしても、この本は間を置かずに第2版ないし続編が出るんじゃないでしょうか。そのとき、初版とどんなコントラストがそこに生じているか、それ自体が天文文化史的に興味深い事柄だと思います。
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