医は仁術なりしか2017年08月14日 07時22分27秒

昨日のNHKスペシャルは、例の731部隊の特集でした。
まさに「鬼畜の所業」であり、これぞ「戦時下の狂気」であった…という定型的な表現も、たしかに半面の真実でしょうが、それだけでは語りえない闇も深く、放送終了後もしばし腕組みをして考えさせられました。

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担当者が熱のこもった取材をする中で、ぽっかり穴のように開いていたのが、この件への東大の関与です。

積極的に取材に協力姿勢を見せた京大に対し(実名入りで当時の医学部実力者の動きを報じるのですから、これは相当勇気が要ったことでしょう)、東大については、「組織的関与はなかった」とする大学側のコメントが読み上げられただけでした。
当時の文脈に照らして、大学側のコメントは不自然であり、そこに横たわる闇の大きさが改めて想像されて、なおさら不気味な感じでした。

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東大の総合研究博物館やインターメディアテク(IMT)は、アカデミズムと政治との緊張関係について、そして東大が負う「負の歴史」について、どう向き合うのか? 

IMTの一ファンとしては、今後同館を訪れる度に、そんなことも頭の隅で考えながら、展示を見て回ることになると思います。

コメント

_ Nakamori ― 2017年08月14日 10時24分03秒

衝撃的な内容でした。とても過去のこととは思えません。

社会的な生き物として生きている私たちが、どうすれば強固な倫理観を保てるのか。

日々の生活の中で自問しながら生きていく必要がある、と考えます。

_ S.U ― 2017年08月15日 09時18分37秒

>組織的関与はなかった
 この番組は見ていませんし、731部隊と東大の関わりについては知りませんが(森村誠一氏ほかのドキュメンタリーは読みました)、少なくともこの「組織的な」というのはちょっと腑に落ちない言葉です。
 現代の大学の研究は予算種目と研究者チームなどの枠組みがあらかじめはっきりしていますが、こういうのは平成の時代になってからのことで、戦前から昭和の時代は、国立大学での研究は少なくともかたち上は研究者自身の自由意思と人脈で進めそれがすなわち公的研究の実力だったはずです。軍の指導も秘密裏に個人ルートで来ることしかありえなかったでしょう。「組織的」な研究と言うこと自体が言葉として「なじむ」ようになったのは、ごく現代のことのように思います。
 たとえば九州大学生体解剖事件でも、大学の組織的関与はないということになっていますが、大学自身、その責任から免れるという立場をとっていません。当時の大学は組織的に研究することはありえなかったけれども軍からの依頼があれば当然動く「組織」になっていたということではないでしょうか。

 過去においても現代においても、研究者が個人の判断で軍事研究をおこない、それによって非人道的兵器や大量殺戮兵器が開発され使用されたとしたら、その研究者は武器使用に直接関わっていなかったとしても戦争犯罪に問われるのか、もし組織的な命令に従ったのであれば免罪されることもあるのでしょうが、このあたりは依然不透明で、現代の軍事研究においてもあまり検討されていないことだと思います。研究者の社会的権利を守るためには重要な点ではないか、現時点では、軍事研究に手を出す研究者は自分が戦犯にされるリスクを理解すべきではないかと思います。

_ 玉青 ― 2017年08月16日 11時07分44秒

Nakamoriさま、S.Uさま

昨日の「Nスぺ」はインパール作戦でした。こちらもズシンと来ました。
731部隊もそうですが、いずれもとても過去のこととは思えない、今に通じる問題として胸に迫るものがありました。まさに過去が現代に付きつけている宿題であり、その回答を我々は求められているのでしょう。(なお、731部隊の方は、今日深夜(=明日未明)に再放送があるようです。)

S.Uさんがおっしゃった「組織的」の件は本当にそうですね。
まさか、東大総長が「チーム東大」の旗を振りながら大陸に人材を送り込んだはずもありませんし、「だから組織的関与はなかった」というのは、まったくの詭弁であり、詐術だと思います。京大の場合、教授の医学部人事権を盾にした圧力によって、子飼いの弟子たちが送り込まれる構図が明かされていましたが、それは十分「組織的」と言えるもので、東大でも基本構図は同じだったろうと、番組を見ながら思いました。

_ S.U ― 2017年08月17日 21時45分50秒

再放送の情報をいただきまして、録画してさきほど見ることができました。

 非人道的な実験は論外として、番組で指摘された当時の予算とか組織とかにまつわる問題点については、現在の「軍事研究」でもほとんど同じと言って良いと思います。我々は、宿題がいまだ返せていません。

 番組の終わりで紹介された最近の防衛省予算の大学研究費について、現在、利用するかどうかは大学の研究者の判断になっています。学術会議は懸念を示しで推奨しない態度を取っていますが、大学の先生が自分の研究としてこれに応募することは自由です。 「大学は組織として関与しない」といいたいのかもしれませんが、現在では、防衛省が出した予算であっても、その結果が大学の設備となり、またこれはかなり重要な点ですが、大学院生、さらには学部生の教育にも寄与することになりますので、大学は組織的に関与することになります。特に、そこにいる学生が自分の教育研究に防衛省予算を利用することを「了」としなかった場合は、相当の問題になるだろうと思います。

 逆にこの軍事研究費で将来何らかの相当の学問的成果があった場合は、大学と防衛省がこぞってその成果を誇って宣伝するということもありえるでしょう。大学は、正の成果があれば研究者の成果を組織の手柄とし、負の遺産となれば「組織的ではなかった」と逃げるような、そんなところです。

 このように問題点が多く、また学術会議も懸念を示すならば、大学で研究や教育をする先生は、軍事研究を控えてもらうようすればよいと思われるかもしれませんが、大学の先生には「学問、研究、教育の自由」がありますので、合法的な財源があり、研究内容が倫理委員会に引っかからない限り、特定の研究をやめてもらったり、学生指導から外れてもらうことはできません。

 結局は、防衛省が大学の先生にお金を出すこと自体に無理があると言わざるをえません。この問題は、731部隊の時と、現代とで何ら変わっていないように思います。ただ唯一変わっているのは、現代は、防衛予算といえども、研究費を誰にいくら出したというのが公表されているということだけです。この差は大きいですが、研究者や国民がこれを監視せず、だれも問題にしなければ、結果的にはかつてと同じことです。

_ S.U ― 2017年08月18日 09時08分05秒

前のコメントで正確でない部分があったので、一部訂正させていただきます。

 「大学の先生が自分の研究としてこれに応募することは自由です」と書きましたが、これは原則であって、個々の大学が「防衛省からの研究費は受け入れない」と始めから決定している場合は、応募自体も禁じているかもしれませんし、応募で採用されても自動的に無効にされるかもしれません。

 大学があらかじめ禁止していない場合に、個々の研究について「防衛省だからやめてほしい」というのは難しいのではないかと思います。

_ 玉青 ― 2017年08月18日 23時05分22秒

防衛省研究費についての解説ありがとうございます。

>学問、研究、教育の自由

どうも、ここが一番の勘所のようですね。

以前「言論の自由」を考えたときに、「言論の自由を主張するなら、『言論の自由をなくせ』という主張も認めないと変じゃないか」というテーゼについて考えました。あの時は「いや、ちっとも変じゃない。主張する自由を認めるのと、その主張の内容を認めるのは、全然次元が違う問題だ。『キミが“言論の自由をなくせ”と主張するのは構わんが、ボクはその主張には反対だ』と言っても、全く矛盾は生じない」…という辺りで自分なりに納得しました。

これを目の前の問題に応用すると、「研究の自由は常に認められるべきだが、ボクは防衛相の紐付き予算で研究することには反対だ」と言っても矛盾は生じないし、実際多くの研究者はそうした立ち位置なのでしょう。私もその主張を支持したいと思います。

>これを監視せず、だれも問題にしなければ、結果的にはかつてと同じ

憲法第12条は、国民の自由と権利について、「国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」と要請していることを思い起こします。まさに普段の努力が求められる重要な場面ですね。

_ S.U ― 2017年08月19日 07時04分50秒

言論の自由と学問の自由は、実は同質のものでどちらも「思想・良心の自由」に起源を発するといわれていますので、それは間違いないことだと思います。言論の自由が基本的人権であり、社会的には他人の言論にも(少なくとも建前上は)絶対的な信頼をおくということなら、研究者の研究・教育においても絶対的にそうでなくてはならないことになります。

 しかし、大学における研究、教育は(国公立私立を問わず)一種の「公権力の行使」でもありますので、上記の自由と信頼は、国民の総意の監視と合意の保留を有していることになります。しかし、保留があるにしても最終的に了承する道しかありません(これが憲法23条で独立に「学問の自由」が明文化されている理由でしょう)。これには、さらに高いレベルの含蓄があって、仮に万一、国民の総意が「一億火の玉」のような狂熱的状態になったとしても、「わしら国民がそうなっても、学者さん達は冷静な正論を貫いてそれを制止し(次回は陛下のご叡断に頼れない)、国を破滅から救ってくださいよ」というところまでの信服をおいていると言えます。

 問題はここから先で、歴史を見るにまた現状を見るに、人文系の先生方はともかく、理系の研究者がここまでの信頼に堪えうるのかというのは甚だ疑問です。理系の先生方が頼りないというよりも、そこまで要求すること自体が無理なのかもしれません。私はこの答えをまだ得ていませんし、それに明瞭に答えた人も知りませんが、少なくとも国民の合意と信頼が理工系の研究者達に具体的に感得できるような制度・枠組が必要と考えます。具体的にどうすればよいのか、ここはひとつ、人文系の先生に明解な指針がいただけるよう切に希望しております。

_ 玉青 ― 2017年08月25日 10時31分28秒

難しい問題がさらに提起されましたね。
コメントへのお返事をいったん書きかけましたが、文章が拡散してうまくまとまらないので、お返事の方は保留とします。ただ、はっきりしているのは、この問題は人々の不断の議論を要することで、まかり間違っても「考えるのが面倒くさいから、答はAIの託宣に任せよう」なんてことは、断じてあってはならないことです。

_ S.U ― 2017年08月29日 18時03分08秒

文章が拡散するほど広く深くご考察いただきましたこと、まことに恐縮に存じます。またの機会がありましたらよろしくお願いいたします。
 
 私も、このことについて、けっこう長く考えてきました。個人的なことを書くのをお許しいただけば、最初にこの問題について考えたのは、大学4年生の時、広島市千田町にある被爆建物となっている校舎(大学は移転しましたが建物は今も残っています)で初めて「原子核物理学」の講義を受けたときでした。惨禍のあった場所でその元になった学問を楽しみながら学ぶことがどうして許されるのだろうか、というところから出発しました。

 それ以来、「学問に善悪なし」ということで形式上は一応解決を見るのですが、実際にどうすれば「過ちをを繰り返さぬようにできるのか」というところは解けておりません。これが解けないと答えが出たことにはなりません。本当に何とか答えを出さないといけない時期が近づいて来たように思います。

_ 玉青 ― 2017年08月29日 22時31分10秒

おそらくですが、今後も人類が過ちを犯すことは避けがたいのではないでしょうか。でも、その過ちから何かを学び、「よし、今度こそは」と再度奮起する…たぶんそんなことの繰り返しでしょう。
ただし、これまでは幸い(まったく幸いです)常に再チャレンジの機会が人類に与えられてきましたけれど、これからは核の問題も含めて、「ジ・エンド」となったが最後、二度とチャンスを与えられない可能性もありますよね。

となると、我々が目指すべきは、少なくとも再チャレンジの芽を摘むような「決定的愚行」は避けることであり、それに向けて力を注ぐことがいちばんの目標かなあ…と、S.Uさんの問へのお答には全然なっていませんが、そんなことを風呂の中で考えました。

_ S.U ― 2017年08月30日 18時06分12秒

>「決定的愚行」は避ける
 貴重なご提言ありがとうございます。
 私も考えてみたいと思います。

 そういう意味では、核兵器のみならず、ハイテク医療も超高齢化社会を作ってお金のない若年層を破壊に追いやるかもしれませんし、AIも多くの人間を怠惰にしたり精神疾患にするかもしれません。そうなると相当決定的に立ち直り困難かもしれません。

 ひとつ気がついたのですが、最近の理工系研究者は、

 ○○の研究が進むと△△がわかり、◇◇が実用化されて・・・人間が幸せになる。

というような宣伝文句で○○研究の宣伝をすることがあります。○○が進んで△△がわかることは本当にすばらしいことで、これは人類を全体的に幸せにするでしょうが、◇◇がひろく実用化されても人間全体が幸せになるかどうかはわかりません。一研究者がそこまでものをいうのはやめていただき、◇◇の功罪については第三者(文系研究者も含む)に議論していただくのがよいように思います。

 まあ、お前は実用になる研究をしていないからそんなことを言うんだ、という人がいるでしょう。まったくその通りですが、私の言うことが間違っているかどうかはそれとはまったく関係のないことと思います。
 
 まあ、このような調子で考えてみたいと思います。

_ 玉青 ― 2017年08月31日 18時02分15秒

ええ、これからも不断の議論を重ねてまいりましょう。
どうぞよろしくお願いいたします。

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