天文古玩

「憎らしい月」の視点は、日本人には斬新に感じます。足穂もそれを感じ取ったのでしょうね。そういえば、足穂にそのような題名の短編があったなと思い出し、心当たりを探してみますと晩年作を含む短編集『飛行機の黄昏』に「おそろしき月」というのがありました。また同じ本に「大きな三日月に腰かけて」という題目もありました。
　
　内容は、どちらも似たようなもので、ステッドレルペンシルの話がはいり、日本では花王石鹸の月マーク（これは男性の顔だという）がその初めで、彼も近代の外来文化として捉えているようです。日本の古典では、伊勢物語の「月の中の桂男」を引用していますが、これは美男らしいので、その手の日本文化は彼も見つけていないのだと思います。

　ただ、足穂の偉いところはそれだけで引き下がらないところで、彼は同書の「月に寄せて」で近所の人の感覚に対して「民俗学的研究」を試みています。長くなりましたので、その内容についてはまたの機会に。

おお、これはお手間を取らせました。
まことタルホの月は、独特なものがありますよね。そして後の世代への影響も甚だ大きかったと思います。以前紹介した『青い月の物語』の作品世界なんかも、タルホなかりせば…というところでしょう。
https://mononoke.asablo.jp/blog/2024/06/30/9697292
ことお月様に関しては、タルホは新たな作品を創作したのみならず、新たな観念、新たな世界を創造したといえるかもしれません。
（『飛行機の黄昏』収録作品は、手元の本にも分散収録されているかもしれませんが、アンソロジーにはアンソロジー独自の魅力がありますから、これも購入してみます。）

>アンソロジー独自の魅力
これは、知らなかったのですが、　『稲垣足穂　飛行機の黄昏』は、今世紀に入ってからの出版社（平凡社STANDARD　BOOKS）による選集みたいですね。

　私は、この本には、足穂の「月旅行史」と「飛行機の凋落史」が集められているので、拙論の「スプートニクに始まる」のような観点で、足穂の近くの人たちによって、足穂の晩年に選ばれたのかと思っていましたが、そうではなく、STANDARD　BOOKSのシリーズ自体が「諸科学文学」の選集の選集の新企画みたいになっているみたいです。
https://www.heibonsha.co.jp/search/s7288.html
一般社会にも影響を与えた自然科学、民俗学の人を多く扱っている中に、足穂の飛行機のような「個人的な思い」が入っているのはなんとなく嬉しいです。

平凡社のSTANDARD BOOKSシリーズ、なかなか良さげですね。
帯に「好評既刊」として載っているのは、寺田寅彦、野尻抱影、岡潔、中谷宇吉郎、牧野富太郎、串田孫一といった素敵な面々ですから、まことに「天文古玩」向きというか、もう少し以前だったら、片っぱしから買って読んでいたかもしれません。
巻末の「刊行に際して」のページには、「上質な知」「科学的視点」「風とおしのよい心」、そして「教養」といったワードが躍っていて、思わずその意気やよしと膝を打ちました。こういう本が広く読まれるようになると、世界はもうちょっと住みやすくなるかもしれません。

平凡社のSTANDARD BOOKSについて、高評価をしていただいたので、私はもう１冊、今西錦司氏の著書を購入しました。これも、比較的晩年に書かれたエッセイ集に見えて、実は比較的若い時に書かれた科学解説的なものも含まれているようです。こういう図版の少ない文庫・新書的なものは、おもに電子本で買えるので、私も気軽に買えるし、普及もしやすいと思います。