月とホトトギスの装身具(3) ― 2026年02月07日 08時33分23秒
今日登場するのは、簪(かんざし)ではなく櫛(くし)です。
(左右幅は 10.7cm)
漆を盛り上げた「高蒔絵」のホトトギス。
こういうのは時代判定が難しいですが、「閑清形」と呼ばれる櫛の形や、桑材に高蒔絵という趣向は、江戸後期~末期のものであることをうかがわせます(別にこの種のものに通じているわけではなく、装身具の解説書を眺めて一知半解で書いています)。
一方、月はといえば、裏側に凛然と浮かんでいます。
表と裏でひとつの絵柄とするというのも、時代の嗜好であり、職人の機知でしょう。
金のホトトギスと銀の月の対比が美しいと思いました。
もちろん、昔の物がなんでもかんでも良いわけではありませんが、こういうのは確かに精神的な豊かさの証で、床しく感じます。(省みて今の我々はどうか…と、つい問いたくなりますが、まあ、これは言わぬが花でしょう。)
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ホトトギス以外にも月の簪には佳品がまだまだあります。
月を身にまとう優雅さを愛でつつ、そちらはまた折を見て登場させることにします。
(この項とりあえず終わり)
月とホトトギスの装身具(2) ― 2026年02月05日 21時03分54秒
私はジャパン・ルナ・ソサエティの会員なので、N市支部の例会では、お月様にちなむ品を紹介する義務を課せられてるんですが、そこでも一連の月の簪(かんざし)はなかなか好評でした。…というのは、会員云々も含め、すべて脳内の話ですが、こういう品を手にすると、ふとそんな空想にふけったりします。
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今日の簪は金工ではなく漆工作品です。
(全長20.5cm)
江戸~明治のものと思いますが、本体はべっ甲、そこに蒔絵が施されています。
簪といえば2本足が普通ですが、これは1本足です。たぶん笄(こうがい)との中間形態である「中差簪(なかざしかんざし)」と呼ばれるタイプだと思います。
先端に見える「耳かき」が簪の特徴で、幕府が奢侈品を禁じた時代、「これは贅沢品ではなく、立派な実用品です」と言い逃れるための工夫だと聞きました。それが明治以降もデザインとして踏襲されたわけです。
小指の爪に乗るほどの小さなホトトギス。その下の月は一見目立ちませんが、灯りにかざせば鮮やかに浮かび上がります。
これはべっ甲の透明な部分を活かした細工で、なかなか手が込んでいます。
さらにその下に見えるのは、おそらく藤の木でしょう。
藤にホトトギスとくれば、これは花札の四月の札で、風雅の中にユーモアと機知が光ります。これぞ江戸の粋という感じです。
これは無名の職人の作ではなく、銘が入っており、号は「良斎」と読めますが、詳細不明。
(この項つづく)
月とホトトギスの装身具(1) ― 2026年02月04日 18時56分11秒
私が簪(かんざし)を手にしてもどうしようもないのですが、私は昔からこういう細かい細工物が好きで、しかもテーマが月となれば、これは当然食指が動きます。
簪は今でも作られているでしょうが、私が心惹かれるのは、江戸から昭和戦前まで、まだ和装が日常のものだった時代に、無名の職人たちが腕をふるった作品です。そうした品のうち、ホトトギスが登場するものを、ついでと言っては何ですが、この機会に一瞥しておきます。
(全長17cm)
これは間違いなく江戸時代にさかのぼる品と思います。
立体的で存在感のある月がいい感じですね。背景は雲でしょう。
文化・文政の頃から若い女性の間で流行した、いわゆる「びらびら簪」(残念ながら飾り金具がひとつ欠失しています)。
(裏面)
当時にあっては、格別高度な技ということもなく、おそらく身辺日常の品だったと思いますが、それだけに一層、往時の金工技術の水準をうかがうに足ります。
(この項つづく)
月と鳥 ― 2026年02月02日 19時22分38秒
昨日の月と燕のブローチを見て、個人的に連想するものがあります。
(全長18.5cm)
江戸~明治の「月にホトトギス」のかんざし。
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今もそうかもしれませんが、特に近代以前の西洋絵画は、象徴的表現(砂時計は有限の生、牧者はキリストを表す等)を多用するので、図像にこめられた意味を読み解くイコノロジーという学問も生まれました。
日本美術にも象徴的表現はあるでしょうが(松は長寿、蓮は仏を表す等)、それよりも文芸的伝統の中にある画題が一層優勢の気がします。
このかんざしも、百人一首に採られた「ほととぎす 鳴きつる方を ながむれば ただありあけの 月ぞのこれる」の古歌をなぞって、風雅な趣を出しているだけのことでしょう。それは何か別のものを「象徴」しているわけではなく、月は月だし、ホトトギスはやっぱりホトトギスに過ぎません。こういう例ははなはだ多いです。日本では美術・工芸作品もまた本歌取りの伝統の中にある…ということかもしれません。
ですから、日英両国の「月と鳥」の装飾品の類似は、あくまでも表面上のものということになります。
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しかし…と、ここで私の思考は横すべりします。
そもそもなぜ古歌の作者(後徳大寺左大臣)は、月とホトトギスの配合に心を寄せたのか?
考えてみると、日本の伝統画題には「月に雁」もあります。あるいは「月に千鳥」や「月に鶴」というのもあります。月と鳥をいろいろ結び付けて、そこに興を覚えるというのは、やっぱりそこに何かあるのではないか?
鳥は地面に舞い降り、また飛び立って空を翔ける存在です。
そして月は無限の天上界にあって、いちばん地上に近い異世界。
地上に縛り付けられた人間が、天上世界へのあこがれを表現するとき、それを一番託しやすかったのが鳥と月ではなかったか…ということを、ちらっと考えました。
この辺になると西洋も東洋もなく、カルチャーバウンドな象徴が生まれる以前の、人間精神の古層に横たわるアーキタイプ(原型)ではなかろうか…と、いかにも思い入れたっぷりに書いていますが、まあこれは駄法螺の類で、駄法螺というのは、吹く方はなかなか楽しいものです。
月と燕 ― 2026年02月01日 09時00分47秒
昨夜は丸い月が皓々と輝き、そばに木星が寄り添う、ちょっとした天体ショーが見られました。
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月をモチーフにしたアクセサリーはほぼ無限にあるでしょうが、そこに込められた「意味」の方は無限というわけにはいきません。
(月の差し渡しは約5cm)
たとえば三日月と燕を組み合わせた、このヴィクトリア時代のブローチ。
月はそれ自体、「女性性」の象徴であり、さらに三日月は「新しい始まり」という独自の意味を帯びます。そして燕は、日本でいうオシドリと同様、生涯同じ相手と添い遂げる鳥とされることから「永遠の愛」や「貞節」を、あるいは毎年同じ巣に帰ってくることから「安全な帰還」を意味します、
以上の組み合わせから、三日月と燕の意匠は新婚期、特にハネムーン旅行に赴く女性が身に着けるものとして好まれたものだそうです。
(ブローチの裏側)
ただし、上のブローチが帯びているのはそれだけではありません。
この三日月が黒(ブラック・エナメル仕上げ)であることには、これがモーニング(mourning)・ジュエリー、すなわち死者を悼む服喪の際に身に着けたものであることを示しています。
結局のところ、このブローチは愛する夫を亡くした女性が、それでも永遠の愛を誓い、寡婦としての新たなライフステージを受け入れ、いつかまた天国で再会することを願うメッセージが込められたものというわけです。
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…というようなことは、今やAIがすぐに教えてくれるので、いわゆる「こたつ記事」はいくらでも量産できますが、しかしこれを目の前にして湧いてくる「思い」の方は、そういうわけにはいきません。
ヴィクトリア時代の古びた部屋の様子。
持ち主の女性の瞳の色。
それらを想像して、美しくも悲しい情調―そう言ってよければ一種の「ロマンス」―を感じるし、同時に女性に寡婦でいることを強いた抑圧的な社会の存在も感じます。そして、それを感じている私だって、遠からずこの世に別れを告げるのだろうという予感も重なって、一個のブローチが放つ「意味」はなかなか複雑です。おそらく見る時の気分によっても、その色合いは変わるでしょう。
…となると、「意味」の方もやっぱり無限に近いのでしょうか?
「込められた意味」だけでなく、「そこに読み取る意味」まで勘定に入れれば、おそらくそうでしょう。
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モノですらそうなのですから、ましてや人となれば、そうパキパキと相手を割り切って理解することはできません。
赤い星の中に ― 2025年08月30日 18時02分35秒
ウィキペディアには「ソビエト連邦の国旗」という項目があって、そこには以下のように書かれています(太字は引用者)。
「金の鎌と槌と金の縁取りを持つ赤い五芒星を表示した赤旗である。赤は社会主義と共産主義の構築へ向かう、ソビエト連邦共産党に指導されたソビエト人民の果敢な闘争を、鎌と槌は労働者階級と農民との絶えざる団結を、赤い五芒星は五大陸における共産主義の最終的勝利を象徴する。」

ソ連の国旗というと、特徴的な鎌とハンマーに目が向きがちですが、その脇にある「金の縁取りを持つ赤い五芒星」こそ、旧ソ連の理念と目標を象徴しており、小なりといえども、なかなか大した意味を背負っているのでした。
その理念は時の流れとともに覇権主義へと変質し、最終的勝利も結局なかったわけですが、とにもかくにも、戦後、アメリカと並ぶ超大国として、東側陣営の盟主の座にあったことは事実ですから、その存在は歴史の中にきちんと定位されなければなりません。
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さて、今回の主役は画像の隅に置かれた赤い星です。
「Протон-4」、すなわち「Proton-4」をモチーフにしたピンバッジ。
プロトンは1号(1965年)から4号(1968年)まで打ち上げられた大型の人工衛星で、(超)高エネルギー宇宙線を観測することを目的としていました。
シリーズの最後を飾ったプロトン4号は、プロトンシリーズの中でも最重量で、12.5トンの科学観測機器を含む総重量は17トンに達しました(ロシア語版Wikipedia「Протон」の項参照)。
その実際の姿は下のようなもので、ピンバッジの絵とはだいぶ違います。しかし円筒形のずんぐりした胴体、そこから突き出た太陽電池パネル、とんがった頭部のアンテナ…といったあたりに共通するものがあって、いい加減な造形なりに、実物に寄せて描いた努力の跡はうかがえます。
(ツィオルコフスキー記念国立航空宇宙博物館に展示されているプロトンの模型。出典:同上)
プロトンは本格的な宇宙望遠鏡のはしりと言っていいと思いますが、何しろそれだけの重量物を打ち上げる大型ロケット(=プロトンロケット)と、世界をリードする最先端の宇宙物理学的研究が、1960年代のソ連には確かにあったわけです。
胸元を飾った、金のふちどりの赤い星とプロトンの勇姿。
ソ連の少年少女の誇らしい気持ちを、ここは思いやって然るべきだと思います。
銀河のほとりへ ― 2025年08月28日 18時56分00秒
今日は旧暦の7月6日、いよいよ明日は七夕。
七夕の晩は涼しい銀河のほとりで過ごそうと思います。
でも、どうやって?
もちろんカササギの背に乗ってひとっ飛びです。
何せカササギの並んだ橋は、牽牛・織女が乗ってもびくともしないのですから、人ひとり運ぶぐらいわけはないでしょう。
このカササギのアクセサリーは、モノとしては「帯留め」なので、私が実用に供するわけにもいきませんが、これを手にすれば、いつでも心の耳に銀河の流れる音が聞こえてくるのです。
これは、アクセアリーブランド「数(SUU)」が手掛けた現行の品で、ピューター製の鳥の表面にカットガラスの星を埋め込んだ、なかなか美しい仕上がり。
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明晩、こと座とわし座のそばに常ならざる星、すなわち「客星」が見えたら、それは私です。
アールデコの彗星 ― 2024年08月11日 13時50分08秒
アールデコの時代は、高度な工業化の時代でもあります。
昨日のクライスラービルに代表される「摩天楼」も、巨大な工場が生み出す大量の鉄筋とセメント、そして平面ガラスがなければ、実現不可能だったでしょう。
そして身近な品も、合成樹脂製品が幅を利かせるようになります。
その代表が、非石油系樹脂であるセルロイドです。
セルロイドは1920~30年代、アールデコの時代を象徴する素材で、今でこそ「なつかしい」と言われるセルロイド製品ですが、当時はモダンな新時代の空気を身に帯びていました。(まあ、当時は当時で「安っぽいまがい物」と、眉をひそめる人もいたでしょうが)。
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彗星モチーフのブローチ。
セルロイドにガラスの模造宝石を散りばめてあります。
米・バーモント州の人から購入しました。
元々安価な品ではあったでしょうが、ところどころ塗装が剥げてしまって、今では文字通り一山いくらの品です。それでもコメット・ブローチをいろいろ探している中で、アールデコの時代を強く感じさせる品として、興味をそそられました。
このブローチは、当時の女性の装いを教えてくれると同時に、彗星にアールデコの装いをさせると、どんな姿形になるのかをも教えてくれます。
元のデザイナー氏が、どこまで彗星の知識を持っていたかは分かりません。
でも、1744年のシェゾ―彗星や、1861年の大彗星(テバット彗星)は、複数の尾を派手に広げた姿が盛んに描かれましたから、このブローチもたぶんその辺が発想源ではないかと思います。そこにアールデコのデザイン感覚を重ねると、こんな姿になるというわけです。
(左上・シェゾ―彗星、右上・1861年の大彗星。William Peck(著)『A Popular Handbook and Atlas of Astronomy』(1890)より)
1910年のハレー彗星以降、20世紀前半は目立つ彗星の少ない時期だったと思いますが、それでも1927年のシェレルプ・マリスタニー彗星(C/1927 X1)のように、日中でも観測できる明るい彗星があったり、彗星は年々地球の近くを訪れましたから、人々の念頭を去ることはなかったでしょう。
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星々の間を縫って進む宇宙の放浪者。
一所不住の気まぐれ者。
颯爽としたダンディな服装と身のこなし。
一所不住の気まぐれ者。
颯爽としたダンディな服装と身のこなし。
彗星は、西洋流の粋を身上とする伊達者に、理想のイメージを提供したかもしれませんね。
空色の宇宙、金のロケット ― 2024年07月13日 08時03分09秒
雨が上がり、セミが盛んに鳴いています。
昨日は気分がふさぐ記事を書いたので、何かすっきりするものを探しているうちに、こんな品が目に留まりました。
(全長47mm)
空色の宇宙を背景に、金の星と金のロケットが美しいエナメルのピンバッジ。
チェコの人から入手したもので、「Astronomický kroužek」というチェコ語は、英語にすると「Astronomical circle」、要するに天文クラブ、天文同好会のことです。
1960年代頃の品と思いますが、当時はまだ「チェコスロバキア」だった同国の某天文クラブの会員章。当時の星好きの少年少女たちの胸元を飾ったのでしょう。
天文クラブの会員章にロケットが登場する、要するに星好きは同時にロケット好きでもある…と無条件に思われていたところが、時代を感じさせます。
世はスペースエイジ、陣営の東西を問わず、ロケットのフォルムと宇宙イメージは分かちがたく結びつき、子どもたちの憧れを誘ったのです。
星で身を飾る ― 2024年04月22日 19時04分35秒
そういえば、博物蒐集家の応接間にお邪魔しながら、私は話に夢中で何も買わずに帰ってきてしまいました。なんだか迷惑な、客ともいえない来訪者だったと思います。そんなわけで、昨日の画像にはDMと会場でいただいたステッカーのほかは、演出用の小物が写り込んでいるだけです。でも、まったくイベントと無関係というわけでもありません。
天文モチーフのシャープな造形のタイピン。
(シルバー875、すなわち銀純度87.5%)
そして、今回いろいろ貴重なお話をうかがったのもメルキュールさんだったので、そこに縁(えにし)を感じたのでした。
紙モノ以外の天文アンティークというと、こうしたアクセサリ類もそうですね。
こうした品はさすがに「理系アンティーク」とは呼べないでしょうから、天文アンティークは一見理系アンティークに包含されるようで、実際にはそこからはみ出す部分がけっこうあります。
星の輝くカフリンクス。この品も同様です。
そしてこういう品こそ、その時代の人びとの「星ごころ」や宇宙イメージをいっそう雄弁に物語っているような気がします。
青く澄んだ宇宙に浮かぶ金の星。
こんな品を袖口で光らせたり、土星のタイピンで胸元を飾ったりした洒落者が、かつては確かに存在したわけで、まことに心憎い限りです。最近は、こういうのは流行らないかもしれませんが、宇宙や天体がシンプルにカッコよかった時代を思うと、懐かしいような、うらやましいような気になります。




































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