豊郷小学校に見る、昭和の理科教育空間(8)2012年06月01日 21時37分47秒

平均的な子供は、植物よりも、動物に興味を持つのではないでしょうか(男の子は特に?)。そのせいで、飼育委員(飼育班)というのは、クラスや学校では、一種の「花形職種」だった記憶があります。

しかし、あれも当然、理科教育に資するためのものですから、「飼育を単なる動物園づくりや動物の見せものに終わらさないためには、飼育の特質をふまえ、周到な計画のもとに実施しなければならない」(『手引』p.77)のは当然です。

飼育の学習目標とは何か―?
これまた『手引』から引くと、

・動物の生きる姿に触れる活動ができる。
・動物の生命をまもりつつ成長をはかるために、継続的な世話の必要性を知ることができる。
・愛情をもって、動物の生活をみつめて観察をし、ひろく動物に親しむことができる。
・個体が系統発生する事実にふれ感動する。
・自然と人間との関係について理解が深まる。
・身近な動物の生態と形態を認識できる。
・環境と動物のくらしの関係は握ができる。
・飼育は単なる実験、観察的な方便としてではなく、生きた教育の場としてはたらく。

といった項目が並んでいます。動物を知り、引いては人間を知る…という点に眼目があったということでしょうか。

   ★

さて、さっそく豊郷小の飼育設備を見に行きますが、これがすごいのです。

まずは「水きん舎」。漢字で書けば「水禽」、要は水鳥の飼育舎です。


左手に子供が立っていますが、比較すると、その大きさが分かります。
詳細を言うと、高さは3m、面積は35平米(たて4.8m、よこ7.3m)。内部に池を作って、ガチョウ、アヒル、オシドリ、カモが飼育されていました。

こうした大型の飼育舎は、当然「設置する土地にゆとりがあり、水きんの遊び場や水浴び場が、飼育数に応じて、つごうよくつくれることが条件」(『手引』p.81)でしたが、豊郷小の場合は、余裕でクリアです。

   ★

この水きん舎の担当は、おそらく高学年の生徒で、低学年からは尊敬の目で見られたことでしょう。しかし、低学年には低学年で(と決めつけてはいけませんが)、かわいらしい「小鳥小屋」がありました。


「日当たりのよい飼育場に建っている単独の小屋である。周囲から観察できるように金網にしてあり、高さも子どもに適した程度にさげてあり、中には止り木と巣箱が設置してある。防寒のために、各窓におおいがつけてある。」(『手引』p.83)

豊郷小では、こういう小屋飼いと並行して、生徒がいつでも自由に観察できるように、廊下で「かご飼い」も行っていました。


素朴きわまりない小学生の表情がいいですね。

   ★

水きん、小鳥と来て、豊郷小には鳩も飼われていました。いわゆる「鳩舎(きゅうしゃ)」です。


そして、『手引』では、むしろ鳩の飼育を、低学年向けとして推奨しています。
「ハトは、ほかの小鳥にくらべて、からだが大きくて運動が観察しやすい上に、子どもになじまれやすい特性をもっている。低学年が給餌の世話をする動物としてふさわしいであろう。繁殖力をもち、卵から育てることも理解しやすいものであるから、成長をみとどける対象としても適当といえよう。」(p.86)

鳩(伝書鳩)というのは、一時ずいぶん流行った気がします。
最初は大人の趣味でしたが、それが子どもの世界にまで広まって、その余波は『レース鳩0777(アラシ)』という、動物漫画の佳作を生むに至りました(飯森広一作、1978~81にかけて少年チャンピオンで連載)。あるいは、これはシートン動物記に、「伝書鳩アルノー」というのが入っていた影響もあるかもしれません。

ちょっと話題が飛びますが、鳩に限らず、当時(昭和中期)は鳥を飼うのが流行っていて、どの町にも必ず「小鳥と金魚の店」というのがありました。(今のペットショップよりもひなびた感じの、独特の臭いのする店です。)
品揃えは、琉金、和金、出目金にキャラコ。ジュウシマツに文鳥、カナリア、セキセイインコ。夏ともなれば、店先にホテイアオイとミドリガメが並び、窓辺ではエアーポンプにつながれた陶製の水車小屋やカバが、眠そうにブクブク泡を立てているような店。あれもまあ、一種の昭和情緒だったといえるかもしれません。

   ★

これだけ飼えば十分という気もしますが、豊郷小では、まだほかに2種類大物を飼っていました。ニワトリとウサギです。


向って左が鶏舎、右がウサギ小屋(その手前は魚の飼育池でしょう)。

ニワトリは、4年生の正式な単元となっていたため、多くの学校で飼われていました。(それに対して、鳩は「ぜひ飼育しなければならないというものではない」と、『手引』は述べています。それをあえて飼っていた豊郷小は、やはり飼育に力を入れていたのでしょう。)

いっぽうのウサギは、その効用・目的が詳しく書かれていませんが、まあ哺乳類代表という役柄なのでしょう。豊郷小では、上のような箱飼いと並んで、下のような放し飼いもしていました。こうすれば、ウサギ本来の穴を掘って生活する習性も観察することができます。


   ★

それにしても、これだけ沢山の動物の世話をするのは、さぞ大変だったことでしょう。
児童数の多い時代ですから、世話役には事欠かなかったでしょうが、それを指導する先生の苦労は一通りではなかったはず。昔の先生はそれだけ時間に余裕があったのでしょうか。今の忙しい先生にはとても無理…という気がしなくもありません。

(この項さらにつづく。次回は天文・気象・地学編)