閑語2022年09月23日 09時50分23秒

世上かまびすしい「国葬」の問題。
安倍さんの国葬については、私ももちろん反対です。

世間一般では、法的裏付けのない、内閣が勝手に決めた違法な国葬だから…という声も強いですが、ただ、あまりそれにこだわると、「じゃあ、臨時国会を開いて、手続きを踏んで決定したものならいいんだね?」と言われたとき、ぐうの音も出なくなる気がします。

もちろん、岸田さんの不法行為は、それ自体咎められねばならないですが(法治国家なので当然です)、それよりも私が安倍さんの国葬に反対するのは、私には彼がそれにふさわしい人物とは到底思えないというのがひとつ。

それと、そもそも国家が人間の死を序列化する(=国葬に値する人とそうでない人を、国が選別する)ことに、強烈な違和感を覚えるからです(靖国思想をちょっと連想します)。

後者は、安倍さんの問題とは離れた、国葬という制度そのものに対する批判なので、議論の際には分けて考える必要があります。それに、後者をつきつめると、私自身が「安倍さんは国葬にふさわしくない人だ」と主張するのも矛盾じゃない?という点にも跳ね返ってきます。まあ、私のは「彼は別に褒めそやすような人物ではない」という個人の感想に過ぎないので、国家の意思決定と同列に論じることはできないでしょう。

国葬は、このままなし崩しに挙行されるのかもしれません。
でも、おぼしきこと言わぬは腹ふくるるわざですから、はっきり反対であることを、ここに書きつけておきます。

若き日のパリ天文台2022年09月23日 09時53分41秒

パリ天文台を主役に据えて、話を続けます。

(版面サイズ19×28cm)

1690年制作の銅版画なので、1667年のオープンから23年後。
御年355歳になるパリ天文台の、まさに青年時代の絵姿です。

パリ天文台の屋上にドームが載ったのは、19世紀半ば、正確には1847年のことで、その歴史はドームの有無でほぼ折半されます。もちろん、この絵はドームがない時代のものです。

作者のアダム・ペレル(Adam Pérelle、1640-1695)は、その父親や弟とともにパリで図案家・版画家として名を成した人。いずれも風景や建物の絵をよくし、全部で1300点の作品が一家の手になるものとされます。さらに「王室御用版画家」の称号を許され、高位の人々に絵の手ほどきをするなど、社会的にも栄達を遂げました。

…というのは、例によってwikipediaからの安易な引用ですが、ペレルはそういう立場の人でしたから、天文台の敷地に入ってスケッチすることも許されたでしょうし、この絵は当時のかなり正確な描写だと思います。

とはいっても、昼日中に星を観測することはないし、これほど多くの人が同時に作業を進めたとも思えないので、この絵は何枚かのスケッチを合成して1枚の絵にまとめた、いわゆる「異時同図法」でしょう。

そういう目で仔細に見ると、その細密な描写に思わず惹き込まれます。


屋上で熱心に望遠鏡?を覗く人々。


地上では天球儀(アーミラリースフィア)を脇に、何やら盛んに書き物をしています。これは屋内作業を、屋外の景に置き換えたのかもしれません。瘠せ犬を追っ払う姿がユーモラス。


こちらは滑車で操作する、長焦点望遠鏡の調整作業でしょうか。


大型四分儀による星の位置測定。
パリ天文台は同時代の他の天文台と同様、星の厳密な位置測定を重ねて、それを天測航法に生かそうという「航海天文学」の研究拠点でしたから、これこそが天文台の本務といえるものです。

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忙しく立ち働く300年前の天文学者や技術者たち。
その姿を見ていると、観測装置こそ素朴なものでしたが、彼らもまた現代と同様、持てる力を尽くして、天界の秘密に挑んでいたことが、無言のうちに伝わってきます。

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この機会に一言釈明しておくと、このブログに掲載する写真は、しばしば右上に影が入りがちです。これは下のような狭苦しいところで写真を撮っているためで、いかにも見苦しいのですが、環境のしからしむるところ如何ともしがたいです。