古星図と天文アンティーク2019年11月30日 16時14分20秒

前回触れたアンティーク望遠鏡の本ですが、著者のウォルフ氏から、「配本が大幅に遅れるよ」と連絡がありました。例のメーリングリストの影響か、注文が重なって在庫払底の由。

紙であれ、電子であれ、レファレンスブックというのは、いつの世も有用なもので、関心領域のそれは、手元に置いて、いつでも参照できるようにしたいものです。ウォルフ氏の本が在庫切れとなったのも、そう思う人が世界には依然たくさんいる証拠でしょう。

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ときに、レファレンスブックで思い出しましたが、今から7年前に(…と自分で書いてビックリ。もうそんなになるんですね)、星図蒐集の参考書を取り上げました。

■改めてアンティーク星図の話(3)…収集の手引書

そこで取り上げたのが、Nick Kanas(著)History, Artistry, and Cartography』(Springer)です。リンクした記事で書いたように、この本は初版が2007年、初版改訂版が2009年、そして第2版が2012年に出ています。

今年、その第3版がついに出ました。かなりニッチな本のわりに、よく売れているのは、この分野でしっかりした参考書を求める人が多いことを示しています。

(『STAR MAPS』第3版)

第3版刊行の意図と、それ以前の版との違いは、冒頭におかれた「第3版への序」でカナス氏自身がこう書いています(以下適当訳。改行は引用者)。

 「〔…〕さて、今や第3版を出すべき時だ。

この第3版は、前の版に対して、多くの重要な変更や追加が行われている。まず多くの読者の要望に応え、今回はハードカバー版とし、耐久性が増した。さらにカラー図版を巻末の別項にまとめるかわりに、本文と一体化した。

また、「第11章 地上及び天空の絵地図」及び「第12章 美術絵画における天空のイメージ」という2つの新章を加え、さらに5点の図版を鮮明なものに差し替え、54点の図版を新たに加えた。そのうち20点は第11章、28点は第12章に配し、その他何点かの図版を、先行する各章に配した(すなわち図4.9、6.4、6.5、8.61、8.62、8.63)。そして、第2版出版後に公刊された情報を反映して、新たな参考文献を83点追加するとともに、本文中でもそれに対応するアップデートを行った。また新たな節として、大航海時代がもたらした新星座に関する「4.3.4 イスラム世界への影響」と、「8.7.6 口絵のコスト削減の手立て」が加わっている。最後に本文全体を見直し、誤植を訂正し、表現をより明確かつ詳細にした(特にイスラムとビザンツの章と、「8.1 天球儀とゴア」〔ゴアは天球儀用船形星図のこと〕)。

総じて、読者の便と理解向上を図るため、本書は多くの点が新しくなっている。
ぜひご一読を!」 

…というわけで、カナス氏はなかなか意気盛んです。

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あくまでもパラパラ見ただけの感想ですが、本書の内容増補のあり方が、なかなか興味深くて、それはカナス氏の蒐集対象の拡大が、日本の天文アンティーク趣味の外延(ちょっと強気に出れば、私自身の興味の広がり)をなぞっているように感じられたからです。

これは強調されねばなりませんが、日本で「天文アンティーク」と総称されるアイテム群を指す言葉は、英語にはありません(フランス語にもドイツ語にもないでしょう)。それを指す言葉がないということは、それに対応した概念もないということです。

日本で「天文アンティーク」というと、堂々たる古星図あり、天文古書あり、真鍮製の望遠鏡あり、星座早見あり。さらには、ペンダントやブローチ、シガレットカードに切手、絵葉書、ピンバッジといった小物類にまで及びます。そのモチーフも、正統派天文学史の遺品もあれば、月や星、コメットを洒落たデザインに落とし込んだアクセサリーもあり、宇宙開発ブームのなごりの品もあるという具合で、その範囲ははなはだ広いです。

我々は、それを「天文アンティーク」と総称して怪しみませんが、でも異国の人には、かなり奇異に感じられる嗜好だと思います。天文アンティークとして売買されるのは、主に異国の品ですが、その異国の品々から紡がれた「天文アンティーク」という概念は、あくまでも日本生まれのものであり、ひょっとしたら、将来「TEMMON-ANTIIKU」という言葉が、外来語として英語の辞書に載るんじゃないかと思えるほどです。

この辺の事情は、日本の漫画やアニメが、“comic”や“cartoon”、“animation”ではなく、あくまでも「MANGA」や「ANIME」として言及されるのに似ています。そして、フランスを舞台とした「ベルばら」に、今度はフランスの人が憧れ、コスプレイヤーとして来日するなんていう「ねじれ現象」が、天文アンティークの世界にも起こるんじゃないか…ということを、カナス氏の本を読んで感じました。

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カナス氏の本も、最初は普通の古星図の解説書でした。

15世紀、16世紀、17世紀と、世紀を追うにつれて、より精緻に、より大量に作られるようになった美麗な星図の歴史をたどり、さらに18世紀、19世紀、20世紀に至る星図たちを、その作者とともに総まくりした内容だったのです。

しかし、そうした古星図に一通り馴染んだあとも、カナス氏のコレクション欲が衰えることはなく、新天地を求めて、さらに多方面に触手が伸びていきました。コレクターにはありがちなことだし、私も大いに共感を覚えます。

氏の関心は、天球儀やアストロラーベ、星座早見、ヴォルヴェル(回転盤)を備えた天文古書へと広がり、まあ、ここまでは星図のお仲間といえますが、さらに星図以外の天文測器の古図とか、さらには天体を描いた現代絵画やフォークアート、バック・ロジャースのコミックポスター、古い果物ラベルや切手、カード類まで手を出すに及んで、ついに氏は日本の天文アンティークの徒と一味同心となったのです。

(左は2017年の日食記念切手(アメリカ)、右は1964年発行のソ連の人工天体切手)

そして、第12章第5節「Children’s Art(児童画)」では、自身のお孫さんの作品も登場して、天文アートの本質が大いに語られるのですが、ここまでくると、私もちょっとポカーンとするところがなくもありません。

(右がお孫さんのネイサン君で、この絵も当然カナス・コレクションの一部。)

この勢いで増補が繰り返されると、第5版が出るころには、快著がすっかり怪著化する可能性もあって、それはそれで大いに楽しみです。

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ちなみにカナス氏の本業は医学者。氏は少年時代から望遠鏡で星を覗くことと、古地図が好きでした。大人になってから、たまたまロードアイランドのアンティーク屋で、フラムスティード星図のバラ物を2枚購入し、さらにその数年後、大英博物館で星図展を見たことがきっかけで、氏の2つの興味関心が同時に火を噴き、氏はすっかり古星図のとりことなり、あとは蒐集まっしぐら―。

そうした経歴も大いに共感できるし、勝手に同志意識を抱いてこの本を読むと、いっそう興が深まります。

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