碩学の書斎から2024年12月26日 05時51分32秒

「なんたること…なんたること!」と、2回心の中でつぶやきました。
いや、1回は心の中だけではなく、たしかに声に出しました。

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クリスティーズの主催する古書・手稿の売り立てが、来年1月、オンラインで開催されると聞きました。会期は1月14日から28日までの2週間です。


出品品目は全部で231点。それだけならたぶん「ふーん」でしょうが、今回心に響いたのは、天文学史の泰斗、故オーウェン・ギンガリッチ氏(Owen Jay Gingerich、1930-2023)の蔵書がそこに含まれていると聞いたからです。

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ギンガリッチ氏のことは、その訃に接した直後、昨年6月1日の記事で採り上げ、さらに3日、4日、5日と4回連続で話題にしており、そのときの自分がどれほど動揺していたか分かります。以下がその一連の記事。


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今回の売り立てのうち、ギンガリッチ氏の蔵書に由来するのは74点で、以下のページにその内容が詳述されています。もちろんこれがギンガリッチ氏の蔵書の全貌ではなくて、今回出品されるのは、そのハイライトたる古典籍だけです。



冒頭のアストロラーベは何だかフェイク臭いぞ…と思いましたが、そこはクリスティーズで、フェイクとこそ書いてないものの、「19世紀以降、インドかイランで旅行者向けのお土産用として作られたものだろう」と正直に書いています。それでも4千~6千ドルと結構な評価額なのは、ギンガリッチ氏旧蔵品という有難みが上乗せされているからでしょう。

まあ、アストロラーベはご愛嬌として(ギンガリッチ氏も誰かにお土産でもらったのかもしれません)、今回の目玉である古典籍を見ると、コペルニクス前夜からティコ、ケプラー、ガリレオに至る15~17世紀の稀覯本がずらりで、さすが碩学の書斎はすごいなあ…と驚き、さらにその評価額を見て再び驚くことになります。

ギンガリッチ氏のお父さんは、アメリカの地方大学で歴史を教えた先生で、教養はあったでしょうが、格別財産があったとも思えないので、ギンガリッチ氏の蔵書も刻苦勉励の末、一代で築かれたもののはずで、そのことも大いに尊敬の念を掻き立てます。

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ギンガリッチ氏は天文学史を研究し、その分野の古典籍のコレクターでした。
そして、私がさらに氏を敬仰するのは、氏は一方で博物趣味の徒でもあり、貝類の一大コレクターだったからです。その素晴らしいコレクションは、亡くなる直前に自身が教鞭をとったハーバード大学の比較動物学博物館・軟体動物部門に寄贈されたそうです。

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以下は「Astronomy」誌のWEB版に載ったギンガリッチ氏の追悼記事。
その写真から、在りし日のギンガリッチ氏の書斎の様子が偲ばれます。


Owen Gingerich, historian of astronomy, passes away
 Copernicus, Pluto, and many, many books: Astronomical 
 research loses a legend.
 By Samantha Hill (2023年6月19日)

氏のデスクのすぐ背後に飾られているのは、ティコが領したフヴェン島の古地図(※)で、同じものが私の書斎にも飾られていることは、何の衒(てら)いもなく自慢できることです。


そして、古典籍でなくてもいいので、ギンガリッチ氏の蔵書票が貼られた旧蔵書が1冊手に入れば、私は氏の書斎に足を踏み入れたも同然ではなかろうか…と、無駄なようでいて、私にとって決して無駄ではない次の算段もしています(今回の古典籍はちょっとどうにもならないですね)。

(上記クリスティーズのページより)


(※)1572年から1617年にかけて全6巻で出た、Georg Braun とFranz Hogenberg の『Civitates Orbis Terrarum(世界の諸都市)』からの一枚。