図鑑史逍遥(7)…『普通動物図譜』(後編)2013年10月13日 11時23分05秒

『普通動物図譜』の第1号をめくっていくと、鳥は普通に鳥の絵になっています。

(キビタキ、ノビタキ、ジョウビタキ、ルリビタキ)

蝶の絵もよく描けていると思います

(アゲハ、イチモンジチョウ)

日本には花鳥画の伝統がありますから、植物や鳥、それに虫なんかは、形にしろ、ポーズにしろ、絵とする際に一種の「型」が出来上がっていて、描きやすかったのかもしれません。

この連載の第2回(http://mononoke.asablo.jp/blog/2013/10/06/7001476)で、『江戸の動植物図』(朝日新聞社)という本から図を引用しましたが、あの本の巻末で、植物学の木村陽二郎氏、昆虫学の小西正泰氏、鳥類学の柿沢亮三氏らが、江戸の博物図について座談会形式で論じています。
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木村 古い絵をみると植物よりも鳥とか魚が上手なように思いますね。
小西 鳥がいちばんうまいですね。
〔…〕
小西 〔…〕見てきた図譜のなかでは、けものは少ないしへたですね。
〔…〕
柿沢 けものはふつう夜行性のが多いですから見られない。でも家畜の場合はどうですか。
木村 牛や馬はよく描いていますね。江戸より前の鎌倉時代なんかにも立派な牛馬の図がある。それはしょっちゅう見ているから。しかし他の動物はあまり上手じゃない。〔…〕
小西 川原慶賀のヤマイヌなんかもへたですね。
木村 鳥がいちばん上手で、最下にくるのがけものでしょうね。
〔…〕
木村 鳥は死んでからも写生はしてるでしょう。それを生かしたように描く。魚だって新鮮で色がいいうちに描けば立派に描けますしね。虫なんかはつかまえてじっくり描けますから正確に描けると思うんです。植物は庭にすわったり、鉢うえにしたものをじっくり見て描けますから。そういう意味でけものがたいへんへただというのはまずつかまえるのがむずかしいし、死んでしまうと違うし、生きたままを生きたように描くのがとてもむずかしいのではないかと思います。(pp.149-150)
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ここで語られている江戸時代の話は、この村越の図鑑にもそっくり当てはまる気がします。日本の博物画の伝統は、江戸と明治で断絶があると前に書きましたが、この点では共通する部分がありそうです。

ついでに第2巻からも鳥と魚、それにカエルの図を見てみます。

(コガラ、シジュウカラ、ヒガラ)

(マアジ、シマアジ、ムロアジ、ヒラアジ、メアジ)

(トノサマガエル、ヒキガエル)

鳥はやはり手慣れた感じです。カエルは哺乳類と同様、四足の生き物ですが、身近で見慣れているせいか、うまく感じを捉えています。魚はうまいと褒めそやすほどでもないですが、下の何となく締まりのないキリンの図と比べれば、まだマシに見えます。


(余談ですが、日本にキリンが初めて来たのは、『普通動物図譜』発刊と同時の明治40年3月。和名をキリンとしたのは、校訂者の石川千代松自身。しかし、この絵は実物を見て描いたものかどうか?熱帯を記号的に表現するためか、背景にヤシの木のようなものが茂っているのも違和感があります。さらに余談ですが、図譜の巻末解説を読むと、キリンの「効用としては〔…〕肉は食用、其骨は工業上に応用する等、需要広しとす」とあって、昔の人は何でも食べちゃったんだなあ…と驚きます。)

   ★

以上の点からすると、日本の図鑑史上、最大の難関が哺乳類で、哺乳動物を自然に、正確に描けるようになることが大きな目標だったと言えるかもしれません。たぶんこの目標が達成されたのは、戦後もしばらく経ってからではないかと想像します。

(おまけ。海綿の仲間であるホッスガイとカイロウドウケツ。この図譜はあらゆる動物を網羅することを意図しており、腔腸動物、蠕形(ぜんけい)動物、有孔虫などにも紙幅を割いています。)

コメント

_ S.U ― 2013年10月13日 19時11分01秒

哺乳類は、江戸時代~明治時代に、動物園とか剥製業者とかなかったのが痛かったのではないでしょうか。そういうのなかったですよね。

_ 玉青 ― 2013年10月14日 08時48分13秒

実物を見ずに描くのは確かに辛いですよね。
まあ、絵を見る側も実物を見たことがない状況であれば、ぼろを出さずに済むわけですから、描いたもん勝ちというか、それはそれで良かったのでしょうけれど…(笑)

_ S.U ― 2013年10月14日 11時50分04秒

そういう意味では、戦前に描かれた「月世界の図」とかと通じるものがあるかもしれません。あれはあれなりに少年の夢を育み、味のあるものでした。そうなると、単に真に近いかどうかで、上手下手を判断するのは間違いかもしれません。

_ 玉青 ― 2013年10月15日 06時15分39秒

>単に真に近いかどうかで、上手下手を判断するのは間違い

あ、それはあるかもしれませんね。真を超えた真といいますか。
演劇や文学なんかも、突き詰めると大概そういうものになっていきますね。
まあ、この動物図鑑にそれを求めるのは一寸キビシイですが;

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