『鉱物小学』 読了 ― 2008年10月13日 16時16分42秒
さらさらした和紙の手触りと、全体のパフッと軽い感じが心地よいです。印刷も江戸時代さながらの版木に彫ったものなので、外見は限りなく「和」なんですが、内容はやっぱり新時代。以下、感想とメモ。
「纂訳」とある通り、これはタネ本があって、それを再編集したものです。
「緒言」によれば、「此書ハ英人ニッコル氏ノ『イレメンツ、オフ、ミ子ラロジー』〔金石原論〕ヲ基トシ 米人ダナ英人コッリンス等ノ鉱物書ヲ参酌シ 編纂セシモノナリ」とあります。(〔 〕内は割注)。元になったのは、James Nicols(1810-1879)の Elements of Mineralogy(1858年初版)で、纂訳者の松本栄三郎が拠ったのは、たぶん1873年(明治6)に出た第2版でしょう。
松本栄三郎については未詳。肩書きは「大阪府士族」とあります。同じく「大阪府士族」の松本駒次郎(兄弟か?)と組んで、明治時代前半に動物学や植物学など博物系の本をいろいろ出版しており、専門の鉱物学者というよりは、著述を業とする明治の啓蒙家といった人のようです。
「緒言」には続けて、「此書は普く童蒙をして鉱物の要を知らしむるにありて 高尚の書に渉るの階梯とするは其の主とする所にあらず 故に其説く所解し易きを旨とし 結晶論及び化学性の如きは務めて之を節略す」と書いてあります(原文は漢字カナ交じり文)。本書は初学者のための入門書というよりも、純然たる啓蒙書であって、正確さは犠牲にしても、とにかく分かりやすさを狙った…というだけあって、文章はごく平易で、今でも読むのに困難はありません。
冒頭、鉱物を定義して、「動植物=有機体」でないもの、即ち「無生物=無機体」はすべて鉱物だとしています。したがって水や空気も鉱物であり、鉱物学の対象はかなり広く捉えられています。有機/無機の捉え方も含め、これは多分に古風な定義でしょう。
訳語は意外なほど現代のものに近く、例えば「鉱物は天然単純なること自然銅の如きものありと雖も 多くは二三の元素相化合せるものなり 即ち水〔水素、酸素〕食塩〔ソジュム、塩素〕大理石〔炭素、酸素、カルシュム〕等の如し」、あるいは「凡そ鉱物は摩擦すれば多少電気を発す 又圧迫すれば発電するもの少なからず 而して電気を保続するの時間に至ては大に差等あり」といった調子で、そのままサラリと読めます。まさに文明開化の世ですね。ただ、こういう何でもない文章の訳語の1つ1つにも、先人の辛苦はあったはずで、その労には頭が下がります。
(この項つづく)
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