デ・ラ・ルーとその時代(1) ― 2016年10月21日 07時22分44秒
先日ドイツの天文古書を話題にしたとき(http://mononoke.asablo.jp/blog/2016/09/14)、19世紀の天体写真家、ウォレン・デ・ラ・ルー(Warren de la Rue、1815-1889)の名前がちらっと出ました。
(ウォレン・デ・ラ・ルー。Wikipediaより)
デ・ラ・ルーという姓は、綴りからしてフランスっぽいのですが(フランス語読みすれば、ド・ラ・リュでしょう)、果たしてその先祖は、フランスのノルマンディー沖に浮かぶ、ガーンジー島の出です。
ガーンジー島は、昔々ノルマンディー公がイングランドを征服――いわゆるノルマン・コンクエスト(1066年)――して以来、イギリスが治める自治領となっていますが、住民には当然フランス系の人も多く、今も英語とならんでフランス語が公用語となっているそうです。デ・ラ・ルー自身、パリの学校で教育を受けました。
ともあれ、デ・ラ・ルーは、イギリスでは稀姓の部類でしょう。
でも、イギリスにはデ・ラ・ルー社という大きな印刷会社があって、名前自体はわりと耳に親しいものがあります。今は紙幣や小切手など、公的証票の印刷で知られますが、もう一つ有名なのがトランプメーカーとしての顔で、19世紀前半から1960年代まで、デ・ラ・ルー社のトランプはイギリス内外で大いに流通したのでした。
でも、イギリスにはデ・ラ・ルー社という大きな印刷会社があって、名前自体はわりと耳に親しいものがあります。今は紙幣や小切手など、公的証票の印刷で知られますが、もう一つ有名なのがトランプメーカーとしての顔で、19世紀前半から1960年代まで、デ・ラ・ルー社のトランプはイギリス内外で大いに流通したのでした。
★
さて、ここからウォレンその人のことや、デ・ラ・ルー社のトランプのことなどを漫然と書いてみたいのですが、先回りして言ってしまえば、この2つの「デ・ラ・ルー」は関係が深い…どころの話ではなくて、ウォレンは他でもない、デ・ラ・ルー社の二代目社長です(初代は父親のThomas de la Rue、1793-1866)。
天文家としての活動は、あくまでの彼の「余技」であり、イギリスの偉大なアマチュア天文家の系譜に、彼もまた位置づけられるのです。
(この項つづく)
最近のコメント