天文トランプ事始め2016年10月30日 11時13分58秒

先日のデ・ラ・ルーの話題から、天文モチーフのトランプのことに意識が向き、「そういえば、アレはどうなったかな」と思い出したことがあります。

それは2007年の記事↓で、その時の自分は、天文学史のメーリングリストで小耳にはさんだ情報を引用して、次のように書いています。


 「イギリスの天文学者、ジョセフ・モクソン(Joseph Moxon、1627-1691)が、1676年に星座をテーマにしたトランプを出版しており、その解説用ブックレットがオンラインで読めますよ…という話。〔…〕一瞬、そのトランプ自体を見られるのだと早とちりして、「お!」と思ったのですが、よく見たら、載っているのは字ばかりの解説書だけということで、一寸がっかり。投稿者も、トランプ本体に関する情報をぜひ、と呼びかけていましたが、これは何としても見たいですね。」

この17世紀のモクソンの星座トランプ。
さて、その後どうなったろう?と思って探したら、既に上記の願望はネット上で実現していることを発見。すなわち、アメリカのボストン大学バーンズ図書館が flickr に問題のトランプの現物をアップしていました。

紹介されているのは、全52枚中44枚の不完全なセットですが、イギリスの詩人、アルフレッド・ノイズ(Alfred Noyes、1880-1958)旧蔵の由来を持ち、没後に他の手紙や手稿類とともに、一括して同図書館が入手したものらしいです。


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さらに、モクソンのトランプについて検索すると、ハーバードのDarin Hayton という人が書いた「科学を面白くする―ジョセフ・モクソンの天文トランプ」という記事が上位に表示されます。

■Making Science Fun: Joseph Moxon’s Astronomical Playing Cards

モクソンのトランプの時代背景が分かると思うので、その冒頭部分を適当訳してみます。

 「科学を学ぶよう学生たちを仕向けることは、幾世紀にもわたって、教育者たちの関心の的だった。15~6世紀における英国の大学教授たちは、『Ludus astronomorum(天文ゲーム)』というボードゲームによって、占星術の基本原理を教えた。このゲームは少なくとも1571年、William Fulkeが『Ouranomachia』を出版した時点においても版を重ねていた。

17世紀後半においても、啓蒙家や教育者たちは、なおも天文学を教えるためのより効果的な方法を編み出そうとしていた。

ジョセフ・モクソンもそんな啓蒙家の一人だった。彼がそれまで手掛けた仕事は、通俗的な科学書を著すこと、地球儀・天球儀やその他の紙製機器を製作すること、それに科学の教科書を印刷することなどだった。

1661年(ないし62年)の1月10日、彼は王室水路図作成官(ロイヤル・ハイドログラファー)として採用してもらうよう、国王チャールズ2世に請願する機会を得た。彼の請願は、グレシャムカレッジや、誕生間もない王立協会に関わる多くの人々、例えばL. Rooke、Walter Pope、Elias Ashmoreなどによって支持された。1678年、彼は王立協会員に選出され、これは商人が同協会員に選ばれた最初の例となった。

モクソンは、トランプが天文学と地理学を教えるのに有用だと考えた。もっとも、彼がその種のトランプを発行した唯一の人間というわけではない。地理学者のJohn Adler と数学者のThomas Tuttel の二人も同様にトランプを作っている。
モクソンは3種類の異なるトランプセットを作った。

○天文トランプ(Astronomical Playing Cards)…価格6ペンス
○天文カード(Astronomical Cards)…線画版1シリング、彩色金彩版5シリング
○地理学トランプ(Geographical Playing Cards)…価格同上

 〔以下略〕」

当時の通貨価値はよく分かりませんが、いちばん安い6ペンスの「天文トランプ」が仮に2000円とすれば、「天文カード」の線画版は4000円、その豪華彩色版は2万円になります。(こういうのは物価ベースで比較するのと、労働者の賃金ベースで比較するのとで、ずいぶん結果が違ってきますが、上の計算は当たらずといえど、遠からずでしょう。なお、モクソンその人は、以前書いたような、純粋な天文学者とは言い難い経歴の人のようです。)

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ともあれ、天文モチーフのトランプやゲームというのは、ずいぶん古くからあったことが分かります。遊具と教具の中間にある、こうした愛すべき品々が、天文古玩的にはとても気になるところで、なかなか天文趣味史を極めるのは遠い道のりと感じますが、それだけ愉しみも多いわけです。