賢治さん、あなたは今どこにいるのか2020年04月12日 16時34分55秒

灰色の空から雨がしきりに降っています。
ブログを書く気分というのがありますが、今はだめですね。
だから桜の話もちょっと中断です。

   ★

 野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
 小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
 東ニ病気ノコドモアレバ
 行ッテ看病シテヤリ
 西ニツカレタ母アレバ
 行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
 南ニ死ニサウナ人アレバ
 行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
 北ニケンクヮヤソショウガアレバ
 ツマラナイカラヤメロトイヒ

賢治の言葉はいちいち心にしみますが、最後のくだりだけは頷けません。

もちろん、つまらない喧嘩や訴訟ならやめればいいですが、世の中には大切な喧嘩や訴訟もあります。病気の子供や疲れた母親を放置している社会の不正義に対しては、大いに怒らないと、彼の理想は実現しないはずです。まあ、そんな当たり前のことは賢治だって百も承知で、たぶん賢治が言いたかったのは、「自利の喧嘩」はダメだということでしょう。

眼前の事態に対して、「こんなときに政府を批判するな」と言う人がいます。それに対する反論もあります。思うに、こういうとき大切なのは、目の前の人を突き動かしているのが自利の心か、利他の心か、それを虚心に見つめることでしょう。表面的な発言よりも、その点に心を向けると、いろいろ見えてくる気がします。

病気の子供や、疲れた母や、死にそうな人のために怒り、行動する人。
そういう者に私はなりたいですが、懐手をしてウンウン唸っているばかりで、なかなか動けないのが、我ながら不甲斐ないです。

   ★

賢治さん、あなたは今どこにいるのですか?
今も下の畑を歩いているのですか?

コメント

_ S.U ― 2020年04月15日 06時50分23秒

賢治さんのことばに、「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」というのがあります。どういう意味だったのか、私はちゃんと把握はしていませんが、賢治さんの性格から、社会的な事情で幸福でない人が少数でもいれば他の人は安閑としていられない、という意味と考えたいと思っています。

 賢治さんは、今も下の畑を俯いて歩きながら、こういうことを考えてくれていると思います。

_ 玉青 ― 2020年04月18日 17時39分00秒

本当は生身の賢治さんと、賢治さんが理想とした人物像とを区別しないといけないのでしょうけど、今の世相を眺めるにつけ賢治さんが慕わしく、言葉を交わしてみたい気持ちを抑えることができません。

賢治さんの晩年も、世の中はずいぶん暗かったし、東北地方の人はなおさら苦しみ抜いていたと思いますが、苦しみに満ちた現実から目をそらすことなく、同時に星や草木や鉱物に心を寄せて、きらきらした言葉を振り撒き続けた賢治さんは、やっぱり偉い人です。

思うに、賢治さんを味読するのに、今ほどふさわしい時代はないかもしれませんね。本を開けばいつでも賢治さんに会える…と思えば、今の時代だって耐え抜けないことはないぞと、書いているうちにちょっと勇気が出てきました。

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