日本の星座早見盤史に関するメモ(1)…三省堂に始まるその歴史2020年05月23日 12時15分15秒

日本の星座早見盤の歴史は分かりそうで分からないものの1つです。
近世天文学史の本格的な話題もそうですが、わりと近い過去――戦後に各社から売り出されたさまざまな星座早見盤の歴史が、すでに茫洋としています。力こぶを入れて調べたわけではありませんが、以下は、今後のための覚え書きです。

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国会図書館の所蔵資料を「星座早見」で検索すると、最初に出てくるのが1907年に出た2本の雑誌記事で、1つ目は東京社発行の「東洋学芸雑誌」10月号に載った「星座早見(家庭の敎育品)」と題する2頁の記事、2つ目は吉川弘文館発行の「歴史地理」11月号に載った「新刊紹介 星座早見」という、これまた2頁の紹介記事です。

現時点ではいずれもネット未公開なので、詳細は不明ですが、同年発行された日本天文学会(編)『星座早見』(三省堂、1907/明治40)に触れたものと見て間違いないでしょう。

江戸時代における前史は別にして、これが近代以降の日本で発行された最初の星座早見盤ということになります。話の便のため、以下これを「三省堂初期版」と呼ぶことにします。

(画像再掲)

(上の品の裏面)

三省堂初期版は非常なロングセラーでした。
手元にあるのは、実に終戦後の昭和20年(1945)10月に出たもので、この時点で77版。この間、半年に一度の割合で版を重ねていたことになります。地味な存在ながらも、三省堂にとってはドル箱。

冒頭に戻って、最初に星座早見の記事を掲げた「東洋学芸雑誌」というのは、自然科学にも力を入れた一般向けの学術総合誌で、その中で星座早見が当初から「家庭の教育品」と意味付けられていたことは興味深いです。三省堂初期版を支えたのも、そうした教育需要だったと思います。

国会図書館の資料のうち、時代順で3番目に登場するのが、日本天文学会が編纂した『恒星解説』(三省堂、明治43/1910)という単行本(冊子)で、その第3章「星座を如何にして学ぶか」の中で、「本会が曩〔さき〕に出版した星座早見〔4文字傍点〕は最も星座を知るに便利なものと信ずる。」(p.30)と、ちゃっかり宣伝をしています。

(『恒星解説』表紙。元記事 http://mononoke.asablo.jp/blog/2009/07/25/4457500

日本の星座早見盤は、当初から玄人向けの品でも、天文ファンに特化したニッチな品でもなくて、はなから一般向けで、少々「お勉強臭い」ところがありました。(まあ、これは諸外国の星座早見盤も、近代の商業ベースで発行されたものについては、同様だったかもしれません。)

(この項つづく)

日本の星座早見盤史に関するメモ(2)…三省堂『星座早見』の進化2020年05月23日 12時24分08秒

(本日は2連投です)

三省堂初期版の売れ行きに応えて、同社はさらに「普及版」というのを出します(「三省堂普及版」と呼ぶことにします)。


その裏面も下に掲げておきます。


こちらは昭和4年(1929)の発行で、手元にあるのは昭和14年の第63版。
平均すると、ふた月に一遍の割で版を重ねるという、「初期版」以上の超ハイペースです。昭和戦前の星座早見盤市場は、これら初期版と普及版によって占められていました。

ちなみに、戦前の理科教材カタログを見ると、初期版は1円20銭(昭和7年、島津製作所「初等教育理化学器械目録210号」)、普及版は80銭(昭和13年、前川合名会社「理化学器械博物学標本目録」)でした。小学校の先生の初任給が50円の時代です。ソースの年代差を考慮して、今ならざっと普及版が3千円、初期版が5~6千円のイメージでしょうか。

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普及版がその後いつまで発行が続いたのかは未詳ですが、初期版は戦後しばらく発行が続けられたことは上で述べたとおりです。しかし、さすがにパロマー天文台の時代に、明治のままのデザインは時候遅れですから、日本天文学会と三省堂のコンビは、新時代に向けた早見盤を売り出しました。昭和26年(1951)のことです(「三省堂戦後版」と呼びましょう)。


(同裏面。手元の品は昭和30年(1955)の第5版)

時代のデザイン感覚は争えないものです。これぞまさに戦後です。


まあ星図自体は、地紙がブルーに変わったぐらいで、あまり変わりがないんですが、よく見ると星座の名前が右書きから左書きに、そして漢字から仮名書きに変わっています。分点(星の座標表示の基準点)も、たぶん修正されているでしょう。

機能面に関しては、360度の地平線を示す「窓」の外側に、天文薄明線を示す小窓が2つ設けられたのが新しい工夫。

日の出が近づくと、あるいは日没後間もないと、太陽の光が地平線から洩れて観測に影響が出るので、何時から何時までが天文薄明に当たるかを見るため設けられたものです(外縁部の日付・時刻目盛りと、星図上に描かれた黄道目盛りを組み合わせると、任意の日付の天文薄明時間帯が読み取れます)。天文ファンを意識したらしい、通好みの機能です。

(この項さらにつづく)