衰へたる末の世とはいへど…2023年08月08日 22時11分19秒

日本の山野は気象条件に恵まれ、豊かな森林に覆われていました。

西日本であれば、常緑広葉樹が優占する、いわゆる「もののけの森」が広がっていたわけです。そこではいくら木を伐っても、後から後から植物は再生し、深い森が永続し…という時代が実際長かったように思いますが、中世以降、エネルギー源として大量の薪炭を森に求めるようになると、さしもの日本の植生も、収奪に耐えられなくなり、特に瀬戸内のように降水量の少ない地域では、はげ山化が急速に進みました。

ひとたび植物が消え、その根系が保持していた表土まで失われると、再び森が再生するには、非常に多くの努力と長い年月が必要になります。豊かな自然に甘え、「樹木なんて、ほっとけば勝手に生えて、勝手に茂るものだろう」と思って、じゃんじゃん伐りまくったツケは、必ず回ってくるものです。

(大阪府泉南市、昭和初期の山の様子。出典:大阪府の治山の歴史

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似たようなことを、現今の日本の「文化行政」にも感じます。
人々の熱意と好奇心と使命感の一方的収奪による、文化のはげ山化―。
今、我々が目にしているのは、要はそういうことでしょう。

科博のクラウドファンディングの件については、すでに多くの人が問題にしているので、そこに付け加えるべきことは、あまりありません。ただ、ここまではげ山化が進行してしまうと、「文化の森」が再生するのは、まことに前途遼遠だなあ…と嘆息したくなります。


身近なところで振り返ると、各地で図書館司書の非正規化が進行していたとき、もっと強い危機感をもって反対すべきでした。そのことに眉をひそめはしたものの、より大きな潮流の先触れという認識に欠けていました。これは私自身の大きな反省です。

博物館とともに、博物館に勤務する人も貧しくなれば、博物館や美術館の収蔵品が、いつのまにか市中やブラックマーケットに流出している…なんていう出来事が日常化するのも、もうじきでしょう。かつて先進国と呼ばれた国が、ここまで落ちぶれてしまうとは…。呆然とする他ありませんが、せめて他国の人は、以て他山の石とし、同じ轍を踏まないようにしていただきたいと願うばかりです。

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そしてまた、文化は人の心の糧であり、文化が冷遇されるということは、とりも直さず「人」が冷遇されるということでもあります。現状を直視すれば、そのことに異を唱える人も少なかろうと思います。

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以前もどこかで書きましたが、「文化で腹がふくれるか!」という人に対しては、「金銭で心が満たされるか!」と返したいと思います。(まあその金銭すら、今のわが国では乏しくなりつつあるわけで、貧すれば鈍すとは、よく言ったものです。)

コメント

_ S.U ― 2023年08月09日 05時47分57秒

せっかくですので、科学博物館の件、私も一言書かせていただきます。
問題にしたいのは、クラウドファウンディングの利用です。

科博は、恐竜の全身化石を掲げられたので、まあ良かったと思います。
たとえばですが、古文書ばかりを保存する施設、研究所でまったく同様の問題が起こった時、その写真でクラウドファンディングが効くものなのでしょうか。

どんな保管施設であっても効くのなら問題ないと思いますが、同等の施設で効かないところがあるならば、政治的に大いに問題があったと言わざるをいません。

_ 玉青 ― 2023年08月10日 06時11分11秒

今回の件にまつわる問題点として、ご指摘の点を挙げる声も強かったですね。

科博のクラウドファンディングは、幸い早々と目標を達成したそうですが。「じゃあ、これからも困ったらクラファンでいいね。ほかの博物館もクラファンでよろしく!」となりそうなのが、今後懸念される点のひとつ。さらに「クラファンが集まらないのは人気のない証拠だから、そんな博物館は潰れてもしょうがないよね?」と言い出しかねないというのが、もうひとつ憂慮される点です。

もちろん、そんな戯言が通る余地はないのですが、今の日本では、当局が真顔で主張しかねない恐ろしさがあります。考えてみれば、大学教育の「選択と集中」とか、人の命にかかわる公立病院の運営ですら、似たような論調の戯言がまかり通っているわけですから、これは杞憂では全然なくて、必然的にそういう方向で話が進むんじゃないでしょうか。

「四百四病より貧の苦しみ」「貧には知恵の鏡も曇る」
そんなことわざを、今回新たに覚えました。
まことに、衰へたる末の世とはいへど、などてかかる憂き目をば見るべき…

_ S.U ― 2023年08月10日 09時36分55秒

敢えて辛口の評を書かせていただきますと、(私自身は、独立行政法人で設置されている機関や運営費交付金が逓減されている教育機関等ににおいては当然考えるべきことで辛口とも何とも思いませんが)組織の過半の人が、ごの点を看過して、本業の経常経費をクラウドファンディングで充てる問題に慎重にならなかった(と見られる)当該機関はどういうわけだったのか、と疑問に思います。また、電力料金が上がって維持が苦しいのはどんな法人でも家庭でも同じということが、日本の市民で想像できない人がいるとは思えませんので、当該分野に特に思い入れのない人は反感を持つ方向に動いても不思議ではありません。
 私は、学生の時に初めて上野の施設を訪れて以来、数十年のサポーターだと思っていますし、今でもそのつもりですが、やはり疑問です。四百四病を越えたということで理解しろということなんでしょうか。

_ 玉青 ― 2023年08月13日 16時42分08秒

たしかに科博の「浅慮」を戒める声も強かったのですが、空調を入れても33度という環境で働いている身として、「人間は我慢できても、標本は我慢できない」という担当者の悲痛な叫びを耳にすると、情において忍び難いものがあります。

_ S.U ― 2023年08月14日 14時37分48秒

おっしゃるように、科博のつくば分館の膨大な動植物標本のコレクションは、この衰えたる世に突出した規模と内容を誇るものといえると思います。私も2度ほど見学に行ったことがあります。危機から救われて、快適な環境でめでたく次の収蔵庫公開の機会がもたれた時には、大勢の方々に見ていただけることを期待いたします。

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