ガラスの海(おまけ) ― 2025年10月02日 18時58分13秒
ガラスの海(後編) ― 2025年10月01日 19時32分00秒
(昨日のつづき)
この品を見たとき、これは「ガラスの海」だと思いました。
透明なガラスの中に、紺碧の波涛がどこまでも続くガラスの海。
そして「ガラスの海」といえば、たむらしげるさんの同名の作品をただちに思い浮かべます。
(「ガラスの海」より。『スモールプラネット』(青林堂、1985)所収。初出誌は「ガロ」1982年4月号)
透明なガラスの海の上を歩む旅人。
その海面は一見不動に見えますが、よく見るとゆっくりと上下動しており、旅人はその表面をつるはしで割ってイワシを捕えては腹を満たし、巨大な船を見送り、ガラスを突き破って昇った月を眺めます。
★
このガラスの海のモチーフは、その後、たむらさんの中でさらに深化を遂げて、「クジラの跳躍」という作品に生まれ変わります。後者において、ガラスの海は、単に硬質で透明な存在というばかりでなく、「時間の流れ」の隠喩ともなります。
(「クジラの跳躍」より。『水晶狩り』(河出書房新社、1986)所収。初出誌は1985年7月刊「小説新潮臨時増刊/書下ろし大コラム Vol.2 個人的意見」)
こちらの作品にも、ガラスの海を歩む男が登場します。
彼にとって、海上を飛ぶビウオは凍り付いたように静止しており、その描写から、トビウオと男は別の時間の流れを生きていること、そのために海もまたガラスの相貌を帯びていることが示唆されます。
このガラスの海からジャンプするクジラは、何時間もかけてその巨体を海面上に現し、再びゆっくりと没していきます。
(2つの作品にともに登場する巨大客船のイメージ)
一方、ガラスの海をゆく巨大客船の乗客にとって、クジラの跳躍はごく一瞬の出来事に過ぎず、これら2つの世界の住人は、決して交わることがありません。
ある意味哲学的なこの作品を、私はひどく気に入っていて、9年前も話題にしたことがあります。
■平行世界
たむらさん自身にとっても、「クジラの跳躍」はきわめて重要な作品とおぼしく、上記のように1985年にコミック作品として発表された後、1995年にリブロポートから同名の絵本が出版され、さらに1998年には、CGによる23分間のアニメ作品として、劇場公開もされました。(このときは、先行してCG化された「銀河の魚」(1993)および「ファンタスマゴリア」(1995)からセレクトした4編と併映されました)。
(「クジラの跳躍」の映画パンフレット表紙)
(同上より)
★
「この小さなオブジェの向こうには、そうした不思議な世界があり、それは不思議であると同時に、確かにこの世界の真実でもあるのだ…」と、ガラスの立体を眺めながら、ぼんやり思います。
ガラスの海(前編) ― 2025年09月30日 06時31分27秒
しばらく前から机の上に置かれているガラスのオブジェ、ないしペーパーウェイト。
(高さは約11cm)
その外形は、底面が菱形の四角錐を底面に平行な面で切った「四角錐台」形をしています。ガラスの中に複雑な模様が見えていますが、これがなかなか写真に撮りにくいです。
その色は青から緑、金から虹色へと変化し、その形もガラスの内面に反射して、いろいろ複雑な表情を見せます。
底面には作者のサインが彫られていて、ちょっと読みにくいですが、これはアメリカのガラス工芸作家、Michael O'Keefe 氏の1998年の作品です。氏の作品については以下のページに解説がありました。
■Mostly Glass Gallery: Michael O'Keefe
オキーフ氏の作品は、表面に金属薄膜を蒸着したダイクロイック・ガラス(ダイクロイックとは「二色性」の意)を応用したもので、その変幻する複雑な色合いは、金属薄膜による光の干渉から生じます。
このオブジェはご覧のとおり、なかなか美しいものですが、この品を手にしたのは、単に美しいという以上に、そこに「ガラスの海」を連想したからです。
(この項つづく)
Dr. Parallel ― 2025年09月10日 05時37分12秒
鴨沢祐仁さんに続いて、たむらしげるさんのことを書こうと思います。
たむらさんのこういう↓作品をご存じでしょうか。
「ご存じも何も、ファンタスマゴリアに出てくるお店でしょ」
…たむらファンなら、そう即答されるでしょう。
たしかにこの店は、夢の惑星「ファンタスマゴリア」を描いた、たむらさんの映像作品に登場します。
(書籍版 『ファンタスマゴリア』(架空社、1989)より)
でも、本当にそうでしょうか。
今一度じーっと見ていただくと、どうでしょう?
そう、片方は「Coffee Bar」で、ファンタスマゴリアに登場するのは「Liquor Shop」です。コーヒーとリカーでは大違いなので、これは似て非なるお店です。
でも、このコーヒーバーは別にたむら作品のパチモンではありません。やっぱり、たむらさんの正規作品で、いうなればスピンオフ、あるいはセルフオマージュ。
以前(正確な時期は不明)、ドムドムバーガーが景品として、フープ博士のコーヒーカップを配ったことがあって、上の絵はその外箱に描かれたものなのでした。
★
まあ、そうと知って見れば、ふーん…と、あまり奇異な感じはしないと思いますが、ただ改めて考えると、これはあのファンタスマゴリアの世界にも「平行世界」が存在することを意味しているんじゃないでしょうか(単に商売が傾いて、転業しただけの可能性もありますが、それはないと信じましょう)。
ファンタスマゴリアとは別の時空に、それとよく似ているけれど、微妙に違う町や人物が息づいている…と想像すると、まさに夢のまた夢で、なんだかとても不思議な気がします。
★
このコーヒーカップは最近見つけました。カップとしては比較的小ぶりのものです。
(反対側のデザイン)
これは普通にコーヒーを飲むのに使うか、あるいはペン立てにしてもいいかな…と思案中。もし私に絵心があるなら、青系の色鉛筆を立てるのに使うのが、いちばんいいと思いますが、その案は平行世界に住む「絵心のある私」に任せることにします。
クシー君の夢の町(3) ― 2025年09月08日 05時57分13秒
さて、「夢の町」には当然クシー君が必要だし、レプス君にもいてもらわないと困ります。そこでふたりに来てもらいました。
届いたのはふたりのマスコットキーホルダーで、私は2セット購入したので、1セットはキーホルダー部分を外して、フィギュアとして使うことにします。
どうやらトーイズが企画し、バンダイが1999年に発売したものらしく、当時は鴨沢さんも健在でしたから、当然その制作に関わられたでしょう。
この2体は、もともと自立することを目的としていないので、立たせてもすぐに倒れてしまいます。でも、二人を並べるとちゃんと立つ…というのがミソ。両者の関係性がよく表れています。
★
「夢の国」にはもう一人、ぜひいてほしいキャラがいます。
銀色のロボットです。こうして並べても、サイズ的に違和感はないですね。
仲間には赤いロボットもいます。いずれもブリキ製。
頭部からひもが出ていますが、この2体の「正体」はクリスマス・オーナメントです。
メーカーはマサチューセッツのシリング社。
同社は1975年創業なので、格別「老舗」というほどでもありませんが、当初からレトロ玩具に力を入れており、このオーナメントもその線上にある品です。現在は中国で生産している模様。
コピーライト表示が1997年なので、クシー君たちと年恰好も合いますね。
このオーナメントシリーズは、どれもカラフルで、ポップで、レトロで、「夢の町」 にふさわしい気がしたので、せっせと買い込みました。
★
でも、私が頑張ったのもここまでです。
これらを並べても、まだ「夢の町」には程遠いし、懐事情も含めて先の見通しが立たなかったので、計画はやむなく中断し、これらの品もすべてお蔵入りになったのでした。「夢の町」というより、これぞ「夢の跡」、いかにも中途半端です。
でも目をつぶれば、今もあの町の情景がぼんやりと浮かぶし、耳をすませば、彼らの洒落た会話や靴音が、かすかに聞こえてきます。
(この項おわり)
クシー君の夢の町(2) ― 2025年09月07日 09時00分08秒
以前、1枚の幻灯スライドを載せたことがあります。
(元記事: 無理矢理な月(第4夜)…夢の町へ)
1900年代初頭のアメリカのどこかの町らしいのですが、昼間写した普通の写真を、手彩色で無理やり夜景に仕立てたため、図らずも強い幻想性を帯びた1枚です。
記事の中で、私はやっぱり「夢の町」という言葉を使って、「この光景は、かつて鴨沢祐仁さんが筆にした夢の町そのもの」だと書いています。
(鴨沢祐仁「流れ星整備工場」の一コマ。出典: 同上)
ということは、過去のアメリカの某市こそ、クシー君の夢の町なのか?…と一瞬思いますけれど、でも「夢の町」は「幻の夜景」の中にのみ存在するので、仮にタイムマシンで100年余り遡って某市を訪ねても、それが昼だろうが夜だろうが、クシー君の世界を目にすることは決してないでしょう。
★
ともあれ、クシー君の夢の町に欠かせないのが路面電車です。
初期から晩年の作品に至るまで、クシー君はいつも電車通りを歩き、路面電車は電気火花をまき散らしながら、その脇を走り抜けていきました。
その躯体はたいていボギー車【LINK】で、ボギー車という言葉は別に路面電車に限るものではありませんが、私の中では何となく同義になっています。
私が「夢の町」を作るため手にしたのも、ミントグリーンを基調にした、まさしくボギー車。長さは約19センチ、鋳鉄製でずっしりと重いです。
売り手はウィスコンシンの業者で、1950年ころの品という触れ込みでしたが、メーカー名の記載がどこにもなく、値段もごく安かったので、これはレトロ市場を当て込んだ、今出来の中国製かもしれません。まあ無国籍なところが、夢の町にふさわしいといえばふさわしい。
(造りはかなり粗っぽいです)
クシー君を乗せてガタンゴトン、パンタグラフから火花がバチッバチッ。
★
それにしても、作者・鴨沢さんにとって、路面電車はどういう存在だったのでしょう。
新装版『クシー君の発明』(PARCO出版、1998)のあとがきで、鴨沢さんは次のように述べています(太字は引用者)。
「当時〔注:1975~77年〕のぼくのマンガの原料はわずかな貧しい資料と幼年期の思い出だった。とりわけ思い出の比重は大きく、幼稚園の隣に立っていた奇妙な天文台のドームやそこで覗いた土星の輪っかや列車の操作場で遊んだ記憶、マッチ箱の電車と呼んでいた花巻電鉄のボギー電車、地方都市のちっぽけなデパートの屋上遊園地、鳴らないベークライトのポータブルラジオや懐中電灯がおもちゃだった。
〔…〕当時の絵の独特のテイストがあのダサいノスタルジーに在るのだとすれば、それはやはり幼年期の記憶に由来するのだと思う。」
〔…〕当時の絵の独特のテイストがあのダサいノスタルジーに在るのだとすれば、それはやはり幼年期の記憶に由来するのだと思う。」
鴨沢さんにとって、路面電車は何よりも無垢なノスタルジーの世界の住人でした。
ただ、それが単なるインファンタイルな存在を超えて、「カッコいいもの」へと転じたのは、晩年の1970年代になって俄然ブームとなった稲垣足穂の影響が及んでいる気がします。足穂の「夢の町」――それは現実の神戸の反映でしたが――にも路面電車は欠かせぬ存在でした。
(西秋生(著)『ハイカラ神戸幻視行―紀行篇』見返しより。作画は戸田勝久氏。元記事: 神戸の夢)
★
今日の記事は、妙に過去記事からの引用が多くなりました。
まこと、「地上とは思い出ならずや」。
(この項つづく)
クシー君の夢の町(1) ― 2025年09月06日 19時01分29秒
ひさしぶりにクシー君の話題が出て、ちょうどよい折なので、これまでなかなか記事にできなかったことを書きます。
★
以前、「クシー君の夢の町」を作ろうと思ったことがあります。
方向性としては、「『銀河鉄道の夜』に登場する時計屋のショーウィンドウの再現」とか、「長野まゆみさんの『天体議会』に出てくるモノ探し」とかと似た趣向で、要はフィクショナルな世界にモノを通じて分け入ろうという試みです。
でも、結果的にこれはうまくいきませんでした。
クシー君の世界は、その「平面性」や「人工性」が重要なので、そもそも立体化に向かないし、無理に立体化すると、安っぽいものになる気がします。「鴨沢さんの絵は、すでに絵として自立しているのだから、そんな無理を願わず、素直に絵のまま楽しむのが正しいあり方なのだ」…とも思いました。いずれにしろ、あの人工的で、湿度の低い世界に、生身の人間が分け入るのは相当難しいことです。
というわけで、頓挫したこの計画。
でも、せめてそのときの努力のあとだけでも、ブログの片隅に書き残しておきます。
★
「クシー君の夢の町」を作ろうと思った最初のきっかけは、ダイキャスト製の乗り物玩具で知られる、シカゴのトゥーツィートイ(Tootsietoy)製のミニカーを見たことで、「あ、これってクシー君っぽいな」と、見た瞬間に思いました。
私が見たのは、いずれも同社の「愉快シリーズ(Funnies Series)」(1932~33)に含まれるもので、
コミカルなアメリカン・コミック『スミティ(Smitty)』の主人公・スミティと、その幼い弟・ハービーが乗ったサイドカーと、
「ウォルト伯父さん」と題されたミニカーです。(上記2枚は購入時の商品写真の流用)
なんとなくこういう車の行き交う町が、クシー君の住む町なんじゃないか…と思ったわけです。
この古び具合はいかにも味があるし、きっと鴨沢さんも嫌いじゃなかったでしょう。いや、鴨沢さんは、おもちゃコレクターの北原照久氏とも一緒に仕事をされたわけですから、むしろ大いに好きだったと思います。
ただ、これは単品で見る分には非常にいいですが、このトーンで町全体を貫徹するのは、私には非常にハードルが高かったです。
(この項つづく)
クシー君の不思議な発見は今も続く ― 2025年09月05日 20時31分24秒
ブログを長く続けていてよかった…と、しみじみ嬉しく思うことがあります。
昔の記事にふとコメントを頂戴するのもそのひとつ。
★
今日、yama さまから頂いたのは、なんと15年前の記事に対するコメントです。
(元記事:永遠のクシー君憧憬)
そのこと自体うれしい驚きでしたし、そこでお知らせ頂いた内容が、当時見たくても見られなかった「幻のCM」が、今ならあっさりYouTubeで見られるという、これまた嬉しい驚きを伴うものでした。
その「幻のCM」とは、故・鴨沢祐仁氏の作品を代表するキャラクター「クシー君」と、相棒役であるウサギの「レプス君」を起用した、森下グリーン仁丹のCMです。
このCMが、横浜の放送ライブラリーに行けば視聴可能ということは、記事を書いた7年後(!)に、別の方からお教えいただきましたが、現物を見る機会は今日に至るまでついぞなかったのです。
それがYouTubeにアップされたのは、今から6年も前ですから、迂闊といえばずいぶん迂闊な話ですが、出会いはタイミングであり、こうしてお教えいただかなければ、一生見る機会はなかったかもしれません。(それにしても、6年間で再生回数が3,600回あまりとはいささか寂しい話。ぜひ皆さんにも視聴をお願いしたいと思います。)
放送ライブラリーのデータベース【LINK】を見ると、このCMは
○タイトル グリーン仁丹「クッシー君の不思議な発見」
○制昨年 1982年
○時間 30秒
○広告主 森下仁丹
○広告会社 博報堂
○制作会社 TCJ
○制昨年 1982年
○時間 30秒
○広告主 森下仁丹
○広告会社 博報堂
○制作会社 TCJ
となっています。ウィキによれば、TCJとは「Television Corporation of Japan Co.,Ltd.」の略で、老舗のCM会社として、かつてはアニメ制作部門も有し、スーパージェッターや鉄人28号を作ったのはこの会社だとあって、へえ…と思いました。
★
このCMはわずか30秒のショート作品ですが、そこにはいくつか注目すべき要素があります。
●紫のボウタイ姿で夜の散歩を楽しむクシー君(レプス君は赤いタイ)
●輪っかを取り落とす土星
●グリーン仁丹に変じた星粒を口にする二人
●夜の町を走り抜けるボギー車…
●輪っかを取り落とす土星
●グリーン仁丹に変じた星粒を口にする二人
●夜の町を走り抜けるボギー車…
これは鴨沢氏オリジナルであると同時に、かなり足穂色の濃い作品と感じます。
★
今回嬉しかった、もうひとつのこと。
私はきっと足穂も仁丹を作品中に登場させていると思い、「足穂 仁丹」で検索してみました。すると確かに、「タッチとダッシュ」(「文芸レビュー」1929年11月)の中で「お星様にしろ、仁丹ほどのつぶになって後頭部にはいってこそ、である」と、彼は書いていることを知りました。偶然とはいえ、グリーン仁丹のCMには、確かにその残響が感じられます。
★
上の事実を教えていただいたのは、下の論文です。
■川端あや(著)
「稲垣足穂の月・星・夜―「一千一秒物語」を中心に―」
『日本文學』(東京女子大學日本文學研究會 [編])
118号(2022.3.15発行)、 pp. 85-101.
「稲垣足穂の月・星・夜―「一千一秒物語」を中心に―」
『日本文學』(東京女子大學日本文學研究會 [編])
118号(2022.3.15発行)、 pp. 85-101.
川端氏は論文発表時、博士前期課程に在籍されていたそうで、足穂世界がこうして若い方にしっかり引き継がれていくのは、これまた嬉しいことです(ひどく老人めいた感慨ですが)。
そして何よりも、論題が拙ブログ的には絶対見逃せないものですから、深甚の興味をもって拝読しましたし、巻末の注の中に、常連コメンテーターであるS.U氏のお名前を見い出して、一種のスモール・ワールド現象を味わい、そのことも嬉しく感じられたのでした。
★
こうして嬉しい驚きの連鎖を与えていただいたyamaさまに、改めてお礼申し上げます。ありがとうございました。
たむらしげるさんのこと ― 2022年11月17日 19時21分33秒
前回の記事の末尾で、たむらしげるさんの名前を出しました。
そのたむらさんに関して、今年の6月に『たむらしげる作品集』(玄光社)が出ています。
(厚みはこれぐらい。何綴じというのか、各ページを見開きフルオープンにできる製本形式になっています。)
章立ては「イラストレーション」(挿絵・装画・広告画等、1枚絵として制作された作品)、「絵本」、「オリジナル」(個展用に制作された作品)、「未公開作品」(実現しなかった長編アニメーション作品のイメージ画)、「漫画」の5つのセクションから成ります。制作年代はデビュー翌年の1977年から、最新の2022年にまで及び、収録作品数は全部で234点。

(絵本『AURORA』原画、2005年)

(個展「Micro Monde」出品作品、2013年)

(漫画「海王の星」より、2000年)
★
思えば、私がたむらさんの作品を知ってから、ほぼ40年が経ちます。
ファン歴もずいぶん長くなったので、ここでその40年間を振り返って、何かたむらさんについて語ろうと思ったのですが、たむらさんの創作活動の個人史的背景について、自分が何も知らないことに突如気づいて、愕然としました。
考えてみたら、たむらさんについて、私は単行本の後についてる簡単な著者紹介ぐらいしか知らないのでした。たむらさんは、文章で自分を語ることが非常に少ない人と言っていいんじゃないでしょうか。
でも、下の対談記事を読むと、結構あけっぴろげに語っておられるので、別にそれを秘匿しているわけではなくて、単にそういう機会が与えられず、かつそうする必要性も感じなかった…ということなのでしょう。
■【対談】たむらしげるさん×土井章史さん「絵本の話」
上の対談が大層面白かったので、この対談を含む「たむらしげる特集」の載っている雑誌『イラストレーション』No.220をさっき注文しました。
(2018年発行ですが、まだアマゾンで購入可)
これが届けば、40年にわたる未知の世界の全貌が明らかになる…かもしれません。
ぜひそうなってほしいです。
遠い呼び声 ― 2022年10月24日 21時02分45秒
昨日につづいて、天文とはあまり関係のない話をします。
★
2~3年前に、ある凄愴な、あるいは荒涼とした光景を見たことがあります。
私が使っているプロバイダー(ASAHIネット)は、ブログサービスだけでなく、以前「電子フォーラム」というサービスを提供していました。電子フォーラムというのは、ASAHIネットの会員だけが書き込める専用の掲示板です。SFとか、俳句とか、お絵描きとか、そこにはいろいろなテーマの板があり、モデレーター(管理人)を中心に、同じ趣味の人がネット上で交流を楽しむという体のもので、今から思えば非常に素朴なメディアでしたが、当時は「ネットで交流する」こと自体が、多くの人にとって新鮮な経験でしたから、一時はなかなか盛況だったのです。時代でいえば、およそ90年代いっぱいから、せいぜいゼロ年代初頭までのことです。
ASAHIネットは非常にマイナーなプロバイダーですから、管理も十分行き届いてないところがあって、そのため、電子フォーラムの存在が人々の意識から消え去った後も、過去の書き込みが消されることなく、そっくりそのまま残されていました(最終的に閉鎖されたのは、ごく最近のことです)。
偉そうに書いたわりに、私自身は電子フォーラムを使った経験はないのですが、2~3年前、ふとした好奇心から、電子フォーラムをのぞき見したことがあります。そして、20年以上昔の人々の書き込みを眺めては、あれこれ感慨にふけったのでした。
★
そのとき、ふと気がついたのです。
1人の高齢者が、亡霊のようにさまざまな板で書き込みを続けていたことに。
それはイタズラでもなんでもなく、ときに体調の不良を嘆きながら、ときに政治への不満をもらしつつ、誰かほかに書き込む仲間はいないか、必死に友を求め続ける声でした。
もちろん私は疑問に思いました。なぜ彼はツイッターでも始めて、新たな交流を求めないのか? 「でも…」とすぐに思い直しました。彼にとって、電子フォーラムはかけがえのない場であり、きっと最後の一人になっても、その活動の火を消したくないのだろうと。
その光景は、私にたむらしげるさんの作品「夢の岸辺」(初出1983)を思い起こさせました。
これは多義的な作品です。植物状態に陥った人の「脳内人格」の懊悩のようでもあり、「死せる宇宙」に残された最後の人間が、外宇宙との交流を必死に求めているようでもあります。いずれにしても、そこにあるのは絶対的な孤独です。
★
昨日の記事を書いてから、心が少し感じやすくなっているのか、ゆくりなく上のことを思い出しました。そして電子フォーラムばかりでなく、この「天文古玩」も、今や同じ道をたどっていることを強く意識します。
ここは確かにネット上にオープンな形で存在しますけれど、2022年現在、ここは幹線道路や主要駅から隔絶した、「ぽつんと一軒家」状態で、訪れる人もまれです(今、この文字を読んでいる方はとてもご奇特な方です)。
このブログは、主に備忘とデータ集積のために続けているようなものですが、交流の目的が皆無というわけではありません。趣味の上で、同好の士と語らうというのは、心のなごむ経験ですから、ぜひそうしたいとは思います。でも、時代に適合しないものはどうしようもありません。
「こちらLesabendio、こちらLesabendio」
【おまけ】
ついさっき知った事実。たむらしげるさんが使った「Lesabendio」というのは、世紀末ドイツで活躍した奇想の文学者、パウル・シェーアバルト(Paul Karl Wilhelm Scheerbart、1863-1915)の作品、『LESABÉNDIO』に由来する言葉のようです。『LESABÉNDIO』は、小惑星パラスを舞台にしたSFチックな一種の寓話で、タイトルは作中に登場する人物名から採られています。
(シェーアバルト『星界小品集』、工作舎、1986)
【おまけのおまけ】
上に書いたことは、例によってネットで知りました。
「レザベンディオ」は、写真に写っている工作舎の『星界小品集』には、残念ながら未収録なのですが、もう1冊の邦訳書『小遊星物語』(桃源社、のちに平凡社ライブラリー)には入っているそうでなので、そちらも購入してみようと思います。














































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