長野まゆみ的理科室 ― 2008年09月15日 06時40分12秒
夕べは全国的に晴れのところが多かったようですね。当地も途中で雲が切れたらしいんですが、知らずに寝ていました。
さて、マイクロフォトグラフの話の途中ですが、以下忘れないうちにメモ。
★
私が書くのも僭越ですが、長野まゆみという作家は、毀誉褒貶半ばする人で、初期作品に思い入れがある人ほど、現状に複雑な感慨を持たれるようです。
その長野氏が、昨年暮れからブログを書かれていることを、2日前偶然に知りました。ブログの方は例の「長野文体」ではなくて、ごく普通の日常が、ごく普通の筆致で淡々と描かれています。むしろ地味すぎるくらいです。これもまた一種の韜晦(とうかい)なのかもしれませんが…。
最近(8月28日)の記事では、「あの長野まゆみが、母校の夜の理科室を訪ねる」という、それだけ聞くと衝撃的な内容の文章が、やっぱり淡々と綴られていました。
■Kotorico コトリコ:理科室の岩石標本
http://kotorico.exblog.jp/9565120/
ときに長野氏は、人生の処し方をタルホに倣っているんでしょうか。
デビュー時の硬質な叙情から、A感覚(?)を経て、さらにこの先もう一皮剥けて、最後は超俗の怪人化する…とか。
さて、マイクロフォトグラフの話の途中ですが、以下忘れないうちにメモ。
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私が書くのも僭越ですが、長野まゆみという作家は、毀誉褒貶半ばする人で、初期作品に思い入れがある人ほど、現状に複雑な感慨を持たれるようです。
その長野氏が、昨年暮れからブログを書かれていることを、2日前偶然に知りました。ブログの方は例の「長野文体」ではなくて、ごく普通の日常が、ごく普通の筆致で淡々と描かれています。むしろ地味すぎるくらいです。これもまた一種の韜晦(とうかい)なのかもしれませんが…。
最近(8月28日)の記事では、「あの長野まゆみが、母校の夜の理科室を訪ねる」という、それだけ聞くと衝撃的な内容の文章が、やっぱり淡々と綴られていました。
■Kotorico コトリコ:理科室の岩石標本
http://kotorico.exblog.jp/9565120/
ときに長野氏は、人生の処し方をタルホに倣っているんでしょうか。
デビュー時の硬質な叙情から、A感覚(?)を経て、さらにこの先もう一皮剥けて、最後は超俗の怪人化する…とか。
コメント
_ shigeyuki ― 2008年09月15日 09時16分59秒
_ 玉青 ― 2008年09月16日 06時08分52秒
私も、白状すれば、そんなに読んだことがあるわけではないので、上の記事は僭越至極なわけです。ファンの方にはごめんなさい、とここで謝っておきます。
ところで、夜の理科室に泊り込んだとは(2度も!)、何とも羨ましい。ビーカーとアルコールランプでラーメン…うーん、いいなあ。話にはよく聞きますが、私自身やったことはありません。そして友人たちと振り仰ぐ満天の星空。心が瑞々しい頃に、そういう体験をされたというのは、実に貴いことですね。…うむ、ちょっと年寄りじみた口吻になりましたな(笑)。
ところで、夜の理科室に泊り込んだとは(2度も!)、何とも羨ましい。ビーカーとアルコールランプでラーメン…うーん、いいなあ。話にはよく聞きますが、私自身やったことはありません。そして友人たちと振り仰ぐ満天の星空。心が瑞々しい頃に、そういう体験をされたというのは、実に貴いことですね。…うむ、ちょっと年寄りじみた口吻になりましたな(笑)。
_ 玉青 ― 2008年09月16日 06時12分55秒
追記: 「理科室に泊り込んだ」とは書いてないか。ごめんなさい、妄想が先走りました。
_ S.U ― 2008年09月16日 20時08分20秒
shigeyuki様、脇からお邪魔してすみません...わざわざ自慢するほどのことではありませんが(でも、どう見ても自慢している→)私も理科クラブの天体観測で学校に泊まり、本当に理科室で寝たことがあります。中1の時の茫洋とした思い出で、残念ながら詳細はほとんど憶えていません。
理科クラブの顧問の先生の発案だったこと、望遠鏡で少しだけ天体を見たこと、初めて「月刊 天文ガイド」を目にしたこと、そして、理科室の大きな実験机が1つずつ各人のベッドになり、セミダブルベッドくらいゆったりとしていて良かったこと、は、何とか記憶にあります。
理科クラブの顧問の先生の発案だったこと、望遠鏡で少しだけ天体を見たこと、初めて「月刊 天文ガイド」を目にしたこと、そして、理科室の大きな実験机が1つずつ各人のベッドになり、セミダブルベッドくらいゆったりとしていて良かったこと、は、何とか記憶にあります。
_ shigeyuki ― 2008年09月16日 21時42分44秒
S.U様。
ご反応、ありがとうございます。ええ、僕もちょっとした自慢かもしれませんね(笑)。
S.Uさんと同じく、僕も中学の時の顧問の先生が便宜を図ってくれて、出来たことでした。中一の時は母校で、中ニの時は、以前に顧問だった先生が移った、山の方の小さな学校で、でしたね。
玉青さんの言うとおり、どちらも理科室に泊り込んだわけではないですが、二度目の時は初冬だったので、最初は山で観測していたのですが、寒くなって、午前一時頃には理科室に戻って、夜食を食べたりしながら、夜を明かしたのでした。不思議な感じだったので、印象に残ってます。
天文部は小さかったので、僕と友人二人以外には二人の女性の先輩がいただけで、彼女たちが実質的には全て企画してくれたのでした・・・と、ますます自慢めいてきましたね。まあ、別に何のロマンスもなかったんですけれど(笑)。
ご反応、ありがとうございます。ええ、僕もちょっとした自慢かもしれませんね(笑)。
S.Uさんと同じく、僕も中学の時の顧問の先生が便宜を図ってくれて、出来たことでした。中一の時は母校で、中ニの時は、以前に顧問だった先生が移った、山の方の小さな学校で、でしたね。
玉青さんの言うとおり、どちらも理科室に泊り込んだわけではないですが、二度目の時は初冬だったので、最初は山で観測していたのですが、寒くなって、午前一時頃には理科室に戻って、夜食を食べたりしながら、夜を明かしたのでした。不思議な感じだったので、印象に残ってます。
天文部は小さかったので、僕と友人二人以外には二人の女性の先輩がいただけで、彼女たちが実質的には全て企画してくれたのでした・・・と、ますます自慢めいてきましたね。まあ、別に何のロマンスもなかったんですけれど(笑)。
_ 玉青 ― 2008年09月17日 17時40分53秒
>S.Uさま
またまた羨ましい体験談が出ましたねえ。理科室に泊まったことのある人は、日本広しといえど、そう多くはないでしょう。実験机のベッドですか。広いけれども、落ちたら痛そうですね(笑)。
>shigeyukiさま
山間の小さな学校で天体観測とは。ますます長野まゆみチックなシチュエーションですね。「ロマンス未満」の話にも大いに興味をそそられました。もっと自慢していただいて構いませんよ(笑)。
またまた羨ましい体験談が出ましたねえ。理科室に泊まったことのある人は、日本広しといえど、そう多くはないでしょう。実験机のベッドですか。広いけれども、落ちたら痛そうですね(笑)。
>shigeyukiさま
山間の小さな学校で天体観測とは。ますます長野まゆみチックなシチュエーションですね。「ロマンス未満」の話にも大いに興味をそそられました。もっと自慢していただいて構いませんよ(笑)。
_ かすてん ― 2008年09月17日 18時39分55秒
みなさま、なんだかとても羨ましい思い出話をされていますね。
昔の先生たちはそういうことに鷹揚でした。私の思い出は理科室ではありませんが、中学の担任が「表でエレキギターの練習したらうるさいだろうから教室でしていいぞ」と休みの日に教室を開放してくれたことがありました。今なら何かあれば教師の責任にされてしまうから先生たちも萎縮してなかなか子供たちと心の通った思い出を作り難い時代になってしまいましたね。夜間の天体観測会なんてとんでもないのではないでしょうか。そういえば、その中学の担任、神田神保町の古書店めぐりの後に後楽園の場外馬券売り場へ連れて行ってくれたこともあったなぁ。おっと、これはまずいか。
昔の先生たちはそういうことに鷹揚でした。私の思い出は理科室ではありませんが、中学の担任が「表でエレキギターの練習したらうるさいだろうから教室でしていいぞ」と休みの日に教室を開放してくれたことがありました。今なら何かあれば教師の責任にされてしまうから先生たちも萎縮してなかなか子供たちと心の通った思い出を作り難い時代になってしまいましたね。夜間の天体観測会なんてとんでもないのではないでしょうか。そういえば、その中学の担任、神田神保町の古書店めぐりの後に後楽園の場外馬券売り場へ連れて行ってくれたこともあったなぁ。おっと、これはまずいか。
_ 玉青 ― 2008年09月18日 06時44分57秒
何かだんだん理科室喫茶みたいになってきましたね。マスターとしては嬉しい限りです。
>かすてんさま
昔も破廉恥きわまりない先生はいたし、人間の資質自体は、それほど変わってないのかもしれませんが、社会のありようは随分変わりましたね。
「名ばかり管理職」の問題もそうですが、個人の自由裁量の範囲が社会のあちこちで急速に縮小しているような気がします。それと表裏する浅薄な自己責任論と、組織管理・相互監視の徹底化。まさに人間疎外の状況です。
まあ、移ろい行くのが人間社会なので、今の状況も不変ではないんでしょうが、何にしても息苦しいことです。(ポジティブに考えれば、自由裁量のない時代は汚職のやりにくい時代なのかもしれませんが。…うーん、人間とはややこしいものです。)
>かすてんさま
昔も破廉恥きわまりない先生はいたし、人間の資質自体は、それほど変わってないのかもしれませんが、社会のありようは随分変わりましたね。
「名ばかり管理職」の問題もそうですが、個人の自由裁量の範囲が社会のあちこちで急速に縮小しているような気がします。それと表裏する浅薄な自己責任論と、組織管理・相互監視の徹底化。まさに人間疎外の状況です。
まあ、移ろい行くのが人間社会なので、今の状況も不変ではないんでしょうが、何にしても息苦しいことです。(ポジティブに考えれば、自由裁量のない時代は汚職のやりにくい時代なのかもしれませんが。…うーん、人間とはややこしいものです。)
_ S.U ― 2008年09月18日 20時13分09秒
shigeyuki様、かすてん様、玉青様、楽しい体験談やご評論をありがとうございます。
我らが顧問先生は、ほぼ同時期に花火のための黒色火薬の作り方も教えてくれました。そして自分たちで硝酸カリウムを乳鉢で砕きました。みんなで作ったので、かなりの量の黒色火薬ができあがりました。今では考えられないことです。
上記のことの是非は別にして、これを理科教育に当てはめると、今日の子ども向け科学教室というのは、いくら体験型であっても、指導者が材料も器具もやり方も安全面を含めてすべてお膳立てをしているわけですから、子どもたちはどうしても受け身になってしまうように思います。危険をおかすことを推奨するつもりはありませんが、受け身だと、子どもにおいてはちょっと体験してわかった気になって「卒業」...となることにつながりかねず、ひょっとしたら逆効果ではないか、と疑問に思うことがしばしばあります。
できることなら、実験の成功も失敗も体験側の自己責任で、ということでないと能動的な体験にはならないと思いますが、そうなるともう教育の範囲を逸脱してしまうということなのでしょう。
我らが顧問先生は、ほぼ同時期に花火のための黒色火薬の作り方も教えてくれました。そして自分たちで硝酸カリウムを乳鉢で砕きました。みんなで作ったので、かなりの量の黒色火薬ができあがりました。今では考えられないことです。
上記のことの是非は別にして、これを理科教育に当てはめると、今日の子ども向け科学教室というのは、いくら体験型であっても、指導者が材料も器具もやり方も安全面を含めてすべてお膳立てをしているわけですから、子どもたちはどうしても受け身になってしまうように思います。危険をおかすことを推奨するつもりはありませんが、受け身だと、子どもにおいてはちょっと体験してわかった気になって「卒業」...となることにつながりかねず、ひょっとしたら逆効果ではないか、と疑問に思うことがしばしばあります。
できることなら、実験の成功も失敗も体験側の自己責任で、ということでないと能動的な体験にはならないと思いますが、そうなるともう教育の範囲を逸脱してしまうということなのでしょう。
_ 玉青 ― 2008年09月19日 20時41分32秒
面白おかしい供覧実験は、理科に興味を向けさせる導入としてはいいんでしょうが、問題はその次のステップですね。いかにして、その興味をすくすくと伸ばすか。「創造力を育む」「自発性を引き出す」というのは、一見全くの形容矛盾ですが、パッと見思うほどナンセンスでもなくて、むしろそれこそ昔から教育家が呻吟してきた要諦でしょう。
結局、最後は人でしょうか。人の心に火を点ずるものは、畢竟人の熱気ではありますまいか!
…ちょっと酒気を帯びているので、話がヨタってすみません。
結局、最後は人でしょうか。人の心に火を点ずるものは、畢竟人の熱気ではありますまいか!
…ちょっと酒気を帯びているので、話がヨタってすみません。
「少年アリス」でデビューしたとき、なんだか読みそびれてしまって。それっきりです。最近は、少年愛をやっているんですか。足穂というより、森茉莉みたいですね。
でも、ブログの記事は面白かった。母校の理科室、もう一度行ってみたいとは、僕も時々思いますね。夜の理科室は、天体観測で学校に泊り込んだときに二回ほど入ったことがありますが、あれは独特の雰囲気で、いいものでした。ビーカーとアルコールランプでお湯を沸かして、夜食のラーメン食べたりしましたね。