ギンヤンマの翅に宿る光と影2017年03月23日 06時58分41秒

家人の体調が思わしくなく、いろいろ不安に駆られます。
人の幸せや平安なんて、本当に薄皮1枚の上に成り立っているのだなあ…と痛感させられます。

   ★

先日、奥本大三郎氏の昆虫アンソロジー『百蟲譜』を読みました。
さらにそこから思い出して、同氏の『虫の宇宙誌』を再読していました。

(奥本大三郎 『百蟲譜』、平凡社ライブラリ、1994/同 『虫の宇宙誌』、集英社文庫、1984)

前にも書いた気がしますが、私は後者に収められている「昆虫図鑑の文体について」という文章を、ひどく気に入っています。

「昆虫趣味」から「昆虫図鑑趣味」へ…というのも、趣味のあり方として、かなりの変格ですが、さらに図鑑に盛られた文体を論じるとなれば、これはもうスピットボール並の、超のつく変革です。でも、変格のようでいながら、奥本氏の感じ方は、やっぱり昆虫好きに共通する心根であり、正当な本格派である気もします。

そんな奥本氏が、古い昆虫図鑑の向うに見たイリュージョン。

 「当時〔小学生のころ〕、平山図譜〔平山修次郎(著)『原色千種昆蟲図譜』〕のギンヤンマの図版を見ると、きまって一つの情景が浮かんできた。夏の暑い昼下り、凛々しい丸坊主の少年が、風通しのよい二階の畳の上に腹這いになって、興文社の「小學生全集」の一冊を見ている。すると下から「お母さま」の、「まさをさーん」と呼ぶ声がする。その高い声は、雨ふり映画のサウンド・トラックから出た声のように語尾がふるえて聞こえるのである。」 (文庫版p.65。〔 〕内は引用者)

(ギンヤンマ。平山修次郎 『原色千種昆蟲図譜』、昭和8年(1933)より)

 「そういう、いつかの夢で見たような、フシギな、なつかしい情景が、ギンヤンマの図と結びあって私の頭の中に出来上ってしまっていた。まさか前世の記憶という訳でもあるまい。私が戦前の少年の生活など知っているはずはないのだ。多分うちにあった昔の本や、「少年クラブ」に載った、まだ戟前の余韻を引いている高畠華宵や山口将吾郎それに椛島勝一の挿絵その他のものが頭の中でごっちゃになっていたに違いない。ともあれ私は、平山図譜の、その本の匂いまでが好きになった。何でも戦前のものの方が秀れていて、しつかりしている……本でも、道具でも。そういう固定観念がなんとなくあったような気がする。」 (同pp.65-66)

(同上解説)

奥本氏は昭和19年(1944)生れですから、ご自分で言われるほど、「戦前の少年」と遠い存在でもないように思うのですが、でも、そこには終戦という鮮やかな切断面があって、やっぱり氏にとって「戦前」は遠い世界であり、遠いからこそ憧れも成立したのでしょう。

この思いは、何を隠そう私自身も共有しています。
別に、「戦前のものだからエライ」ということはないんですが、でも「これは戦前の○○なんですよ」と書くとき、私は無意識のうちに「だからスゴイんだぞ!」というニュアンスを込めているときが、たしかにあります。

この辺は、大正時代に流行った「江戸趣味」に近いかもしれません。
大正時代には、江戸の生き残りの老人がまだいましたが、「江戸趣味」にふけったのは、江戸をリアルタイムで知らない若い世代で、知らない世界に憧れるのは、いつの時代にも見られる普遍的現象でしょう。

   ★

と言いつつも、「戦前」を手放しで称賛するわけにはいきません。
やはり「戦前」は、暗い面を持つ、無茶な時代でした。
以下、いつもなら「閑語」と称して、別立てで書くところですが、連続した話題なので、そのまま続けます。

   ★

治安維持法よろしく共謀罪を国民支配の恰好の道具と考え、戦前のこわもて社会の再来を待ち望む人が、見落としていることがあります。

それは、戦前への回帰はもはや不可能だ…という、シンプルかつ冷厳な事実です。
なぜなら、あれほど強権的な政治が行われたのに、戦前の社会が活力を維持できたのは、為政者が潤沢な人的資源の上にあぐらをかき、人的資源の浪費が許された時代なればこそだからです。

端的に言って、明治以降の日本の発展と対外膨張策を支えたのは、近代に生じた人口爆発であり、その担い手は「農村からあふれ出た次男坊、三男坊」たちでした。

しかし、今の日本に、もはや浪費し得る人的資源はありませんし、それを前提にした社会も成り立ちようがありません。農村には次男・三男どころか、長男もおらず、農村そのものが消失してしまいました。

かといって、都市部が新たな人口の供給源になっているかといえば、まったくそんなことはなくて、今や日本中で出生率の低下が続いており、東京なんかは地方の消滅と引き換えに流入する人口によって、一見活況を呈していますけれど、遠からず都市機能の維持が不可能になることは目に見えています。

「じゃあ、それこそ『産めよ増やせよ』か」
…と言われるかもしれませんが、為政者に差し出す「壮丁」を増やすための政策なんて真っ平ごめんです。

それでも、この社会をきちんと次代に引き継ぐつもりなら、もはや「戦前ごっこ」に興じたり、弱い者いじめをして喜んだりしている暇はなくて、子どもの貧困問題にしろ、経済格差の問題にしろ、介護現場の悲鳴にしろ、もっと真面目にやれと、声を大にして言いたいです。

役人は作文が上手なので、各種の白書とかを見ると、いかにも長期的なビジョンがあるように書かれていますが、実態はその場限りのやっつけ仕事が大半で、まったく信が置けません(中には真面目なお役人もいると思いますが、そういう人ほどたくさん仕事を抱えて、じっくり考える余裕がないように見えます)。

「今こそ百年の計を」(ドン!)と机をたたいて然るべき局面だと、私は思います。
これ以上、民を委縮させ、痛めつけるようなことをして、そんな馬鹿が許されるものか(ドン!)と、ここで再度机を叩きたい。

コメント

_ S.U ― 2017年03月23日 08時10分51秒

 「古き良き時代」というのは、ノスタルジーとしてはどの時代でも誰においてもある感覚だと思いますが、特に、農家に次男坊、三男坊がいた時代は、人件費が安い割りには工業製品の価値が高く、職人の仕事が丁寧だったのが反映していると思います。今は、人件費が上がった割りには製品の魅力が下がってしまいました。

 私に歴史や人倫を説く資格があるか疑問ですが、江戸時代、明治、戦前というのは、いわば人間個人個人の生活や生命を国家が大切にしなかった時代といえると思います。かろうじて江戸時代がマシだったのは、儒学の人倫が学問として定着したために、社会を混乱させるほどの無茶は官民ともにしたいとは思わなかった(そのぶん水面下に沈んだともいえますが)からではないでしょうか。明治以降は、儒学は教育勅語などに反映され、さらに現実に戦争で人命を粗末に使うことになりました。

 現代では、教育勅語の何が悪いと言う識者や政治家まで現れる次第になりましたが、あれは中国の儒学の一つの悪用にすぎませんし、歴史に厳然として証拠があるのにこれが見えないとはどういうことなんでしょうか。現在の日本は、国民の水準に比して、政府やお抱え識者のレベルがあまりに低いです。大学生が小学生に月謝を払って勉強を教えてもらっているような感があります。
 この際、私もご一緒に(音を合わせて)「ドン!」とやらせていただきましょう。

_ 玉青 ― 2017年03月26日 08時35分28秒

お返事が遅くなり、申し訳ありません。
いよいよ「本物の年度末」になって、箸にも棒にも掛からぬ有様です。

それにしても、あの界隈の人たちは、「個人」という言葉を蛇蝎の如く忌み嫌いますが、その割に無用の個人崇拝に走ったり、あれはいったい何なんですかね。そして、人間の命をぼろ雑巾のように使い捨てて、死んだら途端に神様だとか。

やっぱりこれは無茶な話で、心と頭のネジが何個かとんでいるとしか思えないです。
ぜひご一緒に「ドン!」をお願いします。(^J^)

_ S.U ― 2017年03月27日 07時25分54秒

お仕事、ご家族のご健康ともたいへんなご状況のようですが、天下国家の問題を論じていただき、有り難く存じております。

 はい、もちろん、何度でも「ドン!」「ドン!」とやりましょう!

 君に忠に親に孝に、兄弟仲良く、実にけっこうなことです。しかし、無理な戦争によって、農家の跡取りの命を奪い、家族の生死を空襲で引き裂き、何百万の親たちを泣かせ、子どもと老人を露頭に迷わせたことについては、百万の美言を並べられても私は決して決して許すことはできません。

 もし、教育勅語がそれほど有り難いなら、それよりももっと新しくもっと有名な「終戦の詔勅」(玉音放送)をさらに尊重し、日々読み上げてほしいものと思います。以下に抜粋で申し訳ありませんが一部を引用します。

「帝国臣民ノ康寧ヲ図リ万邦共栄ノ楽ヲ偕ニスルハ 皇祖皇宗ノ遺範ニシテ」
「朕カ陸海将兵ノ勇戦 朕カ百僚有司ノ励精 朕カ一億衆庶ノ奉公各々最善ヲ尽セルニ拘ラス 戦局必スシモ好転セス」
「頻ニ無辜ヲ殺傷シ惨害ノ及フ所 真ニ測ルヘカラサルニ至ル」
「延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ  斯クノ如クムハ朕何ヲ似テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神霊ニ謝セムヤ」
「任重クシテ道遠キヲ念ヒ 総力ヲ将来ノ建設ニ傾ケ 道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ 誓テ国体ノ精華ヲ発揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ」

_ 玉青 ― 2017年04月08日 12時42分28秒

これは!思わず膝を打ちました。
(テーブルを叩いたり、膝を叩いたり、なかなか忙しいです・笑)

教育勅語の体現する世の中が、その後どのような道筋をたどり、どのような結果を招来したか。まあ、終戦の詔勅にしても、そのことへの直接的な反省の弁は乏しいですが、その後の身の処し方を見る限り、少なくとも昭和・平成の両天皇は、その責めを感じつつ日々を送ったように見えます。それに対して、今の政権周辺は、あまりにも放逸無慙、既に度し難きレベルに達していますが、せめて終戦の詔勅を日々暗唱するか、あるいは靖国の社頭で奉唱し、彼らが尊崇すべき「大御心」に従って、不戦の誓いを新たにしてほしいと願わずにはおれません。

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