ヴィクトリア時代のプレパラート標本 ― 2021年02月28日 14時52分57秒
顕微鏡趣味の世界も奥が深いです。
そういう世界に生きる人を指す「microscopist」という言葉があって、ふつうに「顕微鏡愛好家」と訳せばいいのでしょうが、もっとニュアンスを出せば「顕微鏡マニア」や「顕微鏡オタク」です。
マイクロスコーピストの中には、最新の機材でバリバリ極微の世界を覗き見る人もいるし、アンティーク顕微鏡を愛でることに特化している人もいます。さらにそこから派生して、アンティークのプレパラート標本をコレクションする人もいます。鉄道ファンと同じで、顕微鏡趣味も一つの根っこから、いろいろニッチな趣味が派生しているわけです。この辺は、私のように漫然と古い理科趣味や博物趣味を愛好する程度のゆるいファンには、到底うかがい知れぬディープな世界です。
イギリスには「クケット顕微鏡クラブ」という、1865年創立の伝統ある団体があって、そのWEBサイトを見れば、顕微鏡趣味の奥深さの一端を感じ取ることができます。
■The Quekett Microscopical Club
(クラブのホームページ)
■Antique microscopes and slides
(同・アンティーク顕微鏡のページ)
■Historical Makers of Microscopes and Microscope Slides
(上からリンクを張られたアンティーク・プレパラート情報の豊富な個人サイト)
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手元にずいぶん前に買った、古いプレパラート標本の木箱入りセットがあります。
何でもかんでも形から入ればいいというものでもありませんが、こういう風情に強く惹かれる自分がいます。野外で虫を追い、貝を拾い、シダ植物を掘り、真鍮の顕微鏡を熱心に覗きこんだ、ヴィクトリア時代の人々の面影。昔の博物趣味の香気…。
とはいえ、これを買った当時の気分を、実は私自身ちょっと思い出しにくくなっています。そして、それを思い出そうとして、15年前に自分が書いた文章を読み返すと、そこにもある種の深い感慨が伴います。大人になってからの15年間は、そんなに長い時間ではないと思っていましたが、やっぱり15年には15年の重みがあります。あの頃は今より元気で、子供たちも小さく、人との出会いがあり、モノとの出会いがあり、それに一喜一憂し…。
そう、ここには二つの思いが重なっているのです。
ヴィクトリア時代の博物趣味への懐旧と、ゼロ年代を生きた私自身のライフヒストリーへの懐旧が。
まあ、こういうのは他の人にはどうでもよいことでしょう。どうでもよいというか、私には私の物語があり、他の人には他の人の物語があり、皆が互いにそれを尊重することが大事なのでしょう。
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話が横滑りしましたが、既にその歴史の1割ぐらいを我が家で過ごした、古いプレパラート標本を久しぶりにのぞき込んで、新たな気分でその風情を楽しもうと思います。
(この項つづく)
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【余談】
ところで、日本語の「プレパラート」のことを、英語ではシンプルに「microscope slide」と呼びます。日本語の方はドイツ語の「Präparat」から来ているそうですが、これは英語の「prepartion」と同義で、文字通りの意味は「準備」です。何の準備かといえば、材料を薄片にしたり、染色したり、カバーグラスの下に封入したり…つまり顕微鏡観察の準備です。
したがって、そうした準備作業の結果でき上った標本までも「プレパラート」と呼ぶのは本来変なのですが、日本では慣用的にそう呼ぶようです。(「プレパラート標本」と呼ぶ方が一層適切だと思いますが、それでも「赤血球のプレパラート標本を作る」というと、「馬から落ちて落馬する」的な冗長表現に感じられます。「赤血球の標本をプレパラートする」というのが、たぶん最も正しい言い方だと思いますが、あまりそうは言わないようです。)
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