ももとせの夜2022年01月02日 12時12分33秒

各話が「こんな夢を見た」で始まる、夏目漱石の幻想的な掌編連作、『夢十夜』
その「第一夜」は、死んだ女の墓を守って百年を過ごす男の話です。

「日が出るでしょう。それから日が沈むでしょう。それからまた出るでしょう、そうしてまた沈むでしょう。――赤い日が東から西へ、東から西へと落ちて行くうちに、――あなた、待っていられますか」
 自分は黙って首肯(うなず)いた。女は静かな調子を一段張り上げて、
「百年待っていて下さい」と思い切った声で云った。
「百年、私の墓の傍に坐って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから」

こうして男は、日が昇り、日が沈むのを何度も何度も見送り、長い時を過ごします。
やがてどれほどの月日が経ったのか、ある日女の墓から一本の青い茎が生え、その先に白い百合の花が咲きます。

真白な百合が鼻の先で骨に徹(こた)えるほど匂った。そこへ遥かの上から、ぽたりと露が落ちたので、花は自分の重みでふらふらと動いた。自分は首を前へ出して冷たい露の滴る、白い花弁に接吻した。自分が百合から顔を離す拍子に思わず、遠い空を見たら、暁の星がたった一つ瞬いていた。
「百年はもう来ていたんだな」とこの時始めて気がついた。

   ★

100年は長いか短いか。
一冊の星図帳を手に取りながら、一瞬、「ああ、もうあれから100年経ったのか」と思いました。そして「100年は意外に短いな」とも。


でも、それは勘違いで、実はすでに110年が経過していたのでした。
こんなふうに、10年ぐらい平気で間違える粗忽者が存在することを思えば、やっぱり100年は短いです。

この本はすでに以前も取り上げました。

■1912年、英国の夜空を眺める(前編)(後編)

ついでなので、100年前ならぬ110年前の星空を眺めてみます。


1912年1月1日午後10時、ロンドンで見上げた北の空。


そして南を向くと、


きらきらと輝くオリオンの向こうには、


ヒアデスとプレアデスにはさまれて満月が浮かび、その傍らに火星と土星が控えています。110年前の元旦は、なかなか豪華な空でしたね。

   ★

1912年は日本だと明治45年、明治最後の年です。そして同年7月に改元があり、大正元年となりました。漱石が『夢十夜』を発表したのは、そのしばらく前、明治41年(1908)のこと。いずれも100年を超えて久しいです。

女の化した百合の花は、その後どうなったのか?そして男は?
それは暁の星だけが知っていることかもしれません。